天国の寺子屋
このお話は、女優の土屋太凰さんの生まれたときのエピソードをもとにした作品です。
楽しんでいただけたら、幸いです。
ここは空の上。
俗にいう天国と呼ばれる場所です。
そこでは雲の上に樹木がはえ、泉がわき、建物が建ち並んでいました。
空は抜けるように高く青く澄んで、年中虹がかかっています。
常春の、夢のようにきれいな場所でした。
そんな天国の一角に、木造の平屋建てがありました。外観は、江戸時代の寺子屋によく似ています。
畳敷きの室内には、長机がいくつも並べられていました。
そこには、たくさんの赤ちゃんがいました。
二人ずつ長机に並んで座布団に座り、みんな筆をにぎって、一生懸命習字紙になにかを書いています。
お正月の書き初めに使うような、長い習字紙でした。ただし、赤ちゃんたちは縦ではなく、横にして使っています。
書き終わった赤ちゃんから、席をたち、寺子屋を出ていきます。
そんな中、習字紙を前にして悩んでいる赤ちゃんがひとり。
「決まったかね?」
空色の、床に引きずるくらいすその長い衣服を着て、同じくらい長い真っ白なあごひげをたらしたおじいさんが、赤ちゃんに声をかけました。
「それが、悩んでしまって」
「まあ、ゆっくり考えるといい。まだ、おぬしが地上に降り立つまで時間があるだろう」
「はい。かみさま、ありがとうございます」
他の赤ちゃんは、次々に習字を書き上げて、室内を出ていきます。
「よし、決めた!」
しばらく悩みつづけた赤ちゃんは、筆を手にとり、習字紙に心をこめて文字を書きつけました。
「かみさま、できました」
さしだされた習字紙を見て、長いあごひげの神様はうなずきました。
「よし、上出来だ。これでおぬしも、この天国の寺子屋は卒業じゃな。定められた日まで、自由に過ごすがよい」
「ありがとうございます」
赤ちゃんはにっこり笑いました。
「不思議な夢を見たのよ」
地上ではもうすぐ臨月のユキさんが、お腹に手をあてて旦那さんのハルさんに話をしていました。
お腹の赤ちゃんは、二人にとって初めての子どもでした。生まれたときの楽しみにと、性別は生まれるまできかないでおこうと、二人で決めました。
でも、名前をどうするか、ユキさんはとても悩んでいたのです。
「雲の上のとてもきれいな場所に、寺子屋があるの。そこで、赤ちゃんがお習字をしてるのよ。その中のひとりが、書いたお習字を見せてくれてね。
〈二月三日、女、朱音〉って書いてあったの」
「じゃあ、本当に二月三日に生まれてきたら、その前をつけようか」
ハルさんが冗談めかしていうと、ユキさんも笑ってうなずきました。
「そうね。それがいいわ」
二人が、二月三日にびっくりするのは、もう少し先のお話です・・・
おわり