第九話 準備完了
「みなさ~ん! 水着と石を持ってきましたよー!」
そしてとうとう、ユキちゃんのタスクが完了する。
女性用水着の調達が終わり、シュノーケルも届き、さらに術も完成した。
まずは女性陣に水着の試着をしてもらい、状態を確認してもらう。
「かわいいみずぎ、ありがとです~」
「おおきさは、もんだいないですね」
「いいかんじだったわよ~」
「かわいいみずぎとか、すてき」
特に問題は無かったようで、女性陣は紙袋をかかえてホクホク顔で集会場から出てきた。
「どんな水着かは、当日のお楽しみですよ」
「おたのしみです~」
ということで、女性陣がどんな水着を買ったかについては、佐渡までおあずけになった。
一つの楽しみとしておこう。
これで水着がクリアできたので、つぎは存在をぼかす術についてだ。
これは、高橋さんの例もあるから特に問題は無いと思っている。
効果や運用の説明は、ユキちゃんにおまかせしよう。
「ユキちゃん、次は例の術についておまかせしても良いかな?」
「はい。お婆ちゃんからまかされてもいますので、最後まできっちりやりますよ」
「それは頼もしい」
ということで、ユキちゃんが音頭を取ってみんなを広場に集めた。
「とうとうです~」
「これできまるんだな」
「うまくいくといいな~」
広場に集まったみんなは、これが成功すれば旅行が確定するので、ワクワクドキドキした様子だ。
「はーい! みなさん一個ずつ持って行ってくださいねー!」
そしてみんなに、ユキちゃんがアレな石を一個ずつ配りはじめる。
高橋さんに渡したのと同じで、見た感じは特に変わっていないね。
「ユキ、これをどうすればいいです?」
「使い方はね、どっか適当なところにくっつけるだけよ」
石を手にしたハナちゃんは、早速使い方を聞いている。
ユキちゃんが言うように、使い方はほんとに簡単。
体の適当な場所に――くっつけるだけ。
「俺は手首に付けてるぞ。ほら」
高橋さんが、左手首の内側をみんなに見せた。
そこには、ちいさな石がはめ込まれている。
「こうやって押し付けるだけで、勝手にくっつくの。試してみて」
「あやややや! うまったです~!」
「まじで」
「ほんとだ! うまった!」
ハナちゃんがさっそく試したみたいだ。切り込み隊長だね。
青緑色に輝く増幅石が、ハナちゃんのちっちゃな手首にちょこんと埋まっている。その見た目は、エメラルドより美しい。
きっちり融合しているから、問題ないみたいだね。
「外したいときは『外れろ外れろ~』って念じてつまめば、ぽろっと取れますから」
「ほんとです~」
「かんたんね~」
「ちゃんととれた~」
石が体にくっついたり取れたりするのを、みなさんキャッキャと楽しむ。
特に怖がることもなく、すんなり受け入れてくれた。
「この石がくっついている間は、いろいろごまかせます。外に出たら、外さないようにしてください」
「「「はーい!」」」
というわけで、アレな石はみんなにいきわたった。
念のため、ほんとに効果が出ているかを試しておこう。
「それではヤナさん、ちょっと外に出てみますか」
「え?」
「おとうさんです?」
ヤナさんの肩に手を置いて、外に出ようと持ちかける。
族長だからね。こういう役割、まわってくるんですよ。
「ちょっと効果を試すから、お父さんを借りるね」
「え?」
「おとうさん、がんばるです~」
「え?」
事態についていけないヤナさんだけど、そのまま手を引っ張って車の所まで来てもらう。
そして車に乗せてしまう。シートベルトもきっちりと。
「え?」
「それじゃ、ちょっと出かけてきますね」
「いってらっしゃいです~」
「ヤナさん、がんばってな~」
「ぶじ、かえってこいよ~」
みんなが手を振る中、エンジンをかけて車を発進させる。
「え?」
さて、どこに行こうかな。
◇
「それで、この人がワサビちゃん? やら燻製やらを作っている人たちの代表なわけか?」
「そうです。ヤナさんと言います」
「外国の方だったんですね」
「お世話になってます。お茶をどうぞ」
「え?」
とりあえず子猫亭に連れてきてみた。
大将も息子さんも、そして奥さんも違和感を感じていない。
外国人に見えているようだね。
「その、ヤナさん? なんだかぽかんとしてるけどよ、大丈夫なのか?」
「いきなり連れてきたので、ちょっと思考が追いついてないみたいですね」
「ええ……?」
そんなヤナさんだけど、あたりをキョロキョロ見回し始めた。
現状把握が出来るようになったかな?
「あの、タイシさん……。わたし、むらのそとにでたんですか?」
「そうですよ。それで、この方々がいつもお世話になっている料理人の方々です」
「ほんとに……?」
「ほんとです。山から出たとき、変な現象見たでしょう?」
「……」
ようやく認識できたようだ。そしてぷるぷると震えだした。
がんばれヤナさん。色々エルフ史上初なことしてるけど、ヤナさんなら大丈夫だ。
根拠はないけど。
「おい、震えてるけどほんとに大丈夫なのか?」
「ちょっと緊張しているみたいです」
「あわわわわ……」
まあ、なんにせよ検証は無事終わった。アレな石はきちんと効果が出ているね。
これで、エルフたちが外界に繰り出しても大丈夫になった。
佐渡旅行における懸案事項、オールクリア。
いよいよ出発日を決めて、各種予約をとれるぞ。
ここまで長かったなあ……。
「あわわわわ……」
さて、確認が取れたところでこのまま帰っても良いけど……。
協力してくれたヤナさんに、お礼をしなくちゃね。
「ヤナさん、ちょっとこれを見て頂けます?」
「あわわ……あ、これは、おりょうりのしゃしんですか?」
「そうです」
ぷるぷるしていたヤナさんに子猫亭のメニューを見せると、すぐさま料理の写真に食いついた。
さっきまで震えていたのに、一瞬で元に戻ったね。
ヤナさんもなんだかんだ言って、食いしん坊エルフなわけだ。
さて、それじゃこの中から何か選んでもらおうかな。
「ヤナさん、この中から、美味しそうだなって思う写真を選んでください」
「はあ……。お、これはおいしそうですね!」
楽しげにメニューを眺めるヤナさんだ。
そのままじっくり選んでください。
「これ、これがいちばんおいしそうですね」
「これはワサビちゃんを調味料につかった料理となります。ヤナさんたちのおかげで、こういう料理が作れました」
「お、おやくにたてて、なによりです……」
ヤナさんは美味しそうな料理を見つけたようだね。
そのフィレステーキは、ディナーメニューで一番人気だ。お目が高い。
そして大将が、その料理に付いてヤナさんに説明とお礼をしている。
ヤナさんも、自分たちの仕事が誰かの役にたっていると知って、嬉しそうな顔をした。
……あれ? ことばが通じてる?
神様の神通力というか翻訳サービス、村からでても適用されてる?
……なんてサービスの良い神様だ。帰ったらお供え物をしないと。
おっと、それはそれとして。
ヤナさんが美味しそうだなって思う料理が見つかったのなら、することは一つだ。
「それじゃ、これをお願いします」
「大志も食ってくんだろ?」
「もちろん。あと、お土産にしたいので持ち帰りでパーティープレートも良いですか?」
「ああ。大丈夫だ」
「え?」
そう、ヤナさんに子猫亭の料理をごちそうしようというわけだ。
いつも村のみんなのために細かい仕事をしているヤナさん、家族のためにがんばっているヤナさん。
俺もヤナさんの頑張りにかなり助けられている。
というわけで、責任者の立場から、そして友人としてもヤナさんにちょっとした恩返しをしたいなって思ったわけだ。
ヤナさんだけにこっそりとごちそうするけど、村のみんなにもお土産は買っていく。
今日はちょっと豪華に過ごしてもらおう。
「あれ? タイシさんいまなにを?」
「このお肉料理を注文したんです。一緒に食べましょう」
「え! よろしいので?」
「みんなには内緒ですよ?」
「それは……もうしわけないというか、なんというか……」
みんなに内緒で美味しい物を食べるのに、ちょっと罪悪感があるようだね。
お土産も買ったことは伝えておこう。
「ほかのみんなには、お土産を用意しましたのでご安心を」
「それなら、まあ……」
「あと、これは頑張っているヤナさんに、責任者として、あと――友人としての好意からですので、遠慮なさらずに」
「ゆうじん……」
ヤナさんはなんだかジーンとしているけど、友達同士なら良くあることだ。
おごったりおごられたり。普通だね。
責任者どうし色々相談することも多いので、エルフ達の中ではハナちゃんに次いでヤナさんと一緒に居ることが多い。
そりゃあ、親しくもなるってもんだ。
「そうですね。わたしたち、ゆうじんですよね」
「ええ。友人です」
ヤナさんが嬉しそうに確認してきたけど、友人だよね。
俺とヤナさんは、支配者と代官の関係ではない。相棒であり友人だ。
もちろん、村のみんなもそうだ。
少なくとも、俺はそう思っている。
◇
「はいよ、特製フィレステーキお待ち」
「こちらはサービスです」
「これは嬉しいですね。ありがとうございます」
「おおおお……」
しばらくヤナさんと雑談しているうちに、料理が出来上がって配膳された。
サービスで大きなパンやスープ、サラダにデザートも付いてきた。これは豪華だね。
単品で注文したのに、セットメニューより豪華になってしまった。
これがあるから、子猫亭に頻繁に通っちゃうんだよな。
まあ、この好意はありがたく受け取って、早速食べようか。
「それではヤナさん、食べましょうか。いただきます」
「い、いただきます」
豪華な料理を目の前にしたヤナさん、緊張でカチコチになっている。
まあ、肩肘張って食べる店ではないので、気楽に、気楽に。
俺が食べないとヤナさんも食べられないっぽいから、先に食べ始めよう。
うん、おいしいね。
そうして俺が食べる様子を見た後、ヤナさんも若干おぼつかない手つきでナイフとフォークを使う。
俺が今おこなった手順を、そのままなぞってるね。学習能力が高い。流石だ。
「お、おいしい……」
「ワサビちゃんが効いてますね」
「色々改良したからな。味わってくれ」
「あれをつかって、こんなおりょうりがつくれるなんて……」
そして同じようにひとくち食べたヤナさん、またもやジーンとしている。
その様子を見て、子猫亭のみなさんも嬉しそうだ。
「これ、こんなにおいしいものがあるんですね……」
「このお店は、特に美味しいですから」
「いつか、みんなにもたべさせてあげたいですね」
もぐもぐと食べながら、ちょっとうるうるするヤナさんだ。
この感動を、みんなとも共有したいんだろうな。
「機会があったら、みんなで来ましょう。みなさん、もう外に出られるんですから」
「ええ。ええ……。いつかかならず」
そうして、ヤナさんはじっくりと味わいながら、料理を食べていった。
ヤナさんと二人、友人同士のないしょの食事会。
苦労して旅行の準備を成し遂げたことに対する、ちょっとしたお祝いだ。
たまには、こういうのがあっても良いよね。
◇
そして翌日、キャンプ場、フェリー、旅館、アクティビティを予約するため、電話をかけまくる。
キャンプサイトは電話予約のみなので当然なんだけど、旅館の予約も電話だ。
旅館をなぜわざわざ、ネットを使わずに電話予約するか。
これは一つのコツだったりする。
旅館やホテルは、電話予約枠というものを確保しているのだ。
ネットで検索して満室でも、電話予約すると良い部屋、わけありだけど安い部屋が空いていたりする。
そして、会話によって細かく要件を伝えることが出来る。
ちょっとした要望や懸念事項、宿がおすすめするサービスもその時コーディネートしてもらえたり。
こういうことがあるので、宿の予約においては電話をするということは結構重要なのだ。
というわけで、電話予約で無事海沿いの良い部屋を確保できた。
そして、一つのサプライズも仕込む。これは、当日のお楽しみだ。
エルフたちにも、親父や高橋さん、そしてユキちゃんにも内緒のサプライズ。
喜んでもらえたら良いな。
こうして、エルフたちの「海を見たい」という夢の実現のための準備はほぼ整った。
あとは、海竜ちゃんをつれてくるのみ。
それが出来れば、全ての準備は完了だ。
◇
――旅行前日、朝。
「それじゃユキちゃん、準備はいい?」
「……ええ。大丈夫です……。デスヨネ」
高橋さんの世界から海竜ちゃんを迎えに行くついでに、海竜ウォッチングをしようとユキちゃんをお誘いした。
電話を掛けたときは「行きます!」と凄い元気だったのに、村で高橋さんも一緒だと説明したとたん――どんよりとなった。
「おい大志、彼女大丈夫か?」
「正直わからない」
「おいおい……」
「フフフ……」
先行き不透明だけど、予定もあるのでとりあえず洞窟をくぐる。
薄暗い洞窟に「フフフ」とユキちゃんの声が響くのは、若干ホラーだった……。
そんなどんよりした一行を迎えたのは、高橋さんの故郷。
大海原に点在する島々に、リザードマンがのんびり暮らす世界だ。
「ようこそー!」
「タイシさん、おひさしぶりー!」
「さかなたべる? さかな!」
そしてさっそく、つたない日本語でリザードマンたちが出迎えてくれた。
彼らは、日本語をまあまあ扱えるのだ。
高橋さんが、彼らの世界に日本語を広めている。
だって、日本語が分からないと建設技術を勉強できないからね。
「わあ。リザードマンの子供……」
「可愛いでしょ?」
「ええ。とっても可愛いです」
どんよりモードになっていたユキちゃんも、このお出迎えにはほっこりしたようだ。
雰囲気がいつものユキちゃんに戻って、一安心だね。
というか、この島の雰囲気はまんま東南アジアの南国リゾート地だ。
違いと言えば、遠くに見える大渦と、悠々と泳ぐ巨大生物がいて……。
あとは島には恐竜もいるから、ちょっと気を付ける必要もあるか。
……あれ? めちゃくちゃ違う?
……まあ、東南アジアと高橋さんの世界の違いはおいといて。
海竜ウォッチングをしよう。
「それじゃ、さっそくだけど海竜ウォッチングに行こうか」
「魚は帰ってきてから食べようぜ」
「わかりました」
出迎えてくれた子供たちの頭をなでなでしてから、海竜ウォッチングに出かける。
可愛い海竜がたくさんいるから、きっとユキちゃんも喜んでくれるだろう。
◇
「ぎゃうぎゃう!」
「ふふふ……かわいいですね、この子」
「その子を今度、佐渡に連れて行くんだ」
「私も、この子のお世話をしても良いですか?」
「もちろん。お願い出来るかな?」
「ええ。任せてください」
海竜ウォッチングは、ユキちゃん大満足のアクティビティとなった。
島のそばにある岩礁に住みついている海竜のところまで船で行き、魚をあげる。
ただこれだけで、沢山の海竜が集まってくる。
海竜たちは首長竜と西洋ドラゴンを足して二で割ったような見た目で、とても人懐こい。
手から魚を食べたり、すりすりして来たり。
サービスで、ドルフィンジャンプならぬ海竜ジャンプも見せてくれる。
イルカショー並みの見応えだ。
彼らも高橋さんたちが作った橋を利用して、大渦を越えている。
そのせいか、かなり人慣れしているね。
とまあ、こうして人懐こい海竜たちと戯れ、楽しいひと時を過ごした。
そして島に戻ってきたあと、保護した海竜の子供とご対面。
その愛くるしい姿に、ユキちゃんは一発でめろめろになった。
みずから世話を買って出るくらい、めろめろだ。
……さりげにユキちゃんの仕事が増えてしまった。
どんどんユキちゃんの仕事が増えていくけど、大丈夫かな……。
まあ、気遣うしかないか。無理をしないよう、よく見てあげるしかない。
それはそれとして、そろそろ帰る時間だな。
「それじゃ、そろそろ地球に戻ろうか」
「そうだな。あっちでエルフとふれあう時間もいるしな」
「きっとエルフのみなさんも、この子を可愛がってくれますよ」
「ぎゃう」
海竜ウォッチングをして、海竜ちゃんと戯れて。
リザードマンたちと魚を食べて半日満喫した。
なかなか有意義に過ごせたと思う。
そうして息抜きが出来たことにほくほくしながら、高橋さんの世界をあとにする。
「またねー!」
「さかなあげる!」
「こんどはとまっていってね!」
洞窟に入るときは、リザードマンたちが見送ってくれた。
高橋さんの家族や親戚だ。
そしてでっかい魚をおみやげにもらったので、みんなで焼いて食べよう。
◇
「あや! みたこともないいきものです~!」
「海竜って生き物だよ」
「かわいいですね。さわってもだいじょうぶですか?」
「大丈夫ですよ。なでなでしてあげてください」
「ぎゃう」
村に帰って海竜ちゃんを紹介すると、エルフたちは驚きつつも、海竜ちゃんを可愛がってくれた。
いきなり仲良しさんになったね。
そして海竜ちゃんも、人にかまってもらえてご機嫌だ。
前ひれぱたぱた、しっぽふりふりでかわいらしい。
「ギニャ?」
「ぎゃう?」
「ばうばう?」
そして村にいる他の動物達も「きみだれ?」という感じで海竜ちゃんとご対面。
海に生きる動物と陸に生きる動物の、顔合わせだ。
お互い全く異なった環境に適応した生き物で、その違いに興味深々の様子。
「ギニャ~」
「ばうばう」
「ぎゃ~う」
すぐに打ち解けたのか、動物達は遊び始める。
じゃれついたり、よりかかったり。ぺろぺろ舐めて毛づくろいをしてあげたり。
海竜ちゃんと動物達が遊ぶ様子は、とてもほのぼのとしている。
「タイシタイシ。このかいりゅうさん、ハナたちといっしょにいくです?」
「そうだよ。水遊びは危ないこともあるから、彼に見張りをしてもらうんだ」
「まんがいちおぼれても、たすけてくれるということですか?」
「そうなります」
海竜ちゃんの役目はライフセーバーだからね。
海に生きる動物でとても賢く、とても頼りになる。
高橋さんと海竜ちゃんで、エルフたちの安全を守るわけだ。
万全の体制だね。
「明日出発ですが、それまでのひと時、この新たな仲間と親睦を深めて頂けたらと」
「なかよくなるです~」
「よろしくね。ぼくはヤナっていうんだ」
「ぎゃう!」
いよいよ明日、出発だ。
とうとうエルフたちが、外界に繰り出す時。
海竜ちゃんという新たな仲間も加わり、いっそう賑やかになった。
さあ、今日は早く寝て、明日に備えよう!