第十話 出発!
――旅行当日、朝六時。
高橋さんから借りたバスを運転して、田んぼのある平地に停車。
みんなを迎える準備を整える。
ここでバスに乗ってもらい、朝七時になったらいざ出発だ。
さて、みんなの準備は出来ているかな?
◇
「タイシタイシ~! おはようです~!」
「ギニャ~!」
「ミュ~!」
(はやおきしたよ~)
村に歩いて訪れると、広場では既にみんなが待っていた。
ハナちゃんや動物達が元気に出迎えてくれる。
……神輿も元気に空を飛んでいるね。
ほよっほよ光りながら、俺の周りをくるくる飛んでいる。
そして早起きしたとの謎の声だ。ちゃんと寝られたようで、なによりです。
旅行の前日、楽しみすぎて眠れないとかあるらしいからね。
そして、ハナちゃんはいつもの民族衣装ではなく、なんと洋服を着ている。
そのせいか、いつもとちょっと印象が変わって見えた。
なんというかこう……良い所のお嬢さんに見える。
白いワンピースのすそや袖口にはふりふりフリルがあしらわれ、胸元には大きめの赤いリボンがささやかに主張している。
シンプルで定番のデザインだけど、それがまた可憐さを引き立てている。
いつもの元気なハナちゃんも良いけど、こちらのお嬢さん風ハナちゃんも良いね。
しかし、この服はどうしたんだろうか?
作りはしっかりしていて、買うとなれば良い値段がしそうな洋服だ。
「おはようハナちゃん。その服はどうしたの?」
「おとうさんがつくってくれたです~」
くるくると回りながら、お父さんが作ってくれたと説明してくれる。
フリルとスカートがひらひらして、妖精みたいだ。
大変かわいらしいので、これは褒めておかないと。
「ハナちゃん良く似合ってるよ~。かわいいね~」
「うきゃ~、ぐふふ~」
「いちげきでぐにゃりましたね」
「おんなのこだもの」
ハナちゃん、速攻でぐにゃってしまった……。
そんなハナちゃんをみて、ヤナさんとカナさんはニコニコしている。
でもこれから出発だから、今ぐにゃると大変じゃないかな?
「ハナのために、なんちゃくか、つくりました」
「ヤナ、てつやしてまでつくったんですよ」
「ぐふふ~」
ぐにゃるたれ耳ハナちゃんを抱えながら、ヤナさんが教えてくれた。
我が子にかわいい服を着せようと、すごい頑張ったんだな。何着か作ったみたいだ。
その頑張りは、今ちゃんと結実した。
ハナちゃんもご機嫌なので、頑張った甲斐があるというものだね。
「ちなみに、こどもたちは、みんなおようふくをきてますよ」
「ぐふ~」
ヤナさんが目を向けた方を見ると、たしかにお子さんはみんな洋服を着ている。
ハナちゃんとちがって、照れているのかもじもじとしていて、お父さんお母さんの後ろに隠れちゃってるけど。
でも、そのうち元気に走り回るだろう。
エルフの子供たちは、いつも元気だからね。
「とっておきのよそいきとして、きあいをいれてつくりました」
「おとなのおようふくはたいへんなので、こどもふくだけですけどね」
確かに、大人のみなさんはエルフ民族衣装を着ている。
とはいえ、みなさんの着ている服だって、よそ行きのように見える。
普段着ている服より、パリっとしているというか、装飾が多いというか。
縄文風というか唐草模様風というか、凝った刺繍が随所にしてある。
あきらかに普段着ではない感じがするね。
「大人のみなさんも、よそいきの服ですか?」
「ええ。まちにまったりょこうですからね。きるものも、きあいをいれました」
「こういうきかいでもないと、きないものね~」
大人のみなさんも、気合いが入っているようだね。
ぱりっとしたよそ行きをまとって、みなさん普段よりぴしっとしている。
「たまにはきないと、おおきさがあわなくなったりするのよね」
「それって、ふと――」
「――いまなんと?」
「……なんでもありません」
マイスターが余計なことを言いそうになったけど、ステキさんが素早くかぶせて事なきを得た。
……そう思いたい。
と、服の話はこれくらいにして、出発の準備を始めないとな。
今どんな感じか聞かないと。
「それでみなさん、出発の準備はどんな感じですか?」
「だいじょうぶです。とじまりやひもとのかくにん、してきました」
「どうぶつたちにも、おるすばんをおねがいしてあるぞ」
「だいじょうぶよ~」
どうやらもう準備は出来ているみたいだね。
念のため、俺も最終確認はするけど。
持っていく荷物の方も、リアカーに積まれて用意されている。
テントやら食糧やらだね。予定通り、準備はしておいてくれたようだ。
それじゃ、最終確認が終わったら出発しましょう!
◇
最終確認は問題なく終了した。
戸締りよし、火元よし、日持ちのしない食品も放置されていない。
最後に忘れ物が無いかをエルフたちに確認してもらい、オールグリーンだ。
それじゃ、いよいよ村を後にしよう。
――とその前に。
動物達に、行ってきますの挨拶をしないとね。
(いってくるね~)
「ギニャギニャ」
(いいこでまってて~)
「ニャー」
……ほよほよ光る神輿が、動物達の前に降り立っているね。
ほよっと光ると動物達もそれに応じてギニャギニャ言ってるけど。
神様は動物達に行ってきますの挨拶をしているのかな?
(おうちにはんぶんのこすから、あんしんして~)
「ギニャ~」
謎の声は、半分残すと言っているけど……。
何を残すのかは、正直分からないな。
半身でも残すとか?
まあ、神様のすることだから問題はないかな。
いつもみんなを気遣ってくれている神様だから、心配する必要は無い。
ともかく、俺も動物たちに挨拶しておこう。
「君たち、お留守番をおねがいね」
「ギニャ」
「ミュ」
「ばうばう」
元気に返事をしてくれる動物たちだ。
俺たちが居ない間、村を守ってくれたら、嬉しいな。
お留守番の報酬として、おいしい食べ物は渡してあるので、お腹いっぱい食べて欲しい。
そうして動物たちに言ってきますの挨拶をしていると、ほかのみなさんも集まってくる。
「たのむです~」
「おみやげ、もってくるからね」
「かえってきたら、またあそんであげる」
俺と同じように、みんなも動物達をなでながらお願いしているね。
これで、一通りの挨拶は済んだかな? それじゃそろそろバスに向かおう。
「それではみなさん、バスに乗って出発しましょうか」
「いってくるです~」
「とうとうだな~」
「バス、たのしみ~」
そうして、みんなで留守番の動物達に手を振りながら、村を後にする。
ちょっとさみしいけど、動物達にバスに乗っての長距離移動は無理なので仕方がない。
「ギニャニャ~」
「ニャ~」
「ばうばう」
「ミュ」
そうしてしっぽをふりふりして見送りをしてくれる動物達を残して、村を出た。
◇
リアカーを引っ張りながらみんなで移動し、バスが待機している場所に案内する。
そして、大型観光バスを目の当たりにしたみなさんはというと――。
「おっきなのりものです~!」
「これが、バスとかいうやつですか」
「まえにみた、トラックというのよりおおきいですね」
平地に到着してバスをみたハナちゃん、大きな乗り物をみてキャッキャと大はしゃぎだ。
ヤナさんカナさんも、その大きさに目を丸くしている。
「こんなのりものもあるんだな~」
「おうちよりおおきいとか、ふるえる」
「わりとヤバいでかさ」
他のみなさんも、バスを前から見たり後ろからみたりと興味津々だ。
まあ、大型トラックをみているから、大きな自動車自体知っている。
そんなに怖くはない様子だ。
これでバスとのご対面はおわったので、荷物を積み込んだりしよう。
お手伝いは数名でいいから、他のみなさんは乗車していてもらおうかな。
「これから荷物を積み込みますので、数名で良いのでお手伝いお願いします」
「おれ、てつだう」
「あ、わたしもおてつだいします」
「おれも」
自称力自慢の方々が名乗り出てくれたので、さっそく荷物を積もうか。
……マイスターはともかく、ヤナさんは力持ちじゃないから軽い物を整頓してもらおう。
じゃあ、乗車と積み込みを開始しましょうか。
「ここが入口ですので、今開けますね。ぷしゅって音がしますけど、問題ありませんので」
「わかりました」
「それじゃ開けます」
外にあるドア開閉ボタンを押すと、エアーが抜ける音がしてドアが開く。
「あや! かってにひらいたです~」
「空気の力を使って動かしてるんだよ」
「それでぷしゅっというわけですか」
「らしいです」
俺もこのタイプのドアは良く知らないけど、圧縮空気のタンクはいくつもあるね。
というか大型バスとかトラックは圧縮空気を利用しまくっているので、ここがダメになっているとそもそも動かせない。
圧縮空気を送り込めなくなると、パーキングブレーキが解除できなくなるんだよね。
「大型の自動車はなにかするたびにぷしゅぷしゅ言いますけど、気にしないで下さい。そういうものですので」
「きにしないです~」
「そういうものなんですね」
とりあえずふわっとした説明に留めて置く。
運転するわけでもないので、そんなに詳しく知っている必要はないからね。
「それじゃ、お手伝い以外の方はバスに乗っていてください。座席は自由です」
「のるです~」
(のりもの~!)
乗車の許可を出すと、ハナちゃんと神輿が大はしゃぎでバスに乗り込んでいった。
神輿に乗りながら、さらに乗り物に乗る……。
うん、気にしないことにしよう。考えたら沼にハマる。
「……それでは、荷物を積み込みますか」
「わかりました」
「まかせてくれ」
「どこにつむの?」
みなさん箱を抱えて準備万端だね。ではトランクを開けましょう。
鍵を挿して……と。よし、開いた。
「そこにしまうんですね」
「した、こんなふうになってるんだ」
「もうなんか、おっきなにもつがいくつかあるな」
車体下部にある貫通式トランクを開けると、みなさん興味深そうに覗き込んだ。
すでに地球側メンバーの荷物や道具は積み込んであるので、残りのスペースに押し込もう。
発電機やらバッテリーやら、スーツケースやらが結構積まれているけど、まだ余裕はあるから大丈夫だろう。
奥にあるほうの箱は、エルフたちに貸し出す予定のとある道具もある。
貸し出せば空間はあくので、まだまだ余裕ができるね。
「この中に荷物を積んで、固定します」
「それでは、つみこみますね」
「お願いします」
そうして荷物を積み込んでいくけど、まあまあ余裕がある。
旅先で買ったお土産も、たくさん積んで持って帰れそうだ。
このバスはエアコン用の独立したエンジンがあるので、積載量はそれほどでもない。
前輪の後ろにこのエンジンがあるので、トランクの容量がその分減っちゃうんだよね。
この仕様のため全部積み込めるかちょっと心配だったけど、問題は無かった。一安心だ。
それじゃ、荷物も積んだしバスに乗り込んで出発しよう。
「それでは、私は最後の点検をしてから乗り込みますので、みなさんお先にどうぞ」
「では、おさきにしつれいします」
「なかはどんなかんじなんだろ~」
「みんな、イスみたいなのにすわってるぽいぜ」
窓から中がうっすら見えるけど、みなさんきっちり着座しているね。
お、ハナちゃんが手を振っている。もうキャッキャしまくりだね。
座席は前方窓際を選んだのか。委員長が座るような場所だね。
これで全員乗り込んだから、もう大丈夫だな。俺も乗ろう。
というわけで点検を終えてバスに乗り込む。
すると――最前列の窓側には、神輿が鎮座していた。
……きっちりシートベルトもしているね。
これ、誰がやってくれたんだろうか。
「神輿にシートベルト、だれかがつけてくれたの?」
すぐ目の前、右前列の通路側にユキちゃんが座っているので、聞いてみる。
「気づいたら、もうシートベルトしてましたね……」
「え?」
ユキちゃん、首を傾げているけど……。
「シートベルトの説明をしたら、いつの間にかこうなってました」
……。
――まさか、自分で?
「一体どうやって……」
「かみさま、わりときようです~」
(それほどでも~)
器用と言われて喜ぶ謎の声。
……あれだ、自分でできるならいい事だね。
そういうことにしよう。
◇
神様自分でシートベルトつけられる現象は気にしないことにして、俺も着座しよう。
行きは親父が運転してくれるので、俺は主に引率の役割となる。
引率と言えば前の席だけど、神輿がキャッキャしているね……。
一つ後ろはハナちゃんがすわっているけど、どうしようか。
「タイシタイシ~。ここにすわるです~」
そうして座席を探していると、ハナちゃんが自分の隣の席をぽふぽふしている。
ここに座ってほしいって事かな?
それじゃあ、お言葉に甘えましょう。
「じゃあそこに座ろうかな。よろしくね」
「わーい! タイシといっしょです~」
「よかったわね」
「ぼくらはうしろにいるからね」
「あい~!」
ハナちゃん大はしゃぎで、足をぱたぱたさせているね。
喜んで貰えて何よりだ。
左側を見るとハナちゃんがキャッキャしていて、右側を見るとユキちゃんがにこにこしている。
ユキちゃんの隣の窓側は海竜ちゃんが座っていて、外を見ながらはしゃいでいるね。
これで、全員着座していつでも出発可能だ。
「大志、準備は良いか?」
「大丈夫。それじゃ出発しよう」
親父から確認が来たので、オーケーの返事をする。
いよいよ、エルフ達が外界に繰り出す時だ。
『それではみなさま、エンジンをかけます。大きな音がしますが、問題はありません』
マイクを使用したようで、車内スピーカーから親父のアナウンスが聞こえた。
「あや! タイシのおとうさんのこえ、いろんなところからきこえてきたです~!」
「おともでかい!」
「どうなってるの?」
親父のアナウンスが流れたとたん、みなさんきょろきょろとし始める。
車内にあるスピーカーと実際の声を、両方聞き取ったみたいだね。
ちょっと混乱してるかな?
スピーカーについて説明しておこうか。
「今のは音を大きくしたり、離れた場所に音をとどける道具です。こうして、みなさんに声が良く聞こえるようにしてあるんですよ」
「ふしぎです~」
「またも、なぞのどうぐ」
「ふるえる」
まあ、エンジン音や走行音で声が聞き取りづらいときもあるから、スピーカーは今後多用することになる。
そのうち慣れるだろうから、今はこれくらいで良いかな。
と、そうこうしているうちにエンジンが始動する。
セルモーターの音とともに、すぐさまディーゼルエンジン特有の重低音と金属音が鳴り響き、体にも振動が伝わってくる。
「あやー! ゆれたです~!」
「びりびりくる~」
「じどうしゃのなかって、こんなかんじなんだ!」
(はくりょくある~!)
車内で体感する大型ディーゼルエンジンの唸りと振動に、みなさんキャーキャーと大はしゃぎだ。
前席の神輿もなにやらぴかぴか光っているので、神様もはしゃいでいるね。
『これより新潟に向けて出発します』
そして、とうとう出発のアナウンスが。
ドアが自動で閉まり、エンジンの回転数が上がりバスがゆっくりと動き出す。
「タイシー! うごいたです~!」
「すげえええ~! こんなでかいの、うごいてる~!」
「かっこいい!」
バスが動き出したとたん、また車内は大騒ぎ。
キャーキャーと窓の外を指さしたり、座席のひじかけにひしっとしがみ付いたりと様々だ。
そんなエルフたちをよそに、バスは順調に道を下り始める。
道は舗装されていないので、それなりにでこぼこしていて車体もそれなりに揺れる。
道の両脇には木が生い茂っており、外の様子はまだうかがえない。
しかし、もうちょっと進んでいくと――。
『みなさま、これより先はちょっと不思議な現象が起きますので、お見逃し無く』
そんなアナウンスが入る。
もうちょっと先には、この領域と外界との境界がある。
この境界を超える時、ちょっと面白いものが見られたりする。
「タイシ、ふしぎなげんしょうって、なんです?」
「それは見てのお楽しみ。きっとびっくりするよ」
「ハナ、けっこうすごいからたのしみにしててね」
「あや~。ワクワクするです~」
ハナちゃんが不思議な現象について聞いてきたけど、これは本当に見てのお楽しみだ。
ヤナさんはもう知っているだけに、ハナちゃんを煽ってきたね。
普段は慎重なヤナさんが、自信をもってハナちゃんを煽る。
それほど、不思議な光景が見られるわけだ。
というかもう見えてきたけど、この時点で不思議な風景だからね。
ハナちゃんに教えてあげよう。
「ほらハナちゃん、あれが不思議な現象だよ」
「あえ? なんかふうけい、ゆがんでるです?」
境界を指さして教えてあげると、ハナちゃんはお目々まんまるになった。
この領域と外界の境界、そこは――円形に空間が歪んでいる。
まるでガラスの球体がそこにあるような、不思議な不思議な光景。
あれが、外界とこちらをつなげる――境界だ。
そして、これはまだまだ序の口。
「あの部分を通り抜けると、もっと面白い光景が見られるよ」
「すごそうです~!」
これから起きる現象に、ハナちゃんもうわくわくが止まらない様子だ。
足をぱたぱた、耳をぴこぴこさせてはしゃいでいる。
『では、通り抜けます』
そのアナウンスとともに、いよいよ境界に突入する。
途端、ひずんだ風景が――高速で後ろに流れ始める。
その様子はまるで……SF映画のワープシーンのよう。
周囲の木々が、木漏れ日が、木々の隙間からわずかに覗く山々が。
球体状にねじ曲がったそれらの風景が――超高速で過ぎ去っていく。
「あやー!!!!!」
「キャー!」
「すげええええええ!」
(きれい~)
あまりの不思議な光景に、エルフたちは窓にかぶりつきになった。
俺もこの光景は、何度体験しても好きだ。
「タイシー! すごいものみちゃったです~!」
「こんなふしぎなことって、あるのかしら!」
「はやすぎて、くらくらする~」
(こういうやりかた、あるんだ~)
目の前に広がる不思議に、みなさんの興奮も最高潮だ。
神輿もミラーボールみたいに光っていて、かなりキャッキャしている。
どうやら、村のみんなには感動して貰えたようだね。
それではみなさま、もうすこしだけ……この不思議な光景をご堪能下さい。
◇
――この地域には、いくつか秘密がある。
ここは、圧縮された空間。
俺たちの初代が作ったらしい、秘密の空間だ。
それは地域一つを、丸ごと仕舞って隠している。
広い面積、広い空間を圧縮して――なかったことにする。
それが隠し村がある地域の――秘密のひとつ。