第十一話 宴の始まり
――新月の日、今日は宴の日だ。
エルフ達には料理の準備や飾り付けをしてもらい、俺と親父はお酒と食材の調達に向かう。
いったん親父と家まで帰り、ちょっと休憩した後それぞれ家を出た。
親父はお酒の調達係で、俺はまずユキちゃんを迎えに行き、一緒に食材の調達を手伝ってもらうという役割分担だ。
高橋さんは村に残って、飾り付けの手伝いだ。
というわけで飯綱まで車を走らせ、某コマンドで領域に到達。
入口まで行くと、すでにユキちゃんが待っていた。
時間通りだね。
「おはようユキちゃん。さっそく行こうか」
「おやようございます。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
ユキちゃんと軽く挨拶して、今日の仕事に向かう。
「今日の予定は、まず卵と調味料を調達したあと、子猫亭に行って仕出し料理を受け取るって感じかな」
「はい。だいじょうです」
「それじゃまずは、卵と調味料を買うから、業務スーパーに行こう」
「わかりました」
という事でまずは業務スーパーに向かった。
「あ、大志さん、これも必要だと思うんですよ。ほら、お酒を飲まない人用に」
業務スーパーで食材を調達していると、ユキちゃんが何かを指さして言ってきた。
これは……ああ、ジュースだね。
確かに、子供達やお酒を飲まない人だけ水とか、それはかわいそうだよね。
「確かにそうだね。それじゃ、果汁百パーセントのやつと……お茶でも買っていく?」
「炭酸は厳しいでしょうから、それでいいと思います。お茶は……ティーバッグで良いかと」
「それじゃ、そうしよう」
ユキちゃんのアドバイスに従って、お酒を飲まない人用の飲料も箱で買った。
「あ! ホットケーキミックス! これも買いましょう!」
「ホットケーキを作るの?」
「私これ得意なんですよ。宴の後の、デザートにどうですか?」
そうだな……。
卵を使った料理の一つとして、お菓子も作れるという事を見せてあげたら喜ぶかも。
催し物の一つとして、おやつを目の前で作るのも盛り上がる。
携帯用ガスコンロは車にあるから、それを使えばいいよね。
「良いね! それじゃホットケーキ作りはお任せしちゃっていいかな?」
「任せてください!」
思いつきで催し物を増やしたけど、ユキちゃんが頑張ってくれるそうだから、お任せしてしまおう。
皆、喜んでくれたら嬉しいな。
そういうわけで、卵の分量を増やして、追加で牛乳も買った。
さて、これで食材の調達は終了だな。会計して、次の作業に移ろう。
「それじゃこれを買ったら、次は子猫亭に向かおうか」
「はい。良いと思います」
では、次は子猫亭に向かおう。
◇
子猫亭に向かうと、まだ昼前なのに結構混んでいた。
お、宣伝効果が出てきたかな?
「大将、結構混んでますね」
「ああ、移動販売で散々宣伝したのが良かったのか、だんだんと店の方も忙しくなってきたよ」
「それは良かった」
お店の宣伝も兼ねて移動販売をやっているので、ようやく効果が出てきたのかもしれない。
ただ、本当にそうかはわからないので、アンケートを取った方が良いかも。
後で提案しとこう。
それはそれとして、仕出し料理を受け取ろうか。仕事の邪魔しちゃ悪いし。
「それじゃ大将、注文していた仕出し料理をお願いします」
「まいどあり。持ってくるから待っててくれ」
そうして大将が持ってきたのは、パーティープレートだ。
数種類の料理が盛られた、おなじみの奴だね。
お肉は村で沢山食べるから少なめにして、定番のエビフライや鳥の空揚げ、それと枝豆とフライドポテトの比率を多くしてある。
お酒のつまみにも、ご飯のおかずにもなる料理が多いね。
「あ、それと大志。あの岩塩だけど、意外や意外、パン作りに使うとおいしさ倍増だ」
「え? パンですか?」
「ああ。焼き物も良いが、パンと抜群に合う。うちにパンを卸してるパン屋が物凄い欲しがってたぞ」
「それは良かった。また入手できましたら連絡します」
「頼んだ」
エルフ岩塩が、パンに合うとはなあ。今度試してみようかな。
……パンってどうやって作るんだっけ? うろ覚えだ。
自分で焼いたら、これ失敗する可能性高いな……。
まあなんにせよ、エルフ岩塩がこちらでも現金化しやすくなりそうだ。朗報だね。
パンのほうは、プロが作った物を食べさせて貰えたら良いな。
聞いてみよう。
「そのエル……岩塩を使ったパンを食べさせて貰うことは可能ですか?」
「エル? ……まあ、事前に電話くれりゃ用意しとくわ」
「お願いします」
というわけで仕出し料理も受け取ったので、あとは村に行くだけだ。
◇
色々調達して村に戻ると、ちょうど親父がお酒を降ろしているところだった。
俺も荷下ろしを手伝おう。
「親父、手伝うよ」
「助かるわ。一応焼酎多めにしといた」
「良いんじゃないかな。甲類?」
「ああ。甲類だ」
他にも缶ビールやら日本酒やら、甘いお酒各種があるな。
これだけあれば、今日一日ででも飲みきれないだろう。
余った分は消防団への報酬にしようかな。
そうしてお酒を積み下ろしていると、皆さんぞろぞろと集まってきた。
「おさけがたくさん、たのしみです」
「おれ、このしょうちゅうってやつがすき。のどがやけるかんじがいい」
「このウィスキーってやつもすげえよな。ひとくちでからだがカーっとなる」
前に試飲したので、皆さんある程度の味はわかっている。
目をキラキラさせながら、用意されたお酒を見ていた。
「ヤナさんは梅酒がお気に入りでしたっけ」
「ええ。のみやすくていいです」
「わたしも、こういうのがすきですね」
カナさんも似たような好みみたいだな。
こういった焼酎に果実を漬け込んだお酒は簡単に作れるから、ここでもやってみようか。
エルフの森にある果実で作るお酒とか、面白そうだ。
……元族長さんが持ってきた食料援助物資の中に、干した果実があったよな。
あれ、使えるんじゃ無いだろうか。
「この梅酒は、梅という果実と砂糖、もしくははちみつを焼酎に入れて漬け込んだやつなんですよ」
「おお! それならわたしたちでもつくれそうですね」
「ええ。元族長さんが持ってきてくれた食料に、干した果実がありましたよね?」
「いけそうですね。こんどやりましょう!」
自分たちで甘いお酒が造れるとあって、ヤナさん気合い十分だ。
俺もエルフ果実酒を飲みたいから、今度皆でやろうかな。
「果実酒は今度皆でやりましょう。今日は宴の準備がありますからね」
「そうですね。そろそろはじめましょう」
「オムレツ、たくさんつくるです~」
「たまご~」
さて、俺もお料理を手伝うかな。
今日はガスコンロも使うから、沢山料理がつくれるだろう。
がんばらないと。
◇
「あやや! オムレツくずれたです~!」
「大丈夫大丈夫、慌てずもう一回ひっくり返してごらん?」
「あい~!」
「めだまやきって、いがいとむずかしいわ~」
「ゆでたまごは、らくなの」
「おんせんたまごとか、もっとらくちんですてき」
奥様方とワイワイしながら卵料理を仕上げていく。
これができたら、宴の始まりだ。だって、燻製肉と仕出し料理があるからね。
お料理が必要なのは、卵料理だけなのだ。
「これができたら宴を始めるよ。もうちょいだよ」
「がんばるです~!」
「このしっぱいしちゃっためだまやき、たべていいかしら~」
「たべてからきくのね」
失敗作は奥様方の胃袋へ。お料理役の特権だね。
つまみ食いしながらも、楽しくお料理が出来上がっていった。
そしてとうとう卵料理も仕上がり、大皿に盛りつたら終了だ。
今日は神様用の大皿も用意してきたので、まずはそこに盛り付けをしていく。
「あえ? タイシそれなんです?」
「これは神様用のお皿で、こういう宴のときにお料理を沢山盛り付ける為にもってきたんだ」
(わーい!)
「これはもりつけらくちんです~」
「一つにまとめられるからね。色んな料理が一つのお皿に盛ってあって、豪華でしょ?」
(おいしそう~)
「ごうかです~!」
もうすでにお皿がちょっと光っているけど、慌てない慌てない。
盛り付けが終わるまで、もうちょっと待っててください。
……よし、盛り付け完了!
ヤナさんに宴の宣言をしてもらおう。
「ヤナさん」
「わかりました」
もう詳しく言わなくても、阿吽の呼吸で伝わる。
代表して宣言をするために、ヤナさんが前に出てきた。
「これより、うたげをはじめます。かみさまにひごろのかんしゃをささげつつ、たのしくやりましょう!」
ヤナさんが口上を述べている間にも、神様用のお皿は光を増していく。
もうちょっと、もうちょっとお待ちください。
「それでは、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
(かんぱーい!)
ようやく乾杯の音頭になり、皆さん杯を掲げて続いた。
謎の声も一緒に乾杯をしたと思ったら、一瞬で料理が消える。
溜めに溜めただけあって、過去最高速度で持っていったな。
……元気なのは良い事です。
「このオムレツってやつ、うめえな」
「たまごりょうりたくさんとか、すてき」
「ゆでたまごなんて、けっこんしきのときしかくえないもんな」
皆さんまずは卵料理に群がっている。
彼らにとってはごちそうだけに、ものすごい勢いで食べている。
足りないようだったら追加で作ろうかな? 卵は多めに用意してあるから、まだまだ作れる。
「タイシさん! このオムレツというのはすごいですね!」
「ほっぺたおちるかな~」
「こんなにたくさんのたまごりょうり、はじめてです」
平原のお三方は、夢中になって卵料理を食べている。
いつかやろうと思っていた思いつき、ようやく実現したな。
予想通り、ものすごい驚いている。
「いやはや、ここにきてからおどろきっぱなしです」
「元族長さんも、存分に味わってください」
「タイシさんも、わたしらでつくったひでんのくんせいをあじわってください」
「ええ。どんな味か楽しみですよ」
元族長さんも挨拶に来てくれた。
オムレツが気に入ったようで、結構沢山食べている。
「タイシ~。ハナのつくったオムレツ、たべてほしいです~」
「ひでんのくんせいもどうぞ」
ハナちゃんがオムレツを持って、ぽてぽてやってきた。
ヤナさんはは燻製を持ってきてくれた。
どちらも自信作なので、ぜひ食べて欲しいみたいだな。
もちろん頂きます。
「では、お二人の自信作をいただきます」
「たべるです~」
「どうぞどうぞ」
まずはハナちゃんのオムレツから行こう。どれどれ……。
――おお! 牛乳も入れてないのにふわふわにできている。
……これは、鶏ガラスープを多めに入れてあるな。ひそかな工夫がある。
「ハナちゃんすごいね。ふわふわにできてる」
「あい~! くふうしたです~!」
「ハナちゃんどんどんお料理が上手になっていくね」
「えへへ」
褒められて嬉しいのか、ハナちゃんぴょんぴょん跳ねている。
うん、どんどん成長していくね。子供の成長とは、早いものだな。
さて、次は秘伝の燻製だ。どんな味がするのかな?
では、頂きます
一口分の大きさに切り分けられた燻製肉を、口に入れる。
パリっとした皮の心地よい歯ごたえとともに、口の中に燻製独特の香ばしさが広がる。
身の方は燻製により水分が抜けていて、ほど良い歯ごたえがある。
身を噛むごとに、凝縮された旨味が染み出してきて、味わい深い――。
――と思っていたら、口の中で身が溶けはじめた。
やがて旨味と香ばしさを残して、口の中からふわりと消えた。
なにこれ美味しい! 皮はパリッとして、身は歯ごたえがあったのに……いつの間にかふわっと消えた!
それぞれの触感ごとに味や香りが変わり、最後にとろける瞬間全部がまとまる。
なるほどこれは――秘伝の技術だ。
皮と身の層で別々に味付けと香りづけをして、最後に溶けさせて味を調和させる。
地球には、そんな調理技術はない。
――とんでもない技法だ。
「半端ではない美味しさですね。……正直驚きました。こっちにはこんな燻製を作る技法は無いですよ。おそらく将来も出てきません」
「ひでんですから。うちのもりでしか、つくれないくんせいなんですよ」
「さいごにとかすぐあいが、もとぞくちょうのひでんなんだ」
「なんかいにもわけて、いぶすんだよな」
「たま~にばくはつするけどな」
……どうやら製造工程は複雑なようだ。
しかしこれは美味い。家でも食べたいな。
買おうか。
「これなら遠くから来てでも食べたくなるのも納得ですよ。家で食べる用に、買いたいですね」
「俺も買うわ」
「あるだけ買う」
親父と高橋さんもこの燻製には感動したのか、もうすでに財布を出している。
二人とも気が早い……。
「お金の話はまたにして、今はこの燻製と卵料理で楽しみましょう」
「そうですね。わたしはにがてなのですけど、ウィスキーっておさけとこのくんせいは、あうきがします」
「しょうちゅうにもあうぜ」
「いがいやいがい、にほんしゅってやつにもあう」
既にほろ酔い加減になった数名が、それぞれこの燻製に合うお酒で盛り上がっている。
アルコール度数が高くて、辛いお酒が合うらしいな。
特にウィスキーとは良く合うだろう。どっちもスモーキーだからね。
「あや! くんせいとめだまやき、すごいあうです~!」
「まじで」
「どれどれ」
「なにこれめっちゃあう!」
ハナちゃんが何やら発見したのか、おめめをまん丸にして驚いていた。
……卵料理と燻製か。まあ、ベーコンエッグとかは、かなり美味しい。
目玉焼きとこの燻製、合うかもな。試してみよう。
――おお! 白身がとろける燻製の旨味を逃さずに、余韻を長引かせる。
黄身の方も、燻製にはどうしてもついてくる煙臭さをまろやかにし、煙臭さから風味に変貌させてくれている。
卵料理と一緒に食べると、燻製の美味しさと卵の美味しさが引き立てあうな。
「凄いの出来ちゃった?」
「できちゃったです?」
……卵料理にこの燻製を添える。ただそれだけで一気にごちそうになる。
これは良い。新発見だ。
「ハナちゃん良く気付いたね」
「いっしょのおさらにあったので、まざったです。ぐうぜんです~」
「そういう偶然も大事だよ。えらいえらい」
「うふ~」
ハナちゃん褒められてご機嫌だ。
ご機嫌なハナちゃんと一緒に、卵料理と秘伝の燻製を堪能したのだった。
「そういえば、これはおんせんたまごでしたっけ」
「まえからいってたやつです~」
「ゆでたまごと、なにがちがうのかしら」
温泉を説明したときに一緒に温泉卵の話もしたけど、ようやく今回実現した。
まあド忘れしてただけなんだけど。皆さんごめんなさい。
「温泉卵は、黄身は半熟で白身もふんわりしてまして、つるんと食べられます。この出汁をかけて食べて下さい」
「たべるです~!」
「どれどれ……おお! ゆでてあるようでゆでていない! ふしぎ!」
「じっくり熱を通すとこうなるんです」
温泉卵を器に割り入れると、皆さん大いに盛り上がった。
普通にゆでたらこうはならないからね。
では、お食べ下さい。
「たまごのあじが、よくわかるです~!」
「これはふしぎなしょっかん! おいしいな~」
「おんせんすごい!」
「こういうたんじゅんなりょうりだと、たまごのあじがひきたっていいですね!」
温泉卵は好評だった。お手軽に出来るから、今度は自分たちでも作るだろう。
卵を定期的に供給した方が良いかもな。
ただ、冷蔵庫が無いから常備はしておけないんだよな。
卵は常温で長期保存出来るとは言え、もしもがあると怖い。
そこの辺り、何とかしたいな……。
まあ、この辺りはまた考えよう。今は宴を楽しまなきゃな。
「おんせんでこんなたまごりょうりがつくれるなんて、おもしろいですね」
「おんせんがあっていいな~」
「あっちにはないんですよね」
……旅好きの平原の人達も、温泉の存在は知らないようだ。
あっちの世界か、もしくはその地域の地殻が安定しているというか、プレートの動きがあまりないのかも知れないな。
ただ、地磁気があるとすれば惑星の核は液体というか、流体だ。そして対流している。
ならば、冷え切った惑星ではなく地熱はあるはずだ。熱が無ければ対流もせず、地磁気も生まれない。
だから、地面を深く深く掘れば……温泉は出てくるかもな。
まあこの辺りは今は良くわからないし、今後も分かるかは不明だ。
「タ~イシ、なにかんがえてるです?」
おっと、今そんなことを考えていてもしょうが無いな。
今は宴を楽しもう。
「ちょっとね。ハナちゃん達が住んでいたところを想像してたのさ」
「そのうちわかるです~。タイシならできるです~」
「お、それなら頑張らないとな」
「あい~! ハナもおてつだいするです~!」
頑張りを表現したいのか、ハナちゃんがばんざいしてぴょんぴょん跳ねる。
そうだね。皆に手伝って貰って、あっちの世界のことを少しずつ知っていこう。
それは決して、無駄にはならないはずだ。
「皆で頑張ろうね」
「あい~!」
心強い味方も居ることだし、きっとできるよね。