第七話 かたぐるま
妖精さんたちが来てから一週間。
村はだんだん落ち着きを取り戻して、新たな仲間と一緒に日常を過ごし始めた。
「おはなのみつ、もってきたよ! もってきたよ!」
「これでいいの? いいの?」
「ようせいさん、ありがとです~」
以前に計画したとおり、妖精さんたちに花の蜜採取をお願いしたところ、これがまた効率が良かった。
空を飛べるので、高い所の花もへっちゃらなわけだ。
そして、指定した花の蜜をピンポイントで集めてくれるのも大変ありがたい。
「わたしもみつあつめしたいな! したいな!」
羽を痛めた妖精ちゃんはあまり空を飛べないので、蜜集めはちょっとお預けだけど。
今はまだ、ハナちゃんの肩にのって見学だね。
でも妖精ちゃんはみんなと蜜集めをしたくて、うずうずしている。これは早いうちに羽根の治療をしてあげないとね。
もうちょっとお待ちくださいだ。
ちなみに妖精さんたちには色違いのプラ容器を渡してあり、その色ごとに決められた花の蜜を採取してもらっている。
ほんとはガラス瓶にしたかったけど、落とすと危ないしなにより重い。
そんなわけで、軽量で落としても割れないプラ容器になった。
でも、なみなみと蜜を集めた容器を軽々と運んでいるので、妖精さんたち結構力持ちかも。
「タイシ、おはなのみつはここにいれればいいです?」
「そうだよ。妖精さんの持ってきた容器の色と、このビンに張ってある色と合わせてね」
「あい~!」
そしてハナちゃんも、妖精さんと一緒になってんしょんしょと蜜集めを手伝ってくれていた。
妖精さん達から容器を受け取って、ガラス瓶に詰め直すお仕事だ。
エルフ耳をぴこぴこさせながら楽しそう作業をする様子は、とってもかわいらしい。
「けっこうあつまったです~」
「おはなのみつ、たくさん、たくさん!」
「いいかんじにあつまったね! あつまったね!」
そうして、まあまあ順調に蜜があつまっていく。
妖精さんたちは疲れも見せず、きゃいきゃいとお仕事をしてくれる。
これで森を拡張できれば、蜜は安定供給できるね。
そうなれば、子猫亭の大将は喜ぶだろうな。
花の蜜と果物、供給が不安定なのが悩みの種だったからね。
それに、安定供給すれば安定収入にもなる。
そのうち妖精さんたちに、お給料を払えるようになるだろう。
お金か現物かは決めてないけど、妖精さんたちも村の経済に参加してもらえるようになる。
そうなったら、きっと面白いだろうな。
妖精さんが雑貨屋にお買い物をしに来たりとか、楽しそうだ。
「これ、なんのおはなのみつか、わすれちゃった。わすれちゃった」
「これも」
「どうする? どうする?」
……まあ、たまにはこんな間違いやド忘れもあるけど。
始めたばかりだし、じょじょに慣れてもらえば良い。
慣れてくるころには、お給料を出せるようにはしたいね。
「これはまざってるよ、まざってるよ。みっつのおはな、まざってる」
おや? 羽を痛めた妖精ちゃんが、なんだかわからなくなっちゃった蜜を指さして何か言っている。
なにやら……混ざっちゃってるみたいだけど。
そういうのが、分かるのだろうか。ちょっと聞いてみよう。
「この蜜、混ざっちゃってるの?」
「まざってるよ。まざってるよ。みっつのおはなの、においがするよ!」
どうやら匂いで分かったらしい。三つのお花の匂いがすると。
……この子、とても鼻が良いみたいだね。
蜜を集める作業には参加できないけど、詰め直すときの選別には大活躍できるんじゃないかな。
この妖精ちゃん、なかなかの特技を持っているじゃないか。
褒めてあげなきゃな。
「君はなかなか良い特技を持ってるね。混ざっているのがわかるなんて、かなりすごいと思うよ」
「きゃい~! やくにたった! やくにたった~」
「よかったですね~」
褒めてあげたら、妖精ちゃんとっても嬉しそうだ。
ほっぺたに手を当てて、きゃいきゃい喜んだ。
蜜集めに参加できなくてやきもきしていたところで、なんだか褒められたわけだ。
思わぬ所でだれかの役にたてたのだから、嬉しく思ったのかもね。
「このまざったやつ、どうする? どうする?」
「つかえない? つかえない?」
「こまっちゃう?」
そしてきゃいきゃい喜ぶ妖精ちゃんを見ていると、他の妖精さんたちがまざちゃった蜜について聞いてくる。
妖精さんの言うとおり、混ざった蜜は出荷するのはちょっと難しいね。
味と香りが変わるので、子猫亭も困っちゃうかもだ。
混ざった物を子猫亭に出荷するのは、やや厳しい。
……でも、出荷できないだけでそれ以外の品質は問題ない。おいしい花の蜜だ。
このまちがっちゃった蜜は――妖精さんたちにあげちゃおう。
「この間違えたものは、みんなで食べちゃっていいよ。おだんご作ってね」
「いいの? いいの?」
「ありがと、ありがと」
「おだんごつくれる! おだんご!」
「こねましょ~」
お団子作ってねと言ったら、すぐさま花の蜜ときなこをこね始めてしまった。
いや、今じゃ無くても良いんだけど……。
……あれだ、まあ休憩ってことにしよう。
のんびりゆっくり、お仕事してね。急がなくていいから。
「おだんごこねこね~]
「こねましょこねましょ」
「おいしいおだんご、つくりましょ~」
そして、みるまに沢山のお団子ができあがっていく。
もうすっかり、お団子づくりに夢中になった妖精さんたちだ。
それじゃ、妖精さんは休憩してもらうとしよう。
小さな体だから、あまり無理もさせたくないし。
俺たちにとってはたった一メートルの移動でも、妖精さんたちからすると十倍以上の距離になる。
俺たちからすると数グラムの物でも、妖精さんたちにとっては超重量物かもしれない。
体の大きさの違いも考えて、妖精さんたちの仕事量を考えていこう。
というわけで休憩してもらうにしても、俺はこれからどうしようかな。
……あれだ、森を見て回るか。
妖精さんたちや虫さんたちが活動を始めたので、森にどのような影響が出始めたか見ておこう。
俺とエルフたちが蜜集めをしたら、すぐさま効果が出たわけで。
妖精さんたちや虫さんたちが活動を始めたのだから、なにかしら影響がでていてもおかしくない。
森の変化について、早いうちに兆候を掴んでおくのは無駄では無いよね。
よし、これから森の見回りをするか。
んしょんしょとビン詰めしているハナちゃんも誘って、森をのんびりと見回ろう。
では、早速ハナちゃんに、森デートのお誘いをしましょうかね。
「ハナちゃん、ちょっといいかな?」
「あえ? いいですよ。タイシどうしたです?」
「お仕事はいったん休憩にして、森の様子を見て回らない?」
「あや! いいかもです~。いっしょにいくです~」
「わたしもいくよ! いくよ!」
ハナちゃんはにっこりと、俺のお誘いを受けてくれた。
遊べるのが嬉しいのか、エルフ耳をぴこっと立ててキャッキャしているね。
あと、羽を痛めた妖精ちゃんも参加したいようだ。
ハナちゃんの肩の上でキラキラ光っている。
それじゃ、ハナちゃんと妖精ちゃんを連れて、森を見回ってみましょうか。
「じゃあハナちゃんと妖精ちゃん、一緒に森を見て回ろう」
「あい~! みまわるです~」
「きゃい~」
そしてハナちゃん、ぴょいっとよじ登ってきて肩車体制になる。
ハナちゃんを肩車するの、なんだか久しぶりだ。
……あ、ハナちゃんの体が――ちょっと大きくなっている。
この数ヶ月のうちに……成長しているんだ。
ほんのちょっと、微妙な差なんだけど……それでも分かった。
ちょっと重くなって、手も足もちょっと伸びた。間違いなく、成長している。
ハナちゃんの心の成長は良く感じ取れたけど、体もちゃんと成長しているんだ。
考えてみれば当たり前の話なんだけど、それでもなんだか……嬉しい。
この村に来て、地球の食べ物を食べて。
俺やみんなと一緒に過ごして……ハナちゃんがすくすく成長していく。
そんなハナちゃんの成長に関われたことに、喜びを感じる。
子供が成長していく様子を、実感できる。
俺の子供じゃなくて……ヤナさんとカナさんの子供だけど、それでも嬉しい。
親が子供の成長を喜ぶ気持ち、ちょっとわかったかもだ。
――あ。そういえば……。
……俺が小学生の頃から、身長がガンガン伸び始めてすぐに服が着れなくなっていた。
短い期間で次々に服が必要になり、とてもお金がかかった。
でも親父とお袋、それと爺ちゃん婆ちゃんは――なぜか喜んでいた。
あれは――こういうことだったんだ。
親父とお袋、それと爺ちゃん婆ちゃん……。
――みんな、俺が成長したのを喜んでくれてたんだ。
あの当時は、せっかく買ってもらった服がすぐ着れなくなったことに申し訳なく思っていたけど……。
それは――誇って良いことだったんだ。
家族のみんな、俺――成長してるんだよって。
そういうことだったんだ……。
「……タイシ、どうしたです?」
「きゃい?」
おっと、立ち止まっちゃってたか。
ハナちゃんが「どうしたの?」て顔で俺をのぞき込んでくる。妖精ちゃんも心配そうだ。
……ちょっと考え込んじゃったか。
まさか、ハナちゃんを肩車して一つ大事な事に気づくとは、俺も思ってなかったからね
ついつい、立ち止まっちゃったよ。
そして、ハナちゃんがのぞき込んだときに、ハナちゃんが着ている服のフリルが……ふわりと俺の耳をくすぐる。
ヤナさんが夜なべして作った、愛情たっぷりこもった服だ。
……なぜヤナさんが服作りにハマったのか、今……理解できた。
「……タイシ?」
またハナちゃんがのぞき込んでくる。そして、着ている服のフリルが俺の耳をくすぐる。
……。
ヤナさん、ハナちゃんの成長していく様子が嬉しかったんだ。
服作りをしたときに、ハナちゃんの体が大きくなっていたことに気づいて、喜んだんだ。
そしてこれから……ハナちゃんはどんどん大きくなり、沢山の服が必要になることを予想した。
ヤナさん、それが嬉しかったんじゃないかな。
だから――服作りにハマったのかも。断言は出来ないけど、多分そうだ。
「タイシ~。何か気づいたです?」
不思議そうに俺の目をのぞき込むハナちゃん、そのエメラルドグリーンの目。
くりくりとしたその目は、じっと俺を見つめている。
何か気づいたというか、とても大事なことに気づけたよ。
「ハナちゃん、ありがとうね」
「あえ? ハナ、なんにもしてないです?」
「ハナちゃんがいてくれたから、大事な事に気づけたからね。そのお礼だよ」
「あえ?」
ハナちゃん、俺の言っていることの意味が分からず首をこてっと傾げる。
まあ、何も言ってないからわからないのも当然だ。
そしてハナちゃんはまだ、分からなくても良い。
これは大人になってから気づいて、過去を振り返るためのもの。
今気づいてしまったら、とてももったいない。大人になってからの、お楽しみだ。
「ハナちゃんもきっと、分かるよ」
「あや~。タイシなんだか、おもわせぶりです~」
「まあね。大人ってのはこういうもので」
「おとな、なぞがおおいです~」
色々ごまかしたところで、そろそろ動こうか。
森を見回るって言ったのだから、ちゃんとしないとね。
「色々待たせてごめんね。それじゃ、森を見回ろう」
「あい~! あっちにいくです~!」
そうして歩き始めると、ハナちゃん元気よく返事をしてくれる。
ようやく動き出した俺の頭を、ちっちゃな手でぽふぽふしながら。
このちいさな、それでいてしっかりと成長していく存在。
大事に育ててあげたい。すくすく育って欲しい。
しかしまあ……時には立ち止まって、後ろを振り返るのも良いもんだ。
人として大事なこと、すぐ後ろにあったりもするかもね。
◇
ちょっと思考の寄り道をしたけれど、気を取り直して森の見回りだ。
「それじゃこっちから見回ろうね」
「いくです~」
「きゃい~」
ワクワクした様子のハナちゃんや妖精さんと一緒に、ようやく見回りを開始する。
今の森の大きさはそれなりの大きさの公園程度なので、のんびり歩くにはちょうどいい。
公園を散歩するような感覚で、森の見てまわる。
そしてすぐに――森の様子が変わっている事に気づく。
唐草模様ちゃんの実が沢山、沢山できていた。
そして、その周囲に咲く花々も元気がある。
さらには、唐草模様ちゃん以外の実も、ぽつぽつ生っている。
花が咲く位置が高すぎて、俺達じゃ手出しができなかった所だ。
赤い実、青い実、トゲトゲのある実。その他にも沢山。
どれも、妖精さんたちが来る前には無かった実だ。
その中でも、赤い実が目を引く。目立つからね。
同じ枝には赤い花が咲いているから、多分その実なんだろう。
……あれはどんな味がするのか、ハナちゃんなら知っているかな?
「ねえハナちゃん、あの木の実って食べられるの?」
「あや! あのきのみは、にがいおくすりになるです~……」
「にがいの、にがて~」
赤い木の実を指さすと、ハナちゃんのエルフ耳がペタンと下がる。
どうやら苦い薬になる木の実のようで、ハナちゃんの顔もしぶしぶだね。
妖精さんもつられて、しぶしぶ顔だ。
まあ気持ちはわかる。俺も子供の頃は、苦い薬が苦手だったからね。
風邪薬シロップとかも、結局のところフルーツ味じゃなくてケミカル味だったし。
やっぱりどこの子供も、苦い薬には苦労するもんだね。
……ちなみに、なんの薬になるんだろうか。
「ねえハナちゃん、あの木の実ってなんの薬になるの?」
「あのきのみだけだと、とくになんのおくすりになるわけでもないです?」
「そうなんだ」
「あい。ほかのおくすりにまぜると、すっごいきくようになるです~」
……良くはわからないけど、薬の効果を上げる効果があるのかな?
しかしエルフの薬か。なんだか良く効きそうだ。
森の資源が豊富に採れるようになれば、そういう物も沢山作れるようになるだろう。
そろそろ灰も溜まる頃だろうから、森の拡張事業も始めないとな。
「なかなかすごい木の実みたいだから、沢山できると良いね」
「あや~……それはそうですけど……。あのきのみのこなをまぜると、なんでもにがくなるです~」
「ははは、それは大変だ」
「たいへんです~」
ハナちゃんやっぱりしぶしぶ顔だ。しぶしぶハナちゃんだね。
「それじゃ、あのトゲトゲのついた実はなにかな?」
「あれではですね~――」
――とまあ、森の変化を実感したり、木の実の説明を受けながらのんびり森を見学していった。
そして、森の真ん中へんあたりにさしかかった時――。
「あえ? タイシあれなんです?」
「ん? なにか見つけた?」
「あのきのところに、なんかへんなのあるです?」
ハナちゃんがなにか見つけたようで、一本の木を指さしている。
そこには――なんかがあった。
まあるくて木と同じような色をした、なんかだ。
魚の鱗みたいな模様が折り重なっていて、農家の家に飾ってありそうな物体だ。
そう、スズメバチの巣っぽい感じだ。……あのハチさんたちの巣なのでは?
「あれ、ハチの巣にみえるけど」
「あんなにまんまるです? ハナがしってるハチさん、まんまるなおうちじゃなかったです」
「……まあ、こっちのハチの巣もそうだけど。……まん丸以外はそれっぽいんだよね」
ハナちゃん、首を傾げてまんまるな物体を眺める。
俺も首を傾げちゃうね。なんせほんとにまんまるだから。
……妖精ちゃんなら、わかるかな?
「ねえ、あれってハチさんの巣だよね?」
「そうだよ! そうだよ! たまにあそびにいくよ!」
やっぱり。あれは妖精さんたちと来たハチの巣だね。
巣をつくるって事は、森に定着し始めたんだ。
……しかし、たまに遊びに行くとな。
刺されたりしないんだろうか。
「こっちのハチはぷすって、おしりにある針で刺してくるくるのが多いけど……。あのハチさんはどうなの?」
「はりとかないよ! のんびりやさんだよ!」
「のんびりやさんですか~」
どうやらあのハチさんたちは、針が無いようだ。のんびり屋さんとも言っているね。
なるほどそれなら、ハチの巣に遊びにいっても大丈夫そうだ。
ハナちゃんも、針とかはないと聞いて安心顔だ。
危なくないなら問題ないな。のんびり過ごしてもらおう。
とこっちものんびり巣を眺めていたら――ちょうちょさんが出てきた。
……ハチさんの巣だよね。なんでちょうちょさんが出てくるの?
「あえ? ちょうちょさんがでてきたです?」
ハナちゃんも同じ考えのようで、またもや首が傾く。
傾け過ぎて水平近い感じで、わりと無理のある体勢に。
……あんまり傾けすぎると、肩から落ちちゃうからね。
垂直に戻しとこう。
「おうちをかりてるんだよ! ハチさんとちょうちょさん、なかよしだよ!」
ハナちゃんを垂直に戻していると、妖精ちゃんが教えてくれた。
ちょうちょさんが、ハチさんの巣を借りているとな。そして仲良し、と。
……ちょうちょがハチの巣で暮らす、そんなのこっちの世界じゃありえない。
ほんとなの?
「一緒の巣で暮らしてるの?」
「あめがふりそうなときとか、いっしょにくらすんだよ!」
「そうなんだ。不思議だね」
「ふしぎです~」
不思議すぎて良くわからないけど、まあそういう事らしい。
あの虫さんたち、どうやらこっちの昆虫の常識は通じ無さそうだ。
このへんは、マイスターの観察結果が待たれるな。
……さて、虫さんたちの生態に興味はあるけど、ここらで観察を切り上げて見回りの続きをしよう。
「虫さんはこれくらいにして、見回りを続けようか」
「あい~」
とうわでけまん丸ハチの巣を後にして、見回り再開だ。
森の真ん中へんを通り過ぎて、村から見て奥側に歩いていく。
「ギニャ……ギニャ……」
「ニャ~……」
そして再開してすぐ、フクロイヌと遭遇。
……ハンモックみたいなところで、のんびりぐんにゃり寛いでいる。
このハンモックみたいなの、あのクモの糸だよね?
貸してもらってるのかな?
「タイシタイシ、あっちにクモさんがねてるです」
「どれどれ……確かに寝てるね」
ハナちゃんが指さす先には、フクロイヌより奥の方で、クモさんが寝ていた。
ハンモックに揺られて、ダラ~っとしている。
あ、果物を食べかけのまま寝ているクモさんもいる。ダラけ具合がすごい……。
「タイシ、どうするです?」
「そっとしておこう。せっかく寛いでいるわけだからね」
「あい~。そっとしておくです~」
フクロイヌはさておき、このクモさんはほんと謎だね。
快適な寝床作りは、上手みたいだけど。
まあ、フクロイヌたちにのんびり快適空間を提供しているのだから、気のいい性格ではあるのかも。
このクモさんの事も、もっと良く知らないといけないな。
……今、寝返りをうってハンモックから落ちたけど、そのまま動かないし。
ハンモックに戻しておいてあげよう。
「今戻すから、ちょっと失礼するよ」
「……」
ダラ~としたままのクモさんを手に持って――え?
――なにこのクモ、手触り最高! すっごい手触り良い!
やばい、この手触り癖になる。
なんというかなめらかでそれでいてふわふわとしていて、ほのかにあったかい。
これ、ハナちゃんにも触ってもらおう。
「ハナちゃんハナちゃん、クモさんちょっと撫でてみて」
「あえ? なでるです?」
「そうそう。ビックリするよこれ」
「わたしもなでるよ! いい? いい?」
「どうぞどうぞ」
と言うわけでハナちゃんと妖精ちゃん、クモさんをなでなでだ。
撫でられているクモさん、足をピクピクさせる以外は無抵抗。
なんだか、喜んでいるようにも見える。
「――あや~! てざわりさいこうです~!」
「なめらかふわふわだね! きもちいいね!」
そしてハナちゃんと妖精ちゃん、クモさんをなでなでしてビックリ仰天だね。
驚きながらも、クモさんを撫でる手は止まらない。
俺の手も止まらない。完全に癖になった。
「このクモさん、すごいです~」
「きもちいね! きもちいいね!」
「これ、癖になるな」
そうして、ピクピクするクモさんの手触りをみんなで楽しんだのだった。
◇
そんなこんなで平和に過ごしていたのだけど、とうとうアイツがやってくることになった。
――台風だ。
「親父、台風対策必要だよね?」
「必要だな。窓に板張ったり屋根を点検したり、忙しくなるぞ」
自宅の居間で、親父と天気予報を見ながら相談する。
今回の台風はあっちにふらふら、こっちにふらふらしていて上陸時期がなかなか定まらなかった。
今も、進路予想は気象庁とJTWC――米軍合同台風警戒センターとの進路予想で大きく違いがある。
気象庁は列島縦断コースを予報しており、JTWCは日本海コースだ。
……俺の直感では、気象庁コースで来ると思うな。
というか、直撃コースを想定して準備したほうが絶対良い。
しかし、気象庁コースの場合は時間が無い。結構ギリギリになるな。
早めに準備しないと間に合わない。
「親父、俺は気象庁の予報コースで計画を立てたい」
「ああ、俺も同感だ。直撃コースで考えるぞ」
ということで親父と二人で、情報を集めるためじっとテレビを見たりネットを検索したりする。
『台風十五号は、現在沖縄に上陸目前で、強さは――』
テレビのアナウンスが流れる中、これからの計画を練っていく。
お天気レポーターが実況する様子が流れ、親父と注視する。
「……風はそれほどでもないみたいだね」
「ただ、雨が凄いって言ってるな」
テレビ画面に映し出された光景は、確かにかなりの雨が降っていた。
どうやら今回の低気圧は、雨台風のようだ。
さっそく雨雲レーダーを検索してみると……。
「……親父、暴風圏外にも大雨降らしてるぞ、この台風」
「しかもゆっくりだって話だな。こりゃ、水害対策が必要だぞ」
「土嚢を沢山つくらないといけないかも」
「ああ。村のみんなを総動員してあたるか」
情報が集まってきて、対策もだんだん固まっていく。
水が溢れそうなところは土嚢を用意したり、用水路が詰まらないよう巡回計画を立てたり。
人手が必要になるので、暴風圏内に入った際は消防団の協力も必要だな。
ある程度計画を練ったら、村に行って相談しよう。
――そうして親父と二時間程度で防災計画をまとめ上げた。
計画は出来たので、急いで村に向かって体制の説明と構築をする。
日本に戻ってきている高橋さんに連絡して、参加を要請したり。
ユキちゃんは彼女の方から電話をかけてきて、協力を約束してくれた。
ほんと、みんなありがたい。
というわけで、地球側の各人に仕事を割り振っていく。
ユキちゃんは俺と親父と一緒に村に入って、お手伝い。
高橋さんは必要となる物資を積んで、あとから村に入る。
高橋さんが来るまでには時間があるので、その間に村のエルフたちや妖精さんたちに状況を説明し、防災体制について理解を得る。
――ということで、集会場にみんなを集めた。
まずは、ノートPCに資料を表示しながら、台風という気象現象の説明をする。
毎年やってきて、大雨と強風を長時間もたらすものだと説明し、映像を見せる。
ノートPCの画面には、風が吹き荒れ雨が降り、構造物が飛ばされる様子の動画を映してみた。
わりかしド迫力の資料映像で、数年前に大被害をもたらしたヤバい奴の映像だね。
その映像を、エルフたちも妖精さんたちも食い入るように見つめる。
そして、十分程度の映像は終了だ。
この映像を見れば、台風がどういうものかは理解出来たかなと思う。
それじゃ、理解できたか聞いてみよう。
「――というわけで、今説明した台風という現象があと二日くらいで起きます」
「――……」
……おや? みんなからの反応が無いけど……。
ん? 妖精さんたちがぽとぽとと畳に落ちていく。
(――……)
あ、神輿もぽとりと落ちた。
「……大志、全員気絶したぞ」
「まだ台風の説明しかしてないのに……」
台風の映像は刺激が強かったようで、みなさん気絶してしまった。
いやでも、まだ説明段階なんですよこれ。
……台風対策、果たしてできるのだろうか?




