第十二話 山菜調理実習
山菜の下ごしらえをエルフ達に教えてやってもらっている間に、業務スーパーに行って調味料を調達する。
味噌と油と塩、灰汁抜き用に重曹、天ぷら用に小麦粉、ついでに出汁の元も買っていく。
味噌と塩と油は十キロ単位だ。
いずれ買い出しするときは、エルフの誰かを連れてきて手伝ってもらおうかな?
……でも騒ぎになるか。耳長いし。
地味な重労働をしているのでそんな考えが頭をよぎったけど、後回しにしよう。
今やるべきは、彼らだけでしばらく村を回せるような体制の確立だ。
まだまだある程度の援助が必要じゃないかと思う。
またぞろ大量の食糧を積んで車を走らせるけど、今日はなんとか家に帰りたいところだ。
そして村に戻ると――エルフ達はやっぱり食器を持って待っていた。
しまってていいから。
◇
車から物資を降ろすのを手伝ってもらっているとき、ふとヤナさんが聞いてきた。
「このしろいこな、これなんですか」
「これは塩ですよ」
「しお!」
その瞬間、エルフ達がずざざっと塩に集まる。
「こんなしろいやつみたことない」
「たいりょうのおしおとか、すてき」
「すっごいぶつりょう」
エルフ達は塩に興味しんしん。あれ? ヤナさんがぷるぷるしてる。
「これ……これぜんぶしお……」
「全部塩ですね。もちろん食べられますよ」
「これひとつで、ひとかぞくならそうとうながいあいだ、もちますよ……」
相当長い期間持っちゃうのか。こっちじゃそれひとつは一か月くらいかな。
「お、おしおです~」
ハナちゃんは目をキラキラさせながら、かぶりつきで塩を見ている。
「そっちじゃそんなに塩は貴重品だったんですか?」
「ええ、へいげんであっちこっちいどうしながらくらすぶぞくが、どっかとおくからもってくるくらいです」
へえ。そんなエルフの部族も居るんだ。森ばっかじゃないんだな。
「いわみたいなしおなのですが、たまにもってきてくれるんです。それとにくをこうかんでてにいれていました」
「ヤナさんたちがいた森にはなかったんですか?」
「なかったですね。あとはしょっぱいはっぱがあったので、それをかじってました」
遊牧民みたいなのが岩塩を持ってきてくれて、物々交換してたみたいだな。
その他にはしょっぱい葉っぱか……アイスプラントかな?
「こっちじゃ海から大量に塩が採れますので、沢山手に入りますよ」
逆に日本じゃ岩塩の方が値段高いよな。
確かとあるパスタチェーン店の味の決め手が、こだわりぬいた岩塩だったはずだ。
その岩塩、俺も味見してみたいな。異世界の岩塩だ、どんな味か興味がある。
「うみ……なんですかそれ」
ヤナさんが海の話を聞いて首を傾げた。
……そうか、海も知らないのか。少なくとも沿岸には住んでいなかったという事かな?
海がどういうものか、ちょっと教えておこう。
「塩を含んだ大きな、とっても大きな湖というか……なんというか。魚がものすっごい沢山居ます」
「そんなものが……」
「タイシタイシ~、これもたべものです?」
ヤナさんに海について説明していると、ハナちゃんが味噌を指さして聞いてくる。
「それが味噌だよ。ここら辺の人間はだいたい毎日食べていて、美味しくて体にも良い食べ物なんだ」
味噌を常食出来ていた家康と、それが出来なかった庶民とで寿命は倍近く差が出ていた、と聞いた事がある。
味噌だけが原因ではないだろうけど、健康と長生きのために有用な食品の筆頭が味噌だと俺は思う。
信長、秀吉、家康と三人とも味噌どころの出身であることは偶然ではないかも。
「おお~たのしみです~」
味噌について思考を巡らせていと、ハナちゃんは目を輝かせて味噌を見ていた。
美味しいと聞いて、期待が膨らんだようだ。
「つちのかたまりにしかみえないんですが、これがおいしいんですか」
見た目はそうだけど、味噌はここいらの食の基本でもあるからね。
自信をもって、美味しいと言える。
「ええ、とっても美味しいですよ。実はこれも保存食でしてね。豆を加工して保存が効くようにしたやつなんです。結果、こういう見た目に」
「「「へえ~」」」
他にも油や小麦粉など、持ってきた食料にアレコレ興味しんしんなエルフ達と協力して準備を進めていく。
「では皆さん、炊事場で料理しましょう」
「わかりました」
「あい~」
皆で炊事場に集まってもらって、簡単な山菜料理を教えることにする。
調理補助はカナさん。すごく目力が強くなっている。
……お料理大好きなのだろうか?
そして新たな食材を前に、エルフ達も期待で一杯の様子だ。
もうなんか、うずうずしている。
そしてハナちゃんは火起こしの準備万端という感じで、笑顔で木の板と棒を構えていた。
……いいんだよ。ガスコンロあるからね。
その作業全くの無駄になるから。そのうち活躍の場用意するから。
まあ、今回はとりあえず……灰汁抜きはふきのとうとたけのこだけにしよう。
ほかは灰汁抜き不要な、てんぷらにしちゃおうかな。
「ではカナさん、ふきのとうとたけのこを茹でて灰汁抜きしましょう」
「はい」
あらかじめ洗って下処理をしてもらっていた山菜の中から、たけのこを取り出す。
「とりあえずたけのこを半分に切ります」
おもむろに包丁で、さくりとたけのこを切る。
「なにあれすごいきれあじ」
「いっしゅんでまっぷたつとか、すてき」
「おれのじまんのいしぼうちょうは、ただのひろってきたいしっころだったのだ……」
石を加工するのは大変だから、そんなに落ち込まなくてもいいですよ。
……もしや無加工?
包丁に一喜一憂するエルフ達を尻目に、カナさんはもくもくと同じ手順を再現する。
あらかた切り終わったところで重曹を渡し、計量スプーンで分量を教えようか。
「これはしおですか?」
「これは重曹と言いまして、塩ではありません。灰汁抜きをしたり、お掃除にもつかえる便利なものです。美味しくはありません」
「わたしたちは、あくぬきでは、はいをつかってましたね」
「こっちでも昔は灰をつかってましたよ。重曹が手に入るようになってからは、灰はあまり使われなくなりました」
「べんりなものなのですね」
感心するカナさんとそんな話をしながら、ぐつぐつをたけのことふきのとうを重曹で煮る。
「すごくあわだってますね」
「これは結構時間がかかりますので、その間に他の料理の準備をします」
天ぷらで食べられる山菜は、全部揚げてしまうことにする。
そうすれば、細かいことは考えなくて良いから楽だ。
「これは小麦粉といいまして、あのラーメンも同じ小麦粉から出来ています」
「あれのげんりょうが、これですか」
「そうです。この小麦粉をいろいろ加工すると、様々な料理になります」
ねりねりと小麦粉を卵液に溶く。分量は目見当でいいや。
「これにもたまごつかっちゃうんだ」
「おいしそう」
「きたい、ばくはつ」
材料に卵が入って居る事から、卵大好きなエルフ達は大喜びだ。
作業工程が進むたび、キャッキャしている。
「これくらいの分量でやってみてください。」
「はい」
カナさんもねりねりと天ぷらの下準備をしていく。
その間にフライパンに油を張って、天ぷらの準備を進めた。
といっても油をそんなに沢山毎日使うわけにもいかないので、今回は揚げ焼きみたいな方法を伝授する。フライパンを傾けてやるあれだ。
物量はこなせないけど、油をきわめて節約できるので、しばらくはこれで行ってもらおう。
「それがあぶらですか。にくからとったやつですか?」
「いえ、植物から絞り出した油です。油が沢山取れる植物があるんですね」
「ほほう」
「そのおかげで、こうして大量の油を使った料理ができるんです」
「すごいですね」
じわじわと加熱されていく油を見て、ヤナさんもカナさんも感心している。
「ただこの調理方法、油が跳ねたりこぼしたりすると大やけどをすることもありますので、お気を付け下さい」
「そんなにあぶないんですか?」
「高温の液体ですからね、体にかかったりするとかなり危険です」
「きをつけます」
「料理になれていない人や、子供は近づけないほうがいいです」
「わかりました」
一通り注意事項を伝えているうちに、油の温度が頃合いになってきた。
菜箸で衣の液を油にたらし、ちょうどいい温度であることを確認する。
「これくらいが丁度いい温度です」
「おぼえました」
「準備ができたら、これらの山菜をこの天ぷらの衣にくぐらせて揚げます」
手近にあったタラの芽をくぐらせ、油に投入した。
――とたんにじゅわっと音がして、タラの芽が揚っていく。
「「「おおおお」」」
「じゅわじゅわいってる」
「はわ~」
初めて見る調理法にどよめくエルフ達だ。
「こうして高温で揚げてしまえば、山菜のえぐみが消えてしまうんです」
「こんなほうほうがあるんですね」
「他にもえぐみを無くす方法はありますが、今日はこれで。また教えますよ」
「ありがたいことです」
そんな雑談をしている間に、タラの芽はいい感じに揚った。
天ぷらを取り出し、ちょっと冷まそう。
「では、誰か味見をしますか?」
「あい~」
味見の提案をすると、笑顔のハナちゃんが名乗り出た。
その目は、もう期待に満ちている。
「熱いから気を付けてね」
「あい」
ふーふーしたあと、ハナちゃんはタラの芽の天ぷらをさくりと一口齧る。
「おおおお~」
一口齧ったとたん、ハナちゃんは声を上げた。
エルフ耳がぴっこぴこして、驚いている様子が伝わってくる。
「ハナちゃんどんなかんじ?」
「さくっとかいった」
「すっごいおいしいです~」
山菜は揚げても独特の風味はあったりするけど、森暮らしのエルフ達なら平気なようだ。
子供でも美味しいというなら、まぁ大丈夫だろう。
「大丈夫みたいですね。この調子で皆の分を揚げて行きましょう」
「がんばります」
あとは、カナさんたちに任せてみよう。
菜箸は使えないだろうから、トングを使ってもらえばいいかな?
「揚げるときはこれを使ってください。トングと言います」
「わかりました」
「まかせて」
「うでがな……ならすのはやめとくわ~」
「がくしゅうしたのね」
カナさんはそのほかの奥様と手分けして、天ぷらを揚げたりラーメンを煮たりしていった。
たけのことふきのとうも、そろそろ灰汁抜きが終わるかな。
そうしたら、味噌汁をつくって、たけのこ汁やふきのとうの天ぷらを作ろう。
その後、見ていた男衆も加わって、わいわいと料理が出来上がっていった。