第四話 割とダメなエルフ達
大志が物資調達の為奔走している頃、エルフ達は手分けして作業していました。お手頃な水場を探したり、お掃除をしたり、薪拾いをしたり。
まずは水場班の様子を見てみましょう。
「山菜取りしてた時、あっちら辺にそれっぽいとこあったな」
「じゃまずそこいってみるべか」
「じゃあ俺たちはこっちら辺探してみるわ。こっちら辺もそれっぽい感じのとこありそうだったし」
各々当たりをつけていた場所に向かいます。しかし彼らは、程なくして山菜採りに没頭し始めました。目の前の食べ物に意識が集中しています。
「お、タラノメみっけ」
「それうめえよな。こっちにはたけのこいっぱいあるぜ」
「これなんかどうか、食えそうだぞ」
毒草マイスターが懲りずに知らない植物に手を出します。やめといたほうが……。
「それすっげえピリっとくる」
「絶対ヤバいやつだ」
「むしろお前がうまそうって思うやつ、それこそ毒草だから」
マイスターが採取したのはバイケイソウです。一見おいしそうですが、もちろんこれもアレする毒草でした。
「つくしとたけのこだけにしときます……」
そんな感じで、水場班は目の前の山菜に夢中です。森が枯れて困った思い出のある彼らにとって、食べ物採取はとても楽しいことなのでした。
でも水場探しはどうしたのかな? その為に来たんでしょ?
目的を忘れた彼らはさておき、今度はお掃除班を見てみましょう。お掃除班はとりあえず集会場に集まっていました。
「お掃除したいわって言ったけど、このおうちどうやってお掃除したらいいのかしら」
「今まではっぱのおうちだったものね」
「うかつに手を出せないわ」
そうなんです。今まではっぱのおうちに住んでいたので、木のおうちのお手入れ方法がわからないのです。お掃除班は各々、意見を出し合います。
「汚れを拭けばいいのかしら」
「でも拭くためのはっぱが無いわよ」
「そこらの草で拭くとか」
おもむろに外に出たかと思ったら、ぶちぶちとそこらの草をむしり始めました。彼女らはなんとそのむしった草で拭き掃除をするつもりです。
無理もありません。痛んだり汚れたら、すぐに取り換えられるはっぱのおうちだった方々です。おうちの中を拭くなんてしてきませんでした。
それと布が貴重だったので、布で家の掃除をする、という概念が無いのでした。しかし、そこらの草なんかで拭き掃除をしたら、家の中が青臭くなってしまうのですが……。
「カナさん、タイシさんから何か教わってない?」
「このホウキっていう道具で、埃とかをのけるみたい。こうやって」
カナさんは、昨日大志のお掃除を手伝ったとき、掃き掃除をしたのでした。お手伝いしといてよかったですね。
「これ、なんの装飾品かと思ったら、そういう使い方するのね」
「効率的で、素敵」
「このホウキってやつ、みんなのおうちにあるっぽいわね」
カナさんがサッサと箒でゴミを掃く様子に、皆は興味深々。エルフ達は掃き掃除もはっぱのついた枝でやっていたので、ここまで用途に限定して作られたお掃除道具は、初めて見るのでした。各々箒を手に取り、ワイワイと騒いでいます。
「あい」
そんな箒に興味深々な皆のところへ、ハナちゃんが何かを持ってきました。
「ハナちゃん、それはなあに?」
「ゾウキンなのです。壁とか床とかを拭くやつなのです」
「その、桶みたいなのは何? 水が入って居るけど」
「バケツです。これでゾウキンを洗うですよ」
ハナちゃんが持ってきたのはぞうきんとバケツです。昨日お手伝いした時、ハナちゃんは拭き掃除をお手伝いしたのでした。
「布で拭くの?」
「はっぱじゃ駄目なの?」
「草で良いじゃない」
ぞうきんを見たことないエルフ達、贅沢にも貴重な布を使って行う拭き掃除に、抵抗があるようです。ものを拭くのははっぱ。なければそこらの草。主婦の経済感覚が、贅沢を許しません。
しかしハナちゃんは主婦ではありませんので、ためらいなくお掃除を実演します。
「濡らして拭くものと、乾いたままで拭くものがあるです」
これは濡れ拭き、これは乾拭きと実演していきます。床もたたたたっとぞうきんがけしています。
なかなか慣れた様子でお掃除を実演するハナちゃんに、さっきまでそこらの草をむしっていた奥様方も感心です。
「あら~汚れが良く落ちるわ。このゾウキンってやつすごいわね~」
「このタタミってやつは、濡れ拭きでいいの?」
「タタミは乾拭きなのです。しつこい汚れの場合は固く絞って濡れ拭き、そのあと乾拭きするです」
手こずりそうな汚れもすぐ落ちる効率の良さに、主婦の経済感覚は速攻で敗北します。奥様方はすぐに趣旨替えして、雑巾を使い始めました。主婦という生き物は、実演に弱いのです。
しかしハナちゃん、教わっていない畳のお手入れもちゃんとしています。どこからその知識を?
こうしてハナちゃんのおかげで、集会場のお掃除は大過なく進んでいきました。ハナちゃんがいなかったら、今頃集会場は草の汁まみれになっていたところです。惨事は避けられました。
「木のおうちのお掃除、皆大体わかった?」
「なんとなくわかったわ」
「このゾウキンとホウキ、便利ね~」
一通り集会場をきれいにしたので、次は各々のおうちです。自分に割り当てられたおうちは、それぞれお掃除することにしました。自分で住んでいるおうちですから、自分で掃除したいですしね。
こうして、お掃除班は集会場から、各々のおうちへ掃除しに帰ることにしました。
「ハナちゃん、手伝ってくれてありがとね~」
「あい」
「じゃ皆、いったん解散してそれぞれのおうちを掃除しましょう」
「「「はーい」」」
お掃除班は順調ですね。それぞれのおうちのお掃除も、カナさんとハナちゃんに教わった通り掃除すれば問題はありません。
二時間ほどでおうちのお掃除も終わり、村に残った皆は、薪拾いに移って行きました。極めて順調に今日の仕事をこなしていきます。
さて、お掃除班は問題ないとして、水場探しはどうなったでしょうか。
「フキノトウ、ここに沢山生えてるぜ」
「今日食う分だけ取ってきゃいいから、そこそこにしとけ」
「コゴミみっけ」
水場探しは完全に忘れた模様。山菜だけは、順調に集まっていました。でもこのままだと怒られますよ?
もう彼らはほっときましょう。
◇
「これだけ薪を集めりゃ大丈夫でしょ」
「そうね」
「あとは男衆が水場を見つけてくるだけね」
水場班が盛大に暴走している中、薪拾いは順調に作業を終えていました。動きっぱなしだったので皆汗だくです。
キラリと光る汗、テッカテカする顔。もう彼女たちは限界です。主に顔がテッカテカに。
「あ~汗かいちゃったわ。早く水浴びしたい」
「お洗濯もしたいわ」
「男衆、早く帰ってこないかしら」
彼女らは、水場班が探索を忘れて山菜取りに没頭していることを知りません。テッカテカした顔を持て余しながらも、水場班の帰りを待つことにしました。
「とりあえず男衆が返ってくるまで、休んでましょう」
「そうね」
「あい」
彼女らはいったん解散して、各々のおうちに帰っていきました。水場班の帰宅を心待ちにしながら……。
しかし、おうちに帰るためしばらく歩いていると、カナさんはハナちゃんが見当たらないことに気づきました。いつのまにやら、どこかに行ってしまったようです。
カナさんはハナちゃんを探す為、とりあえず呼びかけてみます。
「ハナ~。どこいったの~」
「どうしたの? カナさん」
そんな様子のカナさんに、近くにいた奥様が声をかけてきました。カナさんは、ハナちゃんがみあたらないことを説明します。
「ハナったら、さっきまで居たんだけど、いつのまにかどっかへ行っちゃったのよ」
「ハナちゃんなら、さっきお掃除道具を片付けてたわよ」
ハナちゃんの情報が得られました。どうやらまだお仕事をしている様子。ハナちゃん働き者ですね。ちゃんと道具のお片づけをしていました。
「そうなんだ。じゃあハナを見つけたら、家にいるからって伝えてほしいの」
「見かけたら伝えとくわ」
安心したカナさんは、おうちに帰っていきました。ハナちゃんは割と一人でなんでもできちゃう子です。結構、自由行動が許されていたのでした。
さて、そんなハナちゃんなのですが……。
「おうち帰る前に、ちょっと探検してみるですか」
お掃除道具を片付けたハナちゃん、ぽてぽてと歩き始めました。集会場の裏を見てみたり、広場を見てみたり。
この村は今まで見たことのない物が、いっぱい。楽しくなったハナちゃんは、冒険心がムクムクと膨らんでいきました。
最初は軽く近所を見て回るつもりだったのですが、もうちょっと冒険したくなったようです。ハナちゃんは、今まで行ったことのないところにも足を延ばそう、そう思いました。
「村より下の方にも行ってみるです」
エルフ達は洞窟から下ってきて、この村を発見しました。でも、そこから下はまだ行ったことがありません。村を見つけた時点であれこれあったので、そこから下の探索は、まだできていなかったのでした。
未踏の地を探検する、わくわくしますね。
どきどき、わくわくしながらぽてぽて歩いて、村の下らへんを探検するハナちゃん。タイシが帰って行った道を下って行きます。
「この道をずっと行けば、タイシにあえるですか?」
ぽつりとつぶやいて、道の先を見るハナちゃん。タイシの顔を思い出して、ちょっと寂しくなりました。
「……おうち帰るです」
寂しさもあって、おうちにかえろうと思ったハナちゃん。くるりと反転して、元来た道を戻ろうとしたとき。
「……?」
ふと、何かが気になりました。人の背丈より大きい下草が生い茂っている、なんてことない一角。ぽてぽてとそこに近づいていったハナちゃん。すると……。
「あえ?」
おや? ハナちゃんが何か見つけたようです。