~steal eye~
Civil netに対する攻撃が行われた後、サイトは閉鎖されることが発表され、ニュースの更新が途絶えていたが、国民会議(通称:国会)では野党の追求に応じ本格的にサービスを終了することを閣議決定した。(それまではネット上にサイトは残っており、civil netのサイドコンテンツは機能している状態だった)それと同時平行で民間の大手報道局が共同でcivil netに代わるサービスを構築する事(その際、同時平行でヘイトコメント規制法案化も進められる)、それと引き換えに個人ブログやサイトの制限が行われるようになった。このように新しい法律にはあくまで情報管理の利権を政府側に有利にしておきたいというあからさまな意図が見えているように見えた。勿論デモを行っていた国民はこの法律に反発、その流れを煽ったのがcivil net を構成していたアフィリエイトの元管理人達である。その影響は政府が考えていた以上に大きかった。特質としてサイト内では極端な主張や議論が多かったが、その悪意が外部にそのまま溢れ出たことが挙げられる。アフィリエイトの空気を作っていた一部の国民はブラック·ブロックを行いつつネット上の悪意を現実世界にぶちまける先導者に成り下がっていった。そして管理人達が自らのSNS(ソーシャル·ネットワーク·サービス)を用いて政府や難民に対するデモを唆し、一気に数万人が呼応した。その中心になった記念公園周辺ではそのデモに反対するデモも同時に行われ、口論や争いが絶えず、やがて集団同士の暴力が頻発するようになっていった。そのような事態に対し都行政は当初、記念公園のある千代田区に緊急事態を発令してデモ参加者に中止を迫った。ところが参加者は公園に宿泊用のテントを張りこの発令を無視、仕方なく巡回用アンドロイドを公園の周りに配置して参加者が被害を広げないようにする他なかった。
4月25日 午前9時 カフェ・クリスタ
タラさんと依頼主の男性は、もはや当たり前のようにカフェで打ち合わせを始めていた。
その際、依頼主が雑談として一連のデモの話題を切り出した。
「いやー今日のニュース、見ましたか?本当にどうなっていくんでしょうね。今起きているデモが変な方向に向かわなければいいのですが」
タラさんはその話を否定することなく聞き続けた。この仕事をしていると、聞くことが上手くなければ依頼主との関係がこじれてしまうことを経験から学んでいた。
「お気持ちはよくわかります。今のところは落ち着くことを祈るしかないですね」
実のところ、このデモを誘発したのはcivil netにdos攻撃を行ったタラさん側にもあるのだがタラさんは何食わぬ顔で話を合わせ続けた。
そして会社で話し合って決めたことを依頼主に提案を始めた。具体的には会社社屋は作らずにこのカフェに売り場を直接作ること、そして社員同士で確認した試作品等である。
「......ここに売り場を作るというのは考えていませんでした。確かにカフェの関連商品ですからカフェに置くことは自然なのでしょうが...問題はマスターがOKしてくれるかですね」
そしてマスターのカウンターに向かって
「どうでしょう?ここに商品を置きたいんですが邪魔になりませんかね?」
するとマスターは一旦コーヒーを挽く手を休めて、両手で大きな丸を作った。どうやらマスターも脇耳で話を聞いていたようだ。
「商品開発についてはまだ少し時間を頂きたい。必ず満足できるものを提供いたします」
「いえ...そんな、そこまでしなくても、あなた方の対応には十分満足していますよ」
「いいや、これは私たちの意地でもあります。法人税が高い中でも個人事業主が少しでも負担を減らすのが私たちの仕事ですから」
そしてタラさんは席を座り直して、少し真面目な表情を作って依頼主の顔を見た。
それを見た依頼主はあまりの変わりぶりに面喰らったのか
「ど...どうしたんです?..急に」
「実はですね、ここからが大事なんです」
このタラさんの言葉に依頼主は戸惑った。
「大事..とは?」
「二次審査は試験官との面接です。それは知っていると思います」
依頼主が頷くと言葉の先を続けた。
「審査は一時間程で幾つかの質問をされるんですが、この質問の傾向は全くわからないんです。何しろ単刀直入に聞く人もいれば関係ないことしか聞かない人もいる、こればかりは私達もあなたにアドバイスすることが出来ないんです。そして二次審査は合格率がかなり下がります。一次は九割前後ですが二次通過は三割にまでになります」
この通過率の話を聞いて依頼主はタラさんが真面目な表情をした理由を悟った。と同時にこれはタラさんの会社にも無関係ではないことを意味していた。中小企業支援の会社実績は起業の数ではなく、割合で左右される。この業種の企業のおよそ七割は五年持たずに倒産することが多かった。数少ない大手が所属社員の質も量も段違いのために小さいところは経営がかなり厳しい。
「あの...面接は一対一ですか?」
「一人の場合もあれば複数いる場合もあります」
「じゃあ、面接で気を付けることとかあれば...何しろ面接というものは今まで経験がないものですから.....」
それは2098年現在、新卒採用や中途採用において面接という手段がとられなくなってからというもの、起業を考える人間にとっての不安要素の一つとなっている。殆どの場合、大学および大学院時代の研究論文や活動内容、学外のボランティア活動、果ては学習意欲などのパーソナルデータを大学側から企業に通知することが当たり前となり、履歴書文化は姿を消したと言っても過言ではない。タラさんは暫く考え込んでいたが、やがて重い口を開いた。
「“熱意“だと思います。統計に見合っているかというのは別に面接をしなくてもわかりますから。どのような人間かを見極めているのではないでしょうか....申し訳ない、うまく言えなくて」
「いえ、そんな...私こそ分からないことを聞いてしまったようだ。面接では私自身の戦い、面接官との一騎討ちというわけですね。......成る程、腹を括らないとですな」
その言葉は脛に傷を抱えている千尋等を支援しているタラさんにも重く響いたが、依頼主は気づいてはいないようだった。
同時刻 電子災害研究所
出勤早々に俊哉は那智の所長室に呼び出されていた。那智が口を開いた。
「以前出して貰った報告書についてだが、その事で疑問点があるそうだ」
那智の言い方に引っ掛かりを覚えながらも俊哉は神妙な面持ちで次の言葉を待っていた。
「君の出す報告結果は私の他にも科捜研所長や警察庁の公安部、警視庁鑑識課とも共有している。その中で犯人像の特定についての疑問が特に鑑識課から来ている。鑑識課の見解では、通信会社の端末に内蔵されているセキュリティソフトに反応しなかった事から、通信会社内部の人間ではないかという見解を持っていたようだ。ところが報告書ではそこに言及していないままに、謎のテロ組織による犯行ではないかという結論に驚いているそうだ。彼等から“根拠を示せ“と急かされたのでな。だから来て貰った」
俊哉は疑問点の内容はもっともだと感じ、研究室内部での議論を交えた上で結論への経緯を語った。
「実は私達の方でも内部の人間ではないかという疑問が浮かび上がりました。ところが乗っ取られた端末の個人情報への介入がなかったこと、犯行の手順の効率の良さ、プログラム開発については通信会社によっては専門業者に一任している場合もあることから“通信会社の人間“と特定することについて疑問がありました」
「ということは、君達は我々の持っているデータベースに不備があるということを認めるということか?」
(うっ!......)
那智にいきなり痛いところを突かれ思わず目をそらしてしまったが、ここは正直に認める他なかった。
「......そうです」
那智が軽く舌打ちをしたのが俊哉の冷や汗を誘った。どう見ても機嫌が良いようには見えないからだ。那智にとってはこの事実を上層部に告げなければならないのだからストレスは俊哉の何倍も上だろうが。
「......どこから手をつけていくかの道筋は付いているのか?」
少しばかりの沈黙の後に那智は俊哉に捜査状況の進展を聞いた。
「まずは攻撃に使われたソフトウェアの入手ルート、及び対応するプログラムの開発です。あとは内部の暗号開発部と共同で新たな暗号通信の開発もしないといけません」
受けの良いようにあらかじめ練習しておいた文言を俊哉なりに簡潔に説明したつもりであったが那智は浮かない顔をしながら、
「......虚飾は要らない。本当は暗中模索なんだろう?君もさっき言っていたじゃないか。"犯行は効率的に行われた"と。君ほどの人間がその言葉を用いるということは根拠に値するものが見つかっていないのだろう?」
そもそも行き詰まっているからこそ前もって報告の練習をしていたのだがどうやら那智の前では無意味だったようだ。もはや俊哉は言葉を発することすら出来なくなってしまった。
「君達の考えが全部検討違いだとは思わない。君の話を聞く限り、考え方に特に疎漏な部分は見当たらない。だが、前もいった通り根拠が薄い。あくまでも可能性の段階でしかない。我々は実証を提示する立場であることを忘れてはいけない。だから確たる証拠が見つからないときは真っ先に我々に避難が向くこともある」
そして無言で自らの職場に戻るように指示をした。指示通りに俊哉がドアに手を掛けたとき、
「舌打ちをしてしまってすまなかったな。私は君に功を焦って欲しくはない。口下手な私だができる限りの立ち回りはするつもりだ」
(口下手は余計ですよ)
那智の下手くそすぎる謙遜の言葉には労いの意味があることを即座に察知した。
俊哉は那智を方を振り返り、深くお辞儀をした後に、部屋を後にした。
その姿が見えなくなると那智は深く椅子に座り直し、深くため息をついた。
そして椅子に座ったまま上を向いて天井を眺めていると部屋のすみにある監視カメラに目がいった。この監視カメラは那智の言動をつぶさに監視していることは明白なのだが、誰が監視しているのかを那智自身が知ることは出来ない。
4月25日 午後1時40分 大宮区 大宮駅地下ホーム
岩槻での仕事を後にしたあと、大宮のイベント会社に経路シミュレーションを納品したタラさんは、会社にいる千尋達に電話をかけていた。
『ああ、今からそっちに帰るから次の準備をしといてくれ。......問題ないそうだ。そう伝えておくこと。......そうその計画を実行段階に移さないとな。......そうか、分かった。テストもしておくようにいっておいてくれ。うん、じゃあまた後で』
通話を切ると、そのまま次のターゲットの周辺の地理を検索して時間を潰していた。
数十分後、目的地に停車する八両編成の電車が到着した。ホーム転落防止用のゲートが開き、電車のドアが開いてバラバラと客が乗っていく。その電車はリニア方式の為にパンタグラフなどは存在しない、それほどまでに都市圏の無電柱化は徹底されていた。一両当たりは対面式の座席が両端に五組づつあり、それぞれアクリルの透明な板でしきられていた。それぞれの個室の中は無線LANやコンセントがついていた。
アクリルの板には一応の緊急事態のため、手すりがつけられていたが、自宅での在宅勤務制度が多数派の現代、朝のラッシュ時に数人が立つ程度で、ギリギリに詰め込まれることはほとんどなくなっている。そのために、新車両では手すりをなくして、車椅子のためのスペースを増やす検討がなされている。
タラさんはがらがらの車内に入ると、誰もいない個室スペースの席に座った。タラさんの他には何人かが座席に座っている程度で、どの車両も同じような状態だった。中には座席スペースでVR用のウェアラブルデバイスを着けている者さえいた。
普通、VRの平均的な利用時間は最低でも一時間は使用するので、余程目的地が遠かったのかもしれない。それほどまでに人気がなく、自動運転のAIは寸分の狂いもなく正常に動いていた。
三郷駅の改札を抜けると、何人かの女性がビラを配っていた。三郷区条例ではビラ配りは禁止されている筈であるが、誰かがそれをとがめる様子はない。それどころか、何人かは周りを注意深く見回しながらこっそりビラを受け取っていた。その内容というのも、
「外国人の犯罪にキチンと異議を唱えましょ―!!外国人の文化侵略にノー!!私達の声を政府に届けましょう‼」
あからさまな外国人コミュニティに対する挑戦的な文言を大声で並べ立てていた。多少大袈裟すぎるとも言えなくもないが、どうやらその方針を支持する人間も居るようで、数人の男女が彼女たちを携帯端末を使って撮影をしていた。
ここまであからさまであるにも関わらず、警察の自立用アンドロイドやそれらを搭載した無人警察車両が来る様子はない。どうやらまだ誰もビラ配りの行為を通報した人間は居ないようだ。彼等の行動は街中にある監視カメラにも間違いなく写っている。むしろカメラに見せつけているような立ち位置をとっているようにすら見えていた。おもむろにタラさんは自らの端末で今の時間を確認した。時間は午後の二時を示している。普段の巡回時間から考えると、この辺りに見廻りが来るのは二時二十分頃の筈である。それを確認したタラさんは事務所に電話を入れた。
『おーい、いま駅に着いたところだ。ただなぁ......もう少し時間がかかりそうだ。......いや、大したことじゃない。今後の確認を他の取引先としないといけないんでな。......まぁ一時間もかからないだろうからそんなに気にするほどじゃない。......ああ、じゃあ』
電話を切った後、
(さて......少しからかってやるか)
一人ほくそ笑むと、条例無視を決め込んでいる彼女たちのもとへ歩いていった。そして目の前に来てから
「こんにちは」
「こんにちはー、ビラをもらいに来てくれた方ですか?」
女性はタラさんが見たところ三十代ほどに見えた。
「ええ、こんな時間にビラ配りなんて珍しいと思ったので」
「本当はもっと人の多い休日とか夜にしたかったんですけど、行政側からの許可が降りなくて」
嘘だ、とタラさんはすぐに直感した。そうして受け取ったビラを見てみると、陰謀論にしても完成度が低い、まるで特定の層の気分を害したいというような思いがこもっているかのような文言が書かれていた。
「それにしても......随分面白い事が書いてありますね。“外国系は犯罪者“とか“外国文化に日本は侵されている“とかまともな思考なら考え付きませんよ。見たところ結構お若いようですが、どうしてこの活動に参加したくなったのか宜しければ教えて頂けますか?」
そう言うと、女性はかなり気分を害したのか不機嫌そうな顔をタラさんに向けた。最もタラさんとしてみたら意図的に気分を害する言葉で煽ったのだが。
「......ニュースでは連日外国移民による犯罪を報道していますよ。それこそ日本人の比にならない数です。あなたがどういう立場の人間かは分かりませんが外国人によって犯罪率は上昇している、これは紛れもない事実です」
「それは“外国人だから“ではなく“外国人に貧困層が多いから“と修正するべきでは?確かにこの国に貧困層が外国人が多数を占めるのは事実です。それはニュースで見ました。ですが、外国人が増えたからそれで犯罪率が上がったと印象操作をするのは感心しませんね」
「あなたはこの国の実状が分かってない。それこそ日本人がほとんどだった時代は犯罪率は先進国の中で最低値でした。それが外国人に対する規制緩和が行われると同時に犯罪率は上昇していったんです。あなたは結局、理想を語るだけで現実が見えていない。今の国会に蔓延っている政治家と同じです‼」
女性は声を大きく張り上げて自分の正当性をタラさんに示し始めた。周りの男女は相変わらずカメラ機能を維持しつつ二人の様子を撮影している。その他の人間は関わらないようにそそくさとその場を通りすぎていった。
「参りましたな......そこまで全否定されるほど的はずれな事を言ったとは思えないのですが」
多少苦笑いしながらタラさんは、一連の押し問答の中で女性がある一定の思想的なデッドラインを越えてしまっていることを認識せざるを得なかった。
(救いようがないな。さてと、時間は......)
タラさんが時間を確認しようとしたその時、警察車両が近くに止まり、自立アンドロイドがこちらに向かってきた。どうやら通行人の誰かがこの言い争いを止めるために通報したらしい。
《条約違反を確認しました。私たちに同行を願います。拒否した場合、ペナルティを施行します》
彼女らを撮影していた男女グループはいつの間にか散り散りにどこかに消えていた。アンドロイドが追いかけなかったところを見ると、条約違反の範疇から漏れたと判断されたのだろう。
一方、ビラ配りをしていた女性数人は言い逃れはできない。先ほどまで言い争いをしていた女性はタラさんを睨み付けながら他の女性同様、アンドロイドの誘導にしたがって警察車両に乗り込んでいった。タラさんが改めて時間を確認すると、時間は二時十五分だった。
(少し予定より早かったな......きっと誰かが通報したんだろう)
名前の知らない誰かが行動してくれた事を確認しつつ、結局誰かが虎の穴に入らなければ周りは動かないのだということを明確に、残酷に示していた。




