第九話 それは……いずれ起きたこと
風邪騒動が収まって。みんなでおやつ会をして。
平和に日々は過ぎていた。
「あや~、きょうはすごいふぶきです~」
「こういう日は、じっとしているのが一番だよ」
「あい~」
「さすがにこの吹雪では、厳しいですよね」
ハナちゃんの言うとおり、今日はものすごい吹雪だった。
じっとしているのが良いというか、動けないというか。
しょうがないので、集会場でのんびり日本語のお勉強だ。
ユキちゃんも今日は自動車学校はお休みして、コースを覚えるのに専念だ。
「おだんごあるよ! おだんご!」
「たくさんたべてね! たべてね!」
「おいしいやつ~」
集会場では妖精さんたちがお団子を量産して、訪れる人にふるまってくれている。
とくに羽根を補修した妖精ちゃん、お団子製造の腕がめきめき上がっているね。
くるくるぽんって感じで、お団子をすぐさま作ってくれる。
俺たちは出来立て妖精和菓子を食べられるので、なかなか贅沢なひと時かも。
ぽかぽかな室内で美味しいお菓子をつまみ、のんびりお勉強。
ゆったりしたひと時。
そうしてハナちゃんやユキちゃん、妖精さんたちとのんびり過ごしていた時の事――。
「ミュミュ~! ミュ~!」
――突然、ネコちゃんが窓を外から叩く。
一体どうしたんだろう?
「ネコちゃんどうしたの? 今窓を開けるから」
「ミュ~ン!」
「あや! なんだかあわててるです?」
「何かあったのですかね?」
窓を開けてあげると、ネコちゃんが飛び込んできて、俺たちの周りをくるくる走り回る。
よくよく見れば、首になにかをぶら下げているな。
これは……。
「これはネコちゃん便か。こっちからは飛ばしていないから、あっちの森に待機してた子だね」
「ミュン! ミュン!」
「タイシ、なんか急いでるみたいです?」
どうもネコちゃんお急ぎみたい。……これは、緊急連絡の可能性があるな。
あっちの森で、なにかあったのかも。
「伝言を聞いてみよう」
「あい」
「ミュン!」
「では、再生します」
ネコちゃんの荷物から、ユキちゃんがICレコーダーを取り出して再生した。
そこに録音されていたメッセージはというと……。
『こどもがねつをだしてしまいまして、ヤナさんのおくすりがほしいです! おねがいします!』
という伝言が入っていた。
――急患か!
「ねつがでちゃったの? でちゃったの?」
「たいへん! たいへん!」
「おくすり、もうないの~」
それを聞いた妖精さんたち、慌てだす。
味をなんとかしたお薬は、製造に手間がかかるため在庫がない。
村では風邪騒ぎが収束したので、油断していた。
まさか、外部から緊急で依頼があるとか。
……ただ、ヤナさんなら在庫を持っていたはずだ。お願いしてみよう。
「ハナちゃんとユキちゃんはここで待っていて。自分はヤナさんに聞いてくるから」
「あい!」
「わかりました!」
すぐさま行動に移し、ヤナさんの所へ。今日は家で帳簿を付けているはずだ。
そしてすぐさまハナちゃんちに到着し、要件を伝える。
「あっちの森に急患がでたようで、お薬が欲しいそうです」
「わかりました。味をなんとかする前のおくすりは、まだあります」
「では、それを急いで送りましょう」
「今よういします」
ヤナさんはスタタっと走って家の奥に入って行き、一分ほどで戻ってくる。
……防寒装備を着ているね。あと、その手には例の薬が入っているとおぼしき、包み紙が。
「私もいっしょに行きます」
「わかりました。では、集会場へ行きましょう」
「はい」
ヤナさんを連れて集会場に戻り、早速配送の準備をする。
念のため途中経過や配送結果を知るために、ネコちゃんにアクションカムを取り付けだ。
十一番のカメラがスタンバイ状態だね、これにしよう。
「ミュ~」
「ちょっとじっとしててね」
ネコちゃんの首にカメラを取り付けて、録画ボタンを押す。
そうして準備をしていると、騒ぎを聞きつけて人が集まってきた。
「どうしたの?」
「いそいでいるみたいじゃん?」
「おれたちに、てつだえることある?」
「なにかあったのかしら~?」
「みんな、あわててるけど」
ステキさん、マイスター、マッチョさんに腕グキさん、そして……メカ好きさんだ。
彼らに現状を説明するため、ICレコーダーの伝言を再生して聞かせる。
「こどもが、ねつをだしたんだ」
「このおくすりなら、すぐにきくじゃん?」
「はやく、おくってあげよう」
「それがいいわ~」
「あのおくすり、すごいもんな~」
みなさん状況は理解出来たようで、意見は一致したね。
それじゃ、早く送ってあげよう……ん?
「まって! まって!」
羽根を補修した妖精ちゃんが、ぴこぴこっと飛んで俺の腕にとまった。
どうしたのかな?
「どうしたのかな?」
「このおくすり、あじがやばいやつ? やばいやつ?」
羽根を補修した妖精ちゃんが、俺の手のひらの上にある、例のお薬を指さして聞いてきた。
……まあそうだね。凄くアレな味がするお薬だ。
ただし――かなり良く効く。
「そうだよ。味を何とかする前のやつだね」
「こどもだと、のむのいやがるよ? いやがるよ?」
「――あ」
妖精ちゃんが指摘したけど、確かにそうだ。
急患のために薬を送っても、嫌がって飲んでもらえない可能性がかなりある。
……それはまずいな。
緊急でお薬を必要としている容態なのに、飲むのを嫌がったら。飲まなかったら。
ちょっとこれは……よろしくない感じがする。
「あじをマシにしたほうがいいよ! いいよ!」
「のんでもらわなきゃ、いみない~」
「こねましょ! こねましょ!」
緊急だけど、妖精さんたちはこれから何とかしてくれるようだ。
……無理はさせたくないけど、今は頼るしかない。
背に腹は代えられない、という感じだ。
「……申し訳ないけど、お願いできるかな?」
「わかったよ! わかったよ!」
「おくすり、こねましょ~」
「まかせて! まかせて!」
妖精さん達は快く受け入れてくれた。
それじゃあ、気は進まないけど……こねてもらおう。
「では、これをお願い出来るかな? ……無理はしないでね。無理は」
「たいじょうぶだよ! もんだいないよ!」
「さっそく、こねましょ! こねましょ!」
「はじめるよ~。そーれっ!」
お薬を渡すと、早速妖精さんたちは羽根をキラキラと輝かせ始める。
「あじをなんとか、しましょうね! しましょうね!」
「おくすりこねこね~」
「おいしくなーれっ!」
見る間に色が変化していく、例の薬。
「ミュミュ?」
ネコちゃんも、その様子が珍しいのか近づいて見つめている。
三人がかりで羽根を煌めかせるのは、なかなか見られない光景だからね。
「もうちょっとこねるよ! こねるよ!」
そして、羽根を補修した妖精ちゃん、かなり羽根が輝いている……。
――嫌な、予感が、する。
これを放置したらいけない、そんな、直観。
――止めなければ!
「三人とも止めて! それ以上はダメだ!」
「きゃい?」
丁度こね終わったのか、お薬は綺麗な色に変化して――。
「あえ?」
「今、いっしゅん……」
「すごく、明るく光った……?」
ハナちゃん、ヤナさん、ユキちゃんも、目撃したようだ。
羽根を補修した妖精ちゃんの、羽根の一部が――ストロボのように、光った。
まるで、何かが焼き切れたような、そんな……輝き。
「きゃい?」
そして羽根を補修した妖精ちゃん、「あれ?」という顔で、自分の羽根を見る。
俺も、まわりの人も、同じ個所を見つめる。
その、光った部分は。何かが焼き切れたような、そこからは。
「……あえ?」
羽根を補修した妖精ちゃん、その羽根。光った部分から、ひらり。
何かが――落ちた。
「あや? あややや?」
「きゃい?」
みんなでぽかんと、その部分を見つめる。
羽根を補修した妖精ちゃんの、きれいな羽根。
しかし「その部分」には。
ぽっかりとした穴が――空いていた。
「やっちった~」
自分の羽根に穴が開いてしまったことを確認した、妖精ちゃん。
羽根に穴の開いた妖精ちゃん、「てへっ」って感じでてへぺろした。
…………。
――大変だー!
「あやー! はねにあながあいちゃったです~!」
「君それ大丈夫!? 痛くない!?」
「大志さん! これは大変なのでは!?」
「えらいこっちゃ~!」
ハナちゃん大慌て! 俺も大慌て!
周囲で見ていた人たちも、騒然となる。みんなでワーキャー大慌てだ。
「これ、やべえんじゃね?」
「はねにあながあくとか、ふるえる」
「おくすり! おくすりつくらなきゃだわ~!」
「どうしよう!? どうしよう!?」
もう大慌てで、羽根に穴が開いた妖精ちゃんを、手当てしようとする。
「あながあいちゃった! あいちゃった!」
「だいじょうぶ!? だいじょうぶ!?」
もちろん他の妖精さんたちも、きゃーきゃーと大慌てだ。
羽根に穴の開いた妖精ちゃんの周りを、きゃーきゃーちこちこと走り回っている。
……あ、イトカワちゃんがこけた。
とにかくもう、みんな大慌てだ。
大事な大事な羽根に、穴が開いてしまったのだから。
しかし、当人はというと……。
「だいじょうぶだよ! とくにいたくはないよ!」
羽根に穴の開いた妖精ちゃんは、羽根をぴこぴこ動かして、しきりに大丈夫アピールをする。
しかしこれ……結構な大きさの穴が、空いてしまったわけで。
この場の全員、大丈夫じゃないと思っているわけで。
「それよりはやく、おくすりとどけてあげよ! あげよ!」
「あや! それもあったです~!」
「あ、そうだ。まずは薬を急いで送ろう!」
「ミュッ!」
羽根に穴の開いた妖精ちゃんに言われて思い出したけど、これは急ぎだった。
慌ててお薬をケースに収めて、ネコちゃんの首に下げた袋に入れる。
あとは……ICレコーダーに声を吹き込んでおかないと。
「お薬送ります。一回につき一粒、朝、昼、夜で三回の用量を守ってください。あと、出来れば食後に飲んでください」
よし、これで良い。
あとは……アクションカムの電源も大丈夫だね。赤いランプがついている。
それじゃ、窓を開けてネコちゃん便の出発だ!
「ミュ~……ミュ~……」
……ネコちゃんも羽根に穴の開いた妖精ちゃんが心配みたいだけど、急患は急患で心配だ。
後のことは任せてもらって、飛んでもらおう。
「ネコちゃん、後のことは任せてほしい。何とかするから」
「するです~」
「ミュ!」
ネコちゃんの頭をなでながらそう言って、気持ちを切り替えてもらう。
気合が入ったようで、背中の羽根をぱたぱたさせ始めた。
「ミュミュ~!」
そしてふわりと空に浮かび、窓から外に飛び出して――高速で飛んで行った。
ネコちゃん、お薬の輸送、お願いね。
……さて、急患のことはもうできることはない。
次は、羽根に穴の開いた妖精ちゃんだね。
本当に大丈夫なのか、確認しないといけない。
「それで、羽根にあいちゃった穴はどうしたら良いかな?」
「とりあえずほしゅうするよ! ほしゅうするよ!」
「おはな、とってくるね! とってくるね!」
何名かの妖精さんたちが、妖精サクラを採取しにぴこぴこ飛んで行った。
「あや~……」
「まさか、羽根に穴が開いてしまうなんて……」
ハナちゃんとユキちゃんはほんとに心配そうに、羽根の穴を見つめている。
妖精サクラで補修するとは言うものの、果たして補修しきれるだろうか……。
◇
無理やり補修しました。
「どうかな? どうかな?」
「なんとかしたけど、じしんないよ! じしんないよ!」
「ちょっとあなが、おおきいの~……」
だだ、無理やりだったため……わりと厳しい感じだ。
羽根の重量バランスもおかしくなっているし、強度だって不安がある。
なにより、穴の直径が大きすぎて……妖精サクラの花びらだけでは、なかなか厳しかった。
「ためしてみるね! そーれっ!」
不安がる俺たちをよそに、羽根をなんとか補修した妖精ちゃん、空を飛ぼうとする。
しかし――。
「――だめみたい~……」
ぴこぴこっと羽根を動かしただけで、諦めてしまった。
これは相当……重傷なのでは……。
治るとは聞いていたけど、どうなんだろう?
「この穴って、治るんだよね?」
「なおるです?」
「ちょっと、きびしいかも? かも?」
「……あえ?」
――え? 厳しい?
「厳しいと言うと……治らないの?」
「ここまでおおあながあいちゃうと、わりときびしい? きびしい?」
「ええ……?」
「――あやー! たいへんです~!」
羽根をなんとか補修した妖精ちゃん曰く、治すのは厳しい、らしい。
ユキちゃんは痛々しい目で羽根を見つめ、ハナちゃんは「あえ~? あえ~?」と右に左に大慌てだ。
「本当に、厳しい?」
「こうなっちゃったひとは、だいたいそらをとばなくなるね! なるね!」
明るい感じで言うのだけど、前例はあるようだ。
じゃあ、空を飛ばなくなったら……どうなるのか。
「こうなっちゃったら、その後はどう過ごすの?」
「おだんごをきわめるよ! きわめるよ!」
「お団子を極めるお仕事、あるんだ」
「あるよ! あるよ! す~っごくおいしいおだんご、つくるの! つくるの!」
きゃい~きゃい~っと、羽根をなんとか補修した妖精ちゃんは言う。
飛べなくなっても、特に沈んだところもなく。
どうやら妖精さんたちには、飛べなくなった人に用意される仕事があるようだ。
その仕事をするから、大丈夫らしい。
しかし、今までの話しで――凄く気になることを言っていた。
妖精ちゃんは「こうなっちゃった人は、だいたい空を飛ばなくなる」と言った。
これに対応する形で、お団子専門職人になる、という社会制度みたいなものもあるようで。
それはすなわち、こういう事だ。
――羽根に穴が空いて飛べなくなる妖精さんは――わりといる、のでは。
「こうなっちゃう人って、百人くらいいたらどれくらいの人がなるものなの?」
「ほぼいないね! いないね!」
「……じゃあ、千人くらいだったら?」
「え~と、え~と……そこそこ! そこそこだよ!」
「そこそこの人は、こうなっちゃうの?」
「そうだね! そうだね!」
ユキちゃんが確認してくれたけど……。
ごく稀なのか、そうじゃないのかは、ちょっと判断がつきにくい。
でもそういう人は、他にもいるってことだね。そこそこは、いるらしい。
じゃあ、なぜ穴が空いちゃうか、だね。
「羽根に穴が空いちゃう人って、さっきみたいな『力』を使った時になるの?」
「だいたいそうだね! きづいたら、あながあいてるらしいよ! あいてるらしいよ!」
穴が空く原因は、妖精ぱわーフルドライブ、が原因と。
それならやっぱり、あれは無理してたんだ。申し訳ない。
「……無理させちゃって、ごめんね」
「じかくがないのが、こまったところ? ところ?」
「自覚症状、無いんだ」
「ぜんぜんないよ! ぜ~んぜん!」
羽根をなんとか補修した妖精ちゃん、ちこちこと歩いて全然アピールだ。
飛べなくなっちゃったけど、とにかく明るい妖精ちゃんだね。
でも、自覚症状が無いってのは怖いな……。
本人も気づかぬうちに、羽根に負荷をかけてしまっているかもしれない、という事が起きるわけで。
そうして気づかぬまま、この結果を招いた。
これは、俺の責任……だな
嫌な予感はずっとしていた。でも、妖精さんに頼り切ってしまった。
勘に従うべき、だった。
しかし、薬はなんとかしないといけない。……苦しいところだ。
……この羽根をなんとか補修した妖精ちゃんは、顔も知らない誰かのために頑張った。
ただその結果がこれでは、悲しい。
この結果には、さすがにヘコむ。
「あや~……」
「……」
ハナちゃんもユキちゃんも、切なそうな表情だ。
羽根をなんとか補修した妖精ちゃんは、明るく振る舞っている。
ただ、じゃあそれでいいか、とは俺は思えない。
――なんとかしたい。
ちらりと、視線をハナちゃんとユキちゃんに向ける。
「あい」
「ええ」
俺の想いは伝わったのか、二人ともキリっとした表情で、頷く。
そうだよね。これはあんまりだよね。
起きてしまったことは、もう変えられない。
……でも、この報われない結果は――変えたい。
変えたいのであれば――なんとかするしかない。
「みなさん、私はこの結果を……何とかします。もっと良い結果にします」
「タイシ~! ハナもてつだうです~! なんとかするです~!」
「私も全力でお手伝いします。気持ちは一緒ですから」
宣言して、後戻りできなくする。
そしたら、ハナちゃんやユキちゃんも続いてくれた。
「私たちの仲間のために、がんばってくれたのですから、もちろん協力します」
「おれらも、てつだうじゃん?」
「おれもやるぜ。さすがにこれはな」
「てつだうわ~」
「みんなでなんとかして、すてきなけっかにしましょう!」
ヤナさん、マイスター、マッチョさん、腕グキさん親子も続く。
特にヤナさんは「私たち」と言った。
きっと他のエルフたちにも、協力を仰ぐだろう。
「きょうりょくするよ! するよ!」
「なんでもきいてね! なんでもね!」
「なんとかしましょ~」
ほかの妖精さんたちも、やる気十分だ。
自分たちの事でもあるから、真剣そのものだ。
……それでは、始めましょう!
――妖精さんの羽根なんとかするぞ計画、発動だ!
「みなさん、ご協力お願いします! ここらでいっちょ、私たちの力――見せましょう!」
「「「おー!」」」
みんなで気合を入れて、いざ計画のはじまりはじまり、だ。
「きゃい?」
そして勝手に盛り上がる俺たちを見て、羽根をなんとか補修した妖精ちゃん、あっけにとられる。
ふふふふふ。妖精ちゃん、待っててくださいだ。
きっと、何とかするから。
妖精ちゃんがまた、天空を羽ばたけるように。
また、楽しそうに空を飛ぶ、かわいい妖精ちゃんの姿を見るために。
誰かのために頑張って良かったと、思えるような。
そんな結果に、もっていこうじゃあないか。
このけなげな妖精ちゃんが、報われるような――そんな結果に。
今つぎ込める俺のリソース、全部妖精ちゃんのために投入する。
出来ることは、全部――やりましょう!