第八話 素敵なおうち
皆でこれからの事を話し込んでいるうちに、いつの間にか夕刻に差し掛かかろうとしていた。
もう少ししたら、暗くなってくる頃合いだ。
食事をとって多少回復したとはいえ、エルフ達も疲れているだろう。
今日はもう休んでもらい、詳しい話は明日にしよう。
今は英気を養ってもらうのが一番だ。
「では皆さん。話も一通りまとまりましたので、あとは休んで明日に備えることにしましょう。具体的にどうするかはまた明日相談するということで」
「わかりました。ここでやすんでもよいのですか?」
ヤナさんは集会場を見渡しながら言った。
まあ、ここで寝ても良いんだけど……空き家もあるんだよね。
好きな方を選んでもらおうかな。
「ここで寝ても良いですし、足りるかはわかりませんが、空き家もあるのでご自由に使って頂いて構いませんよ」
「え? あのいえを、わたしたちがつかってよいのですか?」
「タイシほんとです?」
ヤナさんとハナちゃんが驚きの顔をしたけど、むしろ住んでもらわないと困る。
人が住まない家はすぐに痛むし、何より客人の為に作った家々だからね。
ここで使わないで、どこで使うのか。
「ええ。あの空き家は、皆さんのような客人の方のためにあります。だから遠慮されずとも良いですよ」
「あのおうちにすんでもいいの?」
「あんなすごいおうちでねられるとか、すてき」
「あれ? おれないてるのか……?」
他のエルフ達も、それを聞いて驚き顔で騒ぎ始めた。
……葉っぱの家に住んでいたらしき彼らは、あの普通のログハウスでも感動ものらしい。
泣き出すエルフも出る始末。
「なにからなにまで、ありがとうございます」
またもやペコペコするヤナさん。他のエルフも釣られてペコペコしている。
「タイシありがとです~」
ハナちゃんは俺の周りでぴょんぴょんしだした。嬉しさ一杯という感じだ。
でも、空き家を割り当てるにしても、どうしようかな……。
空き家は十棟あるけど、エルフ達は三十人位居るんだよね。
これをどう割り当てたらいいかだけど……順当に家族単位が良いかな?
家族単位で割り当てるには、まずはどんな世帯構成かを調べる必要があるかな。
家族ごとに、まとまってもらおう。
「それではご家族ごとにまとまってもらえますか? そうすれば家が足りるか分かると思いますので」
「「「はーい!」」」
エルフ達がいそいそと動き、ほどなくして一通りのまとまりが出来た。
数えてみると、六家族に男単身者二人、合計三十一人だった。
これなら必要とする家は八棟だから、十分足りる格好だ。
良かった、家は足りた。
じゃあ、家族ごとに割り当てる提案をしてみるか。
「八世帯ですね。これならご家族ごとに一軒ずつ家を割り当てられますよ。そうされます?」
「いいの?」
「ぜひともぜひとも!」
「うれしいです~」
家族ごとに家一軒。これを聞いたエルフ達は大喜びだ。
ここまで喜んでもらえるなら、苦労して親父や高橋さん達と家を建て替えた甲斐がある。
茅葺屋根だった家々を、当時の客人達と数年かけ、コツコツとログハウスに建て替えたのだ。
その頃の住人はもう村には居ないが、彼らの地道な努力が今――エルフ達のために役立とうとしている。
感慨もひとしおだ。
それじゃ、早速皆を案内してあげよう。使い方も説明してあげなきゃな。
「じゃあ皆さん、家を割り当てたいと思いますので、付いてきてください」
エルフ達をゾロゾロと引き連れ、一番近い空き家に向かう。
空き家の作りは、大きさの大小に若干の差はあれど、基本はどれも同じだ。
平屋建てのログハウスで、ほとんどは延べ床面積十四坪、総床面積十八坪の二LDK仕様だ。
一家族が暮らすならまあ、問題は無いんじゃないかな?
ひとまずは全員で一つの空き家に移動して、説明をしとこう。
「このような家に、ご家族ごとに住んで頂こうと思います」
「おおお……」とざわめくエルフ達。目がキラキラしている。
「タイシさん。このいえはどこからはいればいいのですか?」
ヤナさんが聞いてくる。そういえば扉が開かなくて入れなかったと言っていたな。
鍵がかかっているから当然なんだけど、まずは鍵の使い方を説明したほうがいいかな。
「この家の扉には、鍵という仕掛けが付いていまして」
「カギ? ですか」
「ええ、この鍵というやつは、扉を開かなくする仕掛けなんです」
ズボンのポケットから、じゃらりと家の鍵を取り出す。
十棟分の鍵がまとまった鍵束だ。
「その、ひかってるやつがカギ、というやつですか?」
「そうです。この鍵一個一個が、それぞれの家の扉を開ける専用の物です」
興味深そうに鍵を見つめるエルフ達に、実演してみせよう。
ええと……この家は三号棟か。三号棟の鍵はこれか。
それじゃ、鍵を見せてから使い方を説明しよう。
「ここに鍵穴、という穴が開いてまして。鍵を差し込んで回すとこのように」
かちゃ、と音がして鍵が開く。
「そうすると、この取っ手が動くようになります」
続けて取っ手をひねって扉を開ける。とたん、エルフ達がわいわい騒ぎだす。
「ああやってあけるのか」
「かちゃとかいった」
「なぞのぎじゅつ」
それを見ていたヤナさん、鍵に興味深々な様子で話しかけてきた。
「こんなしかけがあるなんて……ためしてみてもいいですか?」
「良いですよ。実際にやってみましょう。逆に回すと鍵がかかって扉が開かなくなります」
ヤナさんに鍵を渡すと、開けたり閉めたりして使い方を反復学習し始めた。
「これ、すごいですね。ほかのいえは、このかぎではあけられないのですよね?」
「ええ、それぞれの家で、別々の鍵を使うことになります」
「ということは、かぎさえかけていれば、けものなどはいえにはいってこれないわけですね」
獣が家に入ってこない? そうだな。葉っぱの家だと入り放題だろうな。
「まあ大きい獣は入ってこれないですね」
「それをきいてあんしんしました」
なんだろう、彼らは常に獣の脅威にさらされていたのだろうか……ヤナさんが遠い目をしている。
あまり深くは追及しないでおこう。
本来の目的は家の案内と説明なので、他のエルフ達にも鍵の使い方を覚えて貰わなければならない。
「では皆さん、同じように鍵の使い方を覚えましょう」
遠い目で空を見上げてしまったヤナさんはほっといて、皆に鍵の使い方を練習してもらう。
「これべんりだわ~」
「もうなにもこわくない」
「あれ? どっちまわしがあくんだっけ?」
わいわいと鍵の使い方を練習していたエルフ達は、それほど苦労することも無く鍵の使い方を習得する。
まあ簡単だし、すぐに覚えられるよね。
もう鍵の練習は十分だろうから、そろそろ家の中を案内しましょう。
「これが家の中です。さっきもやったとおり足を拭いてから入ってください。家の中に家具は何もないですが、ここで寝たりご飯を食べたりします」
足を拭いてもらって、皆を家の中に案内する。
「このとうめいなかべ、すげえ」
「やねにすきまがないおうちとか、すてき」
「おれがすんでいたのは、いえじゃなくてただのはっぱのせだったのだ……」
エルフ達は家の中を見て、悲喜こもごもの反応をしている。
……彼らにとってガラス窓が珍しいのは分かるけど、ただの葉っぱ乗せとか……。
あとは隙間がないのが素敵とか、一体どんな住環境だったのか気になる。
……そのあたりはいずれ聞こう。まずは家の説明をしなきゃね。
「ここがリビングで……」
間取りを解説するたびに大騒ぎのエルフ達だ。
彼らになんとか一通り家の使い方を説明し、まずは六人家族の大所帯を割り当てた。
その後も残った家族を引き連れ、各々の家を割り当てる。
家を割り当てられた家族はキャーキャー大はしゃぎだった。
喜んでもらえて、何よりです。
そして最後にハナちゃん一家の家を割り当てたけど、ハナちゃん家も六人家族の大所帯だった。
ハナちゃんと両親、祖父祖母とひいお婆ちゃんという構成だった。
他のエルフ家族と同様、家を割り当てた後はキャーキャー大はしゃぎしていた。
ハナちゃんはもちろんなのだが、一番はしゃいでいたのは――カナさんだ。
普段は寡黙な印象のあるカナさんなのだが、個室があると聞いた途端キャーキャー喜びだした。
一人になれる時間が欲しいのだろうか……。
そんなこんなで最後のハナちゃん家族に家を割り当て、今日の仕事は終了した。
そろそろ俺も、休むとしよう。
個室でキャーキャー言っているカナさんはそっとしておき、ヤナさんに声をかけておこう。
「それでは、私は集会場で寝ますので、明日になったら声をかけます。また集会場に集まりましょう」
俺も今日は村に泊まろう。
家に大喜びのエルフ達とはいえ、いきなり知らない土地で知らない家に泊まるわけだ。
ここで俺が帰ってしまったら、不安だろうからね。
彼らを安心させるためにも、今日は村に残る必要があると思う。
「ありがたいことです。あしたもよろしくおねがいいたします」
そんな俺の考えを読み取ってくれたのか、ヤナさんはほっとした様子だ。
「それでは、また明日」
「よろしくおねがいします」
「おやすみです~」
「ふがふが」
ハナちゃん一家は、姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
ハナちゃん一家とひとまず別れて集会場に向かう。
その道すがら、空き家だった家を遠巻きに見てみた。
――無人だった家に人が住み、一家だんらんの声が聞こえてくる。
ああ……人が居るって良いなあ。
村が一気に、明るくなった。あの寂しかった村が、賑やかになった。
ただまあ……カナさんのキャーキャー言う声がここまで聞こえてくるんだけど……。
カナさん……どんだけ個室が嬉しかったの?
◇
集会場に到着し、布団を敷いてすぐさま倒れ込んだ。
寝るにはまだ早い時間だけど、体はクタクタだ。
親父に電話して泊まることを告げ、さっさと寝てしまおう。
『お、大志か。どんな感じだ?』
親父に電話すると、すぐさま様子を聞いてきた。
まあ、ありのままを話しておこう。
「ラーメンで満足してくれたよ。今は空き家を家族ごとに割り当てて、休んでもらってる」
『そうか。ひと段落ついたみたいだな』
「そんで今日は俺もこっちに泊まるわ。俺が帰ると不安だろうし」
俺もちょっと、彼らを放っておけないしな。
『そうしてやれ、こっちで何か準備しておくものあるか?』
何かあったかな……俺も疲れていて頭がうまく働かない。考えるのは後にしようか。
「今のところ特に無いな。明日詳しい話を聞いた後でそっち帰るから、何が必要かその時相談しよう」
『わかった。お前も今日は早く寝ろよ』
「ああ、もう寝るわ。じゃあ、おやすみ」
『おやすみ』
親父との電話を切って、今一度今日の出来事を振り返る。
一日エルフ達に振り回されっぱなしだったな……でもとても楽しかった。
ラーメンと卵で大喜びしていたエルフ達の顔や、家の割り当てではしゃぎまわる様子を思い出し、こっちも嬉しくなってくる。
親父も爺さんも、初めて客と遭遇した時はこんな感じだったのかな。
だからあんなに頑張っていたのかな……俺も、頑張らなZZZZ。