第十一話 当たり前のこと
「あ~、今日は良い天気ね~」
場面は変わって、ここは村の炊事場。
野菜かじり女が、勝手に倉庫を開けて道具や調味料を調達。
それらを使って、野菜たっぷりお味噌汁を作っていました。
謎の村に置いてあった器具や調味料を、平気で使うその神経は凄いです。
「地域名産のおやきと、お味噌汁。しかも野菜は地場産。これ、けっこう贅沢?」
ふふんふんと鼻歌を歌いながら、お料理は順調そのもの。
良い匂いが漂っています。
昨日おやきを大量購入しておいて、良かったですね。
「さて、そろそろ出来たかしら」
ずずずと味見をして、満足そうな笑みを浮かべます。
この謎の村で一晩開かして、勝手にお料理をする。
とんでもない神経の太さです。普通無理です。
「それじゃあ、朝ご飯にしましょう!」
ウキウキとその辺にあった板の上に、朝食を並べます。
……けっこう量作りましたね。五人分くらいありませんか?
「いただきま――」
「おい! あんた誰だよ!」
「――す?」
満面の笑みで頂きますをしようとした、野菜かじり――おっと美咲。
そこに――先ほどの男性が現れ、声をかけました!
あ、いくつか野菜を抱えていますね。美咲、野菜落っことしすぎですよ?
とまあそれはそれとして。
美咲に対して、男性が問いかけます。
「この村は、普通の人間じゃ入れないはずだ。……あんた一体、何者だ?」
「あら、お邪魔してます。お野菜どうぞ」
「これは見事なキャベツ……いや、そうじゃなくて」
美咲はニコニコ笑顔で、とっておきのキャベツを贈呈。
つられて、ついつい野菜を受け取ってしまった男性ですが……はっと気づきます。
野菜を貰っている場合では無いのだと。
でも、確かに見事なキャベツですね。とっても美味しそう。
「……わけを聞かせてくれるか?」
「はい。ついでに、ご一緒に朝食はいかがですか?」
「あ~、ごちそうになります」
毒気を抜かれた男性は、やや諦め気味な様子でどかっと座ります。
男性の分の朝食をいそいそと準備する美咲、そうとうな神経の太さです。
美咲の神経、電柱くらいの強度があるのではないでしょうか?
まあそれはそれとして、静かな村で二人きりの朝食が始まりました。
「……話を戻すけど、なぜここにたどり着いたんだ?」
「道に迷っちゃったんですよ。本当は、入守さんて方に会いに行く予定でした」
「――あ? 入守?」
入守という名前を聞いた男性、あんぐりとしました。
おやきに夢中な美咲は、それに気づかず続けます。
「黒塚さんって方の紹介で、入守志郎さんという方にお話を……」
「……それ、俺の事だぞ。俺の名前は――入守志郎。黒塚さんは、古くからの知人だ」
「――え?」
こうして、二人は――出会ったのでした。
◇
所変わって、今度は志郎のおうちへ。
美咲が借りたレンタカーは、志郎がなんとかしました。
延滞料金つかなくて良かったですね。
「それで、あの女の子は一体誰ですか?」
一息ついて、まず謎の女の子について話しました。
「いや、そんな子は村にいないぞ?」
「え? でも確かにおでこに石をつけた子が……」
しかし、志郎もそのお父さんも……知らないと言います。
でも、確かにいたのです。
可愛らしい、額になんかの石をつけた――女の子が。
「新たなお客さん、か?」
「わからん」
「そういえば、私が村に着いたときは無人でしたね……」
いくら考えても分からず、どうにもなりませんでした。
「まあ、女の子の件はまた調査するとして。美咲さんとやら、知りたいことがあるんだろう?」
「あ、ええ。黒姫伝説についてです」
女の子の話は膠着してしまったので、志郎が話を変えました。
美咲が長野に来た、本当の目的についてです。
「あ~、黒姫さんの話か」
「そうなんです。どうも、うちの祖先らしくて……」
美咲は身を乗り出して、事の真相を問いかけます。
自分のご先祖様の話、知りたくてここまで来たのですから。
「まあ、多分間違いないな。この増幅石、うちがお祝いに渡したやつだと思うぞ」
「――本当ですか!」
志郎のお父さんが、増幅石を調べて言いました。
どうやらこの石の元の持ち主は――入守さんちのようです。
「美咲さんの調べたとおり、黒姫さんの母親は……先住民だ。ここにどんな人か書いてある」
「これは……旧字体で読みづらいですけど……髪?」
「……髪、かな。髪の長い、すらっとした美人、て感じか?」
「多分そうかと」
古文書なので、なかなか読みづらいところはあるようですが……なんとか解読作業を進めます。
「高梨さん、べた惚れだったって書いてあるな。その娘である――黒姫さんも可愛がったとある」
「そんなあっさり……」
ぺらぺらと古文書を見ながら、志郎とお父さんが言いました。
それを聞いた美咲は、そんな情報があっさり出てくることに驚きます。
「その先住民とは『土蜘蛛』……ですよね?」
「その呼び方は、うちでは使わんがね」
「あ、そうですね……」
「まあ、先住民の有力者の娘だな。政略結婚ではあるが……お見合いの時にウマが合ったみたいで、恋愛結婚に近かったみたいだ」
「それはまた……当時では行幸な巡り合わせですね」
「そうだな」
ずっと調べていたルーツについて、一つの証言が得られました。
さすがの美咲も、緊張でガチガチです。
「それで黒姫さんの話になるが……この古文書によると、黒姫さんは足利義尚の元へ、侍女として行くのにとても不安を抱えていたらしいんだ」
「その不安の内容とは?」
「記載は……無いな。ただ、けっこう微妙な問題があったんだとは思う。しかし、不安だからと断ることも出来ない」
「時の権力者相手だもんな」
ペラペラと古文書をめくり、当時の記録を調べていきます。
入守さんちの秘中の秘、「ご先祖様にっき」ですね。
この日記、だいたいは「今日はこれがおいしかった」という本日の献立日記なのですが……。
まあたまに、こういう貴重な事も書いてあるのです。
「高梨さんも、同様に不安だったらしい。もちろん母親も。かわいい娘には、静かに暮らしてほしかったと」
「その結果、母親の実家とつきあいのあったうちに相談が来た。そしたらご先祖様が『龍と戦ってアレしたことにすれば? 龍っぽい人、ちょうど居るし』と提案したと。そうすりゃひっそり暮らせる、と」
「その発想の飛躍が、私には分からないですけど……。あと、龍っぽい人って……」
「細かいことは気にしないでおこう」
「ええ……?」
娘可愛さが行き過ぎた、ご両親の仕業。そんな記録が出てきて、美咲はぐったり。
あと、なんだか色々誤魔化されている気もしますね。
「でももうちょっとこう……ドラマチックな感じがこう……欲しかったかと」
わりと身も蓋もない事実に、美咲はちょっとやるせない感じです。
しかし、志郎がとどめを刺します。
「諦めろ、これが現実だ。これは自作自演工作だ」
「ちなみに悪い龍の役を買って出た武士さんは、その後すぐ黒姫さんとご結婚だ」
「ええ……?」
「電撃結婚だなこれ」
またもや身も蓋もない記録が。
志郎のお父さんが、その顛末が書いてある部分を指さしています。
「悪役どらごんコスプレ武士さんを紹介したのがうちなんで、仲人もうちが担当だな」
「そんときお祝いにって、増幅石を贈呈したとか書いてあるなあ」
「平和ですね……。というか源頼朝からの名剣て話は……」
「それは高梨家の歴史、それも初代とかの話だろうから、ここには書いてないな。まあ、そう伝わっているならそうなんじゃないか?」
「……そう思うことにします」
「あ! 悪役どらごんコスプレ武士さんが、かっこいいからって勝手に石を付けたとか書いてあるぞ」
「うわあ……ひとんちの家宝に、勝手に……」
巷にある黒姫伝説の物騒さとは無縁な、ゆるい記録がわんさか。
「この武士さん、実はむっちゃくちゃ強かったみたいだな」
「この人は……当時来ていた異世――おっと、まあうちのお客さんだ」
「伊勢?」
「気にしないでくれ」
「はあ……」
志郎が何かを言いかけましたが、またなんだか誤魔化されました。
そんな誤魔化しはさておき、古文書の解読は進んでいきます。
「黒姫山って名前は、後年に母親と里帰りしたときに、あの辺の村が盛り上がっちゃって……勢いでついたらしいな」
「ま、まあ……大出世ですからね」
「故郷に錦を飾ったって感じだな」
お殿様の奥方ですからね。そりゃあわっしょいされますね。
こうして、色々な何かが紐解かれていきます。
「それから後に、たしか……高梨さんの傍系が尾張とか相模国に移住していたはずだ」
「……私、横須賀出身です。元は――相模国ですね」
「なるほどね。相模国に移住したのは、実は黒姫さんの直系かもしれないと」
「この石が伝わっていると言うことは、そう考えて差し支えないと思います」
増幅石を見つめながら、美咲が遠い目をしました。
それを見た志郎は、思いついたことを口にします。
「あえて名前を『黒川』としているのは……忘れないため、なのかもな」
「ええ……そうかもしれません。そのおかげで、ここにたどり着きました」
つぶやいた志郎を見て、美咲は――にっこりと、ほほえんだのでした。
「なるほどな。……親父さ、あの村に入ることが出来たのも」
「――ああ、子孫だからってのと……性根が真っ直ぐ、て事だな」
「はい?」
「ああいや、こっちの話」
「はあ……」
……またなにか誤魔化されましたが、入守さんちはなんだか勝手に納得していますね。
――とまあだいたいの記録を読みあさって、結論が出ました。
やったね美咲! 謎が解けましたよ!
「――はい調査終了! 美咲さん、おめでとうございます!」
志郎も、パン! と手を叩いて言いました。
「素直に喜べない自分がいる……」
「まあまあ気にしたら負けだって」
「大昔の事だから、色々残念な事も出てくるさ」
「残念な事だらけですけどね……」
さすがの美咲も、なかなか受け入れがたいよう。
「しかし、源頼朝から授かった名剣、という情報だけでここまでたどり着くとは……。民俗学って、凄いんだな」
しょんぼりな美咲ですが、志郎のこの言葉を聞いてガバっ! と顔をあげました。
「そうなんですそうなんです! 民俗学は、すごい学問なんです! あらゆるものを駆使して歴史を再構築する、執念の学問なんですよ!」
「そうみたいだな。その美咲さんの熱意があったからこそ、ここにたどり着いたんだ。それは誇って良いと俺は思う。結果はどうであれ――それだけは変わらない」
「やっと、理解してくれる人が……」
やはり就職に不利な学問は、いろいろ言われるものです。
そんな状況でも、めげずに努力してきたことを――初めて評価されました。
そりゃあ、嬉しいってものでしょう。
志郎は、美咲の努力を初めて認めてくれた人、になったのです。
「色々あったみたいだけど、胸を張って良いと思う。これからもその情熱、失わないでほしい」
「――はい!」
色々残念なことはあったけれど、美咲は大きな「何か」を得られたのでした。
――そして夕方。
美咲の努力、その結実を祝うため、入守さんちは盛大にお祝いを始めます。
志郎のお母さんもお買い物から帰ってきて、四人でぱーっと飲み会です!
「はい美咲ちゃん、調査完了おめでとー!」
「がんばったご褒美よ。子猫亭って美味しいお店のオードブルだから、味は保証するわ」
「さらにこれは、うちで寝かせてあるとっておきの酒だ」
「豪華ですね! 今日はよい日になりました! みなさんありがとう! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
追い求めていた真相がわかって、素敵な人たちとも出会えて。
美咲は美味しいお酒を飲むことができました。
ちなみに翌日、美咲は二日酔いになりましたが。
そしてこの日から以降、美咲と入守さんちとの、素敵な関係が始まったのです。
もっと具体的に言えば――美咲と志郎との、素敵な関係が。
あるときは、村を案内したり。
「しゃ~」
「……いま、ツチノコみたいなのが。気のせいですよね?」
「ツチノコで合ってるぞ。主食は果実で、どんぐりが大好物だ。構うと、甘えて甘噛みしてくるぞ」
「――は!?」
あるときは、村の秘密を明かして、異世界に旅行に行ったり。
「まあ、こういうことをしてるんだ。うちは」
「にゃ~あ」
「……ネコが二足歩行してる?」
「この世界の人類だ。ほかにも犬型の人類とかいるな」
「――え?」
あるときは、お客さんがやってきたり。
「おっふ、おっふっふ」
「……志郎さん、この方は?」
「見た感じ、白くてもっふもふしているから……雪男さんで良いんじゃないか?」
「――安直!?」
暑さに弱い雪男? さんの夏期適応訓練をして、無事解決して。
二人は、パートナーとして活動して。親密になって。
やがて、二人は結ばれ。
――入守大志が、生まれたのでした。
◇
「という出来事があったのよ」
「詳しいことは初めて聞いたけど……お袋、無計画過ぎじゃない?」
「結果オーライよ! 旦那さんも見つかっちゃったし!」
結果オーライとお袋は言うけれど。
増幅石をおでこにつけた女の子のことは、結局わからずじまいだったようだ。
……もしかして俺たちが気づいていないだけで、知らないところでお客さんが来て、知らないところでこのちたまに定着している可能性も……。
……。
考えるのはやめておこう。その場合、俺たちではどうしようもない。
何もなかった。そう、何もなかったんだ。
「素敵ですね! 色々参考になりました! ……地道な活動が大事ですね!」
「そうなのよ。頑張ってね!」
「はい! メモメモ……と」
さらに、お袋とユキちゃんがなんだか二人で盛り上がっている。
そして例のノートに、何かを書き込んでいる。
……これも考えるのはやめておこう。危険な香りがするからね。
……。
――さて、気を取り直して!
話の続きを聞こう。
「まあそれ以降は、先住民のルーツとか足跡とかを調べるようになったわ」
「生涯の研究テーマだったはずの家系調査、結構早期に解決しちゃったからなあ」
「世の中、そんなものかも知れないわね」
親父とお袋、あっはっはと笑う。
今となっては、良い思い出なんだろうね。
「まさか、美咲さんが黒姫さんの子孫とは……」
「私は結局……長野に帰ってきた、て感じね。ちなみに加茂井さんのおうちも、当時の工作員メンバーなのよ?」
「ええ……?」
世間って狭いよね。ユキちゃんちはビジュアルエフェクト役だったそうだ。
ド派手に天変地異の幻影を作って、戦いをかっこよく演出。
目撃者をたくさん作って、工作に信憑性を与えたと。
ユキちゃんち、昔から……なんかよくわかんない技術あったようで。
さすがドラえ○んだね。
「というわけで、うちはユキちゃんちとの縁が深いわね」
「父方も母方も世話になってるとか、自分的には不思議な縁を感じるよ」
「え、ええまあ」
とりあえず、ユキちゃんをわっしょいしとこうかな?
「親父、お袋」
「そうだな」
「そうね」
じりじりとユキちゃんに迫る、俺たちだ。
「え? え? みなさんどうされました?」
――そーれ、わっしょい!
◇
ユキちゃんを三人でわっしょいしてみた。
わっしょいされたユキちゃん、まんざらでもなさそうではある。
よかったよかった。
――その後一通り議論した後は、今度はハナちゃんたちのお話に。
「話を戻すけど、私が黒姫の子孫というのは分かったので、次はその先を調べるようにしたの。先住民族について」
「それで、考古学が必要になったのですね」
「そうなの。なにせ、文字で記録が残っていないからね。魏志倭人伝みたいに、外国がその記録を残していてくれたら良かったのだけど……」
「なかったわけですね」
「ええ」
日本先住民族については、ほぼ大和民族に同化してしまって闇の中だ。
でも日本書紀や古事記を見れば、結構沢山異民族がいたらしいことは分かる。
今お袋は、考古学的アプローチでそれに迫ろうとしている。
もちろん、専攻の民俗学的アプローチも同時にしているけど。
「それもあって、縄文人がどこから来て、なぜある時期に一気に消えてしまったのかを調べていたりするの」
「エルフさんたちが、アイヌ語の単語を使っているのなら……」
「そう、もしかして……彼らは――『古代日本先住民族』かもしれないって可能性も出て来るわ。研究が一気に進展するかも!」
お袋がキャッキャしている理由は、これなのだ。
アイヌ語のベースが何かは分からないけど、古代からあった言語だ。
その言語は、今の日本語と関連の無い、独立した言語。
なのに単語がえるふたちに結構な割合で、伝わっている。
それじゃあえるふ語のベースとは、なんだろうと考えると、また一つの可能性が出てくる。
もしかしてハナちゃんたちの「えるふ語」は――縄文語、なのかもしれないという。
縄文人が使っていた言葉に、交易によって単語を取り入れたりしてアイヌ語が入ってきた。
そんな可能性も見えてくる。
エルフたちが古代日本と交流があったか、もしくは住んでいた。
アイヌ語との一致率から考えると、否定はできない。
というか、なんかもうすごいそれっぽい。
「ハナちゃんたちが……もしかしたら先住民族の末裔、かもしれないんて……」
「まあ、今は仮説だけどね。でも……妙な共通点、あるよね」
縄文土器みたいなものを駆使していたり、石器大好きだったり。
食べ物の味付けだって、俺たちとそう好みに変わりが無い。
木の実を植えて果樹園を作るのだって、縄文人はやっていた。
こんな事が続いていただけに、やけにとっつきやすい人たちだな……とは思っていたんだ。
「あそうそう、エルフたちの元の世界での主食は、栗に良く似た実、らしいよ」
「縄文人も、あの文様を使っていた時期はそうよ。栗の木の果樹園を作っていたのが、植物の遺伝子相調査から判明しているわ」
「良く似ているね」
「ええ」
爆発する焼き栗を避けられたら、一人前だったけか。
それもしかしたら、古代縄文人の文化だったかもだね。
「おまけに、ペコペコ頭さげるのよね。お辞儀しまくり」
「え? お辞儀ですか?」
お辞儀という点について、ユキちゃんが首を傾げた。
「お辞儀って、元はアイヌ民族の文化だとかいう仮説もあるの。そっちから私たちが、文化を貰ったとも」
「ええ……?」
「縄文人も、同じようにしてアイヌから文化を貰った可能性があるわ。そして、エルフの人たちも」
この辺も、妙に取っつきやすい理由だ。
なんだか文化に共通性があって、親しみやすい。
エルフたちとお辞儀しあっていた時に「これは日本人のサガなのだ」と思ったけど……言い得て妙、だったのかもだ。
交易しているときに、相手がペコペコ頭を下げてきた。
それじゃあ、こっちも同じ動作をしようって思うのは良くある話。
やがて、みんな挨拶の時に頭を下げるようになる。
それがそのうち、お互い共通した文化になっていく。
にっぽん列島に住む人たちが、わりと均質なのは伊達ではないというわけだ。
数千年かけて、「和」という思想の元融合し合った歴史がある。
「とまあ、いくつか共通性が見いだせるのよね」
「他にはあるんですか?」
「増幅石なんて、まさにそうじゃないかと」
「ああ! たしかにそうですね!」
お袋が長野に来ることになった切っ掛け、横須賀の実家に伝わっていた増幅石。
元はうちのご先祖様の、持ち物だったとあるわけだ。
じゃあご先祖様は、それをどこで手に入れたのか、という話だね。
「超古代に、うちの祖先とエルフたちの祖先に交流があった可能性は……高いね。増幅石は、物証になるかもしれない」
「その増幅石が黒姫さんに伝わって、さらに私がそれを持って……長野に帰ってきた。運命感じるわ」
「ロマンがありますね! 『旦那さんも』みつかったわけですし!」
「そうよね!」
ユキちゃんとお袋は盛り上がっているけど、旦那さんのあたりを妙に強調しているな。
女子にとっては、やっぱりそういう話は引きつけられるのだろうか。
……まあそれはそれとして。
「でも、昔はにっぽんにいたか交流があったと仮定して……じゃあなんでいなくなっちゃったのかな?」
今のちたまにっぽんには、エルフっぽい種族は見当たらない。
もし大昔に交流があったり、先住民族だったとして……なんで今はいないのか。
多少なりとも、定着していても良いはずなのに。
過去に何かあったのだろうか?
「なぜ今の日本にはいないのかは……ハナちゃんたちの使っている文様から、推測できることはあるわ」
「上山田なんとかってやつ?」
「そう」
お袋がPCをカチャカチャいじり始めて、なんかの折れ線グラフを表示した。
なんだろうこれ?
「お袋、これって何?」
「これは、過去一万年の気候変化を化石や地質学的等様々な観点から調べたものよ」
「あ、テレビで見たことある」
「そうそう、そのテレビに出ていた学者さんからもらった資料よ」
なるほど、そんな資料を手に入れてたんだな。
して、それが上山田なんとかと何の関係があるんだろう?
「気候変化と土器って何の関係があるの?」
「縄文時代中期、つまり今から四千年くらい前を見てみると分かるわ」
そう言ったお袋は、グラフのある部分を指さした。
……グラフの線がだんだん下がっているな。
「この頃から、寒冷化が始まっているの。そして……これ以降、一気に縄文人の人口が減るわ」
「一気に?」
「そう。この頃は二十六万人ほどいたのに、その後千年で十万人減っている。さらにそのあと千年でまた十万人」
千年で十万人ならそんなに減っていないのでは……と一瞬思うけど、良く考えるとまずいな。
人口が半減に近い数で減り続けている。現代にっぽんで言えば、七千万人近くが消えてしまう。
「それって寒冷化が原因なんだよね」
「ええ。寒冷化により植生が変化して、栗からトチノキに変化したりしたわ。食料供給に壊滅的打撃を受けたの」
「……ジリ貧だね」
「そう、かなり危ない状況なの。さらにまずいことに……それから先も、寒冷化は続くわ」
なるほど、寒冷化が進むにつれ植生が変化し、食料調達が困難になってどんどん縄文人は数を減らしていったと。
大和民族と衝突や融合をしなくても、先は見えていたという話か。
「縄文人も農業はしていたのが分かってはいるけど、国家として集権はしていなかった。だから、やっぱりそのままだったら限界はあったわね。部族単位でのまとまりなので、発展に限界があったの」
「大和と衝突はしても、最終的に融合の道を選ぶのは必然、という事かな?」
「そうね。日本書紀で大国主、いわゆる先住民族の人が国譲りをしたのも、メリットがあったからだと思うわ」
「とにかく、食べて行かないとどうにもならないからね」
「そもそも、天津神と大国主は別に敵対していなかったのもあるけど。ただ実際問題、それから日本の人口は増えて行ったわ」
そうなんだ。別に敵対はしてなかったんだね。
色々対立勢力はあったみたいだけど、大筋では融合を果たしていたって事か。
当時の権力者たちは、なんだかんだで大局を見据えていたのかもしれない。
「この寒冷化とその後の大和民族との融合が、縄文人が消えた要因の一つとみているの。でも……それでも説明できないことはあるわ」
「この長野に集まっていた縄文人が、一気に消えたって話か」
「そう、一気にいなくなりすぎなのよ。突然消えたって感じなの。そもそも、なんで長野に集まったのかも変な話なのだけど」
「不思議だね」
「まあ……ね。実はその犯人の末裔は、ごく身近にいると思うんだけど。あえて言うなら目の前に」
お袋がジト目で俺と親父を見ているけど、心当たりは……すごくあります。
もしかして、長野で縄文人の三分の一が消えた謎、うちが関係しているかもだ。
寒冷化により滅亡しかけていた先住民族たちを――うちが異世界に移住させた。
そんな可能性が見えてくる。
その人たちの中に、エルフっぽい民族がいたかも……というのは否定は出来ない。
そして移住させたあとも、しばらくの間は交流が続いていた、かもだ。
「ちなみに、お爺ちゃんお婆ちゃんのお供さんたち……縄の文様を使う文化があるの」
「あ~、それっぽい。というか、お供さんたちの顔つき、東南アジア系だし」
「でしょでしょ? だから、異世界フィールドワークがやめられないのよ!」
数千年前のことだから、詳しいことは何も分かってはいない。
でも、もしかしたらもしかするかもだ。
「初代さんが残した、謎の文字が解読できたら良いんだけどね」
「うちでも、発音がわかるだけで……意味はわからないんですよね」
「なんだろうね、あれ」
「さっぱりです」
遺跡には、初代さんが残した文字が刻まれている。
ユキちゃんちは、その文字を読み上げることはできる。
村に桜が咲く頃に行う、ちょっとした祭事。そこで読み上げる儀式がある。
ただ、意味は全く分からない。お袋でもお手上げ。
「色々、興味がわくわよね」
「そうですね!」
「まあ、分かったら良いなあとは思う」
……ただまあ、それが分かったからと言って何が変わるわけでも無い。
俺は森が灰化した謎を解明しなきゃいけないし、エルフたちは村でのんびり過ごしてもらわないといけない。
これはただの、好奇心からなる調査にすぎないからね。
――でも、一つだけ変わることがあるかも。
たった一つだけ、変わる。
「もしこれが本当なら――」
そう、エルフたちは――お客さんではなかった、かも。
ちたまにっぽんに来たのは――里帰り、だったかもしれない。
「……そうだな」
「異世界のお客さん、ではなく……日本に帰ってきた、かもしれないのよね」
「夢がありますね」
親父、お袋――そしてユキちゃん。
三人とも、俺の言いたいことは分かって貰えたね。
あの日あの時、初めてエルフたちに出会った。
ハナちゃんにおにぎりをあげて、ほんわかした。
そしたらみんなが現れて、そこから始まった。
その時かけるにふさわしい言葉は、本来だと……おかえり、だったのでは。
ただ、それだけだと、なんかしっくりこない。
――なにか、足りない気がする。
◇
――翌日。
家族そろって、ユキちゃんも一緒に村へと顔を出す。
「タイシタイシ~、おかえりです~!」
いつものように、ハナちゃんがぽててっと駆け寄ってお出迎えをしてくれた。
……おかえり、ね。
いつのころからか、ハナちゃんは俺が村に来ると「おかえり」と言ってくれるようになった。
村の一員というか、エルフたちの仲間として認めてくれているから、なのだろうか?
「タイシさんおはようございます。きょうはずいぶん、はやいのですね」
「ゆきかきがまにあって、よかったです」
「あのきかい、すげえべんりだな~」
「おはようだよ! おはよう!」
「ギニャ」
他の村人や動物たちも、わいわいと出迎えてくれた。
朝早くから、雪かきをしてくれていたらしい。とっても助かる。
もうすっかり、ちたまの生活にも慣れてきているね。
「大志さん」
「そうだね」
ユキちゃんが目で合図してくれる。
それじゃ、話しますか。
「ハナちゃん、それとみんな。ちょっと話したいことがありまして」
「あえ? なにかあるです?」
「まあね。ハナちゃんたちのご先祖様、というか大昔の事について、ちょっとね」
「むかしのことです?」
「そう、ずっとずっと、昔の事」
――そして、集会場で俺たちが調べた結果と、その見解を説明する。
それを聞いたみんなは……。
「私たちのごせんぞさまが、むかしこのへんに住んでいた、かもですか……」
「あや~、そうぞうもつかないです~」
「ふしぎなめぐりあわせ~」
みなさん、ぽか~んとした顔だ。
まあ無理はないよね、まさかちたまにっぽんから移住して戻ってきた、日系エルフ第なんたら世かもしれないとはね。
普通は、思わないよね。
「そんなわけで、実はみなさん……『ちたまにおかえり!』だったかも、なんですよ」
「はえ~、かえってきちゃったのか~」
「じつはこっちのひとだったかもとか、すてき」
「おれのじまんのぎじゅつと、こっちのぎじゅつ、かくさありすぎなのだ……」
いきなりそんなことを言われても、というのはあるだろうね。
でも別に隠すようなことでもないので、ぶっちゃけたわけだ。
「タイシタイシ~、ハナたちは……これからどうすればいいです?」
ハナちゃんが不安そうな顔で聞いてきたけど、別に何も変わらない。
「どうもこうも、今まで通り過ごしてもらえば良いよ。好きなだけ、ここにいてね」
「あや~、あんしんです~」
「それはそれは、良かったです」
「こっちのせいかつに、なれちゃいましたからね」
好きなだけいていいといったら、みんな安心顔だ。
それでいい、これでいい。
ただ……。
「でも、私たちは……ふさわしい挨拶をずっとしていなかった、という感じはしますね」
「ふさわしいあいさつ、です?」
ハナちゃんがこてっと首をかしげ、くりくりお目々でこちらを見上げる。
そう、エルフたちが帰ってきたとしたら、ふさわしい挨拶があるわけで。
今回あるていどの仮説が成り立ったけど、結果なんだか座りが悪くなった。
言うべきことを、言っていない。そんな座りの悪さが。
「ほら、自分が村に来た時、ハナちゃんがいつもしてくれる挨拶あるでしょ? あれは……こっち側が言うべき挨拶だったかもって思ってさ」
「あえ? もしかして……『おかえり』です?」
「そうそう、『おかえり』って、言わないとなって思ったんだ」
「そうですか~」
ハナちゃん納得してくれたようで、うんうんとうなずいているね。
しかし、今「おかえり」と言ったところで、何かが足りない気もする。
……それがなにかは、良くわからないけど。
「あや! いいことかんがえたです~!」
そしてハナちゃん、ぽててっと走りまわりながら、他のみんなにひそひそと何かを話している。
それを聞いた人たちも、うんうんとうなづいているね。
……なんだろう?
そうしてハナちゃんのひそひそ話が終わるのを待っていると、ぽててっとこちらに戻ってきた。
「タイシタイシ、ハナたちに『おかえり』っていってほしいです~」
「もちろん、良いよ」
ハナちゃんがおねだりしてきたので、快く了承だ。
というか、もともとそのつもりだったからね。
それじゃあ、一言。気持ちを込めて。
「みんな、おかえり!」
そうして、おかえりの言葉をかける。
しかし、俺の中ではやはり、何かが――足りない。何かが満たされない。
それがなんだかわからないのが、もどかしい。
「みんないくですよ~! せーの!」
そんな俺の心の中の葛藤をよそに、ハナちゃん元気に両手を挙げて、音頭をとった。
そのハナちゃんの音頭に従って――。
「「「――ただいま!」」」
「タイシ、ただいまです~!」
エルフたちは、一斉に「ただいま」の、返答をしてくれた。
なるほど、この打ち合わせをしていたんだな。
そして俺の心の中にあった、足りない部分が――満たされたような、気がした。
「みなさん、おかえりなさい」
「おかえり」
「良く帰って来たわね。おかえり!」
「みんなおかえり」
「良い笑顔ね、おかえりなさい」
ユキちゃん、親父、お袋、爺ちゃん、婆ちゃんが、続けてお帰りを言う。
そう、これで良いんだ。というか……。
――これだったんだ!
座りの悪さ、なんだか足りない感じがした。
その足りない感じとは、こちらが言葉をかけてあげるだけではダメだったからなんだ。
それでは、ただの一方通行でしかないんだ。
挨拶というのは、俺たちが「おかえり」って言ってあげて。
「ただいまです~!」
――ハナちゃんやみんなに「ただいま!」って、答えて貰って。
それでようやく――完成するんだ。
わかってみれば、何てことない……普通の事。当たり前の事。
「おかえり」って言ったら「ただいま」って帰ってくる。普通の事。
でも、とっても大事な事だった。
帰る場所があって、待っていてくれる人がいるから成り立つ、とても大事な挨拶、だったんだ。
今回きちんと、意味を込めて挨拶した。ちたまにおかえりって、挨拶した。
そしてエルフたちは「ただいま」って言ってくれた。
これにより、エルフたちとの距離が――ぐっと縮まった気がする。
異世界の隣人、ではなく……帰って来た仲間、そして家族、として見られるようになった。
そんな気がする。
これにて今章は終了となります。
みなさま、お付き合い頂きありがとうございます。
そして次章も引き続き、ご贔屓頂けたらと思います。
そうなのです、まだまだほんわかエルフ村の生活は、続くのです。