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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第十四章 みんな、おかえり!
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第九話 フィールドワーク、そして無計画


「――アイヌ語の単語、ぽいわよ」


 お袋がぷるぷるしながら、そう言った。

 いったい何のことか、分からない。彼らは異世界の住人の……はず。

 その彼らが、何故アイヌ語の単語を使っているのか。

 なんでだろ?


 ――というか、それは本当?


「お袋、それって本当なの?」

「ええ。『いやむ』は『守る』よ。発音は地域で多少異なるけど」


 ……「いやむ」はアイヌ語で「守る」という意味?

 では、「せた」は……。


「じゃあ『せた』は『いぬ』って意味?」

「そうよ。『守る犬』と書いて『フクロイヌ(いやむせた)』という意味になっているわ」

「そんな……」

「ギニャン」


 ユキちゃんも信じられない目で、ハナちゃんノートを見つめた。

 何故かフクロイヌもノートを覗き込んで、しっぽをふりふり。

 可愛いので撫でておこう。


「ギニャギニャ」


 フクロイヌがご機嫌になって、甘噛みしてきた。ははは、こやつめ。

 くすぐっちゃうぞ~。


「みんなどうしたです? おなかへったです?」


 そうして緊迫する俺たち? をよそに、ハナちゃん電池のおやつをちゅーちゅーしている。

 特に何が変わるわけでも無く、いつも通りのそのお姿。可愛いなあ。

 そしてなんという揺るぎなさ。さすがハナちゃんである。


「タイシ~、タイシもおやつたべるです~」

「ああいや、自分は電気食べられないから」

「きあいでなんとか、ならないです?」

「よし、試してみよう」


 ハナちゃんがヤケに電池おやつをお勧めするので、再チャレンジ。

 ……空気しか吸えませんでした。


「…………なんもちゅるんって来ないね」

「あや~、ざんねんです~」


 そうしてハナちゃんとキャッキャしていると、まあそんなぷるぷるするほどの事じゃないかなって思うかな。

 というか、俺は別に深刻になってなかった。あっそうなの、みたいな。

 お袋とユキちゃんは、なんか深刻そうな顔してるけど。


 まあ別にみんながアイヌ語の単語っぽいやつを使っていても、特に問題は無いからね。

 ハナちゃんたちはここにいて、のんびり暮らせている。

 それで良いわけでさ。


「お袋さ、別にそんなぷるぷるしなくても良くない?」

「――は!? 結構衝撃的だと思うけど?」

「いやさ、あ~そうなの、て感じじゃない?」

「あー! これだからガテン系は! あー!」


 頭をかきむしるお袋だけど、別にそんなねえ。

 なんか昔にあれがこれして、そうなって、そしたらこうなったんじゃない?

 めんどくさく考えなくても良いじゃん。良いじゃん。


「あ~、まあ私もそれで良いかなって思いますね。言われてみれば」

「あら! ユキちゃんまで! ガテン系に毒されちゃだめよ!」

「え、ええ……?」


 お袋が一人でヒートアップしているけど、俺やユキちゃんは平常運転に戻った。


「いろいろ、あるみたいですね」

「あわてるような、ことなのかしら?」

「タイシ~。このおかし、おいしいです~」


 俺たちは特に慌てず、ハナちゃん一家とお茶をすすって妖精和菓子をもぐもぐだ。

 お? ハナちゃんの言うとおり、妖精和菓子が美味しくなっている。

 妖精さんたち、腕を上げたね!


「あ、あら? 温度差凄くない?」


 お袋もようやく、温度差の違いに思い至ったようだ。

 もうちょっと落ち着いて貰おうか。


「はいはいお袋、お茶飲んでお菓子食べて落ち着きなよ」

「……そうするわ。あら、これ美味しい」

「妖精さんたちが、日々改良しているお菓子だよ。みんな、前に進んでいるんだ」

「あ……そう、ね。前に進んでいるのね」

「そうそう」


 ……お袋も何となく分かってくれたかな?

 ちょっとばかし、学者の悪い癖が出ちゃってたからね。

 大騒ぎで過去をほじくり返して、じゃあ「それから先どうするか」まで考えが回ってなかったわけで。


 過去の話を「大騒ぎ」でほじくり返して。

 それで果たして「彼らが幸せになれるのか」まで考えると……ちょっとね。

 やるならやるで、静かにやるべきだ。


「お袋、さりげなく静かに調べようよ」

「そうね、それが良いわ」


 よし、もう大丈夫だね。分かって貰えた。

 そして落ち着いたお袋、改めてハナちゃん一家に向き合う。


「私は私で調べたいことがありまして……みなさんに、ご協力頂けたらと」


 ぺこりと頭を下げるお袋だ。


「ええ、それはかまいませんが」

「できることなら、ごきょうりょくします」

「てつだうです~」


 ハナちゃん一家も、ペコペコ頭を下げる。

 別に断るような事でも無いという感じで、にこやかだ。

 ありがたいね。あとでお礼に、美味しい物を持ってこよう。


 ――こうして、「えるふ語がアイヌ語の単語っぽいやつを使ってる謎」についての調査が始まったのだった。



 ◇



 ――自宅にて。


「文法はまだわからないけど、えるふ語の単語は今の所……一割ほど、アイヌ語と共通しているわね」

「それほど一致するってことは……偶然じゃないみたいだね」

「ええ。偶然じゃないわね」


 お袋はハナちゃんに書き出してもらった単語を見て、目がキラキラしている。

 お袋の研究テーマにも関連することだけに、興味が尽きないようだね。


「ハナちゃん、たくさん書いてくれましたね」

「アップルパイを一ホールをあげたら、もうウッキウキになって書いてくれたよ」

「また、持って行ってあげましょうか」

「それが良いね」


 お袋キャッキャ資料となった、ハナちゃんノート。

 中身は……ハナちゃんが一生懸命書いてくれた、よれよれのひらがながたくさん。

 ただこのハナちゃんノートが、とてつもない資料となっている。

 アップルパイを報酬に書いてもらった資料だけど、ハナちゃんありがとうだ。

 また追加報酬を持って行ってあげようじゃあないか。

 今度はチーズケーキを一ホールがいいかな?


「これはもしかしたら、もしかするわよ」

「エルフたちが、大昔のにっぽん列島にいたって事?」

「それか、アイヌ民族もしくは縄文人と交流があったか、ね。なんにせよエルフの人たちは、この日本となんらかの関係があると推測できるわ」


 お袋はハナちゃんノートを見て、キャッキャと大はしゃぎだ。

 でもまあ、エルフたちがちたまにっぽんに過去来ていた、もしくは住んでいた、という可能性は確かに否定はできない。


「洞窟があるからなあ、ありえるかもだな」


 親父が顎に手をやりながら言ったけど、まさにそれなんだよね。

 うちには謎の隠し村と、異世界につながる洞窟がある。

 ――ずっと昔から。分かっているだけで二千年以上昔から、ずっと。


 であれば、過去に交流のあった異世界から、再びお客さんが訪れてもおかしくはない。

 また来ちゃダメってルールなんて、ないのだから。

 むしろ何度でも来てくださいだ。

 元気になった姿を、見せてください、と思うわけで。


「ただねえ、関連があったと仮定して……いつごろなのかは分からないわね」

「うちの古文書にも、エルフが来たって記録は無いからなあ……」


 お袋と親父は古文書をぺらぺらめくりはじめたけど、まあ俺の知る限りでは無いね。


「……まあ、『シサム』って言葉が無かった点をみると、相当昔の話だとは思うわ」


 お袋はお茶をずずっとすすって一息ついた後、そんなことを言った。

 ……シサム?


「お袋、シサムって何?」

「シサムとは、アイヌ語で――いわゆる「和人」て意味よ。日本人のことね」

「なるほど、ということは……」

「ええ、この日本列島に――大和が成立する前、だと思うわ」

「そんな昔に……」


 もしエルフたちが日本と関係があったとして、それは大和の国成立の前、かもしれないと。

 神話の時代の、さらにその前か……。


「古代縄文人は、結構交易してたのよ。北海道福島町の館崎(たてさき)遺跡で、長野県産の黒曜石が見つかったりしているわ」

「交易するなら、当然言葉は分からないといけない、か」

「そうね。きっとアイヌ語とバイリンガルな人も居たと思うわ。あとこの遺跡、五千年ほど前の物よ」


 なるほど、そんな頃でも長野から北海道への交易ルートがあったわけだ。

 石器時代だからと言って、過去の人をあなどってはいけないね。


「ちなみに、元ある言葉の意味が外来語に置き換わったりとかよくあるの。たとえばかるた」

「え? かるたって外来語なの?」

「そうよ。元から札遊びはあったのに、ポルトガルからかるたって言葉が入ってきたら置き換わっちゃったの」

「えるふ語も、そういうことが起きていた可能性があるんだ」

「可能性はね。交易でいろんな人と交流して、言葉も生活に入り込んで、みたいなことはあると思うわ」


 聞けば聞くほど、色んな可能性が見えてくる。

 たとえ石器時代だとしても、実際に存在する遺跡の痕跡から十分可能という事もわかった。

 しかしこの話を聞いて、親父は渋い顔をして言う。


「流石にそこまで昔の記録は、うちには残されていない。……読める記録は、だが」


 親父が言うように、俺たちが読めるのは漢文で残された古文書までだ。

 それから前の事は、あったとしても字が読めない。

 つまりは、そんな昔のことは分からないというわけだ。


「他に何か……手掛かりがあればいいのだけど」


 これ以上の手掛かりが見つからないのか、お袋も頭をかかえる。

 ……そういえば、エルフたちって縄文土器みたいなのを使っていたな。

 服だって特徴的な文様があったから、それを見たら何かわかるかも。


「お袋、エルフたちは縄文土器みたいなのとか使ってたよ」

「え?」

「着ている服にも似たような文様があってさ、面白いなあって思ってたんだ」

「――それを早く言いなさいよ!」

「ごめんごめん。今みんな冬服だし土器を使うようなお祭りもしてないしでさ、忘れてたよ」


 みんな冬服を着ていて、エルフ民族衣装はしまってあるからね。

 観光客だって、湖畔のリゾートで冬服に着替えてくるからお袋は一度も目にしてない。

 みんなに紹介したときだって、写真を見せるとかじゃなくて直接顔合わせだった。

 つまり、お袋がエルフ縄文を見る機会は無かったわけだ。

 今から村に戻って見せてもらうのは大変なので、写真で我慢してもらおう。


「まったく、そんな大事な事忘れないでよ」

「ごめんごめん。まさかこんなことになるとは思ってなかったからさ。……あった、これこれ、この写真とか」


 PCを立ち上げて、過去の祝い事の時や佐渡旅行の時の写真を表示する。

 みんな笑顔で、良い写真だ。懐かしいなあ。


「この文様は……。大志、ちょっと加工してよ。あんた画像処理詳しいでしょ? 工学部出なんだから」

「はいはい、少々お待ち下さいねっと」


 写真を拡大したりガンマ補正をしたり二値化したりして、文様を見やすくする。

 すると――。


「――上山田式土器の文様と……似ているわ」

「上山田式?」


 お袋がなんだか、良くわからないことを言った。

 ……何式とか言われてもわからないでござる。


「あと、深沢Ⅱ式の特徴も見られるわね」

「さようで」


 ただでさえわからないのに、あれとこれの特徴がみられると言われたらもっと分からない。

 結局それって何だろう? 地域の名前っぽいけど。


「正直良くわからないんだけど、それってどんなものなの?」

「どちらも北陸地方で良く見られた形式で――縄文時代中期、四千年から五千年よりちょっと前の時代ね」

「昔すぎて実感沸かない」


 四千年から五千年とか言われても、わからないでござるよ。

 それは考古学の領域じゃない?


「これは面白くなってきたわよー! 交易が盛んだった時期と、この文様の時期も一致するわ!」


 お袋はやっぱり目をキラキラさせて、ハナちゃんノートをめくる。

 太古のロマン、遺跡からしか分からない縄文人たちの暮らしや文化。

 正直、俺だってロマンを感じてはいる。だけど……。


「ああこれ、美咲のやつもう止まらないぞ……。大志、ちゃんと見張っとけよ」

「それは親父の仕事でしょ」

「いやいや、そこは大志が。母親だろ?」

「いやいや、そこは親父が。奥さんでしょ?」


 とにかく、お袋を放置するとどっかにフィールドワークに行ってしまう。見張らないとなんだけど……。

 見張り役はとっても大変なので、親父と押し付け合うべしだ。苦労を分かち合おうではないか!


「もしかしたら――消えた縄文人の謎、わかるかもしれないわ!」


 そして俺と親父の静かな攻防をよそに、お袋は大はしゃぎなのであった。



 ◇



 ハイテンションになったお袋をなだめ、ちょっと一服。

 みんなでケーキをつつきながら、お茶を啜って落ち着く。


「あんたらね、ひと口でケーキ丸ごと食べちゃだめでしょ」

「いや、これが美味いんだって」

「そうそう、これが良いんだよ」

「私もそれはどうかと思います」

「ええ……?」

「ええ……?」


 ケーキの食べ方で俺と親父が女性陣に注意されてしまった。

 いやさ、俺たち体がデカイから、こうでもしないと物足りないのでござるよ。

 なんなら、一ホール丸ごと食べて、ようやく「おやつ食べたな」って感じなんですよこれが。


「ちゃんと味わって食べないとね~」

「そうですよね~」


 お袋とユキちゃんは仲良くちくちくとケーキをつつくけど、お袋はイチゴをいきなり食べている。

 好きなものは先に食べる派だね。兄弟が多いとこうなるらしい。

 ユキちゃんは対照的に、イチゴが残っている。好きなものは最後に食べる派だね。

 ちくちくとケーキが戦略的に崩されていっている。

 これは性格によるものなのかな?


「ちなみに、消えた縄文人の謎ってなんでしょうか?」


 ユキちゃんが、さっきの話を聞いてきた。

 お袋の、今の研究テーマの一つだね。


「それがね……この長野には、全縄文人の三分の一が集まっていた時期があるの」

「ええ!? 三分の一ですか?」

「そうなの。でも……ふっと消えて――居なくなってしまった形跡があるわ。殆どが消えてしまった」

「わあ! ミステリーですね!」

「そうなの! この謎もなにかわかるかもしれないの!」


 お袋とユキちゃんがキャッキャしているけど、どうもそうらしいのだ。

 沢山いた縄文人が、なぜか突然いなくなった、らしい。


「明日は村に行って聞き取り調査しなきゃね。民俗学はフィールドワークが命だもの!」

「あれ? 美咲さんって考古学者ではないのですか?」


 お袋がキャッキャとしている話の内容に、ユキちゃん疑問を持ったようだ。

 まあ確かに、数千年前の調査なんて考古学の領域だよね。


「専攻は民俗学ね。ただ、ここに嫁入りしてからは考古学も必要になったけど」

「結婚してからですか?」

「そうなの」


 ユキちゃん、どうもお袋がうちに嫁入りしてから必要になった、という点が気になっているようだ。

 ずずいと身を乗り出したぞ。


「ああいえ、これは私の単なる都合なんだけどね。一つの民俗学的な調査が終わって、そしたら別の謎が出てきて……考古学が必要になった、という感じね」

「そうなんですか……一安心です。私、考古学とか全然わからなくて」

「そこは問題ないわよ。安心して」

 

 ……お袋とユキちゃんの間で何か会話が進んでいる。

 別にうちの手伝いをするのに、考古学は不要だからね?


「ちなみに私が民俗学を専攻していたのは、実家の都合なの」

「ご実家のですか?」

「そうなの。歴史学じゃあ歯が立たなくて、民俗学的アプローチが必要になったのね」


 そう言いながら、お袋は新たなケーキを取り出した。

 あ、お茶の用意もしている。これ、話長くなるぞ……。


「そうね、なぜ考古学が必要になったか、という切っ掛けを話しましょうか」

「お願いできますか? 興味あります」


 またちくちくとケーキをつつきながら、話が始まった。


「私の家系にはちょっと謎があったの。そして調べるうちに――ここ長野に、カギがあると分かったのね」

「長野に、カギが……」

「そうなの。私は横須賀出身なのだけど……実家には、不思議な石が伝わっていたの。それが、はじまり」

「不思議な石、ですか?」


 その不思議な石にまつわる調査をしていくうちに、お袋は――長野にたどり着いた。

 俺はそう聞いている。


「私の実家に伝わっていた不思議な石は――増幅石」

「ええ!?」

「それじゃあ、その時の話をしましょうか」


 そうしてお袋は、当時の出来事を語り始めた。

 俺もお袋が増幅石を持っていた詳しい経緯は知らなかったから、いい機会だ。

 しっかり聞いておこう。



 ◇



 今から二十六年ほど前の、夏のこと。

 なんか長身の女性が、長野駅に降り立ちました。


「あ~、長野は遠いわね。さすが陸の孤島」


 当時は新幹線が開業しておらず、長野に到達するのはとても時間がかかったのでした。

 横須賀の実家から旅立ち、ようやく目的の地に到着です。


 このなんか長身の女性は、黒川美咲(くろかわみさき)

 長い電車の旅を終えて、体をほぐすため思いっきり伸びをしています。

 その姿は、全身登山装備で固めていて、まるで登山家のよう。

 今で言う山ガールですが、その装備は必要なのかな?


「……そしてこの釜めしの容器、どうしたら良いのかしら?」


 そんな美咲、峠の釜めしの重い容器を抱えて途方に暮れます。

 釜飯を買った観光客が、だいたいおちいる罠です。

 いきなり荷物を増やすその無計画さ、旅の始まりからつまずいていますね。

 ちなみにその容器は、釜めし販売所で引き取ってくれますよ。


「まあ良いわ、何とかなるでしょ。レンタカー借りなきゃ」


 そうして釜をリュックに突っ込んだ美咲、レンタカーを借りに向かいます。


「一番安いのにしたら、すごい古そうなやつが来たわ……。こういうの、ケチったらだめなのかしら?」


 ケチった結果……ちたま何周分かの距離を走っていそうな、すごいやつが借りられました。

 星座のマークがついた……二代目レックスでしょうか?

 まあよく走るやつなので、妙に安いレンタル代からすれば、これでもお得なのではと。

 キーを回してエンジンをかけて、出発の準備をしましょうね。


「何この音……。でも動けば良いわよね、動けば。それじゃあ、さっそく移動しましょう」


 アイドリング中の時点ですでに、なんか車体からガタガタ音がしていますね。

 どうやら走りすぎてボディやらフレームがゆがんでいるようですが、動けば良いのです。

 目的地目指して、そろそろ出発しましょう!


「よーし! 黒姫(くろひめ)伝説を調査して、色んな秘密を解き明かすわよー! でもまずは、善光寺行きましょう。せっかくだからね!」


 意気揚々と宣言した美咲、ギアを一速に入れ――。


「あ、止まっちゃった……」


 ――エンストしました。ペーパードライバーかな?



 ◇



「な、なんとかたどり着いたわ……」


 ペーパードライバーなのに、レンタカーを借りて知らない街を走る。

 おまけに借りた車は、過走行すぎでガタが来て、まっすぐ走らない。なんか左に寄っていきます。

 この無謀なチャレンジに、美咲は既に消耗していました。善光寺ではしゃぎ過ぎたのもありますが。


 今は十八号沿いにある鎌の看板が目立つドライブインの駐車場で、ぐったりしています。

 調査どころの騒ぎではありません。市街地で遭難しかかっています。


「……さて、気を取り直して調査を開始しましょう」


 しばらくぐったりしていた美咲ですが、ようやく気持ちを切り替えます。

 車から降りて、しゃきっと背筋を伸ばしました。

 そう、ここは黒姫伝説を猛プッシュしている地域なのですから。

 伝説の当事者は、ここから離れた町の人なのですけど。

 ただまあ、お店にも「黒姫」とついています。最初の調査地としては、良いのではと。


「『黒姫』って名のついたお店なのだから、何かあるでしょ」


 そうして、美咲は物産センターに入って行きました。


「あら! 鎌がたくさん展示してあるわ!」


 お店の中には、観光客がキャッキャするものが沢山!

 もちろん美咲もキャッキャと練り歩きます。


「あらあら! 黒姫そばだって! これは食べないと!」


 ふらふらとおそば屋さんに入って行き、ずぞぞとそばを食べ。


「お土産たくさんね! これは買わないと!」


 ……調査に来たんですよね? 観光じゃないですよね?

 とまあ物産センターをキャッキャと楽しんで、一通り調査? を終えました。


「じゃあ次は、ナウマン象の化石が有名な湖に行くわよー!」


 後部座席にお土産をいーっぱい積んで、意気揚々と出発です。

 調査のわりには、お土産買いすぎじゃないですかね?

 ちなみに、黒姫伝説については特になにもわかりませんでした。


 ……まあそんなこともありましたが、次の目的地へ到着です。


「あらあら、風光明媚な湖ね!」


 ナウマン象の化石が有名な湖、そこにある駐車場へ車を停め、湖を眺めます。

 ここも観光地なのですが、調査にきたのですよね?

 ひとしきり、キャッキャと湖畔を楽しむ美咲です。


「観光はこれくらいにして。さて、これからその辺のご老人を捕まえて、話を聞くわよー!」


 あ、ようやく本来の目的に戻ってきましたね。

 でも、なんかずさん極まる調査計画……。

 普通もうちょっと、事前に会う人とか決めませんか?

 ホントそれ、大丈夫ですか?


「さてさて、第一村人はどこかな~?」


 その辺のご老人を捕まえるため、意気揚々と歩き出す美咲でした。

 そこは町なので、村人はおりませんよ。


「あら! 第一村人発見!」


 釣りをしている人を見つけ、近づいていく美咲。さっそく声をかけます。


「こんにちは! ちょっとお話を聞いてもよろしいでしょうか?」

「ん? 良いですけど……」

「私、この辺の歴史を調査していまして、黒姫伝説何ですけど」

「俺、埼玉の人間だよ。ここには釣りに来ただけなんだ。まったく分からないよ」

「さようで……」


 ほら、のっけから躓きました。村人ですらありません。釣り客ですよ。

 いきなりの失敗に、すごすごと引き返す美咲でした。


「……まだまだ調査は始まったばかりよ! どんどん行きましょう!」


 しかしめげません。お土産として買ったお菓子を食べながら、周囲を歩き回ります。

 でも、お土産食べちゃって大丈夫ですか?


 ――そして三時間後。


「かんばしくないわ……」


 歩き回ったり車で移動したり。しかし、どうにも調査は進みませんでした。

 どこかの雑貨屋の前で、ぐったりする美咲です。

 ですよね。


「でも、あとは現地の人から話を聞くしか無いのよね……。資料はだいたい読みあさったわけだし」


 どうやら様々な調査の結果、現地で話を聞くしかない、という段階のようですね。

 にしても、普通もうちょっとこう……約束を取り付けるとか紹介してもらうとかしましょうよ。

 ぶっつけ本番過ぎますよ。


「あ~、これからどうしよう……」


 早々に調査が行き詰まり、これからどうするか。

 美咲は考え始めました。

 手元にある、不思議な石を見つめながら。


「とりあえず、腹ごしらえしましょう」


 ちょうど今、雑貨屋におります。田舎にある、何でも売ってるやつですね。

 食べ物を物色して、おやきを大量購入しました。


「これこれ! やっぱりこういう、地域の物を食べるのがいいわね!」


 もぐもぐと店先でおやきを食べる美咲、元気を取り戻しました。

 キャッキャと次々におやきを消費する姿に、道行く人も微笑ましい視線を投げかけます。


「そこの姉ちゃん、なんか調べ物してるんだって?」

「黒姫伝説とか」

「学生さんなのに、がんばるねえ」


 やがて、噂を聞きつけて人が集まってきました。

 だいたいがお年寄りですね。これはチャンスですよ。


「あ、そうそう! 私は神奈川在住の大学生なんですけど、今日は黒姫伝説について調査にきたんです!」

「はえ~」

「若いのに、がんばっとるなあ」

「神奈川からこったらとこ来たなんて、ずく(根性)あるわ~」


 お爺ちゃんお婆ちゃんに囲まれ、美咲は調査を開始しました。

 この辺は、通称――六月村のあたり。まだまだ黒姫伝説の周辺地域です。

 小林一茶の俳句にもでてきますね。

 聞き取り調査をするには、もってこいな地域なのです。


「では、お話をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか?」

「おうおう、いっくらでも話したるで~」

「じゃあ、まずは俺からいくべか」


 そうして、ご老人たちが黒姫伝説を語り始めました。

 けっこうふわっとした感じで。


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