第十一話 山菜取りと、毒草マイスター
体が軽い。特に足つぼマッサージはすごく効いた。
惜しむらくは……揉んでくれるのが――ムキムキマッチョエルフ軍団という点か……。
それはさておき、一応予定は決まった。
一日二食にしてもらって、今あるラーメンを四日ほど食いつなぐ。
ただラーメンだけでは栄養に不安が出るので、山菜も取ってきて栄養を補う。
今日は山菜取りを教え、次に農業を教える予定だ。
狩りは勉強会が必要なため、また機会を見て教えるということになった。
あとは、今あるラーメンが尽きる前に、俺がまた何かしらの炭水化物を調達してくる。
そんな感じだ。
というわけで、エルフの皆さんと一緒にぞろぞろと里山に向かった。
ぐっすりお昼寝して元気いっぱいのちびっこも一緒だ。
大人が目を離さなければ特に問題になるような場所も無いので、半分行楽のような感じで練り歩いていく。
「たべものいっぱいとるのです~」
ハナちゃんも籠を抱えてご機嫌で歩いている。
ちなみに、子供たちを起こしに行ったとき、ハナちゃんは元の位置から反対側に転がっていた。
凄まじい寝相の悪さだ……。まあ、元気の証拠かもしれないかな。
そしてしばらく練り歩き、さっそく春の山菜を発見した。
ノビルである。味は玉ねぎに近く、割とそこらへんに生えているので採取も楽である。
葉の表面に白く粉が噴くので、それを知っていれば簡単に見つけられるのもいい。
「みなさん、これが食べられる野草です」
とりあえず、ノビルを掘り出して皆に見せる。
「これ、たべられるのですか」
「ふつうのくさだべな」
「にがそう」
「食べられるというか、味が悪くないやつですね。美味しい食べ方もありますのでそちらは後程」
全部採らないで何本か残すように、と指導して、とりあえず覚えてもらう。
「こんな感じで、まぁ味が悪くない物を中心に教えます」
「わかりました」
「がんばんべ」
「あい」
そんな感じで山を練り歩き、食べられる山菜を伝授していく。
「これはたけのこと言いまして、皮を剥くと美味しいですよ」
「ほほう」
たけのこを指さすと、興味深そうに視線が集中した。
このたけのこは、よくイメージされる太いたけのことは違う。
ここで採れるのは、根曲がり竹という細いものだ。
これは軟らかく非常に美味しくて、味噌汁に入れると美味しさが際立つ。
ちなみに良くイメージされる太いたけのこは、孟宗竹といって非常に強靭な生命力の元、森や林や家までも侵食する恐ろしい植物である。
採っても採っても孟宗竹のたけのこが生えてくる恐怖は、経験した者にしかわからない。
そんな孟宗竹の恐怖に思いを馳せていると、一人のエルフがつくしを指さして聞いてきた。
「これはたべられますか?」
「ええ、つくしと言いまして、下ごしらえが面倒ですが食べられます」
「とりましょうとりましょう」
エルフ達がつくしをわしづかみに採っている。わっしと音がしそうなくらい力強くだ。
まあ……つくしは袴を除去するなどの下処理が面倒だけど、これが意外と美味しい。
しかし、こいつは難防除雑草として非常に嫌われる植物でもあり、畑に生えてきたら泣いていい。俺も泣いた。
こいつは一旦生えてしまうと、どれ程頑張っても除去しきれない恐ろしい雑草と化す、困った植物なのだ。存分に食べて恨みを晴らそう。
そのほかに、ふきのとう、タラの芽、こごみ等も教えて採取してもらう。
これらは一見食べられるように見えないので、教えないとわからない。
ふきのとうは苦味が多いが、味噌に和えると独特の風味で美味しくなる。
ただし地下茎は毒があるので食べてはいけないし、アルカロイド系の毒も含んでいるので灰汁抜きは必須だ。
下処理なしに食べてはいけない。
タラの芽はタラノキの新芽をむしったり切ったりして採取するけど、天ぷらにして食べるのが定番かな?
実は糖尿病予防にも効果があると言われている、生薬でもある。
採取にコツがあり、側芽を採ってしまったり幼木の芽を採ると枯れてしまうので、しっかりエルフ達にコツを伝授しないといけないな。
あとこごみはクサソテツの若芽であり、若干ぬめりがあるがアクが少なく生食もできる。
茹でるとぬめりも取れるし、食べやすい山菜でもある。
「タイシタイシ~、これたべられますです?」
そうして山菜の種類と採取方法を教えていると、ハナちゃんが何かを発見したようだ。
手を振ってこちらを呼んでいる。
なんかの山菜を指さしているな。どれどれ……。
お! 行者ニンニクだ。これに目をつけるとは、なかなか優秀じゃないか。
「勿論食べられるよ。しかもそれ貴重な奴だから、見つけたら全部採らないで多少は残しておいてね」
「あい~」
「きちょうなやつだって」
「おれもさがそう」
貴重な山菜と聞いてほかのエルフ達も探し始める。
目が血走っているくらい真剣だ。でもそんなに生えてないからねそれ。
行者ニンニクはなかなか貴重な山菜で、量がそれほど採れない。
名前の通りニンニク臭がして、滋養が非常につく山菜だ。
これは市場でも高値で取引されるのだけど、自分で採ればタダだ。
しかし、市場で高値という事は、売ればお金になる。
……いずれエルフ達の現金収入として活用できるかもしれない。
そうして、しばらく黙々とこれらの山菜を採取し続けた。
割と順調に集まっていくのを見て、ヤナさんが嬉しそうに言う。
「けっこうたくさんありますね」
「そうですね。みなさんの分を賄う位なら毎日採れるんじゃないですかね」
毎日採れると聞いて、ほかのエルフ達も嬉しそうだ。
「しょくじにいろどりがふえてうれしいですね」
「いっぱいとるのです~」
ハナちゃんも山菜を両手に抱えて喜んでいる。
食べ物が沢山採れるというのは、森で食べ物を採取していた彼らにとって、生活の一部、豊かさの象徴でもあるのだろう。
今年の春は割と実りが良いようで、それほど時間もかからずに結構な量の山菜が集まっていく。
目に見えて食べ物が増えるので、エルフ達も作業に張り合いが出たようだ。
――しかし、山菜取りは毒草との戦いでもある。
とあるエルフがそれに引っかかった。
「これうまそうじゃね? ふきのとう?」
「そうか? なんかやばいかんじがするんだが」
ヤバい感じが正解。それはハシリドコロだ。
「それは毒草なので食べるとアレな事になります」
「えっ……」
食べるとアレな事になると言われ、エルフ達はさささっと離れる。
ハシリドコロは適切な分量だと薬にもなるけど、事故が怖いので黙っておく。
「だろ? なんかやばそうだぞそれ」
「やわらかくておいしそうなのに」
「別名キ○ガイイモといいまして、食べると錯乱して走り回ったりします」
「「「ひぇえぇぇ」」」
……これ初心者だと、かなりの確率で引っかかるんだよな……。
セリなんかも食べられるけど、ドクセリというそっくりの毒草があるからあえて教えていない。
見分けがつけられなかったら終わるし、何より山菜取りの経験者でもわりと引っかかる怖い毒草だ。
本当に必要でなければ、セリは避けたほうが良い。
先人の知恵があっても引っかかる、そんな危ない野草も数多い。
「あい」
そんな中、ハナちゃんは毒草を完全回避してちゃんとした奴を採ってくる。
勘が良いのか、何か見分ける能力でもあるのか。
「ハナちゃん凄いね、何かコツでもあるの?」
「いやなかんじがしないのをとってきてるです」
「嫌な感じ?」
「そうです。なんかこう、ぴりりってくるやつはだめなやつです」
ピリリって。
……良く分からないけど、何かあるんだろうか?
「ふわってするのはたべられるです」
分からない。……とりあえず褒めておこう。ついでになでちゃうよ。
「ハナちゃんはもう山菜採りの名人だね」
「えへへ」
褒められてハナちゃんはご機嫌だ。それに引き替え……。
「これなんかどうか。ギョウジャニンニクじゃね?」
「それは似ていますが別のものでスズランといいます。毒草なので食べたらやっぱりアレな感じに」
「なん……だと……」
「おまえどくそうばっかとってんじゃん」
約一名はエルフの不思議感覚が無いみたいだ……。
見た目でコロっと騙される、残念なエルフさんだね。
あと、君が片手に持っている奴は――イヌサフランだよ。
それもヤバいやつだよ。
「それ、イヌサフランと言いまして、かなりヤバいやつです」
「おわあああ!」
持ってる奴も毒草だよと伝えると、慌てて持っている毒草を捨てる彼だ。
しかし……まるで狙っているがごとく、良く似た毒草ばかりに目が行っている。
なんだろう、騙されやすいエルフなのかな?
「あれだよあれ、ハナちゃんがいうようにふわっとしたやつねらえばいいんだよ」
「おれだけわかってないのか……」
「だな」
「おまえはあれだ、つくしとたけのこだけとっとけ」
他のエルフ達にもダメだしされて、間違いがない安全な山菜だけに限定されてしまった。
まぁつくしとたけのこなら大丈夫か。あれに似た毒草は無いからね。
「お、これなんかどう?」
それさ、トリカブトだからさ……。
◇
――地味に山菜を集めて三時間ほど。
それなりの量が採れたので、今日の山菜取りは終わりにすることにした。
「それじゃあ今日はこれくらいで。また山菜が不足したら皆さんでその都度山菜取りをしてください」
「はーい」
「あい~」
たくさん山菜が採れたので、エルフ達も嬉しそうだ。
なにせ、今日の夕食はこれを食べるからね。
目に見えて食べられるものが増えたので、そりゃあ嬉しいだろう。
「季節が変わればまた採れる物も変わりますので、その時はまた教えます」
「おねがいします」
「たのしみです~」
森で暮らして居た影響か、やっぱり森で採取するのは性に合っているようだ。
皆和気あいあいと作業をしていたし、約一名を除けば毒草を採ってくる心配も少ない。
……その約一名は、つくしとたけのこを専門に扱ってもらおう。それ以外は許可されない。
「でもこれ、どうやってたべればよいのでしょうか?」
ヤナさんが山菜でいっぱいの籠を見て言った。
食べ方について疑問に思うという事は、彼らも採取してきた野草の灰汁抜きやら調理やらで苦労していたのだろうか。
確かに、野草の類は灰汁抜きに一晩かかる物もあるので、食べ方を知るのは重要な事だね。
思考錯誤している時間など無いわけで、知っている人に聞くのが一番だ。
とはいえ、調理方法はあまりない。天ぷらかみそ汁に入れちゃうか、くらいだね。
「だいたいは味噌に入れるか、天ぷらという調理方法が一番美味しく食べられますね」
「みそとてんぷら、ですか。わたしたちにできますでしょうか」
聞き慣れない調理方法だったのか、ヤナさんは不安げだ。
まあ大豆発酵食品とか、揚げ物とか知らないよね。
でも、どちらも難しくは無いし、大勢居るのでワイワイやっていればすぐに出来上がる。
「その調理法も教えますよ。調味料と油が必要ですが、それは私が調達してきます」
「なにからなにまで、ありがとうございます」
「たのしみです~」
ラーメンが美味しかった影響もあって、ハナちゃんも期待しているようだ。
天ぷらにすれば大体の山菜は美味しく食べられるし、もともと森で採取生活をしていた彼らだから大抵のものは食べられるだろう。
「ノビルは、この白い部分は生でも食べられますよ」
「そのままいけますか」
それを聞いたほかのエルフ達は、ノビルを興味深そうに手にとって見ている。
「結構おいしいですよ。栄養もありますし」
「いいですね」
ヤナさんも、そのまま食べられる物もあると聞いて安心した感じだ。
やはり、灰汁抜きで苦労していたのだろうな。
しかしそうだな、今日食べるのなら味噌と油と塩でも用意する必要があるかな。
また、業務スーパーにでも行くか。
でも、ラーメンと山菜料理って組み合わせとしては微妙な感じがする……。
これは、そのうちなんとかしよう。
とりあえずは、村に戻ってから考えようかな。
そうして村へと戻る道すがら、山菜の籠をごそごそ弄る一人のエルフがいた。
「たしかこれかな?」
彼が取り出したのは、さっきそのまま食べられると教えた、ノビルだ。
そして、何を思ったかおもむろにノビルを齧りだした。
ボリボリと地下茎を食べているのは――毒草マイスターの彼だ。
「なんかこのノビルってやつ? つちのあじがする」
……ノビルは生で食べられるとは言ったけど、それ洗ってない奴だから。
洗って皮を剥いてから食べようね。