第八話 ハナちゃんノート
ふとした切っ掛けで、ハナちゃん一家が日本語学習をすることになった。
ただ、とっかかりが難しい。まず五十音を覚えてもらわないと。
「まず、これで文字と発音を覚えると良いかなと思います」
「タイシタイシ、これなんです?」
「これはね、楽しく遊びながら、文字を覚えられるおもちゃだよ」
「おもちゃです?」
そんなわけで、知育玩具を買ってきてみた。
俺も幼稚園時代、これと似たような物で言語学習をした記憶がある。
そしてこれがけっこうバカにできない。良く出来た代物だ。
今回は積み木型、自分で書く物、そしてタブレット型を用意した。
「あ~、こりゃ良いな。俺んときにも、これがあったら……」
「こんどリザードマン世界で試してみたら? 他にも日本語勉強中の人、いるよね?」
「そうだな、持って行ってみるか」
高橋さんは苦労して日本語を習得した人なので、エルフたちの気持ちがわかるかと思って参加してもらった。
そんな苦労して日本語を勉強した高橋さん、知育玩具を見て羨ましそうな顔だ。
ただ、後に続くリザードマンたちには使えると思うので、是非とも試して頂きたい。
「俺からはこれだ。こいつがもの凄い学習意欲をかき立てる」
そういって高橋さんが、段ボール箱をドサッと置いた。
どれどれ。……段ボール箱の中には、漫画がたくさん。
「名作揃いだね、これは良い」
「そうそう、こいつを読みたい一心で、日本語を勉強するやつらが大勢だ」
日本語学習で苦労した、高橋さんならではの提案だ。
確かに、面白そうな漫画があったら、内容を理解したいと思うよね。
文字数もそれほどでも無いから、役立つかもだ。
「そういえばリザードマン世界だと、七つの玉を集めるやつが大人気だっけ?」
「ヤム○チャごっこが流行ったな」
「やめたげて。そっとしといてあげて」
○ムチャはもう、ほんとそっとしといてあげようよ。
というか、なぜにそのキャラが流行るのさ。
リザードマンたちの感性が分からないよ。
「あえ? マンガってなんです?」
おっと、ハナちゃんが段ボール箱を覗いているね。
漫画について説明しておこう。
「たくさんの絵が書いてある物語だよ。こっちでは、お手軽な娯楽なんだ」
「――えがかいてあるときいて、とんできました!」
「あや! おかあさんすばやいです~!」
……絵が描いてあると説明したら、カナさんがしゅたっとこちらにやってきた。
五メートルの距離を一瞬で詰める、なかなかの素早さだ。
ハナちゃんもその素早さに、ビックリして耳がピンと立っている。
「これ! これにえがかいてあるんですか!?」
「え、ええまあ」
カナさんがずずいと迫ってきた。もの凄い気迫。
……では、実際に見てもらいましょう。
「ほら、中はこんな感じになっているんだ。この丸いところに、登場人物が何を言っているか文字が書いてあるんだよ」
「あや! ほんとに、えがたくさんあるです~!」
「はわー!」
漫画を開いて見せると、ハナちゃんビックリまなこ。
カナさんも驚きすぎて、飛び上がっている。
「ちなみに、この作品は……この分量の絵を百五十日くらいで書いてます」
「は、はわ……こんなにたくさんのえを、そんなみじかいきかんで……」
カナさん、ぷるぷる震えながらページをペラペラめくる。
「タイシタイシ、にほんごがわかれば、これがよめるようになるです?」
「そうだね。楽しい物語、たくさん読めるようにるよ」
「やるきでてきたです~!」
ハナちゃんもキャッキャとしながら、漫画の一ページを指さしている。
頭ツンツン主人公が、七つの玉を集めるために旅立ったシーンだね。
日本語を読むことが出来れば、なかなかワクワクするシーンだ。
「ある程度五十音が分かるようになったら、私が体系的に教えます」
「ぜひともぜひとも! おねがいします!」
「ハナたち、がんばるです~!」
「これは、きあいがはいりますね」
基礎を知育玩具などで学び、そのあとお袋が体系的に教える。
もうカナさんは、漫画が読みたい一心で鼻息が荒いね。
ハナちゃんもやる気十分、ヤナさんもわくわく顔だ。
「せっかくですので、他の方々にも声をかけて下さい。一緒に勉強したら良いですよ」
「あ、そうします。むらのみんなにも、ていあんしてみますね」
お袋がヤナさんに、他の村人も日本語学習をしたらどうかと提案した。
ヤナさんも乗り気のようだから、すぐに広まるだろう。
みんなで楽しく、日本語を勉強できたら良いな。
◇
「犬も歩けば棒に当たる~」
「ギニャ」
日本語学習の一環として、かるたを持ち込んでみた。
お正月の定番の遊びで、日本語になれてもらいましょうという狙いだ。
「のど元過ぎれば~、熱さを忘れる~」
「ギニャ~」
「あや~、フクロイヌすごいです~!」
「何故にフクロイヌが……」
……でもね、なんでフクロイヌが一番成績良いの?
いつの間にか参加していて、いつの間にか好成績だよ!?
読み上げ担当のユキちゃんも、目をまん丸にして驚いている。
だって、フクロイヌだよ?
「これかな? これかな?」
「はいお手つき」
「ちがった~……」
妖精さんたちも参加しているけど、いつの間にかこの子たちも日本語学習を始めていた。
どうもユキちゃんが持ち込んだ少女漫画に、妖精が出ている作品があったようで。
その物語を読みたい一心で、きゃいきゃいと日本語を勉強し始めた。
漫画の求心力、相当な物だね。
「タイシさん、これってなんて書いてあるんですか?」
そしてヤナさんは驚くことに、数日でひらがなをマスターした。
さらには、多少の漢字も読めるようになっている。
ただ日本語の意味が分からない事も多いようで、こうしてちょくちょく聞いてくるようになった。
「これはですね……ああ、まつり縫いの手順ですね」
「なるほど、まつりぬいですか」
ヤナさんが持ってきたのは、お裁縫の本だ。
前に渡した本だけど、文字が読めるようになってからはぐっと学習速度があがったらしい。
まだまだ難しい言葉は無理だけど、一人である程度読めている。
「これは、『まち針』って読むんですかね?」
「そうですそうです。ヤナさん凄いですね、もうかなり読めていますよ」
「私、こういうのとくいでして」
「おとうさん、すごいです~!」
「ふっふっふ」
ハナちゃんと一緒にヤナさんを褒めたら、なんかもうえびす顔になった。
娘に良いところ見せられたので、お父さんの面目躍如だね。
……というか、ヤナさんって多分――天才なんだろうな。
数字も文字も、あっさり覚えている。
計算もスラスラできるから、日本語を覚えて自己学習するようになったら凄いかも。
それに、なんだかヤナさんと会話がしやすくなった。
意味が通じるというか、なんというか……。
やっぱり、日本語をある程度分かっていると……言葉の選択が適切になるのかも?
「これって、『め』だったかしら~」
「それ、『ぬ』じゃない?」
「いやいや『あ』じゃね?」
他の村人も学習しているけど、今はひらがなを覚える段階だね。
このへん各人で学習速度に差があるけど、じっくり頑張って頂きたい。
「ねえねえ大志、この調子なら結構早く言葉を覚えられそうよ」
「お袋も、教え甲斐があるかもね」
「ええ、楽しみだわ」
わりと順調に日本語を習得しているエルフたちを見て、お袋もにこにこしている。
高橋さんたちリザードマンの場合は、ここまで来るのに半年かかっていた。
それからすると、驚異的な速度だね。
「この学習速度の差って、なんだろうな……」
高橋さんも驚きの様子だけど、まあ理由はだいたい分かるね。
エルフたちは、強力な武器があるんだよ。
「ほら高橋さん、エルフたちは神様に翻訳してもらっているから」
「ああ! それか! 俺たちゃ、志郎さんが何言ってるかもわからなかったからなあ……」
「そう言うこと。意味が通じるのだから、理解するのも早いのさ」
エルフたちは、神様翻訳っていう強力なアシストがある。
これは「いぬ」だよ、と言えば。「ああ、『いぬ』なんだ」と分かる。
とっても単純だけど、とっても強力だ。
ただ逆に、そのおかげで良くわからなくなってしまっている部分もある。
――エルフたちの言葉だ。
俺たちにはエルフたちの言葉が、日本語として聞こえる。
エルフたちには、俺たちの日本語が「えるふ語」となって聞こえているはずだ。
この辺の違いが神様翻訳に吸収されていて、藪の中だったりする。
……まあ、今のところ不具合は出ていないから大丈夫だと思う。
とりあえずこのままいけるところまで行って、この辺のギャップをどうするかは後で考えよう。
「笑う門には、福来たる~」
そうしてキャッキャする集会場だけど、ユキちゃんは淡々とかるた読みをしてくれている。
声が良く通っていて綺麗だから、読み手としては最適だね。
聞いていて心地よい。
(――これ!)
「はいお手つき」
(そんな~)
……あ、神輿がお手つきをしている。全然違う札だねそれ。
「ギニャ」
「はい正解」
(そっちなの~?)
おまけに、フクロイヌに負けている。
「ギニャギニャ」
「フクロイヌ、さすがです~」
「ギニャン」
ハナちゃんになでなでされて、フクロイヌご機嫌だね。
……というかフクロイヌ、かなりかるた強いぞこれ。
さっきからお手つき無しで、ばんばん札を取っている。
「石の上にも三年~」
(これー!)
「はいお手つき」
(きゃ~!)
そしてやっぱり、神輿はお手つき。
さらにお手つき連発の恥ずかしさで、神輿ぐんにゃり。
……神様、翻訳しているのに、なんで日本語能力でフクロイヌに負けてるの?
◇
「う~ん、むずかしい~」
「なかなか、おぼえられないわ~」
「かんたんには、いかないじゃん?」
日本語学習を始めて数日、壁にぶつかる人たちが出始める。
まあ、勉強というのは壁の連続だからね。
それを一つ一つ乗り越えていって、初めて一つの成果が出る。
というか、普通は半年以上かかるわけで。
神様翻訳アシストにて、かなりの速度で学習は出来ている。
俺としては、あんまり急がなくても良いかなとは思う。
毎日毎日ちょっとずつ、気長に覚えていけば良いんじゃないかな。
「ねえねえ大志、日本語学習のメリットとか教えてあげたら?」
悩む村人たちを見て、お袋がそんなことを言ってきた。
今のところ、村人が勉強している原動力はといえば……。
「メリット? 漫画を読めるとかじゃダメかな?」
今のところ、みんなは漫画が読みたいというのが、一番大きな理由かな。
まずはそれで良いかなって思っているのだけど。
「それも良いけど、それだけじゃ弱いと思うわ」
「あ、私もそう思います。漫画は読んだら終わっちゃいますから」
お袋とユキちゃん的には、それじゃ足りないという考えのようだ。
確かに、漫画は読み切ったらそれで終わっちゃうね。
それに……漫画を読んで満足して、そこで学習が止まる可能性もある。
もうちょっと、漫画以外の目標があると言うことを教えた方が良いかも。
じゃあ材料を集めてみよう。ちょっとスマホで、ネット検索をば。
「大志、何を調べているの?」
「村人の半分くらいが食いつく、キラーワードをちょっとね」
「キラーワード、ですか?」
思いつきだけど、本当にそれがあるのかちょっと確認。
――あった。これで、村人の約半数は落ちる。
……ふふふ、それでは――ちょっとささやいてみましょう!
「はいみなさん、ちょっとよろしいですか?」
「なになに?」
「どうしました?」
「なにかしら~?」
こちらにくるりと振り返るみなさんだ。
俺がこれから何をやらかすかも知らず、無防備な様子。
では――始めましょう!
「これから日本語学習した場合の、良いことを色々並べますよ」
「いいこと?」
「なんだろ~」
「わくわくするわ~」
まず初めのターゲットは、マイスターだ。
手っ取り早い被害担当艦だね。
「日本語が分かれば――ちたまの動植物について詳しく調べられます」
「おお!」
「さらに、自分で調べた事を文字に残せば――ずっと残ります」
「やるきでたじゃん!」
はい撃沈一隻。では次のターゲットとして、マッチョさんとおっちゃんだ。
「建築技法や設計技法、木材加工の技法が――ぎっしり書いてある本が」
「それください」
「おれのじまんのもっこう、もっとすごくできるのだ!」
つづけて撃沈二隻。紙のような装甲の薄さだ。
じゃんじゃん行きますよ!
「そうそう、ここにあの除雪する機械の詳しい操作方法や説明が書かれた物が」
「え? あのきかいのやつ?」
「そうです。さらにですね、スノーモビルの整備用の本とかもあるんですよこれが」
『よみたいいいいい!』
幽体離脱した。これは撃沈と言うことで、良いのだろうか?
……まあ、撃沈にしておこう。これで合計四隻だ。
こうしてえるふ艦隊を各個撃破していき、だいたい男性陣は沈められた。
では次に、女性陣艦隊だ。
女性陣は手に職をもつ人がそれほどいないので、各個撃破はなかなか難しい。
でもですね、先ほどの検索にて……キラーワードがみつかったわけで。
このキラーワードは、最終兵器だ。「それ」を用いたら、後には引けない。
――でも使っちゃいますよ! まずは一カ所に集めましょう!
「そこな女子のみなさま、耳寄りな情報がございますよ」
「みみより?」
「あら~? なにかしら」
「きいてみましょう!」
キャッキャと、女子エルフのみなさんが集まってきた。
ではみなさんに――この言葉を贈りましょう!
「エステって――自宅で勉強出来るみたいですよ」
「なんですと?」
「ほんとかしら?」
「――くわしく」
そうなのだ。エステティシャン通信教育、あるんですよ。
さっき調べたのはこれ。
「ほらユキちゃん、この協会見覚えあるでしょ?」
「あああ! あのエステサロンの加盟しているところ!」
あの神輿も何とかするエステサロン。
そこが加盟している、とあるエステティック協会がある。
神輿を何とかする水準の実力があるところが、加盟しているわけだ。
そこがなんと――通信教育もやっているのを見つけたのですよ!
これもう、お勧めするしか無いでしょ。
「ちゃんとしてるお墨付き、と考えて良いよね?」
「ええ! 太鼓判押しちゃいます! この通信教育、良いですよ!」
「「「キャー!」」」
ユキちゃんのお墨付きと聞いて、女子エルフたちキャーキャー状態だ。
……ほんでだ、通信教育を受けて、エステのなんたるかを学んだなら。
やることは一つだよね!
――では、とどめ!
「いっそのこと、自分たちでエステサロン――開いちゃうのはどうでしょう!」
「「「キャー! キャー!」」」
女子エルフ艦隊――撃沈。戦いは終わった。
ははは、圧倒的じゃないか、我が軍は。
「えすて~! ゆめのえすて~!」
「ぷるぷるおはだ~!」
「やるきでたわ~!」
「もっとうつくしくなるのよ~!」
と言うことで、女子エルフたちがワーキャー大騒ぎになった。
収拾不能とも言う。
「タイシタイシ、これどうするです?」
ハナちゃんが、大騒ぎする女子エルフたちを見て……事態の収拾について聞いてきた。
だめな大人たちの、だめな様子を何とかして欲しいようだね。
……どうしよう?
「どうしようね?」
「あえ?」
最終兵器だからね。人類には制御できない、過ぎた力だったのだ。
エステ通信教育兵器、俺には制御ができなかったよ……。
というか、ほっといても良いのでは?
「まあ、このままほっとこう」
「あや~! タイシ、なんとかするき、ぜんぜんないです~!」
「そうとも言う」
でもまあ、これで村人はだいたい大きな目標を持てたよね。
がんばって日本語を覚えて、夢を叶えて欲しい。
「さっそく、えすてについて、おべんきょうするわよ!」
「ゆめのえすて~!」
「せんせい! おねがいします!」
あ、女子エルフたちが……ユキちゃんたちの方に向かって行った。
「え? え?」
「あ、ちょっと大志! 見てないで助けなさいよ!」
そして連れ去られる、ユキちゃんとお袋だ。
エステ経験者なので、勉強のためお話を聞きたいんだね。
「二人とも、ここは先生役を引き受けて欲しい。お礼はまた例の最高級コースで」
「――! わかりました!」
「気合い入ったわ! 任せなさい!」
はい、ユキちゃんとお袋も撃沈。
そして、この方も欠かせない。
「もちろん、神様もご招待しますね」
(すてき~!)
神輿も撃沈。嬉しいのか、神輿がくるくる回り出した。
楽しみにしていて下さいだね。
……しかし、今日はいっぱい沈めたなあ。
でもまあ、これでみんな気合い入ったよね。
目標目指して、日本語学習頑張りましょう!
「……大志さ、純粋な人たちをそそのかすなよ」
「大志ちゃん、悪い顔になってるわよ」
「あにゃ」
この光景に免疫のない爺ちゃん婆ちゃん、そしてシャムちゃんからもツッコミが。
いや違うんだよ、これいつもの光景なんだよ。
だいたいこんなノリなんだよこの村は。
◇
びゅうびゅうと吹雪が吹く中、ハナちゃんの家でまったり資格のお勉強をする。
最近おなじみの光景になってきたけど、冬はやれることがあまりないからね。
勉強するにはもってこいだ。
「ハナもおべんきょうです~」
「ハナちゃん偉いわね~」
「ギニャギニャ」
その横では、ハナちゃんがキャッキャとひらがなのお勉強だ。
勉強熱心なので、お袋もでれでれ。ハナちゃん可愛いからね。しょうがないよね。
フクロイヌも遊びに来ているようで、ハナちゃんの周りでギニャギニャ遊んでいるね。
ちなみにハナちゃんの学習速度はとても速くて、もうだいたい書けるようになっている。
字の方はまだ、よれよれだけど。
まあ……俺もこれ位の年齢のときは似たような字を書いていたね。
思い返すと、懐かしいなあ。
……でも、なんて書いてあるんだろうこれ。
「ハナちゃん、これってなんて書いてあるの?」
「『フクロイヌ』ってかいてあるです~」
「ギニャ?」
ん? フクロイヌ?
……見た感じ、「フクロイヌ」とは読めないけど……。
「ハナちゃん、自分には『いやむせた』って読めるんだけど」
「あえ? 『フクロイヌ』であってるです?」
「え? 『いやむせた』だよね?」
「あい。『フクロイヌ』です?」
「ギニャン」
……何を言っているのか、良くわからない。
書いてある文字は「いやむせた」でしょって聞いたら、「フクロイヌ」で合ってるとな。
……何が起きている?
…………。
――あ!
これもしかして――えるふ語の発音がこうなのでは!
エルフたちには、「いやむせた」が「フクロイヌ」と聞こえているのでは!
試してみよう! ノートに「ふくろいぬ」とひらがなで書いて……と。
「ハナちゃん、自分たちはフクロイヌを、これみたいに『ふくろいぬ』って書いてるよ」
「あえ? 『ふくろいぬ』ってかくです?」
ノートに「ふくろいぬ」と書いて見せると、ハナちゃんこてっと首を傾げる。
ひらがなは読めているみたいだけど、それが「フクロイヌ」とは通じていない。
――ということは。
やっぱり、これえるふ語の発音ぽいぞ!
ハナちゃん、自分たちの発音で文字を書いているんだ!
すごいぞこれ! 大発見だ!
……でもこれって、ハナちゃん日本語を理解してないって事だよね。
えるふ語でひらがな書いても、漫画は読めないよと。
今度からは、日本語で発音しながら書き取りしないとダメかもだ。
ちょっとお袋と相談してみよう。
「お袋、今の見てたよね。これえるふ語の発音だよ」
「……」
あれ? お袋がじっとハナちゃんノートを見ている。
というか、「いやむせた」って文字を見ているな。
「……美咲さん、どうかしましたか?」
「……」
「ミサキ、どうしたです?」
「……」
ユキちゃんが問いかけても、ハナちゃんが問いかけても……お袋は無言だ。
凄い真剣な顔をして、文字を見つめる。
お袋、どうしちゃったんだ?
「お袋、いったいどうしちゃったのさ」
「……大志、これ――ヤバいかもよ?」
お袋がぽそっと話したかと思ったら、こんなことを言う。
その顔は、真剣そのもの。
……ハナちゃんが書いたこの文字が、ヤバいってこと?
俺にはこれの何がヤバいのか、全然分からないんだけど。
「お袋、何がヤバいのさ。これってえるふ語でしょ?」
「違うわ、これなんか――」
そしてお袋が、ハナちゃんの書いた「フクロイヌ」をぷるぷるしながら指さして、言った。
「――アイヌ語の単語、ぽいわよ」
お袋の言葉を聞いて、みんな――無言になった。
びゅうびゅうと吹雪が吹きすさぶ音だけが、聞こえていた。
「ぽいですか~」
「ギニャギニャ」
でもハナちゃんは相変わらずだった。
ですよね。
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