第十三話 遠慮なさらず
季節は七月初め、梅雨真っ盛りになりました。
雨具を贈られたエルフ達は、傘を差したり雨合羽を着たりして凌ぎます。
ただ、村でも毎日毎日雨ばかり。エルフ達はおうちに引きこもりがちになりました。
そして大志と雪恵は枯れた森で採取したサンプルを再調査するため遠くに行っており、しばらく村には来れません。
大志のお父さんや高橋さんは、温泉の拡張工事をするということでちょくちょく顔を出してくれますが、エルフ達だけで過ごすことも多くなりました。
さて、そんな引きこもりエルフ達は、何をしているのでしょうか?
◇
「お父さん、そろそろ寝るです?」
「もうちょっと、もうちょっと待ってて」
夜遅く、何やらヤナさんは夜更かししている模様です。
ハナちゃんが寝ようと誘っても、ヤナさんは作業に夢中ですね。
そんなヤナさんは何をしているのかというと――。
「でもほら、結構形になってきただろう? このへんとか」
「お洋服、楽しみです~」
――お洋服を作っているのでした!
「ヤナ、熱中するのは良いけど、明日またやりましょうよ」
「ふが」
「う、うん。でも……」
「夜更かし、よくないです~」
ヤナさんは名残惜しそうですが、皆に押し切られて今日はもうお休みなさいとなりました。
ヤナさんがお洋服づくりに熱中しているのには、わけがあります。
それは、数日前の事でした――。
◇
数日前、しとしとと雨が降る中、大志は集会場に皆を集めました。
隣には雪恵がなにか長い物を用意していますが、なんでしょうか?
「タイシさん、その長い筒は何でしょうか?」
「これは、ふくをつくるためのぬのです」
ヤナさんがなにやら長い物の正体を聞いたところ、布とのこと。
これは反物だったのですね。
大志が筒から反物を取り出し、皆に見せました。
「布! 貴重品じゃん!」
「こんなに沢山の布とか、すてき」
「俺の自慢の布は、ただのお手拭だったのだ……」
布を見て驚くエルフ達、わいわいと騒ぎだしました。
彼らにとっては、色とりどりの布がこんなに沢山あるなんて、初めての事だったのです。
「こちらにおさいほうどうぐもあります。みんなでおようふくをつくりましょう!」
雪恵はそう言うと、お裁縫道具を皆に見せました。
これだけでも一通りのお裁縫ができちゃう優れものです。
「見たこともない道具」
「お裁縫道具は私らも持ってるでしょ。おまけに作りは似てるわよ」
「裁縫とか、謎の技術じゃねえ?」
「なんで布から、こんな服が出来るのか意味が分からない」
「お裁縫が謎の技術って、ないわ~」
「意味が分からないって、ないわ~」
「これだから男は」
男性陣はお裁縫が苦手な人が多いようですね。
自分たちでも似たようなお裁縫道具はあったのに、謎の技術扱いです。
あれですね。どんな技術でも、自分が知らなければ未知の技術ですからね。
地球にだって、どんな原理で動いているか普通の人にとっては謎な機械、沢山ありますから……。
「でも、こんなに沢山の布をいただいてしまって、よろしいのでしょうか……」
「言われてみれば、豪華な布が沢山とか、震える」
「俺の自慢の布、この大きさだぜ?」
エルフ達にとってはぜいたくな布の数々と、ぴかぴかのお裁縫セット。
嬉しい反面、ヤナさんは申し訳なく思ってしまいました。
おっちゃんエルフが取り出した自慢の布も、たしかにハンカチサイズですね。
「まあ、つぎにぬのがひつようになったら、むらのしきんやこじんのおかねをつかったらどうですか? こっちでは、それほどぬのはたかくないので」
「それなら……今回のも、買いますよ?」
「こんかいは、おためしということで、こっちのぬのがつかえるか、けんしょうするということでどうでしょう?」
「いやしかし……」
そんな風に遠慮を始めたエルフ達を見て、雪恵は大志に何かを手渡しました。
――洋裁の本ですね。
大志はその洋裁の本を受け取ると、適当なページを開いて皆に見せました。
「こんなかわいいおようふくを、つくれるとしたら?」
「なん……ですと?」
「マジで?」
「え?」
大志が開いたページには、可愛らしいワンピースの写真が載っています。
エルフ達は目が釘付けになりました。
「こんなかわいいこどもふく、つくってこどもにきせてあげたら――そんけいのまなざしが」
「うおおおおお」
「尊敬の眼差し……」
「やるしかねえ……」
うおおおと叫んだのはヤナさんです。他の方々も、やる気がみなぎった顔をしていますね。
まんまと大志のささやきにハマっています。セールストークに耐性のない皆さん、良いように転がされています。
「こんなおようふくをきて、かぞくいっしょにきねんさつえい。いっしょうのおもいでです」
「さて、どのお洋服から作ろうかな?」
「私これ!」
「これも可愛いわ」
はい、陥落しました。
洋裁の本を見て、皆キャッキャと作りたいお洋服を探しています。
文字は読めずとも、図解があるからなんとなくわかるようですね。
そういう本を選んで用意したのでしょう。
「あや! この服、とっても可愛いです~」
「どれどれ……! これはハナに良く似合いそうだ!」
「あらほんと、良いんじゃない?」
ハナちゃん、子供用ワンピースをの写真を食い入るように見つめています。
気に入っちゃったみたいですね。
そしてヤナさんカナさんもそのページを見て、ハナちゃんに似合うことを確信しているようです。
「よ~しハナ、お父さんがこの服を作っちゃうぞー!」
「あや! ほんとです!?」
「うん、頑張ってハナに似合うこの服を作るんだ!」
「楽しみです~!」
……こうして、村の皆さんはお洋服づくりを始めたのでした。
◇
ちくちく、ちくちく。
今日もヤナさんは、ハナちゃんの為にお裁縫を続けます。
「あや! だんだん出来て来たです~!」
「どうだいハナ、かなり出来てきただろう?」
「あい~! お父さん頑張るです~!」
「ハナのために頑張るよ~!」
しとしと雨が降る中、ハナちゃんちではほのぼの時間が過ぎていくのでした。
可愛いお洋服、早く出来ると良いですね。
と、そんなほのぼのとは無縁のおうちもありました。
独身組の二人、マイスターとマッチョさんです。
まずは、マッチョさんはというと……。
「あー……また料理失敗した。……まあ食えなくもないか……」
男やもめの食事、お料理が失敗したようです。
献立も偏っており、お野菜が不足し始めてますね。
でも、一人暮らしなので止めてくれる人もおりません。
マッチョさんの栄養が偏り始めました。あまりよろしくない事態です。
ちなみにお洋服作りもあんまり進んでいません。
お裁縫は苦手なのでした。
そして、同じ独身のマイスターも……。
「あ~。ラーメンうめえ~」
……マッチョさんより深刻です。ラーメンしか食べていません。
お裁縫は……なんと完成しています。
お洋服に挑戦しているヤナさんとは違い、エルフ達の民族衣装を作ったため手慣れていたのですね。
この辺は地味に手堅いマイスターなのでした。
まあ、お裁縫はともかく、食生活が荒れてきています。
このままでは二人とも、体によくありません。
「あの二人、ろくなもの食べてないとか、震える」
「何とかしてあげたいわ~」
そして腕グキさんとステキさん、良くお世話になっている二人の事を心配し始めました。
母子家庭の自分たちに色々と手助けしてくれる二人ですから、心配になるのも当然です。
「私たちのおうちで食事をしてもらうってのはどう?」
「聞いてみようかしら~」
あまりに心配なので、自分たちのお料理を食べてもらうんですね。
腕グキさんとステキさん、さっそく話に行きました。
しとしと、しとしと。雨の降る中、まずはマッチョさんのおうちに訪問です。
しかし……。
「有り難いけど、女手しかないおうちに、さらに負担をかけるのはちょっとなあ……」
「お料理位なら、そうでもないわよ」
「そうよ~。だいじょうぶよ~?」
「まあ、しばらくこれでやってみるわ。気使ってくれて有難う」
マッチョさん、二人が苦労する姿を色々見てきただけに、あまり負担をかけたくないのでした。
こうしてマッチョさんからあまり色よい返事をもらえなかった二人は、トボトボとマッチョさんのおうちを後にします。
そして、次はマイスターのおうちに行きました。
「……あれ? いない?」
「どこに行ったのかしら~」
マイスターは、そもそもおうちにいませんでした。
この雨の降る中、どこかで趣味の観察をしているのでしょうか。
二人は森の方にマイスターを探しに行きました。
「あ、葉っぱのおうちがある!」
「たぶんそこにいるわね~」
そして葉っぱのおうちを覗くと、案の定マイスターが張りこみをしていました。
この雨の降る中、相当な趣味人ですね。
そんなマイスターに、二人は話しかけます。
「いつも食事はラーメンばかりみたいだけど、私たちのおうちに食べにこない?」
「体に悪いわよ~。野菜も食べるのよ~」
「二人も大変だろ? 俺はラーメン食ってれば平気だから大丈夫さ。二人とも、心配してくれてありがとな」
マイスターも二人に気を使って、遠慮してしまいました。
二人に気を使われて遠慮されてしまったので、腕グキさんとステキさん、しょんぼりです。
「何とかしたいけど、私達じゃ力になれないのかな……」
「どうしましょう~」
腕グキさんとステキさん、二人になんとかまともな料理を食べて欲しいのですが、なかなかうまくいきません。
二人は困ってしまいました。
どうすれば良いのか思いつかなかったので、ここはひとつ、族長であるヤナさんに話してみる事にしました。
トコトコとヤナさんのおうちに行き、さあ相談です。
「なるほど、二人にまともな食事をとってほしいと」
「お野菜も食べなかったり、ラーメンばかりとか、すてきじゃないわ」
「このままじゃ良くないと思うの~」
「確かに、良くないですね」
ヤナさんも良くないと思ったのか、色々考え始めました。
「遠慮されると、なかなか受け入れてもらうのは難しいですね……。なんせあの二人、結構ガンコですから」
「ヤナさんが説得しても無理なの?」
「二人とも、かなりガンコだものね~」
マッチョさんとマイスターは、森が枯れたときにあっちの森に行こうと思えば行けたのです。
独身男性で体力もまあありますから、何とかなります。
それなのに仲間が心配だからとわざわざ残った位のガンコ者というか、仲間想いな人達です。
そんな二人が、母子家庭に負担をかけてまで頼るというのは、なかなか考えにくいのでした。
「あの二人を説得する方法、なんとか考えてみましょう」
「私たちも、考えてみます」
「なんとかしなきゃね~」
お互い気を使ってこうなっているだけに、難しい話ですね。
しょんぼりした二人は、トボトボとおうちに向かって歩いていきました。
◇
「もんじゃ焼き、おいしいです~」
その頃ハナちゃんは、集会場でおやつを食べていました。
お昼をモリモリ食べて、さらにおやつ。
たくさん食べて、すくすく育ってね。
「あえ?」
そんなハナちゃんですが、ふと窓の外を見て首を傾げます。
ハナちゃんの視線の先には、雨のなかしょんぼりしてトボトボ歩く腕グキさんとステキさんがおりました。
二人がしょんぼりしているのは珍しいので、ハナちゃん気になって声をかけます。
「二人とも、どうしたです?」
「あらハナちゃん、おやつを食べてるの?」
「あい~。もんじゃ焼き、おいしいです~」
にこにこともんじゃ焼きを食べるハナちゃんに、しょんぼりしていた二人は癒やされます。
せっかくなので、集会場に上がってハナちゃんとお話することにしました。
「ハナちゃん、沢山食べるのよ~」
「あい~! 沢山食べて、早くタイシに追いつくです~!」
「あらま」
大志はのっぽさんなので、大志に追いついちゃうとハナちゃんも相当なのっぽさんになっちゃいますよ?
まあ、それは今後の成長を見守るとして。
ハナちゃんは二人がしょんぼりしていた理由が気になりました。
「二人とも、どうしてしょんぼりしてたです?」
「それなんだけどね、こういうことがあって……」
二人はハナちゃんに、マッチョさんとマイスターの現状を話しました。
じゅわじゅわと音を立てるもんじゃ焼きを囲んで、女子会の始まりです。
「あや~。あの二人、お料理上手くないですか~」
「やる気が無いだけかもしれないけどね」
「男はどうしてもね~」
「うちのお父さん、お料理もわりと凝るですよ?」
「ヤナさんは凝り性だからね。いつも何か追求してるもの」
「ときたま凄いわよね~。寝ないで頑張るもの~」
ヤナさんの凝り性は、村では有名なようですね。
確かに、ヤナさんも凝り始めたらまっしぐらな点があります。
とはいえ、ヤナさんの話は置いておいて。
「あの二人の食事を何とかしたいけど、今のところ何ともならなくて」
「どうにかしたいわ~」
ステキさんと腕グキさん、いっしょにもんじゃ焼きをつまみながら、今までの顛末を話しました。
ちなみにもんじゃ焼きは、ハナちゃんのおごりです。
キャベツの納品で儲かってますからね。ハナちゃん割とお金持ちなんです。
子供におごってもらう大人二人……ま、まあ気にしないでおきましょう。
「あえ~……こういうとき、タイシなら一発で解決するですけど……」
「タイシさん、今お忙しいって話よね」
「遠いところまで行くって話だったかしら~」
大志に相談したいけど、しばらくは会えません。
ハナちゃんも大志が帰ってくるのを、心待ちにしているのでした。
「むむむ……むむ……」
「あらハナちゃん、そんなに真剣に考えなくて良いのよ?」
「私たちがそうしたいってだけなんだから~」
何とかしようと、ハナちゃんまたむむむ状態になってしまいました。
ただ、もんじゃ焼きを食べる手は止まりません。
食欲があることは良いことです。もりもり食べてね。
「むむむ……難題です~」
むむむむハナちゃん、もんじゃ焼きをおかわりしました。
頭を使うとお腹が減りますからね。
◇
その日の夕食後。
ハナちゃんのおうちに甘い香りが広がりました。
「あや! いいにおいです~」
ハナちゃんたまらず、台所にぽてぽてと向かいます。
台所では、カナさんがホットケーキを焼いていました。
「お母さん! それホットケーキです!?」
「そうよハナ。夕食後のおやつにするのよ」
「わーい! おやつです~!」
ハナちゃん大喜びで、キャッキャしちゃいます。
程なくしてホットケーキは完成して、家族皆で頂きますをしました。
「甘くて美味しいです~!」
「沢山食べるのよ」
「あい~!」
甘いおやつを食べられて、ハナちゃんニッコニコ。エルフ耳もでろ~んと垂れています。
幸せいっぱい、楽しい一時です。
「そういえばヤナ、これもお店で出すって話はどうなったの?」
「ああ、タイシさんが帰ってきてから具体的に話す予定だよ」
「あえ? ――ホットケーキも、お店で出るようになるです!?」
「出来たら良いねって段階だけどね」
どうやら、ホットケーキも村のお店で出す計画があるようですね。
おやつを食べるならお店で、という事になりそうです。
「ただまあ、お店番のお年寄りがホットケーキの焼き方を習得しないといけないんだ」
「結構難しいものね。上手く行くかしら?」
「そこはほら、お年寄りの器用さに祈るしか無いね」
まだまだ乗り越えないハードルはあるようですが、話を聞いた家族の皆はにこにこしています。
村で新しいことを始めるのは、ワクワクしますものね。
こうして一つ一つ、出来ることを増やしていく皆なのでした。
「早くお店でホットケーキが出るようになったら、うれしいです~!」
「でもハナ、おやつの食べ過ぎはだめだよ?」
「あい。気をつけるです~」
ハナちゃんは我慢が出来る子ですからね。
お父さんの言うことも素直に聞きます。
それに良い子にしていれば、大志がなでなでしてくれますからね。
「タイシ、早く村に来ないですかね~」
「そろそろって、シロウさんが言ってたわ」
「楽しみです~。また遊んで貰うです~」
もうそろそろタイシが村に来られると聞いて、ハナちゃんにっこにこです。
大志が来るその日を楽しみに、のんびり過ごしましょう。
「それと、お店の方も……そろそろ僕たちだけでやろうと思うんだ」
「出来そうなの?」
「お金の計算も大丈夫だし、村の資金も貯まってきた。大丈夫だね」
「あや! ハナたちだけでお店をやるです!?」
「そうだよ。あんまりタイシさん達に負担をかけないようにしないとね」
だんだん、だんだんとエルフ達は自立をしてきました。
今まで大志が重要な所を担当していた部分を、ちょっとずつ受け持つようです。
「タイシさんが援助してくれてきた物も、僕たちの資金で買える所は買うようにするよ」
「それは良い事ね。タイシさん、もの凄い金額を持ち出ししてるでしょうから」
「ちょっとずつ、返していきたいね。大志さんから物を貰うのではなく、買い取るようにしていきたいんだ」
「恩返しするです~!」
大志に頼りっぱなしで、申し訳ないと思っていたヤナさんです。
ちょっとずつでも自立して、出来たら恩も返していこうという考えなのでした。
他の皆も同意見ですので、気合いが入ります。
まずは物を貰うのでは無く、きちんとした価格で買い取るという事を始めたいみたいですね。
「それにタイシさん、最近は単なる援助じゃなくて、色々と取り引きしてくれるようになったからね」
「燻製を高く買ってくれるのだったかしら?」
「仲間内で評判らしくて、知り合いに売ったりしてるって」
「それは嬉しいわね」
元族長秘伝の燻製は、立派な商材になっていました。
援助だけではなく取り引きが始まった事で、村のエルフ達が大志に感じる申し訳なさについては、多少和らいで来たのでした。
「……あえ?」
そしてハナちゃん、何か思いついたようです。
ホットケーキを見て、ヤナさんを見て、カナさんを見て。
ちゃりん。
「お金……お店……。ただ貰うのはもうしわけないから、買い取るです?」
ハナちゃん、ポッケから取り出した百円玉を見つめています。
「ハナ? どうしたんだい?」
「むむむ……むむむ……」
「あらハナ、可愛いわね~。写真を撮っちゃうから!」
ハナちゃん、またむむむと考え始めました。
なにやら、あとちょっとの所まで出てきそうです。
そして――。
「あや! 良いこと考えたです~!」
――ハナちゃん、ぴょこんと立ち上がりました!
何を思いついたのかな?
今回エルフ視点ですが、エルフ達の言葉が漢字ありで、大志達地球側の言葉がひらがなとなっております。
これは神様が日本語の翻訳を手抜きしているからです。漢字を覚えるのは大変ですからね。しょうがない。
ちなみに大志視点では逆になりますので、エルフ語の翻訳も手抜きしております。
物語内の誰も、この手抜きには気づいておりません。神のみぞ知る。