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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第九章  エルフ観光
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第三話 団長さん


 釣り大会で盛り上がった翌日、乗り物を皆さんに解放する。

 ここで乗り方を練習すれば、自転車購入もしやすくなるだろう。


「それでは、乗り物が乗れる平地までこれで送迎致します」

「オオカミさん、おねがいです~」

「ばう」


 森に集まっていたフクロオオカミに、片道飴玉一個でお手伝いしてもらう。

 ちなみに前払いだ。


「こっちはみちがきれいで、ガタガタしなくていいわね」

「おれらんところも、もうちょっとみちをきれいにするかな」

「となりのむらまでなら、なんとかなるか」


 こっちは道をある程度重機で整備してあるので、やっぱり乗り心地に差があるようだ。

 貨物輸送を前提としてリアカーを渡していたから、人員輸送は考慮してなかったんだよな。

 まさか、百八十キロ程もある距離を、リアカーに乗って来ちゃうとか思わないよ。

 バイタリティ溢れる方々だ。

 ……だいたい徒歩で移動とかだったから、これくらいへっちゃらなんだろうか?

 何にせよ、そこまでして来てくれたのだから、嬉しく思う。

 もっともっとこの村を堪能していって欲しい。


「とうちゃくです~」

「わー! じてんしゃいっぱいー!」

「しゃりんがふたつしかないやつがある!」

「のれるのかな?」


 そうして次に何をするか考えている間に、田んぼのある平地に到着だ。

 到着した皆さんは、さっそく置いてある自転車に興味深々になっている。

 特に二輪は初めてみるので、興味が集中している。

 いきなりは無理だから、キックボードで慣れてもらうことになるかな。


 まあ、前にやったのと同じようにやればいいか。

 それじゃ、始めよう。



 ◇



「のれちゃった!」

「らくちんね!」

「うおおおこれほしいい!」


 割と多くの人が、すぐに乗れるようになった。

 やっぱり、皆さん器用だね。


 まだ乗れていない人も、三輪自転車には乗れるのでそっちを楽しんでいる。

 皆さん思い思いに楽しんでいるので、ケガが無いよう監督役を一人付ければ、運営出来るかな。


 そうして楽しむ人達を眺めていると――ふと、一人だけ雰囲気が違う人が居ることに気づいた。

 素早く二輪に乗れた人の内の一人で、最初は様々な車種を試していたように思う。

 今はママチャリをじっと見つめて、なにやら考えているようだ。

 その顔は、真剣そのもの。一体何を考えているのか、聞いてみよう。


「すみません。ずいぶん真剣なご様子ですが、どうされましたか?」

「あ、えーとですね。このじてんしゃってやつを、どうにかうまくつかえたらなあとおもってまして」


 三十歳くらいに見えるけど、声を聞いたら意外と若い声をしている。

 顔つきがシブいから、実年齢より上に見えるのかもしれない。

 特に眉間のしわは、歴戦の勇士を感じさせるシブさである。


 ……しかし、自転車をどうにか上手く使う、か。

 一体何に使いたいのだろうか。


「どのような目的ですか? ご相談頂ければ、お力になれるかも知れませんよ」

「おお! そうだんにのってくれますか!」

「それはもちろん。元々この道具を提案したのは、私たちです。運用方法も、ある程度の種類と限界は知っておりますので」

「それはこころづよい」


 悩んでいた彼の表情は明るくなったけど、まだ目的を聞いていない。

 出来るかどうかは、その目的次第かな。

 

「それで、何に使おうと想定されておりますか?」

「それがですね……これみたいなものを、しょうぼうだんのそうびにつかえたら、やくだつなあっておもいまして」


 ……消防団か。先月この村でも結成されたけど、聞いた話だと不人気みたいだな。

 郷土愛でなんとか持たせているっぽい感じだった。


「なるほど、消防団ですか。確かに機動力……いわゆる目的地に迅速に移動出来るようになれば、それだけ問題解決の助けにはなりますね」

「そうなんです。じてんしゃがあれば、すぐにかけつけられるかなとおもいまして」

「消防団に所属されてますよね?」

「ええ。だんちょうをつとめておりまして。なかなかひとがあつまらずにくろうしてます」


 団員ではなくて、消防団長なのか。

 自分の指揮する組織を、もっと人の役に立てるようにしたいみたいだな。

 責任感と郷土愛がすごくある人なのかも知れない。

 そういう人で、かつ組織の長だから、顔……というか表情がシブくなるのも頷ける。

 眉間のしわは、悩んで頑張って来たことの証、かもしれない。


 しかし、消防団活動に自転車が使えたら、と言うところまで考えているわけだ。

 それならば、これください! で終わるのではないだろうか。

 なぜ、あれほど真剣に考えていたのだろうか。

 ……近いけどちょっと違う、と言うことだろうか。

 それとも運用するにはちょっと足りない、とか?


「……もしかして、その消防団活動をするに当たって、この車両だと要求を満たせませんか?」

「そうなんです。さきほどためしてみたのですけど、これだとはしれなそうなみちがありまして……」


 まあそうだろうな。ママチャリはオフロードを走る物では無い。

 前に彼らの世界に行ったとき、道は結構整備されていたが、それでも舗装路では無かった。

 ママチャリでは、走破するのに厳しい箇所もあるだろう。

 と言うことは、要求性能の必須要件に「悪路走破性能」があると言うことか。


「もうちょっと悪路を走れる性能が欲しい、ということですか?」

「そうですそうです! あとちょっと、もうすこしなんとかなれば……とおもってまして」


 要求性能確定だね。それなら良いのがある。

 ちょっくら買ってこよう。



 ◇



「というわけで、ガタガタ道でも走れちゃう凄い奴を持ってきました」

「「「おおー!」」」


 団長さんの他に、観光客の皆さんも集まって今さっき買ってきた自転車をキラキラした目で見ている。


「これはマウンテンバイクと言いまして、山岳地帯も走れちゃいます」

「ユキがのってたやつです~!」

「あれ、けっこうなはやさではしってたよな」

「かっこよかった」


 村の方々もいつの間にか参加していて、同じようにマウンテンバイクを見ている。

 そういや、マウンテンバイクには乗って貰ったことなかったな。

 ユキちゃんの愛車はフルサスペンションとディスクブレーキの競技仕様の奴だ。

 さすがにあれを使って練習させるのは勿体ない。


 今回買ってきたのは、同じくフルサスペンションだけど競技仕様じゃない奴だ。

 お値段六万円弱。まあ普通のお値段かな?

 でも、車輪は二十六インチでディスクブレーキかつアルミフレームと、なかなかの性能ではある。

 これなら、悪路走破性能も相当なものだ。


「お、おお……!」

「どうでしょう? これなら相当な悪路でも走れますよ」


 団長さんの目はもうキラキラしている。

 見た目からして悪路に強そうだもんね。

 これがどれくらいの悪路を走れるのか、ちょっと実演してみようか。

 ちょうどそこに、前のリアカー検証の際に放置しておいた土嚢がある。

 まずはこれを乗り越えて見せようか。


「例えばあの障害物をこうして――こう! 乗り越えます」

「「「おおおお!」」」


 トライアル風にひょいっと土嚢の上に乗っかった後、結構な段差からジャンプして降りる。

 それだけで観客の皆さん大盛り上がりだ。


「タイシ~! すごいです~!」

「このじてんしゃ、すげええ」

「あんなんできちゃうの!?」


 これは簡単な部類だね。

 本当はもっとトライアルみたいなことも出来るけど、真似する人が出ると危ないので止めておこう。

 悪路を走破できる事を示せば良いだけの話だ。

 それじゃ、マウンテンバイクを降りて団長さんにお試し願おうかな。


「団長さん、どうでしょうか? 試しに乗ってみて下さい」

「お、おお……!」


 団長さんはふらふらとマウンテンバイクに近づき、ひょいっとまたがった。

 変速ギアの切り替えとか、教えておかないとな。


 そうして暫く練習して貰った結果――。


「おおおおお!」

「でこぼこ、へいきでのりこえてるです~!」

「あのじてんしゃ、すげええええ」


 団長さんは基本操作をすぐ覚えたようで、俺と同じように土嚢超えを練習している所だ。

 結構良い感じにマウンテンバイクに乗れている。

 ……ただ、団長さんはさっきから「おお」としか言わなくなったけど、大丈夫だよね?


 ――そして一時間後。


 マウンテンバイクは団長さんのお眼鏡に適ったようで、購入することになった。

 ただ、消防団の活動で自転車だけあっても、現場に駆けつけられるだけだ。

 そこから先の活動こそ、必要なことだと思う。

 なので、消防団活動に必要な装備も提案してみよう。


「消防団の活動は消火だけでなく、救助とか自警団も兼ねているんでしたっけ?」

「そうです。やれることはだいたいやりますね」

「それなら、お勧めの装備がありますけど……」


 消火器や救急セット、川での救難用のライフジャケット、ロープや工具等、消防団活動に必要な道具を色々提案してみた。

 消火器と救急セット、ロープと工具は車に積んであるのでそれを見せる。

 車載用粉末消火器は多少小さいけど、車の火災を消し止める性能だ。

 ライフジャケットはもう釣り大会で使ったので、大体分かっていると思う。


 そうして、充実装備を並べられた団長さんはと言うと……。


「お、おお……! これがあれば……」


 目をキラキラさせて、これらの装備を見ていた。

 これだけあれば、それなりの救助活動や消火活動はできるだろう。


「あ……でも、おねだんが……。いっしきをかうのがげんかいですかね……」

「……そうですね。それなりの価格にはなります」


 団長さん、手持ちのお金を思い出してしょんぼりしてしまった。

 確かに、団長さんの手持ちだと自分の分を揃えるだけで精一杯か……。

 何とかしてあげたいけど、援助するってのも何か違うかな。

 これは、彼らの力で解決可能な問題だ。うかつに俺が援助すべきではないだろう。


「どうしたものやら……」


 団長さんは困ってしまったけど、そこに観光客の一人が近づいてきた。


「おれ、けがしたとき、しょうぼうだんにたすけてもらったことがあるんだ」

「え? そうなんですか?」

「うん。だから、おれもきょうりょくするよ」


 そう言うと、じゃらじゃらと五百円玉を出し始めた。


 ――カンパだ!


「……そうね。わたしたちのもりのことだものね」

「これがそろえば、やくにたつんだろ?」

「おれもきょうりょくする」


 そうして、観光客の方々はじゃらじゃらと硬貨を集め始める。

 自分たちの森のことだから、消防団の装備が充実することは大事な事なんだろう。

 マウンテンバイクの性能と、活動を支える装備達を見て、役に立つと思ってくれたんだな。

 おっと、こっちの村の人達もカンパしてくれてるな。

 食料援助で助けに来て貰ったこと、忘れてないんだな。


「お、おお……?」


 皆のカンパでどんどんお金が集まってくる。

 その様子を、団長さんは目をまん丸にして見ていた。

 不人気な消防団活動、それを支持して協力してくれる様子に、驚いているのだろうか?


 ……見た感じ数十万円は集まっているな。これなら、三セットは買えるだろう。


「みんな、いいのか?」

「ああ。しょうぼうだん、がんばってくれよ?」

「やくそくする」


 これだけ買ってくれたのなら、俺もちょっとはオマケしても良いだろう。

 沢山買った所にオマケするのは、普通だからね。


「この装備でどんな消防団を作るかは、団長さん次第です。でも、何か分からないことがあったら、遠慮なく相談してください」

「はい……はい……しっかりかんがえます。わからないことがあったら、ききにきます」


 団長さん、頑張って下さい。

 皆の気持ちを受け取った団長さんなら、きっと出来ます。



 ◇



 思わぬ形で商談になってしまったけど、自転車遊びを再開した。

 もう皆さんだいぶ乗れているので、監督役を一人付ければ問題ないかな?


 それじゃせっかく田んぼの近くまで来たので、ちょっくら田んぼの様子でも見てこよう。

 一人で行くのもなんなので、ハナちゃんを誘ってみるかな?


「ハナちゃん、これから田んぼの様子を見に行くけど、一緒にどう?」

「あい! ハナもたんぼいくです~」


 そうして、ハナちゃんはするするとよじ登ってきて、いつもの肩車が完成だ。

 それじゃ、このまま田んぼに向かいましょう!


「あ、おれも」

「わたしもみておきますかね」


 俺とハナちゃんの話を聞いていたのか、村の皆さんも参加表明だ。

 良い機会なので、皆で行こうか。


「それでは、田んぼに皆で行きますか」

「「「はーい」」」


 と言うことで、ゾロゾロと田んぼに向かう。

 ……あれ? 観光客の皆さんも付いてきたぞ?


「たんぼだって」

「あの、きれいなしかくのところよね?」

「あれ、じぶんたちでつくったんだってよ」

「まじで?」


 どうやら田んぼにも興味があるみたいだ。特に断る理由もないので、付いてきて貰おう。

 軽く解説をしといた方が良いかな?


「田んぼというのは、沼地を再現して食べられる植物を栽培するための畑です。人の手で沢山食べられる植物を育てて、お腹いっぱい食べようという技術ですね」

「ぬまちを、じぶんでつくっちゃうの?」

「すごそう」

「あんなくさのはえかた、しぜんじゃできないものね」


 遠目から見た田んぼは綺麗な長方形だ。

 イネが画一的に生えていて、きわめて人工的ではある。

 田舎の自然の風景として田んぼを思い浮かべたりするけど、実は自然ではなく人工的なのが田んぼの風景だね。

 自然の中で暮らすエルフ達にとっては、我々日本人とは違い、正しく人工的に見えているんだろう。


「ああやって人の手で効率的に育つように、色々工夫しているんですよ」

「はえ~」

「てまかけてるな~」

「そうぞうもできない」


 そうして田んぼの解説をしながら、近くまで歩いていく。

 ……思ったより育ってるな。やっぱり、エルフ達が手を入れているから、育ちが早いのかな?


「たしかに、くさがたくさんはえてる」

「これ、たべられるの?」

「にがそう」


 間近でイネを見た皆さん、とても食べられるようには思えないようだ。

 まあ、今の時点では食べられるところは無いね。


「あと九十日ほどすると、この草に実が付きます。その実を採って、美味しい食べ物にするんです」

「おコメができるです~! ハナたちも、けっこうたべてるです~」


 既に炊飯をしているので、ハナちゃんはコメのことを知っている。

 俺の頭をぽふぽふしながら、解説のお手伝いをしてくれた。


「それっておいしいの?」

「しろくてつぶつぶで、とってもおいしいです~」

「なにそれたべたい」

「おいしいんだ」

「おりょうりやさんにいけば、たべさせてもらえるかしら?」


 ハナちゃん渾身のご飯美味しいアピールにより、観光客の皆さんじゅるりとし始める。

 コメは村の人がそこそこ食べられる程度にしか用意していないから、今の備蓄だと観光客向けにだすのはちょっと厳しいかな。

 どうしてもという要望があるなら、買ってこないといけない。

 聞いておこうか。


「ご希望されるのでしたら、コメを調達してきますよ。ただし、お値段は高めになります」

「たべたい~」

「おたかくてもいいです! たべてみたい!」

「おねがいします」


 高くても良いのね。

 そりゃ、観光に来たから多少高くても珍しい物食べたいと思うよね。気持ち分かる。


 ……あと、皆さんお金はまだ出さなくていいですよ。

 五百円玉を握りしめても、ここでは使えませんから……。


「タイシ、おりょうりやさんでおにぎりだすです~! ハナ、がんばってにぎるです~!」


 ハナちゃんが俺の頭をぽふぽふして、おにぎりアピールを始めた。

 

 ――確かに、おにぎりは良いな。コメの味が良く分かる。

 塩味効かせたおにぎりを、お料理屋さんのメニューに加えよう。


「おにぎりか、良いね。俺も手伝っちゃおう!」

「わーい! タイシとおにぎりにぎるです~!」


 提案が了承されて、ハナちゃん大喜びだ。

 足をぱたぱた、頭をぽふぽふしてはしゃいでいる。

 喜んでもらえて何よりだね。


「おにぎりだって」

「なにかにぎっちゃうの?」

「たのしみ~」


 観光客の皆さん、聞いたことない料理にワクワクしている。

 ……これ、またまたお料理屋さんに殺到するのは確実だな。

 助っ人頼んどこう。


「タイシさん、ちょっときになることがあるんだけど……」


 観光客の皆さんが、キャッキャしているそばで、マイスターがちょいちょいと手招きしている。

 なんだろ。


「たんぼのイネなんだけど、さいきんあんまりのびてないかんじがする」

「あえ? そういえば、さいきんのびがとまったです?」

「――伸びが止まった?」


 ……俺の目から見ると、成長著しいように見えるけど。

 普通より成長早いよ?


 あ、成長が早いから――追肥が必要になったんじゃないか?

 追肥が遅れると収穫にモロ響くから、これはまずいな。


「……どれくらい前から、伸び悩んだか分かります?」

「しゃしんがあるから、みくらべてみよう」

「ちゃんとかんさつしてたです~」


 マイスターがしゅっと写真を取り出した。

 ……凄いなこれ、毎日観察してあるじゃないか。

 雨の日も欠かさず記録し続けるとか、なかなか出来るもんじゃない。


「凄いですね。マメに記録してあって、とても助かります」

「こういうのすきだから、そうでもないよ」

「えらいです~」


 謙遜しているけど、まんざらでもないマイスターだ。

 しかしこれは助かる。さっそく比べてみようか。


 ……。

 …………五日ほど前からっぽいな。


「これ位から成長が止まってる感じですかね」

「それっぽいな」


 マイスターのおかげで、時期が特定できた。五日位前から、葉に元気がない。

 ……まあ、これ位ならまだ大丈夫だろう。


「これなら大丈夫ですね。追肥(ついひ)といって、植物の栄養を追加すればまたにょきにょき行きますよ」

「にょきにょきです~!」

「そういうのもひつようなんだ」

「ええ。いつごろするか、どれくらいの量かなどは決まりごとは無いんです。畑や品種、それとお天気にもよるので、経験とカンに頼るしかないんですね」


 いつごろ追肥をすればいいの? と聞かれる事が良くあるけど、追肥は奥が深い。

 作物の生育状況を見て判断しないといけない事なので、システマチックに出来ない類のものである。

 これは長年やってきた農家だけがもつ、地味だけど重要なノウハウだ。

 とは言え、俺もこうだという自信はそれほどない。カンでしかないからね。

 後で親父にも聞いておこう。

 親父は俺より経験があるから、それと大きく違って居なければ問題はないだろう。

 

「まあ、うちの父にも確認して、追肥する時期を決めましょう」

「わかった。そのときはてつだうじゃん」

「ハナもおてつだいするです~」


 観光業も大事だけど、畑も大事だからね。食料はあればあるほどいい。

 冬に備えて蓄えないと。

 でも、きちんと畑を見ていてくれる人が居てよかった。

 普通の畑と成長度合いが違うから、追肥の時期が読みづらい。

 マイスターのおかげだね。


「あ、ここにもおさかながいる!」

「なんか、いきものいっぱいいるね」

「これ、ほんとにひとがつくったの?」


 そうして俺たちが追肥について話している横では、観光客の皆さんが田んぼを興味深そうに見学していた。

 田んぼに住み着く生き物たちが、珍しいようだ。

 そういえば、村の皆も珍しがっていたな。

 俺にとっては当たり前のこの生物も、エルフ達にとっては見たこともない生物なんだろう。


「みんなでがんばって、たんぼつくったです~」

「そうなんだ」

「たいへんそう」

「あい。でも、たのしかったですよ」


 そして、ハナちゃんは観光客の皆さんに説明を始めた。

 一生懸命身振り手振りで、田んぼ作りを説明しようとしている。


「それで、みんなどろんこになったです~」

「がんばったねえ」

「そうやってつくったんだ~」

「すげえ」


 そうして、ハナちゃんの一生懸命な説明に、皆で耳を傾けたのだった。



 ◇



「おにぎりください」

「おれも」

「こっちもおねがいね」


 夕食時、案の定お料理屋さんに殺到する皆さんだ。

 ハナちゃんのおコメおいしいアピールにより、皆さんとっても食べたくなったご様子。

 お料理屋さんはまたもや――修羅場となる。


「おかあさん! こっちできたわ!」

「あらららら? あらららら?」

「ごはんがたりないです~!」


 ステキさんは一心不乱におにぎりを握っているし、腕グキさんは具の用意が間に合わずあたふた。

 そしてハナちゃんはご飯が尽きてしまって「あえ~? あえ~?」と右往左往している。


 可愛いなあ。

 ……と、和んでいる場合では無いので、またもや助っ人をお願いだね。


「――にぎりにきました」

「ごはんはたいてきたの」

「たすかったです~」


 というわけでおにぎりを量産し、事なきを得た。

 コメ十キロも必要だったよ……。


「おいしい!」

「おしおがきいてて、いいわね」

「あのくさから、こんなんとれちゃうの!?」

「たんぼすごい」


 おにぎりを食べた観光客の皆さんは、美味しそうにバクバクと食べている。

 塩を効かせてあるから、塩不足に悩んでいる皆さんにはよけい効いたっぽいね。


「それじゃ、おれもおにぎりたべるじゃん?」

「はい、やさいいためね」

「ええ……?」

「もしかして、おれも?」

「そうよ~、やさいいためよ~」

「やっぱり……」


 マイスターとマッチョさんが、さりげなく便乗しておにぎりを注文した。

 しかし、二人の前にはドドンと野菜炒めが置かれる。

 ……それ、注文する前から用意してたよね?



 ◇



 ――そして、その翌日。


 観光客の皆さんが、田んぼも見学するようになった。

 おにぎりが美味しかったので、その元となるイネと田んぼに興味を持ったようだ。

 田んぼにすむ生き物たちを珍しそうな目で見つめたり、高い所から田んぼを眺めたりしている。


「なんだかおちつくわ」

「ふしぎだな~」

「おいしいおこめ、たくさんできたらいいね」


 のんびりと田んぼを見て回る観光客の皆さん、コメが沢山出来るようにと願掛けしてくれている。

 効果のほどはわからないけど、田んぼとコメに興味を持ってもらえたのは嬉しいなと思う。


 こちら側にとっては珍しくもなんともないただの田んぼだと思っていた。

 しかし、エルフ達にとっては、とても珍しいものだったんだな。

 予想外だったけど、一つの観光名所ができてしまった。


 ……そういえば、俺も子供の頃は目を輝かせて、田んぼに生きるちいさな生き物を見ていたなあ。

 いつ頃から、それをしなくなったんだろう?


 ……ハナちゃんを誘って、また田んぼにでも行ってみるか。

 きっと笑顔で、付いてきてくれるから。


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