第三話 男のしょっぴんぐ
親父と温泉でさっぱりした後、俺はいったん家に帰って腰を落ち着けた。じっくりと、これからの食料をどうするか考えよう。
まず何を差し置いても、とにかく食料だな。それが無いことには、何にもできない。
今は春なので、里山から採れる炭水化物は限られる。芋を掘るか、野生化した雑穀を集めるか。いずれにしても、三十人を支えるほどの量が毎日採れるとは思えない。
とにかく炭水化物だ。それをどこかから調達しないと、食料不足に陥る。
かつ、一定の期間もたせるだけの物量も必要かと思う。
物量がないと毎日食料調達に忙殺されることになり、それ以外何もできなくなる。そしてそこまでやっても、食料が足りないといった事態に陥る。即ち、農業に人手を割くことが出来なくなる。
結果、食料不足はいつまでも解決できずに、冬を迎えてアレな事になる。これは絶対に避けたい。
目指すところは自給自足であるし、できるだけ農業に集中できるような環境を作る必要がある。
冬を越せ、翌年も十分な収穫を得られるくらいの種を得られれば、村をエルフ達だけで維持できるようになる。あわよくば、村の発展すら狙える。
そうするためにも、まずは安定した食料供給、という一歩が肝となる。ここで手を抜いてはいけない。
なにより、おなかを空かせていたハナちゃんの姿と、同じくおなかを空かせて声をかけてきたヤナさん達。あの姿をまた見るなんて事には絶対にしたくない。
さて、それではどうやって安定して、食料を供給するかだ。
家に余っている米を提供しようか。いや、現状では難しい。米の調理はそれなりに時間もかかり、器具も必要になる。
米は、アルファ化させ、食べられるようにするのに時間がかかる食料なのである。生米の状態からリゾットもしくは雑炊を作ると、これが良くわかる。お米を美味しく炊くにも、大体四十分水に浸さないといけない。このことから、今村にある調理器具だけでは厳しいかな、と思う。
ガスコンロが四つしかない今の状況で、約三十人分の米を一気に調理し、副菜もつくる。これはちょっと、手間と時間的に厳しい面がある。
そう考えると、仕込んでおきさえすれば、すぐに調理が住む小麦粉かな。これが今のところ、もっとも負担が少ない。
まずは小麦粉を一か月分ほど提供して、簡単な料理を自分たちで作ってもらうようにしよう。
そうやって時間稼ぎをしながら、全家庭分の調理器具を揃えていこう。調理器具さえそろえば、今やっている炊き出し方式から、各家庭で調理してもらう方式に切り替えられるはず。
そうすれば、米も有用な食糧にすることができるんじゃないかな。
謎の原理を使う、火起こしの達人も居る事だし。
ちなみに諦めないでやっても、俺には無理だった。どうしてもボッてならない。無念。
……ボッてならないのはさておき、小麦粉を大量に調達する方針で行こう。
つまりお金で解決する。楽ちん!
実も蓋もないけど、結局これが手っ取り早い。最初にアレコレ考えてたのは殆ど無駄な時間だったな……。
とはいえ、お金で解決するならそれはそれで、できればお安く買いたい。俺の貯金だって無限じゃない。
お安く大量に買うにはどうすればいいか……。業務用スーパーで買うより、直接卸に発注するのが量も買えてお安く済むかな? しかし卸とのツテは無い。どうしたものか。
……そういえば高校時代の同級生で、実家が製麺業を営んでる友人が居る。小麦粉の良い調達先も、あいつなら知っているんじゃないかな。知ってたらいいな。知ってるよね。知ってるに決まってる(断定)。
よし! 電話を掛けよう。
「もしもし山本? 元気してた?」
『大志か。久しぶりだな』
「久しぶり。実はちょっと、山本に相談があってさ」
『お前が俺に相談て珍しいな、いったい何を相談したいんだ?』
相談には乗ってくれるようだ。俺は単刀直入に、要件を告げた。
「小麦粉をとりあえず……五百キロ程買いたいんだけど、なんかいいツテないかと思って」
沈黙。
小麦粉を五百キロというのは、三十人弱の人間を一か月養えるだけの量である。その分量を告げた途端、電話の向こうから応答が無くなった。まあいきなり五百キロだ、固まっても無理はないか。
暫くそのまま待つと、ようやく解凍したのか応答が返ってくる。
『とりあえず五百キロて……。一体何を始める気なんだよそれ』
さすがに業者でもないのに、個人で五百キロはあきれたか。俺でも、こんな話をいきなり切りだされたら、意味も分からず動揺するか、あきれるだろう。当然の反応だな。
「人助けだよ人助け」
エルフに食料援助するんだよ、なんて言えるわけも無いので、人助けでお茶を濁す。これで押し通すのだ。
『またお前んち変なことやってんの? 昔そんなこと言って豆炭を大量に買ったせいで、お前んちに警察来てたよな』
小学生のころの話だな。まだ覚えてたか。可燃物を大量に個人が買ったんだから、通報されもする。
その時は親父が警察を言いくるめたらしいが、いったい何をどうやって言いくるめたのか、今でも謎だ。
「そんなわけで、山本に相談することにしたんだ」
都合の悪いことは、聞かなかったことにする。割とこれで押し通せる場面は多い……といいな。
『俺の疑問はスルーかよ。まあ何がそんなわけでかは知らんが、うちんとこの小麦粉卸してやろうか?』
うちんとこの小麦粉? 製麺用に仕入れたやつを分けてくれるのかな? 聞いてみよう。
「製麺用の奴分けてくれんの?」
『いや、お前知らないみたいだけど、俺んち小麦粉卸が本業だぞ? 製麺業は副業だ』
知らんかった。しかし、山本の友人は俺を含めその他大勢、製麺業が本業だと思っていたはずだ。屋号も製麺が付いているし。
「副業の方が儲かってそうなんだけど、俺の気のせいかな」
『痛い所を……発注ミスで大量に来た小麦粉を、どうするか悩んだ末、じいさんが製麺やりだしたのが始まりなんだよ。そしたらそっちの方が人気でちまった』
あるよねそういうの。おまけの方が人気出ちゃうあれ。
「なるほどね。でもちょうどいいな。頼んじゃっても良いか?」
『良いぜ。友達価格にしてやるから、粉の種類を指定してくれ。納期と価格は種類で決まるからさ』
粉の種類か……中力粉でいいかな。
なぜ中力粉かといえば、用途が幅広くて便利だからだ。やろうと思えばこれでパンも焼ける。
ちゃんと用途に合った種類で作ったものには負けるが、薄力粉と強力粉の用途をどっちも、割とカバーできるのが中力粉の良い点だ。
「じゃあ中力粉の安いやつで頼む。国産輸入問わない」
産地を選ぶ余裕はないので、ここは問わないことにした。とにかく量が必要だから、値段の安い物しか選択肢が無い。
『ちょっと待ってろ……五百キロで……大量購入だから割引して……税込六万六千円でどうだ』
お友達価格のお蔭か、思ったより安い。金額は問題ないな。後は納期か。
「金額は問題ない。納期は?」
『一番安いやつは在庫が少なくてな、まあ百キロなら今日納品できる。残り四百キロは発注かけるから三営業日後になるな』
百キロあれば一週間分以上になる、これも問題ない。お願いすることにしよう。
「よし、それでお願いしたい。助かるよ」
『いいってことよ。じゃあ商談成立だな。百キロは今日中に取りこいよ』
「昼過ぎに行くわ。支払いはその時現金で。五百キロ分一括で払うからさ」
『わかった。まいどあり』
商談を済ませて電話を切る。これでとりあえずの主食は何とかなった。今後は小麦の消費量を見ながらその都度発注をかけていこう。
今回は時間的余裕がないし、消費量もわからないから五百キロに留めたが、これで時間的余裕ができる。次は一トン位発注かけようかな。そうすれば、もうちょっと安く調達できるだろう。
主食の問題はお金で解決したので、次に必要なものは何か考えてみよう。
調味料は前回持ち込んだから、しばらく持つとして……。あとは山菜だけでは厳しいな。すぐに収穫できる野菜も何種類か栽培してもらえば、より生活が安定すると思う。
簡単に栽培できて、すぐに収穫可能な野菜。候補としてはスプラウトが代表的か。すぐに思いつくのは、かいわれ大根だ。種を撒いて、早ければ一週間で食べられる。豆もやしも良いな。とりあえず、この二つは採用だ。
後は何がいいかな……。自宅の家庭菜園で適当に栽培しているもので、割と良かった奴を思い出してみる。
……二十日大根と、サラダミックスが良かったな。
二十日大根は、文字通り二十日程度で収穫でき、手間もかからない。根っこも葉っぱも食べられる。
サラダミックスは一種類ではなく、数種の漬菜種子を混ぜたもので、これは二週間~三週間程度で収穫でき、複数回の収穫が可能。ものによっては、一年中収穫し続けられる優れものだ。
これらの栽培が簡単、かつ収穫が早い野菜で感触を掴んでもらい、その後、本格的な野菜と穀物の栽培に繋げられたら良いなと思う。
言わば本格的に農業を始める前の練習にもなって、一石二鳥なのではないだろうか。
何より自分たちの手で栽培して、自分たちで収穫した野菜。これを日々の料理で食べたりすれば、エルフ達も実感が持てるだろうと思う。
こういう経験は、お金では買えない。
よし、だんだんと具体的な方針が固まってきたな。この調子で一つ一つ、問題を片付けて行こう。
俺は種の調達の為、ホームセンターへ向かった。
バイパス沿いにいくつもホームセンターがあるので、より取り見取りだ。とりあえず車で五分程度のところにある、全国チェーンのホームセンターに入る。
ホームセンターは品ぞろえが豊富で、たまに来ると楽しい。ついついキャンプ用品とか見てしまう。
お! よさげなバーベキューセットがあるな。欲しいな。お値段はお幾ら?
何このクーラーボックス、ソーラーパネルで動いちゃうの?! これも欲しいな。
あ、そういやダクトテープ切らしてたんだった。買いだめしとこう。ついでにカー用品も見ておこうかな。
……ん? 俺ここに何しに来たんだっけ?
◇
いろいろ寄り道してしまった。とりあえず園芸コーナーで、豆苗とかいわれ大根水耕栽培キット、ミックスサラダの種子を大量買いする。他の種は家に沢山あるので、明日出発前に車に積めばいいか。
どっこいしょと車に積み、次は百円均一の店に行く。ここではスコップやじょうろ、プランターなどの園芸用品を八世帯分そろえた。意外と百円均一の園芸用品は、品ぞろえも在庫も豊富だったりする。
種と園芸用品は一通りそろった辺りで昼過ぎになったので、小麦粉百キロを引き取りに行く。
やっぱり何度見ても、屋号は製麺だ。これで小麦卸が本業など誰が気づくのだろうか。卸は基本的に業者相手の商売だから、別に問題は無いのだろう。
気を取り直して、店に入っていく。
「お、来たか」
「久しぶり。元気してたか」
「ああ、お前も元気そうだな」
一通り息災なのを確認したところで、本題に入る。
「それで、今日納品分の小麦粉は?」
「そこにある」
山本が指さした先には、二十五キロで一袋の小麦粉が、四袋積んであった。輸入小麦粉で中力粉、問題なし。これで一週間は持つので、ほっと一安心だ。
割と無理なお願いを聞いてくれた友人に、お礼を言う。
「急な発注受けてくれて助かったわ。残りが届いたら電話くれ」
「いいってことよ。電話はお前の携帯でいいか?」
「それで頼む。はい、これ代金」
「まいどあり」
会計を済ませしばらく雑談した後、お暇することにする。仕事の邪魔しちゃ悪いからな。
「それじゃ、そろそろお暇するわ」
「ああ、また来いよ」
おもむろに小麦粉の袋四つを抱え上げ、車に積むと、山本が呆れた様子で言ってきた。
「……相変わらず怪力だな。それ百キロあるんだぞ? どうして持てるんだよ」
「百キロだろ? 重いと言えば重いけど、言うほどじゃないだろ」
「お前それおかしいから……」
おかしいかな? うちの家系じゃこれが普通だから、良くわからん。見送ってくれた山本に手を振り、家に向かって車を走らせる。とりあえず、今日やらなければならないことは全部終えた。
さて、これで村はしばらくは持つはずだ。基礎が整う、とまではいかないが、ずいぶんマシにはなるのではないかな。
エルフ達には、これから色々なことを覚えてもらう必要がある。明日からまた忙しくなるが、また彼らに会えると思うと、楽しくなってくる。
さて、エルフ達は今頃、何をやっているだろうか。夕食の準備でもしているのかな?