第五話 水場? 何それ聞いてない
「おーい、皆。山菜取りはこれくらいにしてそろそろ戻るべ」
籠を山菜でいっぱいにした水場班のエルフが、皆に呼びかけました。沢山取れましたね。皆も山菜が沢山取れたようで、各々籠を持ってきます。
「そうだな。これ位採れれば十分だろ」
「腹も減ってきたしな」
エルフ達は、ぞろぞろと村に向かい始めました。なかなかの収穫に、皆満足顔です。足取りも軽く、籠を抱えて今日の夕食を思い浮かべていました。
しかし、そんな皆にヤナさんが問いかけます。
「それで、皆さん良い水場は見つかりました?」
ぴた。
皆固まります。本来の目的は水場探しだったことを、ようやく思い出したようです。半日たってようやくです。
しばらく固まっていたエルフ達、事の重大さを認識し始めました。
「……俺はそんな話は聞いていなかった。と思いたい」
「そんな目的は無かった。そうに違いない」
「水場はありません」
ダメエルフ達は青ざめた顔で、それぞれ現実逃避と自己正当化を始めます。組織は腐敗するのです。そんな彼らを見て、ヤナさんは「やっぱりか……」という言葉に続けて言いました。
「一応、それなりの水場は見つけておきました。皆さん大丈夫ですよ」
ダメエルフ達の顔に、笑顔が訪れます。だって、お掃除班に怒られなくて済むのですから。皆口々にヤナさんを称えます。
「さっすが族長! 頼りになるね!」
「ヤナさんが族長でえがった」
「ありがたや……ありがたや……」
彼らにとって、ヤナさんは今や英雄です。ヤナさんもそう言われれば満更ではありません。「いやいや……」と照れ臭そうです。しかし、それに気を取られて、マッチョエルフ達に囲まれていることに気が付けませんでした。
包囲網が完成した後、マッチョエルフ達は宣言します。
「肩を揉ませてもらおう」
「俺は足を揉んじゃうよ」
「じゃあ俺は足つぼ」
笑顔で手をワキワキさせるマッチョエルフ達に、囲まれていることに気づいたヤナさん。自分の状況を認識します。
「……え?」
ヤナさんは逃げようとしました。
しかしまわりこまれてしまった!
「いや遠慮しときま……うわ気持ちいい! 特に足つぼ!」
彼らはヤナさんに群がって、マッサージをし始めます。拒否権はありませんでした。
……数分後。
「体が軽い……」
かなり疲れが取れたことに驚くヤナさん。そして一仕事終えて満足そうなマッチョ達。そんなヤナさんに、遠巻きにマッサージ風景を見ていたエルフが話しかけます。
「それで、見つけた水場ってどんな感じ?」
そうでした。水場の事をすっかり忘れていました。気を取り直して、ヤナさんは水場の詳しい話をします。
「見つけた水場は、水が冷たすぎます。これでは水浴びするには、けっこう無理がありますね。洗濯するだけにしておいた方が良さそうです」
「薪で暖を取るのも難しいくらい?」
実際に水場を確かめていないエルフ達は、その冷たさが良くわかりません。首を傾げています。そんな皆にヤナさんは説明を続けます。
「手を入れたら痛いくらい冷たかったので、無理ですね。タイシさんが言ってた、寒くてアレなことになるって意味が、少しわかりました」
春とはいえ、この時期の水はまだまだ、かなり冷たいのです。手を入れるだけで痛く感じるほどの水温なので、水浴びは無理なのでした。
そして、水浴びは無理だと説明されて、皆は困り顔になりました。だって水場探しの一番の目的は、水浴びだからです。まあ探していたのはヤナさんだけだったのですが……。
困ったダメエルフ達、各々解決方法を提案し始めました。
「顔テッカテカしてるのなんとかしたい、とか言ってたけど、テッカテカさせときゃ良いんだよ」
「もう諦めて炊事場で洗っちゃえ、で済まそうぜ」
「水場はありません」
組織の腐敗は深刻なようです。ヤナさんは、腐敗したダメエルフ達の意見は却下して、とりあえずありのまま報告することにしました。
気が重い様子でトコトコと村に戻る、ダメルフ達。しかし、水が冷たいのは彼らが悪いわけではなく、時期が悪いだけです。
だけども男としては、やはり女子供のがっかりした顔は、なるべく見たくない物なのです。
◇
「えっ? 水浴びできそうにないの?」
村で待っていた皆は、水浴びは無理っぽそう、という話を聞いてがっかり。顔テッカテカを何とかできません。心なしか、朝よりテッカテカ度が増しています。もうそろそろ限界です。
「困ったわね」
「無理と聞くと、余計水浴びしたくなるわ」
「このテッカテカをどうしたらいいの」
女子たちも残念そうです。この問題をどうしたらいいか、誰もいい案が思いつきませんでした。
「洗濯はできそうですから、今はそれで我慢しておきましょう」
「お洗濯はできるの?」
「ええ、まぁかなり冷たいですけど、出来なくはないです」
残念そうな皆を、ヤナさんがとりなします。渋々ですが、話はまとまりそうですね。じゃあお洗濯だけでも……そんな意見になってきました。
しかしその時、ダメルフ達が爆弾発言をしてしまいます。
「もう炊事場で洗っちゃえば良くね?」
「炊事場と思うからいけないんだ。そう、此処こそが唯一の水場なのだ」
「水場はありません」
安定のダメさ加減ですね。しかし、今そんなことを言ってしまったら……。
「いや、水場は見つけたって話でしょ」
「炊事場で水浴びとか、素敵じゃないわ」
「これだから男は」
当然、総攻撃となりました。腐敗した組織は打倒されるのが常です。そんな感じで、ダメな大人たちのすったもんだが始まりました。
「じゃあガスコンロと鍋でお湯を沸かして、それで洗っちゃうとか」
さらに酷い意見も飛び出してきます。悪の組織も粘りますね。これには奥様方も若干引いてしまいました。
「調理器具で顔や体を洗うとか、信じらんない」
「これだから男は」
無残な意見が飛び出し、奥様方に総攻撃される。そんなダメなやり取りが続いています。これは、事態が自然に終息するまで待つしかありませんね。
ヤナさんが「まあまあ」と仲裁する中、ハナちゃんがぽてぽてと、のんびり歩いて帰ってきました。
「ただいまです~」
ぽてぽて。
「あれ? ハナどこ行ってたのよ」
カナさんはぽてぽて歩いてきたハナちゃんをみて、そういえばこの子、一体どこ行ってたんだろう。そんなことに今更気づきます。放置しすぎですね。
ハナちゃんは笑顔で答えました。
「探検してたです~」
「探検? そんなことしてたの」
今日は色々お仕事して疲れているはずなのに、この子は元気ね、そんなことを考えました。探検してきたと聞いて、怪我でもしてないかしら、とハナちゃんの様子を確認します。
すると、ハナちゃんの様子が、さっきとちょっと違うことに気づきました。
「ハナ、なんだかお肌がつやつやしているけど、どうしたの?」
そうです、なんだかハナちゃんのお肌がつやつやしています。髪もちょっと濡れています。
お肌がつやつやしているとなれば、カナさんだって女子。確かめずには居られません。
ハナちゃんはご機嫌で答えました。
「水浴び? してきたです~」
はて、水が冷たすぎて水浴び無理だよと、先ほど伝えられたばかりです。そんな冷たい水で、ハナちゃんは水浴びしてきたのでしょうか。
「え? 水浴びって、水が冷たいって話を聞いたのだけど、大丈夫なの?」
カナさんは心配になります。聞いたところによると、痛いくらい水が冷たいという話ですから。しかしハナちゃんを見ると、特に問題もなさそうです。つやつやです。
問題なさそう……もしかして冷たい水で水浴びすると、お肌つやつやになるのかしら。
なら早く、冷たい水で私もつやつやにならなきゃ! そんなことをカナさんは思います。ほぼ関心事は、お肌に行っていますね。
しかしハナちゃんは、首を傾げて言いました。
「逆に熱くて汗かいたです」
「熱い? え? なにそれ?」
カナさんは混乱します。冷たいはずの水が熱い? 訳が分かりません。この子は一体何を言っているんだろう、カナさんは理解ができません。
これが理解できないと、お肌がつやつやにならない。そう思ったカナさんは、必死で考えます。お肌つやつやがかかっていますから、必死にもなります。
そうして、お肌つやつやになりたいがあまり、思考の迷宮にはまってしまったカナさん。とうとう固まってしまいました。
カナさんが固まってしばらくした頃。
「二人ともどうしたんだ?」
奥様方に総攻撃された腐敗組織が、そろそろ壊滅するかな、という頃。ヤナさんは、ハナちゃんカナさんの様子がおかしい事に気づき、声をかけます。
「それがこの子、水浴びしてきたっていうのよ」
「え! 水浴び? ハナ、あんな冷たい水で水浴びしちゃ、だめじゃないか」
ヤナさんは水の冷たさを、実際に触って確かめているだけに、びっくりしてしまいます。
しかしよく見ると、ハナちゃんは冷たい水で冷え冷えになっているどころか、むしろほかほかしていました。
「逆に熱くて汗かいたです」
「熱い? え? なにそれ謎々?」
どこかで聞いたやり取りが繰り返されます。
しかしそこは族長、カナさんのようにはなりません。族長というより、男なのでお肌つやつやが死活問題ではなかったためです。お肌に対する関心が薄かったのですね。
女子はいつも、この男女の関心の差に苦労していると聞きます。
お肌の為に高い化粧水を買ってくると、その必死さがよくわかっていない男に「それいらなくね?」とか言われて「あんたの為なのよ!」という感じで喧嘩になるのです。女子も大変ですね。
それはともかく、思考の迷宮にはまって固まることを逃れたヤナさん、とりあえず行動することにしました。
「考えてもわからないな。 ハナ、その水場ってどこにあった? 案内してくれないかな」
「あい。こっちです~」
しょうもないことで揉めているダメルフ達を放置し、ヤナさんカナさんは、ぽてぽて歩くハナちゃんについていきました。