PARADE:2042 - 第四の乙女
「ミヒロ」
「なんですか?」
「あれ見てみろ」
ミヒロはライフルのスコープから一度目を離して、隣にいた優男を見る。ケイというその男の指さす先で、土煙が上がっているのが見えた。
VRMMORPGオムニス。SFとファンタジー、二つの世界が存在するこのオンラインゲームの中心には、緩衝地帯と呼ばれる広大な領域があった。
緩衝地帯は当初こそ緑の広がる平原だったが、いつからか“アーティファクト”と呼ばれるアイテムで溢れかえるようになった。ボールや靴のような小さなものから、巨大な戦艦や城のようなものまで、その姿は様々だ。
それらがひしめき合う緩衝地帯は、今や混沌を絵に描いたような様相だった。
ケイとミヒロの二人は、朽ち果てた高層ビルの十二階にいた。
ミヒロは窓から突き出すようにスナイパーライフルを構え、スコープ越しに緩衝地帯を覗いている。隣にいるケイは双眼鏡で。
「なんですか、あれ」
「“パレード”だ」
「“パレード”? わっ」
ケイがミヒロのスコープの倍率を操作すると、緩衝地帯を移動する土煙の中心がはっきりと見えた。
「……人?」
土煙の中心には、黒いローブを頭まで被った“人のような何か”がいた。
ミヒロが人であることを疑ったのは仕方がないことだった。
その人のような何かは、緩衝地帯を埋めているガラクタを、両手で持った大剣で切り飛ばしながら疾走していた。
小さなガラクタだけではない。郵便ポスト。車。戦闘機の残骸。時に建築物の壁すら叩き壊しながら、まっすぐに緩衝地帯を進む。
そして、無数のプレイヤーがそれを追って走っていた。
「パレードって言いました?」
「ああ。正確な名前はわかっていないんだが、見てみろよ。パレードみたいだろ? だからみんなあいつをパレードと呼んでる」
ミヒロがスコープで見ている状況は、とてもパレードのような華やかなものには見えなかった。
パレードを追うプレイヤーたちは時折隙を見て攻撃をしかけるが、まるで背後に目でもついているかのように適宜振り返り、機械的なデザインの大剣を振り回して弾き返している。
「あの、なんであの人たちはパレードを追ってるんですか?」
「ディガーにとっちゃあいつは自然災害みたいなもんなんだ。どんなに希少なアーティファクトであろうと真っ二つにしていくからな。だからあいつには膨大な懸賞金がかかってる」
「け、懸賞金……」
ミヒロは今まさに、ライフルのスコープでパレードを捉えていた。射程距離も問題はない。
「撃ってみるか? いいぞ。ここは緩衝地帯だ。不意打ちくらい日常茶飯事だからな」
許可を得て、ミヒロは教えてもらったように初弾を装填し、引き金に指をかける。
射撃管制システムはあえて切ってあった。ミヒロは自分の感覚を頼りにパレードの進行方向を先読みして照準を合わせ、ゆっくり息を吐いた。
晴れた昼の緩衝地帯に、乾いた破裂音が響き渡る。
ミヒロのスコープの中で、パレードが振った大剣が火花を散らした。
「は、弾かれた……!?」
ミヒロは思わずスコープから目を離す。肉眼で見ても、土煙は未だに移動を続けていた。
「もしかしてNPCですか?」
「そう思いたくなる気持ちもわかるが、どうやらイーオン側のプレイヤーらしい」
「嘘でしょ……」
「一度だけ、パレードがショウタイム中に現れたことがあった。偶然なのかイーオン側に加勢したかったのかはわからない。とにかくあいつはアエラに向かってまっすぐに進んだ。どんな攻撃があいつを襲っても、絶対に止まることはなかった。
他のプレイヤーはあいつの後ろを付いていくだけでいい。……さながら、第四のラインの乙女だな」
ケイは双眼鏡を目から離し、立ち上がった。
「射撃の腕もなかなか悪くない。銃をメインにするか?」
「……いえ、次は格闘を練習してみます」