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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第九章  エルフ観光
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第一話 エルフのお宿


 観光業立ち上げの第一歩として、本日より宿泊施設を設置する作業が始まる。

 とはいえ、上手く行けば二日で終わる予定だ。

 作業中は重機が行き来するので、まずは立ち入り禁止区域を設定する。


「それではこれから作業を始めます。この白線よりこっち側には絶対に立ち入らないでください」

「みはり、がんばるぜ」

「おれもてつだうじゃん」

「こんどは、どんなきかいがくるのかな~」


 初日はマッチョさんとマイスター、それとメカ好きの人を警備員に雇い、安全を確保した。

 まあ、人の立ち入りを見張って誘導するお仕事だ。

 割と重要であるので、日当を弾んだら希望者が殺到した。

 なのでこの二日間は、希望者を交代制にして雇っている。


「しかし、ふつかでおうちができちゃうものなのですか?」

「きのおうち、つくるのたいへんです?」

「もけいでもふつかじゃできないのに、ほんとにできるの?」


 二日で宿を作ると聞いている皆さんは、果たしてそんなことが可能なのかと懐疑的なご様子だ。

 でも、出来ちゃうんだなこれが。

 ユニットハウスだから、持ってきて置けば良いだけだし。

 

「この村までの道がもうちょい広ければ、一日で全部終えられたんですけどね」

「いちにち……」

「またまた」

「マジで?」


 やっぱり信じられないご様子。まあ、そのあたりは見ればわかる話かな。

 あと、軽量鉄骨なので木の家ではなく鉄の家だったりもする。

 多分皆びっくりするだろうな。


 まあ、工事計画としては割とギリギリのタイムラインなんだけど。

 まず十二トンユニック、いわゆるクレーンが付いたトラックが入れるのは道幅の関係上、畑のある平地のところまで。

 この機材なら三坪、つまり六畳のユニットハウスを二つ輸送できる。

 この十二トンユニックを三台レンタルして、一日で一気に六棟運んでくる。

 そして運んできたユニットハウスは、いったん平地にプールしておく。

 

 次に、このプールしてあったユニットハウスを、四トンユニックを一台使って村まで運ぶ。

 いつも村まで乗り入れているワゴン車の車幅は一メートル八十センチ弱で、四トンユニックは二メートル二十センチ弱だ。

 この車幅であれば、ギリギリ村まで行ける。

 そして四トンユニックに積めるユニットハウスは一つなので、四トンユニックだと一日六往復することになる。

 こうして村に運んできたユニットハウスは、そのまま予定地にポンと置く。

 これを二日繰り返して、合計十二棟の宿を作ってしまう計画だ。

 

 設置するユニットハウスは発注および製造済みで、既に納品可能となっている。

 今日六棟受け取って、明日また六棟輸送だ。

 発注した工場では一日八棟作れるという話なので、製造に余裕があるほど。

 現代のマスプロダクション、凄いね。



 ◇



「なんかすごいのきたです~!」

「おっきい」

「かっこいい!」


 四トンユニックにユニットハウスを積み込んで村に乗り入れると、それを見た皆さんは腰を抜かした。

 今まで見た最大の乗り物はトラクターだったから、重量物を積載したトラックなんて見たらそりゃ驚くのも無理はない。

 皆きちんと白線から先には来ていないから、ちゃんと言いつけを守ってくれていてありがたいね。

 それじゃ、作業を続けよう。


「タイシさん、このおっきいのもじどうしゃってやつなんですか?」

「そうですよ。これはトラックと言って、大きな荷物や大量の荷物を運ぶ乗り物なんです」


 クレーン付きトラックだから、まあトラックと言って差し支えは無いかな。

 だいたいユニックって呼ぶけど。


「どぎもぬかれた……」

「やべえ」

「ふるえる」


 四トンユニックでこれなら、下で待機している十二トンユニックを見たらどうなるんだろうか……。

 最終日で作業を全部終えた後、見学してもらうのも良いかもしれないな。


「タイシタイシ、これっておうちです?」

「しかくいのね」

「これ、きのおうちじゃない?」


 そしてハナちゃんや他の方は、荷台に積まれているユニットハウスに目が釘付けになった。

 そうです、これがおうちなんです。


「これが一つの家になるんだ。そこの基礎のところに置いたら、もう完成だよ」

「えええええ!」

「そんなんで、できちゃうの!?」

「まじで!」


 置くだけで完成と聞いた皆さん、目をまん丸にしてびっくりしている。

 まあ、設置は三十分で終わるから、すぐに分かるかな。

 さっさと設置してしまおう。


「それじゃ今から家を設置しますので、見ていてください」

「ちゃんとけいびするぜ」

「こっからさきにきたらあぶないぞ~」

「はい、さがってさがってー!」


 警備員エルフの三人、張り切ってお仕事をしてくれる。

 三人の格好は、農作業用のツナギと安全ヘルメット、それと誘導棒だ。

 見た目からしてまさに警備員だね。

 彼らが安全を確保してくれているので、こちらも作業が楽でいい。


 ――よし、それじゃ基礎の上にユニットハウスを設置しましょう。


「それじゃ高橋さん、玉掛お願い。あと合図も」

「おう」


 高橋さんを合図者に指名し、玉掛も兼任して貰う。

 一人でもやろうと思えば出来るけど、ここは安全第一だ。


「玉掛よし。確認してくれ」

「玉掛確認、問題なし」


 高橋さんにして貰った玉掛を、念のため二重チェックする。

 特に問題なし。それじゃ、開始しよう。


 アウトリガー下鉄板養生よし、水平良し、張り出し良し、センター良し。


「こっちは大丈夫。合図お願い」

「じゃ始めるぞ! チョイゴーヘッド! ……はい、ストップ!」

 

 ゆっくり巻き上げて地切りし、停止。

 ほんのちょっと荷物が吊り上る。

 この時点でいったん、荷物に問題ないかを確認だ。


 ……つり荷と玉掛よし。バランス良し、アウトリガーの浮きなし。

 ここまで問題なし。


「問題なし! チョイチョイゴーヘッド! ……はい、ストップ!」


 少し巻き上げ、これ位の高さかな?

 チョイは「ゆっくり」、チョイチョイは「少し」。

 聞き間違いの無いように。


「おし、右旋回! もうチョイ、もうチョイ、はーいストップ!」


 次は目的地までの旋回を開始。

 ゆっくり、ゆっくり、慎重に……。

 一気にやるのではなく、一つ一つを確実に、ゆっくりと。

 高橋さんの合図に従って操作し、目的地に合わせる。


「チョイチョイ。……ちっと足りないな。大志、親スラー!」


 距離が足りないと。ちょっとジブを倒して……と。

 よし、ぴったりだ。


「はーいストップ! 位置良し。……それじゃ降ろすぞ!」


 高橋さんが手で微調整し、確認オーケーが出る。

 それじゃ、ゆっくり降ろそう。慎重に慎重に。


「チョイスラー! もうチョイ、もうチョイ」


 ゆっくり巻き下げ、ゆっくり、ゆっくり……。

 コンクリブロックの基礎からずれないように……。


「……ストップ!」


 最後に高橋さんがもう一度位置確認だ。


「おーし、チョイチョイスラー! もうチョイ……ストップ!」


 少し巻下げ、ゆっくり巻下げ……接地。

 ――よし、操作終了!


 後は玉掛けしてフックを外して貰えば、作業終了だ。


「おし、玉掛け終了!」

「それじゃクレーン戻すよ」


 高橋さんが離れたのを確認して、クレーンを元に戻す。

 これで一棟の設置は完了だ。

 ユニットハウス製造時にソーラーライトは設置して貰っているので、あとは軽く掃除するくらいかな。

 掃除は親父とユキちゃんが担当してくれる。


「……これでおわりです?」

「うん、この家はこれで完成だよ。あとは掃除するだけだね」

「もうできちゃった」

「ほんとにおくだけ」

「かっこいい!」


 本来ならここで水道やら電気やらの工事が入るけど、この村にはどちらもないからこれで完了だ。

 ……折角だから、中に入ってみてもらおうか。

 実際にこのユニットハウスに宿泊する方々もいるわけだからね。


「皆さん、お試しでこの家の中を見学されますか? この家が旅してきた方々の宿となりますので、見ておくのもよろしいかと」

「みるです~!」

「おれもみたい」

「どんなおうちかな」


 引き戸をガラガラと開けると、好奇心旺盛な方々がぞろぞろと見学に入って行った。

 六畳なので二人ずつね。殺到しても入れないから。


「あや! けっこうかいてきそうです~」

「ふつうにすめちゃうな」

「このおうちも、すげえがんじょう」


 ユニットハウスを見学している皆さん、ワイワイキャッキャと大騒ぎだ。

 持ってきてポンと置くだけの家だけど、実は賃貸住宅は結構このユニットハウスだったりする。

 基礎工事をしっかりやってはあるけど、上物(うわもの)はユニットハウスという。

 自分が住んでいるアパートが、実はこのユニットハウスという事に気づいてない方々も結構いる。

 きちんと施工すれば、そういう水準の家を作れる工法で、これが意外とバカにできない。

 工事現場にあるあの仮設事務所のイメージが強いけど、実はあの店舗もユニットハウス、あのアパートもユニットハウスなど、そこらじゅうに溢れている。


「あっというまに、おうちできちゃった……」

「このむら、やばい」

「なんもいえねえ……」


 多少はこっちの技術と重機にある程度慣れている村の皆さんと違い、観光客の皆さんは激しくぷるぷる震えている。

 どうやら、相当衝撃を受けたようだ。


 まあ……家が一日で設置できちゃうというのは、こっちの世界でも知らない人は驚く。

 朝出勤した時は何もなかったのに、夕方帰ってきてみたら家が出来てたとか、知らなかったらそりゃ驚くよね。


「こっちのぎじゅつがとんでもないのはわかっていたつもりでしたけど……あまかったですね……」

「なにがおきてるか、よくわかんないです~」

「しゃ、しゃしんとっていいですか?」

「写真撮影は自由ですよ。いくらでもどうぞ」


 ヤナさんもそれなりにぷるぷるしてるね。

 ……ハナちゃんは、ぽか~んとした顔だ。

 そしてカナさんはキラキラした目で撮影許可、と。

 写真は幾らでもどうぞ。良くある工事現場なので……。


「あ! そうだ、おれらもしゃしんとろう!」

「さっそく、カメラつかおう!」

「このしょうげき、のこしたい」


 カナさんが写真を撮り始めたのを見て、観光客の皆さんもどこからかカメラを取り出してパシャパシャやり始めた。

 ……インスタントフィルムをもっと調達しておこう。

 きっと速攻で使い切るはずだ。


 さて、写真撮影が一段落したら、作業の続きをしよう。


「それじゃまた作業を始めますので、警備の続きを願いします」

「うーし、やるぞ~」

「はいはーい。さがってさがって~」

「かっこいい」


 今日中にあと五棟設置しないとな、慌てず急がず、一つ一つ確実にやろう。



 ◇



 ――そして翌日、作業完了である。

 あっさり!


「これで作業は完了です。観光客向けの宿泊所ができました!」

「このやばさ、ことばにできない……」

「たくさんのおうちがもうそろったとか、ふる、ふるえる……」

「おれはなにをじまんすりゃいいの……?」


 十二棟の宿泊施設は無事設置完了し、お披露目となった。

 なったのだけど……村のエルフも旅のエルフもぷるぷるが止まらない。

 あと、おっちゃんエルフさん、無理して自慢の品を探さなくても、いいですよ……。


「……それで、わたしたちがこのおうちをつかってもよろしいのでしたっけ?」

「ええ。一日一部屋五百円で提供します。一人五百円ではなく、一部屋五百円なのでお間違えの無い様」

「ひとへやのりょうきんといいますと?」

「五百円支払えば二人でも三人でも泊まれます。例えば二人で泊まって料金を二人で出し合った場合、一人頭二百五十円出すことになります」

「とまるひとがおおいほど、おとくなんですね」

「部屋の広さに限度がありますが、そうなります。二人か三人がお勧めですね」

「なるほど、わかりました」


 元族長さんが代表して色々質問してくれた。

 まあ、おふとん付きで一泊五百円なら、まあまあの料金かなと思う。

 前払い制なので、チェックインとチェックアウトの管理は適当だ。

 おふとんのシーツ交換時以外は宿泊客をほぼ放置する、超適当運用である。


「あと、テントは寝袋付きで貸し出し無料だ。もっとお金を節約したい人は、こっちがお勧めだな」


 高橋さんが補足説明してくれたけど、テント泊は無料にした。

 お金を節約したい人向けのサービスだね。

 とはいえ、テントと寝袋があれば実は結構快適に過ごせる。

 これで十分快適という人にはお勧めかなと思う。

 最後に、既存施設の有効活用として、空き家も泊まれるようにした。


「こっちの空き家は一日二千円となります。一軒家で贅沢したい人にオススメです」

「おたかめ?」

「でも、いちにちくらいならいいかも」

「とまってみたいわ」


 空き家はスイートルームみたいな感じで、お高めだけど泊まれるようにはした。

 広さと設備が違うからね。

 テント泊、ユニットハウス泊、そして空き家泊と懐具合を見て選択してもらえたらいいなと思う。


「あと、この宿と空き家はおふとん付きです。シーツはマメに交換しますので、お部屋に訪問する場合があります」

「おふとんだ~!」

「ふわっふわ、らしいのよね~」

「ゆめのおふとん……」


 おふとん付きと聞いて、旅行客の皆さんうっとりだ。

 元族長さんから聞いてたっぽいな。


「それでは、こちらの札がテント、こちらの札が宿、こちらの二枚が空き家となります。それぞれ泊まりたい宿の札を持ってきてください」

「おれテントにする」

「わたしはふつうにしようかしら」

「おれはふんぱつして、あきやにするぜ!」


 ワーワーと、思い思いの札を手に取る皆さんだ。

 やっぱり女性陣は家を選択し、男性陣はテントを選択する傾向があるな。

 みんなでよく相談して、譲り合っていただきたい。


「でも大志さん、このユニットハウスの設置って、かなりお金かかってますよね?」

「まあ総額で六百万ほどかかったかな?」

「六百……」


 ジャージ姿でお掃除道具を装備したユキちゃん、総額を聞いて固まる。

 ユキちゃんの想像よりも、金額は高かったようだ。


「それ、一泊五百円で元取れるのですか?」

「取れないよ」

「ええ……?」


 儲けるための施設じゃないからね。

 この村に来た人が、快適に過ごせるようにするための施設だ。


「それだと、大志さんだけ損しませんか?」

「あの光景を見れたんだから、もう元は取れたかなと思うけど」

「あの光景……?」


 開業したばかりの宿泊施設に目をやる。

 ユキちゃんもつられてそっちを見ると――。


「ふしぎなおうち~」

「かいてき」

「けっこうひろいじゃないの」


 視線の先には、宿に入って、窓から顔を出したり引き戸を開けたり閉めたりする観光客の皆さんが居る。

 皆さん楽しそうで、大はしゃぎだ。


「あの人達が宿泊し始めた途端、無味乾燥だったユニットハウスの宿泊施設が、一気に可愛らしくなったと思わない?」

「そういえば……」


 工場で作った規格品を、ただ並べて置いただけの宿泊施設だった。

 整然と並んでいて、威圧感すらあったかも知れない。

 でも、エルフ達が宿泊し始めた途端、一気に雰囲気がゆるゆるだ。

 彼らが泊まってくれるだけで、これほど雰囲気が変わった。


「雰囲気がぽわぽわとしていて、エルフ宿~、みたいな感じになったと思うんだよ」

「……そうですね。とっても、可愛いです!」

「こういう光景が見れただけでも、俺は元が取れたなって思うよ」

「普通じゃ、こんなの見られないですね……」


 そうしてしばらく、ユキちゃんと二人で、宿でキャッキャする皆さんを眺めたのだった。



 ◇



「これがうわさのおふとん……」

「あったかそう」

「ふわふわね」


 宿に入った観光客の皆さん、一通りはしゃいだ後はおふとんをぽふぽふし始めた。

 今日から、そのおふとんでぐっすり休んでください。


「あの……これはなんでしょう?」

「なぞのはこ」

「てんじょうのなんかと、ひもでつながってるわね」

「これがあの、ひかるやつじゃない?」


 そして一通りおふとんを堪能した皆さんの興味は、客室備え付けのソーラーライトに移る。

 まあ、ご指摘の通り光る奴ですね。


「そうです。光る奴です。昼間のうちにお天道様の光の力を貯めておいて、夜はその力をつかってこの天井のソレを光らせます」

「やっぱりだ!」

「これもほしいのよね」

「どうやってつかうの?」


 各家庭と主要施設には設置してあるから、物自体は認知されているね。

 使い方も簡単だから、すぐに覚えられると思う。


「この出っ張っているものを押すと光ったり消えたりして、これを回すと明るさを調整できます」

「あかるい!」

「べんりだな~」

「これがあると、よふかししちゃいそうだわ」


 ボタンとつまみを操作してペカペカと実演してみせる。

 簡単操作なので、まあ使えないって事はないだろう。

 皆さんもすんなりと、そういうものだと理解してくれている。


「これって、あっちのもりでもつかえるの?」

「それきになる」

「わたしたちでも、なんとかなるのかしら?」


 使い方と効果がわかったけど、購入しても運用できるかが気になっているよだ。

 ……ソーラーパネルと電源ケーブルの取扱を気を付ければ、出来るとは思うんだけど……。

 説明だけはしておいて、各自判断してもらうか。


「この道具で大事なのは、お天道様の光を使うってところです。外にある黒い板があったでしょう? あれを外に付けて、お天道様に当て続けないといけないんです」

「あれか~」

「それくらいなら、なんとかなりそう」

「おうちにこていするときは、ひもでむすんでもいいの?」

「お天道様の方に向いているなら、ひもで結んでも良いですよ」


 色々質問が出てきたので、その他の注意事項も説明しておこう。


「他にもいくつかあります。例えば――」


 観光客の皆さんに、ソーラーライト運用の注意点を説明していく。

 まあ、インドの無電化地域向けに開発されたものだから、良くわかってない人でも運用できるようには設計されている。

 設置方法や曇りの場合、それと製品寿命などを説明していく。


「あ、それとですけど……皆さんが迷惑雑草といっているあの叫ぶ草なのですけど、あの草はこの光が大好きで、夜中になると光に寄ってきます」

「まじで」

「あれうるさいのよね~」

「でも、ちゃんとすると、なんだかきれいなものがみられるってきいたわ」


 おおむね迷惑雑草という認識の人が多いけど、何名かは元族長さんに話を聞いたのか、そう捨てたものでもないという話をしている人もちらほら。

 いっぺんワサビちゃんの花見をすれば、印象はガラっとかわると思う。


 ただ、観光客の皆さんが滞在している間に新月がやってくるかと言えば、ちょっとわからない。

 いつまで滞在するかはお任せだから、あと半月も先の新月のときまで村に居てくれるかは怪しい所だ。

 無理矢理頑張っても、新月が来る前に手持ちのお金が尽きると思う。


 ぜひとも見て欲しいけど、時期が合わないとどうしようもないからね。

 難しい所ではある。


 ……とりあえずワサビちゃんが、家の中に入ってこないようにする方策は伝えておこう。


「この明かりに寄って来るので、どこか野外に一つでも良いのでこのライトを設置しておけば、みんなそっちに行きますよ」

「そうなんだ」

「だれがふたんするかっていうもんだいはあるな」

「あとでそうだんしようぜ」


 ワサビちゃん畑を作るという目的があるなら誰かがやるだろうけど、今はまだそこまではいかないかな。

 急いで理解を求めてもしょうがないので、ちょっとずつやって行こう。

 この村に滞在していれば、だんだんとワサビちゃんの良さがわかって来るはずだ。

 お料理屋さんの調味料にも使われているからね。


「そういえば、あのざっそうをきれいにするのって、どうやるの?」

「綺麗というと、花を咲かせたりですか?」

「そうそう、それです」


 花咲ワサビちゃんの、話だけは聞いているみたいだな。

 とりあえずやることは簡単だから、説明だけはしとこうか。

 

「ライトを外に設置して、新月を待つだけですけど……」

「やっぱり、だれがそれをふたんするかってはなしになりますか」

「まあそうですね。様子見をしたほうがよろしいかと」

「それがいいかもですね」


 ちょっと興味があっただけのようで、すんなり引いたかな。

 このちょっとの興味が、いずれ大きく育てばいいかなと思う。


「……タイシタイシ、いつものやらないです?」


 いつの間にか隣にいたハナちゃんが、なにか問いかけてきた。いつもの?

 何だろう? いつものって。


「いつものって、何かな?」

「おとうさんたちがえんりょしたときに、そのきにさせるアレです~」

「ああ、アレね」


 悪魔のささ――ではなくセールストークね。

 確かにアレをやれば一発かなとは思う。だけどこういう場合は控えたいな。

 何故なら――。


「――生き物が関係してくる事だから、慎重に行きたいんだ」

「あえ? いきものだから、しんちょうにやるです?」

「そうだよ。相手は生きているからね。念には念を重ねたほうが良いんだ」

「なるほどです~」


 生き物相手では、思った通りに出来る事は無いからね。慎重にやらなければいけない。

 農業、畜産、養蜂養蚕、それに醸造だって、実は思い通りには出来ていない。


 上手くいっているように見えるのは、従事者がそれらの生き物と上手く付き合っていけるよう、常に努力しているからだ。

 これらは努力の積み重ねによってのみ、なんとか成立させることが出来る。

 その努力をする為には、相手のことを理解しないといけないけど……。


「それに、自分たちも含めて、皆もワサビちゃんのこと良くわかってないよね?」

「あい。よくわからないいきものです~」

「だから、まだまだ早いかなって思うんだ。もっとワサビちゃんの事、知ってあげないとね」


 あとは、その気にさせてお世話をさせても、相手は生き物だ。思い通りにはいかない。

 もしままならないことが起きたら、投げ出してしまうかもしれない。

 そんな事態は、避けたい。

 

「ワサビちゃんのこと、もっとよくみるです~」

「それが良いと思うよ。こういうのは慌てずに、じっくりやろうね」

「あい。じっくりやるです~」


 あっちの世界でも出来たら良いなって思うけど、慌てず急がず。

 さらりとアピールする程度にしておこう。

 元族長さんが前に来たときだって、さらっと説明するに留めたわけで。

 こういうのは焦ってはいけない。


「そのうち、きっと理解してくれる人が出てくるよ。その時お手伝いしようね」

「あい~!」


 ワサビちゃんの事は流れに身を任せるとして、こっちは今できることをしないとね。

 宿の設置も終わったので、次は観光アクティビティだ。

 まずは、釣り大会をやろう。


 沢山釣れたら、盛り上がるぞ。大物がつれたら、もっと盛り上がる。

 楽しいイベントになれば良いなと思う。


 ――あ、釣れなかったらどうしよう。

 そこ、全然考えてなかった……。


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