第十一話 だって生き物だもの
――エルフの森が花満開になったでござる。
この件について厳粛な会議を行った結果――。
お花見をしましょうと言うことになった。
気にしても無駄なんだから、どうせなら楽しもうぜ、という高橋さんの意見が採用された。
というか、起き抜けに写真を見て「お、凄えじゃん。花見しようぜ」だもんな。
そしてその提案は実に良いね。
異世界の花が満開になった風景を見ながら一杯やるなんて、最高じゃ無いか。
◇
「いやはや、まさかこんなことになるとは……」
「はいをまいてるそばから、おはながさいたです~」
「そしたらですね、うれしくなっちゃって」
「あるだけ、はいをまいたです~!」
そうだよね。森がみるみる元気になっていく様子を見たら、嬉しくなっちゃうよね。
そして、有るだけの灰を撒いちゃったというわけだ。
ヤナさんは「やっちゃった」的な顔をしているけど、皆約束を守ってくれただけで。
悪いのは忘れてた俺だからね。
「これは良い出来事だと思いますので、お気になさらずに」
「そういっていただけると、こちらとしてもうれしいですね」
「こんな綺麗な花が咲いたんですから、めでたいかもですね」
「そうですね」
ヤナさんをフォローしたけど、ほっとした様子だ。
でも、止めなかったってことは、ヤナさんも花が咲く様子を見て嬉しくなったんだろうな。
俺もその場に居たら、きっと嬉しくなって止めなかっただろう。
そしてハナちゃんを含めエルフの皆も、花満開の森を見て嬉しそうにしているわけで。
だから、これで良いんじゃないかと思う。
カナさんなんて、もう写生を始めている。
写真も良いけど、手書きの絵でこの風景を残すのも、趣があるね。
「しかし、こりゃあ見事だなあ」
「お花の良い匂いがしますね」
「大志、なんかクラゲみたいのが噛みついてきて離れないんだけど」
実際に花満開の森を目にした地球側メンバーも、その色とりどりな花が咲く風景に目を奪われていた。
高橋さんは、花冠みたいなのをまとったクラゲ風植物に甘噛みされてるけど。
背が高いと浮遊しているクラゲちゃんに当たることがあるので、良くあることだね。
俺もたまに噛まれる。
しかし、栄養補給の結果こうなったんだろうとは思うけど、元いた森ではこんなことは起きていたのだろうか。
ちょっと聞いてみよう。
「ちなみに、こういうのって元の森では起きてました?」
「ないですね」
「ふが」
「おばあちゃんも、みたことないっていってるです~」
こんなに一気に花が咲く現象は、見たことが無いと。
あっちの世界では起きていなかった現象が、ここでは起きたわけだ。
……この村の土壌はあっちの世界の土壌より栄養は少なかった。
全然足りないと言っても良いだろう。
栄養を与えたら見事に元気になったように、そう考えるのが普通な所だ。
でも、栄養たっぷりの土壌を持つあっちの世界では、こんなことは起きて居ない。
それどころか、森はサビてしまった。
一体、これが意味することはなんだろうか?
そして、これほどの栄養を必要とする植物なのに、大して栄養のないこの土地でも、一晩で森が広がったりもする。
……う~ん。なんだろ。
こっちの土壌には栄養が足りてない筈なのに、どうして森は一瞬で広がるのだろうか……。
ハナちゃんの力なのかな?
――いやでも、ハナちゃんが関係していない時でも森は広がってたよな。
マイスターが張り込みしたとき、広がってた。
なんだろな?
「タイシ、どうしたです?」
俺がうんうんと矛盾に悩んでいると、ハナちゃんがぽてぽてとやってきた。
白くてでっかい花を持っているね。
ハナちゃんにも、ちょこっと話してみようか。
「いやね、お花が沢山咲いたのは、土というか森に栄養を与えたからだと思うんだよ」
「それっぽいです~。はいをまいたら、いっきにさいたです~」
「でもね、栄養を与えていない時期でも、森は一晩で出来ちゃったりしたよね」
なんにもしてないのにこれほど大きくなれるのに、なんで花は咲かなかったんだろう。
そこら辺が良くわからない。
「あえ? えいよう、あたえてなかったです?」
「特にそういうことはしてなかったと思うけど」
「あえ?」
あれ? ハナちゃんが首を傾げて、「あれれ?」みたいな顔をしている。
え? 俺とハナちゃんで認識に相違がある?
「タイシ、おやさいつくるときにまいてたの、えいようじゃなかったです?」
……ん? 家庭菜園に撒いてる苦土石灰と肥料かな?
あれは確かに栄養だけど。
でも、森に撒いたりはしてないよ?
「あれは確かに、野菜が必要とする栄養だけど。でも、森に撒いたりはしてないよ?」
「もりができたときも、ひろがったときも、かていさいえんからひろがったですよ?」
あっ!
「あのもり、かていさいえんにまいたえいよう、つかってたかもです?」
…………。
――謎、解明。
そうだよ、そうだよ!
最初に森が広がったとき、ハナちゃんの自白により家庭菜園の真ん中ら辺に植えたことが判明している。
そして、マイスターも家庭菜園に光る枝を挿した。
家庭菜園を大きくはみ出して成長しては居るけど、その爆心地は二回とも――家庭菜園内じゃないか!
栄養それなりの土が、そこにあったんだ――。
だから、そこそこ成長できたのかも?
「あえ? ちがうです?」
「……ハナちゃん――良く気づいたね! 偉いよ~!」
「あってるです?」
「多分ね! 俺もそうだと思う!」
「よかったです~!」
そうだ、森は家庭菜園にある栄養を使って、そこそこ成長できたんだ!
でも、野菜を作る為のそこそこの栄養だけだったから、伸び悩んだんだ!
そこに、今回たっぷりの栄養が爆撃された。
――そりゃ、花も咲くってもんだ。
何も栄養を与えないで育ったわけじゃ、なかったんだ。
家庭菜園には、エルフの森が必要としている栄養が、そこそこ撒かれていたんだ――。
「ハナちゃん有り難う! すっきりした。良く気が付いたね」
「えへへ」
これが他の謎の解明につながる物かは分からないけど、一歩前進したことは確かだ。
エルフの森は、栄養を必要としている。
森が出来たって安心してちゃ、だめだったんだ。
異世界の植物で爆発的な成長力を持っていたって、生き物なんだ。
超常的な現象に目を奪われていたけど、この森だって――生きているんだ。
食べ物は、必要だったんだな……。
「……ハナちゃんのおかげで大事な事に気づけたよ。有り難うね」
「わーい! タイシのやくにたてたです~!」
ハナちゃん大喜びだ。手に持ったおっきな白い花を抱えて、ぴょんぴょん跳ねている。
……その花だって、森に栄養を撒く前には咲いていなかった種類の物だ。
栄養がたっぷり与えられたから、こういった大きな花を維持出来るようになったのかも知れない。
森に、余裕が出来たんだ。
そして、花が咲いたと言うことは、それがやがて実となる。
これは、やがて来るだろう実りにも、期待できるかも。
灰を撒こうと言ったことを忘れてしまってやらかしたけど、結果良しだ。
失敗が、一つの成果につながった。
こういう失敗なら、やって良かったと思える。失敗からでも、発見出来ることはあるんだな。
良い勉強になった。ハナちゃんのおかげだね。
「でも、良い勉強になった。ハナちゃん、お礼になでちゃうからね~」
「うふ~」
そうしてたれ耳ハナちゃんと、暫くキャッキャしたのだった。
◇
「ぐふふ~」
「きょうはいちだんと、ぐにゃりましたね」
「気づいたらこうなってまして……」
自立できないほどにハナちゃんがぐにゃってしまったので、ヤナさんとカナさんが回収していった。
しかし、ぐにゃりながらもあの白い花は手放さなかったな。
あれ、なにか大事な花なんだろうか?
マイスターに聞いてみればわかるかも。
ちょうどそこに居るし。
「もしもし、ハナちゃんが持ってたあの白い花って、何か大事な物なんですか?」
「ああ、あれはあまくておいしいはななんだ」
甘くて美味しい? 花を食べるの?
「じっさいにやってみるとわかるじゃん?」
マイスターがスタスタと森に入っていき、暫くして花を二つ持ってきた。
ハナちゃんが持ってた奴と同じ種類の白い花だ。
ひとつを俺に渡してくれた。うん、でかい。
「ここんところに、あまいみつがあるんだよ」
そうして、マイスターは花に手を突っ込んでごそごそやっている。
……どれどれ、俺もやってみるか。多分蜜腺があるはず……あった。
けっこうな量があるな……。
「これですか?」
「そうそう。これがうまいんだ」
そうしてぺろっと手で掬った蜜をなめるマイスターだ。
俺もやってみよう。
結構透明な蜜だな。これは癖が無くて美味しいかもしれない。
それじゃ、味見をば。
――おいこれ、キャラメルっぽい味がするぞ。
しかも歯にくっつかずに、するりと口の中に広がる。
後味はさっぱりしていて、ほのかに柑橘系の香りが残るね。
「これは美味しいですね。そりゃあ、ハナちゃんが大事に抱えるわけだ」
「でしょでしょ? このはな、おれたちがいたもりじゃめったにさいてなかったんだ」
「滅多に咲いていない花なんですか」
「そうそう。でも、いまやまんかいだぜ。そりゃうれしくもなるじゃん?」
枯れる前の森では希少だった、美味しい蜜を出す花というわけか。
それが満開なら、嬉しいのも当然だね。
――あ、これをホットケーキのシロップ代わりにしたら、美味しいんじゃ無い?
花見の時のおやつにしたら……皆喜ぶかも。
ちょっくらユキちゃんとナノさんに提案してみよう。
またユキちゃんを働かせることになるけど、それはいずれ埋め合わせるという事で。
◇
「出来ましたよー」
「こっちもやけたの」
ユキちゃんとナノさんが白い花の蜜を使ったホットケーキ焼いてくれている。
皆でそれを食べながら、お花見としゃれこんだ。
思った通り分厚いホットケーキはキャラメル風の味がして、とても美味しかった。
甘さがくどくないので、量があっても食べられる。これは良い。
「これはおいしいですね」
「ぐふ~」
「ハナ、そろそろもどってきなさい」
ハナちゃんはまだぐにゃって居たけど、自立は出来るまでに回復したようだ。
美味しそうにホットケーキを食べている。
「しかし、この花の蜜は本当に美味しいですね」
「あのはいをまくと、ほんとにもりがげんきになりますね」
「まあ、様子を見ながら灰を撒くのを続けましょうか」
「それがいいですね」
まだ灰を撒いていない区画があるので、そこもおいおい撒いていこう。
……あっちの世界で雨が上がって、観光客がまた来たらビックリするだろうな。
また、観光客が来るのが楽しみだ。
「はい、神様の分焼けましたよ。三段重ねの特別品です!」
(すごそう!)
「おそなえするです~」
(やたー!)
観光客が驚く様子を想像してニヤニヤしていると、お供え用のホットケーキが焼き上がったようだ。
ユキちゃんのプライドを賭け、特製三段重ねの力作がそこにはあった。
「では、お供えしまーす!」
(ありがと~!)
今回はユキちゃんが手ずからお供えをしたけど、ふんわりした光と共に速攻でお供え物は消えた。
……また食器持ってっちゃったけど、まあ良いか。
神様の所、食器だけ溜まっていってる気がしなくも無いけど……。
「おはながたくさん、きれいでいいわね~」
「いいにおい~」
「このおはなも、おいしいのよね」
そして神様のお供え風景を見守った皆さんも、また花見を再開していた。
のんびりゆったり、美しい花を楽しんでいる。
「ギニャ~!」
「ニャ~」
「ばうばう」
そして動物達も、花が咲き乱れたのが嬉しいのかはしゃいでいる。
走り回ったり、のんびり寝転がったり。
なんだか、以前より動物達も活力があるような気がする。
自然が力を付けるという事は、そこに寄り添う生き物にも力が付くのかもしれないな。
良い影響が巡っていて、嬉しく感じる。
……しかし、俺にはやっぱり、一つ気になる事があった。
ワサビちゃんは、いまだに芽を出さない。
エルフ達はワサビちゃんの所にも灰を撒いたそうだけど、ここだけは変化が無い。
ワサビちゃんが必要とする物は、また――別の物なのかもしれないな。
こればかりは、要観察だ。
この森もワサビちゃんも、まだまだ分からないことが沢山ある。
これからも彼らの習性を観察していって、一歩一歩進めていきたい。
「色々至らないところがあるけれど、これからもよろしく」
手近にあった一本の木を撫でて、軽く挨拶をする。
この森も、村の仲間だ。大事にしていこう。
そうして、木というか森? に挨拶をしたら――「ぽん!」と花が咲いた。
今撫でていた木だ。
「え! なんか咲いた!?」
いきなり花が咲いた事に驚いていると、「ぽん! ぽぽん!」と次々に花が咲いていく。
「あや! またはながさいたです!?」
「ぽんぽんさいてるな」
「どうしたのかしら?」
皆も花がぽんぽん咲く様子に驚いているけど、俺もビックリだね。
もしかしたら、森が――返事をしてくれたのかもな。
そうだったら、素敵だと思う。
◇
こうして観光客ラッシュから始まり、森が花を満開にして一通りの騒動は終わった。
終わったというか、次の騒動の始まりなのかも知れないけど……。
でも、とりあえず一区切りだ。
観光客はまだ大雨で来れないから、しばらく村は落ち着くだろう。
そしてこれから夏が本番となり、暑さもピークを迎える。
ここらで一つ、夏休みにしよう。
最近働きづめだったから、皆でエルフ達と一緒に夏休みだ。
村の日常業務や畑、田んぼの様子を見る必要はあるけど、皆でのんびりしたいと思う。
近年異常気象のせいか、この高原ですら真夏日になったりする。
そんな暑いときに頑張りすぎるのは、あまりよろしくない。
というわけで、次の観光客が来るまではのんびりしよう。
エルフ達と一緒に、高原の夏を満喫しましょうかね。
……のんびりできるよね? まさかね。
これにて本章は終了となります。お付き合い頂き有難うございます。
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