第二話 人がすることは、そう変わらない
集会場からおうちに帰ってきた、ヤナさんとカナさん。ふとヤナさんは、自分たち一家に割り当てられたおうちを見上げます。
「ヤナ、どうしたの?」
カナさんは、そんなヤナさんを見て問いかけます。ヤナさんは、家を見上げたまま言いました。
「こんな家、どうやったら建てられるんだろう……。家だけじゃない。あれもこれも、どうやって作られているか、全く見当もつかない」
「そうね」
カナさんも、家を見上げました。
ここに来てから、不思議がいっぱいです。夢の個室がある、頑丈な木のおうち。カギという仕掛けが付いている、不思議な扉。薪も無いのに、すぐに火がついて燃え続ける竈。人を乗せて、重い荷物を軽々運ぶ自動車。そして、何処からともなく大量の食糧を持ってくる、大志という人。
何一つ、わけがわかりません。
「特にあのジドウシャ? て奴なんか極まってる。あれだけ荷物を積んで、さらにあんな道をどうやって上ってこれるんだ? 信じられないよ」
ため息交じりに、ヤナさんが言いました。ヤナさんは、自動車を初めて見たときの驚愕、大志が大量の食糧を積んできた時の衝撃を思い出します。
「それは多分、皆思っているわ。あのガスコンロ? ていう竈だってなんで火がつくか、全くわからないもの」
ハナちゃんの火起こしも割と謎ですが、それは棚にあげるカナさん。
「ここは僕たちの想像をはるかに超えた、とんでもない技を普通に使っている所、なんじゃないかと思うんだ」
「そうかもね」
「これだけ差があるところで、僕達は一体何ができるんだろうかって考えたんだ。もしかして、何にもできないんじゃないか。それが心配なんだ」
ヤナさんはまだ、家を見上げたままです。家の中では、ハナちゃん、おじいちゃんおばあちゃん、ひいおばあちゃんが寝ていることでしょう。
このおうち、出入り口に鍵とやらがかかるし、つくりも頑丈です。なので安心して、子供とお年寄りだけでも留守を任せられます。
あっちの森では、とある黒い猛獣や、ほかの部族が勝手におうちの中に入ってくることがありました。たまに人的被害が出たりもしています。はっぱのおうちなので、やはりというか入り放題なのでした。
ちなみに人的被害が出る場合、被害者は主にヤナさんです。なぜかヤナさんだけ、集中的に狙われます。そのせいか、ヤナさんは防御にとても苦心していたのでした。
でもこのおうちなら、そんなことはありません。しっかり扉を閉めていれば、あのある意味恐ろしい猛獣も、ほかの部族も、勝手にはおうちに入ってこれないでしょう。
それ以外にもこのおうちは、風も入ってこなければ、雨も吹き込んできません。以前住んでいたはっぱのおうちとは大違いです。
こんなものを作り出せる、こっちの人たちの技術。おうちだけでも、これほどすごいことが分かります。
そして、はっぱのおうちしか作れない自分たちに、何ができるというのでしょう。ヤナさんはそんな不安でいっぱいでした。
「タイシさんには、大変お世話になっている。これからも僕たちに、いろいろ良くしてくれるだろうね」
「そうね」
タイシさんと出会わなければ、僕たちはどうなっていたか……そんなことをヤナさんは考えました。あまり良くない事態に陥っていたことは、想像に難くないです。なにせ、ここで暮らすための知識など、何もないのですから。
それに今は、大志の食糧援助に頼るしかない状況です。大志はエルフ達の大恩人、という位置づけでした。しかし、ヤナさんはそこを心配していました。
「でも今の僕たちじゃ、そんなタイシさんに何の恩返しもできない。そして恩返しもできないまま、タイシさんにおんぶにだっこのまま、行ってしまうんじゃないのか。やがてそれが当たり前になってしまい、恩を恩と感じなくなっていく。そうなるのが、怖いんだ」
恩人に受けた分だけの恩返しができるのか、ヤナさんはそれを心配しています。律儀な人なのです。
そんなヤナさんを見て、カナさんは言いました。
「そんなの、心配する必要ないわよ。タイシさんだって人よ? 私たちとそう、違わないわ」
「そう違わない?」
ヤナさんは、カナさんに向き合います。カナさんはさっぱりした顔で言いました。
「人って、食べて寝て働いて、家族や友達と笑って。たまに喧嘩して、たまに泣く。そんなものでしょ」
「そんなものかな」
「そんなものよ。タイシさんにも家族がいて、一緒にご飯を食べる為に家に帰って行ったでしょ」
「うん」
ヤナさんは、大志が家に帰って食べる、といった時の顔を思い出しました。その顔は、なんてことはない、当たり前のことだ、という顔でした。
あれだけ凄い物を持っていて、あれだけの援助もできる。そんなエルフ達から見たら、偉人の大志です。でも考えていることの根っこは、おんなじなのです。
カナさんはカナさんで、大志を良く見ていたのでした。なにせ、ハナちゃんが良く懐いている人です。自分の娘が懐いている人。当然触れ合いも多くなり、自然と人となりが分かってくるのです。
「私たちとおんなじよ。タイシさんにも、一緒にご飯を食べたいなって思える家族がいる。おなかを空かせた子供がいたら、自分の食べ物をわけてあげちゃう。私たちと、そう変わらないわよ」
「そうかな」
「そうよ」
いまいち納得できていない風のヤナさんを見て、カナさんはつづけました。
「人なんだから、タイシさんが喜ぶことや必要としていること、それは私たちとそう変わらないと思うわ」
「そう変わらない、か……」
ヤナさんは、大志を思い浮かべます。体が大きくて耳が短く、目も髪も黒い。でも、言ってみれば見た目の違いはそこくらいしかありませんでした。
大志からすれば、自分たちエルフの方こそ異質な存在になります。それでも分け隔てなく接してくれて、自分の娘も可愛がってくれています。その大志の態度に、種族の垣根はありませんでした。
ヤナさんは、そんな事に思い至ります。
「変わらないわ。だからわたしたちにできることを、ちょっとずつ探していきましょう」
「できることを、ちょっとずつ探す」
「そうよ。そしてできることが見つかったら、あとはタイシさんのために、できることをちょっとずつやるだけよ」
カナさんの話を聞いて、ヤナさんは胸のつかえがとれたような、そんな顔になりました。それに大志は言っていました。ワイワイやるだけでも楽しいと。
その時の大志の顔を思い出して、ヤナさんはすっきりしました。あの顔は演技ではないのが、良くわかっていたからです。
「できることを、ちょっとずつやるだけ……か」
穏やかな表情で、ヤナさんは言います。カナさんもその顔を見て、頷きます。
「ちょっとずつ、やっていきましょ。無理してもいい事無いわ」
「そうだな」
「そうよ」
二人は笑顔で見つめあいます。夫婦っていいですね。暫く二人の時間が流れたところで、ヤナさんは言いました。
「いろいろ考えたら疲れたよ。僕たちも、そろそろ寝よう」
「私も疲れたわ。明日に備えて早く寝ましょう」
今日も一日、色々なことがありました。冬の話でびっくりしたり、山菜取りをしたり、天ぷらを揚げたり。
いろいろあったので、疲れるのも当然です。
今日はもう寝よう、そう思ったヤナさん。あくびをしながら扉に手をかけます。が、その時あることに気づきました。
「カナ、扉にカギがかかってる」
ヤナさんはガコガコと動かない取っ手を、悪あがきで何度も動かそうとします。その様子を見て、カナさんはお父さんとヤナさんのやり取りを、思い出しました。
「だってお父さんに、カギをかけるようにって言ってたから、当然かかってるわよ。あなたが言ったんでしょ」
「うん。それで、その時義父さんに、カギを渡しちゃってた」
たしかに渡していましたね。そのとき「あれ?」と思った方も、おられるかと思います。ヤナさんカナさんは、そうは思わなかったようですが。
「ん? それって、どういうことかしら?」
カナさんは、ヤナさんの話を聞いても、ピンと来ていないようです。
無理もありません、今まではっぱのおうちだった方々です。鍵の運用なんて初めて。それゆえか、ヤナさんは地球人が二十一世紀になった今でも良くやっている、とある失敗をしました。
そう、インキーです。
たまにありますよね、インキー。水曜の某ミスターが得意とする技です。この技が発動すると、周囲にいらぬ迷惑をかけることが確定する。それがインキー。
古来から地球人に受け継がれてきたあの迷惑技が今、異世界出身のエルフに受け継がれたのです。
そして見事に炸裂し、今まさに周囲にいらぬ迷惑をかけました。
ちなみに旅行先で、車のインキーをやらかした時の絶望感。あれは凄まじいです。もう二度と味わいたくない体験の、上位に入ります。今ヤナさんは、そんな感じの絶望を味わっていました。あの嫌な精神状態もエルフに受け継がれたので、免許皆伝です。
そして免許皆伝されたヤナさん、カナさんに状況説明をはじめます。
「カギがないということは、扉を開けられないよね。それはつまり、家に入れない、ということになる。ハハハ」
脂汗を流したヤナさんの、乾いた笑いが響きました。笑って誤魔化す気ですね。
「ハハハ、じゃないわよ。どうするのよ」
もちろんカナさんは、そんな誤魔化しに応じません。ぐさっと追及して来ます。
その追求に、良い返しが思いつかないのか、ヤナさんの耳はとたんに、しなしなし始めます。
しかし慣れないことは、するもんじゃないですね。二人はおうちに入れません。ヤナさんは、さらに悪あがきをします。
「外から呼びかけてみよう。おーい! 誰か起きてるか~」
しーん。
「何の反応も無いわよ」
「おーい! ハナ! 義父さん! 義母さん! 誰か返事してくれ!」
ドンドンドンドンパフ。扉をたたきますが、反応は帰ってきません。それもそのはず、皆はとってもお疲れ。夢も見ないくらい、ぐっすり眠っていたのでした。
一向に反応の無い様子を見て、カナさんはため息をつきました。
「誰も起きてこないわよ。本当、どうするのよ。今更外で寝るとか、無理よ?」
ヤナさん、必死に考えます。このままではしばらく、このネタをちくちく言われる羽目になってしまいます。
ちなみにもう、カナさんの中ではネタにすることが決定しているので、手遅れなのですが。
「どうしよう……。あっ! 集会場だ、集会場は開いてる。そこで寝よう」
ヤナさん、起死回生の一手を閃きます。あそこの鍵は大志が持っていて、鍵をかけずに今日は帰ったのでした。みんなで使うこともあるだろう、という気遣いです。その気遣いが、ヤナさんを救いました。
「あそこで寝るの?」
「だってもう、集会場しか入れないし……」
せっかく、あんなすごい一軒家に住めるようになったのに、なぜ集会場で雑魚寝なのか。カナさんは、そんな思いで一杯です。ですが、今さら言っても、どうにもなりません。諦めることにしました。
ああ、私の個室が……。カナさんは、そんな未練が立ちきれませんが、家は逃げないので今日は我慢すればいい話でもあります。
あと、個室は皆で使うのですよ。カナさんだけのものではありませんよ。
「まぁ、仕方ないわね……」
「ごめん……」
そんなこんなで、集会場で寝る事になったヤナさんカナさん。のろのろと、集会場に向かって歩いて行きました。
外で一晩過ごす羽目にならずに済んだとはいえ、最後の最後で締まらないヤナさんですね。
ちなみに集会場には、ヤナさんカナさんの他に三人。同じ失敗をした、インキーエルフ達が呆然と佇んでいたそうです。