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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第十三章 エルフだってできるもん!
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第五話 さりげなさが大事


 トリプルマッチョをお見舞いされて、体の疲れも取れたところで。

 改めて平原の焼き物五人組に、無名異焼き研修を持ちかけた。

 もちろん、極寒の離島という見知らぬ異郷で泊まり込みという話含めて。

 そしたら――。


「やります!」

「しらないところにいけるなんて、ついてる~」

「むしろ、たびができるおまけつき!」

「わくわくするな」

「やったー!」


 ……逆に喜ばれてしまった。

 そうだよね、旅好きな人たちだったね。忘れてた。


「……両者合意が取れたので、細かい日程や料金などを詰めます」

「おてすうおかけします」

「たのしみ~」

「すっごいやきもの、やけるようにがんばる!」


 とりあえず、俺も一緒に佐渡に行ってしばらく様子を見る必要はあるかも。

 陶芸おじさんところに顔も出したかったから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。


「タイシ、なんかおおごとです?」

「かなりの大事(おおごと)になったね。でも、ハナちゃんの提案が、とうとう実を結ぶよ」

「タイシのおてつだい、あんまりできなかったです~」


 ハナちゃんの提案は、もうハナちゃんの手を離れて大事に発展してしまった。

 たしかに、ハナちゃんが手を出せる部分があんまりない。その辺が残念なようだ。

 でも、それはそれで良いんだよ。


「ハナちゃん、それは問題ないんだよ。ハナちゃんがいい提案をしてくれたから、みんながんばろうって思ったんだ」

「そうです?」

「そうだよ。一つの提案がみんなを大きく動かすというのは、良くあるんだ」

「あや~、よくあるですか~」


 ほんと良くあるね。重要なのは、思いつけたかどうかだ。


「今回重要だったのは、この提案を思いつけたかどうかなんだよ。だから気にすることはないんだ」

「それをきいて、ひとあんしんです~」


 言いだしっぺなのに手伝いが出来ないことに、ハナちゃんは不安を抱えていたようだ。

 責任感のある、良い子だね。

 今は安心できたのか、にこにこ笑顔でエルフ耳をぴこぴこさせている。


「そんなに責任感を感じなくても大丈夫だよ。安心してね」

「あい~」


 さて、あとは大人がする仕事だ。

 ハナちゃんはのびのびしてもらって、俺たち大人が動かないとね。


 ――そしてその日の夜のこと。

 自宅で親父に今日の出来事を報告する。

 話が大きくなってきただけに、俺一人で勝手に動くのはよろしくないからね。


「へえ、佐渡に焼き物研修か。楽しそうじゃないか」

「楽しそうかな?」

「そりゃそうだろ。プロが付きっきりで、伝統技法を教えてくれるんだぜ。そんなの普通は無理だよ」

「言われてみれば、そう考えられるね」


 俺は焼き物とか良くわからないけど、親父は焼き物好きだからかな。

 どうやら無名異焼研修が、とても楽しそうに見えているらしい。

 たしかに……興味のある人なら、すごいイベントではないだろうか。


「あのダークエルフたちが結構うらやましいよ。俺も参加したいくらいだ」


 グイっとビールを飲みながら、親父がそんなことを言った。


 ――言ってしまったのだ。この俺の前で。

 ふふふふふふ。


「じゃあ親父も参加しちゃう?」

「お?」

「海の幸に温泉に、そして――陶芸三昧」

「おお?」


 俺は、身内にも容赦なく悪魔のささやきをする男なのだよ。


「今は農閑期で仕事も少ないし、法具の製作も納期はたっぷりあるから――趣味に走っても、良いのでは?」

「おおお?」

「プロに伝統技法を教えてもらえる、この千載一遇のチャンス――逃す手はない」

「おお! おおおお!」


 親父が前のめりになった。あと一押しだな。


「おまけに、まわりには――焼き物大好きな仲間が!」

「――なあ大志、俺も参加していいかな?」


 はい落ちた。

 というか、親父にはちょうどいい休暇になるよね。

 いっつも大変な仕事を手伝ってくれるんだから、たまには好きなことしてもらいたい。


 それに佐渡に研修に行く焼き物エルフ五人も、頼れる人が出来る。

 もちろん俺もちょくちょく顔を出すけど、常に一緒にいてくれる人がいたら心強いだろう。

 親父だって、「焼き物大好き仲間」のくだりで落ちた。

 趣味仲間と焼き物できて、親父的には楽しいかもだ。

 佐渡の焼き物修行、楽しんできてほしい。


「じゃあ親父も参加する方針で、計画立てるね」

「ああ。ただ……会社の決算どうする?」


 そろそろ、そっちの準備も始めたほうが良いな。

 とはいえ、毎月ちゃんと入力しているから慌ててする作業もない。

 大体の事は、俺がやっとこう。


「それは俺がやっとくよ。最終確認は、いつもの税理士さんにお願いするけど」

「なにからなにまで、悪いな」

「そんときは親父にもデータ送るから、確認だけはしてほしい」

「ああ、問題ない」


 親父、楽しそうな顔になったな。焼き物研修が楽しみなようだ。

 それじゃあ、親父と一緒に計画を練ろう。


 そして翌日計画は完成。ひとまず一週間研修して様子をみることになった。

 この一週間の結果をもって、今後の方針を再検討することになる。

 親父も同行して一緒に焼き物研修をうけつつ、平原の焼き物五人組をサポートする役割だ。


 この計画を平原の人たちに相談すると、問題ないとの回答が。

 というか……平原の人たちは異世界を旅できるので、むしろそれがそれが良いと大はしゃぎになった。


 ただ、ある程度のちたまルールを知らないと厳しい。

 そんなわけで、二日に渡る「ちたませいかつ」研修も行う。

 してはいけないこと、していいこと、ちたまにっぽんの倫理観。

 それに交通ルールや、お買い物の方法、ご近所づきあい等々。


「こっちって、きまりごとがおおいのね」

「みちわたるのも、ひとくろう」

「やきもののためなら!」

「あたま、こげそう……」

「やまとかとちとか、かってにはいったらだめなんだ~」


 座学を受けた平原の五人組は、頭が「ぷしゅ~っ」となった。

 詰め込み教育だからね。どんどん詰め込んじゃうよ。


「あと親父、出身国を聞かれたらどうしよう」

「その場その場で適当な事言っておく」

「それで大丈夫なの?」

「安心しろ、これで今まで何とかなった」

「不安しかない」


 そうして三日ほどドタバタして、ようやく出発日となった。


「大志、村をよろしくな」

「がんばるよ。親父も、この人たちをよろしく」

「ああ、任せてくれ」


 田んぼのある場所の平地にて、出発を見送る。

 焼き物五人衆も、マイクロバスに乗ってウッキウキだ。


「たのしみだわ~」

「あこがれのじどうしゃ!」

「なか、すごいわね!」

「たびがはじまるぞ~」

「ほんで、どこにいくんだろ」


 行先は佐渡ですよ。

 冬の日本海という、ダイナミックなちたまの自然を体験下さいだ。

 まあここまでは計画通り。しかし――。


「――俺もちょっくら、冬の日本海を楽しんでくるな」

「高橋さん、みんなをお願いね」

「ああ」


 何故かマイクロバスは二台である。

 その二台目のマイクロバスには、高橋さんが運転手だ。

 高橋さんは親父たちに便乗して、冬の日本海を楽しんでくる。

 それだけなら、マイクロバスは二台いらない。

 でも、何故か二台いらっさる。その理由とは――。


「おさかな、たのしみだねえ」

「ゆきってやつ、すっごいふってくるんだって!」

「わくわくする~」

「おんせん、たくさんあるんだって~」


 ――他の方々も、佐渡観光したいと言い出したためだ。


 佐渡について説明したら、焼き物五人組以外の方々も行きたがってしまったわけで。

 観光客向けに、二泊三日の佐渡ツアーが組まれてしまった。

 平原の族長さんやら、あっちの森の人も参加しちゃっている。

 もうほんと、大事(おおごと)になったでござるよ。


「ほんじゃ、行ってくる。なんかあったら連絡するわ」

「行ってらっしゃい」

「「「いってきまーす!」」」


 そんなこんなで、焼き物五人衆以外に十五名ほど佐渡へと向かって行った。

 マイクロバスが見えなくなるまで、手を振る。


 ……佐渡のみなさん、ご迷惑をおかけしますだ。

 右も左も、ちたまも分からない観光客なので、優しくしてね。


 その後、親父から色々道中の様子がメールで送られて来た。

 メールの内容はこうだ。


”高速道路で速さのあまり数名気絶”

”フェリーを見て全員気絶”

”ジェットフォイルの速さを見て全員気絶”


 ……楽しそうで、何よりです。

 彼らの研修旅行、上手くいけばいいな。



 ◇



 無名異焼き騒動がおさまった? ので、彼らが持ってきた増幅石やら金粒やらを精査する作業に入る。

 たぶんかなりの額のおつりが出るだろうから、その分は現金なり手形なりにして返さないといけない。

 そんなわけで、ストーブを炊いてぬくぬくの集会場にてユキちゃんと作業をする。


「寒い中ありがとうね。今度またお礼はするから」

「それは楽しみです……フフフ」


 ……なんだか隣に座るユキちゃん、距離が近い気がするけど。

 あと、俺が出来る範囲でのお礼だからね。出来る範囲で……。


 とまあユキちゃんと軽く雑談しながら、ぼちぼちと集計をしていく。

 隣の部屋では、神輿と妖精さんが仲良くおねむしていたりするので、声は抑えめ。

 このまま静かに作業をしよう。


「増幅石は、小粒なのがたくさんですね」

「暇を見つけては、集めてたらしいよ」

「これだけの量を集めるのは、大変かもしれないですね」

「彼らが、それくらい本気だってことだね」


 焼き物五人衆が一生懸命集めた、小粒だけど大量の増幅石。

 小さい物は安い値段になってしまうけど、ちりも積もればなんとやら。

 彼らの焼き物研修は、金銭面での問題は出ないだろう。

 お土産を沢山買えそうなくらいは、余剰金は出るはず。

 買い食いだってしたいだろうから、彼らにお金を渡せるよう急いで集計作業を終えよう。


「そういえば、(きん)はかなり貯まったと思いますけど、これどうするんですか?」


 増幅石の重量を計測していると、金の査定をしていたユキちゃんが話しかけてきた。

 確かに、今まで受け取った金粒は相当な量になっている。

 村ではそれなりに値崩れしているくらい、みんな沢山持って来てくれる。

 これをどうしているか、ちょっと話しておこう。


「実はもう既に、純金仏像とか硬化純金(ほこ)とかにして、納品済みだったり」

「あ、もう現金化されてるんですね」

「おかげで今年は、法人税すごく取られるよ。まあかなり儲かりました」

「それは良かったです。大志さんの持ち出し、かなりの額みたいでしたから」


 現金化してあることを伝えたら、ユキちゃんもほっと一安心の様子だ。

 まあ実際、村に投資した額はほぼ回収できてしまっている。

 あんまり儲けるつもりは無かったけど、時期が良かったということで。

 この儲けは……経費として計上できる物品を購入して、また村に投資するのも良いかもしれないな。


 村の食糧庫を増設したり、機械整備用のガレージを設置するのも良いかもしれない。

 箱もの以外にも、村に導入したいものは沢山ある。雪かき用の装備として除雪機とか。

 またまた夢膨らむ。だんだんと、村を過ごしやすくしていきたい。


「税金対策に、スノーモービルとか買っちゃおうかな。主に輸送用の足として」

「わあ! 私、あれ一度乗ってみたかったんです」

「あ、そうか。レジャーとしても使えそうだね。実際あれ、凄い楽しいんだよ」

「実現したら、乗せて下さいね」

「それはもちろん」


 ユキちゃんはスノーモービルに興味があるようで、なんだかワクワクした様子だ。

 豪雪地帯の足として、それにレジャーとして使えそうなので検討しておこう。


 そうした雑談をしながら作業をしていると、集会場にハナちゃんがやってきた。


「タイシタイシ~、そろそろおひるです~」

「あ、もうそんな時間なんだ」

「それでは、いったん作業は切り上げてお昼を食べましょう」

「いっしょにたべるです~」


 ハナちゃんもおなかが空いたのか、「きゅるる」と可愛らしいお腹の虫を鳴かせている。

 それじゃ、お昼にしましょう!



 ◇



 今日のお昼は、ハナちゃんちで食べることになった。

 ハナちゃんからのお誘いなので、ありがたくご馳走になることに。

 今はユキちゃんとカナさん、そしてハナちゃんがお料理をしている。


「そういえば、やきものけんしゅうって、いまどうなっていますか?」

「土の選別を習っているところだそうで、毎日賑やかだって父から連絡がきましたよ」

「たのしそうですね」

「父も楽しいって言ってました。他の方々も、生き生きと佐渡で過ごしているそうです」

「さすがへいげんのひとたち、たくましい」


 お料理が出来るまでの間、ヤナさんと雑談をする。

 たまにストーブに薪を入れたりと、まったりした時間が過ぎていく。

 町では味わえない、のんびりとしたひと時。

 この村で過ごすと、とても安らぐね。時間の流れ方が、全く違う。


「はーいみんな、おひるできたわよー」

「今日は、野菜炒めとチャーハン、あとお味噌汁になります」

「やさいいためは、ハナがつくったです~」


 のんびりまったり過ごしている間に、お昼が出来上がった。

 コトコトと、ちゃぶ台に色んな料理が並べられていく。

 その中で、ユキちゃんがなじみのある料理を持ってきた。


「はい大志さん、野沢菜チャーハンですよ」

「あ、自分これ好きなんだ」

「それは良かったです! 定番ですよね」


 好きな料理だと伝えると、ユキちゃんの顔がほころんだ。

 そしてユキちゃんが作ってくれた野沢菜チャーハンとは、長野おなじみのお袋料理だね。

 乳酸発酵が進みすぎてすっぱくなった野沢菜は、こうしてチャーハンにすると美味しく食べられる。

 うちのお袋も良く作ってくれた料理で、俺はこれが結構好きだ。


「タイシ、やさいいためもあるです~」

「ハナちゃんありがとう。これも美味しそうだね」

「きのことおにく、たっぷりです~」


 ハナちゃん担当の野菜炒めは、キャベツにピーマン、そして玉ねぎが基本の野菜炒め。

 さらにお肉やシメジ、あと炒り卵も入っていてとてお美味しそうだ。


「おみそしるは、だいこんたっぷりです」

「ホントにどっさり入ってますね」

「だいこんをにたおりょうり、みんなすきなんです」

「確かに、味がしみ込んだダイコンは美味しいですよね」

「ええ」


 最後にカナさんが味噌汁を配膳して、準備完了だ。

 ちゃぶ台の上には、美味しそうなお昼がずらりと並ぶ。

 野菜がたっぷりで、炭水化物もたんぱく質もそろっている。

 栄養のバランスがとれた、良い献立だね。

 塩分は、ちょっと多めかもだけど。


「みんないいかな? では、いただきます」

「「「いただきまーす」」」


 家長のヤナさんが頂きますをして、みんなも頂きますと続く。

 箸を手に取って、笑顔でもぐもぐ食べ始めた。

 ちょっとぎこちない所はあるけど、箸の扱いにもだいぶ慣れているね。


 それじゃ、俺も食べよう。まずは……味噌汁を一口。

 出汁はやや濃口、味噌やや薄口にしてあるみたいだ。

 しょっぱすぎず、でも薄すぎず。なかなか絶妙の味加減。

 そして細切りダイコンはよく味がしみ込んでおり、噛むと出汁の旨味がじゅわっと溢れる。

 さらに暖かい味噌汁は体の中からあったまり、味と暖かさの両方でもって心を満たしてくれる。


「おみそしる、おいしいです~」

「ほっとするあじだね」


 ハナちゃん一家も、味噌汁を飲んでほんわか顔だ。

 カナさんはその様子を見て、ニコニコしている。

 家族が自分の作った料理を美味しく食べてくれるのは、お母さんが幸福を感じる一時だろうからね。


 では次に、ハナちゃんの野菜炒めだね。頂きます。

 野菜炒めは良く火が通った玉ねぎが甘さを与え、ピーマンのほんのりした苦味が玉ねぎの甘さを引き立てる。

 これらの味を、食感が良くなるよう炒められたキャベツが支えている。

 味付け自体は塩胡椒と……鶏ガラスープの素かな? そして香りづけに醤油。

 塩味が薄目だけど……これはご飯が白米ではなく野沢菜チャーハンだからかな?

 一緒に出す料理の事も考えて、味付けを調整しているように見える。

 ハナちゃん、なかなか高度な味付けが出来るようになっているかもだ。


 そして他の具材、シメジやお肉と卵も一緒に食べてみる。

 香り付けで加えられた醤油が、シメジや卵の美味しさを引き立てる。

 醤油を入れたのは、このためだったんだな。これだけでも、ご飯が食べられる美味しさだ。

 お肉も良く下処理されていて、筋張ったところも無く臭みも無い。

 ハナちゃんの野菜炒め、かなりの完成度だ。


「ハナちゃん、野菜炒めすごく美味しいよ。お料理、かなり上手になったね」

「うふ~、うふふ~」

「具材と味付けが良く合っているよ。ハナちゃんすごいね」

「うきゃ~」


 野菜炒めを褒めたら、ハナちゃんうきゃうきゃだ。

 かなり頑張って作ったのは、食べてみれば良くわかる。

 ハナちゃんくらいの子供がこれ位の料理を作れるというのは、なかなか凄いのでは。


「ぐふ~」

「あ、もうぐんにゃりしたね」

「おんなのこだもの」


 追加で褒める前に、ハナちゃんがぐにゃった。

 まあ、ご機嫌のようだから大丈夫だよね。


 それじゃ最後に、ユキちゃんの野沢菜チャーハンだ。

 まあ、チャーハンほどパラっとはさせず、実質的には野沢菜焼き飯なんだけど。

 これはわざとで、この焼き飯状態なのが一番美味しいのだ。ユキちゃん、良くわかってらっしゃる。

 そして焼き飯なので、箸で食べられる。食器の持ち替えが無いので、食べやすいわけだ。


 では、お味はどうかなと。一口食べてみよう。

 味は……香ばしい醤油と胡椒の香りががふわっと広がり、続いて野沢菜の塩気とわずかな酸味。

 これらの主張の強さを、コメと卵の淡白な味が和らげる。

 水分多めの野沢菜からはほのかな苦みと旨味がしみだしてきて、味に彩を加える。

 そしてごく少量加えられた鷹の爪が胡椒とは別種の辛みを与え、食欲が増すのがわかる。

 食感は……もちもちした米にふわふわとした卵、そしてしゃきしゃきした野沢菜がそれぞれ合わさって、噛むごとに色んな表情を見せてくれる。

 おなじみのお袋の味だけど、たくさん食べられるよう味付けや具材の比率が工夫されているね。

 料理に手慣れた人ならではの、細かい気配りだ。


「あ~、これこれ。この野沢菜チャーハン、まさにお袋の味だよ」

「気に入って頂けて良かったです。わたしも、お母さんに良く作ってもらってます」

「現在進行形なんだ」

「お母さんに作ってもらったものを食べたいわけですからね。おねだりします」

「言われてみれば、そりゃそうだよね」


 お袋の味が食べたいのだから、母親に作ってもらうのも要素の一つだよね。

 わかってらっしゃる。


「ユキのこれ、なんかほっとするあじです~」

「これが、こっちのおふくろのあじですか」

「まあ、一部地域だけですけど」


 ハナちゃん一家も、美味しそうに野沢菜チャーハンを食べている。

 とくにハナちゃんんは「ほわん」とした表情ながら、もぐもぐと結構な勢いで食べている。

 こっちの野沢菜がお口にあったようで、良かった良かった。


「カナ、おかわりいいかな?」

「はいどうぞ」

「ふがふが」

「あら、おばあちゃんも?」

「ハナも、おかわりするです~」


 そして料理自体も美味しい上に、みんなで食べる美味しさも加わる。

 食卓を囲むみんなは、にこにこ顔だ。今日も平和で、なによりだね。

 でも、みんなの野沢菜チャーハンと俺の野沢菜チャーハン、なんか色がちょっと違くない?


 多少気になる所はあるけど、みんなで楽しくお昼を食べて小休止した。

 しばらく食休みした後は、お仕事再開だ。

 今度はハナちゃんも一緒に、集会場へ向かう。


「あ~、くったくった~」

「きょうのおひる、すげえたくさんでたな~」


 道中、マイスターとマッチョさんが腕グキさんちから出てきたのを目撃する。

 どうやら二人はお昼直後のようで、お腹をさすって満足顔だ。


「あの、のざわなチャーハンってやつ、あれうめえな~」

「また、たべたいな~」


 へえ、腕グキさんとこも野沢菜チャーハンだったんだ。

 野沢菜はユキちゃんが持ってきたものだから、おすそ分けでもしたのかも。


「フフフ……さりげなさが大事」

「ん? さりげなさ?」

「ああいえ、こっちの話です」

「そっちの話なんだ」

「ええまあ」


 ユキちゃんがちょっと暗黒面に行っていたけど、なんだろね。

 そっちの話らしいけど。

 若い娘さんには色々あるんだろうから、気にしないことにしよう。


 それじゃ、集会場に向って……おや?


「大志さん、どうされました?」

「どうしたです?」

「ああいや、なんでもないよ」


 いや、なんだかユキちゃんが妙に可愛く見えるんだよな。

 朝と変わりはないはずなのに、今はほんと可愛く見えるんだよ。

 なんだろうこれ?



 ◇



 妙に可愛く見えるユキちゃんは気になるのだけど、あまりチラ見すると失礼なので我慢して。

 なんとか三人でテクテク歩いて、集会場に到着した。

 中に入ると、まず神輿がぬいぐるみの入った箱のなかで……なんかもぞもぞしていた。


(かわいいぬいぐるみ~、しこうのひととき~)


 ……乙女な神様、ぬいぐるみをご堪能中のようだ。

 神様が起きているという事は、妖精さんたちも起きたのかな?

 さっきは、仲良く一緒におねむしていたから。

 別室をちょっと覗いてみるか。


「あえ? タイシどうしたです?」

「妖精さんたちがどうしているか、ちょっと確認だね」

「ハナもかくにんするです~」


 ハナちゃんも確認したいようなので、ぽてぽて歩くハナちゃんと一緒に別室へ。

 しかし……。


「あえ? いないです?」

「誰もいないね。どこに行っちゃったんだろう?」


 別室には、妖精さんたちはいなかった。どこかに遊びに行ったのだろうか?


 ……まあ、どこかにはいるだろう。

 さて、ひとまずいないという確認はとれた。気になるところだけど、俺は仕事がある。

 まずは仕事を終わらせよう。


 ということで隣の部屋に入ったところ――。


「おだんご、こねこね~」

「こねましょこねましょ! たくさんね!」

「しっぱいしちゃった~……」


 妖精さんたちは、隣の部屋にいらっさった。

 みんなできゃいきゃいと、なんかのお団子をこねている。

 こっちにいたんだね。これで一安心だ。


「みんなこんにちは。ちょっとお仕事をするから、ここに座っていいかな?」

「あ! こんにちは! こんにちは!」

「どうぞすわって! すわって!」

「いらっしゃい~」


 きゃいきゃいと座る場所を開けてくれる妖精さんたちだ。

 邪魔しちゃってごめんね、でも俺も仕事があるからね。


「あ、タイシさんこんちわ」

「きょうもさむいですな~」

「もんじゃたべて、あったまってます」


 奥の方には、おやつを食べている村人たちがいるね。

 あとマッチョさんとマイスターもいらっさるけど、さっきお昼を食べたのでは?

 ……まあ、細かい事は気にせず仕事を再開しよう。


「それじゃ、仕事を始めようか」

「はい。……あれ?」

「ユキちゃん、どうしたの?」

「いえ、ここにまとめておいた……増幅石が見当たらなくて」


 妙に可愛く見えるユキちゃんが、テーブルの上や下をきょろきょろ探す。

 ……確かに、置いてあったはずの増幅石が無い。

 あれ? どこにいった?

 妖精さん達なら、何か知っているかな?


「ねえ君たち、ここにあった石とか知らない?」

「しってるよ! しってるよ!」


 あ、知っているみたいだ。じゃあ聞いてみ――。


「これだよね? これだよね?」

「どうぞ! どうぞ!」

「しっぱいしたやつ~……」


 ――ん? きみたち、その手に持っているのは……何?

 イトカワ?


使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しくお使い下さい

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