第十三話 私たち、夢をみているのかしら
皆の頑張りもあり、一通り料理が出来上がった。
各種山菜の天ぷらとたけのこ汁、それとラーメンだ。
ラーメンがきわめて浮いているけど、それしかないので仕方がない……。
まあ、これはそのうちどうするか考えよう。
それは、皆に山菜料理とラーメン、天ぷら用に塩を少々配ろうかな。
◇
「お、おおおお。しおがこんなに」
「ひとりぶんでこのしおのりょうとか、すてき」
「おれ、このしおだけでしばらくいきていけるわ」
配膳が終わると、エルフ達はなんだかすごい喜んでいた。
彼らにとって貴重な塩が、それなりの量配られたとあって、エルフ達はテンションが上がっているみたいだ。
スプーン一杯程度の塩なのだけど、それでも大はしゃぎだ。
……でもそこのエルフさん、この塩だけでしばらく生きていくのは無理だよ……。
そんなキャッキャしているエルフ達に、天ぷらの食べ方を説明しよう。
「天ぷらにこの塩をちょっとだけつけて、食べてください。さらに美味しくなります」
「ごちそうですね」
「おいしそうです~」
ハナちゃん一家も大喜びだ。
おじいちゃんおばあちゃん、ひいおばあちゃんも顔をくしゃくしゃにして喜んでいる。
「では皆さん、頂きましょうか」
「はい」
「わーい」
合図とともに、それぞれ料理を口にしていく。
ラーメンを食べる人、天ぷらを齧るひと、塩だけまず舐める人、皆それぞれだね。
一口食べては笑顔、一口食べてはびっくりしていて、見ていて飽きないな。
「このてんぷらってやつ、さくっとしておいしい!」
「しおあじ、いいな」
「この、みそしるってやつしゅごい」
「ふがふが」
各々、お気に入りの料理が出来たみたいだ。
お年寄りは、味噌汁が気に入ったらしい。
たけのこしかはいってない素朴なやつだけど、よくお代わりをしている。
……本来ならサバの水煮を入れたりしたいけど、缶詰は値が張るので、またの機会にしようと思う。
「いやあ、ここんとこずっとごちそうですばらしい」
「わたしたち、ゆめをみているのかしら」
何人かのエルフが、しみじみとそう言う。
確かに、あれほど食い詰めていたのが一転、ここ二日は彼らにとってご馳走ばかりだ。
夢だと疑うのも、無理はない。
「そうだったらやだな……ちょっとつねってみてくれ」
夢じゃないと実感したいのか、あるエルフが言った。
「あい」
そうして、ハナちゃんがおもむろにそのエルフを抓った。
あっ……そこは。
「いたたたたた、ハナちゃんそこ、じみにいたい……」
「ハナちゃん、じんたいのきゅうしょ、よくわかってるわね」
「えへへ」
アキレス腱抓むとか、ハナちゃんは通だね。
そこ抓まれると、足首が動かせなくなるんだよな。
「ゆめじゃないんだな」
抓られたエルフは、地味な痛みで夢ではないと、地味に実感する。
――地味エルフである。
「あんだけくうにこまってたのが、うそみたい」
「んだんだ」
しみじみと他のエルフ達も言った。
まあ、こっちは話を聞いただけなので実感はないけど、そうとうキツかったようだ。
これから先も、なんとか彼らが飢えないよう、お互い協力していかないといけないな……。
そんな皆をしみじみとみていると、ヤナさんが話しかけてきた。
「タイシさん、あんまりたべてないですけどだいじょうぶですか?」
俺があまり食べていないことに気づいたのか。
周りを良く見ている人だな。エルフ達のリーダーだけある。
まあ、心配かけちゃったかな?
あんまり食べていない理由を、説明しとこう。
「ああ、今日は家に帰って食べますので、ここではこれくらいで良いんです」
さすがに二日も家を空けているので、そろそろ帰らなければならない。
これからの準備もあるので、いつまでも村に居続けることは出来ないんだよね……。
「いえにかえりますか」
「家には父親も居ますしね。あまり空けるのも良くないので。またこちらに顔を出しますので、ご心配なく」
「そうですか」
家に帰ると聞いて、ちょっと不安そうだったので、また来る旨は伝えた。
それを聞いても、まだ不安そうだ。
でもまあ……そこは信用して頂きたい。
そんなやり取りの中、和やかに夕食は進んでいき、ぼちぼち全員が食べ終わる。
「では、私はここでいったん家に帰ろうと思います。二日後くらいにまた顔をだしますので」
「タイシいっちゃうのです?」
ハナちゃんが不安そうに聞いてくる。
「うん、さすがに家に帰らないとね。また来るから安心して」
「あい~」
ハナちゃんはさびしそうな顔をするけど、仕方がない。
「このたびは、ほんとうにありがとうございます」
「ありがとう」
「ほんとう、たすかったべさ」
いったん家に帰ると聞いて、皆が集まってきてそれぞれお礼を言ってくれる。
悪い気はしないな。これからも頑張ろうと思える。
「いえいえ、また今後どうするか色々考えてきますので、皆で頑張りましょう」
「おねがいします」
「がんばります」
「あい~」
そして、ひとしきり挨拶をした後、車を出して村から離れる。
村を出る俺を、エルフ達が集まって見送りをしてくれた。
彼らの姿に後ろ髪ひかれる思いだけど、色々やらなければならないことがある。
次に来る時を楽しみにして、今はいったん家に帰ろう。
――エルフ達は、姿が見えなくなるまで、笑顔で手を振ってくれていた。
◇
一時間ほど車を走らせて、ようやく家に到着した。
お土産の山菜が入った段ボール箱を抱えて家に入る。
「お、大志、帰ってきたか」
「ただいま。これエルフ達と採ってきた、山菜のおすそわけ」
結構な量の山菜が入った箱を、どさりと置いた
「おお、いいねいいいね、これ天ぷらにして一杯やろう。飲みながら話聞かせてくれ」
「そうだね。もうがっつり飲んじゃおう」
「飯はどうする?」
「むこうでは軽くしか食べてきてないから、食べるよ」
昨日からラーメンばっかりだったから、米の飯が無性に食べたい。
「じゃあ今日は俺が晩飯作るから、大志はゆっくりしてな」
「お願いしようかな。献立はお任せで」
「あいよ」
部屋着に着替えてから、居間でくつろぐ。
どっと疲れが出てきた。約三十人ほどの面倒を二日に渡って見てきたから、流石に疲れたな。
――でもまだまだこれから、なんだよな……これは大変だ。
そうしてしばらくお茶を飲んだり、テレビを見たりしてくつろいでいると、親父から声がかかった。
「おーい大志、ちょっと運ぶの手伝ってくれや」
「はいよ」
晩飯が出来たようだ。手伝ってくるか。
――今日の献立はサバの塩焼きに小松菜のおひたし、山菜の天ぷらと味噌汁か。
素朴だがこういうのが美味しい。いいね。
「そんじゃあ食べますか。いただきます」
「いただきます」
「ほら大志、ビール飲めや」
「ありがと」
晩飯を食べながら飲み始めた。ぐいっと飲んだ冷えたビールが、体に染みわたる。
ビールは、最初の一口が異様に美味い。なぜだろうか。
「あーいいね、疲れたところにこれは効くわ」
「三十人くらいだもんな、そら疲れるわ」
「うん、振り回されっぱなしだったよ。皆結構元気だったな」
空元気かもしれないが、逆境にもめげずに元気に振る舞う、あの面白エルフ達を思い出す。
「そんで、どんな感じなんだ?」
「皆素直で、穏やかな感じ。あとは……詳しく聞いてないから正確なところはわからないけど、石器とか土器とか言ってた。文明としては石器時代なのかもね」
「かなり原始的な感じか?」
どうだったろうか。服は割と凝った作りだったし、弓も木の食器も悪くない品質だった。
日数などの暦も理解していたということは、数の概念もあると思う。
「少なくとも、縄文文化位はいってると思う。服や道具の作りもそれなりに高度だったし、日付の概念も理解してる」
「縄文くらいなら、かなり高度なところまでいってるな」
「そんな感じかな。それなりの人数の集落を維持できていたようだし、統制も取れてた。こっちの道具の使い方も直ぐに覚えていたんで、結構なじむの早いかもしれない」
そうなのだ。彼らから離れて振り返ってみれば、調理器具の使い方はすぐに覚えて使いこなしていたし、割と理解が早くて器用だった。
教えた山菜の種類も、約一名を除いてすぐに覚えていたしで、今にして思えばかなりすごいと思う。
俺が同じ立場だったとしたら、あそこまで器用に振る舞えただろうか。
……難しいような気がする。
「おー優秀じゃねえの。それなら割と早いうちに自立できると思うぜ」
「そんな感じはするね。農業教えて秋まで持たせれば、あとは自力で維持できると俺も思う」
いったいどうなるかと思ってはいたけど、親父と話しながら彼らを振り返ってみれば、何とかなりそうな気はしてきた。
エルフ達はなんだかんだ言って、割とすんなりこちらのやり方を受け入れていた。
これなら、方法論の違いで大きく揉めることも少ないんじゃないかな?
そうなってくれれば、こちら側としても随分楽になる。
「農業指導の方は俺も協力すっから、まぁ肩の力抜いていけや」
「そうする。とりあえず米と野菜作ってもらうか。あと小麦も」
「そばもやっとけ、今からまけば夏には収穫できる。高きびもいいんじゃないかな。応用が利く」
そばと高きびか。どっちも手間はかからないからいいかも。
救荒作物なので、万が一を考えると保険にもなる。
……でも、そばは花が咲くとちょっと大変な部分もあるから……どうしようかな。
「こりゃ忙しくなるかな」
「まぁしょうがないさ。借りられる手は借りてやればいいさ」
実際問題、誰かの手を借りなければ無理な話だね。
俺が使えそうなツテを、一回洗い出す必要があるかな。
……まあ急ぐことも無いか。できるときに、できるだけやろう。
「ぼちぼちやってくわ。一人じゃ疲れちゃうし」
「そうだ大志、疲れ取るために明日の朝、温泉行こうや。さっぱりすりゃ頭も回るだろ」
「温泉いいねぇ。最近行ってなかったから、久々にいくか」
温泉か……そうだな。体も疲れているしで、久々に熱い温泉に浸かりたいな。
山ノ内の温泉は大体熱いので、そこにしようか。近いし。
見晴らしが良いところがいいかな、それともサウナが付いているところが良いかな。
いろいろある温泉の何処に行こうか、候補が沢山あって迷っちゃうな……。
まあ、明日の楽しみもできたし、腹も膨れ酒もいい感じに回ってきて会話は弾んだ。
やっぱり、人に相談するのは大事だな……。
そうして、今後どうするか親父とあれこれ相談しながら、食事は進んでいった。
「じゃあ飯食い終わったら、早めに寝とけ。片付けは俺がやっておくから」
「ありがと。今日は甘えさせてもらうわ」
夕食を食べ終え一通り相談した後、親父が言ってきた。
ここはお言葉に甘えて家事は親父に任せ、俺は早めに寝ることにしよう。
明日もやることが一杯だ。
自分の部屋に行き布団に入ってから、明日の予定を組み立てようと考えてみる。
明日は温泉入って、それから、それから……ZZZ。