第七話 長野県産です
「毎周、こんなに雨が降るんですか!」
「いつも、これくらいです~!」
「だいたいこうですね!」
あたりはもの凄い雨で、大声で話さないと聞こえない。
今、そんな状況にある。
エルフの森に虫が必要ということで、とりあえず枯れた森にいないか探しに来てみた。
灰色になった時点で虫はいなくなったとのことだけど、ほんとうにダメモトで。
でも、大雨でどうにもならない。歩き回るのも難しい。
洞窟を抜けるとき、出口が見えてきたあたりからもう雨の匂いがしていて、さらに滝のような音が聞こえていた。
あわてて雨具を装備して、いざエルフの世界へ。
そうして洞窟を抜けると、案の定とんでもない大雨だった。
日本だと、集中豪雨とかそういう水準の大降りだ。
空には黒い雲が結構な速さで流れているけど、所々にある切れ目からは青空が顔を覗かせる。
その切れ目は豪雨と晴れ間の境界をくっきりと浮かび上がらせ、豪雨の壁が動いていく様子を観測できた。
そしてそこからは薄明光線――いわゆるエンジェルラダーが差し込み、うっとりするほどの幻想的な風景を形作る。
しかし、見るぶんには幻想的でも、そこに滞在するとなると大変だ。
灰色にサビた森では葉っぱが落ちているので、雨宿りする場所も無い。
「タイシ~! むしさんさがすの、むりです?」
「この雨じゃあね! 平原の人達でも、この時期は旅をしない理由が良くわかるよ!」
「あるくのもたいへんですからね!」
ハナちゃんとヤナさんは俺が渡したポンチョを着込んでいて、万全の体制だ。
雨が服を濡らすことも無い重装備なので、なんとか行動できている。
でも、なんとか出来ているに過ぎない。
これは、あきらめるか。
「そろそろ戻りますか!」
「もどるです~!」
「そうしましょう!」
そうして虫探しをあきらめ、村に戻った。
◇
残念ながら虫探しが出来なかったけど、気を取り直して次の方策へ。
旅行予算に色を付けるための、新商品開発を行う。
花の蜜と美味しい果実が手に入ったので、子猫亭になんとかしてもらうわけだ。
今回は甘味ということで、ユキちゃんにも付き合ってもらって子猫亭へと顔を出す。
子猫亭は、大将と息子さんが残って作業をしていて、奥さんは外出中だった。
店に飾る花を受け取りに行っているらしい。
しっかり者の奥さんが居ないので、つっこみも緩くなる。というわけで、わりとチャンスである。
さっそく新たな食材をお披露目してみた。
「……で、また謎食材を持って来て、俺らに何とかさせるわけだな」
「そうなります。何とかして頂けたらと」
「なんだかもう、慣れてきましたね」
大将は「ま~た変な物持ってきた」的なあきれ顔だけど、その目は食材に釘づけだ。
今までハズレ食材は提供していないから、そういう意味では信頼が出来ているぽい。
そして息子さんは謎食材の持ち込みに慣れつつあるようで、ふむふむといった様子である。
こちらとしては、しめしめだ。
「それでこれ、明らかに見たことも無い果物? ですね。どこ産ですか?」
「長野県産です」
「うそぉ」
息子さんが興味津々の様子で産地を聞いてきたので、ウソ偽りない真実を伝える。
これは長野県産でござる。
「大志さん、言い切ってますけど大丈夫ですか?」
長野県産を強く主張したら、ユキちゃんがひそひそと確認して来た。
もちろん問題は無い……と思う。
「長野県で育って長野県で採れたものだから、問題ないと思うよ」
「……さようで」
そう、問題は無い。……無いと良いな。無いよね?
「それでこの謎液体は、その謎球体と同じ謎植物の花から採った蜜だって?」
「長野県産です」
「それは分かったから……」
これでもかと産地を強調しておくけど、何もやましいことは無い……かも?
まあ、味見をしてもらえば一発だ。産地などは問題ではなくなる。
「まあまあ、とりあえず味見してみてください。間違いなく美味しいですから」
「なんか、騙されてる気がするんだよなあ」
「ささ! どうぞ!」
「お、おう……」
やましい事は無いけど、ちょっと感づかれそうになったのでゴリ押しでごまかす。
とにかく押しまくるんだ!
「……大志さん、そういう押しの強さはあるんですね」
「大抵これでごまかせるからね」
「ごまかせてますか?」
ダメだったかな?
まあ、なんとかなってるはず。問題は無いかな。
それより味見だね味見。
俺とユキちゃんがひそひそ話している間に、大将と息子さんはまず蜜を一口味見してくれていた。
さて、どうかな?
「……確かに美味い。でもなんでキャラメル味? これ、一次産品だよな?」
「長野県産です」
「わかったって」
「というか、さっぱりしたキャラメル味ってありえるんですかね……」
「ここにあるという事は、あり得るのではと」
そういや、キャラメル味ってこってりだよな。さっぱり味のキャラメルとか知らない。
あれ? かなりすごいんじゃない?
「……これは確かに使える。パフェとかにかけてキャラメルパフェとかな」
「キャラメルパフェって、甘すぎてくどくなりがちなんですけど、これを使えば……」
「わあ。それは美味しそうですね」
さっそく応用を考えてくれたけど、なるほどキャラメルパフェね。
よさそうな感じはするな。
ユキちゃんはもう目を輝かせているし。
若い娘さんだから、やっぱり甘い物は好きなんだろう。
……あ、さらに良い事思いついた。
近年夏の定番スイーツになってる、あれだ。
材料もちょうどそろってる。
「例の岩塩とこの蜜を使って、塩キャラメルパフェとかどうでしょう?」
「採用」
「作ってみます」
大将に即採用され、息子さんはいそいそと厨房に行ってしまった。
軽い思いつきだったんだけどな。
――そして十数分後、試作品が出てきた。
かわいらしいパフェで、綺麗に盛り付けられ蜜がたっぷりかけられていた。
「どうぞ、食べてみて下さい」
「では、いただきます」
「これは美味しそうですね! いただきます!」
パフェに目を輝かせているユキちゃんと一緒にいただきますをして、ひとくち。
――心地よい冷たさと同時に、アイスの甘みとバニラの香りが先駆ける。
続いて、ほのかな塩味と旨味で装飾されたキャラメル風味がアイスの甘みを包み込み、旨味のある甘さを主張する。
しかし、甘さがいつまでも残ること無く、柑橘系の香りを残してすっと引いていった。
キャラメルパフェはクドくなりがちなのに、これは後味引かないさっぱりさだ。
するすると食べられる。
「これは良いですね。クドくない」
「美味し~い!」
俺が一口食べる間に、ユキちゃんは大喜びで三分の一くらい食べていた。
その速さで食べて、頭キーンってならないのかな?
まあ、それくらい気にいったという事なんだろう。
「……塩加減はまだ改良の余地ありだな」
「もうちょっと細かく挽いた方が良いかも」
俺的には大満足だけど、大将と息子さんはさらなる改良を考えているようだ。
これ、工夫次第ではまだまだ美味しくなるのか。
そして大将は蜜の入ったビンを見つめ、真剣な顔をした。
「大志、この蜜ってどれくらい供給できるんだ?」
「必要であれば、このビンであと十本くらいは」
「あるだけ頼む。これは夏の目玉スイーツに出来る」
大将はやる気十分だ。目がマジだ。
ほらね、産地は問題じゃなくなった。
これで村の産品をひとつ商品化できそうなので、ほっと一安心だね。
あとは、この果物だな。まん丸唐草模様ちゃんだ。
「蜜が何とかなりそうで良かったですけど、この果物も味見してください」
「そうだな」
「マルカジリでどうぞ。長野県産です」
「はいはい長野県産ね」
俺がおすすめするままに、果物をマルカジリする大将と息子さん。
シャクっという小気味よい音がする。
そして、二人とも目を見開いた。
「おいこれ……本当に果物なのか?」
「中身が……メレンゲみたいですね」
そう、エルフ達大騒ぎのおいしい果物は、果肉がメレンゲみたいにふんわりとろける。
果肉の色は複雑で、象牙色、紫色、そして橙色がマーブル模様を描き、見た目鮮やか。
その味は複雑で、強いて言うならカスタード、ブドウ、マンゴー、ビワ等の風味がある。
なんだか、いろんな果物の味がまろやかに混ざっているような……そんな味。
甘さは抑え目だけど、風味は濃いめでしっかりしている。
そして外側の皮から一センチくらいは、梨のような味と触感。
いろんな果物の味がして、食感はシャクシャクふわとろという不思議フルーツ。
それは、エルフ達が大騒ぎするのも納得の美味しさ。
ちなみに、皆でキャーキャーと果物を拾っているとき、ぴかぴか光って何個か消えていた。
神様も果物拾いに参加してるとか、震える。
ちょっとそれ、神様としての威厳が……。
まあ、ゆるくてかわいらしい神様だね。
「さっきの蜜も驚いたが、こりゃあ……」
「……種があるので、人工物じゃないみたいですね……」
そんな謎フルーツを食べた大将と息子さんは、唖然としてしまった。
俺も最初食べたときは驚いたから、無理も無い。
こんな果物は、地球には無いからね。
不思議な食感と色んな果物の味が楽しめる、美味しい謎食材だ。
「……これさ、下手に加工しない方が良いぞ」
「そのまんま食べるのが、一番ですね」
あれ?
プロの料理人が二人とも、そのまんまが良いって言っちゃったけど。
「マルカジリしたほうが良いですかね?」
「ああ。これはこのままが一番うまいと思う」
「正直、これ以上美味しく加工するとなると……今は思いつきません」
この果物をそのまま売ると騒ぎになりそうだから、加工食品としてごまかしたかったけど……。
そのまんまだと、売るのは難しい。
「調理加工は難しいですかね?」
「ああ、もうこれで完成してる。下手にいじると、このうまさの均衡を崩しちまう」
「料理人としては、足したり引いたりしてみたいですけどね。でも、繊細過ぎて一朝一夕には無理かと」
二人とも、これをどう加工したらよいか思いつかずに、うんうんと唸っている。
どうやら、相当繊細なバランスの上に成り立つ味と食感のようだ。
そのおかげで、下手にいじれない、と。
「……無加工じゃ売れないよね?」
「ぜったい出自を詮索されますよこれ」
「だよねえ。商品化諦めるしかないかな……」
またもやユキちゃんとひそひそ話をする。
顔を寄せ合うとなんだか良い匂いがするけど、女子力高いなあ。
あれだ、理想の女の子の匂いって言うやつ?
「……あ、果物として売れないなら、加工済みのスイーツですって事にしたらどうでしょう?」
良い匂いだなあと思っていると、なんだかよさげな提案が。
なるほど、現時点で職人が手間かけて作ったスイーツっぽいよね。
なら、果物としてではなく、あたかも手間かけて作りましたって感じで売ってしまえば……。
「越後屋、おぬしもワルよのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
ユキちゃんと顔を寄せ合って、ぐっふっふとやりとりをする。
悪代官ごっこだ。山吹色のお菓子はないけどね。
「それで二人とも。イチャつくのは良いけど、この果物どうするんだ?」
イチャイチャしていたわけではなく、悪だくみをしていただけだけど……。
まあ、今ユキちゃんから出たアイディアを提案してみよう。
「この果物ですけど、完成品のお菓子として売れません?」
「え? なんでそんなことをする必要が?」
「そうする意味がわからないですけど……」
俺の提案に、大将と息子さんは困惑顔だ。
まあ、こっちの内部事情を知らなければ、そう思うよね。
なんでそうしたいか、ちょこっとひねった案にして、納得してもらおう。
「だって、これを果物だって言っても信じてもらえませんから」
「まあそうだな。完成品スイーツとか言われた方が、まだ納得できるわこれ」
「でしょ?」
「確かに」
大将と息子さん、うまい具合に言いくるめられている。
この調子で押していこう。
「この果物はあまり数も取れませんので、限定スイーツとして個数限定販売をですね」
「……出来なくもないな」
「四分の一に切っただけで、もう手作りスイーツぽくなりますね」
良い感じに誘導できている。しめしめ。
あとは、トドメの一言だ。
「お菓子として売れば、単価も上げられますよ」
「おっ! それは良いな」
「なるほど」
果物として売ると単価は低いけど、完成品のお菓子として売れば単価があげられる。
ただの果物に高価なお金を払う人はそう居ないけど、高級スイーツに高いお金を払う人はたくさんいる。
そういう意味でも、ユキちゃんの案は使える。
あとは……これを完成品のお菓子として売るなら、一点気を付けてほしいことが。
「それで……もしお菓子として売るなら、種は取り除いてほしいですね」
「まあ、種があったら怪しまれるよな」
「取り除くのは、それほど手間でもないですね」
種は中央部に集中しているから、ちょいちょいと取り除ける。
大将と息子さんも、それで問題はなさそうだね。
「それでは、そういう事で」
「ああ。これは完成品のスイーツだ」
「果物ではないですからね」
大将と息子さんに確認を取ってみたが、問題ないようだ。
なにせ、単価が上がるからね。
ぐっふっふと三人で顔を見合わせる。
「悪い大人が三人も居ますね」
……元はと言えば、ユキちゃんのアイディアなのに。
◇
白いお花スイーツは無事商品化できたので、旅行の予算にも余裕ができた。
売れ行きにより発注量が増減するので、子猫亭の頑張りに期待だ。
まあ、そんなにたくさんは供給できないので、ほどほどが良いけど。
「予算に余裕が出来ましたので、最終日は旅館に泊まれそうですよ」
「そのりょかん? というのは、どんなところでしょうか」
「こういうお料理が出て来たりします」
「おおお!」
参考程度に、適当な旅館の夕食の写真を指さしてみる。
鍋に陶板焼きに、刺身にカニ一杯丸ごと。
他にも副菜沢山、ご飯沢山、伊勢エビの鬼殻焼きもある。
……これで宿泊費一万二千円なの? 凄いな。
あ、温泉設備も充実してるな。
他にも部屋から海が見えるとか、値段の割には良いのでは。
「温泉もありますね。これです」
「おおおお!」
「さらに、部屋から海が一望です」
「おおおおおおお!」
ヤナさん旅館の写真に首ったけになってしまった。
まあ、予算が許す範囲で、宿に泊まれるなら考えてみてください。
「それと、水着の方はどうですか?」
今、女性陣を集めてユキちゃんがあれこれやってくれている。
任せておけば、何とかしてくれるだろう。
俺の方は、もう大体サイズ感を見繕ってあるので、あとは柄を聞くだけだ。
「あ、それならまとめておきましたので、ごらんください」
「もう要望をまとめてたんですね」
「ええ。いろがらをえらぶだけですので」
男は簡単だからね。……誰それはどの柄、というのがまとまっているね。
各人の写真の裏に、指定柄が番号で書いてある。
これなら発注は簡単だな。
家に帰ったら発注しておこう。
「ただいまです~」
「ただいま」
「ふが」
「あらあら」
「お邪魔します」
そうしてヤナさんと予算を話し合ったり、旅館はいけそうかとあれこれ会議をしていると、女性陣が帰ってきた。
ユキちゃんも一緒なので、状況を聞いておこうか。
「ユキちゃん、水着の方は大丈夫だった?」
「ええ。皆さんそれぞれ、好みの水着を選びましたよ」
「かわいいやつ、みつけたです~」
「ひもみたいなものもありましたね。えらぶひとはいなかったですけど」
ハナちゃんは可愛い奴を選んだみたいだけど、紐みたいなやつもカタログにあったんだ。
まあ、実際それを選ばれたら目のやり場に困るだろうから、一安心だ。
「発注はどうする?」
「あ、私がしておきます。配布もしますので、お任せください」
「それはありがたい。お願いしても良いかな?」
「お任せ下さい」
どうやらすべてをやってくれるようなので、ありがたくお任せだ。
というか、女性用水着を発注して各人に配布って、俺がやるのは抵抗あるからね。
ほんと助かる。
「あ、それとシュノーケルも良いのが有りましたよ。これです」
「どれどれ。……面白い形してるね」
「顔全体を覆って、鼻でも呼吸ができるものです」
「お、良いねそれ」
ユキちゃんが見せてくれたカタログには、顔全体を覆うらしい最新のシュノーケルがあった。
たしかにこれなら、シュノーケルをくわえなくても良い。
そのおかげで、各人で使いまわしもできる。
面白い製品があるもんだ。
「それじゃ、これもあわせて発注しようか。クレカを渡しておくから、これで買ってね」
「わかりました。カードは慎重に扱いますので」
「色々してくれて助かる。ほんとありがとうね」
「いえいえ」
計画もどんどん進んできて、装備もそろい始めた。
もうちょっとしたら、出発日を決めて各所の予約をしよう。
いやはや、順調順調。
「タイシ、タイシ」
そんな感じでほくほくしていると、ハナちゃんが服のすそをクイクイ引っ張ってきた。
……なんだろう?
「ハナちゃん、どうしたの?」
「タイシ、みこしはどうするです?」
(のりもの~)
――あ! 忘れてた!