第六話 冬の遊び
お正月三が日も過ぎて、それでも村は相変わらすのんびり。
そんな中、ユキちゃんと企画していた冬を楽しもうイベントを開催する。
「また、ふしぎなきかいがありますね」
「じてんしゃみたいな、つかむところあるな~」
「これってのりものです?」
「かっこいい!」
ダイヤモンドダスト輝く気温マイナス十二℃の中、みなさんには田んぼのある平地へ集まって貰った。
そして、みなさんスノーモビルに興味津々である。経費で買ったやつ。
一台のお値段百二十万円のすごいやつが、二台ある。
音叉のロゴが特徴のメーカー製だ。
今回このステキマシンは主役でもあり、脇役でもある。
ちなみに「スノーモービル下さい。かっこいいやつ!」ってウキウキでお店の人に言ったら「スノーモビルですよ」と訂正された悲しい思い出。
どっちでも良いじゃんね。良いじゃんね。
……まあそんな思い出はさておき、まずはこのステキなマシンの説明をしよう。
「仰るとおり、これは乗り物です。大雪が積もっていても、へっちゃらで移動出来ちゃうすごいやつです」
「やっぱり、のりものだったんですね」
『かっこいいいい!』
ヤナさんはスノーモビルを上から下からのぞき込んで、ふむふむしている。
メカ好きさんは……左腕に結んだバングルっぽい紐のおかげで、完全離脱を防ぐことが出来ている。大成功だ。
材料はその辺に落ちていたなんかの白い紐。だけどなんか効果抜群だった。
……今までの苦労はなんだったのだ……。
――おっと話が逸れた、元に戻そう。
今回の催しの趣旨を伝えないとね。
「今回は雪の上を滑る遊びをします。あの小高い所まで行って、そこからこれらの道具で滑り降ります」
隣に置いてあるスキーやらそりやら、スノボやらを指さす。
「そりはわかりますが、このにまいのいた? これをつかうのですか?」
「そうです。この靴は板に固定出来る仕組みがありまして、こうして履きます」
「あや! カチっとかいったです~」
「おおお、なぞのしくみ!」
『かっこいい!』
スキーを履いて足を上げてみせると、みなさん大はしゃぎだ。
オマケに軽く滑って見せましょう!
「はい、こうして滑ります」
「あやー! すいすいすべってるです~!」
「たのしそう!」
「じてんしゃなみに、はやい!」
軽く滑ってみせると、みなさんワーキャー大騒ぎになった。
まあ十人分しか用意していないので、交代で滑って貰うことになる。
スノボは三人分。キモカワイイ変な柄のやつが安く売れ残っていた。
「滑る人は、これを着るのがお勧めです。ただし大きさが合わない場合もありますので、そのときはこちらの雨合羽で」
ユキちゃんが貸し出し用のスキーウェアを用意してくれる。
これも変な色のやつが売れ残っていたので、お安く買えた。
全身どピンクのやつと、どぎつい黄色のやつ。……正直俺は着たくない。
でも安かったのだ。しょうがないのだ。
「すいすいと丘から滑って降りるのは、楽しいぞ~!」
そして、スキーフル装備の爺ちゃんはウッキウキだ。
ちなみにお袋と婆ちゃんは、温泉施設でシャムちゃんとのんびりである。
シャムちゃん女の子だったのねと。
「滑り方は私が教えます」
「あ、俺も教えるぞ。楽しそうだ」
今回親父がスキーのインストラクター役なんだけど、飛び入りで爺ちゃんもやってくれるようだ。これはこれでありがたい。
しかし爺ちゃん今年で八十歳なのに、ほんと元気だなあ。大丈夫かな?
「爺ちゃんやる気十分なとこ悪いけどさ、大丈夫なの?」
「二百歳までは現役だろ」
「そこまで粘るとにっぽん政府から調査くるから、ほどほどにね」
ひい爺さんの時に工作忘れていて、わりと騒ぎになったと聞く。
結局戦後の混乱期に色々ごまかして、事なきを得たとか。
まあそれはそれとして。
「今回はフクロオオカミ便にて、あの丘まで引っ張って行きます」
「あの頂上からだと結構距離がありますので、長時間楽しめますよ」
「ばうばう」
今回はリフト変わりに、木で大きなそりを適当に作ったやつを用意した。
それに乗って、丘の上で登って貰う。
そりを引く役目であるボスオオカミは、やる気十分だ。
報酬はトウモロコシとキャベツどっさり。気合いが入るというものだね。
そして目的の丘も、傾斜はそれほどでも無い。行くのも滑るのも、それほど負担は無いと思う。
万が一速度が出ても、自転車よりちょっと速いくらいだ。
「と言うわけで、第一陣をご希望の方はあちらのテントで準備をして頂ければと」
「おれ! おれやりたい!」
「わたしも!」
「ハナもいきたいです~!」
(わたしも~)
第一陣を募ったら、ワーキャーと希望者が殺到した。
はいみなさん、順番ね順番。
あと、そこのキラキラ神輿さんは……そりコースでお願いします。
神輿に合うスキーは、無いのですよ……。
「ちなみに待っている間は、このスノーモビル体験をしますよ」
「それはそれで、おもしろそう!」
「まってるあいだも、たいくつしないかんじ!」
「たのしそう!」
と言うことで、スノーモビル体験もしてもらう。滑ってもよし、待っていても良し。
冬の遊びを、思いっきり楽しみましょう!
◇
無事第一陣も決まったので、フクロオオカミ便にて丘の頂上へ。
「ではみなさん、行ってらっしゃい」
「「「はーい!」」」
(たのしみ~)
第一陣のみなさん、フクロオオカミ便に乗って丘の頂上へ向かっていった。
インストラクターは親父と爺ちゃんの二人なので、お任せして大丈夫だろう。
ちなみに神輿は空を飛べるけど、雰囲気を出したいのかフクロオオカミの頭に乗っかっている。
……まあ、神様も楽しんで下さいだ。
さて、俺は下界でもう一つのイベントを始めよう。スノーモビル体験だね。
でもその前に、ユキちゃんに講習をしないといけない。
ユキちゃんは以前からスノーモビルを操縦したがっていたので、イベントがてら講習もするのだ。
では始めましょう!
「これから、スノーモビル講習を始めるよ」
「よろしくお願いします」
「これはこれで、おもしろそう」
「いろんなのりものが、あるんだな~」
ヘルメットをかぶって完全防護のユキちゃんの後ろで、第二陣以降のエルフたちがキャッキャしている。
この講習風景もまた一つの催し。
乗りこなすのがどれだけ大変か、ユキちゃんの講習風景を見て実感してもらうわけだ。
「はい、それじゃエンジン始動するよ。パーキングブレーキ確認」
「パーキングブレーキよし!」
まずハンドル左側のパーキングブレーキを確認してもらう。
外側に倒れているので、問題なしだ。
「次はエンジン停止スイッチ確認」
「エンジン停止スイッチ確認! 位置よし!」
ハンドル右側にあるエンジン停止スイッチを、オンの位置にする。
これでエンジン始動準備は完了だ。
――では、メインスイッチをスタート!
「はい、次の手順」
「始動前確認問題なし! エンジン始動します!」
ユキちゃんがメインスイッチを、時計回りにひねる。
勢いよくセルモーターがキュルルと音を立て、すぐさまエンジンが始動。
四ストローク二気筒、四百九十九CCのエンジンが唸りを上げた。
「うわわわ! すごいおと!」
「はくりょくある~!」
「かっこいい!」
新車なので調子が良いね。この寒さだけど、アイドリングも安定している。
みなさんもうエンジンというものにすっかり慣れきっているので、怖がることも無くキャッキャしているね。
「はい手を放して」
「手を放しました!」
エンジンがかかったので、メインスイッチから手を放して問題なしだ。
さて、このまましばらく暖気しとこう。
「わわわ! 自分の手でエンジンかけられました!」
「初めてエンジンをかけるのって、緊張するよね」
「すごい緊張しました!」
二気筒の大型バイクと同じアイドリング音がする中、ユキちゃん大興奮だ。
生まれて初めて自分でエンジンをかける、これは結構達成感があるね。
それじゃ次は、後ろに乗って体験してもらおう。
「まずはユキちゃんに後ろに乗って貰って、乗った感覚を体験してもらうよ」
「はい!」
「ユキちゃんを乗せた後は、お待ちのみなさまも乗って頂きます」
「「「はーい」」」
では、次の行動に移りましょう! スノーモビルにまたがってと。
「ユキちゃん、後ろに乗って腰につかまってね」
「はい!」
ユキちゃんがひょいっと後部座席に乗り、わずかにサスペンションが沈む。
じゃあ次はインカムだ。
運転中は同乗者の声が聞こえないので、ヘルメットにインカムを仕込んである。
バイク用の高性能なやつで、五十メートルまでなら通話可能だ。
「ユキちゃん、インカムのスイッチ入れて」
「少々お待ち下さい」
ピッピッピッという音がヘルメットスピーカーから聞こえてきて、相互接続完了だ。
これで無線通話が可能になった。
『……はい、どうですか?』
「問題なし、聞こえるよ」
『こちらも聞こえました。問題なしです』
インカムの動作確認も完了したので、あとは発進するだけ。
では、パーキングブレーキを内側に倒して……と。
これで発進準備完了だ。
では――出発!
「発進するよ!」
『はい!』
スノーモビルはバイクと似ているけど、違う部分もある。
ハンドル右側にアクセルがあるのは一緒だけど、捻る方法ではなくレバーなのだ。
このレバーを人差し指で絞って、アクセルワークをコントロールする。
というわけで、ハンドル右側にあるアクセルレバーをちょっと引く。
エンジンの回転が上がってクラッチが繋がり……グイっと車体が前進を始める。
スノーモビルのクラッチはいきなり繋がるから、発進はちょっと慎重にだ。
『わわ! グイっと来ますね!』
「このままスピードあげるよ!」
アクセルレバーをじわじわ引いて、速度を上げる。
そして大回りでターンし、時速二十キロくらいでぐるぐる回る。
『速いですね! これは楽しいです!』
「体重移動、だいたい感覚分かったかな?」
『もうちょっと……ですかね』
「じゃあもう二周ね」
『はい!』
そうしてぐるぐる回って、元の位置へ。
念のためエンジンを停止し、パーキングブレーキをかけてから降車する。
さて、ユキちゃんの感想はどうかな?
「ユキちゃん、どんな感じだったかな?」
「後ろに乗っているだけでも、楽しいですね!」
「じゃあ次は、他の人を乗せている所を見ていてね。自分がどう体を動かしているか、それで掴んで欲しい」
「はい!」
スノーモビルから降りると、ユキちゃん大はしゃぎだった。
バイクの二人乗りに近い感覚だから、けっこう爽快感あるんだよね。
それじゃ、次はエルフたちにこの爽快感を味わって貰いましょう!
「はいみなさん、次はみなさんに乗って頂きたいと思います。順番にどうぞ」
「まってました!」
「けっこうなはやさがでるとか、ふるえる」
「たのしそう~」
キャッキャしたり、ぷるぷるしたりするエルフたちだ。
でも、なんだかんだ言って行列を作っている。
それでは、先頭の人から乗せていきましょう!
◇
「すげえたのしい!」
「あんなにはやくはしれるとか、すてき!」
「じてんしゃよりはやい!」
一通り乗ってもらった結果、エルフたち大興奮になった。
速さを怖がっていたステキさんも、手のひらくるりだ。
キャッキャと、また行列に並んでいるね。
「ユキちゃん、見た感じどうかな?」
「なんとなく分かりました」
「一人でも大丈夫そうかな?」
「ええ! 出来ると思います!」
ユキちゃんに出来るかどうか聞いてみたけど、本人はやる気十分だね。
それでは、次はユキちゃん単独で動かしてもらおう。
「じゃあユキちゃん、今度は操縦してみよう」
「はい!」
ユキちゃんもうノリノリで、二台目のエンジン始動を行う。
ちゃんと始動前確認をして、指差し確認をして。
無事エンジンを始動出来ました。
「これがアクセル、これがブレーキね。アクセルはゆっくりじわじわと絞ること」
『わかりました!』
「ブレーキも、じわっとね。いきなり握ると危ないから」
『はい!』
俺は後ろに乗り込んで、各部の操作方法を教える。
ユキちゃんは指差し確認をしているけど、ちょっと手が震えているかな?
かなり緊張しているね。
「はい落ち着いて。何かあっても自分が何とかするから、大丈夫だよ」
『わかりました』
「じゃあ発進してみよう。パーキングブレーキ倒して」
『パーキングブレーキよし!』
「はいアクセル引いて」
――緊張の瞬間。
みんなも固唾を飲んでユキちゃんの自走を見守る。
インカムから、ユキちゃんの緊張の呼吸だけが聞こえる。
がんばれ!
『発進します!』
ユキちゃんが覚悟を決めて、右手人差し指をアクセルにかける。
エンジンの回転数が上がり、やがてクラッチがつながり――。
『――動きました! やったー!』
よし動いた! じわじわとだけど、確かに前進している!
と同時に、インカムからユキちゃんの嬉しそうな声が聞こえる。
この調子で、操縦を続けてもらおう。
「よーし問題なし。そのままの速度で一周してみて」
『はい!』
のろのろとだけど、危なげなくスノーモビルは前進していく。
『わ! わ! アクセルの加減が難しい!』
……たまに前後にガクガクっとなるけど、それはご愛敬。
スノーモビルは、バイク並にアクセルワークが繊細だからね。
ミリ単位の操作で、敏感に回転数が変化する。これはまあ、慣れるしかない。
とりあえず、腕の力を抜いてもらおう。緊張でガッチガチだからね。
「はい腕の力を抜いて。軽~く、軽く。腕は添えるだけ。グリップは小指と薬指で軽く握る」
ガチガチに腕が伸びているので、右腕の付け根をぽんぽんと叩く。
腕は添えるだけで、全部の指で握らず小指と薬指だけで握る。
この辺もバイクと同じだ。腕や手がガチガチだと、繊細な操作ができない。
『ふ~……』
インカムから深呼吸の音が聞こえてきて、車速が安定した。
お、力が抜けたね。
「じゃあ次は旋回ね。やや内側に体を傾けて、ゆ~っくり」
『はい!』
インカムから聞こえる、ユキちゃんの呼吸がまた荒くなった。
はい落ち着いて。
「はい力抜いて。楽に、楽~に。普段自転車に乗るくらいの気楽さで。大したことないさ」
背筋がピンと伸びてガチガチなので、両肩を軽く叩いてあげる。
すると、ピンと伸びていた背筋がふわっと丸まり、理想的な乗車姿勢に戻った。
そのままゆるりと旋回して――元の位置へと帰還。
――良く出来ました!
「良く出来ました。あとは繰り返しだね」
「ありがとうございます! 最初は怖かったですけど、だんだん楽しくなってきました!」
ヘルメットを外したユキちゃん、表情が「ぽわん」となっている。
もの凄い達成感を得られたようだ。
「あとは繰り返し練習だね。次は自分の後を付いてきてくれるかな」
「はい!」
ということで、行列エルフを乗せながらユキちゃんのスノーモビル講習を続行だ。
一時間もやれば、ある程度乗れるようになるだろう。
◇
「タイシタイシ~、ハナ、けっこうすべるのうまくなったです~!」
(これ、たのし~!)
スノーモビルイベント兼講習会の休憩中、ハナちゃんたちが滑ってきた。
ハナちゃん、もうボーゲンはマスターしてらっしゃる。
すいすいとこっちまで降りてきたね。
そして神輿がそりに乗って、ハナちゃんと一緒にキャッキャと降りてきた。
……神様、平地でもそのまま滑ってきてますね。
神様動力で動かしてませんか?
「ハナ……ちょっとまって……おいてかないで……」
その後を、ヤナさんが生まれたての子鹿ボーゲンで続く。
生まれたての子鹿ボーゲンとは、足がぷるっぷるで立っているのが精一杯の状態のことを言う。かわいい。
そんなヤナさん、ハナちゃんに置いてかれまいと、なんかもう一生懸命だ。
ちなみにスキーウェアは全身ピンクのやつ。
「これはたのしいですね! きもちいいです!」
それとは対照的に、カナさんはスノーボードですいっすいと降りてきた。
お絵かき大好きでインドア派に見えたカナさん、実は運動神経良いね。
こっちのスキーウェアは、どぎつい黄色のやつだ。
「おう大志、こっちは全員降りたぜ」
「そっちはどうだ? ユキちゃん、スノーモービルに乗れるようになったか?」
「ユキちゃんはもうバッチリだよ。センス良いね」
爺ちゃんと親父も、すいっすいと降りてきた。
これで全員帰還したみたいだ。
「たのしいな~これ」
「すべるの、そうかいなの」
「またすべりたい」
他のみなさんも、スキーはとても楽しめたようだ。
まあみなさんボーゲンだけど、それでも滑るのは楽しいからね。
さて、第一陣の方々には、次にスノーモビル体験をしてもらおう。
「降りてきた方々は、次はスノーモビル体験です」
「私も乗れるようになりましたので、大志さんと二人で担当します!」
ユキちゃんウッキウキで、スノーモビル担当に名乗りを上げる。
もう時速二十キロですいすい操れるようになったので、大丈夫だね。
「それじゃあ俺たちはまた丘に行くから、みんなを頼んだ」
「ばうばう」
「はいはい! じゅんびできました!」
「たのしみだわ~」
「いってらっしゃいです~」
第二陣が準備出来たようで、またフクロオオカミ便で丘の上に向かっていった。
俺たちは引き続き、スノーモビル遊びをしましょうかね。
「タイシタイシ~、ハナものりたいです~」
「それじゃあハナちゃん、自分の後ろにのって腰につかまってね」
「あい~!」
フクロオオカミ便を見送っていると、ハナちゃんがぽてぽてとやってきておねだりだ。
よーし、ハナちゃんを乗せてぐるぐる回ろう。
(わたしも~)
おっと、神輿が俺の服の中に! 冷たい! 神様冷え切ってて冷たい!
コッチコチ神輿が俺の体温を奪っていくよ!?
「私はカナさんを乗せますね」
「おねがいします!」
冷え冷え神輿に体温を奪われぷるぷるしていると、ユキちゃんもイベントを始めるようだ。
後ろに乗っているカナさん、もうウッキウキである。
ちなみにユキちゃんもウッキウキだ。すっかりスノーモビルの虜だね。
それじゃ、スノーモビル体験会、開始だ!
体を動かせば、この冷え冷え神輿も乗り越えられるはず!
「じゃあ神様とハナちゃん、発進するね!」
『あい~!』
(どぞ~!)
ヘルメットのインカムを通して、ハナちゃんのキャッキャした声が聞こえる。
神輿も服から顔を出して、もぞもぞ動く。そして冷たい。
……。
――では、ぐいっとアクセルを絞って――さあ発進だ。
『あや~! これはたのしいです~!』
(たのし~!)
ハナちゃんもう大はしゃぎだね。
背中越しに、ハナちゃんがウキウキしている動きが伝わってきた。
あと神輿が顔を出している隙間から、風がビュンビュン入ってくる!
さささ寒い!
――しかしこれでへこたれてはいけない。
もっと速度を上げるのだ!
「ハナちゃん、もうちょっと速度を上げちゃう?」
『あい~! はやくするです~!』
「じゃあ速度を上げるよ!」
『わーい!』
ちょっとだけ速度を上げて、時速三十キロに。
道路上だと原付程度の速度だけど、雪上だと相当速く感じる。
ヘルメットがビュンビュンと風切り音を立てるので、けっこう迫力がある。
あともの凄く寒い!
『このはやさ、そうかいです~!』
「ハナちゃん、これからぐるっと回るからしっかり掴まってね!」
『あい~!』
(だいはくりょく~!)
ハナちゃんと神輿は大喜びだね。俺は寒くてぷるぷるだけど!
そうしてしばらく走っていると、遠目にカナさんを乗せた二号機の姿が見えた。
『ハナー! こっちよー!』
インカムからカナさんの声が聞こえてきて、こっちに手を振っている。
ハナちゃんに、手を振り返してもらおう。
「ハナちゃん、お母さんに手を振ってあげて」
『あい~! おかあさ~ん! こっちです~!』
『ハナ、たのしいわねー!』
『あい~!』
『大志さん、こっちも順調ですよ!』
ちょっと離れて、仲良く併走だ。ハナちゃんとカナさんはもう、ウッキウキで手を振り合っている。
ユキちゃんもノリノリだね。
(ども~)
『あら、かみさまもいっしょなのね!』
あああ! 神輿が身を乗り出したから余計に風が! 冷たい風が服の中に!
上半身裸で走っているみたいに寒い! そして今気温マイナス十二℃!
助けてー!
――――。
とまあ寒さに耐えるというハプニングはあったが、楽しくスノーモビル体験を提供した。
走り終わった後は服の中が凍っていたけど、俺は元気です。
……。
まあその日は夕方まで、スキーとスノーモビルイベントを催した。
参加者のみなさんは大満足のご様子だったので、第二回を企画しましょうかね。
めでたしめでたし。
――そして翌日。
「お、おおお……からだが……」
「タイシ~、からだが、からだがいたいです~……」
「きんにく、きんにくがビリビリ……」
イベント参加者のみなさん、無事全身筋肉痛になりました。
初スキーの洗礼、無事通過だ。
聞くところによると、誰もが経験する通過儀礼らしいですよこれ。
俺は筋肉痛になったことが数えるほどしかないので、良くわからないのだけど。
「た、大志さん……す、スノーモビルでも、筋肉痛になるのですね……」
そしてユキちゃんも全身バキバキに。
そうなんです、スノーモビルも筋肉痛になるらしいです。
バイクとよく似ていて、とくに太ももが筋肉痛になるそうだ。
というわけで、参加者全員が筋肉痛でゾンビみたいな動きをしている。
これは温泉に浸かって、体をほぐせば多少はマシになるかもね。
みんなで温泉に入ってもらおう。
「筋肉痛のみなさんは、温泉に入って体をほぐしましょう」
「う、うごけないです~……」
「わ、私もちょっと……」
ハナちゃんとユキちゃんは、移動を断念したみたいだ。一番はしゃいでいたからね。
筋肉痛の度合いもかなりの物だろう。ロボットダンスみたいな動きしてるし。
……。
しかし放置するのもアレなので、二人は俺が温泉施設まで運びましょう。
入り口から先は、自分でなんとかしてね。
「二人とも、自分が入り口までは運ぶから、そこから先は自力でなんとか」
「あい~……なんとかするです~」
「こ、これはコレで美味しいイベント……!」
二人を抱え上げると、なんだかユキちゃん大喜びになった。
「フフフ……ケガの功名」
良くわからないけど……まあ喜んで頂けたなら何よりだ。
それじゃ、温泉施設に行こう。
(おんせん……おんせん……)
……ん? なんだか謎の声が。
あ、なんかちゃぶ台の上で神輿がピクピクしている。
どうしたんだろう?
(きんにくつう~……)
――神輿も筋肉痛になるの!?