第十五話 レシピ
――収穫祭前日。
みんなでお祭りの準備を楽しく始める。
男性陣は親父と山に入って、狩りやら山菜取りやらの食糧調達。
そして女性陣は――。
「あや! オムレツくずれちゃったです~」
「大丈夫よ。そのままチキンライスに乗せちゃって良いから」
「あい~!」
お祭りで出すお料理の練習中だ。
今回の献立はご飯もの中心で、オムライスなどは卵好きのエルフたちにとって目玉料理となる。
自分たちでつくったコメに、卵料理がどどん!
これはたまらないだろうね。
「このおりょうり、なかなかむずかしいですね」
「このチキンライスとオムレツのわりあいが、むずかしいわ~」
「あ、またくずれた」
目玉料理がなかなか難しいので、お料理自慢の奥様方も結構苦戦している。
……爺ちゃんがオムライス得意だったんだよなあ。
子供の頃、爺ちゃんが作ってくれるオムライスが楽しみだった。
今は爺ちゃんも婆ちゃんもよその世界に行ってるから、アドバイス受けられないんだよね。
「コツは弱火ですね。これくらいの火加減がいいですよ」
「あら~。そんなによわくていいのね~」
「あとは、薄皮卵焼きで包む場合は、こっちの平たいフライパンが向いています」
「まず、どうぐがちがうのね~」
「ハナ、こっちのふわっとしたオムライスをのっけるやつ、きわめたいです~」
オムライスマスターの爺ちゃんからアドバイスを受けられないけど、今はユキちゃんがいる。
ということで、ユキちゃんにお料理指導は丸投げ中だ。
やっぱり、女手があるとほんと違う。
ありがたやありがたや。
「……大志さん、拝んだりしてますけど、どうされました?」
「いやまあ、何となく」
「何となくですか」
「はい」
ユキ先生を拝んでご利益を貰ったところで、俺は俺の仕事をしようかな。
お祭りで飲むお酒やジュースの調達と、子猫亭に仕出し料理の依頼だね。
時間的にちょうど良いので、そろそろ車を出すかな。
あと、外に出るついでに……何か必要なものがあったら、お使いでもしよう。
必要なものがないか、聞いてみるか。
「自分はこれから、お酒や飲み物を調達してくるよ。何か必要なものある?」
「え~っと……そうだ! 炊き込みご飯の具材とか、お願いできます?」
「あ、炊き込みご飯か。良いねそれ!」
「ええ。五目御飯や栗ごはんとか、そういうのもあったら良いかなって思いまして」
確かにそうだね。コメ料理も増えるからちょうどいい。
五目御飯は具材を買ってくるとして、栗は……今がちょうど旬だね。
山に行けば、ゴロゴロ落ちているはずだ。
まず間違いなく栗拾いしてくるはずだから、これは買ってこなくて良いか。
「五目御飯の材料は買ってくるとして、栗は現地調達で。山に沢山あるから」
「あ、じゃあ皮むき器も必要ですね」
「専用の良いやつを買ってくるよ」
ということで、献立に炊き込みご飯を追加だ。
五目ご飯に栗ご飯に……電きのこご飯とかもしちゃおうか?
◇
お使いの内容も決まったので、炊事場を後にして車に向う。
その途中……広場の東屋の所に、妖精さんたちが集まっていた。
なにやら、きょろきょろとあたりを見回している。
どうしたのか聞いてみよう。
「みんなどうしたの? 何かさがしているのかな?」
「あ! タイシさんタイシさん! いいところにきたよ! きたよ!」
「おねがいしましょ~」
「しましょ! しましょ!」
俺を探していたのかな?
お願いしましょうといっているけど、なんだろう?
「お願いって、何かな?」
「わたしたちも、おまつりのおてつだいしたいよ! したいよ!」
「てもちぶさた~」
「なんかしたいな! したいな!」
どうやら、エルフたちがお祭りの準備で忙しく動き回っているのを見て、お手伝いしたくなったようだ。
妖精さんたちも、お客さんではなくお祭りの主催者になりたいのかも。
「どうかな? どうかな?」
「てつだえること、あるかな? あるかな?」
「おまつり~!」
妖精さんたちからきたいのまなざしが降り注ぐけど、どうしたものか……。
そういうこと考えてなかったので、ぱっとは思いつかない。
う~ん……。
「おまつりおまつり! おてつだい~」
「たのしいおまつりに、しましょ~」
「がんばるよ! おてつだいするよ!」
――お、おおう。
妖精さんたちのキラキラした視線、かなりの期待度だ。
これは、なにかしら考えないと……。
……。
しかし、やっぱりぱっとは思いつかない。どうしよう。
なにか、妖精さんたちが活躍できるお仕事、あるかな……。
「タイシ~、どうしたです?」
妖精さんたちのお仕事について考えていると、ハナちゃんがぽてぽてとやってきた。
試作品ができたのか、オムライスをもぐもぐ食べているね。
でも、分量的に二人前はあるな……。
なんだか試作の域を、ちょっとばかし超えているような気がするけど。
……まあ、それはそれとして。
ハナちゃんにも、妖精さんの件について相談してみようか。
「それがね、妖精さんたちも……お祭り準備のお手伝いをしたいみたいなんだ」
「おてつだい、してくれるですか~」
「たのしいおまつりにするよ! おてつだいするよ!」
「するよ! するよ! なんでもいってね!」
妖精さんたち、元気にお手伝い宣言だ。
ハナちゃんもそれを聞いてにぱっと笑顔になった。
一緒にお祭りを盛り上げてくれるというのだから、嬉しくもなるよね。
でも……これがなかなか難しくてね。
「妖精さんが活躍できるお仕事、なにかないかなって考えていたんだ。ただ……これといって良いのが無くて」
「あや~、そうだったですか~」
「というわけでハナちゃん、なにかいい考えあるかな?」
「むむむ」
ハナちゃんにもアイディアを募ってみたら、むむむと考え始めた。
むむむむハナちゃんだね。しかし、オムライスを食べる手は止まらない。
むむむ、もぐもぐ、むむむと食べながら考えているね。
とりあえず撫でとくか。
「むふ~」
オムライスを食べると至福の表情、考えているときはむむむと難しい表情。
そして撫でると、にっこにこだ。
同時並行でこの三つをこなすとは、ハナちゃん器用だね。
そして、そんな状態でもどんどんオムライスが減っていく。
かなりの食欲だ。
「あえ? オムライスおわっちゃったです~」
そうして、オムライスを食べ終えるハナちゃんだ。
なんだか物足りない様子だけど、二人前食べきったわけで。
けっこうな量、食べたと思うんだけど……。
「もうちょっとたべるですか~、それともおやつにするですか~」
綺麗にカラになったお皿を見て、葛藤を始めるハナちゃんだ。
お代わりすべきか、ここでやめておやつにするべきか。
……結局、どちらもまだ食べることに変わりはないね。
「むむむ~」
今度は違う方面で、むむむとなったハナちゃんだ。
まあ……大事なことだよね、お代わりするかおやつにするかは。
真剣にもなっちゃうよね。
「むむむ……あえ? おやつです?」
お、ハナちゃんの耳がぴこっと立ったね。
おやつの方に天秤が傾いたかな?
「おやつ、おやつ……。――そうです! おやつです~!」
おやつに決定したかな? ハナちゃんにぱっと笑顔で、ぴょんぴょんする。
元気いっぱい、おやつを連呼しているね。
「タイシ~! おもいついたです~」
そして、くるっとこっちを振り向く。
思いついたって、一体なんだろう?
「タイシ~! おやつです~! ようせいさんたちに、おやつをつくってもらうです~!」
……ん?
妖精さんに――おやつを作ってもらう?
ハナちゃんが、おやつを食べるって話じゃないんだ。
妖精さんのお仕事、おやつ作りが良いって話か。
それじゃあ、どんなおやつを作ってもらう考えなんだろう?
「ハナちゃん、妖精さんにおやつを作ってもらうって、どんな?」
「あまいおだんご、つくってもらうです~! おまつりのこんだて、あまいやつなかったです~!」
「――あ! そうだ! 甘いお菓子がなかった!」
前回もそうだった。ユキちゃんが言ってくれたから、甘いお菓子を出せたんだ。
今回ユキちゃんは料理指導で忙しいから、そこまで手が回ってない。
コメ料理って方針にして、しょっぱいものばかりを考えていたのもある。
……やっぱり、女性の感性は必要だね。
俺じゃどうしても、なんかガテン系の祭りになってしまう。
肉! 酒! 炭水化物! たまに野菜? てな感じに。
だってガテン系だもの。
……まあガテン思考な点は、そのうち反省するとして。
ハナちゃんのアイディアを採用して、妖精さんに祭りで出すお菓子を作ってもらいましょう。
妖精さんはお団子作りが得意だから、お団子系でいきましょか!
「みんなのお仕事決まったよ。あまいお団子をつくってほしいな」
「おだんご!」
「あま~いおだんご、つくりましょ~」
「おだんごおだんご~」
「あや! ようせいさんたち、キラッキラです~!」
お団子を作ってとお願いしたら、妖精さんたち大喜びだ。
自分たちの好きなものがお仕事になったから、嬉しいのかもね。
「いろんなお団子の材料をもってくるから、楽しみにしててね」
「きゃい~!」
「きゃい~! きゃい~!」
きゃいきゃい喜んでいるから、大丈夫だね。
それじゃ、お買いものリストにお団子の材料を追加だ。
「おやつ~おまつりにおやつでるです~」
「おだんごつくるね! あまいおだんご~」
ハナちゃんも妖精ちゃんを肩に乗せて、キャッキャと喜んでいる。
甘いお菓子がお祭りで出ることが確定したので、にっこにこだね。
こちらとしても、ハナちゃんのアドバイスは助かった。
お礼を言っておこう。
「ハナちゃんありがとうね。甘い物が無いって気づかなかったから、助かったよ。お礼になでちゃうから!」
「うふ~」
「きゃい~」
さて、新たな献立も加わった。
ハナちゃんや妖精さんたち待望の、甘いお菓子だ。
これらの材料も一緒に、さっそく調達に行きましょう!
◇
お酒やお団子の材料、炊き込みご飯の具材や、栗の皮むき器はすぐさま調達できた。
スーパーやホームセンターに行けば、全部揃っているからね。
ついでに、みんなには内緒の品も調達して、お買い物はつつがなく終わった。
そしてお買い物の次は、子猫亭での打ち合わせだ。
明日の収穫祭で出す仕出し料理の、品目をどうするかを話し合う。
子猫亭の事務所で大将と二人で顔を突き合わせ、相談開始だ。
「パーティープレートの品目の相談って話だけど、まずどんなのが良い?」
「とりあえず……ご飯に良く合うおかず、がコンセプトですね」
「和洋中、どれかこだわりがあるか?」
「無いですね。ご飯が美味しく食べられれば、それで良いです」
「わかった。これとかどうだ、あとこれ――」
子猫亭にある一品料理をまず勧められ、あれこれと決めていく。
メニューにないギョウザとかも、リクエストしたり。
手の込んだ物は頼まないので、とんとん拍子に話は決まっていく。
「だいたい、こんな所ですかね」
「こっちは問題なしだ。明日のランチ前には取りに来てくれ」
「わかりました。料金は前払いします」
「まいどあり」
相談も終えて支払いも終えて、仕事が終わったので一安心だ。
大将とコーヒーでも飲んで、ちょっと休憩と行きましょう。
「あ、このコーヒー美味しいですね。味がなんというか、深みがあります」
「インスタントに、ワサビちゃん粉末を入れるとこうなる」
「え! これインスタントなんですか!? ……それに、ワサビちゃん粉末?」
「フリーズドライ製法で、味を落とさず粉末化することに成功したんだよ」
「おおー!」
思わず、ぱちぱちと拍手してしまう。
まさか、ワサビちゃんを粉末化するとは……。
大将は料理研究に余念がないな。
そして、インスタントコーヒーをなんだか美味しくするこの粉末、なかなか凄い。
なるほどフリーズドライか。俺もやってみようかな?
そうして新しい手法に感心していると、息子さんがひょいっと事務所に顔を出した。
「父さん、大志さんにアレ試食してもらわなくていいの?」
「あ! そうだった! アレを試食してもらわんと」
顔を出した息子さんが、大将に話しかける。
どうやら、アレの試食を俺にしてもらう、という話のようだ。
……アレって、なんだろ?
「アレの試食というと?」
「ほらあのきのこだよ。ビリビリするやつ。いくつか料理できたぜ」
――おお! 電きのこちゃん料理か!
それはぜひとも試食しないと!
「もう料理できたんですね。さすがです」
「というかきのこだろ? ちっと工夫は必要だったが、だいたいきのこに合う料理法でなんとかなった」
「……あ、そういやアレ、きのこでしたね」
「おい、そういやって……」
「まあまあ、お気になさらずに」
そういえば、アレはきのこだった。
たしかに、基本的にはきのこ料理で良いのかも。
でも……工夫は必要だったみたいだ。いったい何の工夫だろう?
聞いてみるか。
「ちなみに、工夫というと?」
「まあそれは食べてからのお楽しみだ」
「わかりました。食べてからのお楽しみにします」
「ああ。けっこう苦労したけど、自信作だぜ」
とりあえず、食べたらわかるんだろう。自信があるようだし、楽しみだ。
それじゃ、ありがたく試食をさせていただきましょう!
◇
電きのこちゃん料理の試食会となったので、事務所からカウンターに移動して料理を待つこと十数分。
「ほら、これが一品目だ。厚切りきのこのバターソテーに、醤油とレモンで味付けしてある」
「きのこステーキみたいで美味しそうですね」
「味も良いぞ。食べてくれ」
「頂きます」
一品目は、一センチ程度の厚みでスライスした、電きのこバターソテーだった。
見た目からして美味しそうだ。この――青々とした光がまた良い。
では、ひとくち。
濃厚なバターの味と香り、それに醤油の風味がとてもあっている。
ともすればクドくなりがちなこの組み合わせだけど、レモンがさわやかさを与えてクドさを抑えているね。
そして厚切りきのこの歯ごたえと、しめじのようなマイタケのような味。
これらが合わさって、とても美味しい。
電気味が出てくる前の段階で、もうすでにかなり良い感じだ。
やがて、ビリビリと電気の味がしてくる。
……あれ? あんまり髪がパチパチしないぞ?
前は「パチパチパチ!」だったのに、今回は「パチ……」くらいだ。
かなり、放電が抑えられている。
でも電気味は減るどころか、むしろ凝縮されている。
まろやか電気が、もうぎっしりだ。
……一体何故だ? 放電は少ないのに、電気は沢山。
何をどうしたら、こうなる?
「大志、驚いてるみたいだな」
「……ええ。パチパチしないのに、むしろ味が濃くなっている。不思議です」
「タネあかしはまだまだだ。次行くぞ」
そうして大将が持ってきたのは、パスタだった。
見た目はペペロンチーノそのもので、電きのこちゃんが和えられている。
「パスタですか」
「ああ、電……ビリビリペペロンチーノだ。食べてみてくれ」
大将、電気って言おうとして「ビリビリ」に置き換えたぞ。
これもう、完全に――電気って気づいてる。
……ただまあ、電気って言っちゃうと色々常識がアレだから、ビリビリって事にしてるのかな?
そこはつっこむと藪蛇だから、スルーしよう。
そうして、いろんな常識をスルーして、試食を続けていく。
「おっ! ニンニクとビリビリ、かなり合いますね」
「ああ。ニンニクの風味がこの電……ビリビリを引き立てるな」
「でも、最初のバターソテーには入ってなかったですね。これがタネではないと」
「まあな。じゃ次はビリビリアヒージョだ」
「おおおお!」
次々に電きのこちゃん料理が出てくる。
薄くスライスして素揚げした電きのこチップス。
電きのこをつかった、油味噌。
天ぷらやフライもでてくる。
どれもこれも、放電は少なく電気味は凝縮されていた。
どうも、電気を逃がさない工夫がしてあるようだ。
これらの料理の共通点と言えば……。
「……油、ですか?」
「正解! このきのこは、油と合わせるといろいろ上手く行く」
どうやら正解だったようで、油がキモだったようだ。
あれだ、油の絶縁性だ。油の膜が電気を絶縁して、放電を抑える。
調理で不純物が混ざるから完全に絶縁はしないが、それでも電きのこちゃんの謎電気放電を抑えるんだ。
そのおかげで、味が閉じ込められて美味しく感じる、と。
「なかなか凄い発見じゃないですか。これは美味しいですよ」
「自信あるって言ったろ?」
「ええ。これは良いですね」
油を使えばいいのだから、楽ちんでもある。
これは早速、油を帰りに買っていこう。バターとかも。
……あとは、エルフたちが煮るか焼くかくらいしか調理法を知らなかったのも、当然かもな。
大量の油が必要になるけど、エルフたちは大量の油を用意できない。
そういうエルフ植物があるかもだけど、少なくともハナちゃんたちの森では油を大量に使う文化は発達していなかった。
これでは気づけないな。
希少な食材だから、電きのこ単体で食べようとしていたのも原因かもしれない。
単体で焼いて食べるなら、油がいらないからね。
大将みたいに、希少な食材を脇役で扱うとかしなかったのではと。
まあ、色々考えられるけど、とにかく油だったわけか。
「これがレシピだ。有効活用してくれ。あとビリビリきのこ、追加で欲しい」
「わかりました。レシピのお礼にまた持ってきます」
「たのんだぜ」
大将がノートを差し出してきたので、ありがたく受け取る。
お礼は、電きのこちゃんをどっさりだね。
この電きのこちゃん料理も、明日の祭りで出そう。
いやはや、出せる料理が増えてうはうはだね。
「……あとな、最後にもう一品ある」
料理が増えて喜んでいたら、大将がなにやら神妙な顔で言って来た。
……なんでそんなに、真剣な顔なの?
「このビリビリきのこ料理は――勇者向けだ」
「は? 勇者向け?」
「ああ。勇者向けだ」
……そして何を言うかと思えば、勇者向けとな。
意味がわからない。正直に言おう。
「あのすいません。意味がちょっとわからないです」
「食えばわかる。今までのは油で封じ込めていたが……これは逆だ。解放する」
「ますます意味がわかりません」
「――じゃあちょっと待っててくれ」
「あっ!」
そして、断る前に大将が厨房に入っていった。
これ、食べる流れになってないか?
俺はその勇者向け、のやつを食べるとはひとことも――。
「――お待ち! 勇者向けだ!」
そしてすぐに出てきた。全くもって待っていないのに、コトリと目の前にブツが置かれてしまう。
逃げられない。もう料理は出てきてしまった……。
見た目は……電きのこちゃんの薄めのスライスに、何かが振りかけられている。
その振りかけられている粉に焦げ目があるので、振りかけてから焼いてあるな。
正直、エルフたちがやっていたきのこ焼きとあまり違いは無い。
スライスして、なにかが振りかけられているだけだ。
――そして、きのこは黄色のやつだ。
最強の赤より、一歩手前の……けっこう強いやつ。
「赤はヤバいから、黄色だ。人間にはこれでギリギリだと思う」
「ギリギリ……?」
そんなヤバそうなもの、俺食べなきゃいけないの?
「それじゃあ大志、ひとくちでどうぞ! どうぞどうぞ!」
「え、ええ……?」
どうぞどうぞとお勧めされたけど、前置きがもう怖い。
しかし、もう逃げられない。
ほかほかと湯気を立てるこの黄色ちゃん、食べるしか無い。
……覚悟を決めよう。――よし! 食べるぞ!
「――頂きます! 勇者になります!」
「ぐいっと行け! ひとくちだ!」
半ばヤケで、黄色ちゃんをひとくちで食べる。
――あ、これワサビちゃん粉末、かかってる?
◇
「ただいま」
「あ、大志さんお帰りなさい……?」
「……タイシ、どうしたです?」
村に帰って、炊事場にただいまの挨拶をしに行く。
しかし、ユキちゃんもハナちゃんも、俺の様子がおかしいことに気づいたようだ。
「大志さん、アゴをしきりにさすってますけど、何かありました?」
「かみのけも、なんだかちょっとツンツンしてるです?」
まあ、何かはあったよ。何かは。
「ちょっとした刺激物を試食してね。……まさにアレは勇者向けだった」
「勇者向け? 一体なんのことですか?」
「タイシ、だいじょぶです?」
大丈夫と言えば大丈夫かな?
ただちょっと、刺激的だっただけで。
「味は極上だったんだけどなあ……刺激がなあ……」
「……?」
「タイシ、うわのそらです?」
ユキちゃんとハナちゃんが心配してくれるけど、ほんと体は大丈夫だから。
……ああそうそう、レシピを渡さないと。
「そうそう、子猫亭があのビリビリするきのこの調理法見つけたから、レシピもらってきたよ。はいこれ」
「あ、もう出来たんですね! どれどれ……。なるほど、油ですか」
ユキちゃんにレシピノートを渡すと、早速ペラペラとページをめくって見始める。
「あれ? 勇者向け? ……これは危なくないですか?」
「ああそれ、問題なかったよ。美味しかった」
「……あ、さっきの勇者向けって」
「そうそう、試食したから大丈夫だよ」
「はあ……」
とうとう勇者向けレシピのページに到達したけど、そこはまだ大丈夫だ。
問題はその次のやつ。
「……大志さん、この『赤は魔王向け』ていうレシピ……」
「ああそれね。そのまんま、魔王向けのレシピだよ。それは封印した方が良いね」
「封印ですか?」
「地球上で試すのは、ちょっと止めた方が良いかも。大将も理論だけって言ってた」
「――そんなのが書いてあるレシピを、気軽に渡さないで下さい!」
真っ青な顔になったユキちゃんが、あわててノートを突っ返してくる。
いや、この最後のページのやつ以外は大丈夫なんだよ。
普通の、美味しいきのこ料理レシピだから。
問題なのは最後のやつだけで。封印が必要なのはこれだけで。
……このレシピ、どこに封印しようかな?




