第十一話 いいこと、あったです~!
二時間ほど仮眠して目が覚めたけど、なんだかあんまり寝た気がしない……。
……やっぱり疲れてるのかな?
最近色々忙しかったから、それが原因かな――て。
「ギニャ……ギニャ……」
「ニャ~……」
(むにゃ……)
「すぴぴ」
――原因、判明。
みんな、なんで俺の上で寝てるの……?
◇
とりあえず俺の上で寝ていたみんなを定位置に戻して、お仕事再開としよう。
もう深夜になっていて、台風がそろそろ通り過ぎようとしている頃だ。
ということで、起きているみんなと夜食を取ることにした。
「おにぎり、おいしいな~」
「塩味がきいてて、いいですね」
「あ、おみそしるもどうぞ」
女性陣が作ってくれた夜食を、ありがたく頂く。
親父とメカ好きさんは巡回中で、一足先に夜食は食べたようだ。
ブラボーチームの無線を聞き逃さないよう、耳は無線に集中しとかないとね。
「しかし、いまのところたんぼにえいきょうがでてなくてよかったですね」
「あれがだめになると、こまっちゃうもんな~」
「このあめとかぜじゃ、タイシさんがピリピリするのもわかる」
俺が仮眠している間に、二回ほど巡回をしたらしい。
そして今のところ、異常なしとのこと。
カミナリのほうは俺が仮眠に入ってから、一時間ほどズンドコ落ちていたらしい。
今はもう静かなもので、カミナリは完全に治まったぽい。
なので、もう近づいても大丈夫かな? という段階だそうだ。
まあ、田んぼに影響がなくて俺もほっと一安心だ。
ここで田んぼがやられると、エルフ越冬計画に大幅な修正が必要となる。
それに、あれだけ苦労して作ったコメが収穫目前でダメになる、これは精神的に相当キツい。
時間をかけて我が子のように育てた農作物がダメになる、ほんとこれはキツい。
農家をやっていると数年単位でそういうことがおきるだけに、ピリピリもしちゃうね。
この台風が過ぎたら、急いでコメを収穫しよう。
そうすれば、危ない見回りもせずとも済む。
俺たちも、出来ればやりたくないけど、仕方なしにやっているからね。
しないで済むなら、それに越したことは無い。
「この台風が落ち着いたら、もうコメは収穫しちゃいましょう」
「とうとうですか!」
「ええ、とうとうです。これで、食べ物に困ることは……まあなくなりますよ」
「ようやくここまで……」
ヤナさんに収穫の予定を伝えると、なんだかじーんとしてしまった。
田植えに追肥に、雨の日も風の日も田んぼの見回りと、一生懸命やってきた。
感慨深いだろうね。
まあ、まだ小麦も残ってるんだけど。
播種の時期がちょっと遅かったから、小麦はまだまだ時間がかかるんだよね。
「たくさんとれたらさ、おまつりしない?」
「まつり、いいね~」
マイスターとマッチョさんも、収穫を楽しみにしているね。
お祭りしようって話も出てきたけど、良いかも。
収穫が終わったら、企画してみようか。
小麦はまだだけど、コメが収穫出来たら祭りしちゃって良いよね。
さて、あと一息だ。
もうすぐ台風は通り過ぎる。あとちょっと。
そうして夜食を食べて雑談をして、親父たちブラボーチームからの通信を待つ。
この、待っている時間はやけに長く感じる。
そうして、十数分ほど待った頃――。
『こちらブラボー、森の情報を確認した。報告することがあるのでこれより戻る。どうぞ』
――ようやく親父から、無線が入ってきた。
報告したいことがあるそうで、戻ってくるのか。
……一体、何だろう。
「こちらアルファ、りょうかいしました。どうぞ」
ヤナさんが了解し、返信を送る。これで親父たちが返ってくるのを待つだけだ。
雨もすっかり落ち着いて、もう雨具なしでも問題ない程度になっている。
もう、台風は過ぎ去ったから、これが今夜最後の巡回だな。
あとは、夜が明けてからだ。
明るくなってから、最終確認といこう。
「今戻った。もう台風は過ぎたな」
「ただいま~」
そうしているうちに、親父とメカ好きさんが帰ってきた。
二人とも特に疲れた様子もなく、まだまだ元気だね。
それじゃあったかい味噌汁を飲んでもらって、落ち着いたら報告を聞こう。
◇
あったかい味噌汁を飲んでもらって、ほっと一息。
そろそろ落ち着いたろうから、報告を聞いてみよう。
「親父、報告したいことがあるそうだけど、なんかあった?」
「ああ、あった。まあちっとこいつを見てくれや」
そうして親父は、アクションカムからメモリーカードを引き抜く。
まずは動画を確認してってことか。
それじゃ、早速ノートPCにセットして……と。
外部メモリのマウントが完了し、フォルダが開く。
いくつか動画ファイルが表示されたので、番号の若い順から再生していこう。
一番若いファイルは……妖精さん居住区の辺りだね。丘になっているところだ。
「もうちょっと先だな、次の動画を表示してくれ」
「わかった」
どうやらここは問題なかったらしく、次の動画を再生する。
妖精さん居住区からちょっと下がったところ、森の境界の映像だ。
……凄い量の水が、森に流れ込んでるな。濁流だ。
「――これだ、ここを良く見てくれ。凄い水が流れ込んでるだろ?」
親父がディスプレイを指さして、森に流れ込む濁流を指摘する。
……まあ、大雨が降っているからそういう事も起きるかもだ。
しかし、親父的にはこれが問題っぽいな。眉を寄せている。
何が問題と思っているのか、聞いてみよう。
「……親父、これの何が気になる?」
「二つある。まずは……こうならないように水路を作ったのに、なぜか森に集中して水が流れ込んでる点だ」
「……森に集中してる?」
「ああ。ほら……ここで水の流れが変わってるんだ」
「……確かに」
親父が動画を止めて、映像内のある場所を指さす。
そこは……周囲の水流が――なぜか一点に集まっていた。
それを見た高橋さんも、眉を寄せる。
「変だな……こうならないよう、用水路を作ったはずなんだが」
高橋さんがぽつりとつぶやいたけど、確かに用水路はそういう目的で作った。
バックホウで突貫工事をしたものだけど、流路はそれなりに設計して作った――はずだった。
……なのに、水は森に集中して流れ込んでいる。
まるで――用水路を無視するかのように。
「作った用水路を無視して、森に水が集中してるぽいね」
「ああ。それっぽい」
「さらにだ、続きみてくれよ」
俺と高橋さんが首を傾げる中、親父が一時停止を解除した。
動画の再生が再開され、こんどは森の下側に移動する様子が映し出される。
「ここだ。……大志、おかしいと思わないか? これ」
「どれどれ……あ!」
「な? 大志、やっぱりおかしいだろ?」
「親父の言うとおり、これはおかしい。明らかに変だ」
「何だこれ? ほんとにおかしい」
親父がおかしいと指摘したそこは、俺も高橋さんも納得のおかしさだった。
「これ、なにがおかしいんです?」
「ふつうにみえるけど」
「なんだろ?」
ヤナさんたちエルフ組はピンと来ていないので、説明しよう。
とはいえ、凄く簡単な話だ。
森にインプットされた水量に対して――アウトプットが異常に少ない。
ただ、それだけだ。
「あんなに沢山水が森に流れ込んだのに――なぜこんなに出てくる水が少ないのか、ですね」
「え? ふつうですよね?」
「いつもどおりじゃん?」
「まえからこうだったよ?」
――なんですと?
え? いつも通りなのこれ?
「みなさんの森って、こんなんなんですか?」
「ええ。おおあめがふると、ずんどこみずをきゅうしゅうしますよ」
「ズンドコ吸収しちゃいますか……」
「ええ、ずんどこ。……ふつうですよね?」
普通じゃないよ……少なくともこっちの世界では。
降った雨を、あるだけ吸収するとかしませんから……。
……あれだ、俺たちにとっちゃ異常でも……エルフたちにとっては日常なわけか。
「……親父、どうやらこれが普通らしいぞ」
「これが普通ったってなあ……」
「意味わかんねえ」
親父も高橋さんも、もうお手上げ状態だ。その気持ち良くわかる。
俺も意味わかんない。
ただまあ、田んぼの用水路が無事なのも、理由はわかったね。
森が水をズンドコ吸収しちゃうので、下の田んぼに濁流が押し寄せないんだ。
田んぼの用水路の容量を超える水が――下まで流れて行かない、これだ。
……森が食いしん坊なおかげで、下の田んぼは助かったって事かもしれない。
でなけりゃ、用水路の詰まりやオーバーフローは確実に起きていたはずだ。
森のおかげで――俺たちは危険から遠ざかることが、できたんだと思う。
「親父、あの森のおかげで、下は水害から守られたんだと思うよ」
「……結果的か意図的かどうかは別として、それだったら大助かりだな」
「ZZZ」
親父と顔を見合わせて、意味が分からないながらもひとまずの納得を得た。
エルフの森――ありがとうって事で。
こっちに来たエルフたちだけじゃなくて、俺たちも守ってもらったかな?
……不思議な森だ。そして意味わかんない。
高橋さんなんて、意味わからな過ぎてもう寝てる。
思考どころか意識も放棄してしまった。
……気持ちはわかる。俺ももう、寝たい。
「とりあえず、もんだいはないのですよね?」
悩む俺たちをよそに、ヤナさんが手を挙げて確認して来た。
……問題はないって事で、良いと思う。
俺たちが焦りっぱなしなだけで、エルフたちは落ち着いたものだ。
日常にある事だから、焦る必要がないって事だもんね。
そしてこの混乱、俺たち地球側の情報収集不足が招いたものだ。
これは、反省しとこう。
慌てる前に、エルフたちの話を良く聞こうねってことで。
――てことで、問題なしって事で締めくくろう。
「カミナリも水量も、問題なしって事にしましょう」
「ああ、もうそれで良いと思う。どうにもならんからな」
「ZZZ]
地球側はもうそれで良いので、あとはエルフ側だね。
「みなさんはどうですか? 問題ないですよね?」
「ええ、ありません。いつものことですから」
「これは、もりがかなりげんきになったとおもうじゃん」
「あかるくなったら、かくにんしにいこうぜ」
「あしたは、おれらもむせんつかっていい?」
エルフ消防団は、もうすっかり一仕事終えた感じだ。
みんなも問題なしって事で良いかな。
……メカ好きさんは、無線を使いたくてしょうがないみたいだけど。
明日、存分に使ってもらいましょう。
あ、もしメカ好きさんのアレが離脱したら……。
……無線で呼んでもらえば良いか。
◇
――そして早朝。
台風一過の快晴の中、台風被害の確認のため見回りを開始する。
「ハナもみまわり、てつだうです~」
「私はこっちの方を見ますね」
「てわけしてみまわるわ~」
妖精さんとフクロイヌは安全のため集会場で待機だけど、村のエルフたちは早起きして見回りのお手伝いだ。
ハナちゃんは俺のズボンのすそをクイクイしているので、一緒に見回りしたいみたいだね。
ではお誘いしよう。
俺とハナちゃんと、マイスターの三人組で見回ろう。
「それじゃハナちゃん、一緒に行こうか」
「あい~! タイシとみまわりです~」
「むせんき、こんどはおれがつかうじゃん」
という事で、手分けして見回り開始だ。
さて、どこから見回ろうかな?
「タイシタイシ~! きのこ! きのこがあるかみにいくです~!」
「お、きのこか。いいかも」
ハナちゃんがしきりに、例のカミナリきのこを見に行きたがっている……。
マイスターも賛成のようだから、まずは森を見に行こう。
「じゃあ森に行くよ。足元に気を付けてね」
「あい~!」
「いくじゃん!」
そうしてぽてぽて歩くハナちゃんと一緒に、俺とマイスターも森に向かう。
『こちらチャーリー、温泉は泥とゴミが流入していて、大掃除が必要だ。どうぞ』
『こちらブラボー! たんぼはもんだいなし! ひがいはないです! どうぞ!』
『こちらエコー、三棟に雨どいが外れる被害が出ていて、修理の必要があります。どうぞ』
森に向かう途中、続々と無線に報告が入ってくる。
田んぼが被害ゼロなのは、本当に良かった。助かった。
メカ好きさんが通信しているようで、妙に気合が入っているけど……。
あと、温泉の被害については……まあ想定内だ。
露天だから、どうしたって大雨が降ればこうなる。
住宅の雨どいについては……雨が凄まじすぎて、ステーか連結部が耐えられなかったかな?
まあ、雨どいは大雪対策で、わざと外れるようになっている。
家本体にダメージを与えないためだけど、今回はそれが働いちゃったかもだな。
それはまたはめればば良いだけなので、すぐに直せる。
今のところ、主な被害はこれくらいか。被害は、殆どない感じだね。
まだ安心は出来ないけど……少し気が楽になった。
同行のハナちゃんたちにも、大きな被害はまだ確認されてない点を伝えよう。
「今の所、大きな被害は見つかってないみたいですね」
「よかったです~」
「おれらもかくにん、がんばろう」
目だった被害がない事に喜ぶハナちゃんと、まだまだ気を抜かないマイスターだね。
マイスターは消防団活動をしただけに、まだ仕事は終わってないのをよく自覚している。
それじゃ、自覚も確認できたところで……マイスターに無線通信をやってもらおう。
これから森に入って確認するから、まずはその報告だね。
「それでは、森に入る報告を無線でお願いします」
「おう! ほうこくするじゃん!」
そうして、マイスターはいそいそとトランシーバーを取り出し送信ボタンをぽちっと押す。
「あ~。こちらデルタ。これよりもりのかくにんをはじめる。どうぞ」
『こちらアルファ、りょうかいしました。どうぞ』
すぐさまヤナさんから返報が来る。しっかりモニタしてるね。
「おお~! じっさいにつかうとすげえ~! むせんきすげえ~!」
実際に無線機を使ってみて、マイスターはいたく感動のご様子。
こうして無線に慣れていけば、消防団活動でも有効につかえるだろうね。
これからコツコツと、無線運用を覚えてもらおう。
それはさておき、マイスターの報告も終わったから、森を確認するか。
まずは、落雷のあったところからかな?
「では報告も終わりましたので、森に入りましょう。まずはカミナリが落ちた所の確認をしたいと思います」
「おう、がんばんべ」
「いくです~! きのこです~!」
ということでさっそく森の中に入って、昨日落雷した木の所に向かうと――。
「――あったです~! きのこどっさりです~!」
「うおおおお! すげえたくさんあるじゃん!」
――木の根元に、怪しげなきのこが沢山出来ていた。
でっかいしめじみたいなきのこなんだけど……かさに水玉模様がある。
そして、水玉模様はなんだか――光っている。
きのこにより光る色が違っていて、青く光っていたり緑に光っていたり、赤いのもある。
……これ、食べるの? ホントに? 見た目キツくない?
「これ! これがいちばんいいやつです~!」
「あかいやつじゃん! すげええ~!」
……俺の懸念をよそに、ハナちゃんとマイスターは大盛り上がりだ。
なんか、水玉模様が赤い奴が良いらしい。一番見た目がアレなやつなんだけど……。
……もしかして、色が違うと味も変わるのかな?
「ハナちゃん、これって色で美味しさがかわるの?」
「あい~! このあかいのは、さいこうのやつです~」
「こんなたくさんあるのって、はじめてみた!」
ハナちゃんとマイスター、大興奮だ。
そうして興奮する二人から色々聞いた結果、色により等級があることが分かった。
青は、かなりおいしいやつ。
緑は、すんごくおいしいやつ。
黄は、もうほんとおいしいやつ。
赤が、とんでもなくしげきてきなやつ。
……だそうだ。
赤だけ「おいしいやつ」という言葉が付かなかったのが、とっても気になる……。
「き~のこ、きのこ~、たくさんです~」
「こんだけあれば、しばらくくえるぞ~」
そして歌いだす二人だ。もう嬉しくてしょうがないようだ。
きのこの周りで、キャッキャと大はしゃぎだ。
……まあ、俺たちが天然マイタケを見つけたときみたいなもんか。
天然マイタケは、ガチで美味しいからね。そんな状況なのかもしれない。
他の木々にも、こんな謎きのこが沢山ある。
カミナリが落ちた木は、だいたいきのこが生えてるっぽい。
マイスターの言うとおり、これだけあればしばらく食べられるね。
……しかし、俺もこれ、食べなきゃいけないのかなあ……。
きっとおすすめしてくれるよね……。
……まあ、いずれ来る試練の時は後で考えよう。
きのこはこれで良いとして、森が水を大量に吸収していたのが凄い気になっているわけで。
そこも含めて、もうちょっと森を確認しよう。
「二人とも、きのこはこれくらいにして、森をもうちょっと確認しよう」
「あや~、きのこ~……」
「きのこ~」
……きのこに首ったけのハナちゃんとマイスター、名残惜しそうだ。
でもまあ、仕事があるからまずはそっちだね。
「ささ、見回り再開だよ」
「きのこ~、またくるです~……」
「まっててくれ~」
きのこに手を振る二人と一緒に、ぼちぼちと森を移動する。
そして――すぐに異変を見つけた。
一本の木の洞から――水が出ている!
ぱしゃぱしゃと水が!
さらにその洞から出る水が、ちょっとした泉を作っている!
なにこれ! 幻想的!
「あや! みずがわいたです~!」
「いいことあったじゃん! さすがカミナリ!」
泉を発見した瞬間、ハナちゃんとマイスターは泉に走っていってしまった。
ちょ……安全を確認してから! 安全確認!
「それなりに、わいてるです~!」
「いいかんじじゃん。のんでみよう」
「あ……ちょっと!」
止める間もなく、マイスターが泉の水を手にすくって、ゴクゴク飲み始める。
安全確認……。
「けっこうおいしい。なんかちからでる」
「ハナものむです~」
「はい、ハナちゃんはもうちょっと待ってね。検査してからね」
「あえ?」
ハナちゃんも飲もうとしたので、ひとまず止めておく。
安全確認してからね。
生水は検査しないと怖いからね。
この村だって、湧水は検査してあるけど井戸は未検査だから、飲料用水にはしてないわけで。
しかし、水がわいたか……。
これやっぱり、昨日の豪雨を吸収したから、なんだろか。
まあまあな感じで水がわいていて、ちょっとした泉と……川が出来ているね。
この水が村に流れ込むと色々大変なので、流路を確認しておこう。
村に流れ込むようだったら、用水路を作って誘導しとかないと。
「ちょっとこの川がどう流れているか、辿って確認しよう」
「あい。かくにんするです~」
「おう。いこうぜ」
ぽてぽて歩くハナちゃんと一緒に、俺とマイスターも小川を辿っていく。
川は森の中をくねくねと蛇行していて、透明な水が流れている。
そして、その小川が朝日に照らされる様子は、とても風流だ。
やっぱり、川があると景観もぐっと良くなるね。これはいいことかも。
「いいかんじです~」
「川があると、森がよりいっそう綺麗に見えるね」
「あい~!」
キラキラと朝日を反射して輝く小川を、にこにこ顔で辿る。
ささやかに流れる水の音も、また心地よい。
「なんか、おれたちがすんでたあっちのもりにちかづいてきたよな~」
「そうなんですか? みなさんの森の、かつての姿に近いと」
「おう。けっこうちかくなってるぞ」
マイスターも、そんな小川を見ながらしみじみと言う。
俺は灰色にサビた森しか知らないけど、マイスターが言うにはそうらしい。
何か起こるたび、どんどんエルフの森が……往年の姿を取り戻していっているようだ。
これも、良い事かな?
「かわ、こっちにむかってるです~」
「けっこう森中を巡ってるね」
「ふしぎです~」
そうして、川をたどってぐるぐると森を歩き……とうとう森の外へ。
どうやらこの川、外まで流れているようだね。
それじゃ、森の外の流路も確認しよう。
「これ、どこまで続いてるんだろうね」
「けっこうあるいたです?」
「ひとばんで、こんなかわができるなんてな~」
またもや川をたどって歩いていくと――ちょっとした池が出来ていた。
まあまあな大きさの池で、水深は三十センチから五十センチくらい。
池というか、大きな水たまりというか……。
以前は無かった、エルフの森由来の池が出来ちゃったね。
……ん? そういえばここになんかあったような……。
なんだっけ?
◇
なんだっけと記憶をたどっていると……ふと、一つの穴を見つける。
その穴は――柱を立てていた場所だった。
あれ? この場所って――。
――あ! 元ワサビちゃん畑があったところ!
「あああ! ワサビちゃん畑だったところだ!」
「あやややや! ワサビちゃんのはたけ、いけになってるです~!」
「うわあ……かんぜんにすいぼつしてんじゃん……」
移設前のワサビちゃん畑。
つまり、ワサビちゃんの種がたんまり撒かれている場所が、池になってしまった。
これは……やらかした。
「あっちゃ~……ワサビちゃんが種を撒いていた場所まで、気が回らなかった……」
「たいへんです~! タイシ、ワサビちゃんのたねがぶじか、かくにんするです~!」
「おれもかくにんするじゃん!」
そうだ! まだ水没して間もないはずだから、水を抜けば間に合うかも!
三人そろって、慌ててワサビちゃん畑だったところに駆け寄る。
そして、種が無事かを確認するため――池を覗き込む。
そこには……。
……ん? 水の底の方になにか……あるぞ。
緑や青、それに赤や黄色の茎と、二枚のちっちゃな……葉っぱ?
……これは、まさか。
……まさか――芽?
ワサビちゃんの種から……芽が出た?
「……芽、かな?」
「それっぽいです?」
「おれにも、そうみえるじゃん?」
全員の意見が一致した。これは、そういうことだよね?
なにをしてもぜんぜん芽が出なかった、あのワサビちゃん種子が――。
――発芽したんだ!
「――! ワサビちゃん、発芽来たー!」
「あやややー! たねがにょきったです~!」
「うおおお! めがでたー!」
水没ワサビちゃん畑の水底には、三センチくらいの色とりどりな芽が沢山……沢山あった。
ずっとずっと、気になっていたワサビちゃんの種。
ワサビちゃんが一生懸命撒いていた、ちいさな種。
全然芽が出なくて、ずっとずっと心配だった、あの種。
そんな、沢山の種が――ついに発芽した!
これは嬉しい!
……なんで突然芽が出たかは良くわからないけど、とにかくめでたい!
原因は後で考えるとして、今は発芽を喜ぼ――。
「つんつんしてみるです」
「あ、なんかぷるぷるしてるな。くすぐったいのかな?」
あ、感慨に浸っている間に……。
ハナちゃんが木の棒を取り出して、芽をつんつんし始めた。
つんつんされた芽は、水の底でぷるぷると葉っぱを震わせてる……。
……そこの二人、もうちょっと様子を見ようよ。
ワサビちゃんの芽、すっごいぷるぷるしちゃってるよ……。
……あれ? ワサビちゃんの芽が集まってきたぞ。
なんだこれ。
「あや! なんかあつまってきたです~!」
「おもしれえ! もっとつんつんしようぜ!」
「あい~!」
……だからね、もうちょっと様子を見てからね。
こういう時は色々手順があると俺は思うわけでね。
「ちっちゃいの、たくさんあつまってきたです~!」
「すげえ~!」
――うっわ! ほんとにすっごい集まってきた!
ちっちゃな芽がわっさわさ集まってきた!
ぷるぷるしてて、なんか可愛い!