第十七話 ユキちゃんのひみつ
「やきそば、おいしいです~」
「やいちゃうラーメンなんて、あるんですね」
「これ、むらでつくれるのかしら? ……ふむふむ」
(おいし~)
色々あったけど、みんなを呼んできて浜茶屋でお昼となった。
ハナちゃんは念願の焼きそばが食べられて、もうエルフ耳がぴっこぴこだ。
カナさんは焼きそばの調理方法に興味があるのか、村でも作れるのか分析中だ。
簡単料理だから、あっさり作れちゃうね。教えておくか。
「カナさん、この料理はとても簡単で、野菜炒めと作り方はほぼ同じです」
「あ、それならできそうですね」
「あや! むらでもやきそば、たべられるです!?」
ハナちゃんも話を聞いていたようで、おめめキラキラになった。
というか明日のお昼はバーベキューの予定なので、メニューに加えてもいいかな。
「ホントに簡単だから、明日のお昼に作って見ようか?」
「あや! あしたつくっちゃうです!?」
「そうだよ。一緒に作っちゃおう」
「うふ~。タイシとやきそば、つくるです~」
一緒に作ろうと伝えたら、ハナちゃんもうご機嫌だ。
もぐもぐぴこぴこ、そして足をぱたぱたさせて喜んでいる。
「これ、かんたんにできるんだって」
「ラーメンをやいちゃうとか、すてき」
「あじつけがいいよな」
ほかのみなさんも、大盛り焼きそばをもぐもぐ食べている。
丁度お腹が空いていた頃だろうから、食欲旺盛だ。
「ママ、かき氷美味しいねー」
「ごちそうしてもらっちゃって、すみません」
「いやはや、おなじ長野県民でしたとは。世間は狭いですな~」
そして例のご家族には、いろいろお騒がせしたお詫びとして売店で売っていたかき氷をごちそうした。
軽く雑談をしたらどうやら同じ県出身のようで、わりと県民トークが盛り上がった。
その話のなかで出てきたけど、このご家族はどうやら佐渡には母方の祖母に会いに来ているらしい。
そうしてちょっと親しくなってご両親と雑談していると、お子さんがジトっと俺を見ている。
もの凄い見られている……。
でも俺は特に、見るところの無い普通の人だよ?
「そこのおっきなお兄ちゃん、どこの星からきたの?」
そうして、おもむろに出身の惑星を聞いてきた。
俺は生まれも育ちも、この地球でございます。
「自分は生まれも育ちも、このちたまだよ。生粋のちたま人だよ」
「ママー! この人嘘言ってるー! ちたま人と、なんか『おーら』がちがうー!」
ちょっ……。この子なんなの?
俺思いっきり地球人だって!
ご先祖様から代々ずっと、二千年近く日本に住んでるから!
おっと、今度はユキちゃんの方をジト目で見始めるお子さんだ。
「このお姉ちゃんも、頭とおしりになんかふわふわしたのついてるー! ちたま人こんなのついてないー!」
「ちょっ! 嘘!?」
そしてお子さんはユキちゃんを指さして、ユキちゃんの秘密的なアレを色々暴露大会だ。
すっかり油断していたユキちゃん、おもいっきり慌てながら、頭とお尻を手で隠した。
その表情はすっかりあわあわしていて、もうなんか語るに落ちるって感じ。
「な、何の事かな? なんにもついて無いよ?」
「無いならなんで隠すの?」
「う……」
とぼけたけど、お子さんのさらなる追及に焦りまくるユキちゃんだ。
あわあわオロオロとしていて、なんだか可愛い。
……それはそれとして、この子ヤバいくらい「視えて」るな。
俺だってその頭とお尻のふわふわは、ユキちゃんが気を抜いたときくらいしか見えないのに。
まあ……よく気を抜いているので、わりと頻繁に見られたりもするけど。
ユキちゃん、結構隙の多い女子である。
というか、このお子さんがかなり「視え」ちゃってるのはわかったけど……。
俺のオーラっぽいのがちがうってなんだろう。
……変な色してたらやだな。せっかくならかっこいい感じのが良い。
「お姉ちゃんそれって――」
「た、大志さんたすけてー!」
おっと、ユキちゃんたまらず俺の後ろに逃げ込んできた。半泣きだ。
しかし助けると言っても……。あれだ、とりあえずごまかすか。
「ははは! ばれてしまっては仕方がない。実は我々、新潟の美味しい物をあぶだくしょんしにきたのだよ」
「ほらー、やっぱりー!」
「タイシぼうよみです?」
お子さん速攻ごまかされてくれたね。まあ嘘は言ってないから良いだろう。
あとハナちゃん、棒読みなのつっこまないで。
「あらあら。うちの子に付き合って頂いてすみません」
「うちの子、ちょっと変わってまして」
そんな俺たちのやりとりを、お子さんのご両親はにこにこして見守っていてくれた。
この人たちは普通っぽいね。
そしてお父さんはお子さんを「ちょっと変わった子」と言っているけど……。
ちょっとどころじゃない、日本最強クラスの見鬼だぞこの子。
この子はいうなれば――なんかすごい巫女、のようなもの。
すごい力なので、このまま放置はちとまずい。
「大志さん……この子」
「うん。ほっとくと危ないよね」
「ええ」
ユキちゃんがひそひそと話しかけてきたけど、俺と同じ危惧を抱いたみたいだね。
この子、ほっといたらほんとに「あぶだくしょん」されちゃうかも。
これは親父のツテを頼った方が良さそうだ。
「親父、そういうツテあったよね?」
「ああ、あるぜ。俺も連絡しようと思ってたところ」
「頼んでも良いかな?」
「任せとけ」
ということで、なんかすごい巫女ちゃんの事は、よその家に丸投げしよう。
俺には村で客人を迎え入れる仕事があるからね。この子の護衛は難しい。
とはいえ、護衛丸投げをするにしても、連絡先は聞いておかないとな。
もうちょっと仲良くなって、話の流れでさりげなく聞くことができれば……。
「ママー! この人悪だくみしてるー! なんかそういうのみえたー!」
――いやいや、君のためだから!
◇
「キャー! ママこれたのしー! 恐竜さん、もっとはやくー!」
「ぎゃう」
「いくです~!」
(ひっぱるの、いいかも~)
お昼を食べた後は、例の巫女ちゃん一家も加わって海あそびとなった。
今は海竜ちゃんにカヌーをひっぱってもらって、そこに巫女ちゃんが乗っている。
海竜ちゃんの背中にはハナちゃんと神輿が乗っていて、みんなキャッキャと大はしゃぎだ。
ちなみにそのカヌーは、おっちゃんエルフから借りたエルフカヌーだ。
「あのひっぱってもらうやつ、たのしそう」
「わたしも、ひっぱってもらおうかしら」
「おれのじまんのフネ、まだありますよ?」
海竜ちゃんがエルフカヌーを引っ張る様子を見て、みなさんもやってみたくなったようだ。
写真を撮ったり自分のカヌーを取り出したりと、まだまだ遊ぶ体力はあるね。
そしておっちゃんはまたカヌーを取り出したけど、いくつ持ってきたの?
「うちの子によくしてくださって、ありがとうございます」
「いい思い出になりますね」
そして巫女ちゃんのお父さんとお母さんは、キャッキャとはしゃぐ我が子の様子をにこにこ見守っている。
ちなみにお父さんは泳げないそうだ。
まあ、こうして仲良くして連絡先を聞いておけば、護衛の人をつけるのも早いからね。
それになかなか良い人たちみたいだし、神秘側の変な苦労をしょい込まずにほんわか暮らしてもらいたい。
「うちは花屋をやっていますので、こんどお礼にお花を贈ります。良いわよね、あなた」
「もちろんだよ。ということですっごいお花を贈りますので、連絡先など教えて頂ければ……」
「あ、じゃあ連絡先を交換しますか」
ほらね、これで連絡先をゲットだ。すぐさま護衛を送り込める。
ほっと一安心だ。
というか、巫女ちゃんちはお花屋さんなんだな。
お父さんお母さんがぽんにゃりしてるから、けっこう天職かもしれない。
どんな花が贈られてくるか、たのしみだ。
「大志さん、上手くいきました?」
「今の所はね」
ユキちゃんがまたひそひそ話しかけてきたので、大丈夫だと伝える。
今のところはまあ、予定通りだ。連絡先を聞けたので、これで何とかなる。
「あとは、護衛の人次第になりますか?」
「こっちも出来るなら手助けするけど、今できることはこれくらいしかないね」
「いい人が護衛に付くのを、祈りますか」
「そうだね」
巫女ちゃんに対して今できることは、ひとまずこれだけだ。
あとは、出たとこ勝負になるね。
「次は恐竜さんの背中にのってみたいー!」
「じゃあじゃあ、ハナがフネにのるです~」
「いいの? 宇宙人っていいひとおおいねー!」
「うちゅうじんって、なんです?」
ハナちゃんたちと一緒に遊ぶ巫女ちゃんは、すっかり俺たちに対する警戒心が解けたようだ。
海竜ちゃんやエルフ達と海遊びをして、キャッキャしているね。
「できれば、何事も無く普通に暮らして欲しいね」
「そうですね」
キャッキャと海遊びをする巫女ちゃんを、ユキちゃんと二人で見守る。
この巫女ちゃん、実はわりとギリギリだったように思う。
もし、ハナちゃんと神様がこのご家族と絡まなかったら。
そのまま見過ごして、巫女ちゃんは色々危険にさらされていたかも知れない。
ハナちゃんと神様は焼きそばに釣られて、巫女ちゃん家族の団らんを邪魔しちゃったけど……。
あの行動は、一つのご家族の幸せを守ることに繋がる――とても大切な切っ掛け、だったのかも知れないな。
◇
さて、巫女ちゃん騒動はこれくらいにして、海遊びを再開しよう。
俺もおっちゃんにカヌーを借りて、スピードの向こう側を見てこようかな?
カヌーなら相当な速度を出せるから、海竜ちゃんについていけるかもだ。
今はハナちゃんと神輿が海竜ちゃんに乗っていて、沖の方でスピードを堪能している。
巫女ちゃんは遊び疲れたのか、砂浜でまったりご両親と過ごしている。
トップスピードを出すなら今がチャンスだね。
ということで、おっちゃんエルフにカヌーのレンタルが可能か聞いてみよう。
「あの、すいません。みなさんの船って、私も借りられます?」
「お! タイシさんフネつかってくれるの? あるだけかしますよ!」
「お、お借りできるんですね……。それでは頑丈なやつをひとつ」
「それならこれがおすすめです! どうぞどうぞ!」
妙にうれしそうなおっちゃんが、ゴツいエルフカヌーを取り出した。
ほんとゴツい。でも確かに頑丈そう。おすすめのようだし、これを借りよう。
しかもこれ、二人乗り仕様だね。誰か乗せてみようか。
「では、これをお借りします」
「どうぞどうぞ! いやあ、うれしいな~」
さっそく借りたエルフカヌーを、海に浮かべてみる。
前後に穴が空いていて二人乗れるけど、ひとまず後ろの方に乗るか。
お? このカヌー、とてもバランスが良い。
自慢するだけのことはある。おっちゃん大した腕だ。
「あ、あの。大志さんどちらへ?」
エルフカヌーの出来具合に感心していると、ユキちゃんが話しかけてきた。
ハナちゃんを追いかけようと思ってたから、そのまま伝えるか。
「これからこのカヌーで、ハナちゃんたちを追いかけようかなと思ってて」
「あ……それでは、前の方に乗ってもよろしいですか?」
どうやらユキちゃんは一緒にカヌーに乗りたいようだ。
断る理由は無いので、一緒に乗ってもらおう。
「もちろん良いよ。一緒に行こう」
「で、では失礼して……」
ユキちゃんが、ふわりとカヌーに乗り込む。
……水深は腰までしかないとはいえ、そこからカヌーにあっさり乗り込んでしまった。
これはかなりの身体能力だな。
乗ってる自転車はガッチガチのスポーツタイプだし、結構運動神経良いっぽいね。
「大志さん、どうされました?」
「いや、ユキちゃん運動神経良いなあって思ってさ」
「大志さんがそれを言いますか……」
……俺は力とスタミナはそこそこあるけど、わりとぶきっちょで運動神経はそれほど良くないんだけど。
なんか誤解があるようだ。
まあ俺の運動神経はおいといて、ハナちゃんの所に向かおう。
「俺の運動神経はおいといて、ハナちゃんの所に向おうか」
「はい、行きましょう」
ユキちゃんにっこり微笑んでオーケーのサインを出した。それじゃ、行きますかね。
というかオールが一本しかないから、俺が推進と操舵の全てを担当するわけだ。
ということで、ユキちゃんには俺操縦の、快適な海のクルーズをお届けしよう。
「では出発します。快適な旅をお楽しみ下さい。はいロケットスタート!」
「うわあ……出だしからもう速度がおかしい……」
どうやら快適なクルーズはいきなり失敗したようだ。
ロケットスタートはまずかったか。
◇
「あや! タイシとユキ、フネにのってるです~」
「ぎゃう」
(はやいー!)
快適クルーズと言ったな。あれは嘘だ。
出だしから失敗したので、開き直ってハイスピードクルージングに方針を変更した。
ちょっと手加減して、モーターボート並の速度でハナちゃんたちに追いつく。
「タイシー! ユキー! いっしょにあっちにいくです?」
「沖の方かな?」
「あい~! もっとはやくおよいでもらうです~」
「私は大丈夫ですよ。大志さん、行きましょうか」
そうして追いつくと、ハナちゃんがもうちょっと沖の方を指さして、スピードアップのお誘いだ。
ユキちゃんも良いみたいだし、もちろん受けますとも。
「それじゃあっちに行って、もっと速度を出そう。今度は泳ぎとは違って、一緒に行けるから」
「わーい! いっしょです~!」
「ぎゃう~」
(いっしょ~)
お誘いを受けると、ハナちゃんと神様、そして海竜ちゃんも大喜びのようだ。
それじゃ、スピードの向こう側を見てきましょうか。
そうしてさらに沖の方に出て、海竜ちゃんと並んでクルージングを始める。
やはりカヌーがあるから、なんとかついて行けるね。
ちょっとでも油断すると一瞬で転覆するから、わりとギリギリだけど。
「タイシ、ついてこれてるです~!」
「ぎゃう~!」
(これなら、もんだいなし~!)
今度は独走ではなく随伴できているので、ハナちゃんもう大はしゃぎだ。
海竜ちゃんも張り合いが出たのか、泳ぎも返事も生き生きとしている気がする。
このカヌーがあれば、一緒にトップスピード遊びができるね。
おっちゃん自慢のカヌー、これは良い。
バランス良し耐久性良しで、とても扱いやすい。
あとでおっちゃんを褒めまくっておこう。
(いいやりかた、みつけたー!)
そして神輿もぴかぴか光っている。
これは喜んでくれているのかな?
でも、謎の声が「いいやりかた」とか言ってるけど、一体何の事だろう?
◇
「じゃーねー! 宇宙人さんたち!」
「それでは、また連絡しますね」
「色々楽しかったです。有難うございました」
そして夕方、さんざん海遊びをして、巫女ちゃん一家とお別れとなる。
ミニバンの窓から、一家そろって手を振ってくれている。
これからお婆ちゃんちに向かってそこで泊まるそうで、二泊したら長野に帰るらしい。
巫女ちゃんともまあまあ親しくなって、「宇宙人さん」と呼ばれるくらいには警戒がなくなった。
この巫女ちゃんの今後は気になるところだけど、ひとまずは護衛さんにお任せするとしよう。
「では、そろそろ行きますね」
「宇宙人さん、あぶだくしょんはほどほどにね!」
やがてミニバンが発進し、どんどん遠ざかっていく。
巫女ちゃんは車内後部座席でずっと手を振っていてくれたので、俺たちも見えなくなるまで手を振り続ける。
ほんの一時共に過ごしただけの仲だけど、別れのときはさみしいね。
また、会うことはあるのかな?
そのときも、ご家族そろって今みたいに元気いっぱいだったら、良いなと思う。
願わくば、その「なんかすごい力」に振り回されることの無いよう、のんびり過ごしてもらいたい。