~bottomup3~
翌日、各個人のデバイスに流れたニュースでは政府
の内閣広報官が懲戒免職された事が報道されていた。
理由として自らが所属している政党の資金を私的横領していたことがあることが明かされたことによる。
ところが数時間後,行われた政府の発表では内閣広報官がcivil netの運営に関わっていた事を明かした。
消費者庁は信用を裏切った事を謝罪し,civil netの
閉鎖を発表。消費者大臣も免職される事態になった。
一連の政府の対応がなされた後は殆どの報道機関は
話題にすることは無くなっていった。しかし今まで曲がりなりにも国民の対話ツールのひとつだったcivil netが無くなった事でネット上の論争が現実世界に
表面化するようになってきた。人々は以前議事堂に使われ、今は記念公園になっている永田町の国会議事堂記念公園で自らの意見の主張や意見交換をそこで行う
慣習が当たり前になっていった。
4月21日 午前8時20分 電子災害研究所
研究員が出勤してすぐに俊哉は皆を集めて組織的犯罪の仕業だという自分の考えを話し、研究員の意見を
聞くことにした。
「どうだろう?僕と所長の意見では事件は組織的犯行だと思ってる。まだ証拠がある訳じゃないけど僕個人の考えでは1人で行うことのできる限界は越えてると思う。この中で個人の犯行だと思ってる人は何人いるの?」
すると3人の研究員が手を挙げた。俊哉がその中の1人に発言を求めた。
「何個か理由はありますが最大の理由は犯行の動機や
目的が分からない事です。今まで侵入されたデバイスの個人情報を盗まれた形跡は無し。また今のところ
有名犯罪組織の犯行予告等も出ていません」
「成る程。それじゃあその他の人は?」
俊哉が他の二人に聞いてみたが二人もさっきの研究員の言った意見と同じだったのか無言で発言した研究員の方を向いていた。
「そう、分かった。じゃあさっきの意見に質問したいんだけど著名な犯罪組織だと思った理由は?」
「それは...今時テロなんてするのは何処かの犯罪組織
若しくは個人情報狙いの個人ぐらいじゃないですか。
何を今更」
「じゃあ個人で行ったと仮定してどうしてリスクの高い大規模なクラッキング攻撃をしたの?」
俊哉にこう聞かれると研究員は言葉に詰まってしまった。しかしそれは俊哉も同じだった。俊哉自身ですら犯人の動機が全く分からなかったのだ。それでも
「みんなどうだろう?ここは一旦あらゆる偏見を捨てて犯罪形態等は気にせず証拠を照合した上で改めて
目星をつけた方がいいんじゃないかな?」
結局結論は出ずに終わってしまった話題に対して巧妙に対話の論点をすり替えた俊哉の一言に反対する研究員はいなかった。そして警視庁から届いたデータも含めて作業に取り掛かり始めていた。
午前9時00分 talakancomplex社内
一階の仕事部屋には六人全員が揃っていた。今回の
仕事の依頼主の会社を無事設立しそれを維持するプランを話し合うところだった。
『はーいそれじゃあ今回の依頼を説明する。依頼内容は知人のカフェとの相乗効果を狙った雑貨の会社の
設立についてだ。それは頭に入ってるね?』
残りの五人が頷いた。因みに千尋は昨日ミーシャから今回の仕事の内容を聞かされていた。
『ウンウン。先ずはショップの設置場所についてだ。
一応設置場所にも傾向がある。"無自覚"くん説明よろしく』
『は~い,簡単に地図を確認するよ~』
そう言うとダビドは自らが製作した3Dマップを目の前に表示して説明を始めた。
『まずひとつ知っていて欲しいのはある店とコラボする場合、その店の近くの方が収益率が高いということ。これを参考として考えて見ると店の近くは住宅街と工業団地の間にあるね~。この住宅街の住人の平均月収は平均の五分の三程度だから余り客単価には期待しない方がいいんじゃないかな~。イベント会場は最短で二十分程度ってところだから。工業団地では材料工学の工場や研究所が並んでるみたいだね~』
ダビドの一連の報告が終わった後,全員がマップを見ながら意見を出し始めた。
『ねえ、近くに鉄道の駅ってないの?住宅街があるってことはラッシュアワーがあるってことでしょ?駅の近くに作ることはできないの?』
『それは無理だ。その辺りの地価はかなり高い。少なくとも初めてショップをつくる人間が最初に手を出したら失敗する』
『あの...自治体にまとめて注文して貰う...っていうことは出来ないでしょうか?...もしくは歩いて売っていく訪問販売とか...最近は余りやらない見たいですし...』
『訪問販売自体は数年前に法律で禁止されたんです。
それに自治体には既に贔屓にしてる業者がいますから
今更入り込める余地はないですよ』
するとそのやり取りを聞いてたミーシャは千尋に対して、
『それは今問題じゃあないだろ。今は設置場所の話し合いをしてるんだ。設置場所だよ設置場所!!』
『それじゃあひとつ聞きたいんですけど今現在会社を設立する必要があると思いますか?』
千尋に聞き返されミーシャは答えた。
『あるに決まってるだろ!実際に会社を作りたいっていってるんだから』
その言葉を聞いた千尋は、ミーシャの剣幕に対して多少冷ややかとも取れるように
『...私は別に会社を作ること自体に反対している訳じゃありませんよ?......私が言っているのは"会社"として新たに何か建てなくてはいけないのかって言っているんです』
『......それってどういうことだ?』
『今のままで融資を申請して会社を作るって事です。
少なくとも依頼主さんはいきなり大企業になろうとしてる訳ではありません。只自分の第二の人生として考えているに過ぎません。それなのに社屋やショップを作ったら設備の維持費や設計費等で今まで貯めてきた資金でさえ使い果たしてしまいます』
『じゃあどこで商品を売るんだ?』
『カフェの中に販売スペースを作って貰いそこから段々と大きくしていった方がいいと思います。その方が依頼主さんの想いに応えやすいですしそれに確かコラボする店に近いほど収益率は上がるんですよね?』
千尋がダビドに聞くと、ダビドは
『うん!そうだよ~』
千尋はその言葉を聞いてから、ミーシャの方を向いて
『どうですか?設置場所についての意見と論拠は終了ですけど......』
千尋が周りに聞いてみたが誰からも異論が出てくる気配は無かった。と言うよりも開いた口が塞がらなかったという状態の方が状況的には正しいかもしれない。それらの話し合いを聞いていたタラさんは頷きながら
『今の意見に反対がある人?......は居ないみたいだな。それじゃあ次に経営収益について。これを担当したのは"収集僻"くんに説明して貰おうか』
『はい。今回の場合、今の税制度と照らし合わせて考えて見ると目安である五年目迄に月八十萬両(テール)の売上を維持できればその後の所得税や原料費等を
考えたとしても、以降の運営にも差し障りはないと
考えています。又今は一人の自営業でも会社法人に含まれる為法人税を払わないといけません。しかも日本は法人税が先進国のなかで一番高い三十%掛かるのでマイクロクレジットを使う事を提案します』
『でもマイクロクレジットの申請って結構厳しいらしいけど大丈夫なの?』
シユンに質問されると
『問題は其処です。今の時代でも審査には人間性や個人の経歴が対象に入っています。そればかりは私達にはどうすることも出来ません』
『"無自覚"くんの言いたいことは分かった。其については依頼主に会った時に対策を立てる。いずれにしろ審査には依頼主が立ち会わないといけないからね。
次は新しい雑貨の販売についてだ。今のところは売る
商品は決まっているらしいからこれについては将来的に使えるっていうものを提案して貰いたい。これに
ついては確か......』
『ハイハイ私私、えーと......まずひとつ目はこれ』
そう言うとシユンは机の下から何かを取り出し皆の目の前に置いた。
『これはキャラメル。サンプルでもらってきてくれた
コーヒーのブレンドを高圧で抽出してそれを元に作ってみたの。ちょっと食べてみて』
シユンに言われるままに皆が目の前にあるキャラメルに手を伸ばして口に放り込んだ後、
『コーヒーの香りはないですね。これだとこのコーヒーでつくる意味が無い気もしますね』
『俺も同じ。コンセプトはいいと思うけど普通のキャラメルと何が違うかって聞かれたら分からないな』
その意見を聞いたシユンは考え込むように
『......,分かった。もうちょい改良してみる。次はこれはどう?レコード風の音楽記録媒体。これは使われて無いレコードを一旦記録消去したあとに量子レーザーで記録量を伸ばして見たんだけど』
それは見た目には昔使われていたレコード盤と見分けが付かなかった。製作スタッフとして雑用に使われたミーシャは訝しげに
『ところで、そんなもん何に使うんだ?一応頼まれたから協力したけど』
『フフン、よくぞ聞いてくれました。実は以前同じような店に入った時に音楽が掛かってたの。それでもしもそこの主人が掛けてる音楽がいいと感じて"私も欲しい"ってなった時に掛けてる音楽がそこに在ればつい手を出すかなって思って。所謂昔の"サウンドトラック"みたいなもの』
それを見ていた千尋は首を傾げながら
『でも...,..レコード程の大きさでしかも量子レーザー仕様ですよね?それだと有名なクラシック全曲入れても絶対に容量的にはまだすかすかです......よね?』
『しかもそれを再生できる機械なんてあるのか?
まさか蓄音機専用なんて言わないよな?』
するとその発言を聞いたダビドは何か閃いた様で
『それだよ~!』
『それだよってどういう意味ですか?』
『つまりそれに使う蓄音機も序でに開発しちゃったら?ってことだよ~だっていまある機械じゃ使えないんでしょ~蓄音機なら安く手にはいるし、原理自体は
既に実用化されている。カフェの雰囲気にもピッタリだし懐かしさで買いたいって人もいるんじゃあないかなあ~』
こうして今回の依頼に対する具体的な話し合いが一通り行われ意見も出尽くしたところでタラさんは
会議の内容を細かく自らのデバイスにまとめ始めた。
その後に皆の顔を見ながら確認するように。
『よし、じゃあそのレコードについてはそのまま進めてくれ。取り敢えず試験的に作って見て上手くいったら依頼主にも打診してみる。それじゃあこんなとこか今回の会議に付いては?というわけでお疲れさま』
会議が終わって皆が個人のデスクに戻っていくなか
シユンが思い出したようにタラさんに
『あ、そうだ。あの今日は以前設立に協力した服飾デザインのアフターサービスの約束日ですけど私が行ってもいいですか?』
『ああそうだった。けど大丈夫か?』
『ええ、仕事内容は確認してあります。特に向こうから指定も無いようですから』
『分かった。それと"支配"さん。この仕事が一段落したあと作戦を実行するつもりだから宜しく。それじゃあ気を付けて』
その会話を端から聞いていた千尋は、
(どういう事?......)
シユンが会社から出ていったあとタラさんは依頼主のところに電話をかけ始めた。暫くしたら依頼主が出てきた様で明日の予定調整をしていた。千尋が自分のデスクに戻って机の上にあるデスクトップデバイスをいじくっているとヤシンが近くにやって来た。ヤシンは彼女も仲間としてどう扱うかを個人的に悩んでいたのだがついに意を決して取り敢えず頼みごとから交流をしたいと思っているようだった。
『あの千尋さん。ちょっと手伝って欲しい事があるので来てくれませんか?』
その話を聞いた千尋はヤシンの方を振り返った後に目をぱちくりさせた。どうやらヤシンは千尋の事をニックネームで呼ぶ事はしないようだ。ヤシンの性格的に余り好ましいニックネームとは感じなかったからかもしれない。
『......一体何でしょう?』
千尋がヤシンの後についていくと彼は自分のデスクにあるデバイスを暫く操作していた。そして千尋の方に向いた後、
『私の担当しているイベント会社からの依頼である通行人の時間経過シミュレーションなんですがちょっと見て貰えますか?』
そう言うと彼はシミュレーションを作動させた。最初のうちは通行人を表す点がスムーズに流れていたがしばらく時間がたつと共に所々で流れが悪くなってしまっていた。
『これが問題なんです。何度初期設定値を変更してもこうして流れが悪くなってしまうんです。千尋さんならどんなアプローチをしますか?』
ヤシンとしては千尋に話をして少しでも溶け込んで貰うと同時に、千尋の能力を判断しようという意図もあった。なので敢えて千尋に問い掛けて見たのだ。一方の千尋はそんなことは露も知らずにデバイスのシミュレーション画面と向き合っていた。暫くすると、
『すいません。乱数発生器って持ってますか?』
『乱数発生器?ああちょっと待ってくださいええと......ああこれです』
ヤシンは自分のデスクの引き出しを探して暫くした後にUSB状の発生器を渡した。これはシミュレーションやプログラムに偶然性を持たせる為の必須のアイテムだった。千尋はこれをデバイスに差し込んだままプログラムを目視入力で組み立てていった。
(地図の経路を確認して......モデルは粘菌類が丁度いいよね。貧栄養状態に設定っと......後は最短経路プログラムを元に乱数を組み込んでそこにモデルを当てはめれば......!)
(あれ?これって......)
ヤシンは千尋が作業している様子を見ている内に千尋が珍しいプログラム言語を使っていることに気付いていた。そこで恐る恐る聞いてみた。
『これって確か【genetic-c++】ですよね?』
聴かれた千尋は一旦入力を中止してヤシンの方を振り向いた後に聞き返した。
『あれ?知ってるんですか?』
『いえ。聞いたことがあるだけ何ですが..,...確かかなり覚えるのが難しい言語で使える人が殆どいないと聞いていたのでビックリしているんです』
千尋はこれを聞いて朗らかに破顔しながら謙遜した。
『そんなぁ......言葉の関係さえ掴めれば誰でも使えますよ。だって私が使える位なんですから......あっもうすぐ出来るので待っててくださいね』
そして再び作業に取りかかり始めた。その様子を見ながらヤシンは言葉には自己否定が多少含まれることを置いといたとしてもはじめて見せてくれた笑顔に微かな希望を見出だしていた。それは仲間として受け入れられるかもという希望的観測を多分に含んでいた。そうこうしている間に三十分後にはプログラムが完成したらしく入力を終了してヤシンの方を振り返った。
『出来ましたよ。一応簡略化の為に他の部分もプログラムしておきました。テストしてバグが起きたらまた呼んで下さいね』
そう言った後暫く顔をうつ向けたままセーターの襟を掴みながらもじもじと何かを言いたかったように見えたが代わりにペコリとお辞儀をひとつして千尋は自分のデスクに戻っていった。
(......?)
ヤシンは千尋の行動の意味が判らず少しの間考えたが全く思い当たる節が見当たらなかった。気を取り直してプログラムをテスターシステムでスキャンしてみたがバグ等は全く見つからないというシグナルを示していた。驚いてソースプログラムを見てみると更に驚いた。何とヤシンがシミュレーションを完成させるのに必要だと想定していた文章量の半分だったからだ。
ヤシンが改めてデバイス画面を見てみると無駄が全く無い美しいプログラムだった。しかしその直感は人生の中で沢山のプログラミングの設計経験を積んだ者でなければ分からないかも知れない。プログラムを読み終わった後、想像以上の完成度を目の当たりにしてヤシンは舌を巻いていた。勿論嫉妬の感情が生まれなかったといったら嘘になるだろう。それでも尊敬の感情やいい意味でのライバル感情を盛り上がりの方が割合としては大きかった。そして千尋のデスクを向いて
このような感情をもたらしてくれたことを心の中で千尋がここに来てくれたことを彼の祖国で国教に当たる唯一神に、感謝していた。一方千尋はデスクに戻ってきた後にヤシンに対して"ありがとう"と言わず仕舞いだった事を後悔していた。デスクに戻って暫く考えて見ると、人の役に立つことをしたこと自体が随分久しぶりだった事を思い出した。その手助けをしてくれたのに千尋は人とのふれあいが苦手である為にコミュニケーションを取ることが出来なかったのだ。それでも千尋の心の中では人の役に立てた満足感で満たされていた。