第十五話 結果報告
妖精さんを送り出す前に、やらなければならないことがある。
巫女ちゃんへの結果報告だ。
「おでかけだね! おでかけ!」
「いろんなおだんご、さがしましょ! さがしましょ!」
「きゃい~」
というわけで、またもや妖精さんたちを乗せ、巫女ちゃんの住む町まで。
「おでかけです~!」
「村のそとは、ずいぶん雪がとけてますね」
「大志さん、今日はお出かけ日和ですよね。良く晴れていて気持ちいいです」
(にぎやか~)
例によってハナちゃん、ヤナさん、ユキちゃんと神様も参加して、車内はもう大騒ぎだ。
今回はもう、切羽詰った理由も無い。
なのでおもいきり行楽気分で、心にもゆとりがある。
それでは、巫女ちゃんのところに向かいましょう!
◇
早朝で道が空いている中、真っ直ぐ巫女ちゃんの住む町に直行。
あの道の駅にバスを停めて、巫女ちゃんたちと落ち合う。
「妖精さんたち、元気になった?」
「それは実際に見て、確認して欲しい」
「わかった!」
すぐさま、元気よくバスへと乗り込んでいく巫女ちゃんだ。
護衛君はその後を、音もなくついて行く。
ただ、その足取りはちょっと……軽やかに見える。
大勢の妖精さんと触れ合えるなんて、神秘極まる体験だろうからね。
そりゃ、ワクワクもすると思う。
そうしてバスへと乗り込んだ二人を追いかけて、俺もバスへと戻る。
さあ、巫女ちゃん見てくださいだ。元気になった妖精さんたちを。
「妖精さん! おはよう!」
「おはよう! おはよう!」
「またあったね! またあったね!」
「おひさしぶり~」
巫女ちゃんから挨拶された妖精さんたち、きゃいっきゃいで返答だ。
白い粒子を撒きながら、巫女ちゃんの周りをぴこぴこと飛ぶ。
「わあ! 妖精さんたち、元気いっぱいになってる! ほんとに治ったんだ!」
「なおったよ! なおったよ!」
「ちから、もりもりだよ! もりもりだよ!」
「ありがとね! ありがとね!」
元気になった妖精さんたちに囲まれ、巫女ちゃんキャッキャと大はしゃぎだ。
護衛君も、この時ばかりは嬉しそうな顔になっている。
俺からも、改めてお礼を言おう。
「君たちのおかげで、みんなを治すことが出来たよ。本当にありがとう」
「力になれてよかったー!」
「君たち……え? 僕もですか?」
巫女ちゃんと護衛君にお礼を言うと、巫女ちゃんにっこり笑顔だ。
しかし護衛君は首を傾げているね。まあ、診断の際彼は見守っていただけだ。
ただ、彼が護衛しているからこそ……巫女ちゃんを、安心して連れ出せているわけで。
事実として、彼の存在は大きい。
「君や君のご家族が見守っていてくれるから、安心して連れ出せるんだ。君たちがいなければ、あの子は一生……結界の中でしか、暮らせなくなっていた可能性がある」
「なるほど……そういう事ですか」
「そうなってしまえば、こんなに気軽に助けを求められなかった。君は胸を張って良いんだ」
「……僕のしていること、実感がわいてきました」
護衛君は認められたのが嬉しかったのか、若干はにかんだような顔になった。
実際問題、巫女ちゃんは結構危うい状態にいた。でも、護衛君の一族が支えてくれることで、何とかなっている。
これは、誰にでも出来る仕事じゃあない。彼はまだ子供だけど、尊敬すべき人物の一人だ。
「これからも、あの子の事を守ってあげて欲しい」
「誓います」
これからの事もお願いしたら、即答だ。これは頼もしい。
巫女ちゃんは、彼がいれば大丈夫だ。
「……二人して、なにひそひそ話してるの? 男のないしょ話しは、だいたい悪だくみってママが言ってたよ?」
――おっと、内緒話をしていたら、巫女ちゃんに気づかれた。
ごまかしておこう。
「お礼をいってはいさよなら、じゃ寂しいから、みんなでどこか遊びに行こうかって話をね」
「宇宙人さん嘘ついてるー! 私このまま、あぶだくしょんされちゃうんだー!」
ちょっ……あぶだくしょんしないから! ちゃんと家に帰すから!
というかもう完全に、俺は宇宙人扱いなの!?
◇
巫女ちゃんを護衛君と一緒になだめて、みんなで遊びに出た。
北信とは違って、こっちのほうはずっと暖かい。
大きな公園で、妖精さんたちと戯れたり、お菓子屋さんをはしごして、お団子研究をしたり。
お城を見学したり、その辺のネコちゃんと戯れたりと、楽しく遊ぶ。
巫女ちゃんは妖精さんといっぱい遊べて、もう満面の笑みだ。
午前はこうして楽しく時間が過ぎて行き、そろそろお昼。
みんな、お腹が減る頃合いかな?
お昼を提案しようじゃあないか。
「みんな、そろそろお昼にしない?」
「わーい! おひるです~」
「そうですね、そろそろおなかがへって来ました」
「きゃい~」
みんなもお腹が減っていたようで、お昼と言ったらキャッキャとはしゃいでいる。
さて、じゃあどこで食べようか。
「とは言え、自分はこの辺知らないんだよね。お店とか、良くわからないんだ」
「大志さん、魔女さん情報によるとですね。この辺に美味しいラーメン屋さんが、あるそうですよ」
「美味しいラーメン屋さん?」
「はい」
魔女さんのお勧めか……じゃあ、そこに行ってみようか。
「じゃあお昼はラーメンで良いかな?」
「ラーメン、たべたいです~!」
「ぜひともぜひとも!」
「それでいいよ! それでいいよ!」
(おそなえもの~)
ハナちゃんとヤナさん、そして妖精さんたちも賛成と。
謎の声も嬉しそうだから、大丈夫だよね。
じゃあ巫女ちゃんと護衛君はどうかな?
「二人もそれで良いかな? もちろんお金はこっちが出すよ」
「私もラーメン大好き!」
「僕もそれでかまいません」
全員の賛同が得られたので、ラーメン屋さんでお昼に決定だね。
では、向かいましょう!
「それじゃあラーメン屋さんに行こう。ユキちゃん、案内お願い出来るかな?」
「まかせて下さい」
というわけで、バスに乗ってラーメン屋さんを目指す。
しばらく走っていて気づいたけど、町はずれの方に向かっているようだ。
道が広くて運転しやすいなあ。
「あ、大志さん、お店が見えましたよ。あのお店です」
「え? どこ? それっぽいお店、見当たらないけど」
「ほら、看板が有りますよ。あの場所です」
「ああ、あれか。見つけにくい場所にあるね」
しばらく走っていると、ユキちゃんのナビにより、お店を発見。
のぼりも出ていないから分かり辛かったけど、なんとかお店に到着。
大きな駐車場にバスを停めて、いざ出陣だ。
……ただ、お昼なのに、お客さんが全然入っていないようだ。車が全然、停まっていない。
これ、大丈夫なのかな?
「ユキちゃん、あんまり……流行ってない、みたいだけど」
「……みたいですね。魔女さんが、猛プッシュしていたお店……なんですけど」
「あれ? そういえば北信の魔女さんが、なんでここのお店を知っているのかな?」
「妖精ダイヤを買うために、そこの道路工事のアルバイトをしていたそうです」
ユキちゃんが指さした先は、確かに真新しい道路があるね。
しかし魔女さん、ダイヤを買うために道路工事のアルバイトって……。あ、涙が……。
ま、まあ考えないでおこう。多分それが良い。
「それでお昼休憩のときに、たまたまこのお店を見つけたそうです」
「そうなんだ」
「そうらしいです」
お店は閑古鳥が鳴いてる感じだけど、魔女さん的にはお勧めか。
地元民は何か知っているかな?
「二人はこのお店の事、何か知っている?」
「わかんない」
「あ~、半年くらい前に出来た、という情報は押さえています。ただ、それ以外は特に……」
巫女ちゃんは知らなかったようだけど、護衛君から多少の情報は得られた。
……巫女ちゃんを護衛するために、些細な情報も押さえているんだろうな。
ただ、半年前に出来たという情報以外は、特に仕入れていないようだけど。
……あれこれ考えていても、仕方がない。
ここは魔女さんを信じて、とりあえず入ってみよう。
「そ、それじゃあ入ってみよう。妖精さんたちも、一緒にどうぞ」
「たのしみ! たのしみ!」
「どんなあじかな! どんなあじかな!」
(おそなえもの~)
気になるところはあるものの、とりあえずお店へ。
みんなでバスを降りて、お店に向かう。
「ねえ、あのキラキラしたのって、何かしら?」
「フィギュアかな? ……でも、動いてるよね」
「ロボット?」
おや? 何やら通行人の方々が、ひそひそ話を。
というか、こっちに来たぞ? なんだろう?
「あの、すいません……それって何ですか?」
「きゃい?」
「空飛んでますよね?」
「きゃいきゃい?」
――ああ! 妖精さんたち、例の石付け忘れてる! 例の石!
◇
「たのしかったです~」
(にぎやか~)
「だいにんきだったね! だいにんきだったね!」
「ひとがいっぱいだったね! いっぱいだったね!」
またもやユキちゃんに、ストリートパフォーマーになってもらった。
妖精マジックショー、的な触れ込みで。
だって、妖精さんがどこからか木の実を取り出して並べるだけで、マジックになるんだもん。
ユキちゃんは、その妖精さんを操っているマジシャン役だ。
まさか妖精さんが本物と知らなければ、そりゃあもう楽しいショーになるわけで。
そして気づいたら近隣住民が集まってきてしまって、大騒ぎになった。
日曜お昼の、わりとでかいイベントになっちゃったよ。
「たった一時間で、おひねり二十四万円ちょっと……」
五百人くらいの人からおひねりを頂いたので、なんかすごい事に。
かなり儲かってしまったので、ユキちゃんは曇りなき澄んだまなざしになっている。
……そのお金は、妖精さんへの餞別に使いましょうね。
というか人の店の駐車場で、勝手に大騒ぎを起こしてしまった。お店の人には、謝っておかないと。
それと罪滅ぼしに、沢山注文しないとね。
「そろそろラーメン食べよう。お腹減っちゃったよ」
「そうですね! 私もお腹が空いてしまいました」
「ラーメンです~!」
「おいしいおみせみたいですから、楽しみです」
まあ気を取り直して、ようやくラーメン屋さんに入店だ。
――おお! 店内は綺麗で広い。
「いらっしゃーい!」
「いらっしゃいませー!」
出迎えてくれた店長さんぽい人は、若い感じの男性だ。二十代前半くらいか?
隣にいる女性も、若い。
二人でお店を、切り盛りしているのかな?
ほかに人は見当たらないから、この人たちに謝っておこう。
「駐車場で騒ぎを起こしてしまって、申し訳ございません」
「いえいえ! あれは凄かったですよ! 良いもの見られました」
「楽しかったですよ」
……二人とも、怒ってはいないようだ。というか一緒に見てたっぽい。
怒られなくて、ほっと一安心だ。でも、お店をほっぽって大丈夫なのかな?
……まあいいか。安心したところで、本題に移ろう。
ラーメン食べないと。
「すみません、団体なのですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ご案内致します」
とりあえず六人掛けのテーブル席を、六卓確保する。
あとは待機している妖精さんたちを、ローテーションさせればいいよね。
「ようやく、お客さんが来てくれた……」
「あなた、団体さんなんて初めてよ」
……ラーメン屋さんのお二人、ひそひそ話している。
どうも夫婦みたいだ。
「ねえ、ここって美味しいの?」
「さあ? でもさっきの大道芸人たちが『美味しい店』とか言ってたぜ。ほらそこにいる」
「じゃあ、大丈夫そうね」
……おや? 俺たちの後からぽつぽつと……人が入って来たな。
「せっかく来たんだし、ちょっと寄ってみるか」
「どんな味なのかしらね」
「知らないおみせ~」
……あの親子、さっきユキちゃんのパフォーマンスを見てた親子だ。
こんな感じで、駐車場に集まっていた人たちの何割かが、ラーメン屋さんに来てしまった。
「ねえあなた! 今日はお客さんがいっぱいよ!」
「こんなの初めてだよ! 美味しいラーメン作ろう!」
「ええ!」
ラーメン屋さんのお二人、なんかすごい嬉しそうだね。
……もしかしてこの店、近隣住民に、全然認知されていないのかな?
◇
「はいお待ち!」
ラーメンが来たでござる。
俺は普通の醤油ラーメンとチャーハンと餃子。中華料理屋さんの基本的なやつだ。
というか、何故かチャーハンは単品メニューがなかった。セットメニューしかない。
チャーハンだけ、このお店は何か変な感じがする。
「おいしそうです~」
「ハナちゃん、小皿もあるから、食べ合いっこしようか」
「あい~!」
「ハナ、ぼくのもいっしょに食べようね」
「わーい!」
単品チャーハンが無い点について、不思議に思っている間にも、次々に注文した料理が運ばれてくる。
ハナちゃんはこってり背油醤油ラーメン。
ユキちゃんは信州野菜とえのきたっぷり担担麺。
ヤナさんは塩ラーメンだ。
……この店、メニュー豊富だなあ。
チェーン店でもないのに、よくこれだけ用意できるな。
(すてき~)
そして神様には、メガ盛りラーメンをお供えしてみた。
明らかに普通の人では、食べきれない量である。
うかつに頼むと悶絶する、危険メニューがそこにあった。
「妖精さんたち、一緒に食べようね!」
「いっしょだね! いっしょだね!」
「ほそながい、おだんご~」
「きゃい~」
巫女ちゃんと護衛君は、妖精さんたちとラーメンを食べ始めた所だね。
しかし、妖精さんたちは、麺をお団子と認識している?
……製造工程は似ているから、間違ってはいない?
まあ、妖精さんたちは巫女ちゃんと護衛君が面倒を見てくれている。
振り回されているとも言うけど、それでも二人は楽しそうだから大丈夫だね。
じゃあ俺たちも食べよう。
「さっそく自分たちも食べてみよう。頂きます」
「「「いただきまーす」」」
さてさて、この標準的な醤油ラーメン、食べてみましょう。
まずはスープから。
――主役はカツオと昆布出汁。すぐにわかるよう、アクセントが付いた味付けだ。
醤油の味と香りが、この出汁をぐっと引き立たせる。
醤油は引き立て役と風味づけであって、主役は出汁、という信念が伝わってくる。
しかし醤油だって負けてはいない。角が無く刺激が少なく、包み込むような深みが感じられた。
そのしっかりした土台の中に、各種野菜の温かみがある旨味が隠れている。
しかしこれだけでは、あっさりしすぎるずだが、さらに濃厚な旨味があった。
これは……鶏油だ。
スープの表面に浮いているこの鶏油が、あっさり和風スープをラーメンスープへと昇華させているんだ。
あったかくて、ほっとして、あっさりで。
でも、必要な旨味は――全てある。そんなスープだった。
そしてこの素晴らしいスープに、細い縮れ麺が良く合う。
ややコシが強めの麺は、スープが良く絡み、噛めば噛むほど小麦の味が出てくる。
トッピングの海苔は厚めになっており、スープをたっぷり吸い込んでいる。
麺と一緒に食べれば、海苔からじゅわっと熱いスープがしみだして……。たまらない。
メンマも良い。軽くかみ切れるやわらかメンマで、良いアクセントになっている。
ナルトは……うずまきが、ちょっと型崩れしているな。……まさかこれ、自家製か?
明らかに「ぼくは手作りだよ!」と言う雰囲気を漂わせた、このナルトちゃん。
一口食べてみると――ふわっふわ! まるではんぺんのような触感。
このはんぺんのようなナルトには、自慢のスープがこれでもかとしみ込んでいる。
昆布とカツオ出汁に、白身魚の練り物だ。合わない訳がない。
一体どんな製法で、こんなナルトが作れるのだろうか……。
驚きばかりのこのラーメンだが、さらに特筆すべきはこのチャーシューだ。
けっこう分厚いのに、箸でつまむと……とろとろっと、崩れてしまうほど柔らかい。
このとろけるチャーシューをレンゲですくって、ラーメン、スープと一緒に食べてみると……。
口の中がとろけるような、そんな、錯覚。
とろけるチャーシューが麺に絡み、麺も一緒にとろけたように、錯覚してしまう。
……このラーメン、完成度が――ヤバい。
とにかくスープの旨味を主張するように、考え抜かれている。
じゃあこのギョウザとチャーハンはどうか。
羽根つき餃子は、焼いてある面はパリパリと、それ以外はもっちもち。
通常の餃子より、皮が厚い。
そしてこの皮の厚さが重要だ。中身の餡の美味さを、しっかりと閉じ込めている。
一口かじると、まるで小籠包のように、肉汁がじゅわわわっと溢れ出す。
餡はニンニクやや強めだが、細かく刻まれた野菜がたっぷり入っていて歯ごたえが良い。
どうやら具材にレンコンが入っているようで、シャキシャキとした食感が心地よく、新鮮な驚きを与えてくれる。
そんな華やかなメニューと違って、チャーハンは……意外にも、淡白な味付けだった。
これ単体で食べると、おそらく物足りない。
なんでも中華味にしてしまう、有名な化学調味料は一切入っていないのがわかる。
ふわふわ卵に、パラパラでもちもちとしたご飯。
そこに刻みネギとわずかな塩胡椒、たったこれだけの、シンプルなものだ。
だが、この淡白なチャーハンは……罠だ。
淡白だからこそ、ギョーザやラーメンとものすごく合う。
普通のチャーハンでは、もたれてしまう。味がぶつかってしまう。
でも、このチャーハンならぶつからない。
そっと、ラーメンやギョウザを引き立ててくれる。
自己主張せず、引き立て役に徹する。そんな役割なんだ。
だから、単品メニューが無いんだ。
……魔女さんのお勧め、マジだった。こりゃ、他人にお勧めしたくもなる。
というか、中毒患者が出るラーメンやサイドメニューだね。
こんなのを食べてしまって、ハナちゃんたちは大丈夫だろうか?
ラーメンジャンキーに、なってしまわないだろうか?
「……」
「――……」
「……! ……!」
(……)
みなさん、無言でござる。
夢中になって、ラーメンを食べている。
というか、俺たちの他にもいるお客さん、みんな無言。
みなさん夢中で食べているね。
「ねえあなた、外に行列が……」
「え? なんで? 今までは全然お客さん来なかったのに? なんで?」
いつの間にか、店は満席。そして外に行列も出来ている。
ラーメン屋さん夫婦がうろたえているけど、今までお客さん来なかったんだ。
町はずれだし、車は素通りしちゃうしで、立地が悪かったんだろうと思う。
そんな時、俺たちが騒ぎを起こしたから、人が集まったと。
丁度お昼時だったのも、良かったんだろうな。
俺たちが店に入ったから、ここにラーメン屋があるって、ようやく認知されたんだ。
今回大勢の地元民がこの店を知ったので、まあこれからは客足は増えるだろうと思う。
ただ、クチコミだけに頼るのも、ちょっと心もとない。
こんないいお店なのだから、繁盛してほしいな。
……このお店を見るに、道沿い商売ではあたりまえ、という一つの事をやっていない。
それをやるとやらないとでは、大きく違いがでることが抜け落ちている。
その辺、教えておけば良いかも。
そうすれば、いろんな人にこのお店を発見してもらえる可能性がある。
それじゃあ、さっそく話してみよう。
ちょっと席を立って、二人の元に行きましょうか。
「すみません、そこなうろたえ中のお二人に……耳寄りな情報がありまして」
「え? 耳よりですか?」
「何でしょう?」
……夫婦さんたち、すすすっとやってきた。
この警戒心の無さ、ちょっと心配。
どこかの村にいる、耳の長い人たちくらい警戒心無いよ?
お父さん心配だよ?
……まあ、それはそれとして。
耳寄りな情報というか、道沿い商売の鉄則を教えよう。
「あのですね。こういった道沿いでお店をやるなら、『のぼり』をしこたま立てるのが良いですよ」
「え? のぼり、ですか?」
「あの、よくある旗ですよね?」
「そうです。とにかくのぼりを、立てまくるんです。一つでは駄目で、沢山です。そしてそこに自分の店で売り出したい物を表記するんです」
ラーメン屋さん夫婦は、きょとんとした顔になった。
そんなので効果あるの? みたいな顔だ。
でもこれ、ほんとに効果あるんだよね。あると無いとでは、売り上げが倍違う事もある。
「想像すると、分かると思います。道沿いにあるのに、のぼりが一本も立っていないお店は……入りづらいですよね?」
「あ~……、そう言われれば、そうですね。私も、のぼりが立っていないお店は……避けてしまうかも」
「あなた、そういえば……野菜無人販売所にすら、のぼりがあるのを見たことあるわ」
二人は、「ハッ」とした顔になった。
これ、教えてもらわないと、なかなか気づかないんだよね。のぼりの重要性。
俺は高橋さんと屋台のアルバイトをしたとき、雇い主さんに色々教えて貰ったんだけど。
それと、まわりが当たり前に立てている物だから、もし自分の所だけ立てていないと……。
「ちなみにですが、のぼりが無いと……『何かのお店跡地』に見えることだってあります」
「うわあ……」
「あなた、うちの店にお客さんが来なかったのって、もしかして……」
ガラ空きの駐車場で、おまけに道沿いには、のぼりの一本も立っていない。
想像してみればわかるけど、それってつぶれたお店の状態、そのまんまだよね。
ラーメン屋さんご夫婦も、これで色々気づけたと思う。
「というわけで、お店をアピールするのぼりを、ガンガン立てましょう。ただし道交法があるので、敷地内に収まるように」
「私たち、ラーメンの事ばかり、考えてました……」
「美味しい物を作るだけじゃ、ダメなのね……」
二人ともしょんぼりしちゃったけど、まあこれからですよこれから。
これからも、美味しいラーメンを作ってくださいだ。
「タイシ~、ハナ、おかわりしたいです~」
「あ、私もできれば……」
「大志さん、よろしいですか?」
(おねがいします~)
おっと、みんなも食べ終わったようだ。そしてお代わりしたいみたい。
俺もお代わりしたいから、どーんと注文しちゃおう!
「それじゃあ、みんなでお代わりしよう。ハナちゃん、好きな物頼んで良いよ」
「わーい! タイシありがとです~!」
(これがいい~)
――神様! テラ盛りラーメンは危険だと思います!
写真にあるどんぶりのスケールが、なんかおかしい奴ですそれ!
――――。
そんなこんなで、みんなでお代わりもして、楽しい昼食となった。
むろん、全員食べ過ぎである。たまにはいいよね、こういうのも。
神様も無事、テラ盛りラーメンを食べきっていたし。
神様が完食した瞬間は、店内大盛り上がりだった。
フードファイター神輿、爆誕である。
……とまあ色々あったけど、無事お昼を食べ終わり。
お会計をしてお店を後にする。
「アドバイス、ありがとうございました! 是非とも是非とも、またのお越しをー!」
「今度は、もっとサービスします!」
お店を出るとき、ラーメン屋さん夫婦が見送ってくれた。
二人ともにこにこ笑顔だ。
お会計も、ちょっとおまけして貰っちゃった。
「おいしかったです~!」
「すごいラーメンでしたね!」
「おなかいっぱいだね! いっぱいだね!」
「きゃい~」
みんな美味しいラーメンを食べられて、ホクホク笑顔だね。
ハナちゃんとヤナさんは、エルフ耳がそれはもう、でろんと垂れさがっている。
満足して頂けて、何よりです。
「今度、パパとママに連れてきてもらお」
「あ、じゃあうちも一緒に行って良いかな?」
「いいよー!」
巫女ちゃんと護衛君も大満足だったようで、今度ご家族で来るみたいだ。
魔女さん、良いお店を紹介してくれた。感謝感謝だね。
「SNSで連絡来たんだけど、ここのお店が美味しいんだって」
「ほんと~? 聞いたことないお店よ?」
「試しに行ってみようぜ。……うわ、行列出来てんじゃん」
バスに乗ろうとしたら、三人の若者がお店の方に歩いて行った。噂が広まっているらしいな。
お店の中を見てみれば、嬉しそうにラーメンを作る旦那さんと、忙しく注文をとる奥さんの姿が見える。
二人とも、頑張ってね。
◇
楽しくお昼を食べて、楽しく遊んで……夕方になった。
そろそろ、帰る時間だ。そして、妖精さんたちもまた、近いうちに故郷へと旅立つ。
巫女ちゃんと妖精さんたちはすっかり仲良くなったけど、これでしばしのお別れだ。
「ううう……妖精さんたち~、がんばってね~……」
「がんばるよ! がんばるよ!」
「みんなのはねを、なおしちゃうよ! なおしちゃうよ!」
「やるきじゅうぶん~」
妖精さんたちが故郷へ帰るのは、巫女ちゃんに伝えてある。
もう巫女ちゃん、号泣だ。
とっても仲良くなった、ちいさなちいさな神秘の存在。
このお友達とお別れになるのは……寂しいだろうな。
そんな巫女ちゃんを励ますためか、妖精さんたちが周りをひらひら飛んでいるね。
「おせわになった、おれいだよ! おれいだよ!」
「うけとって! うけとって!」
「せいこうしたやつ~」
おや? サクラちゃんが何かをどこからか、取り出した。
あれは……お花の形をしているね。
「おくりものだよ! おくりもの!」
「がんばって、つくりました~」
きゃいきゃいと差し出したそれを良く見ると……ダイヤをこねて作った、お花のアクセサリだね。
本体は……妖精サクラの花をモデルにしているようだ。
そして、模様も凝っている。花の咲いた、蔓っぽい植物の意匠が凝らされている。これは、逸品だ。
というか、その模様の素材は……緋緋色金、ぽいな。
こねこねとまげまげを極めし者のみがつくれる、すごい作品だ。
「わあ! 貰っていいの!?」
「いいよ! いいよ! きずなのあかしだよ!!
「なかま~」
巫女ちゃんはもう大喜びで、キャッキャしているね。
絆の証、仲間の証。とっても特別な、贈り物だ。
「……大志さん、なんかすごい物貰ってますけど」
そして巫女ちゃんが貰ったお花のアクセサリを見て、護衛君がぷるぷる震えている。
彼は凄いな、このアクセサリの価値、初見で分かるんだ。
「普通に市場に出したら、価値が付けられない貴重品だね。一緒に守ってあげて欲しい」
「うわあ……」
繊細に加工されたダイヤモンドだけで、かなりの大きさと価値がある。
さらに緋緋色金が埋め込まれているわけで。ちたまの技術じゃ、不可能なわけで。
価値など付けられないほどの、貴重品だ。
そんなのも一緒に守るハメになった護衛君は、ぐったりしているけど。
まあ、頑張ってほしい。俺は子供にも仕事を丸投げする、そんな男なのだよ。
そうして贈り物を贈られて、お別れの言葉を交わして。
バスに乗り込んで、出発となった。
「妖精さんたち、また会おうねー!」
「またね! またね!」
「しばしの、おわかれ~」
バスが発車して、妖精さんたちが手を振って。
巫女ちゃんは、いつまでも、いつまでも手を振っていた。
これで、巫女ちゃんへのお別れの挨拶は済ませた。
次は、村で行う送別会だ。
盛大に妖精さんたちを、送り出してあげようじゃあないか。