第二十一話 思わぬイベント
――旅行四日目。
新たなメンバーであるフクロイヌを加え、いっそう賑やかになった。
今日は今までしたことで楽しかったことをまたやってみたり、また別のことを探す予定だ。
というわけでアンケートを採ってみる。
「みなさん、今までを振り返ってまたしたいと思う催し、あります?」
「うみにもぐるやつ、またしたいです~!」
「おれはどうくつにいきたい!」
「わたしは、フネをひっぱってもらうやつかしら?」
みなさんハイハイと手を上げて、それぞれ楽しかった催しをあげてきた。
大体は海遊びで、すぐにでも実行可能だね。
わりとエルフカヌーを活用する催しが多いので、おっちゃんエルフもにっこりだね。
概ね海遊びなので、今日は二ツ亀海水浴場で過ごそうか。
◇
海遊びをすると言うことに決めて、二ツ亀海水浴場まで移動する。
今日はここで、思いっきり海遊びをすることにした。
「タイシ~、おさかなたくさんです~」
「綺麗だ」
「きれいです~」
(きゃははは!)
まずはシュノーケリングをしたら、神様がまた魚につつかれたり。
「ぎゃうぎゃう」
「フネをひっぱってもらうの、たのしいわ~」
「このゴムボートってやつも、なかなかいいフネだな」
「――あ」
沖に出て海竜ちゃんにゴムボートを引っ張ってもらい、バナナボートみたいなのをしてみたり。
ちなみに、「――あ」は乗っていた全員が、ボートから投げ出された瞬間でございます。
ゴムボートは、エルフカヌーほど安定性ないからね。
「ギニャ」
「ほらほらフクロイヌちゃん、こっちよ」
「ギニャ~」
フクロイヌも遊んでもらってご機嫌だ。
……海水浴場にいる他の一般客が「あの動物、なんだろ?」とひそひそ話していたのは、気にしないことにする。
アレな石はもうストックが無いので、ごまかせない。
誰かにフクロイヌについて聞かれたら、「イヌです」で貫き通す予定だ。
「ラーメン、おいしいです~」
「こういうラーメン、むらでもできます?」
「出来ますよ。手間はかかりますけどね」
(おかわり~)
お昼は浜茶屋でのんびり食事をして、お腹いっぱい食べたり。
神様はお腹が減っているようで、十人前くらい食べていた。
……あの謎の世界とこっちを繋げたから、力の補給がいるのかもね。
「タイシさん、このしょくぶつって、うみのなかにはえてるの?」
「そうですよ。海中に生えている植物で、よく食べます」
「どれどれ……なんだかぐにぐにしてて、ふしぎなしょっかんじゃん?」
「あああ、食べないで!」
海岸に打ち上げられていた海藻に興味津々だったマイスター、説明半ばでもぐもぐ食べ始める。
せめて洗ってから! 洗ってから食べて!
「ふふふ……これもう完璧リア充よね。あこがれのリア充……ふふふ」
「タイシ、ユキがおかしいです?」
「そっとしとこう」
昨日からこっち、たまにユキちゃんの様子がおかしかったり。
体育座りでぼそりとつぶやくので、わりと怖い。
こうして色々あったけど、楽しく時間は過ぎていった。
◇
「タイシさん、これってたべられるの?」
「え? いや……私あまり海の幸は詳しくなくて」
のんびり海遊びを堪能していると、またもやマイスターが貝やら海藻やらを採ってきた。
確認してくれるだけ、有り難いかな?
でも、確認しに来てくれたとはいえ、俺もそれが食べられるか分からない。
どうなんだろ、と二人で首を傾げる。
「お、兄ちゃんたちそれ食うのか? 他にも色々食えるのあるぞ?」
すると、釣り人の格好をしたおじさんが話しかけてきた。
地元の人かな? どうやらマイスターの持ってきたものは食べられそうで、他にも色々あるっぽい。
「たべられるんだ! ほかにもいろいろあるの?」
「ああ。あるよ。色々教えてやっからこっちゃこい」
「わーい!」
「おれもいってみよ」
「わたしも」
そうしておじさんに誘われ、磯でエルフたちの食材探しが始まる。
ワイワイキャッキャと、貝やら海藻やらを採っているね。
「この貝は酒蒸しが美味いぞ。あとは味噌汁に入れりゃ良い」
「たくさんとれた~」
「おみそしる~」
親切なおじさんがガイドをしてくれたので、楽しく食材集めができたようだ。
しかし今日はホテルに泊まるから、夕食では食べられないな。
……おやつ代わりに、今食べちゃうか。
「今から料理して食べちゃますか」
「それいい! たべようたべよう!」
「おじさんも一緒にどうですか?」
「じゃあ、ご馳走になっちゃうかな?」
ということでキャンプ場に移動し、区画を借りてお料理だ。
「貝は酒蒸し、他は味噌汁に入れりゃ良いよ」
おじさんの言うとおり料理していき、あっさり完成。
難しい料理でもないので、すぐに出来た。
「では、頂きます」
「「「いただきまーす!」」」
海藻やなんかの貝が入った味噌汁は、出汁が出ていて奥深い味わいだ。
カツオ出汁とはまた違って、磯の匂いと共に甘みと旨味がある。
海遊びで疲れた体に、ほどよい塩分が心地よい。
「このさかむしってやつも、ぷりぷりしてておいしいな~」
「美味いだろ?」
「おいしいです~」
他のみなさんも、新鮮な海の食材の美味しさにほくほく顔だね。
こう言うのも海遊びの一つで、海を堪能できるんだな。
おじさん有り難うだ。なかなか得がたい体験をできた。
こういう親切な人と出会えるのは、なかなか無いことだ。
これは、おじさんにお礼をしとこうかな。
……エルフ包丁、あれをお礼に渡そう。
「色々良くして頂いて有り難うございます。これ、お礼に受け取って下さい」
「お? 良いのか?」
「ええ。この人たちの工芸品なんですよ」
「へえ~。外国の工芸品か。綺麗だなこれ」
どうやらおじさん、受け取ってくれるようだ。
エルフ包丁を光にかざして、にこにこしている。
「俺もこの先で陶芸工房やってんだ。だからこういう手の込んだ工芸品、好きなんだよ」
「そうなんですか」
「へえ、陶芸ですか」
陶芸と聞いて、親父が興味を持ったようだ。
親父、焼き物好きだからな。
「ウチは陶芸体験もやっているので、興味があるならどうぞ。お代は……かなりお安くしときます」
「ほうほう、これはこれは」
「とうげいって、なんぞ?」
エルフたちは、陶芸って言葉にピンとは来ていないようだ。
土器みたいなものって言っとけばいいかな?
「みなさんの作る土器みたいなものですよ。土をこねて成形して焼いて、食器とかにします」
「やきものですか」
「そうですね。これはみなさんのほうが詳しいかと思いますけど」
俺はやきものはよく知らないので、何がどう違うか分からない。
エルフたちの土器をみると良い出来なので、結構な腕前なんじゃない? くらいの判断しかつかないね。
「やきものか~。おもしろそう」
「こっちのやきもの、どんなんだろ」
「しろいしょっきとか、よくみるわよね」
おや? 他のみなさんも焼き物と聞いて興味が出たようだ。
……やってみるのも、良いかもな。
おじさんに聞いてみよう。
「今日これからって、可能ですか?」
「今日は予約も無くて暇な日だったから、これからでも大歓迎さ」
どうやら良いみたいだ。エルフたちにも確認してみよう。
「これから焼き物の体験ができますけど、どうです?」
「いいの?」
「やってみたい!」
「どきのことなら、おれにおまかせ」
みなさん乗り気なようで、陶芸体験してみたいようだね。
それじゃ、おじさんにお願いしてみるか。
「では、三十分後くらいに行きたいと思います」
「おお! 来てくれるか! それじゃ工房開けとくから、待ってるぜ」
「よろしくお願いします。では、連絡先を教えますので――」
ということで、陶芸体験をすることになった。
突発イベントだけど、こう言うのも良いよね。
「ではみなさん、体を洗って着替えましょう」
「「「はーい」」」
面白い出会いから、一つのイベントに繋がった。
楽しく陶芸体験、できたら良いな。
◇
すぐさま体を洗って着替えて、おじさんの工房にお邪魔する。
陶芸体験コースは料金をオマケしてもらって、半額で良いそうだ。
「今回は無名異焼きといって、この赤土を使って焼き物体験だ」
おじさんが赤土をみんなに見せて、説明を始める。
「これは酸化鉄が多く含まれた土で、だから赤いんだな」
「なんであかくなるです?」
おじさんが酸化鉄の話を始めると、ハナちゃんこてっと首を傾げた。
鉄を扱っていないから、鉄が錆びると赤くなるというのは知識として根付いていないようだ。
「自動車にも使われている鉄なんだけど、空気に触れるとそこが赤くなってぼろぼろになっちゃうんだ」
「あえ? タイシのじどうしゃ、あかくないですよ?」
「それは赤くボロボロにならないよう、上から色を塗ったりして守ってるからだよ」
「あや~。たいへんです~」
「そう、赤くしないためには、色々大変なんだ。ちなみに鉄が赤くなることをサビるって言ってるよ」
「なるほどです~」
まあ、村の施設でも鉄さびはいくつかある。村に帰ったらそれを見せて教えてあげよう。
……このあたり、平原の人たちなら理解しているだろうな。
過去に作った鉄器も多少残っていると聞いたから、サビを抑える技術もあるだろう。
「次の説明良いかな? そんでこの赤土は焼き物にするともろい」
「もろいんですか?」
陶芸に興味津々なおっちゃんエルフ、手を上げて質問だ。
「ああ、すぐ割れる」
「そうなんだ~」
「そのまま焼けば、まあもろくて困るな」
赤土をこねくりしながら、おじさんがにこにこと質問に答えてくれた。
こういう質疑応答も、なかなか面白いな。
しかし――。
「酸化鉄の混じった赤土は、焼くともろい……」
「あえ? タイシどうしたです?」
「……これと似た話、つい最近聞いたような」
なんだっけ?
赤土、酸化鉄。――鉄。
――あ、平原の人たちの昔話だ!
平原の族長さんから、そういう話を聞いたのを思い出した。
たしか土器作りに向かない土しかなくて、割れて困ったとか。
それから鉄器作りを神託してもらって、森消滅の危機に繋がったんだよな。
なるほど、酸化鉄が混じった赤土は焼き物に向かないからだったのか。
やっぱり、ピンク岩塩といい平原の人たちがいる地方は、鉄が豊富ってことだな。
まさか佐渡であの昔話や平原の人達の森について、一つの傍証を得られるとは……。
あっちの世界での出来事とその考察が、まさか佐渡陶芸の歴史からアプローチ出来るとは思わなかった。
なんだろう――陶芸にあまり興味が無かったのに、すっごく話しを聞くの面白くなってきた!
「だが先人たちは、ただじゃ転ばなかった。このもろい赤土をだ、かたーく頑丈に焼き上げる技法を生み出したんだ」
「おおお! かたくするほうほう、うみだしちゃった?」
「そうだ。今回作る焼き物も、その技法を使って焼き上げる」
「なんだかすごそう~」
「なるほど、苦労があったんですね」
俺が平原の昔話を思い出していると、おっちゃんエルフと陶芸おじさんは大盛り上がりになっていた。
焼き物に興味がある親父も、ふむふむと話を聞いている。
俺的にも、陶芸工房でまさかのタメになる話しが聞けた。これは予想外。
「タイシタイシ、なにかおもいついたです?」
「平原の人たちについて、ちょっとわかったことがあってさ」
「いまのはなしからです?」
ハナちゃんはピンと来ていないようだ。首をこてっとかしげて、はてな顔だね。
軽く説明しておこう。
「うん。多分平原の人たちも、これと同じ赤土で土器を作ろうとしてたんだと思う」
「あえ? ……あ、もろいってはなしです?」
「そうそう。だから、いい話聞けたなって思ってね」
「あや~。タイシよくきづいたです~」
「これくらいはね」
そうしてハナちゃんとキャッキャしていると、陶芸おじさんの話が大詰めにさしかかる。
「細かい話は色々とあるけど、まあもろい赤土を固くするために思いっきり高温で焼き上げる」
「おもいっきり?」
「ああ。思いっきり高温で焼くんで、こんな風にキンキンと音がするほど固くなる」
「ほんとだ!」
陶芸おじさんが一つの赤茶色の湯飲みを取り出し軽くたたくと、確かに金属みたいな音がした。
良い仕事してますね~。
「ちなみにこの焼き物、石見っていう銀山でも似たようなのがある」
「やっぱり貴金属採掘に関連してですか」
「そうだな。鉱山と赤土、関連は深い」
親父が質問したけど、石見銀山の採掘時に出た土を使うんだろうな。
……ということは、平原の人たちの住んでいる地域にも、なんらかの鉱物が眠っているかも。
おいおい、無名異焼き体験をしに来て、こんなに思考のとっかかりを得られるとは。
佐渡凄いな。
「タイシタイシ。ハナ、ひとつおもいついたです?」
佐渡すげえ~と感動していると、ハナちゃんが服の裾をくいくいしてきた。
……何か思いついたとな。
「何を思いついたの?」
「もろいつちをかたくやくほうほう、へいげんのひとにおしえたら……よろこぶです?」
あ! そうかも!
もう編み出していたらそれでいいけど、まだ赤土で困っているなら……。
――きっと凄く喜ぶはずだ。
鉄器を作るよりは燃料も使わないだろうから、いけるかも。
俺は歴史や技術、環境の方に思考が行ってたけど、ハナちゃんは違う方面で考えていたんだ。
この技術、何かに役立てられ無いかって。
きちんと考えていたんだな。えらい子だ。
「ハナちゃん良いこと考えたね~。えらい子にはなでなでしちゃうよ~」
「うふふ~。うふふ~」
ハナちゃん、頭をなでなでされてご機嫌だ。
エルフ耳が、どんどんたれ耳になっていく。
「よくわかりませんが、わたしもなでます」
「あ、わたしも」
「ぐふ~」
その様子にヤナさんとカナさんも便乗し、たれ耳ハナちゃんからぐんにゃりハナちゃんに進化した。
「ぐふふ~」
「そこの兄ちゃん、これからロクロ回すけど……その子だいじょうぶか?」
――あ! 後先考えて無かった!
◇
ぐんにゃりハナちゃんを何とか回復させて、ロクロ回しを始める。
これがまた難しくて、ちょっと指を動かすと前衛芸術の出来上がりだ。
「難しいですねこれ」
「まあ簡単じゃねえな」
「手本を見ると、簡単そうなんですけどね」
俺は湯飲みを作ろうとしているけど、ほんと一苦労だ。
ユキちゃんも割と苦労している。俺より上手だけど……。
「これでどうでしょうか?」
「お、良いね。陶芸経験あり?」
「まあ多少は」
親父はするすると茶碗を作っているけど、経験者は違うな。
そして……。
「ヤナ、それってなに?」
「この、ゆのみってやつだよ」
「あえ? おとうさんのそれ、おさらだとおもってたです」
「うう……」
ハナちゃんとカナさんがまあまあ良く作れている横で、ヤナさんは俺と同じく前衛芸術を作成中だ。
「ふがふが」
「おっしできた」
「おお、外国人なのに上手だな。やっぱり経験あり?」
「これとはちがうけど、いろいろやきものはしてましたかな」
お年寄りとおっちゃんエルフは、でかい器を難なく作っている。
土器作りの経験が遺憾なく発揮されてるね。
「しかしこのまわるやつ、べんりですな~」
「わたしたちのは、てでまわすからたいへんなのよね」
「ずっとまわってるとか、すてき」
どうやらエルフたちもロクロは使っていたようだけど、さすがに電動ロクロはないよね。
ずっと回っているのが便利らしく、キャッキャと楽しく陶芸をしている。
そして、ようやく全員出来上がった。
「これは焼き上げるまで数日がかかるので、出来たら送ることになる」
「では、こちらの住所にお願いします」
「着払いだけど、いいよな」
「ええ。もちろんです」
無名異焼きは焼成まで数日必要だそうで、陶芸体験はここまで。
あとは陶芸おじさんにお願いして、焼成後郵送となる。
宛先は俺の家にして、届いたら村に持って行こう。
「できるの、たのしみです~」
「いいおもいでになりますね」
「うまくできるといいな~」
「楽しみにしててくれ」
ほかのみなさんも、陶芸体験を満喫できたようだ。
自分が作った湯飲みや茶碗、その他もろもろを眺めて、にこにこしている。
タメになる話を聞けて、陶芸も楽しめて。
突発イベントなのにとても充実した時間だった。
陶芸おじさん、ありがとう。