第八話 抵抗勢力、ワサビちゃん
「たいふう、やべえ~」
「あんなのくるとか、ふるえる」
「おうちのやねとか、とんじゃってるじゃん」
「ひええ」
ようやくエルフたちを正気に戻して、説明会を再開だ。
みなさん台風のヤバさを認識したようで、ぷるぷるぷるぷるしてらっしゃる。
「タイシタイシ、ハナたちどうすればいいです~!」
「あれにたいさくとか、できるのですか?」
ハナちゃんとヤナさんもぷるぷるしながら聞いてきた。
二人ともエルフ耳をペタンと下げて、ぷるっぷるだ。
まあ、どういう対策をとるのか気になるところだよね。
「そうそう、あんなのどうにかできるの?」
「かぜがすごいの、どうするの? どうするの?」
「とばされちゃうよ、とばされちゃうよ~!」
そしてエルフたちからも妖精さんたちからも、対策について質問を受ける。
みんな気になっているところなので、こちらの対策案を説明して安心してもらおう。
「みなさん大丈夫ですよ。こっちじゃこういう台風はこの時期何回も来るので、対策はある程度できているんです」
「なんかいもきちゃいますか」
「来ちゃいますね。なので、昔から対策がされてるんですよ」
「こっちのひと、たいへんです~」
昔から対策されていると伝えたら、みなさんもちょっとは安心できたようだ。
エルフ耳の角度が、ちょっと上向いた。
それに俺や親父、それにユキちゃんのちたま側も落ち着いているから、そういう姿を見て安心したってのもあるかもね。
では、油断しない程度にもっと安心してもらいましょう。
「あと二日くらいで来る台風は、風はそれほどでもなく大雨を降らします。みなさんの世界の、一周たったときと同じ感じかと」
「おおあめです~」
「あ、それならわたしたちでも、おちからになれそうですね」
エルフ世界の年末? 年始? の大雨と似たようなものと伝える。
それを聞いたみなさん、ホッと一安心な感じだね。
ペタンとしていたエルフ耳も、ゆるりゆるりと角度を取り戻していく。
ほんとわかりやすい。
「おおあめこわいよ、こわいよ」
「おぼれちゃう~」
「どうしましょ! どうしましょ!」
しかし……妖精さんたちは、あわあわと飛び回っている。
洪水でひどい目に遭っただけに、大雨は怖いみたいだね。
こちらも安心してもらいましょう。
「みんなの家やこの場所は高い位置にあるから、水があふれることはないよ。安心してね」
「ほんと? ほんと?」
「だいじょうぶ? だいじょうぶ?
「ほんとだよ。大丈夫だよ。水はみんな下に流れて行っちゃうから」
「よかった! よかった!」
妖精さんも安心したようで、ぴこぴこと俺の周りを飛び始める。
よし、これで村人はみんな落ち着いたかな。
それじゃ、対策の説明に移ろうか。
「みなさん落ち着いたところで、対策の説明をしたいと思います。まずは――」
ということでみんなに台風対策を説明していく。
対策としては、主に四つの策を行う。
まず初めに設備関連の台風対策だ。
これは家や施設を補強したり、飛来物で割れないよう窓に板を張ったりする。
倉庫などは扉が風圧で開かないよう、釘で板を打ったり。
設備や住宅は元々豪雪と台風対策を盛り込んだものなので、これはすることがあまりない。
実績はちゃんとあるので、これくらいで問題ないわけだ。
二つ目は、台風が来ているときは温泉を使用禁止にする。
大雨が降っているなか露天風呂に入っても、入れなくはない。
ただ、温泉から上がって家に向かった場合、家に着く頃には泥だらけだ。
かえって汚れてしまうので、まあ台風上陸前に入浴は済ませてねって事で。
三つ目は、巡回だ。平地にある田んぼの用水路が詰まらないよう、監視する。
台風が来た時は外に出ない方が良いのだけど、用水路が詰まると畑が全滅する可能性がある。
あまりに危険な場合はあきらめるけど、出来る事ならなんとかしたいわけで。
巡回時は必ず二人組以上とし、俺、親父、高橋さんの誰かがメンバーに入っていれば大体の危険は退けられる。
身代わり地蔵も用意してあるので、万が一は起こらないよう対策もした。
これでなんとか、凌ぎたい。
四つ目は、妖精さんたちの事について。
風はそれほどでもなく雨が凄い台風なので、そのまま家で待機してもらっても良いとは思った。
ただ、妖精さんたちは洪水でひどい目にあっただけに、家でじっとしていてねというのも可愛そうだ、とも思った。
というわけで、妖精さんたちは集会場にいったん避難してもらうことにした。
妖精さん達の家も取り外して、集会場に置いておく。
眠たくなったら家に入って、おふとんでおねむしてもらえば良い。
集会場にはエルフ消防団やちたま側の人間も待機するので、安心してもらえると思う。
妖精さんたちもこの対策を聞いて安心したのか、「きゃい~きゃい~」と喜んでいたから問題ないだろう。
大まかにはこんなところで、みんなに説明を終える。
さて、何か質問はあるだろうか。
「――以上が主な対策ですけど、何かご質問ありますか?」
「もりをひろげるためにまいてる、あのはい。どうします?」
あれか。今撒いてる分は、雨で流れてしまうな……。
勿体ないけど、撒いちゃった分については諦めよう。
特になにもせず、そのままにしておくということて。
「勿体ないけですけど今回分は諦めて、そのままにしときましょう」
「わかりました」
ちょっと開始時期がわるかったな。まあしょうがない。
あと他に、懸念点や質問は何かあるだろうか?
「他には何かあります?」
「わたしのほうからは、とくに。しょうぼうだんあつめておきます」
「みまわり、がんばるぜ」
「おれたちのしょうぼうだん、ほんかくてきにかつどうするのはじめてじゃね?」
「そういやそうだな。きあいはいるべ」
問題はないようで、みなさん気合が入った様子。
特に消防団のメンバーと思しき若い男性陣は、みなぎっているね。
この村のエルフ消防団初の本格運用ということで、気合十分だ。
村を守りたいっていう心意気が伝わってくる。
やはり、郷土愛とかで支えられている組織だけあるね。
「それでは、きあいいれていきましょう!」
「おー!」
「やー!」
「ほああああ!」
……消防団の方々、なんか円陣を組んで掛け声を出し始めたけど。
まだ本番じゃなくて説明段階だからね。
今から気合入れ過ぎると、本番のとき燃え尽きちゃうから。
今はほどほどにね、ほどほどに。
「タイシタイシ、もりのどうぶつさんたち、どうするです?」
「あ~、動物たちか……」
気合十分の消防団の方々を見ていたら、ハナちゃんから質問だ。
そういや、動物たちについては対策は考えてなかったな……。
新たに来た虫たちは、ハチさんの巣で凌ぐから何とかなると思う。
それに森にいる動物達も、エルフ世界の大雨を乗り越えてきている生き物だ。
そのままでも問題ないといえば、ないように思う。
思うけど……何か手が有るなら、打っとくに越したことはないね。
さて、どうしようか……。
「タイシタイシ。どうぶつさんたち、たいふうのあいだここですごしてもらうです?」
「ここで? みんなは入れないんじゃない?」
どうするか考えていると、ハナちゃんがハイハイと手を上げて提案だ。
動物たちも、集会場に避難してもらおうってことだよね。
ただ、流石に森の動物達全部はきびしいかも。
消防団にちたま人側に、妖精さんたちも過ごす。
これはさすがに、手狭かもしれない。
「この集会場は大きいけど、森の動物たちは沢山いるからなあ……」
「むむむ」
なでます。
「むふ~」
ということでむふむふハナちゃんとむふむふ考えること、ちょっとばかし。
ハナちゃんの耳が「ぴこ」っとなった。
これは何か思いついたね。聞いてみるか。
「ハナちゃん、なにか思いついた?」
「むふ~。タイシ、フクロイヌのフクロ、つかえないです?」
「なるほど、フクロイヌね」
ハナちゃんむふむふしながら、思いついたことを提案だ。
確かにフクロイヌのフクロに入ってもらえば、問題ないね。
小動物たちは、それでいい。
「それ良いね。じゃあフクロイヌにお願いしなきゃね」
「あい~! おねがいするです~」
「ただ、フクロオオカミたちはどうしようね」
「あや~……。オオカミさん、でっかいです~……」
そう、フクロオオカミは大型動物なのでなかなか厳しい。
……我慢してもらうか、彼らに聞いてみるかだな。
それか、エルフ世界にいったん避難してもらうか。
あっちの雨があがっていたらだけど。これは確認しよう。
「フクロオオカミは、もしあっちの世界で雨が上がっていたら、あっちにいったん避難してもらおう」
「たしかに、そろそろですね」
「きのうたきぎをひろいにいったときは、もうほとんどふってなかったです~」
お、もうほとんど雨は上がってるんだ。それなら大丈夫そうだな。
「もうほとんど降っていないなら、雨が上がってなくても大丈夫かもね」
「ええ。まあ、どうしたいかはフクロオオカミにきいてみましょう」
「きいてみるです~」
解決策が見つかりそうで、ハナちゃんもほっと一安心の様子だね。
動物たちの事もちゃんと考えていたあたり、優しい子だ。
褒めておこう。
「でもハナちゃん、動物たちの事もきちんと考えていてえらいね~」
「うふ~」
ハナちゃん褒められたのが嬉しいのか、うふうふとご機嫌だ。
さらになでちゃうからね。
「えらい子にはなでなでしちゃうから!」
「うきゃ~」
そして無事、エルフ耳がでろんとなってたれ耳ハナちゃんの完成だね。
――さて、それじゃ早速準備を始めよう。
高橋さんもそろそろ来るころだから、先に点検をしておけば作業も円滑に進む。
みんなで協力して台風対策、始めましょう!
◇
「タイシさん、こっちおわりました」
「ガッツリほきょうしといたぜ」
「こんだけやれば、だいじょうぶじゃん?」
高橋さんもやってきて、村の台風対策は着々と進んだ。
土嚢を積んで水が入り込みそうな場所をふさいだり、重機で水路を作ったり。
水路作りは温泉拡張工事で使っていたバックホウを用いて、ざっくざくと溝を掘っている。
操縦は高橋さんで、数名のバイトエルフに安全確保をしてもらっている。
いわゆるいつもの、工事現場スタイルだ。
「か、かっこいい……」
「へんなの、でなくなったな」
「あのもっこうようボンドってやつ、こういうつかいかたするんだ~」
メカ好きさんもバイトエルフだったけど、バイト中アレが離脱しまくったので木工用ボンドで接着した。
こうかはばつぐんだ。
……あとは耐久性がどうなるかだけど、まだわからない。
というか、魂っぽいアレが出て来ないよう一日三十分の座禅をしてもらっているけど、まだ効果が出てきてないね。
これはしばらく、接着剤で止めとく必要があるな。
あと、木工用ボンドの本来の使い道はちがうからね。木工で使うやつだからね。
まあ……メカ好きさんの離脱体質は置いといて。
ここは大丈夫そうだから、森の方を確認してこよう。
今ハナちゃんとユキちゃんが、動物たちに話を通しているはず。
ということで森にむかい、二人の姿を探す。
そして森からちょっと入ったところで、二人の姿を発見だ。動物に囲まれているね。
それじゃ話は通せたか、聞いてみよう。
「二人とも、動物たちはどう?」
「あ、大志さん。みんな良いそうですよ」
「もんだいないっぽいです~」
「ギニャ」
「ニャ~」
「ムギャ」
どうやら問題ないようだ。フクロイヌたちも、しっぽをふりふりやる気十分の様子。
それじゃ、明日早いうちに仕舞おう。
小動物たちはこれで良いとして、あとは大型動物のフクロオオカミだね。
彼らはどうしたいか、聞いとかないとね。
「フクロオオカミはどうする? いったんあっちに避難とか?」
「洞窟の中で過ごすそうですよ。あの中はそれはそれで、快適らしいです」
「ばう」
ユキちゃんがそう言いながら、ボスオオカミの方に顔を向けた。
ボスオオカミが代表しているみたいだけど、なるほど洞窟ね。
確かにあの中、快適だ。
……まさか異世界とこっちの世界の通路でのんびり過ごすって発想、無かったな。
なんせ通路だからね。今までは通過する場所としか考えてなかった。
なるほどこのボスオオカミ、賢い。
「ばうばう、ばうばうばう」
「台風が過ぎたら、呼びに来てねって言ってますね」
「そこは承知しましただね。安全になったら呼びに行くね」
「ばう~」
元気に返事をするボスオオカミだ。
彼らはたくましいから、大体自分でなんとかできちゃうんだろうね。
あと、動物達はこれで良いとして……虫さんたちはどうだろうか。
ハナちゃんの肩にのって、なんだかニコニコしている妖精ちゃんに聞いてみよう。
「ちなみに、虫さんはどうかな?」
「もんだいないよ! フクロでねるって! ねるって!」
「みんなフクロに避難するんだね」
「そうだよ! そうだよ!」
よし、これで虫さんも解決だね。
動物たちと虫さんの避難はこれで大丈夫だ。一安心だ。
◇
動物たちは大丈夫そうなので、今度は畑を見回ることにする。
用水路で詰まりそうな場所は無いか確認したり、巡回路をどうするか検討したりするためだ。
そしてハナちゃんも田んぼに行きたがったので、肩車して一緒に田んぼにやってきた。
――はたしてそこは、いい感じになっていた。
稲穂はたくさんの実をつけ、こうべを垂れ始めている。
まだ十月まえだけど、あと一週間か二週間で収穫ができそうだ。
しかし……マイスターの観察記録や、実際に何回も確認しているからまあわかっているんだけど、やっぱり成長が早い。
今年はちょっと冷夏だったから、積算温度一千℃に到達はまだ先だ。
なのに、ここじゃもう収穫寸前だ。
この辺の地域の収穫時期は、県の予想では十月くらいだ。二ヶ月ほど早い。
しかもだ、俺と親父が機械で世話した部分も……成長が早い。
ほぼ機械で作業したのにもかかわらずだ。不思議すぎる。
そしてエルフたちが手作業で作った田んぼは、もっと不思議なことになってる。
エルフ田んぼのイネ、なんか――キラキラしてるんだよね……。
比喩じゃなくて、ほんとに黄金色してる。
品種がなんか変わってないかな……。
ま、まあ……この謎のエルフ米については、収穫したあと考えよう。
これ、もう俺の知ってるコメじゃない気がするけど、あとで考えよう。
「タイシ、どうしたです?」
「きゃい?」
エルフ田んぼの謎さ加減に若干引いていると、ハナちゃんが心配して覗き込んできた。
妖精ちゃんも、心配してくれているね。
あんまり心配かけるのも良くないから、まあ不思議に思ってるって事を伝えるくらいにしよう。
「ほら、みんなが作った田んぼがキラキラしててさ、不思議だなあって思ったんだ」
「あえ? キラキラするのはふつうじゃないです?」
「まあそうだね。あっちの田んぼが、自分たちにとっての普通なんだ」
「あえ?」
ハナちゃん、普通の田んぼを見て、エルフ田んぼを見て。こてっと首を傾げる。
「タイシ、ハナたちがつくったおコメ……だいじょぶです?」
「……ま、まあ多分。もしかしたらすっごい美味しいおコメになってるかもね。なんせキラキラしてるし」
「おいしいおコメ、たのしみです~」
「きゃい~」
大丈夫かと聞かれたので、とりあえず俺の見解を述べておく。
断言しないところがミソだね。
とりあえずキラキラエルフ田んぼは置いといて、見回り再開だ。
今回は雨台風だから、風による倒伏は何とかなるんじゃないかな。
田んぼの水没にさえ気を付ければ、今回はしのげるだろう。
これは、巡回をして用水路が詰まるのを防げばなんとかなる。
そして今回の台風を凌いでしまえば、もう収穫だ。
収穫しちゃえば怖いものは……そんなにない。
とにかく、今度の台風を凌ぐことに専念だね。
というわけで、ぐるっと田んぼを見回って詰まりそうなところを確認しておこう。
「それじゃ、ぐるっと田んぼを一周するよ。気になったところがあったら教えてね」
「あい~。たんぼみるです~!」
「わたしもてつだうよ! てつだうよ!」
ということで、キャッキャする二人と一緒に田んぼを見回った。
おおむね手入れが行き届いていて、用水路も問題は殆どなかった。
数か所詰まりそうな場所があったので、巡回路に組み込んでおこう。
◇
そうして二時間ほどで、田んぼの見回りは終了した。
要注意箇所と巡回路も出来上がったので、あとで図にして消防団のみなさんに配ろう。
「ハナちゃんお手伝いありがとうね」
「まだまだ、タイシのおてつだいするです~!」
「わたしも! わたしも!」
そうしてハナちゃんと妖精ちゃんと一緒に、キャッキャと村に戻ると――。
「――あ、大志戻ったか。ちょっと困ったことがあって、相談したいんだ」
「困ったこと?」
村に戻ると、親父が困り顔でそういってきた。
相談事とは、いったいなんだろうか?
「いやさ、ワサビちゃん畑の街灯があるだろ」
「あるね。何か問題が」
「ちょっと支柱がグラついてたから、台風の間は撤去しようって話になったんだよ。高橋さんと」
……確かに、ワサビちゃん畑の街灯はお試しで作ったやつのままだ。
それほどしっかりとは、作ってないんだよね。
なので大雨が降って地盤が緩んだら――支柱が倒れる可能性はある。
「――確かに、柱を刺してあるだけだからね。大雨が降ったらちょっと怖いかも」
「そういうわけで、柱を引っこ抜こうとしたらな、ワサビちゃんが……」
「ワサビちゃんがどうしたの?」
「……まあ、ちょっと来てみてくれ」
親父が歩き出したので、ハナちゃんを肩車したまま、てくてくと後を着いていく。
そうしてワサビちゃん畑に到着すると――困り顔の高橋さんがいた。
さて、何に困っているのか聞いてみよう。
「高橋さん、その支柱を引っこ抜くんだよね。そんで困りごとが起きたと」
「大志か。いやさ……ちょっとこれ――見てくれよ」
そうして支柱を引っこ抜こうと、高橋さんが力を込めたとたん――。
「ぴ~……」
「ぴぴ~ぴぴ~……」
「ぴっぴっぴ……」
ワサビちゃん畑の土の中から、ものすごい悲しそうな鳴き声が……。
支柱近くのワサビちゃんなんて、ちょこっと手を土からだしてひしっと支柱を掴んでいる。
日光が苦手なのに、それでも手を出すほどとは……。
「何て悲しそうに鳴くんだ……」
「あや~……。ワサビちゃん、ひかるやつもってってほしくないですか~」
「ぴ~……」
「ぴ! ぴ~……」
俺もハナちゃんも、ワサビちゃんのあまりの悲しそうな様子に困ってしまう。
もうほんと「持ってかないで~!」と心の底から訴えている……。
……まあそうだよね。ワサビちゃん憩いの場だからね。
街灯が無かったら、ただの原っぱだからね。
「な、工事しづらいだろ? なんか心が痛むんだよ……」
「大志さ、なんか良い案あるか?」
高橋さんと親父も、ほとほと困っている。
でも、このグラつく支柱をなんとかしないと、倒れたときもっと困る。
ワサビちゃんたちの方に倒れたら、大変だからね。
しかし、このグラついた支柱を引っこ抜いたら……ワサビちゃんが必死になってしがみ付いてきそうだ。
そして「あんぎゃあああ!」となるのが予想される。
これはうかつに引っこ抜けない。どうするか……。
――あれだ、畑の位置にこだわらなきゃいいか。
今ついている街灯を外して、すぐそばにある森の木に設置しておく。
そうすれば、今日の夜中にはワサビちゃん大移動が始まるはずだ。
そんでワサビちゃんが移動したところで、明日支柱を引っこ抜けばいい。
台風が過ぎたら改めて、しっかりとした支柱を立てよう。
「高橋さん、とりあえずあっちの木に街灯を移植して……ワサビちゃんが今夜移動するのを待つのはどうかな?」
「お、それで移動したらこの柱をひっこぬくわけか」
「そうそう」
高橋さんは納得顔になったね。親父的にはどうかな?
「親父は、この案どう思う?」
「ワサビちゃんは……別に畑の位置が重要な植物じゃないからな。良いと思う」
高橋さんと親父も、問題ないって思ってるね。
それじゃさっそく、街灯だけあっちの木に移植しよう。
ドライバーでステーを取り外して……。
「ぴ~……」
「ぴっぴっぴ」
「ぴ~ぴ~……」
今度は俺の足に、ワサビちゃんが手をだしてひしっとしがみ付いてきた……。
「ぴ……ぴ……」
「ぴぴぴ」
大丈夫だから! 取り上げたりしないから!
ほらそこの子、ちょっと顔でちゃってるから! 日光当たってるから!
そんなぷるぷるするほど、我慢しちゃだめだって!
「あや~……すっごいひきとめられてるです~」
「割とホラーな光景かと一瞬思ったけど、よく見たらコミカル過ぎて全然怖くねえ」
「むしろ愛嬌あるよな。大志、あとは任せたから」
「がんばって! がんばって!」
ちょっ……そこの人たち! 傍観してないで何とかして!
「ぴぴ~……」
「いやいや、取り上げたりしないから! ちょっとあっちの木に移すだけだから!」
「ぴっ」
「ほらそこの子、頭全部でちゃってるから! 無理しちゃダメだから!」
「ぴ~……」
――その後、なんとか街灯をあっちの木に移植できました。
なんとかしました……。
ちなみに街灯を木に設置したら、ワサビちゃん悲しみの歌もぴたりとやんだ。
ご理解頂けたようで、何よりです……。
しかし、街灯を外そうとしたらあれほど引き留められるとは……。
よっぽどLEDライトが気に入ったみたいだね。
これは台風が過ぎた後、街灯の数を増やしてみようか。
三個くらい増設したら、ワサビちゃんものすごい喜びそうだ。
ワサビちゃんはこの村の主要産品でもあるから、日ごろのお礼を込めてって感じで。
「……親父、台風が過ぎたら街灯増やすか」
「そうするか。さすがに今のを見ると、増やしてやらにゃって思うわ」
「柱もしっかりした奴にしようぜ」
街灯増設を提案すると、親父も高橋さんも乗り気だ。
流石に、さっきのワサビちゃん悲しみの歌を聞いちゃうとね……。
ワサビちゃん、もう少々お待ち下さいだ。
台風が過ぎたら、街灯沢山つけちゃうからね!
◇
――そして翌日。
昼前には作業が終了し、あとは台風襲来に備えるのみとなった。
ワサビちゃんも無事あっちの木の下に移動していたので、グラついていた支柱も引っこ抜けた。
そして、空はどんより曇り空で今にも雨が降りそうな状況だ。
ギリギリ間に合ったという感じで、早めに行動して良かったという所か。
……これから前哨戦の大雨がやってきて、その後暴風圏に入ってまた大雨が降る。
明日の昼過ぎから夜明けまでが――勝負だ。
家屋や農作物に被害が出ないよう、祈るしかない。
けど、できるだけの事はした。
さて、今回のお客さんたちにとって初めての台風――どうなることやら。