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クリスマスツリーのお星様

作者: 2121

クリスマスツリーのお星様

※異形頭




「僕はどこに向かえばいいんだろう」

自由に動ける喜びのままに飛び出した喧騒の中。訳も分からず小走りに、走れるところまで走って息切れしながら立ち止まる。

ふと気付く。

キョロキョロと辺りを見回せば、カップルや親子連れが楽しそうに歩いている。会社員らしき人も、鼻唄でも歌いスキップを堪えるように歩いている。

ここなら皆と同じように楽しい気分になれると思ったのに。

少年は首を傾げて、木々を彩るイルミネーションを見上げた。

こんなはずじゃなかったんだけど。

空には、明るい電灯のせいで星の少ない夜闇が広がっていた。

「これなら、上から見下ろしているままで良かったのかな」

冷たい夜風が肌を撫でる。

せっかく、ここに来れたのに。


この時期になると、大きなツリーのてっぺんで少年はいつも街を見下ろしている。

地上からは耳馴染みのあるベルとグロッケンの響くきらびやかなメロディが聴こえてくる。

今年も僕が働く時期が来た。

胸は沸き立ち、誰よりも高い場所で様子を窺っていた。

しかし、毎年のように思うことがある。

十二月の始めにツリーを飾り、毎日毎日似たような風景を見ている。そうすれば、さすがに飽きてもくるというもの。だから、本番当日のクリスマスイヴの今日、少年は嘆きを露にした。

「今日くらい皆と同じように楽しく過ごしたっていいはず。なのに、なんで僕はこんなところにいるんだよ!」

駄々をこねるような独り言。

その独り言は、通りがかったトナカイの耳に入ったらしい。トナカイは主にその事を告げ、方向転換して少年の元に寄り道をする。

「イイコにしていた子どもの君に、一つだけ願いを叶えてあげよう」

少年の近くに止まったトナカイのひくソリ。そこには赤い服のひげ面の男と大きな白い袋が。

男はこの時期の挨拶の後にそう言ったものの、少年は理解が追い付かないようで僅かに身体を揺らす。

「つけ髭?」

「そうだよ。つけ髭が欲しいのが君の願いかな?」

「待って!違う!」

ほっほっほ、と大柄な身体を震わせて男は笑う。

「ツリーの上で毎年しっかりと仕事を果たしている君にも、プレゼントを貰う権利はある」

「願い事?」

「言わなくても分かっているよ」

ふわりと浮遊感が少年を襲う。

ぐわんと目が回り、落ちていく。

目眩に似た感覚の後に、少年は足を地に付けた。

「足?」

いつもとは違う高さの目線。

見下ろすことに慣れていた目は、全てを目に納めようと上を向く。

腕を伸ばせば、その先には五本の細長い指。小指から順に曲げていく。

身体がある!

ショーウィンドウに自らを映して確認する。少年の矮駆、頭に乗るのはいつもの自分。

その様子に安心して、そして少しがっかりした。

「けど高望みはしないよ。今ここにいるだけで幸せだから」

両の手を握って、幸せを噛み締める。

そうして意気揚々と気分のままに喜んでいた。

「――けど、どうしようもなく、一人なんだ」

走り出した足は次第に歩く速度になり、止まる。

街中で足の向かうままにふらついてみても、皆思い思いの過ごし方をしているからか少年の姿を気にも止めない。

立ち竦んで、ふと見上げれば星の無いクリスマスツリーが目に止まった。

街中に一本だけにょきりと生える大きなツリー。それが孤独でありながらも明るく輝いていて、切ない。

身体があっても、やっぱり一人であることに変わりないのか。

周りは誰かと歩いているから、余計にそのことが際立つようだった。

一人で歩いている人も、足早にどこかを目指しているからきっとあの人は一人じゃない。

ここからいつものように見下ろしても、自分の二本の足と偽者のレンガの地面しか見えない。

少しだけ高いところに上ったら、何か見えないだろうか。

そう思って広場に出て階段を上ることにした。

一段ごとに上れば、いつもの目線に次第に近付いていく。

すると階段に一人座っている女性がいた。

壁に寄りかかり、膝に肘をおいて、その上に頭を乗せる。

そこから遠くにそびえ立つクリスマスツリーをぼうっと見ていた。

きっと自分と似たような人なのだと、直感で分かった。

一人と一人は近寄ったら一人以上になれないだろうかと、近くに座ってみる。

女性の一段上、斜め後ろに座ってその背を見ていた。

「大きなツリーのお星様」

呼び掛けは、唐突に。

「お星様が一人で歩いちゃいけないのよ」

のどがベルで出来ているのではないかと思うほど、綺麗な声の女性だった。

涼やかで重みのある、長く余韻を残す声。

「お姉さんも一人でいるのは危ないんじゃない?もう真っ暗だよ」

「私はいいの。あなたの方こそ。お星様がいなくなったって、ちょっとした騒ぎになってたんだから」

困ったように首を傾げる。

皆思い思いに過ごしているから、ツリーにいても誰も見ていないと思っていた。けれど実際は騒ぎになるくらいには必要とされているらしい。

「お姉さんこそ、何をしているの?」

「……少し前まで、人を待っていたのよ」

言いにくそうに発し、一度口を開けばさらりと言葉は続いた。

「扉の前で人が来るのを待ってたけど、誰も帰って来なかったの。そしたら親切な赤い人が自由をくれたの。けどやっぱり不自由だった」

「じゃあ一緒だね」

「全然違う。誰にも見られないで待っているこっちの気分にもなってちょうだい」

「一緒だよ。地上の人は上からじゃ少しも見えないもの」

女性は振り向いて、少年を見る。

「……てっきりあなたは頂上でいい気になってるものと思ってた」

もう一度、頬杖を付いて女性は遠くを見る。

「星は空に近いところにあってこそ美しいのかしらね」

少年は一段下り、二人が並んだ。

「谷間のお姉さん」

「なんて呼び方を」

赤い服の男は最近の流行りの服を着せたらしいが、それは胸の大きく空いたニットの服だった。女性は恥ずかしげに胸元を手で隠す。きっとあの男の趣味だったのではないかと今では疑っている。

「ねぇ、お姉さん。待ち人は僕じゃダメ?」

「お星様が私の待ち人?」

少年は手を出す。

躊躇いがちに差し出した手は、微かに震えていた。

女性は手を取る。

躊躇いがちに握った手は、指先から手のひらへと握り返す。

「きっと、僕といたらお姉さんは寂しくなくなると思う」

「なんでそう思うの?」

「なんとなく!」

自信満々な答えは根拠のないふわっとしたもの。

少年は手を引いて女性を立たせ、走り出す。

階段を早足に下り、最後は一段飛ばし。

しっかりと握った手に引っ張られ、女性は少年を追い掛ける。

「どこに行くの!」

「お姉さんにとっておきを見せてあげる!」

ケーキを手にした親子連れ、プレゼントを持った会社員、一つのマフラーを二人で巻くカップル、サンタの格好をしたお兄さん。

色々な人がいる街の中を、二人は走る。

辿り着いたのはツリーの前。

少年は上を指差した。

「こんなに高いところは怖い」

「大丈夫だよ。絶対に手は離さないから」

遠目に見ていたクリスマスツリー。飾りの隙間にある枝を足掛かりに、少しずつ昇っていく。

「怖いなら首に掴まって」

なんとかやってきた頂上。

少年の首に腕を回し、身体を支えられる。

ふっ、と息をつく。

濃紺の夜空の下に、遠くまで広がる光の地平線。

いつも少年の見ていた景色。

人の顔までは見えないけれど、そこには人の営む光の粒がある。

てっぺんに二人、少しばかり夜空と近付いて街を眺めた。



「お母さん、あのツリー見て!」

少女の見上げたツリーのてっぺん。

大きな星には、丸い輪っかが引っ掛かっている。

離れないようにとしっかり二つが絡まって、ツリーのてっぺんに。

「リースが引っ掛かっちゃったのね。いつからあったのかしら?」

「元からそういうツリーなんだよ。だって、お似合いだもの!」

夜を彩るイルミネーション。きらびやかなツリーの上にはお星様とリースが見下ろしている。

音もなく夜空を滑るサンタクロースは、さらに彼らの上で街中を見渡して。

「メリークリスマス」

笑い声と影を残して夜空の中へと消えてった。

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