第十話 冬? なにそれ美味しいの?
「……ところで、ふゆってなんですか?」
この何気ない質問に、俺は嫌な予感がした。まさか、まさか……。
彼らが住んでいた環境の、季節について確認してみよう。
「ええと、皆さんの住んでいた所なんですが、決まった時期、それなりの期間とてつもなく寒くなるってことはありました?」
「ないですな」
「ずっとおんなじ」
「はっぱのおうちでも、まぁさむくはないですね」
ずっと同じ気温。葉っぱの家でも寒くは無い、と。
ほぼ嫌な予感は当たっているけど、悪あがきでもうちょっと確認しとこう。
「今くらいの暖かさでしたか? 年中」
「ここよりもっとあったかかったかな」
「わたしらのすんでいたもりより、ここはけっこうさむいです」
「だからきのおうちなんですかね」
今は春でかなり暖かいのに、それよりも暖かいのか……。
……まだだ、まだ試合は終わっていない。
「空から雨ではなくて、氷みたいなのが降ってくるとかないですかね」
「こおりってなんですか?」
もう諦めようか……。
彼らの住んでいた世界か地域には、季節の変化が無い。
ずっと同じ気候で、こちらの春よりもっと暖かい気候だった。
――という事は、一年中温暖であり冬が来ないという事か。
ヘタすると雹すら降ってこない程安定していたのかもしれない。
惑星の地軸が傾いていないか、赤道に近いか、地形が関係しているのか。
そのいずれかは分からないが、とにかく冬というものを知らないという事になる。
こちらの冬というものを教えておかないと、まずいな。
「……ええとですね、ここは一年のうちあるきまった時期のそれなりの期間、ものすごく寒くなるんです」
「ものすごくさむい?」
「ええ、何の準備もしていなければ数時間でアレなことになるくらい」
スキー場ですらコースから外れ遭難してしまい、危なかった、という話を聞くくらいだ。
この村だって、暖房の準備をしっかりしていなければまず冬は越せない。
「すうじかんで……?」
「ええ、もうあっという間にアレです」
ヤナさんもいまいち理解できないようだ。そんなことあるの? という顔だ。
冬の気温は摂氏マイナス十℃以下が普通で、寒い時はマイナス二十度を下回る。
ここは、現代でも油断すれば危ない地域だ。
毎朝日常的に細氷、いわゆるダイヤモンドダストが見られる位だ。
そのため、冬を耐えるための色々な知識と経験、さらに装備が無いとほんとうにごくわずかな時間で危険水域になる。
「その……さむくてアレなことになる、というのが、いまいちわからないのですが……」
それほど気候が安定していたのかな?
……これは、説明に苦労しそうだ。
「冷たい川にずっと入って居たら、体が震えますよね?」
「ええ」
「その何倍も温度が低くなります。知ってますか? 水は冷えすぎると固まるんですよ?」
「「「ええええええ」」」
半信半疑のようだが、いずれ嫌でも体感することになる。
ここでは、危機感だけは持ってもらおう。
「あまりに寒いので、動物は殆ど居なくなり、植物は実を付けません。その期間、植物は枯れたり成長が止まったりして食べ物は何も採れなくなります」
とりあえず冬になるとどうなるのかだけ説明してみたけど……。
「あわわわわわ」
「もりがー! もりがー!」
「たべものがー!」
「まて、まだあわてるじじじかんじゃななななななないひえええええ!」
エルフ達はぷるぷる震えはじめた。森が枯れたトラウマが蘇ったのだろうか。
そして恐慌状態である。
――明らかにトラウマを刺激してしまった……。
しかし慌てる時間じゃないと言っている人が、一番慌ててどうするの?
でも、まだまだ冬の厳しさは本当には分かってはいない気が……。
雪が二メートル近く積もるので、朝起きたらなにもかも雪で埋まってたとか、車が凍っていてドアが開かないとか、寒さ以外にもいろいろ大変なことが満載だ。
「まぁそんな状態になりますので、その間耐えきるために、沢山食べ物と燃料を貯めておかないといけないんです」
「そんなことがかのうなのですか……?」
ヤナさんが聞いてきた。長期間耐えられるだけの蓄えをする、これは常に食料を採取できる環境に住んでいたら、なかなかわからないかもしれない。
温暖な気候であれば、下手に貯蔵すると逆に食料が傷んでしまう。
年中採取できるなら、無理して貯蔵しないほうがかえって良い結果になるよね。
蓄える習慣がないのは、それはそれで一つの知恵だと思う。
――だがここではそうもいかない。なんとか頑張ってもらおう。
「ええ、そのための農業であり、保存食を作るやり方も伝授します」
「われわれでもなんとかなりますか?」
「こっちに住んでいる人は皆当たり前にやって来たことですので、皆さんでも大丈夫ですよ」
そう思いたい。冬の厳しさを伝える方法は幾つかあるので、いずれ皆にも体感してもらい、実感をもてるようにしたい。
「幸いにも冬が来るのはまだまだ先です。準備する時間は十分にありますのでがんばりましょう」
いまいち不安が抜けていないエルフ達だけど、今はそれも仕方ない。
農業をやってもらって大量に食料を作ることが叶ったら、その不安も払拭されると思う。
まあ、地道にやるしかないかな。
そんな、冬の話を聞いてぷるぷるしている大人達とは対照的に、ハナちゃんはじめ子供らは眠くなったのかこくりこくりと船をこぎ始めていた。
食べた後は眠くなる。子供ならなおの事か。
……あまり長話につきあわせるのも忍びないので、子供らは別室でお昼寝をしてもらうことにしよう。
「子供たちは、別室でお昼寝してもらいましょう」
「そうですね。あまりむりさせても、かわいそうですし」
「こどもはねるのもだいじだよね」
「じゃ、はこんであげよう」
ヤナさんや他の大人達も手伝ってくれて、無事子供たちは別室でおねむとなった。
しかし――。
「すぴすぴ」
ごろん。ずげしっ!
「うげっ!」
かわいく寝ていたハナちゃんが、おもむろに隣の子供に爪先蹴りをかます。
猛烈な寝相の悪さだ……。そして隣の子は災難だな……。
ちょっとハナちゃんを、周囲から離しておこう。
そして再配置の後、子供らが寝入ったのを確認した。
その後大人たちは会議を再開したけど、ある程度の方針を決めるまで会議は延々と続いた。
◇
ある程度会議が進んだところで一旦休憩とし、その間に中間報告するために親父に電話を掛けた。
「親父、大変なことが判明した。彼ら冬を知らない。たぶん常春のところからやってきたんだ」
『あ~そういう感じか。おれん時もたまにあったよそれ。苦労したぜ』
やっぱ大変か。冬を知らなければ、半年生きていけるほどの備えをするって感覚も養いにくい。
親父が苦労したぜというくらいだから、三十人位居る今回はもっと大変だろう。
「どうすりゃいいかね」
『まあ越冬は地道にやるしかないさ。俺も手伝うけど、無理はするなよ?』
「ああ、気を付けとくよ。しかしお袋が居りゃ、いろいろ助言もらえたんだけどな……」
お袋はなんか民俗学者だかで、たまにふらっと研究の為数か月家を空けることがある。
今回もふらりと出かけたまま、もう半年ほど帰ってきていない。
『あと数ヶ月はフィールドワークだってさ』
「学者も大変だね」
『好きでやってることだから本人は大変だと思ってないだろうさ』
「そうだね」
お袋はたまに家に帰ってきたと思ったら、不気味な木彫り人形とか、信号待ちが若干減る幸運の石とか変なものをお土産に持ってくる。
そして延々と始まる、変な部族の観察記録話。その姿を思い出しても、確かに楽しそうだった。
ちなみに信号待ちが若干減るという幸運の石、本当に若干減る。
でも……効果が微妙すぎてなくても殆ど変わらない。
それはさておき、民俗学者だからエルフ達の生活を見てもらって、何か助言でももらえたら助かったんだけど……。
まあ、居ないものは仕方がない。電話も通じない所に行ってしまうので、連絡も取れない。
たまに一方的に電話がかかってきて、予定を聞く位だ。
『俺の方でも手伝ってくれそうなツテ探しとくから、それまでは俺らでなんとかするしかねえな』
「わかった。ツテ探し頼む。それじゃいったん切るよ」
『がんばれよ。そいじゃ』
親父はこんな状況でも何とかしていたそうだから、手伝ってもらえれば何とかできるだろう。
というより、何とかしなくてはならない。色々考えなければいけないなあ。
◇
親父と話したあと、スマホをしまって集会場に戻ると……。
「タイシさん、なんかそとでひとりごといってるよ……」
「つかれてるのかなぁ……」
「ちょっとタイシさんにくろうかけすぎたんじゃねえの?」
「つかれをとってあげよう」
「んだんだ」
あれ? エルフ達がなにやらひそひそ話をしている。どうしたのだろうか。
「あ、タイシさんタイシさん。ささ、こちらにどうぞ!」
「とくいのかたもみするぜ」
「おれはとくいのあしもみしちゃうよ」
「じゃあおれはあしつぼ」
俺の姿を見るなり、わらわらと集まってくる。エルフ達が妙に優しい。どうしたんだろうか。
そしてムキムキマッチョエルフたちが手をワキワキさせながら群がってくる。逃げなくては。
しかし、まわりこまれてしまった!
「遠慮しときま……うっそ気持ちいい! 特に足つぼ!」
拒否する間もなくマッサージが始まった。