第七話 ささやき
大体の検証が終わったところで、夕方になった。そろそろ夕食の準備を始める頃合いだ。
暗くなる前に、ユキちゃんを家まで送らないとな。
「それじゃそろそろ夕方なので、ここら辺にしときましょう」
「わかりました」
「もうゆうがたになっちゃった」
「じてんしゃおもしろかったな~」
皆もなんだか達成感のある顔をしている。
一応実用目的で自転車をもってきたとはいえ、余暇の楽しみとして乗っても良い。
これらの自転車はこのままここに置いておいて、皆の好きなときに使えるようにしておこう。
「自転車はこのまま置いていきますので、皆さん好きなようにお使い下さい」
「たんぼのようすをみにくるときにつかえば、らくちんですね」
「ええ。村の中ではゆっくり走って、人にぶつからないように気を付けて頂ければと思います」
「わかりました」
「きをつけるです~」
「じてんしゃ、すきにつかっていいんだ」
「やったー!」
事故が無いように気を付けてさえくれれば、好きに使って貰って構わないからね。
この辺はああしろこうしろと言わなくても、皆に任せて自由にしてもらった方が良いんじゃないかなと思う。
「それじゃ、私はフクロオオカミからリアカーを外していきますので、皆さんお先に村に戻って頂ければと」
「あ、わたしもてつだいます」
「ばう?」
もう検証は済んだので、フクロオオカミからリアカーを外してあげなくちゃね。
身軽にしてあげよう。
平原のお父さんも手伝ってくれるみたいなので、一緒にやろうか。
「それじゃ、一緒に外しましょう」
「わかりました。ここをゆるめるんでしたっけ?」
「そうです。次に――」
「タイシタイシ、おねがいがあるです」
あれ? ハナちゃんが子供達を引き連れて、何やらお願いがあるとのこと。
なんだろ。聞いてみよう。
「お願い? 何かな?」
「ハナたちも、リアカーにのっていいです?」
「たのしそう~」
「のっていい?」
「タイシとおとうさんみたいに、ハナたちもリアカーにのってみたいです」
子供達から上目遣いで、リアカーに乗ってみたいというお願いがきちゃった。
……そうだよね、こういうの楽しそうだもんね。
俺と親父が乗って検証してた風景をみて、ハナちゃん達も乗りたくなったんだ。
――俺はそのお願いをかなえても問題ないとは思う。
けど、実際引っ張るのはフクロオオカミだ。
お願いするのはフクロオオカミの方だね。
「自分は良いと思うけど、オオカミさんにもお願いしようね」
「ばう?」
「あい! おねがいするです~!」
フクロオオカミは「なあに?」という感じでこちらを見て首を傾げている。
優しい眼差しだ。
これは、子供達がお願いすれば引き受けてくれるんじゃ無いかな?
「オオカミさん、のせてほしいです~」
「わたしもおねがいするー」
「オオカミさんおねがい~」
「ば~うば~う」
子供たちが集まってフクロオオカミにお願いすると、ばうばうと返事をした。
……なんとなくだけど、「いいよいいよ」って言ってる気がする。
ハナちゃんなら分かるかな?
「ハナちゃん、なんて言ってるの?」
「いいよって言ってるです~!」
「わー! リアカーのれるー」
「オオカミさん、ありがとー!」
「ばばう」
やっぱり、フクロオオカミはお願いを聞いてくれたんだな。
子供達にも付き合ってくれるなんて、出来た動物だ。
――それじゃ、子供達にはリアカーに乗って村まで戻ってもらおう。
リアカーに乗りたい人数は見たところ六名で、重量的にも容積的にも大丈夫だろう。
「オオカミさんも良いみたいだから、子供達はリアカーに乗って帰ろうか!」
「わーい! のるです~!」
「キャー!」
「わくわくするー!」
あらかじめ積んであった百キログラムの荷物はダミーウェイトなので、ここで降ろしてほっぽっとこう。単なる土嚢だからね。
この荷物を降ろしたら、子供達に乗ってもらおう。
「ちょっとまっててね、この荷物を降ろしちゃうから」
「まつです~」
そうしてひょいひょいと土嚢を降ろして、子供達にリアカーに乗り込んでもらった。
次々にリアカーに乗り込む子供達は、皆ワクワクがあふれんばかりの笑顔だ。
さて、全員乗ったな。乗り心地はどうだろう?
「どうかな? 皆乗れたかな? 乗り心地はどうかな?」
「いいかんじです~!」
「だいじょうぶー!」
「けっこうよゆうある~」
よし、問題ないみたいだな。それじゃ、村まで帰ろう。
フクロオオカミにお願いしようか。
「オオカミさん、子供たちをお願いね」
「ばう!」
元気に返事をするフクロオオカミは、リアカーに乗ってはしゃぐ子供達を優しい目で見ている。
娘ちゃんを乗せたときと同様、気遣って歩いてくれるに違いない。
よし、村に向かって行きましょう!
「それじゃ行くよー。出発進行!」
「いくです~!」
「ばう~!」
号令とともにフクロオオカミがゆっくり歩き出し、リアカーも引っ張られていく。
ガタガタと音を立てながら、ゆっくりと村に向かって進み始めた。
「うごいたです~!」
「キャー!」
「たのしー!」
リアカーに乗った子供達は大盛り上がりだ。目をキラキラさせて、辺りをきょろきょろしている。
なんてこと無い何時もの風景だけど、乗り物に乗った状態で見ると、普段とは見える物も違うのかな?
「らくちんです~」
「さかをのぼってく~」
「おもしろーい!」
上り坂にさしかかっても、フクロオオカミは余裕で引っ張っている。
彼にとってはたいした負荷でもないのかな?
でも、せっかくだから俺もお手伝いしよう。
ちょこっと後ろからリアカーを押せばいいかな。
「自分もお手伝いしちゃおう。後ろから押すよ~!」
「ばう~」
「タイシありがとです~!」
「はやーい!」
「のりものすごーい!」
そうして、フクロオオカミや子供達と、はしゃぎながら村に戻ったのだった。
◇
村に戻ってフクロオオカミにお礼の飴玉をあげると、やっぱり顔をべろんべろん舐められた。
俺もフクロオオカミと、仲良しさんになれたかな?
さて、後は夕食の準備を見守るだけだけど、その前にユキちゃんを家まで送らないと。
「ユキちゃん、そろそろ家に送っていく?」
「あ、タイシさん。今日は夕食まで居ても大丈夫ですか?」
今日は夕食まで付き合ってくれるようだ。
でも、それだと帰りが午後九時頃になるけどいいのかな?
「夕食まで居てくれるのは大歓迎だけど、帰りは九時頃になるよ?」
「それくらいなら大丈夫です。それに、エルフさん達の手料理、私も食べてみたいですから」
「なら良かった。エルフの奥様方はお料理上手だから、美味しく食べられると思うよ」
「それは楽しみですね」
エルフ達はお料理上手というと、ユキちゃんの期待値が上がったようだ。
……まあ、今のところ奥様方がお料理をしていれば、大きな失敗は無い。
大丈夫だろう。……大丈夫だといいな。
というわけでユキちゃんと炊事場に向かうと、さっそく夕食の準備が始まっていた。
今日も今日とて、お料理教室みたいなノリだ。
「ハナ、ていねいにあくをとるのよ」
「あい。このあわをすくえばいいです?」
「そうそう、こまめにとるの」
「こまめにやるです~」
ハナちゃんは汁物を習っているようで、ちまちまと灰汁取りをしている。
「ふたとりたい……」
「かわむき、むずかしい」
ハナちゃんが灰汁取りしている横では、他の奥様方がご飯を炊いたり下ごしらえをしている。
……うん、大丈夫かな?
「大志さん……なんだかぎこちないお料理風景ですけど、大丈夫ですか?」
「見守ってあげよう」
お料理を一生懸命練習している皆さんだ。暖かく見守りたい。
ちなみに大丈夫と聞かれたけど、それに対しては回答をしていない。
まあ、昨日も失敗は無かったから、今日も大丈夫だろう?
……というか、今はお料理教室の真っ最中だった。
お料理上手な奥様だけが、料理を作るのではないんだったな。
ユキちゃん、ちょうどいい時期に来てしまったね。試食係だ。
「あくとり、じみなさぎょうです~」
「ハナ、ひとりでがんばるのよ。ほらしゃしんとっちゃうから!」
若干不安そうなユキちゃんと一緒にお料理風景を見ていると、ハナちゃんとカナさんがそんなやりとりをした。
と言うことは、ハナちゃんは一人でお料理を頑張るんだな。
カナさんも、よほどのことが無い限り、お料理には手を出さずに見守るようだ。
可愛いわが子のお料理風景を、見守りながらも写真に残している。
「……エルフさんがカメラを使いこなしてる……」
「各家庭に一台はあるね。ふとしたはずみで、一気に流行しちゃって」
ユキちゃんの中にはある程度のエルフ像があったみたいだ。
でも、この村の皆さんは……割とそういったイメージからは逸脱しているかな。
――というか、本来のエルフっていうものが分からない。
分からないから、彼らが変わっているのか、これが普通なのかも分からない。
……だって地球にエルフとかいないし。
エルフってなんだろう……と考えても、答えは分からない。
でもまあ、楽しく過ごせているなら、それで良いんじゃ無いかと思う。
彼らを枠に当てはめたって、枠の方がもたないと思う。
……あっという間に、枠が壊れるねこれ。
「……まあ、思ってたエルフ像とは違うかも知れないけど、楽しく過ごせているから良いんじゃない?」
「そうですね。見ているこっちも楽しくなってきますから、それで良いですよね」
そもそも彼らは麦わら帽子をかぶってゴム長履いて、農作業用ツナギを着て楽しげに耕耘機を使うわけで。
――あれ? これは俺のせい?
……考えないようにしよう。
まあ、色々謎なところはあるものの、人としてはごくごく当たり前の手順で、ごくごく当たり前に生活している。
それにこっち基準での生活方法を伝授しているのだから、こっちの普通の人っぽくなるのは必然ともいえる。
そう、必然だよね。俺のせいじゃないよね(自己正当化)。
「楽しい人達だから、村も賑やかになって嬉しいよ」
「それはそうですね。皆さんのんびりしていて、こっちも肩の力を抜いて付き合えるので、癒されます」
「癒されるね~」
……まあ、生徒役の方々のお料理風景を見ていると、若干不安はあるけど……。
それも含めて、のんびりとした雰囲気だ。確かに癒やされる。
「あや! このぐをいれるのわすれたです!」
「ハナ、そういうときは、『いまいれるのが、ただしいんです』ってかんじでいれるのよ。そうすると、だいたいごまかせるわ」
「わかったです~!」
……大丈夫だよね?
◇
「あの……タイシさん、あれはなんですか?」
「なんだかひかったりしてますけど」
ユキちゃんと雑談をしていたら、平原のお父さんと元族長さんが質問してきた。
彼らが指さす先は、カナさんみたいだけど……。
光ったりしているということは、カメラかな?
「カナさんが持っている、アレですかね?」
「そうですそうです。あのどうぐ、おみせでみましたけどなんですか?」
「わたしもきになってました」
――やっぱりカメラか。
そういや説明してなかったな。
良い機会だから、カメラの紹介と行こうか。
「あれはカメラと言いまして、今見ている風景をそのまま紙に写し撮ることが出来る道具なんですよ」
「……え? いまみているふうけいをそのまま?」
「すごそうだけど、よくわからないです」
二人とも首を傾げているな。……まあ無理もない。
ここはひとつ、実演をしてどんな物か見てもらおう。
ちょっくら、カナさんに写真を撮って貰えば良いかな?
「カナさん、ちょっとよろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
ハナちゃんをパシャパシャ撮影していたカナさんに声をかける。
カナさんはにっこりしながらこちらにやってきた。
「申し訳ないのですが、カメラの説明の為に一枚撮って頂けます?」
「もちろんいいですよ。さんにんがならんだところをとりましょうか?」
カナさんは快く引き受けてくれた。
そして俺と平原のお父さん、それと元族長さんの三人で並んだところを撮影したらどうかとのこと。
それで行こう。自分が写っている写真を見れば、きっと驚くぞ。
「三人で並んだ写真……なかなか良いですね。それでお願いします」
「わかりました。それでは、ならんでいただけたらと」
カナさんはカメラを構えて準備万端だ。
それじゃ、三人並ぼう。元族長さんを中心にしとこうかな。
「では、お二人ともこちらに来て、カナさんが持っているいるあの道具を見てください」
「わかりました」
「こうですか?」
三人で並んでこちらも準備完了だ。
カナさんにお願いして、一枚撮って貰おう。
「それではカナさん、撮影お願いします」
「はーい。しゃしんとりまーす」
パシャリという音がして、フラッシュが光る。
そしてフラッシュの残像が目に焼き付き、じょじょに消えていく。
「すごいひかりましたね!」
「まぶしくてびっくりしました!」
二人はフラッシュに驚いているけど、これはまだ序の口だ。
写真を見たら、もっと驚くのは間違いなし。
「はい、しゃしんでてきましたよ」
カメラから自動排出されたインスタントフィルムを、カナさんが手渡してくれた。
自己現像型フィルムなので、もうこの瞬間から写真の現像が始まっている。
像が浮かび上がるのはしばらく時間がかかるけど、その像が浮かび上がる過程も含めて、二人に見て貰おう。
「ありがとうございます。それではお二方、この紙を見ていてください」
「これですね」
「このおおきさ、よくあるこうげいひんとおなじですな」
元族長さんと平原のお父さんは、好奇心いっぱいの顔でフィルムをのぞき込む。
ヤナさんが前に言っていたとおり、良くある工芸品と同じサイズのようだ。
――そうしてしばらく待つこと十数秒、フィルムに三人の姿がじわじわと浮かび上がってくる。
「――なにかみえてきました!」
「ほんとだ!」
二人は食い入るように写真を見つめている。
像が浮かび上がってはっきりしてくるのと比例して、ビックリ顔になっていく。
そして、現像は完了し三人が写っている写真が出来上がった。
「これは――わたしたち?」
「まさか、とはおもうけど……これはわたしですね」
写真に写った自分を見て、元族長さんと平原のお父さん、唖然とする。
「そうです。これは今さっき私たちが並んだところを写し撮ったんですよ」
「――これはすごい!」
「こんなどうぐ、みたことないです!」
写真がどういう物かわかった二人は、大はしゃぎだ。
角度を変えたり裏っかわを見たりと、写真に興味津々になった。
まあこっちの世界でも、このおもちゃのインスタントカメラが出てきた当時は大層話題になったし、面白いから今でも残っているわけで。
こっちの人だって出てきた当初は珍しがったのだから、あっちの世界の人ならもっと珍しがるよね。
この村の人たちはもう使い慣れているけど、あっちの世界からきて間もない彼らには、衝撃的だったようだ。
「タイシさんタイシさん! これ、おみせでうっているということは……!」
平原のお父さんが興奮した様子で聞いてきた。
そう、お店で売っているという事は――。
「――もちろんこのカメラも、買えますよ」
「かいますかいます! これほしいです!」
まいどあり~。平原の人たちのお買いものに、カメラが加わった。
これも買えると知った平原のお父さん、もう大興奮だ。
でも、一応ご家族と相談した方が良いかな?
「ご家族とも相談されたらいかがですか?」
「しゃしんみせてきます!」
ご家族と相談したらと提案したら、平原のお父さんは写真を持ってタタタっと走っていった。
全力疾走だ。……そんなに急がなくても良いのでは……。
まあ、それくらい欲しいのだろう。
恐らくご家族も反対しないと思うから、明日お店が開店したら使い方を教えようかな。
「わたしもほしいですけど、おかねってやつがないのですよね……」
あれ? 元族長さんは残念そうな顔をしている。
……そうか、元族長さんは交易に来たわけでもなく救助に来たので、お金に換えられるものは持ってきてなかったんだよな。
元族長さんもヤナさん達から説明を受けて、お店で買い物するにはお金が必要と言うことは知っている。
でもお金はないので、手に入らないと思ってガックリ来ているんだろう。
……でも、それじゃせっかく来てくれたのにかわいそうだ。
無理して救助に来てくれたその心意気に、応えてあげたいとは思う。
――個人的なお礼の品として、カメラを一台贈ろう。
それくらいはしてあげたって、良いんじゃないかと思う。
「元族長さんには、カメラを一台贈りますよ。ここまで来てくれた心意気を価値あるものと私は思っていますので、友好の証として受け取って頂けたらと」
「え? それはうれしいですけど……もうしわけないというか……」
元族長さんも、ヤナさん達と同じ集落出身だからなのか、遠慮しがちなところが似ているな。
ここは一つ、遠慮せずに受け取って貰いたい。
「ところで、元族長さんのご家族構成を伺ってもよろしいでしょうか」
「はい? ……むすこがさんにんと、ちょうなんのよめさんですね。あとまごもおりますよ。りょうしんもげんきです」
元族長さんは「いきなり家族の話?」という感じで首を傾げながらも、家族構成を教えてくれた。
うん、重要な情報が手に入りました。
と言うわけで囁きます。
「カメラがあれば、家族との思い出の日々――残せますよ?」
「うっ……」
「孫の可愛い姿や、家族の笑顔を沢山写真に撮って壁に飾ったら――家の中に沢山の笑顔が」
「ああああああ!」
元族長さんの中で激しい葛藤が渦巻く!
ここでトドメをば。
「子供が笑った、孫が笑った、家族が喜んだ。そんな一瞬を写真に撮れば――いつでも見返せます」
「ください……」
「たくさんかいます……」
元族長さん――撃沈。
そしていつの間にか戻ってきた平原のお父さんも、巻き添えで撃沈。
「かぞくのしゃしん……えがおがたくさん……」
「むすめのせいちょう……のこせちゃう……」
元族長さんと平原のお父さん、虚ろな目でつぶやき始めた。
……うん、これから存分にカメラを活用してください。
「……大志さん、エルフさん達をそそのかしてないですか?」
ユキちゃんが、元族長さんが撃沈される様子を見て突っ込みを入れてきた。
いや違うんです。そそのかすつもりはないんです。
これはそう、言うならば――。
「――セールストークと言って頂きたい」
「悪い人の顔になってますよ」
おっと、顔に出ていた。気を付けないと。
まあ、ユキちゃんも笑顔だから、俺と元族長さんのやり取りを面白がってくれたようだ。
「エルフさん達って、家族を大事にしているみたいですね」
「そうだね。俺たちも、そうありたいね。彼らから教わる事、沢山あるよ」
「ですね」
カメラのある生活を想像し「ぽわん」とした顔になった元族長さんと平原のお父さんを見守りながら、そんな話をしたのだった。