第十四話 カーフェリー出航!
新潟港に到着し、駐車場にバスを待機させる。
船の到着は八時半くらいなので、姿はまだ見えない。
しかし他の大きな船は停泊しており、みなさん目を丸くしていた。
「タイシタイシ、あのおっきなの、フネです?」
「そうだよ。あれは沢山の荷物を運ぶ船なんだ」
「すごいです~」
遠くに見える貨物船やタンカーを見て、ハナちゃんキャッキャとおおはしゃぎだ。
「あんなににもつをつめちゃうの?」
「デカすぎ」
「このじてんで、もうふるえてる」
(すごい~!)
ほかのみなさんも遠くに見える船を、背伸びしたり肩車したりして鑑賞している。
また組体操を始めないと良いけど……。
神輿はもう超ハイテンションで、ひゅんひゅん飛び回っているし。
「もう少ししたら、そこに私たちが乗る船がやってきます」
「たのしみです~」
船が接岸する地点を指さすと、ハナちゃんわくわくが抑えられない様子でぴょんぴょんした。
紺色のシックな服とあいまって見た目はいいところのお嬢様風だけど、もう元気が溢れ出していて、おてんばお嬢様になっているね。
若さがまぶしい。
――そうして待っているうちに、続々と車やバイクが駐車場にやってくる。
家族旅行だったりツーリングだったり、訪れる一般客の顔はみんなこれからの旅にわくわくしているように見える。
きっと俺たちも、周りからみたらそんな顔をしているに違いない。
「じどうしゃがいっぱいきたです~」
「あのじてんしゃ、こがなくてもうごくのですよね?」
ヤナさんがツーリングに来たバイクたちを見てふむふむとしていたので、あれは自動二輪だと教えておこう。
村では使う機会は無いけど、知識として知っておいても無駄ではないからね。
「あれは自動二輪というやつで、私たちはバイクって呼んでます」
「ほほう」
「とても便利なのですが、体を剥き出しにして高速移動する乗り物なので……転ぶとアレします」
「ひええ」
わりとアレする乗り物だと伝えると、ヤナさんぷるぷるだ。
まあ、実際に乗ると凄い楽しいんだけどね。
「か、かっこいい……」
「そお? 嬉しいな~」
……メカ好きエルフの人が、連なって駐車するバイクのそばでうっとりしている……。
バイクはメカがむき出しの車種が殆どなので、もうたまらないようだ。
そして愛車をかっこいいと言われたライダーさん、すごい嬉しそう。
「これもかっこいいな~」
「お、兄ちゃんシブいね。こいつは不人気車とか言われてて、なかなか良さをわかってもらえないんだ」
「こんなにかっこいいのに……」
「はっはっは! そうかそうか!」
……なんだかすごく盛り上がってるな。楽しそうだから、そっとしておくか。
――そうしてキャッキャしながら待つ事数十分。
ついにカーフェリーが入港してきた。
「みなさん、あれがこれから私たちが乗る船ですよ」
「きたです~!」
「あれが!」
「こっちにくる~」
小さな船影が見えたので指さすと、みなさん大盛り上がりだ。
そしてどんどんこっちに近づいてきて、その大きさを目の当たりにすることに。
「あ、あえ?」
「なんか……で、でかくね?」
「ええ……?」
船が迫ってきて接岸間近になると、もうほんとデカい。
思ってたよりずっとだ。
さすが全長百二十五メートル、全幅約二十二メートル、千五百人乗りの大型フェリーだけある。
「――……」
そしてなんだかみなさん、静かになってきた。びっくりしちゃったかな?
「なんだか思ってたより大きいですね」
「……」
あれ? エルフたちから反応が返ってこない。
どうしたんだろ?
ちょっと後ろを確認してみるか。
「……」
……みなさん、魂の抜けたような顔をしてらっしゃる。
ハナちゃんとかは耳がへにゃっとして、口をあんぐりだ。
なんというか、ハニワみたいな顔をしているね。
大丈夫かな?
「ハナちゃんどうしたの? 大丈夫?」
「……」
あれ、反応が無い。
「ハナちゃん、ハナちゃん。どうしたの……て、――気絶してる!?」
「大志さん! こっちのエルフさんたちも……」
「全員立ったまま気絶してんぞ」
あああ。まだフェリーに乗ってすらいないのに……。
みなさん気絶してらっしゃる。
(――……)
そしてぽとりと落ちる神輿。
――神様まで!
◇
「タイシタイシ、ほんとにあれにのるです?」
「もちろんだよ。おまけに朝食はあの船で食べちゃう」
「――すごいです~!」
「ちょうしょく、ふねでたべちゃうの!?」
「まじで!?」
(おそなえもの~!)
気絶エルフと気絶神輿を何とか復活させて、改めて予定を話した。
あまりのデカさに意識を失ったようだけど、正気に戻ってからはみなさんキャッキャしまくりだ。
「あんなすごいのに、のるんだ~」
「おっきなフネにのってちょうしょくとか、すてき~!」
「おなかへってきた」
船で朝食をたべるという部分が特に響いたのか、おなかもグーグー鳴らしている。
神輿もくるっくる回っていて、賑やかなことこの上ない。
そうしてキャーキャーと入港を見守るうちに、船が接岸する。
作業員の方々があれこれしたのち、船首のバウバイザーが開いた。
「あやー! なんかひらいたです!」
(きゃー!)
まさかそこが開くとは思っていなかったのか、ハナちゃんもう大興奮で俺の足にしがみついてきた。
ちなみに神輿は怖かったのか、俺のシャツの中に飛び込んでぷるぷるしている。
神様……。なんか拾ってきた子猫みたいですよ……。
「まじすげえ~。じどうしゃが、どんどんのりこんでく」
「あんなのに、にせんえんくらいでのれちゃうとか……すてき!」
「かっこよすぎて、もう……」
「あれ? おまえくちから、なんかでちゃってね?」
続々とランプを通って船に乗り込む自動車やバイクを見て、みなさん大感動している。
メカ好きの彼なんかは、感動のあまり魂っぽいのがちょっとでちゃってる。
戻しとかないと。
「ちょっと失礼します、なんかでちゃってるので戻しますよ」
「あがが」
……メカ好きさんの魂っぽいやつをぐいぐい押しこむ。ほのかにあったかいね。
「あや! ハナたちがのってきたやつ、のりこんでくです~!」
(ほんと?)
メカ好きさんの魂を押し込み終わったところで、ハナちゃんがバスを指さしてキャッキャしている。
それを聞いて興味が出たのか、シャツの中でぷるぷるしていた神輿も、こわごわとシャツから顔? 本体? を出す。
……ほんとに子猫みたい。
「あの大きさだから、バスすら余裕で乗れちゃうんだ」
「びっくりです~!」
「あ、あのおおきなじどうしゃまで……」
うちのバスが乗り込む様子を見て、さらにボルテージがあがるみなさんだ。
「か、かっこよす――……」
――おっと、またメカ好きさんの魂っぽいやつがでてきた。
ですぎてちょっとアレしかかってるね。
もう詰め込んどくか。
◇
フェリーの入港でキャーキャーと大騒ぎの後は、いよいよ乗船の時間だ。
みんなでうきうきしながらフェリーに乗り込む。
まずは改札を通らなきゃね。
「ここが改札といいまして、この紙をこうやってかざして乗ります」
「あや! なんかひらいたです!」
「かってにうごいた……」
「おれもやってみよう……あれ、ひらかない」
まず自動改札でワーキャー大騒ぎだ。
紙の裏表を間違えて、いっこうに開かない人も出る始末。
見かねた係員さんが代わりにしてくれました。
ちなみに改札通れないエルフがあわあわしている横を、海竜ちゃんは何事も無く通っていた。
そこの人、海竜ちゃんに負けてますよ……。
「やっと、かいさつとおれたです~」
「ここをまっすぐ進めば、もう船ですよ」
「ほらハナ、はぐれないようにてをつなごうね」
「あい~」
色々あったけどやっとこ改札をクリアして、意気揚々とスロープを進む。
ほよほよ飛行する神輿といっしょに、ヤナさんに手を引かれながら歩いていくハナちゃんだ。二人が先頭だね。
おとうさんに手を引いてもらうのがうれしいのか、ハナちゃんニコニコ顔だ。
元気いっぱい。ぽてぽてと歩いていく。
「フネのなかって、どうなってるんだろ~」
「きっとすごいことになってるわ」
「まちがいない」
他のエルフたちも、わくわくぷるぷるしながら歩いていく。
多少こわごわとだけど、足取りはしっかりしているから大丈夫かな。
……と、エントランスの入り口が見えてきたね。
「その入り口をくぐれば、船の中ですよ」
「いくです~!」
「いよいよですね!」
「なかは、どんなふうになっているのか、たのしみだわ」
そうしてとうとう――カーフェリーに乗船した。
エントランスホールはまるでホテルのようで、トキをモチーフとした大きな装飾が出迎える。
船内には家族連れが沢山いて、みんなうきうきと歩いている。
これからの船旅、みんな楽しみなんだろうな。
「あえ~……」
「のりものなのに、ごうかなおうち……」
「これ、フネのなかなの? うそでしょ?」
(ひろいおうち~)
そして乗船したエルフたち、内装をみて唖然としている。
まさか内部がこんな風になっているとは、思ってもみなかったようだ。
神輿は吹き抜けのエントランスに大喜びで、くるくると飛び回っている。
ミラーボール状に光ってもいるので、エントランスがきらびやかになったね。
「はわー!」
「おかあさーん!」
大喜びで飛行する神輿を眺めていたら、どこかで聞いた叫び声が。
左側の方から声がしたな……と、カナさんがインフォメーションディスプレイの前ではわはわしている。
船の航路や船内の情報を表示しているやつだね。
「えが、えがうごいてる!」
「なんだろ、これ」
「ふしぎ~」
そんなカナさんの様子を見て、みなさんも集まっていく。
液晶ディスプレイに興味津々な様子だ。
というか、ここに来るまでにいくつもあったけど、動画を表示してなかったから気づかなかったのかな?
「これ、タイシがもってたやつみたいです~」
「あらハナ、なにかしってるの?」
「タイシ、えがきりかわるどうぐ、もってたです~」
「そうなんだ」
そういえば、ハナちゃんはデジカメの液晶ディスプレイを見たことがあるね。
そして俺の名前を出したので、みなさんぐるんと俺の方を振り返るわけだ。
これは、説明しといた方が良いかな。モニターの説明で良いよね。
「これはモニターと言いまして、まあ絵や写真などを映せる機械です」
「でも、うごいてるですよ?」
「写真をもの凄い速さで連続に撮ったものを、連続で切り替えると動いてみえるんだ」
「あや~……よくわかんないです~」
ハナちゃん頭を抱えて「むむむ」となってしまった……。
この辺を理解出来るように説明するとなると、これは極めて困難だ。
まず電気を理解してもらわないといけないけど……難しいよね。
むむむむハナちゃんには悪いけど、おもいっきり端折るよ。
「むむむ……むむむ……」
「わからないですけど、まあ……うごいちゃうんですね」
「ええ、動く写真を撮影する機械がありまして、それで撮影したものを見せてるわけです」
むむむとなっているハナちゃんをなでながら、ヤナさんがディスプレイを見つめる。
ちょっと動画というものを、実演してみせようか。
スマホで撮影して、見てもらおう。
「私も小さいですけど持っていまして、これで映像を映せます」
「あ、たまにそれをなぞっているところ、みますね」
「あれ、そういうどうぐなんだ~」
「はじめてしった」
スマホを見せると、みなさんずずいと迫ってくる。
みんなの前でよく使っているから、見たことはあるよね。
「これには動画撮影といって、今見ているものを動く写真として保存することもできます」
「ほほう、そんなどうぐだったんですか」
「むむむ」
ヤナさんがふむふむといった様子で、上から下からスマホをのぞき込む。
ちなみに、ハナちゃんはいまだに「むむむ」としているね。
それはさておき、動画を撮影して見てもらおう。
「今からその動画を撮影してみます。みなさんの様子を撮影しますね」
ずずいと迫っているみなさんや、むむむとなっているハナちゃんを撮影する。
あと、飛び回る神輿とかも。
……これくらいで良いかな?
「今撮影終わりましたので、ここに映します……はい、これです」
「あや! うごいてるです~!」
「これ、わたしたちの……さっきのようすですか!」
「うおおおすげえええ!」
みなさんスマホの画面をのぞき込んでキャーキャーし始めた。
自分たちが映っている動画を見て、もう大はしゃぎだ。
「しゃしんがうごいちゃうですか~」
「こんなどうぐまで……」
「か、かっこいい……」
「おまえ、みみからなんかでちゃってね?」
目をキラキラさせて画面をのぞき込むハナちゃんと、右から左からのぞき込むヤナさんだ。
そしてメカ好きさんは、今度は耳から魂っぽいのがでちゃってる……。
もうちょっと奥に押し込んでおこう。
「み、みみがくすぐったい!」
メカ好きさんはくすぐったくてしょうが無いみたいだけど、それ全部でちゃったらアレするからね? 我慢してね。
ちなみに魂っぽいやつを押し込む様子も動画撮影してみた。
――バッチリ撮れてしまった……これガチの心霊動画だ。
しかも心霊動画なのに、ほのぼのしてる……。シュールすぎる動画が撮れてしまった。
……それは置いといて。まあこういう道具がありますよってことで話を終わりにしよう。
「こういう便利な道具があるってことで良いですかね」
「よくわかんないけど、それでいいです~!」
「おもしろいですね、これ」
「ふしぎ~」
みなさん良くわからないなりに、そういう物があるということは分かってくれたようだ。
……というか、みんなに貸し出す用のデジカメも持ってきてるんだよね。
それなら動画も撮れるから、これ貸し出したらまた大騒ぎになるだろうな。
……船内で貸し出すのは止めとこう。佐渡に着いてからのお楽しみってことで。
それより、早いところ船室に行こう。
場所取りしないといけないからね。
「動画はこれくらいにして、そろそろゆっくり出来る場所に行きましょう」
「そうですね。ここはひともおおいですから」
「いくです~」
大人数でエントランスホールに集まっていると、他の人の迷惑にもなるからね。
それじゃ、二等カーペット席に行きましょうか。
◇
「あ、大志さんこっちです」
「場所確保しといたぞ」
「ぎゃう」
「ZZZ」
二等船室に到着すると、ユキちゃんと親父、そして海竜ちゃんが出迎えてくれる。
どうやら場所を確保しておいてくれたようだ。
ちなみに高橋さんは、もう寝ている。
これから朝食だから、食べた後寝ようよ……。
「ここって、ねっころがってもいいんですか?」
「もちろん、寝っ転がって良いですよ。のんびりしてください」
「のんびりできるです~」
「ふがふが」
のんびりしていて下さいと伝えると、お年寄りたちは早速座ってのんびりし始める。
「ふねのなかでこんなふうにすごせるなんて、すごいな~」
「よこになれちゃうとか、すてき」
「おれのじまんのいす、つかってくれ」
お年寄りたちがくつろぐのをみて、他のみなさんもくつろぎ始めた。
でも、みなさんどことなく興奮気味だ。
まあ、フェリーに乗ればテンションあがるよね。
俺もちょっとワクワクしているし。
そしておっちゃんエルフは、お年寄りたちに木製の座椅子のようなものを提供している。
木のしなりを利用しているのか、背もたれが適度にしなって快適そうだ。
「ふがふが」
「あらあら」
「このいす、けっこういいな」
「そお?」
座椅子を貸してもらったお年寄りたち、おっちゃんの物作りを褒めているね。
おっちゃんも嬉しそうだ。
たしかに、木工を自慢するだけあって良い出来に見える。
今度、棚とかタンスとか作ってもらおうかな。売れそうだ。
……まあそれは旅行が終わってから打診してみよう。
「タイシタイシ~! これからどうするです?」
「ちょうしょくをたべるんでしたっけ?」
俺も座椅子を貸してもらって座り心地を堪能していると、ハナちゃんとヤナさんがこれからの予定を聞いてきた。
出航したら朝食の予定だけど、あとはもう何もないかな。
好きに過ごしてもらってかまわない。
「船が出たらみんなで朝食を食べますけど、その後は自由行動です。お好きに過ごして頂いてかまいません」
「わかりました」
「ちょうしょく、たのしみです~」
出航したら朝食ということで、ハナちゃんもう楽しみで仕方ないようだ。
顔はにっこにこ、エルフ耳はぴっこぴこだ。
「大志さん、出航の様子って見られるんですか?」
「もちろん見られるよ。デッキに出るのは自由だから」
「あえ? なにかみられるです?」
ユキちゃんから出航が見られるのか聞かれたので、見られるよと回答した。
すると、ハナちゃんが興味をもったようですそそっと近寄ってくる。
……この際だから、希望者を募って出航の様子を見学しようか。
「船が出発するのを見学できるけど、見たい人を誘って見に行く?」
「あや! そんなのみられるです!?」
「見られちゃうんだなこれが。ハナちゃん見たい?」
「みたいです~!」
出航の様子を見られると聞いて、ハナちゃんすごくわくわく顔になった。
お目々キラキラだね。
それじゃ、希望者を募って出航を見学しようか。
「他のみなさんも、船が出発する様子を見たい人は手を上げて下さい」
「おれみたい!」
「おれも」
「わたしも」
「ふが~」
(みたい~!)
……エルフたちは全員手を上げているね。
神輿も周りをくるくる飛んで、ぴかぴか光っている。
謎の声も見たいといっているし、もうみんなで見学しちゃえばいいか。
「それじゃみんなで見学しましょう。見られる場所まで案内します」
「「「わーい!」」」
ということで、出航の様子を見学することになった。
俺もこの船の出航は見るのが初めてだから、ちょっと楽しみだ。
◇
デッキに出て数分後、船内アナウンスと共に船が動き出す。
いよいよ出港だ!
「これから船が出るよ。ほら動き出した」
「あや! あのひと、なわをとりはずしたです!?」
「ほんとだ!」
「いよいよだ~」
(おもしろい~)
作業員の方が、ボラードから舫い綱を取り外しているね。
そうしてゆっくりと船が動き出す。
……あれ? 舫い綱をもったまま追いかけてるね。何のためだろ?
「あえ? いっしょにあるいてるです?」
「なにをしてるんですかね」
「何でしょうね。分からないです」
作業員さんが舫い綱を持ってついてくるのが良くわからないけど、船は動き出した。
「うごいてるです~!」
「じっかん、でてきました!」
「いま、ふねにのってるんですね……」
動き出した船にキャッキャするハナちゃんとカナさんの横で、ヤナさんはぷるぷるしている。
なんだか感動しているみたいだ。
まあ、俺もちょっと感動している。これから船旅が始まる期待感で、もうわくわくだ。
「……あえ? またなんかなわをかけたですよ?」
「ほんとだ、何でだろ?」
気分が高揚し始めたとき、ハナちゃんが作業員さんの変わった動きに気づいた。
作業員さんが、なんだか「15」と番号のあるボラードにまた舫い綱を引っかけている。
……あれ? 出港するんじゃ無いの?
そうして不思議に思っていると、ひっかけた舫い綱が「バン!」と音を立ててめいっぱい張り、船の動きが止まる。
(きゃー!)
「びっくりしたです~。……あえ? ふね、とまっちゃったです?」
「なんでしょうね。まだしゅっこうじゃないとか?」
「分からないですね……」
「なんだろ~」
舫い綱の張る音にびっくりしたハナちゃん、お目々まん丸だ。
そして神輿もびっくりしたのか、またもや俺のシャツの中に逃げ込んでぷるぷるだ。
……神様、ちょっとくすぐったいです。
そうこうしているうちに、もう一本の舫い綱が引き出され前の方にあるボラードに引っかけられた。
あれ? ほんとどうしたんだろ。
さっき出航のアナウンスが出たはずなんだけど……。
「あや! ふねのむき、かわってきてるです!?」
(なになに?)
「ほんとだ。あのなわにひっぱられて、むきがかわってきた」
疑問に思っていると、次の動きがあった。
ハナちゃんの言うとおり、舫い綱に引っ張られて船の向きがだんだん変わってきている。
――なるほど! こうやって向きを変えるんだ!
二本の舫い綱でまず位置を調整した後、前の舫い綱を緩めながらバウスラスターを使う。
後ろの舫い綱はそのままにしてに引っ張らせれば、船の向きを楽ちんに変えられるというわけだ。
面白い出航方法だな。
「そのためだったですか~」
「いろいろ、しかけがあるんですね」
「かっこいいい~」
(たいへん~)
舫い綱をかけた意味がわかったのか、みなさんほっと一安心だ。
……メカ好きさんから魂っぽいのはまだ出てないな。思いっきり押し込んでおいて良かった。
そして、神輿もぴょこっとシャツから顔というか本体を覗かせて、もぞもぞ動いている。
いやほんと、それくすぐったいんですよ。
「うごきだしたです~」
「ふねをだすのも、いろいろたいへんなんですね」
「私も、初めて知りました。面白いですね」
そうして向きが変わった後は、後ろの舫い綱も外されいよいよ船が進み始める。
お、作業員さんが敬礼したあと、手を振っているね。
「いってくるです~!」
「ぼくもてをふっておこうか」
「それじゃわたしも」
「おれもやっとこう」
(いってくるね~)
手を振ってくれている作業員さんを見て、ハナちゃんも元気いっぱいで手を振る。
それを見たみなさんも、キャッキャと手を振る。
作業員さんと俺たち、お互い知らない人だけど……妙な連帯感があるね。
こういうのも、船旅の醍醐味の一つかもしれない。
――そうして手を振っているうちに、船は港を離れて進み出す。
これから本土に別れを告げて、離島へと向かうんだ。
なんだかすごい――ワクワクしてきた!
「タイシタイシ、とうとうしゅっぱつしたです?」
「出発したよ。これから佐渡に向かうんだよ」
これからの船旅を想像してワクワクしていると、ハナちゃんがひしっと足にしがみついてきた。
その顔はもうにっこにこの笑顔で、お目々キラッキラ。
出港する様子をその目で見たせいか、わくわく大爆発だね。
「とうとう、しゅっぱつしたんですね」
「ええ。お昼前には佐渡に着きます。それまで船旅を堪能できますよ」
「わくわくするです~」
「いろいろたんけんするぞ~」
「どんなものが、あるのかしら~」
「ふね、すげえな~」
他のみなさんもキャッキャと大はしゃぎだ。
それでは、みんなで船旅を楽しむとしましょう!