~log in~
~テロ~
その言葉にいい意味はない。
それでもあえてテロに巻き混まれていくある一人の女性の物語。
テロを行う者、テロを防ごうとする者。
その中で女性は様々なことを感じていく。
テロとは何か?テロはどうして起きるのか?テロを起こさない為にはどうしたらいいか?
これはテロによって紡がれる物語。
AD 2098 4月14日 東京都市圏 ※東京更正支援センター
「もうこんなことをするなよ」
看守が千尋に釘を指した。
「は、はい気を付けます--」
千尋はうつむき気味に答えた。
これから千尋にとっての新しい生活が始まる。仕事や生活等この先どうするべきか千尋には検討もつかない。考えているだけでとても憂鬱な気分になった。
2時間後 ※東京都市圏雇用支援センター
「あなたの名前を教えて下さい」
担当者が尋ねた。
「も、持田千尋......です......」
「え?もっと大きな声で言って下さい」
「持田千尋です」
(はあ、ここに来るなんて想像もしなかったよ--)
「あなたの最終学歴を教えて下さい」
「※理学大学校 生理数学研究科です......」
「成る程。ところであなたの経歴覧に犯罪歴がありますが」
「は、はい。そのため3年ほど更正施設にいました......」
「失礼ですが何の罪を犯したんですか?」
「機密漏洩罪です......」
こう言うと担当者は驚いたような表情をした。担当者 の目の前にいるピンク色のニットをきた女性がとてもそんなことが出来る様には見えなかったからだ。
「成る程。分かりました。では雇用者側の情報がありましたらご連絡致します」
「あ、ありがとうございます...」
とは言うものの仕事が来ないことは千尋自身が知っている。
(まあ,犯罪歴がある時点で採ってくれないよね......)
雇用支援センターに行った後はもう出来る事がない。仕方ないので、辺りを歩いて回る事にした。公園に行くと,沢山の子供達が遊具で遊んでいた。ベンチには社会人が弁当を食べていた。
(今はお昼時。沢山人がいる。ここで遊んでいる子供達は、未来がある。社会人の人はまた仕事に戻る。いいなあ。私にはない生活をしてる)
つい最近まで当たり前だと思っていた当たり前の生活。それが崩れた事でとても素敵だったんだなぁと感じていた。
やがて、社会人や学生が公園からいなくなり、子供達と千尋だけが残った。
それをぼんやり眺め、やがて陽が沈み、誰もいなくなった頃改めて、自分の※市民情報証明書(CIP:civil information pass)を取りだしてそれを見つめた。周りに人がいるときには恥ずかしくて出すのを躊躇っていたからだ。このカードには写真の他,12桁の暗証番号がついている。またカードには身分証明はもちろん様々な支払いや電子通貨を保管する財布の役割も果たしている。通常は白いカードなのだが、犯罪歴のある人間は一定期間の間、青いカードが支給される。青いカードの間は、政府の特定監視ネットに登録され、様々な制限を受けなければならない仕組みになっていた。
そのカードを眺めていると、とても惨めな気分に陥った。気を紛れさせようとして千尋は近くの店の※デリバリーを頼もうとした。しかし電子通貨の値は更正施設に入った時点でリセットされる規則になっている。今の千尋には社会人としての最低基準額しか持っていなかった。とても出前を頼める状態ではない。とは言うものの元々頼めるような身の上ではないことは千尋自身も厭と言うほど痛感していた。仕方なく自分の家に戻ったが自炊をする気力は沸かず、千尋はそのまま床の上で寝た。
翌日、目が覚めると,携帯端末は午後の2時を表示していた。仕事があった時はこんな時間まで寝たことはなかったなぁと感じながら、ゆっくりと食事の支度をしつつそんなことを考える。食事を食べ終えた後,自分が何をするべきなのか考え始めた。
(まずは仕事を探さないとね。このままだと窃盗を犯して生活するしかなくなるかもしれない。だけど――)
ここで思考は止まる。そもそも犯罪者の時点で仕事は特定の職業しか無いことはこの社会にとって暗黙の了解がなされていた。まして機密漏洩罪は死刑制度のない情報社会においてかなり重い罪に分類される。会社は機密漏洩を特に嫌う。しかも、大企業の方がその傾向が強い。だから社会復帰は実は高学歴の方が難しい。千尋は高学歴に分類されるであろう自分を怨めしく感じた。自分の部屋で1人考えていると、やがて窓の外は暗闇に包まれ人声も聞こえない様になっていた。千尋は考えが纏まらないままに近くにあった公園に行こうと思い始めた。やがて公園に到着するとベンチに男の人影が座っていた。男は上の空の状態で千尋が来たことに気付いていないように見えた。
(誰だろう?もうこんな時間に私以外の人がいるなんて)
仕方なく千尋は座っている男と向かい合った状態で座った。しばらく座っていると情報端末にメールが来た知らせがあり、メールには非通知設定でこのように書かれていた。もし雇用支援センターからなら非通知ではこないはずだ。
思わずメールを開いた後、メールにはこの様に書かれていた。
《こんにちは。持田千尋さん》
(誰だろう?私の名前や認証番号は誰にも教えなかったんだけど--)
戸惑いの中で、千尋は恐る恐るメールにこのように返信した。
《どうして私の名前を知っているんですか?あなたの名前は?》
すると、メールの送り主は続きを送って来た。
《名前は"talakan"と呼んでくれ。※犯罪者登録ネットで君を知った》
《あなたは何故私にメールしたんですか?》
《君が苦しんでいると俺自信が判断したからだ。良ければ俺が仕事を一つ紹介する。4月17日 朝の10時30分にもう一度ここに来て欲しい》
ここでメールは途絶えた。
翌日、千尋は改めて公園に向かってみた。しかし朝の時間帯だったせいか公園には誰の姿も見えない。結局その後別の日の食事の買い出しの為に近くのショッピングセンターに歩いて向かった。
4月15日 午前九時十五分 金町駅前再開発商業地区
ショッピングセンターの帰り道、朝の食事も兼ねて隣の商業地区に向かった。今の時間帯に買い物をするのは外国から来た移民達が多い。殆どの移民達にとっては夜間に仕事があることが多いので朝はショッピングや食事をする。この地区はそんな店やレストランが立ち並んでいた。移民に合わせた価格設定の為に他より安い店が多く、その為お金の無い学生等も学校の終わる時間帯には多く集まっていた。千尋は一時期よく通っていたベトナム料理店に向かった。
「ア~千尋チャンイラシャイマセ~」
ベトナム人の主人が笑顔で迎えてくれた。
この店は大学校時代や仕事の時によく世話になった所だった。
「久シブリ~ドウシタ。トリアエズイツモノカ?」
「あ、はい..お願いします..」
「了解デース!」
しばらくすると、千尋がいつも頼んでいたフォー·ガーが
運ばれて来た。
「久シブリダカラサービス!肉多メヨ~」
「あ、ありがとうございます...」
「ドウシタ?余リ元気ナイネ?」
「す、すみません。仕事を探している最中なんです。働いていた会社を辞めることになってしまって......」
「エェ!ドシテ?千尋チャン仕事決マテコノ店デ祝タノニ......」
「いや......なんか会社の機嫌を私が損ねたみたいで......」
「他ニ当テハアルノカ?」
「一応昨日仕事を紹介するってきたんですけど--」
「ウ~ン。家デ採ッテアゲテモイインダケド...2ヶ月マエニ新人クンイレテ、コレ以上ハ無理ダ。ゴメンネ~」
「いえ、そんな--その気持ちだけでありがたいです......」
「マア、無責任カモシレナイケド、"アタッテクダケロ"ヨ」
「気遣ってくれてありがとうございます--」
千尋は席を立って、店を後にした。
その後、近くのネットホストで時間を潰していた。外に出てみると社会人や学生の姿が多い時間帯になっていた。相変わらず当てもなく歩いていると、
「あれ?まさか千尋ちゃん?」
と声を掛けられた。
後ろを振り返ると、かつての同級生だった安達俊哉だった。
「あ、安達くん......久しぶり--」
「久しぶりだね。どうせなら少し話さない? 」
俊哉に誘われるようにして二人は近くのベンチに座った。
「そういえば安達くんって電災研に入ったって聞いたけど、今日はどうしたの?」
「今日は北小金でネットバグがあったから、公安の人間と合同調査の帰りなんだ。そういえば千尋ちゃんはどう?」
「うん......実はね.....仕事辞めたんだ」
“辞めさせられた“という言葉を千尋は敢えて避けた。余り俊哉を煩わせるのは失礼だと考えたからだ。この言葉を聞いた俊哉は驚きを隠せなかった。
「え、どうして?大学校時代では飛び級で主席入学。主席で卒業したのに......」
「まあ、いわゆる......法律に触れた......から」
こう言われてしまうと俊哉は何も言えなかった。千尋の性格上なにか悪いことをして捕まったとはどうしても思えなかった。それでも捕まって収容されていたのは事実であり疑いの余地はなかったと思う。俊哉にとって千尋という人間は嘘をつくのが苦手だということをよく知っていた。どうして捕まったかについては俊哉の方から聞くのは心苦しかった。
「······そうだったんだ。言うまでもないと思うけど、大変でしょ?仕事の当てはどうなの?」
「実はね......仕事を紹介するっていうメールがあったんだ。でもそのメールは雇用支援センターからじゃないんだよね。それで..明日までに決断してくれっていうんだけど、安達くんどう思う?」
千尋に詰め寄られて、俊哉は頬を少し赤らめた。
「そうだな......本当はダメって千尋ちゃんに言わないといけないと思うんだけど、今の制度だと犯罪を犯した人が自分の専門科目を生かす仕事に付くのは難しいからね。千尋ちゃん程の人が社会的に抹殺されるのは僕としても惜しいからなぁ。一回話だけでも聴いてみたら?」
「そっか......分かった。明日聴いてみるよ。選んでばかりもいられないしね。今日はありがとう。じゃあね」
千尋は俊哉に笑顔を向けた。俊哉はその笑顔を見て、幸せな気分になった。
千尋は二人に相談して、少し安心感が生まれていた。
その帰り道、
(あ、買い物忘れた)
二日後、午前10時25分。千尋は一昨日メールのあった公園でメールが来るのを待っていた。
(大丈夫。二人共話を聞くだけならいいっていってくれたんだ。怪しいって感じたら断ればいいだけ。話を聞くだけ......)
そして10時30分丁度にメールが来たことを知らせる音がなり始めた。千尋があわてて携帯端末のメール欄を見るとこのように書かれていた。
《ここに来たということは興味があると受け取った。面倒だとは思うが、俺がいる所まで来て欲しい。俺の居場所は端末の地図データに転送しておいた》
千尋は自分の周りを見渡して見たが、周りには誰もいなかった。
(どうして私がここにいることが分かったんだろう?)
ここで引き返そうと思ったものの、誰がメールを送信しているのか興味が湧いていたのもあり、不安もありつつ待っているという場所に向かった。
一時間後 三郷地区 小谷堀
ここまで来ると、東京圏外まであと数キロ程である。ここに向かう途中、圏境を守る※圏境保安警察(SBP:Save border police)の人間と何度もすれ違った。そして待ち合わせの場所であるプラスチック部品工場の建て替え場所に着いた。まだ今日の工事は始まっていないらしく、周りはとても静かだった。
「こんにちは、また会えたな」
と声を掛けてきたのは、公園で千尋の目の前に座っていた男だった。男の風貌を表現すると、年齢は40代中頃、服装は公園の時と同じように目立たない無地の服を着ていた。
「あの......名前......"タラカン"さん?」
「ああ、名前ね。取り敢えず"タラさん"とでも呼んどいて」
(え~......まあ......いいや)
「あの......どうして私がいることが分かったんですか?」
「え?ああ。実は俺の脳は特別製でね。脳の大脳新皮質と端末機能が生体膜電子回路によって同機している。だから俺は、頭の中でネットにアクセスできる。ちなみに君が来ることは、君の端末に侵入して知ることができた」
どうやらいつの間にか千尋のデバイスの中にプライベート情報を盗み読みするようなウイルスが仕組まれていたらしい。
「え......いつの間に......?」
「君が俺のメールを開いた時に。あんな怪しいメールを開いたこと自体君が今の立場ではまずいと悩んでいたからじゃないのか?」
「......」
痛いところを突かれ、千尋にはなにも言えなかった。確かに悩んでいたことは事実だ。普通の状態の人間ならいきなり送られてきた非通知のメールなど開こうとはしなかっただろう。
「成る程......確かに。それは認めます 。--それで......仕事というのは?」
「君の専門分野であるコンピューターウイルスの研究だ」
「.......」
どうやら千尋が大学校生時代にしていた研究内容も把握しているらしい。
「俺達の会社でぜひ頑張って欲しい」
男の話を一通り聞き終えた後、千尋は一言
「.....,嘘......ですよね」
そう男に問い詰めた。
「なんでそう思ったんだ?」
「そもそもどうして犯罪者だと分かった上で私を誘ったんですか?しかもわざわざ監視カメラのない場所に指定した、それで怪しむなっていう方がおかしいじゃないですか」
すると相手は少し黙った。その後、
「分かった。じゃあ本当の目的を話すとしよう。俺達の目的は社会啓蒙活動。社会、経済全体に実力行使をすることによって、この社会制度全体をもう一度考え直すきつかけになることを提唱する。いうなれば君達の言葉でいう"テロ活動"ってやつだ」
ここで男はこの社会におけるNGワード"テロ"という言葉を用いた。千尋はこの話を聞いて、とんでもないことに巻き込まれそうになっている事を悟った。
「あ、あの......私は......そんなこと....いけないと思います」
「そんなことは端から承知だ。社会的弱者が報われるのなら、わざわざこんなことはしない。大学入学率が90%を越えて、高学歴な人間が増え、大学の研究実績では雇用の判断材料には弱い。そこで必要になるのは、企業に対する忠誠心や臭いものには蓋をすることなかれ主義。そのことは君が一番良く知っているはずだ。機密漏洩罪という犯罪をしたのだから」
ここまで言ったタラさんは一回息をつき、
「ここまで話を一通り聞いて君はどうする。このまま警察に密告するのも俺に従うのも君の自由だ。君の返事は?」
一連の話を聴いて"確かにそうだ"、と千尋は感じていた。千尋は勤めていた会社の汚点を裁判所に密告した。この時点ではまだこの国の司法制度を信じきっていた。千尋自身も悪いことをしたという自覚はなかった。
しかしその結果として裁判所の判決によって千尋は収容され、仕事資格も剥奪された。裁判所自ら臭いものに蓋をしたのだ。そんな過去を振り返った上で千尋は最後に一つだけ質問をしてみた。
「あの......それは......殺人も辞さない......という......ことですか?」
すると男は
「それはしない。絶対に」
強い口調で千尋の質問を否定した。この言葉や口調を聞き、嘘はいっていないらしいと思った。それならば良心の呵責が少しは軽くなるかもしれないと思った上で千尋は決心した。
「......やります」
この言葉を千尋は絞り出すように言った。
注釈
※理学大学校
日本の研究者不足を憂慮した政府が文部科学省に要請して2040年に作られた国立法人の研究者養成機関。場所は相模原地区の大戸にある。学生数はおよそ3000人。一学年当たりの数が500人、その内の100人は留学生枠に当てられている。大学と大学院の一貫教育により普通より一年早い六年間で修了することができる。内訳は大学が3年間、大学院が三年間の在学期間である。修士号はなく取得できるのは博士号のみ。日本各地の国立大学の他、シンガポール国立大、ハーバード大、オックスフォード大と共同研修制度や共同研究を行っている。主な学科は数学、物理、生物、化学の各分野の他、情報科学や天文学、金融工学も含まれている。学校の教育方針は基礎理論研究が中心のために一部の研究者からは“王立協会養成機関“と蔑まれている。
※市民情報証明書 CIP(civil information pass)
国民の全てが所持をしている。形状はプラスチック状のカード。そのカードには個人を表す認証番号の他、写真が貼ってある。また電子通貨を保管する役割も持っており、自分の財産がこのカードの中に入っている。このカード一枚であらゆる支払いを行うことが可能。個人によってカードが色分けされており、それぞれ意味が込められている。
※白
最も所持している人数の多い一般的なカード
※青
千尋を初め、犯罪関係者が所持しているカード。このカードを持つ者の制限としては公共交通機関の利用制限(バスには乗車可能。電車、地下鉄は同伴者が煎る場合のみ乗車可能。飛行機には乗車不可能)移動制限(自らの都市圏以外への移動は不可能)
※黒
移民、難民に支給される。
※緑
学生に支給される。
※黄色
観光客に一時的に支給される。
※水色
義務教育前の幼児に支給される。
※犯罪者監視ネット
警視庁が犯罪者の識別と国民同士のの相互監視を捗らせる為にインターネット上で公開している。ここに載る犯罪者は二種類に分けられる。まず一つは監視カメラで認識が出来なかったが容疑が証明された犯罪者や脱獄犯若しくは指名手配犯。もう一つは刑期は終えたが再犯を犯す可能性が高いと判断された執行猶予対象者、青色のCIP所持者が当てはまる。ここに登録された犯罪者は顔写真と名前、年齢、性別、犯罪歴が公開される。ここに登録された犯罪者の数は現在648人。
※圏境守護警察
正式名称はSBP(save border police)。各都市圏の圏境に配置されている。主に国道、県道、駅に配置それ以外に都市の周りは高圧電流柵と圧力減耗剤塗料の壁が都市圏を囲む様に配置されている。警察庁が協力関係にあるが,基本的に圏境近くの各区役所の生活安全課の繋がりで成り立っている。また普通の監視員の他、監視アンドロイドや監視ドローンを導入している。
役割としてはCIPを持たない人間を入れない、犯罪者を圏外へ出さない、圏外地域の警視、外来生物駆除の協力等多岐にわたる。装備品は一般的な警察官の装備が支給されているが赤外線スコープ、X線検査装置、電子麻酔銃等、警察官にはない独自の装備もある。
また監視員は警察官に比べて人を撃つのに心理的抵抗があるため、精神安定用のARを使用している。
監視員は主に安全生活課の担当職員が勤めている。東京都市圏のSBPの人数はおよそ9000人。
※更正支援センター
実質的な刑務所、拘置所の事。千尋がいたのは北千住にある東京拘置所である。拘置、収容と言った言葉に対して差別的であるとして現在は全て上記の名前に変えられている。内部では職業訓練や社会適合訓練が行われる。2098年では死刑制度が廃止されているので何人かは無期懲役の人間がいる。