第十二話 芽ワサビちゃんの事、そしてまろやかきのこ
「ぴち~、ぴち~」
「なんですかね、これ」
「芽ワサビちゃんです」
ワサビちゃんの芽が出たので、無線で村のみんなを呼んでみた。
ヤナさんになんですかと聞かれたので、とりあえず芽ワサビちゃんと答えておく。
「……これ、ワサビちゃんなんですか?」
「それっぽいですね」
「それっぽいですか」
まだ蠱惑的なボディを持っておらず、芽の状態だ。
でも、状況証拠的にはそうかなって思う。
ヤナさんは首を傾げてしまったけど、まあそれっぽいってことでひとつ。
「タイシ~。ワサビちゃんのめ、ぼうをのぼってくるです~」
「ほんとだ、どんどん登ってくるね」
「ぴち~」
「あ、もどってった」
ちっちゃワサビちゃんは、なぜだかハナちゃんが持っていた棒を登ってくる。
そして、途中で諦めて池にぽちゃんと戻る。
水上を移動するのは、なんだか得意じゃ無いみたいだ。
ちなみに水上に出てくると、ぷるぷる震えながらぴちぴちと鳴く。
「あかいやつは、わりとうえまでのぼってくるな」
「きいろいのも、そこそこのぼってくるです~」
「青と緑のは、水の中から出てこないね」
「ふしぎです~」
赤、青、黄、緑と四種類の色違いちっちゃワサビちゃんがいるのだけど、赤と黄色は元気よく水の中から出てくる。
青と緑は、近づいては来るけど水の中でぷるぷるしたまんまだ。
色によって行動パターンが、なんか違うね。
「しかし、なんでまた……とつぜんめがでたんですかね?」
「なんでです?」
ワサビちゃんが突然芽を出したことに、ヤナさんとハナちゃん首を傾げる。
ここ数ヶ月、ずっと何にも変化がなかったのに……突然だからね。
不思議に思うのも当然だ。
そしていちおう、俺的には仮説というものは立ててある。
俺が立てた仮説を話してみよう。
「多分だけど、ワサビちゃんの発芽条件は――豪雨、かと思うな」
「おおあめです?」
「そう。それも、一定時間以上の豪雨かな。ハナちゃんたちの世界は、そういうのがあったよね?」
「あるです~! いっしゅうまわったときです~!」
ワサビちゃんはエルフ世界の植物で、エルフ世界は一周に一度大雨が降る。
おそらく、その大雨の時期に合わせて発芽する仕組みなんだ。
何故大雨の時期かといえば……曇り空が続くからかなと思う。
これは、ハナちゃんに確認してみよう。
「大雨が降っている時期って、曇ってばかりだよね?」
「あい。あめがやむまで、くもったまんまです~」
ハナちゃんがエルフ耳をぴこぴこさせながら回答してくれたけど、やっぱりだね。
大雨の期間は、日照量が少ないんだ。
まあ当然の話だね。だって分厚い雲があるんだから。
そして、この曇り空で日照量がすくない、というのが重要だ。
なぜなら、ワサビちゃんは日光が苦手な生きものだからだ。
決まった時期に曇り空が続くなんて、ワサビちゃんにとって大チャンスだ。
この時期を逃す手は無い。
「ワサビちゃんは太陽の光が苦手だけど、曇り空が続く時期なら……良い時期なんじゃないかな?」
「いわれてみれば、そうかもです~」
「まあ、筋は通るか」
「推測だけどね」
ハナちゃんと親父も、それっぽいと思い始めたようだ。
曇り空が続く時期に芽を出せば、日光に暴露する時間を極小化できる。
そして、長時間続く豪雨が来たらその時期だと判断して、芽を出すんじゃないかな。
これは、こっちの梅雨時期に芽を出さなかった点からの推測だね。
あっちの世界に梅雨は無いから、曇り空が続くなんてワサビちゃんにはわからない。
エルフ世界での好条件な時期に合わせて生きてきたのだから、いきなりこっちの世界の気象条件に合わせるのも無理な話だ。
今回は台風前の豪雨と台風本番で、とんでもない雨が降り続けた。
おそらく……その豪雨をあっちの世界の一周と、誤認したのかと思う。
そして「凄い雨来たかな? そろそろかな?」と反応して一気に芽をだした、のかと。
あくまで、それっぽい豪雨を検知したら、なんじゃないかな。
さらに、そんな時期に芽を出すから……水に強くなくては生き残れない。
例え水没していようが、豪雨の時期を感知したら芽を出す。
こんなところだろう。もしかして、豪雨で水があふれるのも発芽条件の一つかもね。
豪雨が降って泳げるほどになったら、とか。
……なんで泳ぐのかは、良くわからないけど。
「ぴち! ……ぴち? ぴち~……」
「あや! また、きのぼうをのぼってきたです~」
「でもなんか、とちゅうであきらめてもどってくんだよな~」
色々考えていると、ワサビちゃんの芽がまたハナちゃんの持っている木の棒を登ってくる。
しかし、マイスターが言うように……途中でぽちゃんと水中に戻っていく。
まずは「ぴち!」でぷるぷると元気よく棒を登ってくる。
次に「ぴち?」で何かに気づき、しばらくぷるぷるする。
そして「ぴち~……」で元気をなくして、水の中に戻っていく感じに見える。
……この行動はなんだろう?
「心なしか、戻っていくときは、葉っぱがしんなりしてますね」
「なんだか、しょんぼりしてるみたいです~」
ユキちゃんとハナちゃんが、水中に戻っていくワサビちゃんの芽をみて……そんなことを言った。
……確かに、なんだか「しょんぼり」しているようにも見える。
わざわざ集まってきて、わざわざ登ってきたのに……最後はしょんぼりして戻る。
意味が分からないな。なんだろ、これ。
「なんだろね。この行動は」
「わかんないです~」
「ぴち!」
「……あ、また登ってきましたね」
「ぴち~……」
「そして諦めたね」
さっきから、ずっとこれだ。登っては諦め、登っては諦め。
この行動の意味がわからないので、みんな首を傾げてしまう。
そんな感じで不思議に思っていると、マイスターがある物に注目した。
「ふむふむ……」
「あえ? どうしたです?」
「いや、ちょっとね」
マイスターが注目したのは、ハナちゃんが持っていた木の棒だ。
いっつもしゅぼっとやっている、あの点火棒だね。
その点火棒を、ふむふむと調べていくマイスター。
「ああ、なるほどね」
……そして一通り調べたマイスター、あごに手を当てて口を開く。
「そのきのぼうは、もうひかってないからじゃね?」
――ん? もう光ってない?
これ、普通の木の棒じゃ、ない?
もしかして、この素材って――。
「――ハナちゃん、この木の棒って……光る木で作った物だったりする?」
「あい~! ひかるきをけずって、ハナがいっしょうけんめいつくったやつです~」
ハナちゃんが持っている木の棒は、あの光る木が素材で確定だ。
――なるほど、そういうことか。
「なるほどね。光る木か」
「あえ? タイシなにかわかったです?」
「なんとなくだけどね」
ワサビちゃんは日光が苦手だけど、それでも光を浴びる必要がある。
そして、今まで浴びていた光は――エルフの森にある、光る木だ。
発芽したら、水中を泳いで光る木を探す。
水の中を泳いでいけば、少ないエネルギーで長距離移動できる。
大雨の時期こそ、最適な時期だ。
そんな感じで森を旅して、目的の木を見つけたら……そこに居座るんだろう。
あとはじっと、大きくなるまで耐える。
こんな所じゃ無いかな?
「タイシさんも、わかった?」
「ええ。この芽ワサビちゃんは、光る木の側に行きたいんですね」
「そうそう、たぶんそうだとおもうじゃん? ためしてみよう」
マイスターも同じ意見のようで、たたたっと森の方に走っていたかと思ったら、一本の木の枝を持ってきた。
あの光る木の枝で、今も淡く光っている。
「ほら、こいつをちかづけてみると……」
「ぴち!」
「ぴち~! ぴち~!」
「ぴちぴち!」
「あや! あつまってきたです!」
予想通り沢山集まってきて、枝を登り出す。
さらに、今度は途中で諦めて水中に戻らず、枝の上でぴちぴちと喜んでいる。
確定だね。芽ワサビちゃんは、光る木に集まるんだ。
「ぴち!」
「お、もどってくぞ」
「こんどは、みずのなかでげんきいっぱいです~」
「満足したのかな?」
赤いのと黄色いのは、しばらく光を浴びると元気いっぱいになって水の中に戻っていった。
緑と青は、水中から出てこず、水の中で光を浴びてぷるぷるしている。
やっぱり、色によって行動が違うな。
この色違いたちは、大きくなったらどうなるんだろう?
……まあ、いずれわかるか。
とりあえずは青系の光を喜ぶところは共通しているようなので、ソーラーLEDライトを設置してあげよう。
夜、思う存分光を浴びて頂きたい。
「それじゃ、ここにもライトを設置するとしよう」
「じゃあ五つほど注文しとくぜ」
「親父、頼んだ」
「こんどはガッチリとした柱、立ててやろう」
「ぴち~」
方針は決まったので、早速地球側ガテンチームが動き始める。
このちいさな命、新しい仲間たち、大事にしていこう。
ワサビちゃん水耕栽培の、始まりだ!
◇
ワサビちゃんの習性が、ちょっとだけ明らかになったその後。
俺たちは雨どいの補修をしたり、温泉掃除をしたり。
妖精さんたちの家を設置しなおしたり、フクロオオカミを呼んできたり。
フクロイヌたちをくすぐりたおして、森に動物や虫さんたちを戻したり。
いろいろ活動して、夕方頃にはやっとこ作業を終えた。
ほっと一安心だ。
そうして安心できたので、集会場でお茶を飲んでいた時のことだった。
「タイシタイシ~! きのこ! きのこたべるです~!」
「たくさんきのこがあって、もうみんなおおはしゃぎですよ!」
「きのこ、やかないと!」
ハナちゃん、ヤナさん、カナさんが例のきのこを抱えて大はしゃぎでやって来た。
三名とも思い思いのきのこを抱えて、もうえびす顔である。
あ、きのこ狩りしてきたんだ……。
「こんなにはえるなんてな~」
「あかいいろのきのこたくさんとか、すてき」
「おれのじまんのきのこりょうり、たべちゃう?」
……他のみなさんも、きのこを抱えているね。
だいたい、模様は青か緑のものみたいだ。
赤い奴は、まだ食べないのかな?
(おいしいきのこ~、しげきてき~)
そう思っていたら、神輿があかくてでっかいきのこを抱えてほよほよと飛んできた。
神様、自分で採ってきたのね。とっておきのやつを。
おまけにぴかぴか光って、すごい嬉しそうだ。
神様自ら、きのこ狩りしちゃうんだ……。
フットワークの軽いというか、親しみがあるね。
「タイシ~! これがタイシのぶんです~。あかいやつ、あかいやつとってきたですよ~!」
おっと、ハナちゃんが抱えているきのこの奥のほうから、赤い奴をもぞもぞと取り出した。
どうやらこれ、俺の分らしいぞ……。それもけっこう、でっかいね……。
いい奴を食べてもらいたいようで、ハナちゃんもう満面の笑顔だ。
赤い奴を持っていなかったから、ちょっと油断していた……。
「もうゆうがたちかいですし、このままゆうしょくにしましょうよ」
「みんなでたべましょ!」
ヤナさんカナさんはもうキャッキャしっぱなしで、早くこのきのこを食べたいようだ。
もう七輪を取り出して、きのこを焼く準備万端だね。
「タイシ~、ハナがおいしくやくですよ~」
「あっはい」
ハナちゃんが調理してくれるそうで、ものすごい張り切っていらっしゃる。
まさか、こんなに早く試練が訪れるとは……。
昨日の今日、だよ?
「……大志さん、あれを食べるのですか?」
「そうらしい」
ユキちゃんは水玉模様が光るアレなきのこをみて、かなり腰が引けている。
初見だとそうだよね。いや、初見じゃなくてもそうか。
しかし、満面の笑顔のハナちゃんがやいてくれるわけで、食べないわけにもいかないものでして……。
「あ、俺ちょっと用事思い出した」
「俺も」
「――逃がさぬ」
そして高橋さんと親父が逃げ出そうとしたので、まわりこんで阻止する。
逃がさぬ! 逃がさぬよ!
「くっ……隙がねえ」
「大志、親子の情はないのか!」
「ふふふ、喜びはみんなで分かち合おうじゃないか」
立ちはだかる俺をパスしようと、高橋さんと親父はじりじりと移動する。
そしてじりじりと移動して動線をつぶしていく俺だ。
「隙あり!」
「――ちっ」
しかし二人がかりなので、一人で阻止するのは不利だった。
高橋さんがちょっとした隙を見つけ、すり抜けようとする。
そのとき――。
「――ここは通しませんよ」
――援軍が現れた。ユキちゃんだ!
なんと、ユキちゃんは――俺陣営についたのだ!
「ぐっ……ここにきてまさかの離反者が!」
「離反? 私は最初から大志さん側ですよ? ……フフフ」
なんとも頼りになる味方が出来た。ありがとう、ユキちゃん!
そうして、じりじりと動きながらユキちゃんは高橋さんと対峙する。
俺は親父と対峙していて、あっちも二人、こっちも二人。
戦力は拮抗した。これでもう――逃げられまい。
「親父、高橋さん。諦めるのだな。みんなで一緒に、きのこを味わおうではないか!」
「――俺には、故郷に残してきた家族がいるんだ! 大志そこをどいてくれ!」
「ふふふ、ならば俺を倒していくがよい」
高橋さん、迫真の演技だ。……演技だよね?
きのこによって俺たちは仲間割れを起こし、膠着状態に。
とても地味な戦いが繰り広げられる。
そうして、醜い争いを続けること数分。
ぽてぽてと、ハナちゃんがやってきた。
「タイシ? みんなでなにやってるです?」
「ゆずれない戦いだよ。人には、時として戦う事も必要なんだ」
ハナちゃんは、俺たちの行動の意味が分からない様だ。
なので、とりあえずかっこよく言っておく。
仲間割れの理由はどうしようもない理由なので、実際は極めてかっこわるい。
大人たちが繰り広げる、かっこわるい争いなのだ。
しかし、譲れない戦いはあるからね。
戦わなくては。
そんな俺たちを見て、ハナちゃん首をこてっと傾げる。そして――。
「よくわからないですけど、きのこやけたですよ。みんなでたべるです~」
「あっはい」
そうして俺たちは、なす術もなくハナちゃんに連行されていったのだった。
◇
ハナちゃんに引き連れられて、広場に到着。
そこでは、エルフたちが七輪を取り出してきのこを焼いていた。
なんだかいい香り。意外と食欲をそそられる。
周りでは妖精さんたちも元気に飛んでいる。
妖精さんたちも、お食事に誘ったんだね。
「おもしろいたべもの! おいしいの? おいしいの?」
「ようせいさんたちも、たべるです~」
「ありがと! ありがと!」
そうして妖精さんたちに、ちっちゃく切り分けられたきのこが配られる。
妖精さんたち、大丈夫かな……。
「きのこ、どうぞです~!」
「あっはい」
そして、俺たちの分も配られた。
おおきな謎きのこがお皿にのせられ、ほかほかと湯気を立てている。
きれいな焼き色が付いていて、香りもなかなかかぐわしい。
これだけなら、とても食欲をそそるかもだ。
ちなみに俺たち地球側四人は、なぜか正座だ。
みんな無表情で、目の前のほかほか湯気を立てるきのこを……見つめている。
「……大志さん、焼いても光ってますよこれ」
「赤々としてるな」
「……ほんとにこれ、食えんの?」
ユキちゃん、親父、高橋さんの順で、そんな感想がこぼれてくる。
そう、焼いてもこのきのこ、光っております……。
俺とユキちゃんは、食べる前提で考えていたからまだなんとかなっている。
しかし……逃げる前提だった親父と高橋さんの目は、なんだかハイライトが無い。
ふふふ、覚悟を決めていたものの勝利よ。
……勝利? だよね?
(おそなえもの~!)
そんな暗い地球側とは異なり、神様はもう大喜びだ。
神輿が、焼けたきのこの上でくるくる回っている。
今か今かと、お供えの瞬間を待っているね。
「みなさんどうされました? やきたてですよ?」
「あったかいうちに、たべるです~!」
ヤナさんが「さあさあ」ときのこを勧めてくれる。
そしてハナちゃんは、期待のこもった眼差しで俺を見つめる。
……うん、まずは神様にお供えしてからだね。
「じゃあ、これを神様にお供えしよう」
「あい~! おそなえするです~!」
(きたー!)
待ちに待ったお供えの時、神輿はぴかぴか光りだす。
それでは、まずは神様に食べてもらって……反応を見ましょう!
「神様、お供え物です! どうぞ!」
「どうぞです~!」
(いただきまーす!)
今回はまばゆい光と共に、一瞬でおっきな焼ききのこが消える。
そして――。
(しげきてき~! さいこ~!)
神輿から――パチパチと火花が!
確かに、刺激的なビジュアルだ。
……。
…………。
――これ、嫌な予感がするぞ。
とても嫌な予感が、するぞ……。
「た、大志さん……」
「うん、気持ちわかるよ」
ユキちゃんが火花をちらす神輿を見て、俺の手をそっと握る。
そして、ぷるぷると震えだす。
だよね、俺もぷるぷるしたいよ……。
「すごくおいしいよ! しげきてきだよ!」
「はじめてのあじ! ふしぎなあじ~!」
「おいしいね! おいしいね!」
妖精さんたちも、もぐもぐと模様が青いのを食べ始める。
神輿と同様、羽根からちょっとだけど――火花をパチパチとちらしながら。
「あ、あああ……」
「ユキちゃん、しっかり!」
倒れそうになるユキちゃんの肩を支え、元気づける。
だって、ユキちゃんが倒れたら……俺が食べる分が増えちゃうからね!
「うーん、ピリピリする~!」
「おいしいわね~」
「このあじ、ひさびさだな~」
「ふがふが」
そしてエルフたちもきのこをひとかじりし、やっぱりパチパチ火花を出す。
髪の毛から、パチパチと。
もうほんと、嫌な予感がする。
だって、食べた人みんな――火花出してるんだぜ?
「お……おお、神よ……」
(およ?)
「俺、明日仕事なんだけどな……」
(おしごと、がんばって~!)
高橋さんもあまりなビジュアルに、神に祈りだす。
神様が反応しちゃったけど、ちがう神様だからね。
そして親父はあきらめ顔をしながら、明日の仕事の心配だ。
みんな――食べた人が火花を散らす様子を見ている。
そしてそれで、どういうきのこか悟ったらしい。
「ではタイシ、たべるです~。はい、あ~ん」
恐れおののく俺たちをよそに、ハナちゃんにっこにこ笑顔だ。
まずは俺に、でかいきのこを差し出してくる。
焼きたてほかほか、謎きのこちゃんだ。
「タイシ~、あ~ん」
いつもの様子で、楽しそうにきのこをあ~んだ。
これは、食べねばなるまい。
……覚悟を決めようか。まあ、アレすることはないだろう。
多分大丈夫。大丈夫なはず。そうだと良いな。
……――では! 頂きます!
「それじゃハナちゃん、頂きます!」
「あい~!」
ハナちゃんがあ~んしてくれたきのこを、ガブリとひとかじり!
あ……これけっこう、香ばしい。
◇
――話は変わるけど、電気っていったいなんだろうね。
いや、科学的には電荷の移動で起きる現象なんだけどさ。
その現象によって、俺たちは色々な恩恵を受けているわけだ。
今や、電気が無い生活なんて考えられないくらいだよね。
電気が止まっちゃったら、家事なんてほとんどできなくなる。
というか、社会が止まっちゃうよね。
そんな大事な大事な電気にきわめて依存して、さらに使いこなしている俺たち地球人。
でも、俺たちは電気の事、まだまだ知らなかったらしい。
◇
――話はちょっと戻って、ハナちゃんにあ~んしてもらった所から。
「それじゃハナちゃん、頂きます!」
「あい~!」
ハナちゃんがあ~んしてくれたきのこを、ガブリとひとかじり!
――ここから先、もう未知の体験だった。
まず口の中に香ばしくも濃厚な味が広がる。
シメジとマイタケのような、それでいて甘みがあるような。
とても不思議な味で、しかし香ばしさと相まってきわめて美味しかった。
触感は……エリンギに近いかな? 歯ごたえがけっこうある。
そこまでは良かった。
問題は――こっから先だ。
「……ん? なんだか……口の中が……ビリビリしてきた!」
「それです~! それがキくです~!」
「うわああ!」
噛めば噛むほど――口の中がビリビリしてきた!
これ、これ――やっぱり電気!
このきのこ、嫌な予感どおり――電気が! 電気が!
舌が! 舌がビリビリする!
なにこれ! このきのこは、電気のきのこ……電きのこだ!
「それですけど、なれてくると、まろやかなあじがわかってきますよ」
「しげきてきななかにも、まろやかなビリビリ。これがたまらないんだな~」
「あおいやつはこのビリビリがよわいから、こどもむけなのよ~」
電きのこの衝撃に目を白黒させていると、エルフたちから味の説明が。
……まろやかなの? 電気だよ?
そうしてきのこの味と電流を味わっていると――。
――あ、ほんと、なんだかまろやかな感じがしてきた。
これは――電気味?
……知らなかった、電気って味がするんだ……。
シメジとマイタケが合わさったような不思議な味と、香ばしい香り。
それらが持つ濃厚な旨味が舌を楽しませ、エリンギのような触感が噛むことの楽しさを教えてくれる。
そして、刺激的かつまろやかな――電気の味がいろんなところを駆けめぐる。
漏れ出た電流が、髪の毛をパチパチさせるのがわかる。
これ、電気刺激に慣れてみれば……美味しいかも?
「タイシタイシ~! きのこおいしいです?」
「確かに……思ってたより――ずっと美味しいね」
「……大志さん、それほんとですか?」
ハナちゃんが感想を聞いてきたので、正直なところを告げる。
意外と美味しかった。とくに電気のところが意外と。
そして、それを聞いていたユキちゃんはかなり疑っておられるご様子。
まあ、疑うのも無理はない。だって電気だからね。
「ハナもたべるです~」
「じゃあ自分が食べさせてあげよう。はい、あ~ん」
「あ~ん」
ユキちゃんが疑りまなこで見ている中、かまわずハナちゃんに電きのこを食べさせてあげる。
ちっちゃなおくちをあんぐり開けて、ぱくっと一口だ。
「おいしいです~! ビリビリまろやか、いいかんじです~」
もぎゅもぎゅと、おいしそうに電きのこを食べるハナちゃんだ。
髪の毛の辺りからパチパチと放電しながらも、エルフ耳はへにゃっと垂れて、顔はとろんとした感じに。
ほんと美味しそうに食べている。
あと、帯電しているせいか……髪の毛がふぁさ~っと立ち上がったね。
……さて、ユキちゃんにも食べてもらおうかな。ふふふ。
「ではユキちゃん、あ~ん」
「え? え? え? いきなりリア充イベント!」
「ユキお嬢様、お食べください」
「はい!」
勢いでユキちゃんにもあ~んをしてみると、ものすごい食いついた!
ぱくっって感じで、電きのこを一口だ。
「~! ――! ――!」
そして目を白黒させて、電きのこちゃんの味を堪能するユキちゃんだ。
今ユキちゃんは――電流と戦っているのだ。
表情がころころ変わって、かわいいね。
そんな感じでしばらくわたわたしていたユキちゃんだけど――。
「……あ、美味しいかも」
「でしょでしょ、おいしいですよね!」
「まろやかです~」
ユキちゃんも電気の味がわかったようで、びっくり顔になった。
はい、仲間二号できあがりだ。
エルフたちも、おすすめ電気グルメが俺とユキちゃんに好評なので、嬉しそうだ。
ヤナさんもハナちゃんも、我が事のように喜んでいる。
やっぱり、お勧めしたのが喜ばれたら、嬉しいよね。
……さて、残る犠牲者はあと二人か。
「では、親父と高橋さんもどうぞ」
「ほんとに美味いの?」
「神よ……」
(およ?)
親父と高橋さんもあきらめたようで、ようやくえいやっと一口食べた。
そしてやっぱり、目を白黒させる。
地球人にとって衝撃的なこのエルフ電気グルメ、どうぞご堪能下さいだね。
ちなみに神様は、自分が呼ばれたと勘違いしたようだ。
およおよと、二人の頭上をくるくる飛び回っている。
違う神様のことですから、気にしなくても大丈夫ですよ。
でも、面倒見の良い神様ですね。
「……やべえ、美味え」
「まさか、電気が食えるとは……」
やがて、しばらく目を白黒させていた二人――驚き顔に変わる。
やっぱり、味的には良かったようだ。
電気を食べるという衝撃体験をして、信じられない様子だね。
これでめでたく、全員電気仲間になった。
良きかな良きかな。
……しかしこのきのこ、ヤバいな。
電気を食べられるようにするきのこだ。ものすごくヤバい。
やっぱり、カミナリを受けた結果、なのかな?
森の木がカミナリを受けると、電気をアレしてコレしてなんかの力に変える。
その結果、不思議現象が色々起きる。
でも、電気が余ったりとかしたら……きのこにして貯蔵しておく。
そんな感じなのかもしれない。
それか……森が――電気のおすそわけをしてくれたのか。
森が、「電気余ったから、あげるよ」的な感じで、きのこにしてくれるのか。
なんにせよ、食べられる電気にしてしまう。
ほんと、ヤバい。食べている時のビジュアルも、けっこうヤバい。でも美味しい。
味は、一言でいうと――まろやかな電気味。
意味がわからない。
「タイシ~、おかわりあるです~」
「あっはい」
そうして、みんなでまろやかな電気味を堪能したのだった。
みんな静電気で髪の毛が逆立って、つんつん頭になったけど……。
電きのこちゃんを食べて、楽しく夜は更けていった。
ちなみに、後で気づいたんだけど……。
このとき持っていたスマホの電池残量が――満タンになっていました。
電きのこ凄い! そして怖い!