第十六話 スピードの向こう側
めっちゃくちゃほぐれた。上半身裸トリプルマッチョ、逃げる間もなくだ。
確実に技量は上がっている……。
「はーい! これで良いですよー!」
「じゅんびできたです~」
「このじゅんびたいそうってやつ、こうりつてきですね」
そして俺がほぐされている間に、ほかのみなさんはユキちゃんに準備体操を教えてもらっている。
あっちは若い娘さん、こっちはトリプルマッチョ……。
……考えないようにしよう。
「おれらもやっとこ」
「こうだっけ」
「こんなかんじかな?」
マッチョ軍団も後から準備体操を始めて、ところどころヤナさんに教えてもらいながらも無事終えた。
狩りと農作業で鍛えたその筋肉、なんというか周囲の温度が上がった気がする。
「男性陣のみなさん、あとは日焼け止めも塗りましょう」
「わたしたちは、もうぬってあります」
「おかあさんに、ぬってもらったです~」
そろそろ海に入ろうとしたら、ユキちゃんが日焼け止めを持ってきた。
そういや、そんなこと言ってたな。
エルフたちは肌が白いから、あんまり焼くと赤くなっちゃうかもだ。
早いところ塗ってもらおう。
「それでは男性陣のみなさんも、日焼け止めを塗りましょう」
「これをぬると、ひやけしないんですか?」
「まったく焼けないわけではないですけど、かなり防げます」
「ほほう」
「それじゃ、おれらもぬるか」
「せなかぬってやるよ」
ということで男性陣も日焼け止めを塗りはじめる。
俺も塗っとくか。
「ユキちゃんありがと、忘れるところだったよ」
「いえいえ」
と、背中が塗れないな。こう、なんというか……微妙に塗れない。
体硬くなったかな?
「あ……背中は私が塗りますよ」
「そう? 悪いね」
「い、いえいえ。……ふふふ」
苦戦しているとユキちゃんが塗ってくれるそうなので、お願いすることに。
「背中、大きいですね」
「まあ、体がデカいからね。たまに不便なときもあるよ。頭ぶつけたりさ」
「ふふふ」
……やけに塗っている時間が長いけど、そろそろ良いのでは。
背中だけ厚塗りになってない?
「ふふふ……順調」
「なにが順調なの?」
「あ! いえいえなんでもないです!」
(でれでれ)
「ユキ、はなのしたのびてるです?」
「えっ!」
後ろでいろいろワイワイやっているけど、賑やかで良いね。
「ハナもタイシに、ひやけどめをぬるですよ~」
「え? もう十分じゃない? ユキちゃんかなり塗ってたよ」
「ぬるです~!」
「こっちも塗っておきましょう!」
結局ハナちゃんも加わって、俺の体は日焼け止めが何重にも塗られてしまった。
二人してやけに長い時間日焼け止めを塗っていた気がするけど、無事準備完了だ。
それじゃ、いよいよ海水浴を始めましょう!
「それではみなさん、ついにこの時がやってきました」
「いよいよです~」
「ごくり」
「とうとう……」
(もうすぐ~)
すぐに泳げばいいものを、無駄にタメを作ってみる。
だって海水浴するのにここまでおおごとにしたんだ。
ちょっとくらいもったいつけても良いよね。
神輿もキャッキャしているので、期待感を高めよう。
「今までみなさんよく頑張りました、その結果が今につながっています」
「大志、話しなげえぞ」
「ぎゃう」
そこのウロコもちの人たち、もうちょっと待って!
もうちょっともったい付けさせて!
「……というわけで、みなさん頑張ったご褒美として、思いっきり泳ぎましょう!」
「およぐです~!」
「うみだー!」
「ついにきたー!」
俺の宣言とともに、キャーキャー言いながら砂浜へ駆け出すエルフたち。
準備に準備を重ね、タメにタメた夢をとうとう実現する瞬間だ。
ようやくここまで来た!
彼らの記念すべき瞬間を、ビデオカメラを構えて撮影だ。
そうして砂浜に駆け込んだエルフたち、いよいよ海に――。
「――あっつ! すなはまあっつ!」
「あ、あしのうらが~!」
「すな、やけてる~!」
「タイシ~たすけてです~!」
……マリンシューズを持って来よう。
◇
砂浜でぴょんぴょん跳ねていたハナちゃんや他のみなさんを救助して、マリンシューズを配布する。
「あつかったです~」
「まさか、こんなわながあるとは……」
「すながやけてるとか、ふるえる」
「おれのじまんのあしのうらは、おもったよりうすかったのだ」
とはいえ、みなさんそれでも楽しそうだ。
砂浜アチチ事件も、一つの楽しい思い出として堪能しているみたいだね。
さて、マリンシューズも履いてもらったことだし、これでようやく遊べるね。
履いたまま泳げる靴だってことは教えておこう。
「この履物は、履いたままで泳げたりします。脱がなくても大丈夫ですよ」
「べんりです~」
「これはいいですね」
「よーし、およぐぞ~!」
マリンシューズを理解してもらったところで、それではさっそく海に入りましょう!
「これからは自由行動ですので、みなさん好きに過ごされてください。泳ぐときは、あまり遠くに行かないように」
「「「はーい」」」
そうしてみなさん、キャッキャと砂浜を走って、ザブザブと海に駆け込んでいく。
さっきはいきなり砂浜アチチのおもしろ映像が撮れてしまったけど、今度はちゃんとした映像だね。
あとでみんなに見せてあげよう。
「つめたーい!」
「うわ~、みずがきれいだ~。おさかなみえる~」
「これがゆめにまでみた……」
「きもちいい~」
「ほんとにしょっぱいんだな」
海に入ると、みなさん大はしゃぎで遊び出す。
水の冷たさに喜んだり、打ち寄せる波から逃げたり追いかけたり。
のぞき込んでその透明度に感動したり、遠くを眺めて背伸びしたり。
お子さんは浮き輪に乗って、おとうさんおかあさんに押してもらったり。
みんな思い思いに、海水浴を楽しみ始めた。
この海水浴場は、浅瀬は目に染みるようなエメラルドグリーンで、沖合は吸い込まれるようなコバルトブルー。
そして透明度はとても高く、これが日本海だとはとても信じられない。
この海岸は、日本国内でも指折りの美しさがあると、確信できる。
高橋さん、伊達に色んな海にいってたわけじゃなかったんだな……。
そして、そんな美しい海ではしゃぎまわるエルフたちが、そこにいる。
みんな心から楽しんでいるようで、満面の笑顔だ。
……ここまで来て、本当に良かった。
こんな光景を見られるなんて、ほんの一か月前は思ってもみなかった。
みんな、思う存分楽しんでほしい。
そうしてみんなが楽しみ始めたので、俺は俺でカメラを三脚に設置して定点撮影にする。
手が空いたところで、砂浜にビーチパラソルやら椅子やらを設置して、休憩出来る拠点の作成だ。
「大志、手伝うぜ」
「親父、ありがと」
親父と協力してすぐさま基地が出来上がる。
これで日陰に入って冷たい飲み物を飲んだり、まったり過ごしたりできるね。
それじゃ、拠点も出来たしこれからどうしようかな。
「タイシタイシ、いっしょにあそぶです~」
「わ、私も良いですか?」
しばらく拠点でぼーっとしていると、ハナちゃんとユキちゃんがやってきた。
ハナちゃんは浮き輪を装備していて、早く試したいのかうずうずしている。
せっかくの遊びのお誘いなので、もちろん受けますとも。
「もちろん良いよ。何して遊ぶ?」
「ハナ、のんびりおよぎたいです~」
両手を広げて、にぱっと笑顔のハナちゃんだ。
のんびり泳ぎたいんだね。浮き輪でぷかぷか浮いてるだけでも楽しいからね。
「それじゃのんびり泳ごう。ユキちゃんは大丈夫?」
「ええ。私もそれで良いですよ」
「およぐです~」
ということで防水アクションカムを装備して、ハナちゃんユキちゃんと海遊びだ。
ハナちゃんの足がそこそこつく深さのところまで移動し、のんびり泳ぐことに。
「ちょうどいいふかさです~」
良い感じの深さなのか、のんびりぱしゃぱしゃと泳ぎ始めるハナちゃんだ。
泳ぐ速さは、普通の子供と同じだね。
お、バタ足をしている。
そういう技法があるということは、エルフたちにとって水泳は身近だったということかも。
「たのしいです~」
(およぐの、たいへん~)
そして、楽しそうに泳ぐハナちゃんの後ろを、神輿が追いかけていく。
……ぱちゃぱちゃと、それなりに器用に泳いでいるね……。
「……大志さん、今神輿が。犬かきみたいに泳いで……」
「なんかあの神輿、神様の化身みたいになってたよ。触ると柔らかいんだ」
「ええ……?」
持ち手の部分が手足のようにふにゃふにゃ動いて、そこそこの速さで泳げている。
ユキちゃんはそんな神輿を見て、固まってしまった……。
「ユキちゃん、気にしたらきりないと思うよ。そういうものだと思う事にしよう」
「え、ええまあ……」
そうしてのんびり泳ぐハナちゃんと神輿を見守る。
二人ともキャッキャしながら泳いでいるね。
――と、二人におっきな波が迫ってきた。
注意しないと。
「ハナちゃん、神様。大きな波が来てるから気を付けて!」
「あえ?」
(およ?)
声をかけると二人ともきょとんとした様子でこちらに振り返る。
――あ、間に合わない。
ドドドドと結構大きな波の音と共に、二人に大波がかぶさっていく。
「あやー!」
(きゃー!)
そのまま浜辺まで押し流される二人、くるくると円盤型UFOみたいに回りながら遠ざかっていく。
「追いかけようか」
「はい」
浜辺の方に流されているだけなので、何もないとは思うけど念のため。
ユキちゃんと一緒に、波に流されるハナちゃんと神輿を追いかける。
やがて、ハナちゃんと神輿は砂浜にざっぱんと打ち上げられ、ぐんにゃり。
ハナちゃんと神輿の頭には海藻が乗っていて、絵的におもしろすぎる。
その様子はアクションカムで撮影していたので、またもやおもしろ映像が撮れてしまった。
「あや~。びっくりしたです~」
「海はたまにこういう、大きな波がくるんだ」
「けっこうたのしかったです~」
そして砂浜にうち上がったハナちゃんに追いつくと、ぐんにゃりから復活してぴょいっと俺の腕にしがみつく。
もうにぱっと笑顔で、キャッキャと大はしゃぎだ。
大波に流されたけど、楽しかったらしい。ちょっとしたサーフィン状態だったからね。
さて、ハナちゃんは大丈夫そうなので、あとは神輿を……。
あれ? 見当たらない。
「ユキちゃん、神輿がどこに行ったか分かる?」
「あっちで海竜ちゃんに救助されてますよ」
ユキちゃんが指さす先には、神輿を背中にのせた海竜ちゃんがいた。
えらいね。きっちり仕事をしてくれている。
「ぎゃう~」
(これ、いいかも~)
そうして海竜ちゃんがこっちに泳いでくる。
背中に乗っている神輿もぴかぴか光っているので、問題はないかな。
こっちに泳いできたので、海竜ちゃんを褒めてあげよう。
「海竜ちゃん、えらいね~」
「ぎゃうぎゃう~」
海竜ちゃんを褒めて頭をなでなでしてあげると、前ひれをばっしゃばしゃさせて喜ぶ。
けっこう激しく動いているけど、背中に乗っている神輿はひたっとくっついて離れないね。
安定感がある。
「あや! ハナものりたいです~」
海竜ちゃんの背中に乗っている神輿が楽しそうだったので、ハナちゃんも乗りたくなったみたいだ。
キラキラおめめで海竜ちゃんを見ている。
「ぎゃう。ぎゃうぎゃう」
そんなハナちゃんを見て、海竜ちゃんがハナちゃんに背中をむけた。
「あえ? のってもいいです?」
「ぎゃう~」
「わーい! ありがとです~」
どうやら背中に乗せてくれるようで、ハナちゃんすぐさま海竜ちゃんの背中によじ登る。
神輿が前、ハナちゃんが後ろの位置関係になった。
「ぎゃう~」
「けっこうはやいです~」
(いいかんじ~)
そして海竜ちゃんがすいすいと泳ぎ始めると、ハナちゃんも神様も大はしゃぎだ。
海竜ちゃんは速度を抑えてのんびり泳いでいるようだけど、それでもハナちゃんと神様にとっては速く感じるようだ。
「たのしいです~」
(かいてき~)
……海竜ちゃんの背中に乗っているなら、もうちょっと深い所まで行けるな。
そうすれば、海竜ちゃんももっと速度を出せるだろう。
俺も思いっきり泳ぎたいし、ちょっと提案してみるか。
「もうちょっと深い所に行って、思いっきり早く泳いでみない?」
「ぎゃう! ぎゃうぎゃう!」
海竜ちゃんも速く泳ぎたいみたいで、すい~っとこっちに泳いできて賛成の仕草だ。
「もっとはやくなるです? いいかもです~」
(すごそう~)
ハナちゃんと神様も良いようで、海竜ちゃんの背中の上でキャッキャしている。
あとはユキちゃんか。
「ユキちゃんはどう?」
「それなりに泳ぎは自信ありますけど、海竜ちゃんと一緒に速く泳げるかというと、ちょっと……」
あ~そうか。海の生き物に泳ぎでついていくのは大変だよね。
俺は力技でなんとかできるけど……。
あ、それならこれも力技で解決しちゃおうか。
「それなら、自分につかまってくれていいよ。もしくは背中に乗っても」
「……え?」
あれ? なんだかユキちゃんぽかんとした顔になったけど。
別に一人くらいなら、しがみ付かれても無理やり引っ張っていける。
大した負荷じゃない。
「別に一人くらいなら、引っ張っていけるよ?」
「え? ええまあ……。それでは、せ、背中の方で……」
「背中ね。それじゃ、もうちょっと深い所までいこう」
「は、はい」
なんだかもじもじしているユキちゃんを引っ張って、水深二メートルちょっと程度の所まで移動する。
この水深なら、そこそこ速度が出せるな。
それで軽く流したら、もうちょと沖にいってもっと速度を出そう。
「じゃ軽く流そう」
「ぎゃう」
「し、失礼します……」
おずおずユキちゃんが背中に乗ったので、早速流す。
時速四キロ程度かな。
「あや! タイシおよぐのはやいです~」
「そうかな?」
「この時点で、相当速いですよ……」
競泳選手よりは遅いと思うけど、まあ普通よりは速いか。
でも、海竜ちゃんはジェットスキー並みの速度で泳げるので、これでも超遅い。
ちなみに高橋さんはイルカくらいの速さだ。
「ぎゃうぎゃう」
「あえ? もうちょっとはやくするです?」
海竜ちゃんももうちょっと速く泳ぎたいのか、速度を上げた。
ギリギリ俺が追いつけるくらいだな。俺も速度を上げよう。
「はやいです~!」
(たのしー!)
ぐいぐいと加速する海竜ちゃんの背中の上では、ハナちゃんと神様が大はしゃぎだ。
「……この速度、人がだせるものですか?」
「いま出てるんだから、そうなんじゃない?」
海竜ちゃんに追いついて並んで泳ぐと、ユキちゃんがひしっとしがみ付いてきた。
そんなに速いかな?
ただ、何も装備していない俺はここで限界だ。
「ぎゃう」
「あや! タイシがんばるです~!」
(がんばって~)
流石に水生動物には泳ぎで勝てるわけもなく、だんだん離されていく。
フィンでもあれば、もうちょっと行けるんだけど。
「大志さんでも、やっぱり海の生き物には負けますか」
「そりゃあね。フィンでもあればまだ何とかなるけど」
「……シュノーケリング用に用意してきましたけど、つけてみます?」
お、フィンあるんだ。じゃあつけてみようかな。
そうすれば、海竜ちゃんもそれなりに満足できる速度で泳げる。
「じゃあつけてみようか」
「それでは、いったん戻りましょう」
◇
「お、大志。本気だすのか?」
「いや、ユキちゃんを背中に乗せて流すだけだよ」
「おもしろそうだな。俺も混ぜてくれ」
浜辺でフィンを装着していると、高橋さんも興味が沸いたのか参加することに。
……別に人を背中に乗せてレースするわけじゃないんだけど……。
でもまあ、遊びとしては悪くないな。
誰か高橋さんの背中に乗る人を探してみるか。
と、ちょうどいい所にヤナさんとカナさんが。
夫婦水入らずで、仲良く浜辺のちいさなカニをみているね。
「ぼくがおいこむから、カナはそっちでかまえていて」
「わかったわ」
……二人とも、ちょっとじゅるりとしているのは、なんでだろうね。
なんだか捕まえようとしている感じだけど、気のせいだよね?
……とりあえず声をかけよう。
「ヤナさんカナさん、ちょっとよろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「あ! おやつがにげたわ!」
カニに手を伸ばして捕まえようとしていたところで、二人に声をかける。
カナさんはカニに逃げられて残念そうだけど、これもう捕まえて食べる気だったよね……。
まあ、それは見なかったことにして、遊びに誘おう。
「今、人を背中に乗せて速く泳ぐという遊びをしてまして、お二人も参加しませんか?」
「あ、さっきハナとあそんでたのは、それですか」
「ハナのよろこぶこえ、ここまできこえましたよ」
今も海竜ちゃんの背中に乗って、ちょっと遠くの方でハナちゃんはキャッキャしている。
二人はその様子を見て、ニコニコしているね。
「高橋さんに乗せる人を探してまして、せっかくなのでお二人をお誘いしたわけです」
「よろしいのですか?」
「ぜひとも」
「おう、任せろ」
二人とも乗り気なようなので、これで参加者はそろった。
というわけですぐさまハナちゃんたちの所へ向かう。
「ハナちゃん、準備できたよ」
「あや! おとうさんとおかあさんもきたです?」
「そうだよ。いっしょにあそぼうね」
「あい~!」
両親も遊んでくれるので、ハナちゃんご機嫌だ。
海竜ちゃんにまたがった状態で、足をぱたぱたさせて喜んでいる。
それじゃ、始めようか。
「じゃあ時速十二キロくらいで始めようか」
「え? それフィンスイムの最高速――」
「おっし行くぞ!」
「ぎゃう!」
ユキちゃんが何か言いかけたけど、高橋さんと海竜ちゃんがロケットスタートしたので慌てて追いかける。
「あやー! はやすぎです~!」
(きゃー!)
すぐに追いつくと、ハナちゃんと神様はその速度にキャッキャしている。
海竜ちゃんにひしっとしがみ付いて、普通に泳いだのでは不可能な世界を堪能だね。
「じてんしゃなみにはやい!」
「おもしろいわ!」
そしてヤナさんカナさんも楽しんでいる。
確かに自転車並みの速さだから、彼らもこれくらいの速度なら慣れているね。
「大志、ペースあげてくぞ!」
「ぎゃう!」
しかし追いついたところで、またペースを上げられてしまった。
時速二十キロ以上出てるね。
彼らにとってはまだこれでも遅い方だから、余裕たっぷりだ。
「それじゃユキちゃん、もっと速度上げていくからしっかりつかまって!」
「え? えええ!? もう世界記録を――」
ユキちゃんが何か言おうとしたけど、急加速したから最後まで聞こえなかった。
まあ、しっかりしがみついているから大丈夫だろう。
そうしてやっとこ先行組に追いついて、さらに加速して追い抜く。
「タイシまつです~!」
(おいついた~)
追い抜いてすぐに追いつかれて、海竜ちゃんに並ばれてしまう。
まあ、最初から勝ち目はないんだけど。
「大志、本気出してきたな!」
「タイシさんのおよぐはやさ、おかしくないですか!」
「ヒレを足につけてますので、これくらいは!」
さらに高橋さんにも追いつかれ、ヤナさんから速度がおかしいと指摘される。
フィンを付けてるからね。無ければこんなに早く泳ぐのは無理だ。
「大志さんの泳ぐ速さ、明らかにおかしいですけど――楽しいですね!」
「もっと速くなるけど、ユキちゃんは大丈夫?」
「大丈夫です!」
ユキちゃんの腕力が心配だったけど、まだ大丈夫のようだ。
何かふっきれたのか、さっきまでの困惑顔から笑顔に変わっている。
これなら、もっと速度出せるな。
「じゃあ最高速だすから、しっかりつかまってて!」
「はい!」
「あや! タイシまつです~!」
原付くらいの速度を出してみる。これがフィンをつけた俺の限界だ。
「おいついたです~」
「ぎゃうぎゃう!」
「あばばばばば」
「はやい! はやいわ!」
俺が限界まで速度を上げても、海竜ちゃんと高橋さんにあっさり追いつかれる。
もうこの辺はしょうがないね。
さすがに、しっぽを使って泳ぐ生き物に勝てるわけがない。
そしてハナちゃんと神様はやっぱりキャッキャしているけど、ヤナさんカナさんはもうなんか余裕ゼロな感じだ。
ヤナさんが高橋さんにしがみつき、カナさんがヤナさんにしがみついている。
高橋さんに余裕はあれど、背中の二人に余裕がないね。
ユキちゃんはどうだろうか?
「ユキちゃん大丈夫?」
「大丈夫です! とっても楽しいですね!」
ユキちゃんは大丈夫らしいので、このままの速度で行こう。
「ぎゃうぎゃう」
「あやゃゃー――………」
(はやすぎー!)
と思ったら、海竜ちゃんが一気に加速した!
……ドップラー効果のかかったハナちゃんの声が遠ざかっていき、姿が点になる。
あれはもうジェットスキーの領域だから、もう完全に追いつけない。
「流石にあれは無理だ」
「俺も」
レースじゃないんだけど、なんだかレースみたいになってしまった。
まあ、海竜ちゃんは思いっきり泳げて楽しいんだろう。
背中に乗っているハナちゃんと神様も楽しそうだったから、しばらくの間トップスピードを楽しんでもらいたい。
◇
「たのしかったです~」
(これなら、いけるかも)
その後何回か競争を繰り返して、一休みすることにした。
砂浜の基地に戻って、ジュースを飲みながらまったり過ごす。
ハナちゃんと神様も存分にスピードの向こう側を堪能できたようで、満足げだ。
今はピーチパラソルの日陰の下で、ぐんにゃりとくつろいでいるね。
「うでがしびれました……」
「わたしも……」
そしてヤナさんカナさんは全力でしがみついていたせいか、腕がパンパン状態だ。
これきっと、あした筋肉痛だね。
「ふふふ……リア充ってこんなことしてたのね。魔女さんに自慢しなきゃ……ふふふ」
(でれでれ)
そしてユキちゃんもご機嫌で独り言を言っているけど、呟いている内容が胡乱だ。
……あんまりそこは追及しないでおこう。きっと地雷を踏む。
それはそれとして、休憩を終えたら次はどうしようか。
また軽く泳ぐか、それとも……。
と、なんだか良い匂いがしてきた。焼きそばの匂いかな?
あっちの浜茶屋で焼いてるっぽいな。
……そろそろお昼にしても良いかもしれない。
みんなに、あの浜茶屋でお昼でも食べようって提案してみるか。
「ハナちゃん、そろそろお昼に……て。あれ? いない?」
ハナちゃんと神輿がぐんにゃりしていた方を見て声をかけたけど、姿が見えない。
つい数秒前はいたのに。
「ユキちゃん、ハナちゃんたち知らない?」
「あれ? いませんね」
ユキちゃんも心当たりがないようで、きょろきょろしている。
どこにいったのだろうか?
「あ! 大志さんあっちです! 浜茶屋のほう!」
ユキちゃんが叫びながら指さした方をみると、浜茶屋にふらふらと入っていくハナちゃんと神輿が見えた。
……焼きそばの匂いに釣られたのかな?
様子を見てくるか。
「様子を見に浜茶屋に行ってくるね」
「私もお供します」
そうしてユキちゃんと浜茶屋にいくと、そこには……。
「ほら、焼きそばだよ。パパと食べようね」
「わーい! いただきまーす!」
「沢山食べるのよ?」
どこかで見た家族連れが、焼きそばを食べようとしているところだった。
しかしお子さんは、満面の笑顔で焼きそばを食べようとあーんと口をあけたところで、ぴたりと固まる。
「あえ~」
(おいしそ~)
ハナちゃんが焼きそばをキラキラおめめで見つめていて、神輿もお子さんの周りをくるくる飛んでいる……。
「ママ……なんか食べにくい。おまけに焼きそば、あぶだくしょんされそう……」
「ま、ママは英語、苦手なの」
「二人とも、ここはパパに任せなさい」
「…………」
「……パパ?」
見られているのか落ち着かないのか、なんだか気まずそうなご家族だ。
そしてお父さん、任せろと言ったきり固まる。とても任せられない。
……というかそこの二人、よそ様のだんらんを邪魔しちゃいけません。
「二人とも、お腹が減ったならお昼にする? みんなも呼んで」
「たべるです~」
(おそなえもの~!)
ハナちゃんと神輿がキャッキャし始めた。問題ないみたいだね。
それじゃ、みんなもよんでくるか。
「宇宙人の親玉がいる……」
……そしてジト目で俺をみるお子さん。
お子さん、俺は宇宙人の親玉では……ないよね?