第九話 空白には浪漫がある
「きれい~」
「あのざっそうが、こんなはなをさかせるなんて……」
「すごいものみちゃった」
今日は新月の日、観光客の皆さんを誘って、花咲ワサビちゃんの花見をした。
かわいらしい歌声が月のない夜に響き、月の無い夜をワサビちゃんの花がほのかに照らす。
それを見た平原の人達は、うっとりとした様子で見守っていた。
軽いおつまみとお酒を手に持ち、ちょっとした宴会だ。
月に一度しか見られないので、観光に来てもなかなか遭遇は出来ない。
割と貴重な瞬間だね。
「これこれ! これをまたみれるなんて、ついてる」
「いつみても、きれいかな~」
「かわいいわよね」
前回この花見を堪能した平原のお三方も、また花咲ワサビちゃんを見られてご機嫌だね。
俺も含めて、この村の皆も月に一度のこの風景が大好きだ。
ちょっとLED光源で照らし続けるだけで、こんな世界が作れてしまう。
文明の発展が可能にした、彼らがこの世界に来なければあり得なかった風景だ。
「おもいきって、たびしてきてよかった~」
「うちのもりにかえるときに、ちょくちょくよろう」
「いいわね~」
平原の人達も、リピートしてくれそうだね。
交易の中継点として立ち寄るだけでなく、純粋に観光しに来てくれるのは嬉しい。
それだけ、この村に魅力があると言うことだからね。
「タイシ~。ワサビちゃん、きょうもげんきです~」
「見た感じは、いつも通りだね」
「はやく、たねからめがでるといいです~」
……そうだな。いまだにワサビちゃんが蒔いた種からは、芽が出ていない。
もう相当蒔いているから、一つくらいは芽が出ても良いのに……。
やっぱりまだ何か、足りないのかも知れないな。
「……でもさ、いっせいにめがでたら、それはそれでヤバくない?」
「あや!」
「――確かに」
マイスターがふむふむと観察しながら、恐ろしい指摘をしてきた。
確かに相当蒔いていると言うことは、もしそれが一斉に芽吹いたら……。
――うん、考えないようにしよう。
「今の話は、無かったことに」
「おう」
「ハナ、なにもきかなかったです~」
こうして、一つの懸案事項は闇に葬られたのだった。
なるようになるさ。なれば良いな。……なるよね?
◇
――平原の人達が観光に訪れてから、十数日が経過した。
コツコツと聞き取り調査や写真の複製、そして作図をやってきた。
平原の皆さんも協力的で、ハナちゃんちにはひっきりなしに平原の人達が写真を抱えて訪れてくれた。
沢山の写真を見てキャッキャし、沢山の話を聞いて盛り上がった。
とても楽しい時間だった。
そして現在。
――カナさんが、緊張の面持ちで地図に線を引いている。
これが今分かっている範囲の――全てだ。
そして、最後の線が――つながった!
「――か、かけました……」
ぷるぷると震える手を引っ込め、カナさんから書き上がりの報告だ。
よし、まだまだ完成にはほど遠いけど、今分かっている部分は出来た。
完成では無いけど――地図の出来上がりだ!
「これでひとまず――出来上がりです!」
「やったです~!」
「カナ、がんばったね!」
「よくやった」
「あらあら」
「ふが~」
作業を見守っていたご家族も、手を叩いて完成を祝う。
カナさんの頑張りと平原の人達の協力の結果が、ひとまず形になった。
大雑把に森の位置関係と距離を示すだけの図だけど、これでもいろいろな事が分かる。
このカナさん手書きの地図はマスターとして丁重に扱い、今後も拡張していく想定だ。
そして、このマスターを高解像度撮影して、まず一つ複製を作ろう。
そうして作った複製は、集会場に貼り出して皆が見られるようにしたい。
写真の複製も貼っておくので、現時点で分かっているエルフ世界が俯瞰でき、画像で確認もできるようにしよう。
……せっかくだから、ちょっとした展示会にしちゃおうか。
皆でワイワイ地図を眺めて、夢を膨らませたりできたら、楽しいかも。
――それじゃあ、早速展示会の準備を始めよう!
◇
「わああ~!」
「ちず、できたんだ!」
「あ! おれのしゃしんがはってある~」
村人も観光客も集会場に集めて、貼り出した地図を見て貰う。
そして、展示パネルも用意して写真の複製も同時に展示する。
学園祭の展示物っぽくなったけど、こういった学術的展示会みたいな物はエルフ達にとって初めてのようで、皆目をキラキラさせながら見ていた。
「これ、わかりやすいですね」
「たびのけいかく、たてやすくなるかな~」
「がんばったかいが、ありますね」
平原のお三方も、自分たちの努力がある程度形になって感無量のご様子。
ちょっとうるうるしている。
「これからも地図作成は続けていきますので、いずれもっと沢山の森や泉や、そして道が書き込まれていきますよ」
「それは、たのしみですね」
「なかまのみんなも、きょうりょくするかな~」
「もうみんな、カメラをたくさんかいましたからね」
まだまだ道半ば、正確な測量もしていない大雑把な物だ。
それでも、平原の人達の頑張りと、カナさんの頑張り、それと家族の応援がこもった作品だ。
この作りかけの地図が、エルフ世界地図の祖となる。
とてつもなく貴重で、とてつもなく手間がかかった代物だ。
これは、エルフ達の宝になるだろう。
そして、その製作過程で手に入る情報は、俺にとって宝となる。
森が枯れた謎の解明、エルフ世界のロジスティクス構築のための資料、他にも色々な事に役立てられる。
これは、その第一歩だ。
「ハナちゃん、おかあさん頑張ったよ。褒めてあげてね」
「あい~! おかあさん、すごいです~!」
「うふふ」
ハナちゃんに褒められたカナさん、でろんとしている。
地図の左下には、ヤナさんから習ったのか、カナさんの名前らしき署名がある。
ささやかな自己主張だけど、カナさんの作品が世に出た証明だ。
こういう面でも、文字というのは大事だね。
銘を刻んだこの地図が、末永く役立てられるよう、祈ろう。
「この地図は縮小して沢山複製して、皆さんにお配りします」
「まってました!」
「これ、もっともっとかきこまれるんだよね?」
「おれらがしゃしんをもってくれば、もっとすごくなる?」
ほえ~っと地図を眺めていた平原の人達に声をかけると、皆さんずずいと迫ってきた。
自分たちの持ってきた情報が、こうして形になったわけだ。
もっと情報を持ってくれば、この地図はもっと凄くなる。
彼らはそれに気づいたんだ。
「皆さんに新しい森や、新しい地域の情報を持って来て頂けたら、この地図はもっともっと詳しくなっていきます」
「しゃしん、いっぱいとってくる!」
「いろんなところにいくわ!」
「やるきでてきた~」
平原の人達は、大盛り上がりだ。自分の足跡がこうして形に残るという事でもある。
いろんな人達の努力の証が、形に残る。
そして――大勢の人の役に立つ。
そういうことを喜べる人達だから、きっとこの地図はこれからも成長していくだろう。
俺も、いつかこの地図が完成する瞬間に立ち会えたなら――素晴らしいな。
◇
集会場に地図と写真を展示してから、平原の人達がちょくちょく展示物を見に集会場へ訪れるようになった。
地図を見つめる彼らの目は、まだ何も書き込まれていない空白の部分を、じっと見つめていた。
そしてその目は――輝いている。
そこに新たな地が書き込まれる日を想像しているのか、それともまだ見ぬ土地に夢を馳せているのか。
どうやらこの地図の存在は、旅好きな彼らの魂を――大きく揺さぶったようだ
俺も、彼らの旅を全面的にサポートしたい。
こちらには旅に適した道具が沢山ある。
彼らにとっても未踏の地は沢山あると聞いた。
こちらの旅道具を駆使して、もし、それらの未踏の地に到達出来たなら――。
――きっと彼らの世界は、広がる。
そして、次第に馬具と自転車やリアカー、そしてテントや保存食の注文が入るようになった。
彼らは次の旅に向けて、準備を始めたんだ。
世界が具体的に図で示され、さらに高速で効率的に移動出来る道具がある。
おまけに短時間で幕営できる装備も。
そして、長期間腐らず美味しさを保つ保存食も存在する。
今までは行けなかったけど、ちょっとあっちまで足を延ばしてみよう。
なんてことが可能になるかもな。
◇
「きょうはなんだか、あついです~」
「こっちではそろそろ夏という季節になるね。これからもっと暑くなるよ」
「あや~。たいへんです~」
そうは言いながらも、ハナちゃんとお茶を飲みながらのんびりだらだらと過ごす。
そろそろ夏本番で、高原に位置するここでもそれなりには暑くなってきた。
「もう大体必要な仕事はしたからね。のんびりしてようね」
「あい~。のんびりするです~」
もう地図も一通り出来て、発注された物ももうすぐ調達できる。
色々と一段落付いて、あとはのんびり過ごすだけ。
というわけで、ハナちゃんちでのんびり過ごしていたわけだけど……。
「タイシさん、おきゃくさんがおみえですよ」
「お客さん? どなたでしょうか?」
「へいげんのひとたちの、ぞくちょうさんみたいです」
平原の人の族長さんが、訪問してきたようだ。
……族長さんが、旅して来ちゃったのか……まあなんだ、さすが旅好きエルフ達だね。
まあ、会うことは問題ない。あとは場所だけど……。
「ここで話をしてもかまいませんか?」
「ええ。もちろんかまいません」
「それじゃ、お出迎えしてきます」
「あ、わたしもいきます」
「ハナもいくです~」
と言うわけで平原の族長さんをお出迎えだ。
一体どんな人だろうか。
◇
「あいさつがおくれて、もうしわけないねえ」
「いえいえ。観光に来られたのですから、挨拶回り等はしなくても問題ございませんので」
「まあ、そうなんだけどね……。あんまりにたのしくて、ついわすれちまったのさ」
「それはそれは、こちらとしては何よりですよ」
平原の族長さんは、お婆ちゃんだった。服が他の人よりちょっと豪華なだけで、見た感じは普通のエルフのお婆ちゃんだね。
ハナちゃんちのひいおばあちゃんよりはずっと若くて、初老といった感じの元気なお婆ちゃんだ。
挨拶回りが遅れたことを謝ってはくれたけど、観光に来たんだから気にすることでもない。
お仕事じゃないからね。別に責任者に挨拶する必要はないわけだ。
楽しんでくれているのだから、逆に嬉しいね。
「それにしても、これはおいしいねえ」
「お口に合って良かったです。これもお土産に出来ますよ」
「おやおや、しょうばいじょうずだねえ」
「はっはっは」
族長のお婆ちゃんには、お茶菓子として羊羹と緑茶を出してみた。
好評のようで、グビグビとお茶を飲んでぱくぱくと羊羹を食べている。
元は駄菓子屋のお年寄り用に用意した物だけど、割とこの村では若い人にも人気だ。
「ようかん、おいしいです~」
「あんまりたべすぎちゃだめよ」
「あい~」
ハナちゃんも、お茶をずずずとすすりながら、羊羹をちまちまと食べている。
子供なのに、この渋さ。
なかなかハナちゃんの味覚は、大人なのかも知れない……。
まあ、それはそれとして。来訪の目的を聞いてみよう。
「それで、私にご用があるとのことですが、どのような用件でございましょうか」
「ちょっと『てつ』について、はなしをしとこうかとおもってね」
「――鉄、ですか」
平原の人達は、過去に製鉄をしていたと聞く。
それにまつわる話なんだろうけど、俺に相談とはなんだろうか。
製法を聞いて、再び製鉄をしたいのかな?
「タイシさん、もりがかれたことについて、しらべているってきいたのだけど、あってるかね?」
「ええ。合っておりますね。ハナちゃん達の森がなぜあんなことになったのか、調べております」
「それなら、わたしらのもりがなくなりかけたときのくわしいはなし、やくにたつかとおもってね」
おお! 平原の人達の森が無くなりかけたときの話を聞かせてくれるんだ。
それは是非とも聞きたい。
「お聞かせ頂けるなら、是非とも」
「それじゃ、ちょっとながくなるけど、はじまりからはなすとしようかね。まずはじめに――」
そうして族長のお婆ちゃんから、平原の人達の森が無くなりかけた話を聞かせて貰った。
途中お婆ちゃんの思い出話とよもやま話が加わって超長編になったので、関係のある所だけ抜粋すると、こんな感じだ。
――その昔、平原の人達は土器作りが上手く出来ずに困っていた。
あの辺の土は焼き物に向いておらず、焼いている途中に割れたり、焼き上がってもすぐに割れたりと散々だったらしい。
しかし、その当時は森に引きこもっており打開策も見いだせなかった。
森の周辺しか知らず、土器作りが出来ない土であーでもないこーでもないと困っていたという。
そんでもって、いっこうに打開策が見つけられないので、困ったときの神頼み。
というわけで神様に相談したところ――。
『――赤い土を使って、アレをナニしてソレすれば、コレっぽい良いのが出来るわ』
『あ、作業中は汗をかくから、ちゃんと塩を摂ろうね。その辺に塩があるから、それを使おうね』
『それを使うと、炒め物ってのが出来るんだよ~。美味しいんだよ~』
――こんなご神託が。
そうして神様の言うとおり作ったところ、鉄鍋が出来上がった。
そりゃあもう大変だったようで、時間もかかったようだ。
でも、そうしてようやく作った鉄鍋の性能はとてもよろしかった。
この鉄鍋のおかげで美味しい料理が作れるようになり、皆は大喜びした、と。
そして、鉄という素材自体が持つ便利さも相まって、鍋やら包丁やらおたまやら色々調理器具を作ったそうだ。
……せっかく鉄を手にしたのに、調理器具しか作ってないのはなんだろね。
もっとこうさ……他にもあるんじゃ無い?
……まあ、平和で良いよね。食いしん坊さんだよね。
調理器具しか作らなかったのはまあ良いとして、やっぱり製鉄には大量の燃料が居る。
そうして鉄を作り続けて気づいたら……森がけっこう小っちゃくなっていた、と。
大変な事態に、慌てて神様にどうしたら良いか聞いたところ――。
『――待てば回復するから、安心しなさい』
『回復するまでは、旅をしたら良いね。森にひきこもるのは、良くないね』
『あっちら辺にきのこが美味しい森があるんだよ~。行ってみたらいいんだよ~』
――とのご神託が。
そして「きのこが美味しい」と聞いた平原の人達、大喜びで旅に出た、とのこと……。
途中でフクロオオカミと仲良くもなり、ワイワイとあっちら辺の森を目指して旅をしたそうな。
果たして無事あっちら辺の森にたどり着いた平原の人達、初めて見る金髪で色白な人にビックリ!
ビックリしながらも、そういうこともあるんだね、と特に気にせず一緒に仲良くきのこ狩りをしたと。
そうして沢山のきのこ料理でもてなされ、平原の人達大喜び。
こんなことがあったため、神様の言うとおり旅に出ると良いことあるじゃん!
と気づいて、あっちこっち旅を始めたと。
――以上である。
……話の大半が、食べ物にまつわる話じゃないかなこれ?
むしろそれ以外の話、あんま無かった……。
……。
しかしまあ、つかみ所の無い話ではある。
神様から貰ったご神託が原因で、森が無くなりかけた。
そしてそれについて相談したら、旅にでたら? と。
なんだか、俺の知ってる神様と印象が違うな。
俺の知ってる神様はもっとこう……先を見ているというか、もうちょっとゆるいと言うか。
「どうだね、なにかわかったかね?」
正直、森にまつわる話としたら、分かったことは何もない……。
ただ――神様については、ちょっとひっかかる点がある。
――なんか、神様の印象が違う。
しかしこれ、俺とこの感覚を共有出来る人、いるかな……。
……ハナちゃんくらい?
とりあえず、この違和感を話してみよう。
「――私の知っている神様と、なんだか印象が違いますね……もっとこう……なんというか……」
(なになに?)
「かみさま、もっとゆるいです?」
(いわれてみれば)
あんまりズバっと言うのもどうかと思って、言葉を選んでいるうちに……ハナちゃんがズバっと言っちゃったよ……。
そして謎の声は、言われて初めて自覚したというね……。
でもそうだよね。俺の知ってる神様、超ゆるい印象があるんだよ。
平原の人達の話に出てきた神様もゆるいんだけど、ゆるさの性質が違うというか……。
そうそう、ふわっとしてるんだよね。
「まあそうだね。もっとふんわりというか、おおらかな印象があるんだけど」
「かみさま、たしかにおおらかです~」
(それほどでも~)
謎の声もゆるゆるだね。このゆるさと、平原の人達が言う神様はなんか違う。
ただまあ……話を聞いた限りじゃ最終的には人のためになってるんだよな。
平原の人達がそのまま引きこもっていたら――今でも、土器が割れて困って居ただろう。
しかし旅をするようになった結果、旅をして必要な物を自分で得ることが出来るようになった。
さらに他の森にも、その地では得られない物をもたらす存在にまでなった。
引きこもりダークエルフから、平原を旅する交易商への大変身だ。
いわゆる――革命を起こしている。
守りでは無く、攻めの姿勢で神託をしているような印象だ。
……平原の人達を外に出すために、わざとそうした?
いや、何も考えてなかっただけかも知れない。
しかし、俺の知っている神様ってそういう印象ないんだよな……。
同じ神様とは、とても思えない。
……。
…………。
あれ? これもしかして――。
「――神様が、違う?」
「あえ? ちがうです?」
(しらないひとかも)
――え? 知らない人かも?
やっぱり、違う神様がいるんじゃ無いかこれ?
エルフ達の世界って――こっちみたいに神様が複数存在するの?