第十八話 どこかで見た、知っている景色
本日投稿二話目。
白い日の危機は何とかクリアして、村には平穏な日々が戻った。体も軽くなった。
これで思う存分、例の仮説を検証することができる。
今日はそのために、すてき道具を携えて妖精さん世界へとやってきた。
案内は今回もサクラちゃんである。
「タイシタイシ~、それってなんです?」
「ふしぎなかたち? ふしぎ?」
「これはね、天体望遠鏡と言って、お星様を見るための道具だよ」
『かっこいいどうぐ!』
むろんメカ好きさんもついて来ちゃったけど、クモさんの糸のおかげで離脱は最小限だ。
地味に、メカ好きさんの離脱問題も解決していた。
とまあそれはそれとして。
「大志さん、これってかなりお高いのでは?」
「これはレンタルだから、実はそんなに。ただ、買うとなるとアメリカで受注生産になって、六十万円くらいするんだって」
「なんだか、すごそうなやつです~」
大口径シュミットカセグレン式の天体望遠鏡を、それなりのお値段でレンタルした。
Wi-Fi接続でタブレットを使って操作できるため、見た目のゴツさとは裏腹に、操作は簡単である。
「それじゃあ、あの『お月様』を映してみるよ」
空を指さして、今は半月になっている天体の観測宣言だ。
とりあえずアプリケーションを操作して、じりじりと「お月様」に焦点を合わせる。
細かいところは機械がやってくれるので、すぐさま観測態勢が完成だ。
例の「お月様」は巨大で焦点も合わせやすく、とっても簡単にできちゃったね。
さっそくこの映像、みんなに見て貰おう。
「ほらみんな、これがあのお月様を拡大したやつだよ」
「うっきゃー! おつきさま、はっきりみえてるです~!」
『かっこいいいいい!』
「これは凄いですね! 綺麗に見えています!」
「すごいね! だいはくりょくだね!」
試しにタブレットに表示されている「お月様」を拡大した映像を見せてみると、大盛り上がりになった。
みんな、食い入るように「お月様」の映像を見つめている。
「ちたまでは、こうやってお星様を調べたりするんだよ」
「ちたま、すごいです~」
「おほしさま、くっきりみえちゃうね! くっきり!」
『かっこいい!』
さて、これで準備完了だ。
あとはタイムラプス撮影の設定をして、数時間放置すれば良い。
「……大志さん、これで何が分かるんですか?」
「妖精さん世界というか、今自分たちが立っている星の秘密、かな?」
「秘密、ですか? あの、『逆』という……」
「そう、多分『逆』だね」
ユキちゃんは望遠鏡を見て聞いてきたけど、まだ仮説だからね。
ただ、あの「お月様」を観測すれば、妖精さん世界の秘密は分かるはずだ。
仮説が正しいなら、ね。
◇
今俺たちは、妖精さん世界の秘密を解き明かすため、天体観測をしている。
「おにく、やけたわよ~」
「あ、それもらい」
「おやさいも、やけたわ」
「これ、おいしいじゃん」
腕グキさんとステキさんは、バーベキューセットを使って焼き肉をしているね。
マッチョさんとマイスターは、もぐもぐと焼き肉をほおばっている。
でも、今は天体観測中だ。
「ホットケーキ、やけたの」
「おいしい~」
「あまいの~」
「ありがとです~」
ナノさんは子供たちに、二段重ねホットケーキを振る舞う。
子供たちはとろけた顔で、甘いホットケーキを堪能中だ。
でも、今は天体観測中なんですよ。
(おそなえもの~)
神様もいつの間にかやってきていて、みんなからお供え物を貰ってご機嫌だ。
神輿がぴっかぴかと光っているね。
「さいきん、おまつりがおおくてたのしいですね」
「ごちそう、たくさんかな~」
「にぎやかでいいですね」
「おまつりだね! おまつり!」
さらに平原のお三方や観光客たち、妖精さんたちも、便乗して宴会をしている。
あ、イノシシの丸焼きが運び込まれてきたぞ……。
妖精さんたちは、お団子の量産を始めているし……。
今、天体観測中なんだけど……。
「おお! これがあのおつきさまなんですね」
「これがあれば、おほしさまのえも、かけそうですね!」
「ふがふが」
ハナちゃん一家は、タブレットに映し出された「月」の映像をキャッキャと鑑賞している。
……ここだけ、ようやく天体観測っぽい流れだ。
とまあ、俺たちが何かしているとあって、みんなが集まって思い思いに過ごしている。
静かな妖精さん世界だったけど、今は賑やかピクニックだね。
……まあ、結果が出るまでもうちょっとかかる。
俺もピクニック、楽しもうかな?
妖精さん世界で、灰化花を鑑賞しながら焼き肉とか、楽しそうだからね!
◇
みんなで楽しくピクニックやら焼き肉やらをして、お腹も膨れたところで。
四時間くらい観測して、もう良いかとなった。
「それじゃそろそろ観測を終えて、検証を始めるよ」
「「「おおー!」」」
わーわーぱちぱちと、周囲にいたみなさんが盛り上がる。
……五人だけの観測だったのに、いつの間にかみんな来てしまった。
まあ、せっかくだからみんなにも聞いて貰おう。
「とりあえず、あのお月様を撮影したものを、動く写真にしました。それがこれです」
タブレットに、タイムラプス映像を映し出す。
「あえ? なんかうごいてるです?」
「……模様に変化がありますね。確かに動いているような」
ハナちゃんとユキちゃんは、その映像を見て「動いている」と言った。
そう、その映像に映し出された「お月様?」は――回っていた。
すなわち、あの半月状に見える天体は――自転、している。
この段階でもう、俺の仮説は証明された。
はっきりと、いつも天空の同じ位置にあるあの天体は、自転しているのだ。
それなら、結論は一つしか無い。
「これで、自分の仮説は証明されたね。あの『逆』って話」
「そういえば、ずっと『逆』だと言ってましたね」
「きになるです~」
ユキちゃんとハナちゃんが、ずずいとにじり寄ってきた。
何が証明されたのか、興味があるようだね。
それじゃあ、説明を始めるかな。
「あの空にあるのは『お月様』じゃあない。まずそこから、間違っていたんだ」
「あえ? おつきさまじゃないです?」
「え? 月では無いというと……まさか!」
「そう、そのまさか」
ハナちゃんはもっと首を傾げちゃったけど、ユキちゃんは気づいたようだ。
これは、惑星の基礎知識が無いと意味分かんないだろうからね。
そう、あの半月の天体は、実は「お月様」じゃあない。
あの空にある天体は――惑星。
あれは「月」という「衛星」ではなく、「惑星」なんだ。
ここから自転を観測出来るというのが、その証拠だ。
「じゃ、じゃあまさか……ここは。私たちのいる場所って……」
ユキちゃんはもう、だいたい分かったようだ。
天空の「惑星」を見上げて、そのあと地面を見つめて。
震える声で、聞いてきた。
「そう、そのまさかだよ。今自分たちが立っているこの場所こそが――『お月様』なんだ」
「し、信じられませんが……状況証拠からすると、そうですね……」
そう、こここそが「お月様」なのだ。
つまり、妖精さん世界は――月の世界。
全ての状況証拠が、それを物語っている。
ずっと同じ位置にあの天体があるのは、潮汐ロックによる現象だ。
ちたまのお月様だって、ずっと同じ面をちたまに向けている。
これは質量の大きい天体の近傍を周回する天体が、潮汐力により公転周期と自転周期が一致してしまう現象。
これにより、衛星から見た惑星は位置の変化がほぼ無く、ずっと同じ位置にいるように見える。
妖精さんの星でも、ちたまの月と同じ事が起きているというわけだ。
そして、潮汐ロックにより自転と公転周期が一致すると言うことは……昼夜も長くなる。
ちたまのお月様の一日は、ちたまの一ヶ月だ。約十五日かけて昼になり、同じ時間をかけて夜になる。
妖精さん世界も月の世界なので、同じようなことが起きている。
それが、この不思議な日照パターンの正体だ。
一日の日照の変化がとても緩やかなのは、そのため。
体が軽いのだって、天体の大きさが関係しているのでは?
この妖精さん星の質量は分からないけど、ちたまよりは小さいはずだ。
一G以下なのは間違いない。
「あえ? ここっておつきさまです?」
「う~ん、なんだか良くわかりませんが……」
「おつきさまって、そらにあるものじゃないんですか?」
しかしハナちゃん、ヤナさん、カナさんはいまいち分からないようだ。
まあ、天文学があって、重力や惑星と衛星の関係を解き明かしていないと分からないかな。
ちょっと説明しておこうか。
「え~とね、ちたまでは、お星様はこんな風にして区別されていて――」
とりあえず石を並べて、簡単な恒星系の説明をしてみる。
太陽があって、惑星があって、衛星があって。
ほんと簡単な、基礎の基礎。
そしてお月様は、惑星の周りを回る「衛星」という所まで説明する。
「あんまり、よくわかんなかったです?」
「ふむふむ、空のおほしさまがうごくのは、そんな理由からですか……」
「しょうじき、わからなかったです」
「おれも、わからんかった」
「ごめんなさい、ねてました」
ハナちゃんとカナさん、そして他のみなさんは良くわからなかった模様。
ただ、ヤナさん一人だけは、ある程度理解してくれたようだ。
やっぱりヤナさん、頼りになるね!
「大志さん、ここが月面だって考えると、なんだかワクワクしますね!」
「だよね。月でピクニックするとか、ロマンあるよ」
あと天体の知識がある俺とユキちゃんは、二人で大盛り上がりだ。
お月様で遊べるなんて、ちたまでも不可能な話で。
ちたまの村から普段着のまま徒歩五分で、異世界月世界旅行が出来ちゃうわけだよ。
ロマンあふれるねこれ!
妖精さん世界は、本当に本当に、不思議な所だ。
「君たちの世界は、お月様の上にある。とってもとっても不思議な、楽しい世界だよ」
「ここがおつきさま? おつきさま?」
「たのしい? たのしい?」
「あたま、こんがらがりちゅう~」
しかし妖精さんたちは、いまいち実感がわかないみたいだ。
この子たちにとっては、月面世界が普通だからかな?
……これも、逆に考えてみれば。
村に来た妖精さんたちが、しきりに「不思議だね」を口々に言うのは。
惑星の環境が珍しいからなんだろう。体験したことのない、環境だからだろう。
妖精さんたちにとっては、惑星の環境は「あっという間に一日が終わる」環境なのだから。
そりゃあ、俺たち惑星の住人と比べて、生態が大きく異なるわけだよ。
ここまで環境が違うのだから、同じになるわけがない。
……俺たち惑星の生き物と、妖精さんたち衛星の生き物と。
まだまだこれからも、わかり合っていく必要があるね。
◇
「それじゃ、そろそろ帰りましょうか」
「あい~、おうちかえるです~」
「あ! もうこんな時間なんですね」
「たっぷりあそんだね! だいまんぞくだね!」
妖精さん世界での天体観測は終わり、宴会も終わり、謎解きも終わり。
そろそろちたま時間ではお昼すぎなので、おひらきにすることにした。
村のお仕事もあるから、あんまり長居は出来ないからね。
さて、会場を片付けて帰りましょう!
『かっこいい~』
しかし、メカ好きさんが天体望遠鏡に張り付いて動かない。
……あのですね、そろそろ帰る時間でして。
というか、ぽちぽちとタブレットを操作して、倍率を変えてらっしゃる。
いつの間に操作を覚えたのだろうか……。
「ほら、おうちかえるの」
「いやでも、かっこいいよねこれ」
「でもじゃないなの おうちかえるの」
「ああ~、かっこいいどうぐ~」
そして、ナノさんに引っ張られていくメカ好きさん。
ナノさんありがとうございますだ。
まあ、また明日使わせてあげよう。一週間レンタルしているからね。
それで満足して貰えば。
とまあそれはさておき、望遠鏡を片付けよう。
「タイシタイシ~、ハナもおてつだいするです~」
「ありがとハナちゃん。助かるよ」
「うふ~」
「あ、私もお手伝いしますね」
「ユキちゃんもありがとう」
望遠鏡を片付けようとしたら、ハナちゃんとユキちゃんが手伝ってくれるようだ。
ありがたく、手を借りよう。
「それじゃあまずは、机を片付けようか」
「あい~」
「私は箱を持ってきますね」
そうして片付けを始めようと、役割分担を決めたとき。
「……あえ?」
ハナちゃんが、机の上にあるタブレットを見て首を傾げていた。
あ、今望遠鏡とタブレットはWi-Fiで接続されているから、シャットダウンしないといけないよね。
そもそもその辺の操作は俺しか知らないから、俺がやらないと。
「ハナちゃん、ちょっと操作するから、それを貸してくれるかな」
「あえ?」
ん? ハナちゃんの様子がおかしいぞ?
タブレットを手に持ったかと思ったら、また首を右に左に傾けている。
「……ハナちゃん、どうしたの?」
「あや~?」
後ろに回って、ハナちゃんが何を見ているのかを確認してみる。
そこには……思いっきり拡大された、あの惑星が映し出されていた。
さっきメカ好きさんが、思いっきり拡大したんだろうな。
でも、これがどうしたんだろう?
……いやまてよ、これ――雲、じゃないか?
単なる模様かと思っていたけど、こうして拡大してみると、違うように見える。
ここまで拡大して観測はしていなかったから、分からなかったな。
そして雲があるということは、あの惑星には……大気がある?
「二人とも、どうされました?」
「ああいや、ユキちゃんこれ見てよ。あの惑星、大気があるみたいだよ」
「え! ホントですか?」
そしてユキちゃんもタブレットをのぞき込む。
ミイラ取りがミイラである。
「わあ……もしかして、あの惑星って……生物がいるかもしれませんね」
「大気組成が分からないから何ともだけど、光のスペクトルから分析は出来るね」
「分析してみるのも、良いかもしれませんね!」
ユキちゃんと謎の惑星について、話が盛り上がる。
宇宙と惑星はロマンだからね!
「……あや~?」
しかしハナちゃん、やっぱり首を傾げたまんまだ。
盛り上がる俺とユキちゃんとは違って、ハナちゃんは首を右に左に、こてこてっと傾げるばかりだ。
「むむ? むむむ?」
そしてハナちゃん、何か紙みたいなのを、どこからか取り出した。
……何を見ているんだろう?
「ハナちゃんどうしたの? 何を見ているのかな?」
「あや~、タイシタイシ、なんかこれ、にてるです?」
「ん? 似てるってなにが?」
「これとこのへん、そっくりです?」
……これとこの辺、そっくり?
一体何の話――ん?
「ほらほら、このへんとか、おんなじです?」
ハナちゃんが指を指したそれは――地図。
ネコちゃん便の空撮により完成度が高まった、カナさん力作の――エルフ世界地図、だ。
「このへん、このへんです~」
そして、ハナちゃんはタブレットの映像を指さす。
その場所には……エルフ世界地図とよく似ている模様が――存在した。
今は周囲が明るくて色飛びして、さらに大気の影響もあって映像はぼやけている。
でも、なんだか、良く似ている。
「これとか、みずうみっぽくないです? あとこれ、あっちのもりです?」
ハナちゃんは次々に、似たような模様を指さしていく。
色は分からないけど、位置関係は――そっくり。
エルフ世界地図と、妖精さん世界の天空に存在する惑星表面の模様は――そっくり。
「ユキちゃん、これ、これ……」
「ま、ままままままさか、まさかですか!」
「あえ? タイシとユキ、どうしたです?」
「ち、ちょっと確認してみよう!」
まさかとは思うけど、偶然かもしれないけど。確認してみよう!
エルフ世界に行けば、空を見上げれば分かるはず!
もしこの想像が、この一致が真実ならば――見えるはず!
「ちょっとハナちゃんの世界に行くよ! 一緒に確認しよう!」
「あやややや!? かくにんってなんです?」
「い、急ぎましょう!」
「わたしもいくね! わたしも!」
ハナちゃんを肩車して、ユキちゃん、サクラちゃんと一緒に急いで洞窟へ向かう。
そのまま「エルフ世界に行きたい」と念じて、洞窟をくぐり抜けて――到着!
神様が繋げてくれている、エルフ世界へと、到着した。
「多分、あっちの方角にあるはずだ」
「あっちです?」
「こっち? こっち?」
そしてすぐさま、とある方角を指さし天空を見上げる。
すると、天空に――「月」が見えた。
妖精さん世界で見た惑星、その似た模様の場所から逆算した方角。
そこに――月が、存在した。
これは、偶然では無い。
これは、必然だ。
「た、大志さん……これはもう、か、確定ですか?」
「確定だね……間違いない」
ユキちゃんは震える声で確認してきたけど、確定だ。間違いない。
こんな偶然……ありはしない!
エルフたちの世界と妖精さんたちの世界は、同じ宇宙、同じ恒星系に存在している!
おまけに惑星と衛星という、本当に身近な存在。
つまり――別の世界ではなく、同じ世界に存在する、隣人だったんだ!
ハナちゃんSF(すこし、ふしぎ)
これにて今章は終了となります。
みなさま、お付き合い頂きありがとうございました。
引き続き、次章もお付き合い頂ければと思います。