ただの傍観者です!
歌っている瞬間だけは自由になれるといつも思う。
露出過多の青いドレスを身にまとい扇情的な歌詞を吐いて、私はその流れに身を委ねた。
カメラが、追う。
どうってこともないアイドルグループからさっさと卒業できたのは、大手レコード会社という後ろ盾があればこそだった。アイドル歌手にしては少々ハスキーな声も、卒業してソロ歌手となれば売りになるということも知った。
切れ長の瞳で、父親がイギリス人ということもあり高い鼻梁。
美少女だらけのあのグループの中では浮いていた私の容姿も、今では立派なおっさんキラーなのだとマネージャーに言われて、ようやく納得したものだ。ただのアイドルグループの一員だった私がまさかセクシー歌手路線で売れるとは、本当に、世の中はわからないものだ。
黒髪ロングの清楚系アイドルの面影はこの数年で消え去ってしまったわけだけども。エロかっこいいとかいうやつらしいのだが。
――まあおっさんにはうけても同年代とか主婦層は壊滅的だけどね。
「いやーレイラちゃんすごい人気だねー」
歌い終わってステージ裏に引っ込む。
案の定、明らかにおっさん視聴率上げ要因として借り出された私に、当のおっさん代表のプロデューサーが揉み手で擦り寄ってくる。こういうおっさんをうまくあしらうことが次の仕事へとつながるわけなのだけれど、放っておくとセクハラしてくるので性質が悪い。
「色っぽくてくらくらしちゃうねー。今回の曲も早々チャートインしてるんでしょ、すごいねー。乙女ファイブに居たときから考えられないくらい売れっ子になっちゃったよね」
「いいえー、私なんてまだまだですよー」
さりげなく魔手をかわしつつ私はそう答えた。おっさんにはそう気取らせないようにちょっと流し目してやったりする。悪女というより、コケティッシュな大人の女、というように。
――乙女ファイブといううだつのあがらないグループを卒業してからはグラビア撮影なんかも数回やったから見せ方も心得ている。おっさんには何がうけるのか、よくわかっているつもりだから、ちょろいもんだわ。
「レイラちゃんがこんなに変わると、そうだね、あの子なんて数年後どうなるかねえ。あ、ほら次歌うよ。……叶まいちゃんが」
「さあ、どうかしらね」
私はおっさんを無視して、その視線の先に注目した。ふわふわした砂糖菓子みたいな美少女がステージに出て行くのが見える。かのうまい、と口に出して呟く。
グループデビューでもなくまぎれもなくぽっと出のアイドル。自然体が可愛いなどとナチュラルアイドルを気取ったあの女が私は前々から気に食わなかった。
ドジっ子属性を持ち自然な笑顔が可愛いと主婦や学生層だけではなく、私の支持母体であるおっさんまで虜にしつつあるあの女は、今日のこのステージ順さえ私より先だ。
しかも現役高校生とかいう生き物だ。成人してはや数年の私に比べてなんという羨ましさ。
グラビアができたくらいだから自分でもなかなかいいボディと自負してきたのに、それよりも胸があるってどういうことなのよ、ナチュラルどころかエロ可愛いじゃない、と憤った私。
だけれども決してそれは表には出さない。
――高木レイラは大人の女。小娘ごときに嫉妬なんてしないのよ。
強がる私の横で、それを知らないおっさんが「可愛いなあ」とか呟いている。悔しいので私はそっとその腕に指で触れた。
「――小娘に負けるなんて悔しいわね」
と、軽くその腕をつねって、耳元で囁いてあげる。その色っぽさで腰砕けになったおっさんを置いて私は控え室に戻ることにした。
あの小憎らしい女には退場してもらうことにしたのだ。一番効果的な方法で。
忌々しいことにあの女の所属しているレーベルは私と同じなのだ。徐々に私からあの女にシフトし始めている状況には気づいていたからなんとかしようと思って足掻いていたら。
私は控え室の鏡の前でにんまりと笑う。思わぬ事実を掴んだのだ。
ナチュラル気取ったアイドルは、裏では超人気バンドのボーカリストとお付き合いしているという驚愕の事実をね。
相手は全米デビューの噂も常にある、出す曲出す曲常にミリオンの超人気バンド「アステリオン」のボーカリストで東堂龍司。彼もハーフでまだ二十歳くらいだったはず。
こっそり初々しいお付き合いをしているらしいのだけれど、大スキャンダルよね。だから、それを利用するの。
――龍司を使って、あの女に大打撃を。そして私は、悪女としてますますおっさん人気を不動のものにしてみせる!!
……はずだったのよ。
あの後、まいさんのことで話があるのとホテルに龍司を呼び出して、睡眠薬入りのお茶を飲ませたまでは良かったのよ。
取っていた部屋に連れ込むことにも成功して、あとは証拠写真!と思って彼をベッドに寝かせたまではね。
その後が良くなかったのよね。
「ふーん、それでただの良い人になっちゃったわけ?」
運転席で面白がるような口調で言った男は吹き出している。失礼な奴よね。
「レイラちゃんってほんと面白いね。普段の売りとのギャップがすごい面白い」
「何がどう違うのよ。コケティッシュな大人の女ですけど!」
「大人の女はそんな風に顔を真っ赤にして怒鳴ったりしないから」
ハンドルに片手を添えたまま、男は大爆笑して、だけど不意に私に顔を向けた。すっと細められた目。やだ、ちょっと切れ長のかっこいい眼差しじゃない。
「――そんなとこ、すごく可愛いよ」
流し目と低音ボイス。ひょうひょうとしているのがそのときだけ急に大人の男に切り替わる。狙って落ちない女なんているんだろうか。まあ、ここにいますけどね。とある事実に気づいた私にはもはやそれは無理ですよ。
「どう? このまま俺の部屋に」
「……巧さんて、そんな風に簡単に口説ける人なんですね。わかってましたけど、やっぱりちょっとがっかりですよ」
「はい?」
いっこうに私がひっかからないので巧さんが戸惑った声をあげる。
超人気バンド「アステリオン」のギタリストにしてリーダー、城戸巧。龍司が美少年な容姿であるならこっちは三十路ちょい手前の大人のいい男って感じだ。掃いて捨てれるほど女に不自由しない彼はもちろん一人だけに満足するタイプでもなく。片手では足りないくらいいわゆる都合のいい女を抱えている。
龍司が純情一直線な分、巧さんが乱れているというわけよ、アステリオンは。
――なぜそんな裏事情にくわしいかというと、色々と理由があるのだ。
「あ、ここでいいです。じゃあ、後ろの席の二人にもよろしく」
「え、あ、ああ」
後ろの席にはすやすやと眠りこける龍司と、つられて眠ってしまった叶まいがいた。ホテルから回収した二人をどうするわけにもいかず巧さんに電話したのでこういうことになった。
身体を寄せ合って眠る二人に少しだけほのぼのとする。え? 言ってることが変わった?
――そう、もはや悟った私には彼女への憎しみなどは欠片もないのだ。どっちかというとこれから出世街道まっしぐらの彼女に取り入っておこうという方が強い。
「おやすみなさい」
降り際に投げキッスでウィンクしてやれば面白いように巧さんの眉が寄った。
巧さんには近づかないでおこう。いずれあの人は他の女に刺される羽目になるのだから。一命は取り留めてちゃっかり復帰したけど、あいも変わらずまいちゃんを口説いては龍司にどつかれていたもの。
かつかつとヒール音を響かせエントランスホールへと入る。
事務所が用意してくれたマンションの部屋に戻りながら、私は溜息をついた。
――誰も信じないだろう、これが少女漫画の世界だなんて。
眠っている龍司と絡んでる写真を数枚撮って、どこぞの記者に売ろうかと思っていたのに。
気長に夜は長いしシャワーでも浴びてからとバスルームに入ろうとした私は、ドアの段差につまづいて洗面台の縁に頭をぶつけた。立ち上がった瞬間流れてきた記憶の欠片のような残像。
青ざめた顔で鏡を覗き込めば、見慣れた顔がいたの。
女子高生だった当時、毎月楽しみに買っていた少女漫画に出ていた、悪役女の顔が。
その漫画はよくある恋愛成り上がり漫画だった。普通の女の子がアイドルになって、スーパーアイドルであるヒーローと恋に落ちて、そしてアイドル界の頂点に立つっていう、よくあるストーリーで。
でも私の顔はかつて憧れたそのこじゃなかった。
歌もグラビアもこなすセクシータレントでヒロインの邪魔をする女だった。しかもヒーローを好きでもないのに奪おうとした嫌な女。
――勘弁してよ、と震えたわ。
だってその女、最終的にはヒロインを邪魔してたのが世間にばらされ、ひっそりと芸能界から消えていくんだもの。そんなの嫌だ。
嫌だと自覚したらその後の行動は早いもので。
薬を飲ませてしまった龍司が起きないのは確定なので、まずは叶まいを電話で呼び出し部屋にきてもらった。
あやしまれるかと思ったけれどそこは必死で「まいちゃんのことで相談があるって言われて飲んでたんだけど寝ちゃったからどうしようもなくて!」とアピールして、あくまでも私は二人の応援者なのと言い募った。普通なら騙されるはずもない稚拙な言い訳だけど、純真無垢なヒロインはすぐに信じた。
というか日頃の私が明らかにおこちゃまなんか相手にしませんわ的な感じだったので美少年龍司なら大丈夫と思われたみたいだけど。
恋愛スペシャリストみたいな感じでバラエティとか出てたのもよかったというか。
そして二人のことは知っているし応援しているの!何かあったらすぐオネエサンを頼ってね!なんていう大人ぶったアドバイスをしてあげて、龍司の携帯から巧さんに電話をした。
巧さんとは面識はある。というか音楽番組ですれ違うたびに誘われるのを交わし続けて早数年。だから、あえて何も聞かずにあの人は私にあわせてくれたのだけど。
二人をホテルから回収して車で撤収し、まいちゃんも寝たのを見計らって尋問となったわけで、顛末がお粗末な口説きというおち。
面白がっているのか本気なのかいまいちあの人はわからないのだけど。
今度こそシャワーを浴びて出てきた私は、再度溜息をつく。
これが噂の悪役回避ということなのだろう。少なくともまいちゃんを敵にまわさなければ芸能界から消えることもないだろうし。
それにしてもあんな言い訳を信じられるってあの子大丈夫だろうか、とは思う。
このままうまくおっさんの上に君臨しとけば老後は安心だろうけど、なんだか放ってはおけないような気がするのよね。
なにせこれから彼女は色んな男に狙われる存在になるわけだし。俺様御曹司には薬盛られてやられそうになるし、大丈夫なのかしら。
――やっぱりちょっと気になるわね。
なーんて思っていたら、携帯の着信音が鳴った。
誰々、と思って開いたそこには巧さんの名が。嫌な予感が濃厚にする。
『今日の借りは後で返してもらうね。レイラちゃんとの夜、楽しみにしてるよ』
やばい。
恋多き大人の女、セクシーアイドル路線で売ってきたことを私はこの瞬間ものすごく後悔したのだが、もう自業自得としか言いようがなかった。
まいちゃんと龍司の恋を応援しつつ、巧さんの魔の手から逃れようとする怒涛の日々はこうして幕を開けたのだった。
――ついでにいうとまいちゃんに恋するはずだった俺様御曹司も私を離してくれません。