第十話 忘れてたこと
――神様が複数いるっぽい。
平原の族長さんから聞いた話は、そんな考えが浮かぶ物だった。
しかし、そうだとも言い切れない。
他の森に行って、儀式に参加すればわかるかもしれないけど……。
あいにくと、今はこの村のことで精一杯だ。
とりあえず、情報を集めることにしよう。
今は目の前のことに集中して、平原の人達を旅に送る準備をしなければ。
◇
「おはだ、トゥルットゥルだわ!」
「これはすごいわね!」
「キャー!」
今、村は平原の女子エルフ達と村の女子エルフ達が大盛り上がりしている。
ユキちゃんがとうとう化粧水を量産して、納品したからだ。
「これはこれは、まさかこのとしになってトゥルットゥルになるとはねえ」
「ふが」
「あらあら」
そしてお婆ちゃんズもトゥルットゥルである。
効き目凄い。
「タイシタイシ~。ハナもおはだすべすべです~」
「これ、ききますね!」
そしてハナちゃんもお試ししたのか、今までもお肌つやつやだったのにもっとツヤツヤになっていた。
カナさんもつやつやで、つやつや親子の出来上がりだ。
「ハナちゃんつやつやだね~」
「あい~! つやつやです~!」
「おんせんにはいったあとが、とくにきくんですよ!」
カナさんが興奮気味に、特に効能が出る使い方を説明してくれた。
美の追求に余念ががないようで……。
そして、女子エルフさん達が大盛り上がりしている中で、燃え尽きている人が居た。
ユキちゃんだ。
「ユキちゃんお疲れ」
「はふ~……。何とかなりましたね。魔女さんも増幅石が手に入って、大喜びでしたよ」
「喜んで貰えたなら、良かったよ」
「喜びすぎて空を飛んでましたから」
「飛べるんだ……」
かなりの発注量だったのを、ユキちゃんと魔女さんがなんとかして間に合わせてくれたわけだ。
おかげで、しばらくユキちゃんは村にも来れず化粧水生産のお手伝いにかかりっきりになる羽目に。
そして魔女さんには代金として増幅石を何個か渡したのだけど、喜んで貰えたようだ。
飛んじゃうくらいだからね。やっぱり魔女だから、ほうきで飛ぶのだろうか。
まあ、それはそれとして。
頑張りすぎたユキちゃんは、ちょっとやつれていた。
家の手伝いに化粧水生産、あとはその他諸々の仕事にと、ちょっと働かせすぎなきらいがある。
若い娘さんなのだから、ちょっとかわいそうだなと思うな。
かなりの部分が彼女の好意でやって貰っているので、甘えすぎてしまったかとも思う。
ここは何か一つ、お礼でもしておかないと。
……とはいえ、何が良いかは良くわからない。
本人に聞くのが一番かな?
「がんばったユキちゃんに、何かお礼でもしようと思うけど、何かあるかな?」
「あ……いえいえ! お仕事ですのでそこまで気を使ってもらわなくても……」
「それにしても、さすがにここまで手伝ってもらって何も無しじゃ、俺や親父が納得できないわけでさ。沽券に関わるというか」
受けた恩は返すのが義理だというのもあるし、貴重な女手を逃したくないという切実な理由もあるけど。
俺と親父、それと高橋さんのガテン系三人組の発想は、それなりに脳筋であることは否定しがたい物がある……。
「私もこの仕事結構面白くて気に入ってますから、お気になさらずに」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ここは俺の顔を立てると思って、何か一つでも!」
「え、ええ……?」
手伝ってくれるのは有り難いなー、で終わらせたらいかんのだ。
相手が良い人なら、尚のこと。良い人は、逃してはならない。
「……そ、それでは、何か思いついたらお願いしちゃっていいですか?」
「出来る事なら、お任せあれ」
――よし! 折れた!
具体的にはまだ考えは浮かばないみたいだけど、とりあえずこれで良し。
しかし、ユキちゃんなんだかもじもじし始めたな……。
まあ、思いつくのを待ちましょう。
そしてしばらくもじもじしていたユキちゃんだけど……。
「……あ、そうだ。この化粧水、神様にもお供えしますね」
(やたー!)
この微妙な空気をごまかすためか、無理矢理に話題を転換したね。
でも、神様にお供えは良いね。
「それは良い。神様きっと喜ぶよ」
というか、謎の声はもう喜んでいるけど。
……神様も美肌は気にするのかな?
(ありがとー!)
そう考えている間にお供え物の化粧水は光って消えた。
最近、なんだか神様のお供え物ピックアップ速度が速くなっている気がするね。
元気いっぱいなのかな?
(おいし~)
――え? もしかして飲んだ?
◇
化粧水は別に飲んでも問題ないらしい。
試しに一口飲んでみたら、カクテルのブルーバードっぽい味がした。
美味しい。
それはそれとして、欲しい物を買い揃えた平原の人達、着々と旅の準備を始めていた。
地図を眺めて行き先を考える人、とりあえずあっちの森に行く人、自分たちの森に帰る人等、皆それぞれの計画を立てているようだ。
そんな中、なじみのお三方はなにやら良く森に行くようになっていた。
家族のフクロオオカミを連れて、何度も何度も森に足を運んでいる。
……一体何をしているのか、気になってきた。
というわけで、ハナちゃんとユキちゃんを誘って様子を見に行くことに。
「ばうばう?」
「ばう~!」
「そのこがいいのかい?」
「ばう!」
「きみも、うちのこでいいかな?」
「ば~う!」
……森に様子を見に来ると、フクロオオカミが二頭なにやらばうばうとやっている。
一頭は平原のお三方の家族のほうだけど、もう一頭は……一回り体がちっちゃいね。
お三方はやけに嬉しそうだけど、良い事あったのかな?
「もしもし、それは何をされているんですか?」
「おお! タイシさんいいところに。たったいま、このこのおよめさんがきまったんですよ」
「あや! およめさんです!?」
「わあ……」
――お嫁さん!
フクロオオカミのお見合いをしていたってことなのか?
そしてお嫁さんと聞いたハナちゃんとユキちゃん、興味津々の様子だ。
女の子だから、やっぱりそういうのは興味あるのかな?
「……もしかして、お見合いをしていたんですか?」
「そうですそうです。フクロオオカミのむれが、いっかしょにずっといるってなかなかないんですよ」
「めったにないきかいかな~」
「ここなら、おおきなむれがいますからね。じかんをかけてなかよくなるのによいんです」
……なるほど。この村には何故だかフクロオオカミの群れが居ついてしまっている。
ずっと一か所にいるから、時間をかけて仲よくなりやすいと。
その状況を活用して、お嫁さん探しをしていたんだね。
「ばうばう」
「ば~う」
二頭は仲良さそうに、毛繕いをしている。
もう、家族になったんだな。
めでたいじゃないか。折角だから、何かお祝いでもしようかな?
「大変おめでたいですね。折角なので、お祝いしましょうよ」
「え? よろしいのですか?」
「めでたい事があったら、便乗して騒ぐ。楽しいじゃないですか」
「いいかもです~」
「オオカミさんの結婚祝い、しましょうよ!」
ハナちゃんとユキちゃんもノリノリだ。
平原のお父さんも、お祝いしようと提案されてまんざらでもなさそうだし。
ここは一つ、村の皆も誘ってちょいと騒ぎましょう!
◇
「おめでとう!」
「かわいいおよめさんとか、すてき」
「おれのじまんのよめさんも、しんこんのときはかわいかったのだ」
「ちょっと! いまはかわいくないっていうの!」
村の皆も森に呼んできて、皆でお祝いをした。
厳粛な式でもない、ただ集まって騒ぐだけのものだ。
そして、おっちゃんエルフはまたしても余計なことをいって奥さんにお尻をパッシ! と叩かれている……。
「ばうばう」
「ばう~」
「ばう」
そして、他のフクロオオカミ達もばうばうと楽しそうにしていた。
お祝いとしてキャベツやら甘い物やらを振る舞ったから、ご機嫌だ。
「ばう~」
「ばう」
新婚の二頭も、ハナちゃんからお祝いのスイカをもらって大喜びだ。
シャクシャクと美味しそうに食べている。
「ハナちゃんのスイカ、美味しく出来て良かったね」
「あい~! おいしくそだったです~!」
一生懸命育てたスイカだけど、めでたい席ということでポンとあげちゃうハナちゃんだ。
えらい子だね。なでてあげよう。
「ハナちゃん偉いね~。なでちゃうよ~」
「えへへ」
「私も撫でちゃいますよ~」
「えへへ、えへへ」
「じゃあぼくも」
「わたしもなでるわ」
ユキちゃんやヤナさんカナさんも加わって、ハナちゃんをなでまくった。
「ぐふふ~」
当然ぐにゃるハナちゃんだ。
そんなぐにゃった、たれ耳ハナちゃんや皆と一緒にその日は皆でワイワイとお祝いを続ける。
「ここにくれば、かくじつなんだな」
「まあ、ずっといるぽいものね」
「うちのこのだんなさんも、みつかるかしら?」
「ばう?」
一緒になってお祝いしていた平原の人達も、自分ちの子のお相手を見つけられるかもと思ったようだ。
フクロオオカミが常駐しているこの村だからこそ、出来る事なのかもしれない。
存分にこの機会を活用して下さい。
こうしてその後、何組かのフクロオオカミが伴侶を見つけた。
「ばう」
ボスオオカミも、群れの仲間を嬉しそうに送り出している。
貫禄たっぷり、さすがボスだね。
――そして、フクロオオカミの結婚ラッシュが終わった数日後。
旅の準備を終えた人から、ぽつりぽつりと村を旅立ち始めた。
こちらで調達したぴかぴかの旅装備を身に着け、意気揚々と旅立っていく。
「それでは、またきますね」
「ああ~。わたしのどうぶつたちが~!」
「またくればいいんだから。ほらほら! かえるよ!」
「ああ~」
……動物好きの平原のお姉さんは、族長のお婆ちゃんにずるずると引きずられていったけど……。
また来てくださいね。
「あめがあがったら、ちょっとそこらをひとまわりしてきます」
「またしゃしん、とってくるかな~」
「こんどは、あのくうはくのところにいきますね」
そうして、最後まで残っていたなじみのお三方も旅立って行った。
これで村は、またいつも通り村人達だけになる。
賑やかな時間はあっという間に過ぎ去って、また平常に戻るね。
あっちの世界の雨が上がるまで、ちょっと小休止だ。
のんびり、高原の夏を楽しもう。
「暫くは皆さんゆっくり出来ますよ。日常の作業はありますけど、のんびり過ごしてください」
「あい~! のんびりするです~!」
「そういえば、いろいろあとまわしにしてたこと、ありますね」
「あしたは、みんなでおそうじしましょうか。たくさんたまってますから」
「おそうじするです~」
俺も俺で、後回しにしていたことを進めよう。
たとえば、異世界サンプルの分析結果をまとめる、とかね。
◇
今日は異世界サンプルの分析結果を皆で考える為、午後に自宅で会議をすることにした。
観光客が居ない今だからこそ出来る。
そして、ほかに相談したいこともひとつ、ある。
その話をするためにも、とりあえず分析結果の話をしよう。
「まずは分析結果だけど、これがまた衝撃的だったんだよ」
「そう言えば、そんなのやってたな」
「俺、完璧忘れてたわ」
「私も、ちょっと忘れかけてました……」
うん、放置しすぎました。
観光客の対応で忙しすぎて、俺も忘れてたし。
――しかしだ、もう事態は動いているんだよな。
この事態の説明につなげるために、まずは分析結果の結論から説明しよう。
「とりあえず結果から言うと、あの森の植物は――サビてた」
「サビてたってそりゃあ……意味がわからんな」
「植物ってサビるもんなのか?」
「確か、酸化してたんですよね」
そう、ユキちゃんが補足してくれたように、あの森の植物はサビ、いわゆる――酸化していた。
それがあの灰色の原因にもなっていた。
次はその灰色の原因について話そう。
「サビた結果があの灰色なんだけど、灰色の主成分は――酸化マグネシウムだった」
「要は、化合物のおかげで灰色に見えていたってことか」
「そういうこと。酸化マグネシウムが被膜を作っていたんだ」
親父がなじみ深い物質の名前を聞いて、乗ってきたね。
あとは、他に含まれていた物質についても話しておくか。
「他にも、リン、マンガン、カルシウム、カリウム等もかなりの量含有していたね」
「それ、まんま肥料だよな」
「そうなんですか?」
親父が「まんま肥料」と言ったのに首を傾げるユキちゃんだ。
この辺りは、肥料の成分を気にするような機会が無いと、なかなかわからないかな。
「村の畑に撒いている肥料も、これらが含まれているよ」
「色々入っているんですね」
「まあ、植物に必須な元素ばかりだね」
それで、それらの必須元素がもの凄い量含有していた。
あの枯れた森の植物は、この含有量から見ても――とんでもない植物だったようだ。
「それで、それらの化合物は白か灰色だったりする。砂の匂いは、植物の油脂が酸化した際に出ているみたいだね」
「……とにかくサビたってことか」
「それっぽい」
親父が強引にまとめたけど、まあその通り、サビたってことだね。
ちなみに高橋さんは酸化マグネシウム、という話が出たあたりで寝た。一名脱落。
高橋さんにはそのまま夢の国で過ごしてもらうとして、話を続けよう。
「皮膜の内部は水分が抜けてて、すっかすかだね。だから、燃やすと表面の酸化物構造体が熱膨張してパキっと割れたりする」
「そういや、村で薪代わりに使ってたよな」
「ハナちゃんしか火が点けられないんですよね」
そう、村で薪代わりに使っていて、ハナちゃんしか点火が出来ない。
しかし、これについては完全に謎だったりする。
なぜなら――。
「――それでさ、酸化マグネシウムって……耐火素材に使われるくらい燃えないんだよね」
「ハナちゃん、普通に点火してなかったか?」
「何事も無く点火してましたよね?」
うん。あり得ない。でも、点火できちゃってる。
ハナちゃんすごい。そして――おかしい。
「……まあ、ハナちゃんがアレに点火出来ちゃうのは置いといて」
「ハナちゃんだしな」
「不思議ですけど、ハナちゃんなら……」
ハナちゃんだからね。酸化マグネシウムに点火できちゃっても、まあ良いよね。
そういう物だと思おう。
火起こし名人とかそういうレベルじゃなくて、不可能を可能にしてるけどね。
でも、ハナちゃんだからね(思考停止)。
この話はこれ以上考えても分からないから、これ位にして。
「まあ……あの枯れた森の植物は、こんなサビを作れるほど大量の元素を含んでいたわけで。村にあるエルフ森も、同様に大量の元素を必要としていると思ってたんだよね」
「要するに、大量の肥料が居るって話か」
「多分ね。いまいち実りが悪いのも、肥料が足りないかもって思ってた」
他にも、灰色になった植物は――凄まじい光合成能力がありそうだ、というのもある。
この元素量だと、カルシウムマンガンクラスターがとてつもない量作れる。
そして、光合成に必須なマグネシウムも大量だ。
恐らく並の光合成能力じゃないとは思うけど……。
ただ、これは今のところ何とも言えないから話すのは止めておこう。
「思ってた?」
「うん。思ってた」
ユキちゃんは、俺が突然過去形で話し始めたのに疑問を持ったようだ。
「ちなみに、前に『灰を森に撒こう』って言ったの覚えてる?」
「あったな。これも忘れてたわ」
「……あ、そういう話、ありましたね」
今の今まで、皆は忘れていたようだ。
そして、俺も今朝までは忘れていた。
まあ……その灰を撒こうってのが、今回の本題だったりする。
「観光客が沢山来た結果、ハナちゃんがその灰色の薪に点火しまくって――異世界産の栄養たっぷり灰が沢山できたわけだ」
「……まさか、それを撒こうってのか?」
「危なくありません?」
うん、二人ともあの灰を撒くのは危ないって思ってるようだね。
俺もそう思うよ。何が起こるか分からないからね。
でもね、もう事態は動いているんだよ。
――それじゃ、本題行こうか。
「それでさ、その栄養たっぷりの灰なんだけど……もう森に――撒かれてる」
「は?」
「もう撒いちゃったんですか?」
「たっぷりのその灰をさ、エルフ達はこないだ森に撒いちゃったんだなこれが」
そう。もうたっぷりと、森に撒いちゃった……。
”そういえば、いろいろあとまわしにしてたこと、ありますね”
ヤナさんが言っていた、これ。
色々後回しにしてたことのうちの一つが……「灰を撒く」って事だったようだ。
”あしたは、みんなでおそうじしましょうか。たくさんたまってますから”
”おそうじするです~”
そして観光客がひと段落したってことで、お掃除をして灰かき集めて、一気に……。
言った本人の俺はすっかり忘れていたけど、エルフ達は言われたことを守ってくれたんだよね。
でもね……。
俺が想定していたのは、「地球産」の植物灰を撒く事だったんだよね。
いきなり肥料を撒くのは怖いから、効果が緩やかな灰にしようって話だった。
でも、現実に撒かれたのは「異世界産」植物の、栄養たっぷり特製灰なわけで……。
そして、ここに居る全員……寝ている高橋さんは置いといて。
異世界産の灰を撒くのは、三人とも「危ない」と思っているわけで。
でも、撒いちゃったわけで。
――結果、どうなったかというと……ここに一枚の写真があるわけだ。
マイスター撮影の、直近の森の様子だね。今朝撮影してきた奴だ。
それでは、事態が動いちゃった様子を――お披露目しましょう!
「皆様、これが――直近の森の様子でございます!」
すいっと写真をテーブルの上に置く。
それを見た二人は――。
「うわあ……」
「これ……」
――ドン引き。
しかしそれでも、二人は写真から目が離せない。
その写真に写っている風景はというと――。
「――花が、めっちゃ咲いてるよね」
「満開じゃねえか……」
「思い切り……効果出てますね」
そう、森が花で溢れてしまった。満開状態だ。
以前も結構花が咲いていたけど、比較にならない。
「ほら、この浮いてるクラゲみたいな植物も、花が咲いてるんだよ」
「……花冠みたいで可愛いですね」
「どうして空中に浮いてるのに、地面に撒いた肥料の影響受けてるんだ?」
「それが分かれば苦労はしないよね」
他にも何枚かの写真があるけど、森のどこでも花が満開になっている。
気づいたら、エルフの森は……もうこんなんになってた。
これ――どうしよう?
 




