プロローグ–探検準備–
校庭に植えられた桜が咲き誇る入学式。入学式から始まる一通りの行事を終えた僕はすぐには帰らず学校の名物である桜を一目見ようと校庭に来ていた。
「これはすごいな。名物になるわけだ」
校舎の反対側に校庭にそって植えられた桜は満開で、夢のような景色に感動した僕は素直に感嘆の声をあげていた。そうして桜にそって歩いていると、この景色と合うとは言いがたい行動をとっている少女を見つけた。彼女は桜の下で穴を掘っていた。着ているのはたぶん学校指定のジャージだろう。短く切られた髪の上には探検家が被っていそうな白っぽい「つば」の広い帽子を被っている。辺りを見回すと一本だけではなく数本の桜の下にたくさんの穴が掘られており、いま穴を掘られている桜の木いろいろな大きさのシャベルが立てかけられている。
「あの、すいません」
「んー?」
「なにをしてるんですか?」
「なにって見ればわかるやろう。地面を掘っとるんや」
彼女は穴を掘りながら、僕の方を見ずに答える。
「それはわかります。なんでそんな事をしてるのか聞きたいんです」
「なんや、そういう意味か。そうやな、なにをしとるかというならば探し物やな」
彼女は掘ったばかり穴の中をしゃがんで覗き込みながら答えた。
「何か落としたんですか?」
「落としたんかもしれんし、わざと置いたのかもしれやん」
「どういうことですか?」
「アタシが探しとるんは自分の物やなくて、人の物なんや」
自分のではなく人の物?ますます分からなくなってきた…
「なんや、訳がわからんちゅう顔やな」
表情に出ていたのだろう、彼女は僕の顔を見ながらそう言った。そのとき初めて僕は彼女の顔を見て、引き込まれた。単純かもしれないけれど彼女がとても可愛いかったからだ。「なんや、どうした?ウチの顔になんかついとるか?」
黙ってしまった僕に不思議そうにしながら顔をペタペタと触りだす彼女。
「いえ、その、可愛いかったので言葉が出なくて」
「か、可愛い⁉︎う、ウチがか⁉︎」
「は、はい」
僕の言葉があまりにも意外だったのか顔を赤くして再び桜の方に向き黙り込む彼女。美少女の彼女に対して照れと緊張でなにも言えない僕。気まずい数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「おまえ、こんなときにおるってことは新入生なんか?」
「え、ええ、はい。そうです」
「そうか。アタシは1つ上や。つまりアタシは先輩や。アタシのことは先輩と呼ぶように!」
「わ、わかりました」
そう答えると明らかに不満気な顔になった。
「はい?今なんて?」
「ですから『わかりました』と…」
「一言たらんのとちゃうか?」
ああ、そういうことか。
「わかりました。先輩」
そう言うと笑顔で満足そうに頷いた。
「よろしい!ウチの名前は新見真子や。ここで会ったのもなんかの縁やろ。これからも頼むわ」
「僕は内宮照彦です。こちらこそよろしくお願いします。新見先輩」
「よし!じゃあやろうや」
新見先輩はそう言って近くに置いてあったシャベルの1つを僕に渡してきた。
「なにをですか?」
「決まっとるやろ。発掘や」
「僕もやるんですか?」
「そや。後輩はそこら辺を頼むわ。先輩命令や、しっかり励め」
そう言いながら先輩は持っていたシャベルで適当なところを指すと自分は再び穴と向きあってしまった。仕方なく僕が見よう見まねで穴を掘っていると先輩はときどき僕の方を見て「もっと深く!」とか「もっと強く!」とか指摘してくる。なんなんだ本当に。
こうして僕の高校生活は『先輩と二人で穴を掘る』という奇妙な出来事から始まった。