~civil net~
4月17日 三郷地区 小谷堀
千尋のその言葉を聞いた途端、男はニヤリと笑った。その後に
「良く言った。これで俺達の仲間入りだ。おめでとう。じゃあ
早速俺に付いて来て欲しい。」
男,いや自称タラさんは心底満足そうだった。
"仲間"がいるという場所に向かう途中,タラさんは千尋に対して
様々なことを聞いてきた。家族は今も連絡をとっているか。
学生時代はどんな感じだったか。等ほとんどが雑談程度のもの
だった。千尋は何故この状況で雑談なのかが分からなかった。
歩いて5分後、仲間がいるという場所に到着した。
そこは待ち合わせ場所であったプラスチック部品工場跡の
宿舎として使われていた場所だった。今では宿舎のあちこちが
錆付いている程だった。千尋は少し心配になってきていた。
情報時代である現代、使われていない施設は直ちに検査が行われ
その後取り壊されることになっている。それなのに何故、
この場所は今も残っているのだろうか。
「あの...大丈夫なんですか?..その..検査の時に見つかる!
...なんてことがあったら。」
「その点については問題ない。この場所は現在、起業のための
プランニング会社という名目で区役所に申請している。だから
君は名目上では俺達の会社の社員ということになっている。」
そう言いつつ,タラさんは宿舎の入り口に入っていく。その入り口には、錆付いた宿舎の標識の上に,《talakan complex》と書かれた紙が、ガムテープで貼り付けてあった。どうやらこれが会社の名前らしいと思いながら千尋が後に
続いて入っていくと,そこは宿舎のゲストルームだった。そこには,
今では使わないような古い半導体コンピューターや様々な書類が
所狭しと並んでいる。しかし千尋とタラさん以外、その場所には
誰もいなかった。
するとタラさんは何を思ったか、いきなり口笛を吹き始めた。
どうやら口笛で《夕食戦隊スイハンジャー》を吹いている様だった
しかし、曲がテクノサウンド調の上に音程が大きく外れていたので
口笛で吹くのに苦労していた。
吹き終わってしばらくすると、奥の階段からぞろぞろと降りて
来た。
『あ~~やっと戻ってきたぁ~』
『そろそろお昼ですね。お昼どうします?』
『そういえばさ、お前まだお金返してないよね?』
『しょうがないでしょ。給料が安いんだから。』
等と雑談を交わしながら笑ったり怒ったりしている、
そして4人が千尋とタラさんと向かい合う形で並んだ。
するとタラさんは4人に向かって、
『今日は待ちに待った新人が入社した。』
すると眼鏡をかけた褐色系の男性が、
『やったぁ‼...あ失礼。おめでとうございます。これで5人が
揃う時が来たんですね。』
すると隣にいた白人の男性が、
『いやいや。別に新しい奴欲しいなんて言ったことないし。』
また、アジア系らしい女性も、
『同感。大体これ以上増やす余裕あるの?』
すると、また別の白人男性が、
『え~~沢山いた方が楽しいじゃん。』
そうしているうちに,また口論が始まりそうになったので,
『はいはいそこまで。彼女にも社会に対する不満があって
来たんだから。不満は後で聞きます。』
そう言われてしまうと反対派も渋々承知する他無かった。
するとタラさんは千尋の方を向き、
「じゃあみんな一人一人に挨拶して。ああ、ちなみにここでの
会話はすべて英語だからそういうことで。」
この事実を知っても千尋は余り大変だとは思わなかった。
なにせ並んでいるメンツの様子だとほとんど外国人のため
英語が必須だろうということは直感的に感じていた。
それに国立の研究者養成のための学校出身のため,英語は
得意不得意関係なく叩き込まれていた為,英語での論文発表
レベルまでなら問題なく話すことが出来た。
『こんにちは。私は持田千尋です。』
『これはどうも。私はヤシン·ジャマリと言います。
専門は暗号解析です。よろしくお願いします。
エジプトから来ました。』
そういったこの男は褐色の肌に眼鏡を掛けていた。身長は
かなり高かった。千尋の身長があまり高くないせいもあるが
190cm位はあるようだった。
服は水色のネルシャツを着ていてとても紳士的に見える。
ただ千尋は自分が来て彼が異様に喜んでいたのが気になった。
『よう。俺はミーシャ·キリエンコ。ロシア生まれだ。
核物理を少し。あんたは?』
『生理数字です。』
『なるほどね...ま,せいぜい足引っ張らないようにな。』
この白人の男も先ほどの男とほとんど同じくらいの高さだった。
服を見ると全体に漢字がびっしりと書かれていた。
只,その漢字の意味を良く見ると全部アニメの当て字だった。
『君生理数字習ってたの?すげ~~じゃん。
あ、僕の名前,ダビト·ハウロ。アルゼンチンから来たんだ。
電子工学専攻してたんだよ。よろしく~』
この男も白人だったが先ほどの2人より随分身長が低かった。
背は白人にしては珍しく,日本人の平均身長とほぼ同じ170cm後半程度だった。
服は灰色のパーカーの下に怒り狂っており、目が血走っている世界的に有名な某ネズミのキャラクターが描かれていた。
『こんにちは。持田千尋です。』
『..どうも。私は林時潤(イム·シユン)。韓国からきたの。
大学では触媒化学をやってた。』
『よろしくお願いします。』
『..........』
彼女はこの中で紅一点の女性だった。千尋と同じアジア系の為か,身長も千尋より少し高い位だ。
服は千尋を含めた5人の中では,一番オシャレと言えた。
黒と白のカットソーにデニムのショートパンツをはいていた。
またその他の部分にもこだわりがあるようで帽子は白いキャスケット、足は水色のミュールをはいていた。
そして挨拶が終わって、いよいよ千尋は
"テロ活動"の第1歩を歩もうとしている。
同時刻 府中地区 電子災害研究所
俊哉がネットワークの災害シミュレーションの実験中、
研究所専用端末に上司から連絡が入ってきた。
《北小金での調査データについて質問がある。》
(何だろう?何も変な箇所は無かった筈だけど。)
俊哉は実験を同僚に変わって貰い所長室に向かった。
やがて所長室に着くと、俊哉はドアをノックした。
「所長。失礼します。」
「ああ来たか。入ってくれ」
局長室に入室すると、電災研所長,亜久理那智が俊哉の方を向いた
。銀縁の眼鏡に長い髪。黒いスーツを着ているテンプレ満載の
キャリアウーマンだ。俊哉は彼女の前に立つと
目の奥を覗き込まれている気がしていた。
俊哉が那智の前にたつと、那智はタブレット端末を見ながら
「君が公安に報告したものをこちらに転送してもらった。
これによると"北小金でのネットバグはネット環境の
バージョンアップの不備による処理ストレスの増大"という
内容になっている。そう取って間違いないか。」
「はい。間違いありません。」
この言葉を聞くと少し考えてから
「実はここ一年の間,同じような事件が多発している。
いずれもネット環境のバージョンアップが遅い圏境付近だ。
..もしかしたら何者かが攻撃を仕掛けようとしている可能性は」
これを聞いて,俊哉は内心鼻で笑っていた。
(そんな馬鹿な。狙うなら政府官庁東京支部の多い東京の
中心部を狙う筈だ。わざわざ都会の周辺部を攻撃する理由がない)
「あの。お言葉ですがその可能性は低いと思われます。念のため追加調査をしましたが、
バグが起きた地域の主要インフラには何の影響も報告されていません。個人に対するクラックもなかったんです。そもそも
攻撃するなら東京の都心部で起こる筈です。」
「そう..だな。呼び出して悪かった。だが一応都心部周辺の
Wi-fiスポットの監視をしてくれ。あくまでも"保険"として。」
「..分かりました。では失礼します。」
俊哉が所長室を後にしたあと,那智は改めて考え始めた。
(一年でネットバグが何件も発生している。この確率は余りにも
多すぎる。...だが仮にネットに対する攻撃だとしても
安達の言う通り都心部への攻撃が普通の筈。
相手の狙いは何だ?ともかくまだ情報が少なすぎる。
ネットに対する攻撃ならこの後に必ず動きがある筈だ。
いずれにしてもこれ以上のバグは起こさないようにしなければ...)
12時00分 三郷地区 talakancomplex本社内
その夜,作戦会議があるというので千尋が案内されたのは
宿舎の地下階にある寮長が使っていた大きな部屋だった。
その部屋に入ると、量子複合型スパコンや大画面の液晶画面,
Pcpdモデルのコンピューターそしてサブミリ波通信用モジュール等一階の設備とは比べ物にならない程充実していた。
千尋はコンピューターが専門ではないが、コンピューターは
仕事をしていた時,日常的に触れていたためその設備が
いかに凄いかは理解できた。
千尋が余りの凄さにびっくりしていると,
『凄いでしょう。僕ら3人の技術の結晶ですよ。』
『ちょっと。私をのけ者扱いにしないでよ。常温超伝導体を
作ったのは私でしょ。それがないとあのコンピューターは
出来なかったんだからね。』
『そうでしたね。すっかり忘れていました。』
『そんなこと言ったら不確定性原理を取り入れた俺の方が
貢献してるだろ。』
『それだったら私だって不完全性定理で貢献したでしょう。』
『僕がいたからここまで形に出来たんだよ』
『でもサブミリ波用通信モジュールは外注でしょ。案外
そんなところから足がつくんじゃないの?』
『で,でも大企業なら標準設備レベルだし大丈夫だよ~』
『"大企業"なら,でしょ。社員が5人しか居ない一介の中小起業が
サブミリ波用通信モジュールってどう考えてもおかしいとしか
言い様が無いじゃない。そもそも....』
『はいはい。準備できたから皆集まるように。』
すると4人がタラさんの周りに座ったので千尋もそれに従った。
そしてタラさんが
『今日はcivil net いわゆる"アフィリエイトサイト"クラックの
話し合いの続きだ。じゃあ"収集癖"くん。説明して。』
するとヤシンが、
『え~では私"収集癖"ことヤシン·ジャマリが今回の計画を
説明します。』
(え..どういうこと?まさか..あだ名?)
千尋がさっきのやり取りに戸惑っているのもお構い無しに
計画の説明が続いている。
『今回の計画は私がダビトくんと一緒に作った自動クラッキング
送信機を使い、5人で都心周辺部の各ネットホストでコンピューターの接続部分にこれをさしてそのコンピューターをBOT化した後
こちらから命令を送信。複数のサーバーを経由して
同時に攻撃します。』
『つまり...今回はDdos攻撃を採用するってこと?』
『そうです。』
『随分古典的な方法だな。』
『ええ。しかし都心周辺部のwifiスポットの危機管理能力が
低いことは先日までの周辺部サーバークラッキングで実証されています。なのでコンピューターからwifiスポットにアクセス
できます。』
(そうか...前に安達くんが言ってた合同調査ってこういう
ことだったんだ。)
『問題点は...Ddos攻撃の手数とその日にちだな。』
『...そうです。さすがに5台では相手にすぐ特定されます。
いくらcivil netが個人のサイトとは言え、情報提供には
政府機関も絡んでいます。セキュリティが甘いという考えは
捨てた方が良いかも...』
『今回の目的は個人のサイトを管理している政府のサーバーに
侵入してサイト主が非公開にしている都合の悪いニュースを
サイトにアップする事だ。さすがに一筋縄ではいかないか。』
『ね~ね~他の人が持ってる情報端末機器を
ddosの手数として使うことってできないの~』
『馬鹿ね。日本全国に何千万台あると思ってんの?
それをすべてBOT化?正気じゃあできない。』
『彼女の言う通りだ。それに只不正メールを送った
所でそれに反応する奴なんて今時いるものか。』
『その考えは私も思いついたのですが...個人の情報端末
一つ一つをクラッキングしても切りが無いので』
議論が4人の中でどんどん過熱していく中で,千尋は一人
発言する事なく考え混んでいた。
(不正なメールでは気付かれる..一つ一つでは時間が掛かる
...)
つまりは正式なメールで同時にクラッキングができれば
この問題は解決する事になる。
(何か無いのかな...)
すると千尋の頭の中にある考えが浮かんだ。
政府のネット環境維持の為に必要不可欠なイベント。
そのイベントを利用すればもしかしたら。
(いける....かも...知れない。)
千尋は恐る恐る手を挙げて発言した。
『あの...私に考えが..あります。』
ゴキブリ達に祝福あれ‼
2話目を読んで頂きありがとうございます。
いよいよ本格的に千尋がテロ活動に巻き込まれて行きます。
この案件が終わったあとは、通常業務を織り交ぜていきたい
所存です。
所で皆さん。疑問に思って欲しいことがあります。
"どうして千尋は研究者の学校を出たのに普通の社会人
になっていたの?"と。
実は後々その理由が明かされます。
(正直、かなりエグい理由です。...千尋が嫌われそうで心配
(笑))