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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第九章  エルフ観光
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第四話 小休止しましょう?


 ここのところ立て続けに色々したので、今日は小休止することにした。

 大きなイベントをするのではなく、日常を過ごして一息つこうと言うわけだ。

 そういうわけで、村ではのんびり時間が過ぎていった。



 ◇



「ハナちゃん、スイカはもうすぐ食べられるようになるよ」

「たのしみです~」

「普通に栽培することもしてたんですね」


 午前中に田んぼの追肥を行い、午後はのんびりハナちゃんユキちゃんと家庭菜園のお手入れをしていた。

 以前ハナちゃんに、普通に育ててみたらと提案したスイカはすくすくと育っている。

 これが収穫出来たなら、力を使わずとも育てることができる、という一つの自信につながるんじゃないかと思う。


「他のエルフさん達の畑も、結構多彩なお野菜が出来てますね」

「F1種じゃないから、小ぶりだったり形が揃わなかったりはするけどね。でも、食べるには十分だね」

「F1種? なんですかそれ?」

「えふわんです?」


 二人とも首を傾げたけど、あんまりなじみはないかも。

 ホームセンターで売っている種は、だいたいこれなんだけど。


「一代交雑種とか雑種第一代とか言われていて、一回の収穫だけ安定して収穫できる品種なんだ。ホームセンターで売っている家庭菜園用の種は、ほぼこれだよ」

「そうなんですか。でも、一回だけとは?」

「一回育った作物から種をとって植えても、ろくに育たなくなるんだ。キャベツとか白菜だと、葉っぱが閉じなくて開いたまま、大きさも小さいとかね。そもそも種が取れないものもあるよ」

「あや~。うまいはなしはないですか~」


 家庭菜園で軽く作るなら、まあF1でも良いんじゃないかと思う。

 ただ、大きく綺麗に育つかわりに、全滅しやすかったり病害虫に弱くて農薬使用量が増えるというリスクもある。

 F1種の問題は他に、世界的バイオメジャーに種子を乗っ取られて、食料生産の首根っこを捕まれ外国企業に国家が左右されるという別の意味のリスクもあるな。

 日本は幸いにして、世界的バイオメジャーに買収されていない種苗(しゅびょう)会社を抱えているから、なんとかなってはいるけど。

 これが小国だとひとたまりもない。国策でやらないといけない事業の一つだ。


「F1種は便利だけど、この村では最初だけしか使ってないね。今はもう、長年かけて選別してきた在来種で栽培してもらってる」

「色々あるんですね」

「むずかしいです~」


 自給自足を目指しているので、一代限りしか栽培出来ない種を使い続けても意味がない。

 そこで楽しても、後に続かなきゃどうしようもないからね。

 農業を体験してもらおうと、最初だけは使っていたけど、もう今は在来種のみだ。

 いずれ、良く育つ強い個体は食べずに成長させて、次に撒く種を採取することを教えたい。


 ……そんな俺の計画は別として、エルフ達の家庭菜園はなかなかの育ちようだ。

 やっぱり成長が早いな。タマネギやジャガイモなどは、もうそろそろ収穫出来そうだ。

 ……普通は、秋に収穫する筈なんだけどな……。

 

 この現象はいくら考えても、とっかかりすら掴めない。

 当のエルフ達だって分からないという。

 推論する材料がないから、どうにもならない。

 エルフ達の持っていた特殊能力、で片づけることは可能だけど……。

 正直、なんとも言えない。


 ……まあ、食べ物が沢山出来るのは良いことだ。

 それで良いのかも知れないな。


 ――そうしてのんびりと家庭菜園で作業をしていると、観光客のエルフが一人、また一人と森に入っていくのが見えた。

 森を見学でもしているのだろうか?


「森に入ったっきり、出てこないですね」

「何をしてるんだろう?」

「みにいくです?」


 ユキちゃんの疑問のとおり、森に入った観光客のエルフはいっこうに出てこない。

 ちょっと見に行く必要があるな。


「それじゃ、ちょっと見に行ってみよう」

「はい」

「いくです~」


 観光客の方々、一体森で何をしているのだろう?



 ◇



「くすぐっちゃうわよ~」

「ギニャッ! ギニャッ!」

「あめだまあげちゃう」

「ばうばう~」


 ……なるほど、動物たちと遊ぶために森に入ったんだな。

 大勢の観光客エルフが、毛だらけになって動物たちと戯れている。


「ウサギツネは、こうするとよろこぶじゃん?」

「キャ~ン」


 そんな観光客に混じって、マイスターが動物とのふれあい方を教えている。

 観光ガイドみたいなことしてるな。


「面白い事してますね」

「めずらしいどうぶつばかりで、あそびたいけど、かまいかたがわからなかったみたいでさ」

「そこで解説を買って出たわけですか?」

「そうそう。……だめだった?」


 そういえば……フクロイヌが連れてきた動物たちは、エルフ達にとっては珍しい動物ばかりだった。

 そういう動物と触れ合いたくても、どうすれば良いか分からなかったのか。

 俺だって、例えばカモノハシと触れ合ってといわれたら、めっちゃ困るね。毒あるし。


 そしてマイスターは勝手にやったのはダメだったかな? 的な顔をしているけど……。

 良い仕事してると思う。


「良い仕事をしてると思います。私だって、彼らの生態や何が好きなのか分かりませんから」

「ならよかった」


 良い仕事と言われたマイスター、まんざらでもない様子だ。

 こういう仕事を出来るのは、他にヤナさんくらいかな?

 でも、ヤナさんは村の運営という仕事があるから、手が空かないときも多い。

 マイスターが率先してしてくれるなら、助かる。


 ……これを無償でやって貰うのは、ちょっと気が引けるな。

 観光客向けの、一つのガイド業務が成立してるからね。

 珍しい動物と、森で触れ合う。これは一つの観光名所だ。

 農産物や田んぼをマメに観察し記録しているのも、重要な仕事だ。

 これらの仕事に対する報酬、出した方が良いな。

 

 ……あとで、ヤナさんと相談しよう。

 村の共益費から出せるようになれば、マイスターも思う存分仕事ができるだろう。

 いわゆる公務員だね。

 もしダメだったらということもあるので、がっかりさせないためにもこの考えは今は伏せとこう。


「そんで、だいたいのどうぶつはわかるんだけど、こいつだけわかんないんだよな~」

「ミュ?」


 俺の思惑は別にして、マイスターは灰色のネコ? みたいな動物をなでなでしている。

 マイスターでも分からなかった謎の動物。羽根の生えたネコっぽい生き物だ。


「たしかに、このどうぶつはみたことないな」

「あっちのもりにも、いないわね」

「よつあしではねがあるって、はじめてみるわね」


 観光客の皆さんは、あまりの珍しさというか謎さにちょっと腰が引け気味だ。

 ……確かに、四本足で羽根が生えている動物って、地球にも居ないんじゃないか?


「ミュミュ~」

「ミュ~ン」

「ミュ」


 と、そんな謎ネコを観察していたら、こっちに甘えてきた。

 初対面で食べ物をあげたから、すっかり懐かれちゃったんだよね。

 よしよし、皆かまってあげようじゃないか。


 羽根が生えて果実食である以外は、感触も仕草もネコそっくりだな。

 ……ゴロゴロと音もだすし、ネコと遊ぶ要領でいけちゃうね。


「そうやってなかよくなるんだ」

「このあたりが好きみたいですね」

「ゴロゴロいってる」

「かわいい~」


 俺がかまっている様子を見て、観光客の皆さんも同じように、多少こわごわと謎ネコと戯れ始めた。

 謎ネコも怖がることなく、観光客の方々に甘え始める。

 ……これほど人慣れしているんだから、人とふれあいがあったと思うんだよなあ。

 なのに、誰も知らないってどういうことだろ。

 あの、枯れた森に居たはずだよね?


「かわいいです~」

「ネコちゃん、こっちおいで。果物あげちゃう」

「ミュ~」


 ハナちゃんとユキちゃんも、でれでれ顔でネコと遊び始めた。

 ……まあいいか。考えたところでこれも分からない。

 誰も知らないというから、俺もなんの情報も得られていないからね。

 でも、謎ネコも森になじんでいるようだから、それで良いのかも。


「ミュ」


 お、顔をペロペロ舐めてきたけど……やっぱりネコと同じで舌がザラザラだね。

 顔つきがちょっとネコより丸くて羽根があるけど……。

 もう、ネコで良いんじゃないかな?



 ◇



 なんだかマイスターのおかげで、動物たちと戯れる新たな観光地ができてしまった。

 早速先ほど考えた、マイスターの公認ガイド化の案をヤナさんに相談してみる。


「かのうですね。むらのおかねから、ほうしゅうをだせるとおもいます」

「それでは、額の方は本人と相談の上進めて頂ければと」

「わかりました」


 ヤナさんが電卓をぽちぽちと叩いた結果、いけそうだと言うことになった。

 このまま話を進めていけば、マイスターは公務員になる。

 動植物の観察は割と重要な仕事で、こうやって公的に支えてあげたい仕事だ。

 この試みが上手くいって、知識となって全体の役に立つことを願いたい。


「ふたりとも、はなしはおわりました?」

「ああ。おわったよ」

「それなら、おやつでもたべて、ひといきつきませんか?」

「おやつです~!」


 そうして話がまとまったのを見計らったのか、カナさんからおやつの提案が来た。

 それを聞いたハナちゃん、大喜びで耳をぴこぴこさせている。

 せっかくだから、俺もご同伴になりましょうかね。


「良いですね、皆でおやつにしましょうか」

「わーい! みんなでたべるです~!」

「それでは、ごよういしますね」


 そういったカナさんは、台所に入って行った。

 これから作るのかな?


 ――カナさんが台所に入ってから暫くすると、甘い香りが漂ってきた。

 これは……ホットケーキだね。


「いいにおいです~」


 ハナちゃんも甘い香りにうっとりしているね。

 そろそろ出来上がる頃かな?


「おまたせしました」

「沢山焼きましたよー」


 ちょうど焼き上がったようで、台所からカナさんとユキちゃんが出てきた。

 ユキちゃん、いつの間にか手伝いをしていたようだ。


「あや! にだんがさねです~」

「ユキさんにおしえてもらったの。じょうずにできたかしら?」

「これなら大丈夫だとおもいます」


 どうやら、ユキちゃんに焼き方を教えて貰っていたみたいだな。

 送別会の時に作っていた、あの分厚いホットケーキが出来上がっている。


「それでは、たべましょう」

「頂きます」

「いただきますです~!」


 皆の前に配膳されたホットケーキを一口食べる。

 うん、焼き面はカリっとしているけど、なかはふわふわで上手に出来ているね。

 ユキちゃんの技は、カナさんに受け継がれたようだ。


「どうかしら?」

「おいしいです~」

「カナ、おいしくできてるよ」

「よかった~」


 ハナちゃんはバターが乗った、メープルシロップたっぷりのホットケーキを美味しそうにもぐもぐ食べている。

 たまに出てくる豪華なおやつ、堪能しているね。


「あ、そういえば……タイシさん、ごそうだんごとがひとつありまして。ちょっとしたことなのですけど」

「相談事ですか。なんでしょう?」


 ホットケーキを皆で食べていると、ヤナさんが何かを思い出したのか相談を持ちかけてきた。

 表情を見ると別に深刻そうでもないから、ほんとにちょっとした事だろう。


「このホットケーキを、おみせでもだしたいな、とおもってまして」

「お店というと、駄菓子屋さんですか?」

「そうです。みんなからけっこうたくさん、ようぼうがありまして」


 なるほど、送別会のときホットケーキは大人気だったからね。

 それがお店でいつでも食べられるとなれば、嬉しいに違いない。


 ……あれ? でも家で作れば良いのでは?

 現に、カナさんがこうして作ってくれているわけだし。

 お店で買わずとも、自作はできるよね?


「お店で出すのは良いかと思いますけど、皆さんの家で作った方が早くないですか?」

「それがですね……なかなかおいしくやけないらしくて」

「え? ホットケーキですよ? 失敗するものでもないでしょう」

「まあそうなんですけどね」


 美味しく焼けないとはどういう事だろう。生地を作って火を通すだけだよね。

 特に失敗する要因が見当たらないけど……。


「あの……そうべつかいのときにたべたホットケーキがたべたいらしくてですね。あれは、なかなかつくれないんです」


 カナさんが補足説明してくれたけど、なるほどそういう事か。


 ……あの送別会で出てきたユキちゃんのホットケーキは、手が込んでいてとても美味しかった。

 確かにあれは、誰でも出来るものじゃない。

 カナさんでも、マンツーマンで教えてもらってようやくだもんな。


「私の作ったあのホットケーキが、エルフさん達の中での基準になってしまったようでして……」

「あれは確かに凄かったからね。あれ、専門店で出てくる水準だよ。言うだけの事はあるなあって」

「要求水準を上げすぎちゃいました……」


 エルフ達が初めて食べたホットケーキが、あの完成度だった。

 それにより、皆の中でホットケーキというもののハードルが上がっちゃったんだな。

 ユキちゃん謹製の分厚いホットケーキ、あれが基準となると確かに難しい。

 地球の専門店でないと出て来ない水準を基準にしたら、そりゃ自宅じゃ出来ないよね。


 それについて、ユキちゃんはちょっと「やっちゃった」的な顔をしている。

 でも、別にそれは悪いことじゃないと俺は思うね。


「それはそれで、良いことだと思うよ。上を目指すのは大事だからね」

「ふふ。そういって貰えると、嬉しいですね」


 本人としては「やらかしたかな?」と思っていたようで、良いことだよと肯定したら安心できたようだ。

 ユキちゃんはふわりとした笑顔になった。


 そして、あのホットケーキが食べたい! とエルフ達が思うことだって、同じく悪いことじゃないと思う。

 エルフ達のささやかな生活からしたら、あのホットケーキを望むのだってホントにささやかな物だ。

 毎日一生懸命働いているのだから、要求がささやか過ぎてもっと何かしてあげたくなるくらいだね。

 それに――。


「――あと、お店で出してほしいってことは、ようは専門家に任せたいってことだからね」

「専門家ですか?」

「自分で出来ないのだけど、お店なら何とかなると思ったんじゃないかな」

「そうです。おみせにまかせれば、できちゃうのではないかとみんなはおもっているようです」


 ヤナさんが追認してくれたけど、やっぱりそういうことだよね。

 これはつまり、エルフ達は専門性の重要さを認識したってことだ。

 自分で出来ないことでも、専門家が居れば何とかなるかもしれない、と。

 ……もしかしたら、腕グキさんとステキさんのお店を見て、そういう考えを持つようになったのかも知れない。

 専門家の存在は、極めて重要だ。

 居るか居ないかで、結果が天と地ほども変わることが良くある。


「それで、こういうものを、おみせでだすことってかのうでしょうか?」

「そうですね……お店でこの水準のものを出すとなると……」


 エルフ達による専門家の希求(ききゅう)について思いを馳せていると、ヤナさんが要否を確認してきた。

 そうだな……。


 駄菓子屋で出すなら、調理担当はお年寄りになる。

 生地の用意から、綺麗に焼き上げるのは可能だろうか……。


 ――もんじゃ焼きと比較すると、手間も多くてきびしいな。


 それに、同じ人が調理するわけじゃなく、日替わりで店番を変わる。

 どうしても、人によって品質はバラつくだろう。

 あの人が店番のときはハズレ、とか言われたらかわいそうな事この上ない。

 これは、ちょっと難しいな……。


「……人によって出来上がる品質が変わってしまいますので、店番のお年寄りに作ってもらうのは難しいですね」

「あ……そうですね……。てまもありますからね」

「ええ。もんじゃ焼きなら品質にバラつきは出ないのですけど、手の込んだホットケーキを作るとなると、ちょっと……ですね」


 そういうのが不得意なお年寄りもいらっしゃるだろうから、仕事として組み込むと負担が大きい。

 駄菓子屋で常設メニューにするのは、今の運営では厳しいね。


「……ホットケーキ、むりです?」

「無理ではないけど、多分望んだとおりの結果は得られないと思うよ」

「あや~……ざんねんです~」

「困りましたね……」


 お店でホットケーキが食べられると期待していたのか、ハナちゃんがっかりだ。

 耳がぺたんと下がってしまった。

 ユキちゃんも、ちょっと責任を感じているようだ。ユキちゃんに責任は無いんだけどね。


 ……ただまあ、こういう姿を見せられると、なんとかしてあげたくなるね。

 彼女が良かれと思って頑張ってくれたことで、皆も喜んでいた。

 その良き思い出を、もっともっと良き出来事に繋げられるよう考えるのが、村の最終責任者としての仕事だね。


 という事で、何か良い手はないかな……。ちょっと整理してみよう。


 ――現状、駄菓子屋のお仕事は店番が主であって、喫食はおまけで片手間のお仕事だ。

 店番しながら簡単に出来るもの、ということでもんじゃ焼きになっている。

 これなら、混ぜて出すだけ。

 調理はお客さんがするから、どうとでもなるわけだ。

 

 でも、ユキちゃん水準のホットケーキは片手間では出来ない。

 あれは生地の配合から焼き加減、それと手順すら気を遣う物で、つきっきりになる。

 職人芸が必要になり、駄菓子屋で出すにはちょっと手が余る。


 そして複数の人が調理を担当して、同じ品質にするのも困難を伴う。

 お菓子作りは繊細さが必要で、ちょっとした違いで味が大きく変わってしまう。

 普通のホットケーキならまだなんとかなるけど、ユキちゃんホットケーキは無理だ。

 

 ――結論として、駄菓子屋でホットケーキの提供は不可、と判断できる。


 そしてこの問題の要点は、「要求水準が高い」という一点にある。

 この水準を叶えられる人間はわずか、という事が実現を阻むわけだ。


 それなら……作れる人間が、お店をやれば良いんじゃないかと。

 別に駄菓子屋で出すことにこだわる必要もない。

 出来る人が出来る時間だけ、お店を出せば良い。

 おやつを出しているのが駄菓子屋だけだから、駄菓子屋でやろうとしているだけだからね。


 そして、ホットケーキを出すだけだから、大げさにお店を構える必要もない。

 ――屋台で良いよね。


 よし、方針は決まった。

 ユキちゃんホットケーキが焼ける人に、屋台を出して貰いましょう!


「タイシ、おもいついたです?」

「まあ、普通の案だね。ごくごく普通」

「ふつうです?」


 それじゃ、説明しましょうか。


「皆さんの要望を叶える方法があります。――屋台を出しましょう」

「やたい? それはなんでしょう」

「簡単に設置できる仮設のお店のことです。観光市場を作るのに使おうと思ってた仕組みで、ちっちゃいですけど誰でも簡単にお店を構えられます」

「おもしろそうです~」


 実のところ、屋台を構えなくても出来るといえば出来るけどね。

 ただ、設備一式がそろった屋台は便利だし、なにより雰囲気がある。

 たとえ簡易的な屋台でも、「これはお店なんだ」という主張があるのとないのとでは、客の印象も変わってくる。


 小さくても一国一城の主、このお店で商いをするんだという心意気、これが大事だ。

 子猫亭だって、そういう心意気で移動販売をしたから、お客さんが付いた。

 この村でも、同じようなことが出来たら良いなと思う。それが自立心を育む。

 観光客が沢山居る今なら、お客さんも沢山居るから、十分可能だ。


「どうでしょうか。ホットケーキの屋台、やってみませんか?」

「できそうですね。……ただ、そのおみせをだれにやってもらえばよいのか、となると……」

「よさげな人、誰かいらっしゃいませんか?」


 腕グキさんとステキさんは既にお店を構えていて、余裕はない。

 毎回助っ人出しているからね……。

 このうえあのお店でさらに甘味も出すとなると、いよいよパンクする。

 お菓子作りは繊細さが必要なだけに手間もかかるので、掛け持ちは無理だろう。

 となると……今まさにその技術を習得した、カナさんになるけど……。


「……よさげなひと、こころあたりがあります」

「あえ? おかあさん、おみせやらないです?」

「おりょうりはすきだけど、おみせをかまえるまでにはじしんがないわ」


 ……カナさん本人は、どうも乗り気じゃないようだ。

 自信が無いというよりも――時間、が無いんじゃないかな?

 なんたってお絵かきがあるからね。


 俺としても、今後地図作成が始まったときにカナさんの手がふさがっていると困る。

 ここはカナさんの言葉にしたがって、よさげな人に打診してもらおう。


「カナさん。そのよさげな方に打診して頂くことは、可能でしょうか?」

「だいじょうぶです。さっそくきいてきますね」

「ハナもいくです~」


 そういうと、カナさんとハナちゃんはトコトコぽてぽてと家を出て行った。

 さて、打診が上手くいくと良いな。



 ◇



「ホットケーキ、おまちどうなの!」

「おれもたのんでいい?」

「おれのじまんのよめさんでも、ここまでぶあついのはやけないな」


 そして、ちっちゃな屋台のホットケーキ屋さんが出来た。

 広場で元気に営業中だ。


 ――カナさんが打診したのは、いつもお料理をしてくれていた奥様方の一人だった。

 語尾によく「なの」が付くあの人だね。ナノさんだ。


 ナノさんは小柄で繊細そうな若奥様だけど、その繊細さはお菓子作りにはとっても向いていたらしい。

 ユキちゃんに教えられてすぐに、同水準のホットケーキを作ってしまったのだ。

 繊細に計量し、繊細に生地を作り、繊細に焼いている。

 お菓子作りは、ナノさんにぴったりのお仕事だった。


「はい、みんなのぶんなの」

「おいしそー!」

「きゃー!」

「たべよ、たべよ!」

「にだんがさねです~!」

「おまけしといたの。たくさんたべるの」

「ありがとー!」

「ありがとです~!」


 子供たちもお小遣いを出し合って、ナノさんのホットケーキを買いに来ているようだ。

 ナノさんは子供相手にはオマケしてくれるのか、二段重ねになっている。

 あれでは儲けが出ないと思うけど、彼女は子供相手に利益を出すつもりはないんだろうな。

 ホットケーキを美味しそうに食べる子供達を見て、にこにこしている。

 ほんわかしていて、和むね。


 こうして、村には優しくて美味しいホットケーキの屋台が出来たのだった。


 そして案の定――。


「ホットケーキください」

「わたしも」

「おれはにだんがさねでおねがいします」

「あまいにおい、たまりませんな~」


 ――観光客の皆さん、ホットケーキのお店に殺到する、の巻。


「たいへんなのー!」


 一人ではとても捌ききれない客足を見て、ナノさん大慌て。


 七輪一つとフライパン一つでのんびり運営していたお店、修羅場と化す。

 どこかで良く見た光景である。

 ……当然予想出来ていたので、手は打っておきました。


「――というわけで、おてつだいにきました」

「ありがとなの~」


 お料理傭兵ことカナさんを臨時で募兵して、注文をクリアランス。

 同じく七輪とフライパンを携え、援護射撃を開始するカナさんだ。


 ……ちなみに腕グキさんとステキさんは、自分のお店という別の戦場で今も戦っている。

 お料理屋さんとホットケーキ屋さん、分けといてよかった……。

 

「おいしー!」

「こんなたべもの、はじめてね」

「ふわっふわしてて、ふしぎ~」


 屋台の前に置かれたテーブル席で、観光客の皆さんは舌鼓を打っている。

 果物とは違う、濃縮された甘さとバニラの香りにうっとりだね。


「あえ~」


 そして、甘い香りにつられたのか、ハナちゃんがふらふらとやってきた。

 ……ハナちゃん、さっき子供達と分け合って食べたよね?

 足りなかったのかな?


 ……ちらりとお手伝い中のカナさんを見てみる。


「……」


 カナさんはこくり、と頷いた。良いみたいだね。


「ハナちゃん、俺もホットケーキを食べたくなっちゃったけど、一人だと量が多くてね。一緒に食べない?」

「わーい! タイシといっしょにたべるです~!」

「それじゃ、ホットケーキ一つ、お願いします」

「わかったの」


 さっそく調理を始めるナノさんだ。

 てきぱきと生地を練って、フライパンを温め始める。


「うふ~」


 ハナちゃんは、その様子を嬉しそうに眺めていた。

 もうすぐ出来るからね。一緒に食べようね。


 しかしまあ……小休止の日を設けたは良いけど、結局あの日から屋台立ち上げまで、仕事を続けてしまった。

 休養日といえる日程を組んだのに、結局村の人達も巻き込んだのはちょっと反省かな。

 もうちょっと村が落ち着いてきたら、しっかりと休養を取れる日を設ける必要があるかもしれない。


 村の維持もあるからまったく仕事をしない、というのは無理だけどね。

 ただ、お仕事はそこそこにして、あとはぼーっとするのも良いと思う。


 その辺り、今度じっくり考えよう。


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