第十三話 稲刈り前のひと時
きのこ騒ぎの翌日、稲刈り準備のために田んぼの様子を確認する。
「あ~、また土が湿っちゃったな。まあ、大雨があったから仕方ないか」
「あえ? つちがしめってたらだめです?」
「湿っていても稲刈りは出来るけど、すごく大変になっちゃうんだよ」
「あや~、たいへんになるですか~」
ハナちゃんと田んぼを覗き込むと、台風の大雨で土が湿ってしまっていた。
旅行から帰ってきた後田んぼは排水して、土を乾かしていたのだけど……またやりなおしだ。
土が乾くまで、二日から三日かな?
まあ、これは仕方がない。
この土を乾かしている間に、稲刈り機材の準備をするとしよう。
「稲刈りは土が乾いたらになるから、あと数日だね。もうすぐだよ」
「もうすぐです~!」
もうすぐ稲刈りと伝えると、ハナちゃんわくわくした様子だ。
みんなで頑張って世話して来たこの田んぼ。
みんなで食べ物沢山を夢見てがんばってきたコメ作り、もうすぐクライマックスだ。
俺も、わくわくするね。
「おコメ~おコメ~、もうすぐです~」
「もうすぐだよ~」
ハナちゃんと一緒に謎の歌を歌いながら、田んぼを確認して回る。
稲穂はこうべを垂れて、元気に育っている。
これは、豊作間違いなしだね!
◇
田んぼが乾くまで数日の間は作業が空くので、後回しにしていた作業やらを行う。
マッチョさんとおっちゃんエルフは妖精さんの家の設計と、温泉拡張工事の手伝い。
親父は家の仕事で、あまり村には来れない。
そして俺とユキちゃんとハナちゃんは、まず妖精ちゃんの羽根をなんとかする仕事に取り掛かった。
「はねをなおすの? なおすの?」
「上手くいくかはわからないけど、とりあえずやってみるよ」
「おためし! おためし!」
「ためすです~」
妖精ちゃんは今、集会場のテーブルの上でちょこんと座っている。
あいかわらず、喜ぶと羽根からキラキラ粒子を出すね。
まずは、この羽根を拡大して調べてみよう。
「ちょっと羽根を調べるから、じっとしててね」
「どうぞ! どうぞ!」
ということで、拡大鏡で羽を調べてみる。
……なかなか複雑な構造だ。
けっこう厚みのある羽根に、綺麗な模様が浮かび上がっている。
そして、構造としてはトンボの羽根のような網目も。
この網目が、羽根に強度を与えているのだろうか?
……ちょっと羽根を触らせてららおう。
「羽根をさわってもいいかな?」
「いいよ! いいよ!」
羽根を触るのは良いようで、くるりとこちらに羽根を向けてくれた。
お言葉に甘えて、そっと羽根を撫でてみる。
その表面はなめらかで、触感はなかなか心地よい。
「くすぐったいよ! もぞもぞするよ!」
どうやらくすぐったいようで、ぷるぷるしながら我慢する妖精ちゃんだ。
……しかしこの羽根、かなりの高強度ぽいな。そして柔軟性もある。
この羽根に合う素材、みつかるだろうか……。
……まあ、試してみるしかないな。
それじゃ――色々試してみよう。
そうして、シルク、和紙、セロファン、こっちの世界の花びらなどを試していくも……。
――どれも、結果は芳しくなかった。
重すぎたり、もろすぎたり、固すぎたりだ。
妖精さんの羽根は相当な高性能なので、生半な素材では無理なようだ。
ただ、その中でもマシなものはあった。
その素材とは、そこら辺で咲いていた――コスモスの花びらだ。
この花びらを妖精接着剤でくっつけたものが、一番マシとのことだった。
「まあまあとべるようになったよ! ありがと! ありがと!」
「よかったです~」
元気にぴこぴこ飛び始めた妖精ちゃんは、しきりにお礼を言ってくれる。
やっぱり、妖精さんたちが編み出した羽根補修法である、花びらを貼り付ける事。
これが一番、マシな結果になるようだった。
ただ――俺的にはとってもご不満だ。
もうちょっと、何とかならないものかと……。
「大志さん、何かすっきりしないですか?」
「まあそうだね。すっきりしない感じがすごくする」
ただの直観でしかないけど……これで解決! やったね!
――で終わらせたら、いけない気がする。直感でしかないけど。
なにか、心に引っかかる。それが何かは、わからないのだけど……。
それに、俺は妖精ちゃんが――もっと元気に飛び回る姿を、見たいんだ。
この綺麗な羽根を羽ばたかせて、華麗に空を飛び回る。そんな姿が、見たい。
これは、継続して取り組む課題だな。
「自分としては、もうちょっとなんとかしたいと思う。なので……これからも調査を続けていいかな?」
「もちろんだよ! ありがたいよ!」
妖精ちゃんにお願いすると、快く引き受けてくれる。
よし、もっと良い結果が出せるよう、じっくり取り組もう。
「大志さん、私もお手伝いしますね。いっしょに頑張りましょう」
「ハナもてつだうです~」
ユキちゃんとハナちゃんも、協力を買って出てくれた。
俺と妖精ちゃんもあわせた四人で、地道に調査を続けよう。
もし良い手法が見つかったならば、他の妖精さんたちにも応用できる。
それはとても、意義のある仕事のはずだ。
――大きな目標、出来たぞ。
それじゃ――妖精さんの羽根なんとかするぞプロジェクトを、発足させよう!
「ではみんな、羽根をなんとかしちゃおう!」
「はい!」
「なんとかするです~!」
「がんばるよ! がんばるよ!」
そうして、みんなで円陣を組んで気合を入れる。
妖精ちゃんはちっちゃくて円陣を組めないから、ハナちゃんの肩にのっかってだけど。
では、みんなで協力して――なんとか出来る手段を探していきましょう!
「それで、まずは何をしますか?」
「するです?」
気合を入れたところで、さっそくユキちゃんとハナちゃんに活動内容を聞かれた。
――正直に言いましょう。何も考えておりません。
完全ノープラン、でございます。
「ぶっちゃけ何にも考えてない」
「タイシ、むさくだったです~」
「ま、まあ……これから考えていきますか」
「きゃい?」
メンバーのみなさん、ちょっとずっこける。
あれだよあれ、まずは目標を持つことが大事なんだよ。
……だよね?
しかしこのまま無策だとアレなので、何かとっかかりを掴むための行動をしないとね。
……まずは、情報収集が必要か。
「……今思いついたけど、妖精ちゃんの羽根をもうちょっと調べる必要があるかな」
「あ、そうですね。手当するにしても、まずは知ることから始めないと」
「はね、しらべるです?」
今回初めて妖精ちゃんの羽根を拡大してみたわけだけど、色々発見があった。
構造とか、粒子が出てくる位置とか。
もっと詳しく調べれば、何かがわかるかもしれない。
「ということで、君の羽根をもっと調べたいけど……良いかな?」
「いいよ! いいよ! わりとじまんのはねだから、ぞんぶんにみてね!」
妖精ちゃんは元気いっぱいな様子で、承諾してくれた。
わりと自慢の羽根のようで、むしろ見てもらいたいっぽい。
……もしかして、妖精さんたちは羽根を見てもらうのが好きなのかな?
「君たちは、羽根が自慢だったりする?」
「そうだよ! そうだよ! はねはわたしたちの、じまんだよ!」
「じゃあ、他の子たちの羽根も、見て大丈夫?」
「みんなよろこぶよ! はねをじまんできるよ!」
予想通り、妖精さんたちは羽根を見てもらうのが大好きみたいだ。
自慢の綺麗な羽根をだれかに見てもらうのが好き、そんな文化っぽい。
これなら遠慮なく、この妖精ちゃんや他の子たちの羽根を観察できる。
ひと安心だ。
それじゃあまずは、妖精ちゃんの羽根を写真撮影して資料を作成しよう。
家でじっくり分析するのに、役立つはずだ。
「じゃあまずは、妖精ちゃんの羽根を写真撮影して資料を作ろう」
「わかりました、お手伝いします」
「てつだうです~」
「しゃしんってのがよくわからないけど、きょうりょくするよ! するよ!」
という事で妖精ちゃん撮影会の開始だ。
いろんな角度から、妖精ちゃんの羽根を撮影していく。
角度を変えると色も変わるので、なるほど自慢するだけある美しさだ。
「それじゃ、今度は寝そべってみて」
「こうかな? こうかな?」
「ありがとう。それじゃちょっと光を当てるね」
こんな風に最初は真面目に、羽根の拡大写真やらの学術的な写真を撮影した。
しかし、写真を撮影していくにつれ……。
「はい、そこで笑顔を!」
「こうかな? こうかな?」
「かわいいです~」
……ユキちゃんとハナちゃん、だんだん脱線し始める。
妖精ちゃんの、かわいい写真を撮ることに夢中になっている……。
……たしかに可愛いからね。しょうがないよね。
「次は上目使いで! そうそうそんな感じで!」
「がんばるよ! がんばるよ!」
「いいしゃしん、とれたです~」
パシャパシャと、可愛い写真を撮っていく二人だ。
もう学術的資料作成ってこと、完全に忘れてるよね……。
「みんな、なにしてるん?」
「たのしそうね~」
「しゃしんとってるの?」
キャッキャと写真撮影をしていたら、賑やかな雰囲気に釣られてエルフたちが集まってくる。
「かわいいわね~。わたしもしゃしんとっちゃうから! ほら、ハナもならんでならんで!」
「あい~!」
やがてカナさんが、妖精ちゃんとハナちゃん写真を撮影し始める。
ハナちゃんと妖精ちゃん、にっこり笑顔で仲良く写真に納まっている。
あ、あの……。そこの方々。
これは、学術的資料集めでしてね。
「ほかのようせいさんも、よんできたらたのしそうじゃん?」
「あ! それいい!」
「よんでくるわ~」
マイスターが余計なことを思いついて、腕グキさんが走っていく。
そしてすぐに、大勢の妖精さんを引き連れ戻ってきた。
「なにしてるの? なにしてるの?」
「はねをみてくれるんだって! みてくれるんだって!」
「きれいなはね、じまんしちゃうよ! しちゃうよ!」
そうして始まる、妖精さん写真撮影会。
エルフたちは、キャッキャしながら可愛い妖精さん写真を撮り始める。
「キャー! かわいい~!」
「ふたりでにっこりしてみて」
「こうかな? こうかな?」
「にっこりするよ! にっこりだよ!」
「「「キャー!」」」
資料作成……。
――その後しばらく妖精さん撮影会は続き、おびただしい量の資料画像が作成された。
わあ……かわいい写真沢山!
――どうしてこうなった?
◇
妖精ちゃんの件は、資料と言う名のブロマイドが沢山できた。
まあこれでも分析は可能なので、家でじっくり分析しよう。
ただ、この資料を眺めて分析している姿を想像すると……。
かわいい写真を眺めて何かを考え込む一人の男、という危ない姿に見える気がする。
……考えないようにしよう。
気を取り直して、次の仕事に取り掛かる。
今度はユキちゃんと一緒におでかけして、ある場所へ。
車を走らせ訪れた先は――子猫亭。
いつも謎食材をどうにかしてくれる、頼れるお店だ。
今回も頼ってみることにする。
「――というわけで、新たな長野県産食材が出来ました」
「とても美味しいんですよ、これ」
今回持ち込んだ長野県産食材は――電きのこ。
このきわめてアレな食材を、確かな腕のある子猫亭になんとかしてもらうのだ。
なんとかしてもらうのだ。
「……大志さ、これはヤバいんじゃねえの?」
「うわあ怖い! 光ってる!」
「大志君、長野でこんなきのこ……採れるの?」
電きのこを目にした犠牲――おっと子猫亭の面々は、驚き顔だ。
大将と息子さんは、その見た目に慄いている。
しかし奥さんはそんな二人とちがって、びっくり顔で興味津々な様子だ。
いちおう、電きのこちゃんは販売する予定はない。
安定して供給できないので、これで商売は難しいからね。
あと……さすがに電気を食べる食材とかはヤバいと思うわけだ。
この辺を、ちゃんと説明しておこう。
「このきのこですけど、お店で出す食材ではありません」
「ん? 店では出さない?」
「ええ。これはたまに採れる珍味でして、お店で出せる程供給はできないんです」
「……それでは、どうしてうちに持ち込みを?」
息子さんから、持ち込んできた理由を聞かれた。
それじゃ、理由をお話ししましょう。
「このきのこ、美味しいのですけど味が独特でして……調理法があまりないんです」
「焼くか煮るかしかなくて、もったいないなあと……」
俺の後からユキちゃんも補足してくれたけど、理由はこんなところだ。
味が刺激的なだけに、調理方法の幅があまりないそうだ。
エルフたちによると、焼くか煮込むしか知らないとのこと。
――ということで。
子猫亭に、なんとかこのきのこの美味しい調理法を――見つけて欲しいわけだ。
あの電気味、村の地球側メンバーもわりかし病み付きになってしまったわけで。
ぜひとも、もっと種類豊富な調理法でこの電きのこを味わいたい!
そう思ってしまったのだ。
そして、お料理といえば子猫亭。謎食材の被害者と言えば子猫亭だ。
きっとおいしく料理してくれると期待しての、お願いだね。
「もったいないとは言っても、これはそもそも……食べられるのか?」
「それはもちろん! やみつきになりますよ」
自信を持って、食べられると答えておく。
この新感覚の味、やみつきになる。
「うそだあ」
「病み付きになるのね? 興味出てきたわ」
息子さんはかなり疑りまなこだけど、意外にも奥さんが乗り気だ。
奥さん、もしかして探究心旺盛な人?
まあ、子猫亭の意見は分かれているけど――まずは試食と行きましょう!
食べさせてしまえば、こっちの物だからね!
とりあえず、あぶり焼きを食べてもらってから判断してもらおう。
「それではこの青い奴を、二ミリの厚さでスライスして炙ってみてください。一番弱いやつです」
「一番弱い? ……まあ、やってみるけどよ」
「今、不穏な単語が聞こえた気がしますが……」
「強弱があるの?」
「――食べてみてのお楽しみです」
三者三様の反応だけど、大将は試してくれるようだ。
青い奴を手に、厨房に入って行った。
そして待つ事数分後――。
「――焼けたぞ。香りは凄く良いな、このきのこは」
「ほんとだ、良い香りがする。……でも光ってる」
「あら、美味しそうじゃない。……見た目以外は」
青い奴スライスの炙りが、出来上がった。
火加減ばっちりのようで、とっても香ばしい匂いがして食欲をそそられる。
「大志さん、美味しそうですね!」
「だね。おなかが空いてきた」
俺とユキちゃんは美味しい物と知っているので、このビジュアルでも美味しそうに見えている。
……あれ? 洗脳されてる?
まあそれは気にしないことにして、食べてみましょう!
「では、食べましょう。頂きます」
「頂きます」
俺とユキちゃん、ぱくりと一口だ。
「じ、じゃあ俺もひとくち……」
「い、頂きます……」
「では、私も頂きます」
俺とユキちゃんが口に入れるのを見て、大将たちもぱくりと一口。
そしてもぐもぐと噛み始める。
みんなで一緒に、もぐもぐと噛んでいくと――。
お、来た来た! ピリピリ来た!
――う~ん! まろやか電気味!
この青い奴は電力が弱いので、舌にピリピリと電気の味が走る。
なるほど、エルフたちが子供向けというだけある。
まろやかで、それでいてやさしい電気味だ。やっぱり意味がわからない。
……あ、パチパチ出てきたな。髪の毛がなんかパチパチしてきた。
「……ん? んん! んんん!?」
「――うわああ!」
「え? え? ヒリヒリする!?」
お、三人も電流と戦い始めたようだ。
そして――パチパチと髪から火花を出し始める。
みんなは火花に驚いて、目をまんまるにして指をさしあう。
そして、流れる電流に目を白黒させた。
ここからもうちょっと噛んでいると、美味しさがわかるわけだ。
三人はしばらく目を白黒させていたけど、やがて――。
「――嘘だろ、美味えぞ……」
「信じられない……」
「あら、良いじゃないのこれ」
大将たちも美味しさがわかったようで、男二人は愕然とする。
奥さんは笑顔で、ふたくち目を食べた。
……奥さん、意外とたくましい。
まあ……これで電きのこちゃんの美味しさ、理解してもらえたと思う。
電気仲間三名、追加だ!
ふふふ……順調に犠牲――おっと喜びを分かち合う仲間が増えていくね。
フフフ……。
――さて、味もわかってもらえたところで。
子猫亭の面々に、改めてお願いしてみよう。
「これでみなさん、ご理解頂けたと思います。この食材の美味しさと――難しさを」
「ああ……これはもっと美味く料理できるとは思う。だが、確かに難しい」
「このピリピリ? は確かに美味しいですけど、独特ですね」
「言うとおり、もっと美味しくしたくはなるわね」
火花が出ていたことは気にしないことにしたのか、主に味についての感想が来た。
……まあ、大体わかっているみたいだから問題ないよね。
はっきりと「電気」と言ってしまうと常識崩壊だから、あえて言語化しないだけだろう。
「……これを店で出せないのは残念だが、まあ料理人としては興味が出たな」
「美味しい調理方法、探してみます」
「良いわね良いわね、がんばりましょ」
お店で出せないのが残念そうだけど、さすがにこれはね。
エルフ燻製と一緒で、仲間内だけで楽しみましょう。
子猫亭の面々も乗り気なようなので、おまかせだ。
「大志、なんかいい方法が見つかったら連絡するぜ」
「お願いします。お礼は……このきのこをお渡しするということでどうでしょう?」
「良いなそれ。じゃあこのきのこの提供を頼む」
よしよし、これで電きのこちゃん料理が充実するかもだ。
良い料理方法が見つかったら、観光客向けメニューに加えられるかも。
夢は膨らむなあ。
「でさ、これほんとに長野県産だよな? 地球で採れた奴なんだよな?」
「――長野県産です」
ちたまで採れたのは間違いない。だから言い切って問題ない。
……ないよね?