第十話 キラキラ粒子
飛べなくなってしまった、羽根をなんとか補修した妖精ちゃん。
この結果に大いにヘコんだけど、ここであきらめたらいかんわけですよ。
そんなわけで、「羽根なんとかするぞ」計画を発動する。
ちなみに具体策はまだない。これから考える。
「ようせいさん、ハナがおせわするです~」
「ありがとね! ありがとね!」
「わたしたちも、おせわするよ! するよ!」
「きゃい~」
あとは、空を飛べなくなると生活に大いに支障をきたすので、またまたハナちゃんがお世話することに。
ほかの妖精さんたちもお手伝いしてくれるようで、ぴこぴこと周りを飛んでいる。
羽根をなんとか補修した妖精ちゃん、みんなにちやほやしてもらって、きゃいっきゃいだ。
ハナちゃんの肩の上に乗って、ニコニコしているね。
そしてそんな妖精さんたちに、一つ良いお知らせだ。
あっちの森から、ネコちゃん便でお礼が来たのだ。
さっそく見せてあげよう。
「今日は良い物があるよ。お薬を届けたおうちから、お便りが来たんだ」
「あえ? おたよりです?」
「おたより? おたより?」
ICレコーダーと写真を取り出すと、ハナちゃんと羽根をなんとか補修した妖精ちゃん、覗き込んでくる。
そこには、十一人の大家族が写っていた。
「あや! だいかぞくです~」
「おおぜいいるね! おおぜい!」
「この、お父さんに抱えてもらっている子が、お薬を必要としていた子だよ」
その写真には、お父さんエルフに抱え上げられた……ハナちゃんくらいの、女の子エルフが写っていた。
とっても良い笑顔で、キャッキャしているのが写真からでも伝わってくる。
このハナちゃんと同じ年くらいの子が、熱を出しちゃった子だ。
それでは、伝言を再生しましょう! ぽちっとな。
『おくすりきいた~! ありがとう! げんきになったよ~!』
『ほんとうにたすかりました。こんどおれいに、くだものたくさんおくります』
『うちのこのために、ありがとうございます』
『おねえちゃんげんきになった! ありがとー!』
ICレコーダーには、家族一人一人から感謝の言葉が流れる。
写真と声で、元気な様子と感謝の言葉を――はっきりと、伝えてくれたのだ。
「あや~、ほっとしたです~。よかったです~」
「きゃい~!」
熱を出しちゃった子も元気になって、ご家族も喜んで。
ハナちゃん、すごくほっとした表情だ。
妖精ちゃんは、感謝の言葉を受けてきゃいっきゃいと喜んでいるね。
「がんばってよかったね! よかったね!」
「きゃい~」
お薬こねこね隊の妖精さんたちも、気持ちが伝わったのかきゃいきゃいと喜ぶ。
人助けが上手くいって、純粋に喜んでくれているね。
ほんとに、良い子たちだ。
……今回一人の妖精ちゃんが、空を飛べなくなるという結果になった。
しかしそれでも――助かった人がいる。元気になった女の子エルフがいる。
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんや、お薬こねこね隊の妖精さんたちは、守ったんだ。
このご家族に降りかかるかもしれなかった、大きな不幸を――未然に阻止した。
これはなかなか出来る事ではないし、誇っていい事だと思う。
それにこの村の子供たちもハナちゃんも、大いに助けられた。
この子たちのおかげで、幸福が守られた。
妖精さんたちは――偉業を成し遂げたんだ。
……まあ、ヤナさんの薬が凄いというのもあるのだけど。
今回一番凄い活躍をしたヤナさんだけど、目立たない……。縁の下の力持ち状態だ。
もちろん、ヤナさんも胸を張って良いよね!
「ヤナさん、あのお薬大活躍ですよ。すごいお薬ですね」
「あ~、そう言ってもらえると、作ったかいがありましたね。まあ……あじはもっと、かいりょうします」
ヤナさん的にも、あの味はまだまだ納得いかないようだ。
それがなんとかなれば、とても凄い薬になるだろう。
ぼちぼちと改良を続けてほしいな。
「それはぼちぼち研究して頂ければと。あと、ヤナさんの功績をたたえて……良いお酒と良いおつまみ贈っちゃいますから」
「え! それはうれしいですね!」
ヤナさんキャッキャとなった。お酒好きだからね、こういう贈り物が良いのではと。
もちろん、妖精さんたちの功績もたたえないとだね。
「妖精さんたちには、あのお酒が入った甘いやつとか沢山あげるね」
「ほんと! ほんと!」
「あれだいすき! だいすき!」
「きゃい~! きゃい~!」
妖精さんたちもきゃいっきゃいだ。これで功労賞は大丈夫かな?
あとは、羽根をなんとか補修した妖精ちゃんだ。
この子の羽根を、なんとしてもなんとかする。
また、大空を飛べるように――治療する。
これが今の目標だ。
「君の羽根もなんとかするから、協力してくれるかな?」
「ハナもおてつだいするです~!」
「ありがとね! ありがとね!」
羽根をなんとか補修した妖精ちゃん、ちこちこと歩き回ってキラッキラ粒子を出す。
ひとまず、しなければいけないことは……診察、かな?
◇
というわけで羽根の穴あきを何とかするために、まずは診察を行うことにした。
とれちゃった羽根の一部も、もちろん大事に保管してある。
集会場の別室にて、ハナちゃんユキちゃんと一緒に、まずは問診の真似事だ。
「それじゃ、羽根は今どんな感じなのか、聞かせて欲しいな」
「えっとねえっとね、なんかスースーする? する?」
「他には?」
「はねをうごかすと、なんかへんなふうにしなるかな? しなるかな?」
こんな感じで、色々話してもらう。
まとめるとこうだ。
羽根がスースーして、羽ばたくと変にしなる。
重さも左右異なるので、左右同期して羽ばたくのが難しい。
穴の開いた羽根は、光が弱くなった気がする、などなど。
「あとね! あとね! なんかちからがぬけるよ! ぬけるよ!」
「え?」
「……あえ?」
「それって……」
力が、抜ける?
ハナちゃんもユキちゃんも「あれ?」という顔をした。
ここにいる全員が、その言葉に引っかかった。
「……ねえ、力が抜けるって、どんな感じかな?」
「とぶちからがでなかったり、おもいものがもてなかったりするよ! するよ!」
「……」
まさか。
「ね、ねえ……羽根に穴が空くと、色んな力が弱まっちゃったりする?」
「するかも? するかも?」
妖精ちゃんは、なんでもないように言う。
前から羽根を痛めていたから……慣れてしまったのだろうか。
でもこれは、俺が考えていたよりずっと――重傷、なのでは。
飛べなくなるのも、羽根に穴が空いたことによる重心の変化や空力の変化より、もっと大きな原因があって。
それが――力が抜けるということ、なのでは?
「力が抜けなかったら、その羽根でも飛べたりする?」
「たぶんだいじょうぶだよ! だいじょうぶだよ!」
……。
「タイシ~……」
「これって、思ったより……」
問診にて判明した事実に、ハナちゃんとユキちゃんも言葉が少なくなった。
思っていたより、事態はずっと良くなかったのだから……当然だ。
「きゃい?」
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんは、あまり様子も変わらずきゃいきゃいしているけど。
でも、この子は今確実に、力が弱まってしまっているんだ。
これは早い所、何とかしないといけない。
……ただあまり深刻そうな顔をすると、妖精ちゃんが不安がる。
ここはひとつ――明るく行こう!
「あ~じゃあ、力もりもりになるように、色々試すね。色んなことしよう!」
「たのしそう! たのしそう!」
「おまけにちやほやしちゃうからね! 楽しみにしててね!」
「きゃい~!」
深刻に考えたって事態は変わらない。なら、明るく行きましょうだ。
眉間にシワを寄せて取り組むより、笑顔で賑やかに!
――前向きに行こう!
今回大事な事がわかったんだ。これは大きな前進だ。
ガンガン前に進んで、この子が報われるよう突っ走るぞ!
「ほらほらハナちゃんもユキちゃんも、明るく前向きに。みんなで何とかしよう!」
「……そうですね。そうするのが良いと思います!」
「あい~! ハナもげんきにいくです~!」
「げんきがいいよ! げんきがね!」
ようやく二人も、普段の明るさを取り戻してくれた。
それじゃあ、つぎは分析と行きましょうか!
◇
……分析ちょうむずい。
だって妖精さん、謎だらけなんだもの。
だけどやらなきゃ始まらないので、色々思いつくことを試してみる。
「今日はこの、S○NY製のすごいカメラを持って来てみたよ」
「ごついカメラです~」
「最新機種ですよね、それ」
「きゃい?」
ハナちゃんが言うように、ゴツい一眼レフを買ってきてみた。
こいつは最新機種で、特殊な撮影モードがある。
――ピクセルシフトマルチ撮影。
これは、ものすごい高解像度で写真を撮影することが出来るやつだ。
超高解像度になるので、応用として顕微鏡写真みたいなものも撮れてしまう。
今回はこの機能を使って、妖精ちゃんの羽根を撮影、分析資料として使う。
色んな方法を試してみて、資料を比較検討する。これ大事だね。
「くすぐったいね! くすぐったいね!」
「ちょっと我慢してね。それじゃ撮影するよ」
「どうぞ! どうぞ!」
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんの羽根を固定して、何枚か撮影する。
すぐさまPCに転送して、写真を表示すると……。
「うわあ! すごい複雑な構造ですね!」
「きれいです~!」
「これってわたしのはね? わたしのはね?」
画面に美しいパターンが映し出される。これは……表面の構造だね。
不思議な幾何学的パターンが並んでいて、淡く光っている。
マイクロスコープ映像とはまた違った、興味深い写真が撮れた。
『かっこいいきかいのよかん』
「あや! はんぶんだけ、おばけです~!」
そしてこう言うものに嗅覚が鋭いメカ好きさんが、半分離脱しながらやって来た。
しかしその辺に落ちてた白い紐が、ガッチリ完全離脱を防いでいる。
半分で済んでいる。この紐ほんと凄い。
「これってカメラなんですか?」
「そうですね。専門家が使うような高機能なもので、私では全然扱いきれない代物です」
『かっこいい!』
そんな離脱したり戻ったりと忙しいメカ好きさんだけど、カメラをキラキラした目で見ている。
……まあ彼は好きにさせておくとして、資料の撮影を続けよう。
「じゃあまた撮影するから、ちょっとじっとしててね」
「わかったよ! わかったよ!」
こうして羽根を撮影していき、資料がだいたい揃ったのだけど――。
「あの時に焼き切れたみたいな部分、どうなっているかわからないな……」
「剥がれ落ちた部分を拡大しても……問題の部分は、失われていますね」
――ひとつ問題があった。羽根に空いた、新たな大穴。
焼き切れたと思しき部分は、失われていた。
試しに剥がれた羽根の端っこをピンセットで触ってみると、脆くなっていてポロポロと崩れてしまう。
……あの強靭でしなやかな羽根が、ここまで脆化してしまうのも不思議だ。
そしてその脆化の原因部分と思しき箇所が、崩れてなくなってしまっていたのだ。
「これは困ったな……」
「タイシ~、なんとかならないです?」
「考えてはみるけど、なんとも言えない」
「あや~……」
さすがに、俺も存在しない物までは何とか出来ない。
これは困った……。せめてあの時、映像でも撮っていればよかったけど……。
でも、あの緊急事態は予想できなかった。
カメラを向けるなんて、考えもしなかった。
これはちょっと、どうにもならな……い?
――いや? まてよ?
たしかあの時……ネコちゃんにカメラを付けていたはず。
そして俺は、録画ボタンを押していた。
もしかしたら――その時の映像が、あるかもしれない!
「あの時の映像、あるかもしれないよ!」
「あえ? あるです?」
「ネコちゃんに、カメラを付けていたはずなんだ。探してみよう!」
「ハナもてつだうです~!」
慌ててアクションカムの箱をひっくり返して、どれがそのカメラか確認していく。
あれは何番だったか……。
「みんな、どしたの?」
慌てて箱をひっくり返している俺たちを見て、メカ好きさんが話しかけてきた。
「ああいえ、お薬緊急輸送のときに使っていた、カメラを探していまして」
「それなら、『じゅういち』ってかいてあるやつですよ」
「え?」
「これこれ、これですよ」
ひょいっとメカ好きさんが、十一番のシールが貼ってあるアクションカムを手に取る。
ネコちゃんが帰ってきた後……カメラの事は忘れていたから、そのまんまのはずだ。
たしか俺のスマホに入っていた、SDカードを入れた。
そいつが入っているなら、正解だ。
「ちょっと確認します……あ! これだ! 間違いない!」
「やった、あってた」
「やったです~!」
果たして十一番には、スマホにいれていたメーカーのカードが入っていた。
このカードだけ容量が一番デカイやつなので、すぐわかる。
「いや、助かりました。覚えているなんて、大したものですよ」
「おじさん、すごいです~」
「てれるな~」
みんなで褒めたら、メカ好きさんてれってれだ。
ほんと、ありがとうございますだね。
――さて! さっそく映像を確認してみよう!
PCにデータを移して、再生してみると――。
「うつってるです~!」
「あの瞬間、バッチリ撮れている!」
「やりましたね!」
――バッチリ写っていた!
ネコちゃんが近づいてくれたおかげで、何かが焼き切れるシーンが、バッチリと。
「こんなんなってたんだ! なってたんだ!」
「でも、あっという間の出来事ですね……」
「まるで……電球のフィラメントが切れるとき、みたいだ」
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんも、興味深々になって映像を見ている。
自分じゃ確認できないだろうからね。
でも、一瞬の事なので秒間三十フレーム動画じゃ、詳しい所までは分からない。
ないよりはマシだけど、期待していた程じゃあ……。
「タイシ~、これもっとゆっくりにできないです? まえはやってたです?」
「撮影する前に、設定をしていないとダメなんだ。この時はそこまで……」
いくら高性能な機能があっても、使う時に設定していなければ、意味がない。
アクションカムは全部、秒間三十フレームのフルHDに設定していたから……。
あれ?
……三十フレームにしちゃ、なんか動きが滑らかだよな、この動画。
これもしかして……三十フレームの動画じゃ、ない?
動画のプロパティはどうかな……て、二百四十フレーム!
このカメラ――スーパースローモードになってる!
やった!
「これスーパースロー撮影だ! もっとゆっくりに出来るよ! ほら!」
「やったです~!」
「わわ! 光の流れが、良くわかりますね!」
「こんなんなってたの? なってたの?」
『かっこいい~!』
すぐさまスロー再生してみると、光の軌跡が良くわかるようになった。
近距離の撮影なので、光跡パターンもわかる。
これなら、問題の箇所を特定できるかもしれない!
「すごく貴重な映像資料が出来た。これは運が回って来たよ!」
「ハナたち、ついてるです~!」
「やりましたね!」
「よかったね! よかったね!」
思わぬ映像資料があったことに、俺たちみんな大喜びだ。
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんも、七色のキラキラ粒子を出して、きゃいっきゃいだ。
これは調査が、大幅に進展するかもだ。
よーし、この調子でどんどん前に進もう!
『あり?』
と、そうして喜ぶ俺たちの横では、メカ好きさんの半離脱体が首を傾げている。
「ありあり?」
そして、離脱したり戻ったりして、目をごしごししているね。
……どうしたんだろう?
「どうされましたか? 何か変なことでも?」
「ああいえ、なんか……ぬけちゃってるときだと、いろがちがってみえるもので」
「……色が違う?」
離脱したアレの状態と、通常の状態では見えるものが違うってこと?
俺は離脱したことがないから、良くわからないんだけど。
「ぬけちゃったときに、このキラキラをみると……にじみたいないろで、きれいだな~って」
――ん? 虹みたいな色で、綺麗?
羽根をなんとか補修した妖精ちゃん、ずっと前から七色粒子ちゃんだったけど。
「この子のキラキラは、前から七色のはずでは?」
「きゃい?」
俺にはずっと、七色に見えている。今もそうだ。
「あえ? しろいですよ?」
「大志さん、この子のキラキラは白ですよ? 最初から」
「しろいよ! しろいよ!」
「ふつうだと、しろくみえますね」
しかし――全員に否定された。
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんの粒子は「白である」と。
俺以外、全員……白い粒子に見えている?
……なんだこれ? なんだこれ?
この齟齬は、一体なんだ?
なぜ俺にだけ、七色に見えるんだ?
そしてこの七色の意味は……何なんだ?
…………。
良く考えてみよう。この妖精ちゃんは、羽根に穴が空いていた。
この子の粒子だけ、「俺には」七色に見えていた。
……羽根に穴の開いた子だけ……「七色」の粒子を出している?
そして羽に穴が空くと「力が抜ける」と言う。
これは……まさか。
俺はそれなりの見鬼の力を持っている。
巫女ちゃんほどではないけれど、それなりに。
もしかしてその力が――真実を、見せていた?
しかし俺は、それに気づかなかった?
みんなも、七色に見えていると、思い込んでいた?
――――。
――これ、あれじゃない?
この妖精ちゃんの「七色」のキラキラは――「生命力」、なんじゃない?
メカ好きさんも、離脱時にはたましいっぽいやつそのものになっているから、これが見えたとか?
離脱しているアレは、生命力そのものっぽいやつだから、同じものが見えるようになった?
……つまりは羽根に穴が空くと、「生命力」が――漏れちゃう?
「きゃい?」
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんに、視線を送る。
キラッキラと「七色」の粒子を出して、首を傾げているね。
このキラキラが生命力だとしたら……漏れちゃ、ダメなやつじゃない?
「きゃい?」
――――大変だー!!!!!