第五話 チャッカウーマン
固まったユキちゃんをほぐして家に送り届けた後、村に戻ってきた。
エルフの皆さんは夕食の準備に取り掛かり始めたので、そこはお任せすることに。
そして俺は俺で、その準備の間に元族長さんの荷車を確認することに。
ガタガタしてきたという話だから、車軸か車輪かが限界にきていると思うけど……。
「高橋さん、どうかな?」
「車軸が削れてるな。限界だ」
「だめっぽいですかね?」
どうやら車軸が削れてガタがきているようだ。これは修理しないとだめだな。
「修理が必要ですね。こちらの素材と部品を使って直しますけど、大丈夫ですか?」
「そこはもんだいありません。しゅうりしていただけるだけでも、ありがたいです」
「それでは、少々時間はかかると思いますが、直しますので」
「おねがいします」
こっちのやり方で直すのは問題ないようだから、出来る事から取り掛かろう。
さて、どうやって直すかだな。
「高橋さん、どうやって直すか考えはある?」
「いちおうな。足回りは金属にしちまおうかなと思ってる」
「車軸とか連結部とか、軸受けも?」
「まあそうだな。そうすりゃ数千キロメートルは余裕で持つぞ」
修理のみならず、改良をするみたいだな。
まあ、それは良いとして、そうするとあっちのエルフじゃ修理できなくなるけど。
そこはどうするんだろうか。
「こっちで改良するのは良いけど、そうすると向こうで修理できなくならない?」
「いちおう、見ればわかる程度の改造にしておくから、これ位の荷車を作れる奴なら何とかできると思うぜ」
「補修部品をはめ込むくらいならなんとかなる程度かな?」
「まあそうだな。この荷車を見る限り、木工の精度はかなり高いぜ。ここなんか継手だけで処理してやがる。専門職が居ない状態で、片手間作業にしちゃ良くできてる」
……そういやあっちは製鉄止めちゃったから、釘も何もないんだよな。
そういう環境だから継手やらの技術が発達してるのかもしれない。
「これ位の技術があるなら、かえってこっちでやった修理は単純構造になるって感じか」
「そういうこった。そりゃこれだけしっかり加工してたら、時間がかかるはずだぜ」
木工だけで何とかしなきゃいけないから、こっちじゃボルト一本で済むところでも木組みで処理しなきゃならなくなる。
そのおかげで手間もかかるし強度も落ちる、そんな感じかもしれない。
「……まあ、あっちでも修理できるようにするならいいんじゃない?」
「そこはまかしとけ」
本当ならあっちでも製鉄していれば良かったけど、聞くところによるとうかつに出来ないみたいだからなあ。
俺も製鉄なんてしたことないから、良い方法なんてわからないし。
ここは、成り行きに任せるしかないか。
もしあっちに余裕があるなら、あっちで木工が上手い人とかに来てもらって、こっちの技術や部品や道具を伝授できたら良いんだけど。
しかし専門職では食べていけないあちらの世界では、余裕がないから来てくれるかどうかわからないんだよな。
ただ、今後物流が発達して技術が必要になったり、不足するものを補えるようになれば……。
専門職で食べていけるようになるかもしれない。
そうすれば、もしかしたらこの村に来て技術を学びたいと思う人も出てくるかもしれない。
かもしれないばかりだけど、そこまで持っていく事が出来たら良いな。
……まあ、さしあたっては今の修理方針を元族長さんに伝えて置く位にしとこう。
「ひとまず、あっちの森でも何とか修理できるように、見てわかる程度の改良をします。それと、補修に必要な部品も付けときます」
「ありがたいです。じゅうぶんです」
「それじゃ、部品の発注もあるから……一週間くらいで仕上げるよ」
「おねがいします」
一週間か。
ちょうど梅雨も本番にさしかかろうかという時期になるな。
荷車の修理が終われば、元族長さんもあっちの世界に帰ることができるだろう。
平原の人たちも同様に、元の世界にいずれ帰る身だ。
とりあえず一週間をめどに、彼らが帰還できる状態にまで持って行ければいいな。
◇
「それじゃ、おりょうりはじめます」
「はじめるです~」
「たきぎでのおりょうりって、ひさびさね~」
荷車の修理を手伝ったり調理器具を配布したりしているうちに、あっという間に夕方になった。
さっそく今日から薪でのお料理に挑戦だ。
いつものガスコンロがある区画ではなく、たき火で調理できる区画での作業となる。
「これはクッキングストーブと言いまして、薪でもガスコンロと似たような調理ができる機材です」
「おうちにもありますね」
各家にも似たようなものは設置してあるね。屋内用のクッキングストーブだ。
北海道にはこれを安く作ってくれる業者があって、村のクッキングストーブは全部そこから調達している。
使用実績もあるので、信頼の一品だ。あとは、これは単なる調理器具ではない。
そこの所も軽く説明しておこう。
「この機材は調理だけではなく、冬の寒い間は暖房、つまり部屋を暖かくしてもくれます」
「よくわかりませんが、べんりそうですね」
「冬についてはそのうちわかりますので、その時このクッキングストーブの有難味が分かりますよ」
「そういうものですか」
「冬を越すための必需品ですかね」
いまいち冬の事は分かっていないけど、今はそれでいい。
こっちが気を付けて、しっかり準備をしておけば済む話だ。
このクッキングストーブでの調理も、冬になったときの為の予行演習でもある。
今からクッキングストーブの扱いに慣れておけば、冬になったときでも困らない。
それはそれとして、使い方を説明しよう。
「使い方はここを開けて、中に薪を入れます。そして火を付けて閉めます。これで終了」
ぽいぽいと薪を入れてみる。長さに制限はあれど、結構アバウトでも何とかなってしまう。
「かんたんです~」
「あっさり」
「もうせつめいおわっちゃった」
薪を放り込む様子を見て、その構造の単純さは分かってもらえたようだ。
実際やることはそれくらいで、他には薪を随時補充してあげればいい。
後は、熱を持って来たらこの上に鍋でもヤカンでもフライパンでも乗せれば料理ができてしまう。
「熱くなってきたらここに調理器具を乗せます」
「そこですね」
「ここの蓋を取ると、直火が使えます」
「べんりです~」
「おりょうりがはかどるわ~」
「こんなべんりなの、うちにあったんだな」
一応オプション品でグリルがあるけど、必要になったら発注しよう。
それがあるともっと便利だけど、かさばるから今は用意してないんだよね。
まあそれは後で考えるとして、最後に注意事項も説明しておこうか。
「火を付けると当然熱くなりますので、素手では触らないでください。火傷します」
「ふたをあけたいばあいとかは、どうするのですか?」
「蓋を開ける器具がここにありまして、こうやってひっかけて開けます」
「なるほど」
「あとは、この耐熱手袋でもつかめます」
「これ、てぶくろだったんだ」
「あつくならないんだ」
エルフ達は耐熱手袋に興味深々みたいだけど、それは今日実際に使ってもらおう。
このクッキングストーブは結局のところストーブなので、説明することもあまりないからね。
燃料を入れて火を付ける、基本はこれだけしかない。
あとは実際にやってみて、使用感を掴んでもらえればいいかな。
「それでは、さっそく火をつけてみましょう」
「あい」
もう準備万端で構えるハナちゃんだ。貫禄すらある。
耳をぴこぴこ動かして、やる気十分だね。
じゃあお願いしちゃおう。
「それじゃハナちゃん、ここに火をつけてくれるかな?」
「あい~! つけるです~!」
しゅぴっと木の板と棒を構えたハナちゃん、さっそくふしゅーふしゅーと気合を入れ始める。
――ちょっとまって!
「ハナちゃん、しゅぼっとかゴオオっとかじゃなくて、しゅぽって感じでお願い。抑え目に、抑え目に」
「あえ? おさえめです?」
「うん。そんなに強い火じゃなくても大丈夫だから、手加減してね」
「あい。てかげんするです~」
消火訓練のときみたいにゴオオってなると、色々困るからね。
ほどほどに、ほどほどに。
「では、つけるです~」
今度はふんわり構えて、木の棒の先をくるくる回して円を描き始めた。
……あれ? 擦らないの?
「しゅぽっとなるですよ~。――えい!」
ふんわりと回していた棒の先が、薪を指して――ピタッと止まる。
と同時に――しゅぽっと薪に火がついた。
……もはや、擦る必要すらないと来た。
「おおおおすげえええ!」
「はなれたところにてんかできるとか、すてき」
「すごいんだけど、おかしくね? いや、ほんとすごいんだけど」
そうそう! ほんと凄いけどなんかおかしい!
もはやその木の棒いらなくない? 板とか構えてたけどまったく使ってないよね?
「ふい~」
一仕事終えて満足そうなハナちゃん、そして薪はまったりと燃えている。
「タイシタイシ、これくらいでいいです? うまくできたです?」
ハナちゃんがぽてぽてとやってきて、ほめてほめて光線を出してきた。
……うん、手順としては謎だけど、仕事としてはばっちりだからね。
問題ないよね!
「いやーハナちゃんばっちりだったよ! いい感じの力加減だね! よくできました!」
「うふ~」
ハナちゃん褒められてご機嫌だ。やっぱり火起こし? はこの子の右に出るものがいないな。
ガチで凄い。そして凄い謎だ。
擦らずに点火するって、一体どこで覚えたのだろうか?
「それでハナちゃん、今擦らずに点火してたけど……」
「しょうぼうくんれんのとき、なんどか、かするのしっぱいしたですよ」
「あれ、失敗してたの?」
「あい。でもひはついてたので、こするひつようないです? ってきづいちゃったです~!」
……ゴオオって火柱に目を奪われて気づいてなかったけど、あれ何度か擦るの失敗してたんだ。
それでも点火できちゃうってこれもう……。
「……そっかー! 擦る必要ないんだー!」
「あい~! ひつようなかったです~!」
良くわからないけど、ハナちゃんと一緒にキャッキャしとこう。
これでいい。これでいいんだ。
……まあ、良い塩梅の加減も出来るようだし、ほんと点火関係はハナちゃんに任せていいよねこれ。
…………。
それじゃ、気を取り直してお料理を始めましょうか!
「無事に点火もできたところで、早速お料理を始めましょう!」
「そうですね。きょうはかんたんに、おにくのはいったやさいいためとかにします」
「あや! ハナ、やさいいためだいすきです~」
「ハナもつくるんだから、ちゃんとやるのよ?」
「あい~! がんばるです~!」
今日は野菜炒めか。コメはもう水に漬けてあるから、あとは炊くだけ。
それと味噌汁などの汁ものも作るんだろう。
「じゃあハナ、おやさいをきりましょう」
「おやさいきるです~!」
カナさんが野菜を並べて、切って欲しい物をハナちゃんに渡していく。
それを受け取ったハナちゃんは、んしょんしょと切り始める。
一生懸命丁寧に、ちっちゃなおててで野菜を押さえて、サクサクと切っている。
「ハナ、やさいをおさえるては、まあるくね。まあるく」
そんなハナちゃんの様子を見ていたカナさんが、さっそく指導を始めた。
左手を握って、ネコの手を作っている。
ああすると野菜を切るときに手を切らないって、俺もお袋に習ったな。
「まあるくです~」
「そうそう。まあるくね」
ちっちゃな手をにぎにぎして、またんしょんしょと野菜を切るハナちゃんだ。
作業の速度はゆっくりとしているけど、意外と危なげがない。
野菜を切るたびに耳がぴこぴこと上下するのが、なかなか微笑ましいなあ。
そうしてハナちゃんとカナさんが仲良く野菜を切っている横では、どこかの奥様が腕グキさんとごはんを炊いていた。
「ふきこぼれても、ふたとっちゃだめよ~」
「あああ……ふたとりたい……ふたとりたい……」
……吹き零れをみたどこかの奥様、蓋を取りたくてしょうがないようだ。
手を蓋の方に持って行っては、腕グキさんにペシっとされている。
頑張れどこかの奥様、蓋を取りたくなる誘惑に勝ってください。
◇
お料理教室が始まってから、皆は和気あいあいとお料理をしている。
見たところ……薪でも特に混乱することなく料理はできているな。
火力を自在に調整できないから、そういう作業が必要な料理は苦労するかもしれないけど、今日の献立なら大丈夫だろう。
いちおう感触を聞いてみるか。
「薪での料理はどうですか? 見たところ問題なさそうですけど」
「これくらいなら、もんだいないですね」
「このクッキングストーブ? つかいやすいわ~」
「いままでと、それほどかわりはないの」
講師役の奥様方からすると、特に問題ないみたいだ。
じゃあ生徒役の方はどうかな?
「そっちの皆さんは、料理はできそうですか?」
「あい~、おりょうりおいしくできてるです~」
「ふたとりたい……」
「おみそしる、こいめにしていい? もういれちゃっていい?」
ハナちゃんはまだ調理してないよね。下ごしらえで野菜切ってるだけだよね?
あと、蓋は取らないでください。誘惑に勝ってください。
それとそこの方、具がまだ煮えていないので味噌はまだ入れちゃダメです。
「あっちのほう、だいじょうぶなん?」
「きょうのこんだてなら、よほどのことがなけりゃ……だいじょうぶ?」
「おれのじまんのよめさんのてりょうり、さいしょのころはアレだったけど、おれはまだいきてるよ?」
「アレとはなによ、アレとは」
食べる側の皆さんは、生徒側の三人の手際を見て若干の不安があるようだけど、見守ってあげてください。
あとおっちゃんエルフが余計なことを言って、奥さんにパッシ! と尻を叩かれている。
……まだ生きてるって、そんなにアレだったの?
「はい、ふたとっていいわよ~」
「やっとふたとれるー!」
そうしているうちに、ご飯も蒸らし工程の前に水分を確認するところまで来たようだ。
ようやく許可がでたので、蓋取りたいとつぶやいていた奥様は、物凄い勢いで蓋を取った。
そんなに我慢してたのね……。
「おみそは?」
「まだ、ぐがにえてないの」
その横では、お玉にこんもりと味噌を取って、いつでも入れられるよう構えている奥様がいる。
だけど、その量は入れ過ぎだと思います。
「ほらハナ、つぎはやさいをいためるわよ」
「あい~! やさいいれるです~!」
「あ、やさいはしんのあるやつからいためるのよ。じゃないとこげるわよ」
「あやや!」
ハナちゃんも野菜を炒める工程に入ったみたいで、フライパンにぽいぽいと野菜を入れている。
じゅわじゅわと野菜を炒め始めたけど、ちょっと入れる順番間違っちゃったかな?
がんばれハナちゃん。
◇
そうして調理工程で色々あったけど、献立が良かったのか無事料理は終了した。
「それではくばります」
「くばるです~」
できた料理を配膳してもらいに行ったけど、見た感じは問題ないように思える。
ご飯もきちんと炊けているし、味噌汁もたぶん大丈夫そうだ。もちろんハナちゃん謹製の野菜炒めも、ちょっと焦げているくらい。
これ位の焦げなら良くあるので、出来栄えとしては問題ないと思う。
「タイシタイシ~。ハナ、がんばったですよ。たくさんたべてほしいです~」
「それじゃ、ハナちゃんの手料理を沢山食べちゃおうかな」
「あい~! たくさんもるです~」
ニコニコ笑顔のハナちゃんは、こんもりと野菜炒めを盛ってくれた。
すごいこんもりと。
うん、今日は殆ど野菜炒めを食べることになるね。
「これはかみさまのぶんです~」
「お、えらいね。ちゃんと神様の分も作ったんだね」
「おにくおおめにしとくです~」
(ありがと~)
神様の分も作ったようで、今日の献立一式が用意された。
そして食器ごと消えた。
……今度は食器を下さいとか言ってみようか。
きっと前の神鍋みたいに、どこからか現れるんじゃないかな?
そうしよう。
「みんないきわたりましたね。それじゃたべましょう。いただきます」
「「「いただきまーす」」」
そうこうしているうちに、ヤナさんが音頭をとって頂きますをした。
それじゃさっそく、ハナちゃんの野菜炒めを食べてみよう。
どれどれ……。
――うん、美味しく出来てるね。
「タイシ、おいしいです?」
「美味しいよハナちゃん、よく出来てる。お料理上手だね」
「わーい! タイシもっとたべるです~!」
美味しいよと褒めたらハナちゃん大喜びで、じぶんのお皿からさらにこんもりとよそってくれた。
量がまた増えてしまった。
「たくさんあるです~。どんどんたべてほしいです~」
ハナちゃん耳をぴっこぴこさせて追加の野菜炒めをもってきた。
――え? いつの間にそんなに作ったの?
さっきそんな大量に作ってたそぶりなかったよ?
「た~んとたべるです~!」
ご機嫌なハナちゃん、どんどん俺の皿に野菜炒めを盛っていく……。
尋常ではない量になった……。
……せっかくの好意なので、全部食べましょう!
「それじゃ全部頂こうかな。ハナちゃんも沢山食べてね」
「あい~! ハナもたべるです~」
そうしてハナちゃんと、仲良く二人で大量の野菜炒めをもっしゃもっしゃ食べた。
味的には問題ないから、二人で美味しく、お腹いっぱい食べたのだった。
「ふい~」
「ハナちゃん、おなかいっぱい?」
「あい。おなかいっぱいです~」
「自分もおなか一杯だよ。ハナちゃんありがとね」
「うふ~」
お料理も上手く出来て、おなかもいっぱいになったハナちゃんだ。
そして褒められて嬉しいのか、にっこにこ笑顔で、でれ~んとたれ耳になった。
うん、今日も一日頑張ったね。特に火起こしでは大活躍だ。
ハナちゃんのおかげで相当楽が出来ている。
なんたって、こっちの道具で火をつけるよりも楽なんだから大したもんだ。
「これからはハナちゃんの火起こしに頼ることも増えると思うから、力を貸してくれるかな?」
「あい~! ちからになるです~」
元気に返事をしながら、しゅぴっと木の板と棒を構えるハナちゃんだった。